素天堂拾遺

2006-10-28

sutendo2006-10-28

我も浦山しく思ひ、來たれり

〈第二回 ズンドコ杯争奪 読んでみやがれ!感想文の会〉、意外や、K氏のお題はノンフィクション。『新編 江戸の悪霊祓い師(エクソシスト) (ちくま学芸文庫)高田衛だという。著者名は岩波文庫版『江戸怪談集』などで、なじみではあるが、このタイトルだけでは、西洋かぶれの素天堂には若干ルートがずれていると思って、手にとったことがなかった。

舞台は、広大な関東平野の片隅、荒ぶる水の神の象徴のような鬼怒川の畔。そんな村での、若い(数え年で十四才!)人妻についた憑依霊が発端だった。近在のお寺で修行中の若い僧侶が、その宗旨の力の根元である〈念仏〉を唱えることによって、その強い念をもった悪霊を祓うことに成功する。本来ならこれで、めでたしめでたしというところだが、それから幾ばくもしないうちに、さらなる苦悶が彼女を襲う。僧侶に報告する村人の説明を、著者による読み解きによって再構成すれば

まず苦しみの体たらく、日頃に百倍して、宙にもみ上げ顛倒し、五体も赤く熱悩して、眼の玉も抜けだしを、ただひたすら続く苦痛に身悶える

状況なのだった。

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実際に見るとお菊の身体は、一尺ばかりも宙に浮きあがりながら、身体が異様に屈曲して苦悶しているのだ。僧祐天が、憑依霊に問いただすのだけれど、満足に答えも出来ない。そのうちにやっと解読できたのは「す」の一言ばかり。さらにやっとの思いで、聞きただすと周囲のものがこの霊は「助」という子供の霊だと聞きとった。取り巻く村人に問いただしても、その名を知るものとしては、その中の最年長の老婆しか知るものはなかった。彼女の指摘で話しはじめた当時の関係者の記憶によると、六十年以上前、累の母の連れ子だったが、あまりの醜さに後添いの父に嫌われ、思いあまった母に川に沈められた男の子があったという。自分の恨みさえ、満足に答えられるはずもない五つ六つの子の霊だったのである。

その子の霊にどうして、菊に取憑いたか訪ねたときに答えたのが、今回のタイトルだった。「累が成仏したるを見て、我も浦山〈うらやま〉しく思い、来たれり」と。この子にさらに六十年間どんなところで、どう苦患〈くげん〉していたか問うと、「川の中にて昼夜水をくろうて居申したり」この子は弔う人もないまま、死んで後、水の中に漂い続け、川水を飲まされ続けていたのだ。先般の菊の苦悶の姿はこの子の水中での死に様だったのだ。真実を知って村人も涙を誘う中、どうして先ほど答えなかったとの責めに、なんと「だって、やっと助かると思って、嬉しくて口もきけなかったのに、あなたが、僕をひどく苛めたんじゃないか」と答えるのだった。不憫さに涙しつつ祐天が戒名をあたえれば、居並ぶ村人の目に、夕陽に照らされた男の子の影が、彼らの間を通り抜けちらりちらりと閃いて、さも嬉しそうに戒名に触って脇の木に登って天に昇ってゆくのが見られたのである。

以上精説した通り、この悪霊払いは異能の僧、祐天の最初にして最大の仕業であった。この中にはその後の祐天の生涯を裏付けるすべての要素が含まれている。悪霊払いといえば山伏姿の修験者か巫女姿のイタコが護摩を焚いたり、ちぎれんばかりに御幣をふるシーンをおもいうかべるものだが、この悪霊祓い師(エクソシストとルビ)祐天上人は、それと最も縁遠い浄土宗の僧侶だった。

後世、葬式仏教と揶揄される徳川幕府での体制宗教であった《浄土宗》における異端者である、彼の事績はいつでも虐げられてきたものの方を向いていた。それは男性優位社会での弱者、〈女・子供〉に対する眼差しである。この本は、前半で近世初期の社会像と、その中で止むに止まれぬ形で出現する《悪霊=怨念》との対立を〈六字名号=念仏〉による〈成仏〉によって解消しようとする僧祐天の奇妙な事績を、当時の文献によって紹介、分析している。後半では教団内で、疎外されつつ学僧として実績を重ね、自らの特異な能力を師匠の庇護により伸ばし続け、ついには当時における女性社会の最高峰、幕府の最高権力大奥〉の後押しで後に総本山増上寺住職にまで上り詰めることになる。それについても、彼の、当時としては異端に等しい弱者への共感あればこそだった。女性にとっての最高の権力機関である〈大奥〉でさえも、出産という不確定な要素に左右される状況にあって、すがるものといえば〈カミ・ホトケ〉なのは今でも代わりあるまい。その中で、江戸市中で弱者のために仏との仲立ちを行う祐天という在野の僧侶は、稀有の存在に他ならなかったのだ。

祐天、縁の増上寺境内には千躰子育地蔵尊が増え続け、その可憐なお地蔵さまの前では、いまでも、祈念の風車が廻り、その陰には幻に消えた存在への追慕と、自責の念がいつまでも語り継がれているのだ。

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今回は、何とも難しいお題だった。共感はできてもどう書いていいかわからず、題材のせいで、若干センチメンタルに流れてしまったのは否めまい。ハクスレイ『ルーダンの悪魔』とかミシュレの『魔女』とかの比較も考えたのだけれど、今回は手に余るということでこのくらいに。