2010-08-27 真新しい教科書を子どもたちに」 伊藤
昨日、とてもすてきな人に会いました。その人は、このブログにも載せた「やさしい歌をうたいたい」の作者であり、千斗枝グローバル教育研究所代表山中千枝子さんです。山中さんの紹介の文にすてきな言葉がありました。「『居場所とは何だろう』と問われた時、『人の存在、人の営み、そのもだ』と答えたい。私まるごとの肯定からはじまる幸せについて考えたい。それが人権だと実感している。」そうだよなって感動しました。山中さんはとてもバイタリティーがあり、人をこよなく愛しているすてきな人です。「ひと味ちがう人権ワークショップ??」を読んで会いたかったのが実現しました。これから、連絡をしながら、人が人としてしあわせに生きていけるような取り組みをしていきたいと思っています。
今、山中さんは、新しい本を執筆中です。それは、「君はどう生きる」(山中千枝子さん著
明石書店刊行 2010年10月刊行予定)そこに、誰もが当たり前のように想っている
「教科書の無償の運動について」というタイトルでわかりやすく素敵な文が書かれています。
「真新しい教科書をこどもたちに」
4月7日、始業式と入学式の後、子どもたちの机の上に真新しい教科書が置かれる。私は、
廊下を歩きながら希望に胸を膨らませ、教科書を見つめている子どもたちを感じるのが好きだ。ワクワクした表情で子どもたちが名前を書く教科書は無償である。私の小学校のころは、教科書は買わなくてはならなかった。新しい教科書を持っていた友だち。名前がいくつも書かれた教科書を持った友だち。教科書がなくて学校を休みがちだった友だち。4月の学校は、楽しい思いだけのスタートではなかった。子どもたちを学校へ行かしたい。安心して勉強してもらいたい。どの親も、そう願っていた。
「教科書・教育費を無償に」という取り組みは戦前からあり、戦後各地ですすめられていた。歴史的、しかも決定的な取り組みは、1961(昭和36)年からはじまる高知市の教科書無償運動である。仕事に恵まれなかった被差別部落の母親たちの多くは、失業対策事業にでて働いていた。1日働いて約300円。教科書は小学校で当時700円。中学校では1,200円。失業対策事業で働く親たちにとっては、かなりの額であった。そのころ、母親たちは学校の先生たちと学習会を持っており、その学習で、憲法26条「すべての国民は、法の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負う。義務教育は、これを無償とする。」とある事を学んだ。母親たちは、学校の教師や、地域の団体や地区外の人々にも働きかけ、「教科書をタダにする会」を結成した。「子供を学校へ行かしたい」という親達のねばり強い運動は、国会で取り上げられ、文部省は、1963(昭和38)年に「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律」を成立させた。1964(昭和39)年は小学校1年から3年に無償配布され、1969(昭和44)年にかけて順次枠を広げ、小中学校全体が無償となった。
この教科書無償運動は、権利を守るという事の大切さを教えている。しかし、知らない権利は守られない。何が正しくて、何が間違っているのか。正しい知識を得るためには、学習が必要である。
子どもたちが受け取った教科書には、たくさんの人々の思いがこめられている。そのことを、しっかりと受け取って学校を楽しんでほしいとそう願っている。
「おーい、石けん使うてすんだき、上に置くよ」
父親の声がする。あわてて洗い場のイスをふたつ積み重ね、その上に乗り、ウーンと背伸びして男湯と女湯の境の上に置いた石けんをとる。
「おとうちゃん、とったよ」
そう答えると、
「こけるなよ」
と、父親の声が追いかける。そんな時代。
自宅で好きな時間に風呂に入り、好きなだけボディシャンプーを使って入浴する私たちには、ひとつの石けんを送りながら親子で過ごした幸せな時間を忘れていた。
時代がちがうと、ひとことで片付けてしまうのではなく、物の値打ちが忘れられている今だからこそ、「一冊の教科書の重み」、はじめて「自分の教科書」を受け取った人たちの気持ちをわかりたい。そのことを、子どもたちに伝えたいと、そう思う。
どうですか。昔を懐かしむのではなくて、ものがあふれ、なんでも思い通りになる時代だから、是非振り返ってほしいと思います。このような作品が集められた「君はどう生きる」という山中さんの本を読みたいと思います。そして、新たな感動やあたたかさをもらいたいと思います。





