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Svelandski氏の秘められた日記

2018-02-28 300,000 の墓標

svelandski2018-02-28

水 旧暦 1 月 13 日 先勝 辛卯 七赤金星 Maria V09 25222 日目

今日の地方紙 Södermanland Nyheter に、白い十字架が無数に、しかし整然と列をなして配置された写真が載ってゐた。なんだろうと思って見ると、1916 年の第一次世界大戦で Verudun の戦ひに散ったフランス兵とドイツ兵の墓標であるらしく、その数、300,000 体を超えると言ふ。かつての戦場は広大な墓地と化したのだった。その写真を見ると、百年を経てなほ、死者の霊があたりに漂ふ様な異様な雰囲気がある。同じページにもう一枚写真があって、こちらは傷ついた兵士が担架で戦場から運ばれて行くところ。傷を負ってゐるのはアメリカ兵で、その写真の撮られた場所は沖縄。時は 1945 年、第二次世界大戦末期の写真である。そこでは 17000 人のアメリカ兵と 94000 人の日本兵が戦死したと書かれてゐた。控えめな数字である。犠牲になった住民も含むとその2倍以上ある。でも、なぜ唐突にそんな写真が新聞に載ってゐるのかといへば、世界の情勢が緊迫してきてゐることへの警告である。1945 年以来、世界を巻き込む規模の大戦争はなく、比較的平和な時代が続いたが、それはいつまで続くだらうか、最近の研究は、一般に予想されるよりも簡単にこの平和が崩れてしまふ恐れのあることを警告してゐた。戦争を避けることは僕たちの義務である。平和憲法を持つ日本の役割は世界の中で大きいと思ふ。

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2018-02-27 憂きことの、、

svelandski2018-02-27

火 旧暦 1 月 12 日 赤口 庚寅 六白金星 Lage V09 25221 日目

今日、僕の iPhone に配信された言葉は、トマス・ペインの次の言葉。”If there must be trouble, let it be in my day, that my child may have peace”. 自分流に訳すると、「もしも憂き目に遭はねばならないことがあるなら、私の身におきます様に。そして子供には平安の日があります様に」となるかも。感動的な祈りの言葉であると思った。と同時にこの子供は必ずしも自分の血の繋がった子供だけでなく、若い人たちと解すべきかなとも思った。だんだん年をとるにつれて、人は社会の世話になるばかり。今の団塊の世代はまだ老人ではないかもしれないが、老人になったらもう少し謙虚になるべきではないかと、これは自戒の意味を込めてその様に思ふ。社会の色々な問題を安易に先送りしてはいけないとも思ふ。自分は非力ではあるが、せめて心がけだけは今日の言葉を服膺しつつ生きたいと思ふ。

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2018-02-26 トロンボーンとピアノの夕べ

svelandski2018-02-26

月 旧暦 1 月 11 日 大安 己丑 五黄土星 Torgny Torkel V09 25220 日目

春が近いといふのにこのところ雪の日が多く、自動車事故のニュースがしばしば新聞に出る。今日も雪になったので少し心配ではあったが、夕刻、気をつけてゆっくりと運転して Norrköping へ行った。Kammarmusik i Immanuel で、今日はトロンボーンピアノの演奏会であった。演奏は Håkan Björkman と Mats Jansson。いつもの室内楽弦楽器によるものが多いのだが、今日はちょっと新鮮な気がした。その音色も柔らかく、どこか懐かしい感じがあって、良い音楽を聞かせていただいたねと同居人と話す。モーツァルトのきらきら星変奏曲とか、バーンスタインの曲などもあって、プログラムも面白かった。そのプログラムを以下に転載する。

Erich Wolfgang Korngold Mariettas Lies, ur operan ”Die tote Stadt” / Camille Saint-Saéns Cavatine op. 144 / Carolina Calvashe Tronbornsillo / Claude Debussy La plus que lente i arrangemang av Christian Lindberg, Voiles ur första preludieboken / Soren Hyldgaard Concerto Borealis / Wolfgang Amadeus Mozart Ah, vous dirai-je, Maman KV 265, i arrangemang av Christian Lindberg / Leonard Bernstein Four Anniversaries , Elegy for Mippy II / Robert Schumann Fantasistycken op.73 / Erich Wolfgang Korngold Tanzlied des Pierrot, ur operan ”Die tote Stadt”

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2018-02-25 平昌冬季五輪閉幕

svelandski2018-02-25

日 旧暦 1 月 10 日 仏滅 戊子 四緑木星 Sigvard Sivert V08 25219 日目

今月の、あるいは今年の最大イベントである平昌冬季五輪が今日で閉幕した。開幕直前になっての北朝鮮の参加や微笑み外交など、政治的なものが持ち込まれたのは嫌な気もしたが、競技が始まってしまへば、そんなことに関係なく時が流れた気がする。ともかくも無事に全ての競技が終はって良かったと思ふ。特に日本勢はよく頑張って、メダルを13個も獲得。僕はテレビ観戦はしなかったが、毎日、iPhone に届く速報に驚いた。僕は日本を応援しないわけではないが、選手の皆さんの肩にかかる重圧を思ふと、なるべく期待をかけない方針である。その様な淡い期待にも選手のみなさんはしっかりと答へてくれた。ひとつひとつのメダル、入賞にそれぞれの選手の熱い物語が秘められてゐると思ふ。冬季五輪が済んだら、2年後の東京五輪が急に近づいた気がする。

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2018-02-24 シアワセの朝

svelandski2018-02-24

土 旧暦 1 月 9 日 先負 丁亥 三碧木星 Mattias Mats V08 25218 日目

雨水に入って6日目になるが、氷点下の気温がもう 10 日以上も続く。今朝も起きた時は氷点下 12 度ほどであった。土曜日のせいか気楽で、朝起きて裸になって体重まで測ったのに、またパジャマを着て布団に潜って iPohne で本を読む。するとウトウトとなっていつの間にか寝てしまった(今日のシアワセその一)。この頃お日様はだいぶ早起きになった。僕の部屋には朝日が当たるので、何か暖かい気配がして目が覚めた。外は氷点下でも、春の日差しが強くなって、窓越しに入る輻射熱を感じたのだと思ふ(今日のシアワセその二)。それでもう一度、今度は本当に起きた。朝食をすませてぼんやりと考へる。自動運転とか AI タクシーとかこれから発達するらしいが、そもそも人は何のために移動するのであらうか。本当は暇なくせに忙しがって無駄に動くだけではないのかな。人は自分の足で歩いて行ける範囲の中だけで生活できれば、それもまた結構楽しいことではないか(今日のシアワセその三)。かうして僕は朝のうちに三つのシアワセを感じたのだった。

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2018-02-23 微小プラスチックによる海洋汚染

svelandski2018-02-23

金 旧暦 1 月 8 日 友引 丙戌 二黒土星 上弦 Torsten Torun V08 25217 日目

今日の日本経済新聞に「微小プラスチックごみ、海洋汚染の要因に」といふ記事があった。微小プラスチックごみは地球上のあらゆる生物にとって脅威となるのではないかと思ふ。大きなプラスチックごみなら目に見えるのだが、長い年月のうちにボロボロになって微細化したプラスチックは分解されることがない。世界の海の至るところに目に見えないごみとなって既に無数に溶け込んでゐるといふ。海中の有害物質がそれに付着して濃縮され、それを魚や鳥が食べて、生態系に悪影響を及ぼす恐れもあるといふ。もう手遅れかもしれないのだが、これ以上海を汚さないで欲しい。津波などで大量の物質が攫はれてしまふ様な不可抗力な場合もあるかしれないが、僕らが一般市民のレベルでできることは、まづごみをきちんと処理することだと思ふ。街を歩けば、お菓子の外装などたくさん落ちてゐるのを見る(日本ではどうか分からない)が、それらも最終的には海へ行ってしまふのではないかと思ふ。この地上に人間の数がうなぎのぼりに増えて、みんなが勝手にごみを出して地球の環境を壊してゐる。自分だけ気をつければ解決できる問題ではないのだが、一人一人の意識は大事と思ふ。将来、文明の崩壊はどんな方向からやってくるかわからない。人口が増えてもゼロエミッションを目指すべきと思ふ。

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2018-02-22 Rise Time 測定器

svelandski2018-02-22

木 旧暦 1 月 7 日 先勝 乙酉 一白水星 Pia V08 25216 日目

朝、目が覚めてから脳が覚醒するまでの時間を rise time と呼ぶことにする。何か大事なことを控へてゐる日は素早く覚醒できるが、何もない日は時間がかかる。シャワーを浴びるとか、外気を吸ひに出て初めて覚醒することもある。一般に、食を忘れるほどに「憤を発する」傾向の人は rise time が短いかもしれない。また、戦時中に兵士たちが起床ラッパで目を覚ました時の rise time も短いだらうと思ふ。僕の知ってゐる人で、「起きてしまへば良いのだけれど、起きるまでが大変なの」といふ人もゐる。反対に、目が覚めれば直ちに行動を始める人もゐる。もちろん個人差はあるだらうが、同じ人間でも日によって異なる値を示すことはあると思ふ。もし生理的な変化を測定して rise time を算出できる機械を発明したらヒット商品になるかもしれない。毎朝起きた時のその測定値によってその日を生きる生き方の参考にすれば、下手な占ひより役に立つのではないか。非常な驚きに接すると、一瞬で目がさめる様な体験をすることもあるが、その様な時に体内に起きる変化を生理的に測定することはできないものだらうか。

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2018-02-21 新しいもの、古いもの

svelandski2018-02-21

水 旧暦 1 月 6 日 赤口 甲申 九紫火星 Hilding V08 25215 日目

僕らは技術の進歩の著しい時代に生きて、文明のありがたさを享受できることが一応幸せではあるけれども、どこまで行ってもキリがない様な気もする。例へば日本の新聞や週刊誌ヨーロッパで同時に見られることとか、SkypeLine で世界の人たちと自由に会話のやり取りができることなどは、それらの技術が登場した当初でこそ夢の様な感じがしたものだが、しばらくすると日常化して当たり前になり、さほど感動もしなくなってしまった。これから先、自動運転の車が登場してもきっと同じことで、最初は興奮するだらうがすぐに慣れて当たり前になると思ふ。若い時は新技術が発表されると、その先端がどこまで行くのか、非常に興味もあったが、この頃になると、もう適当なところでいいやと思ふ様になった。iPhone にしても、最新鋭機種 iPhone X の売り上げはさほど伸びないらしい新聞記事も見たが、僕はすごく納得してしまふ。現に僕の場合、今持ってゐる iPhone で日常生活のことは十分できるから、それ以上の機種を求める気持ちが湧かないのだ。これは必ずしも「君は老人だからですよ」とも言ひきれないと思ふ。新技術が登場するたびに振り回されるのではなくて、少し落ち着いて、人間らしい営みとは何であるかを考へたいとこの頃思ふ様になった。

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2018-02-20 日本の階級社会

svelandski2018-02-20

火 旧暦 1 月 5 日 大安 癸未 八白土星 Vivianne V08 25214 日目

AERA 2 月 26 日号を電子版で見た。日本では「階級社会」化が始まってゐると書かれてゐた。かつて信じられてゐた「一億総中流」はもはや幻想で、10 年以上前に「格差社会」といふ言葉もできたが、その格差はさらに広がって、今や状況は「階級社会」と呼ぶべき段階に来たといふことである。労働者階級は「正規雇用」と「非正規雇用」に二分され、これが元で「アンダークラス」と呼ばれる新たな階級が登場したのだといふ(「新・日本の階級社会」橋本健二早稲田大学教授著、<講談社現代新書> に詳しく書かれてあるらしい)。アンダークラスは収入も低く、この階層が増えることは社会が悪くなることだ。なぜ、その様に変はってしまったのかと思ふ。その流れは、世界的にポピュリズムが台頭して来た動きと底流で繋がってゐる気もする。古代から現代に至る日本の歴史の中で、一般の人々はどの様に生きてきたか僕はよく知らないけれども、もしかすると、いつの時代にも実質的な階級の差があったのではないかと思ふ。例外的に戦後の一時期だけに、平和で人がみな平等に生きられる幸運な時代があった。そちらの方がむしろ例外なのであって、今は水が低きに流れる様に、自然の流れに戻る動きを見せてゐるのかもしれない。だが、僕らは非力でもその流れに竿を差さなければならないと思ふ。今、憲法改正が話題にされるのは主に第9条を巡ってであるけれども、その第25条には、すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有すると書かれてゐる。大事な条文だ。この憲法のこの部分を守ることも、それに守られて例外的な平和な時代を享受してきた僕たちの世代の義務ではないかと思ふ。アンダークラスの人たちは何も他の人より劣ってゐるわけではない。もしそこで偏見を持って彼らに接すれば排他主義に陥ってしまふ。ややもすると自分と気の合ふ仲間たちだけで閉じてしまひがちな僕は、まづそのことに敏感でありたいと思ふ。

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2018-02-19 短い音節の言葉

svelandski2018-02-19

月 旧暦 1 月 4 日 仏滅 壬午 七赤金星 雨水 Gabriella Ella V08 25213 日目

海外に暮らしてゐると、日本語がありがたい。いまではもうインターネットがあり、日本の新聞や週刊誌までもがウエブ上で読むことができる時代であるから、それほど日本語に飢えることはないのだが、それでも僕はことのほか日本語が愛ほしい。日本語の素晴らしさのひとつに表現の簡潔性があって、それはもともと漢語から来てゐると思ふ。例へば、ソクラテスの言葉を引いてみると、”The only true wisdom is in knowing you know nothing.” これでも十分短い文の中に深いエッセンスが含まれてゐるが、これをさらに凝縮すると、”The wisdom of not knowing” となるかと思ふ。(変かな?)しかし、これを日本語で言ってみると「ムチノチ」とわづか4つの音韻で表現できてしまふ。「無知の智」。一音節だけで意味ある言葉が多いのも日本語の特徴だと思ふ。「蚊」「胃」「木」「酢」「田」「菜」「葉」などいくらでも出てくる。一音節だけの日本語辞典、二音節だけの日本語辞典を自分で編集してみれば外国人には受けるかもしれない。短い音節の言葉はそれだけ日常生活に身近なものを指す語である筈だ。それだけ同音異義語もたくさん出て来て、日本語を学ぶ人にはわかりにくいかもしれないが、かけ言葉やダジャレが生まれる基盤にもなってゐると思ふ。

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2018-02-18 一日の長さ

svelandski2018-02-18

日 旧暦 1 月 3 日 先負 辛巳 六白金星 Frida Fritiof V07 25212 日目

全然見当違ひかもしれないのだが、昨日読んだ「遠い山なみの光」に出てくる会話のなかで、変に僕の気を引いたのは、佐知子といふ女性の次の言葉であった。

「こまごました仕事をやってくれる女中が一人いるとね、悦子さん、ほんとうに一日が長いものよ。靖子さんもわたしも、何やかやすることを探すんだけど、結局一日中座りこんでおしゃべりでもしてるほか、ほとんどすることがないの」(143 ページ)

この様な感想を実感できる人が、忙しい今の日本に何人居るかは分からないが、70 年前には十分あり得たと思ふ。物資は乏しかったかもしれないが、別の意味では潤沢な時間に恵まれた時代であったと思ふ。でも、将来はまたその様な時代に戻る可能性もある。流石に女中の復活はないだらうが、女中といふ言葉をロボットに置き換へてみれば良い。僕も現役時代には、その様な暇な生活を夢見たものだが、仕事を引いてある程度暇な暮らしに慣れてくると、自分は何のために生まれて来たのか、と考へたりもする。忙しい時はそんなこと考へる暇もなかった。考へるべきことが本当はあっても、仕事があるなら仕方がないと、考へないことが正当化されたのだ。自由な時間を手にした人間はそれが予想してゐたほど楽なだけの暮らしではないことをやがて知る様になる。で、僕は掃除くらいは自分でしなければならないと思ってゐる。その方が自分のライフ・クオリティが高まる気がするのだ。それもひとつの口実かもしれないのだが。

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2018-02-17 遠い山なみの光

svelandski2018-02-17

土 旧暦 1 月 2 日 友引 庚辰 五黄土星 Alexandra Sandra V07 25211 日目

今日は何もする気がなくて一日中家に居た。「遠い山なみの光」(カズオ・イシグロ著、小野寺健訳、ハヤカワ文庫)を人から借りてあったので、それを読んだ。読後すぐに深い感動はなかったけれども、巻末の解説「日本的心性からの解放」を読んだ時、スッと腑に落ちるものがあった。この解説によって、この本の価値がジワリとこれからわかるかもしれない気もした。そんな解説を書いたのは池澤夏樹氏。英語で書かれた日本人の会話を和訳する上で、それは訳業といふより創造的、作家的な営みであったらうこと、その成果を池澤氏は高く評価した上で、実は英語のままでもその人物像は正確に伝はることを指摘した。僕は英語でこの本を読んでないが、そのセリフは拍子抜けするほどメッセージを伝へるだけの、だけど、だからこそ明晰であるらしいのだ。わかる気がする。何かの折に「こんなこと日本人でなきゃ分からないよね」と囁く自分と「さうかな」と疑ふ自分とが居た。「日本人でなきゃ分からない」と決め込むのは日本人の独りよがりかもしれないと思ふことも過去にあったので、この部分を読んだ時、スッと腑に落ちたのである。それは僕の感違ひかもしれないのだが、「何が」「どうした」といふことをなるべくシンプルに記述する努力をすれば、言葉は意外に通じるものかもしれないとも思った。

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2018-02-16 基礎代謝量

svelandski2018-02-16

金 旧暦 1 月 1 日 先勝 己卯 四緑木星 新月 Julia Julius V07 25210 日目

毎朝起きて最初にやることは健康チェックである。血圧、体温、血糖値を測定し、それに続いて浴室へ行き、体重測定をする。その日の気分によって、眠い時は一連のチェックが済んだらまた寝ることもある。だが、体重測定時は全部脱ぐので、そのまま起きてしまふことも多い。体重計はもう随分遠い昔に日本から運んだ。単に体重だけでなく、体脂肪率基礎代謝量、体内年齢、筋肉量、筋肉量スコア内臓脂肪レベル、推定骨量がデジタルで表示されて、この機種が発売された当時、その様な測定の可能な体重計はスウェーデンで見つけられなかったから日本から持って来たのである。もう何年も、これらの測定値を毎日コンピュータに入力することが僕の朝の日課になってゐる。主に注目するのは体重と体脂肪率、筋肉量であるが、基礎代謝量とは何だらうと初めの頃はあまりよく分からなかった。でも、最近になって、これが自分の基礎体力を示すインデックスの様に思はれて来た。実際、この 12 月から 1 月にかけて病気が続いてかなり寝込んだ時期には、基礎代謝量は最低で 1250 Kcal にまで下がった。最近になって漸く 1310 Kcal まで回復した。基礎代謝量が 1300 Kcal 以下になると、疲れやすいことを実感する。元気になってプールへ行くことができる様になっても、体力の落ちてゐる時は、泳ぐ距離を少なくする。試しに、基礎代謝量を 5.8 倍して 7000 引いた値をその日の目標距離にしてゐる。例へば今朝は 1310 Kcal であったので、600 m ほど泳いだ。この式はもう少し改良の余地があると思ふが、年老いて弱くなった僕にとって、測定した基礎代謝量からその日の運動量の目標値を決めるアイデアは悪くないと思ふ。

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2018-02-15 次世代原子炉

svelandski2018-02-15

木 旧暦 12 月 30 日 大安 戊寅 三碧木星 Sigfrid V07 25209 日目

3日ほど前の日経電子版で、「ゲイツ氏の原発 中国へ」といふ記事があってちょっと気になった。この原子炉劣化ウランを燃料に使ひ、最長100年も燃料交換不要で、メルトダウンなどの危機に対する安全性も非常に高いとされる。非常事態が起きても運転員のアクションは不要で、電源がなくても原子炉を停止させることができる。その様な安全性の考へ方は Passive safety と呼ばれる。ビル・ゲイツ氏は将来の安全な原発開発の旗を振ることから、それは「ゲイツ原発」とも呼ばれる。次世代原子炉については、いろいろな種類の開発が日本でもかなり進んでゐたが、2011年の福島原発事故以来中断してしまった感がある。今の日本の商業炉の殆どは原理的には半世紀前に開発された技術に基づくものである。一旦建設されてしまへば、それを何十年も使ひ続けなければならない。現代の様に技術革新の早い時代に、半世紀も前の基本原理を引きずらなければならない原発は、その意味で辛い運命を背負ってゐる。この点、ハードウエアが小さくて取り替へやすく、さらにソフトウエアを随時更新することで新技術の成果を常に享受できるコンピュータ関連分野とは大きな違ひがある。福島でのあの事故以来、日本では「原発」と聞くだけで「もう結構」といふ雰囲気が強い。実際、再生エネルギー、電力の分散化、スマートシティなどが開発されて来てゐる。人口も少なくなる傾向の日本では電力需要は増えないのかもしれず、脱原発が意見の主流を占めるのもわからないではない。だが、一方で、電気自動車の普及、コンピュータ使用電力の増大(AI は膨大な電力を必要とするものらしい)、果ては、製鉄所などまでもが脱炭素社会を目指すといふ傾向の中では、今後電力需要が拡大する要素も決して無視できない。さらには、アッと驚く様な危機に見舞はれて、再生エネルギーが危機に晒される場合もないとは限らない。安全な電力の多様化を目指すことは、今を生きる人たちの大きな責務であると僕は思ふ。「原発」と聞くだけで無批判に反対する態度は科学的とは言へない。今のままでは、エネルギーの分野で、日本は世界に遅れをとってしまふかもしれない。

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2018-02-14 Sweden-Japan Academic Network

svelandski2018-02-14

水 旧暦 12 月 29 日 仏滅 丁丑 二黒土星 Alla hjärtans dag Valentin Askonsdag V07 25208 日目

夕方、同居人と The 6th Sweden-Japan Academic Network といふ講演会を聞きに行った。会場は Kungliga Vetenskapsakademien (KVA) の Beijer Hall といふ、立派な会議場であった。 主催は KVA の他に日本大使館、JSPS Stockholm office。KVA の Vice President の Martin Jakobsson 教授の開催の辞で始まり、続いて 津本忠治先生が、JSPS の活動の紹介をされた。ちなみに JSPS とは Japan Society for the Promotion of Science の略で、日本と海外の研究者の学術的なサポートをする団体である(日本学術振興会)。講演は二つあって、ひとつは Chalmers University of Technology の Imre Pazsit 教授のお話で、日本とスウェーデン原子力の比較などが話された。もう一つは KTH Royal Institute of Technology の Atsuto Maki 先生のお話で、人の視覚はどの様にモノの動きを捉へるか、その神経回路のネットワークを数学的に扱って、工学的な応用に資する様なお話であった。講演が終はった後では、山崎純大使のご挨拶とレセプションがあった。斯様な錚々たる方々の講演会にわざわざ足を運んだのは、Imre Pazsit 教授からのお誘ひもあったからである。氏はチャルマース工科大学に教授として招かれる以前は、同じ職場で働き、お住まひもすぐ近所であった関係で、若い頃は割と親しくお付き合ひさせていただいたこともあった。その旧交を温める意味もあって、聞きに行った次第。

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2018-02-13 セムラの日

svelandski2018-02-13

火 旧暦 12 月 28 日 先負 丙子 一白水星 Ange Öve Fettisdagen V07 25207 日目

今日は Fettisdagen (The Fat Tuesday) である。スウェーデンでは Semla といふお菓子を食べる日である。スウェーデンでは、semla を食べる日とか、kanelbulle を食べる日とか、お菓子の種類で食べる日が決まってゐる。お菓子の歳時記と呼ぶべきかもしれない。日本でも、桜餅の季節、ちまきの季節など、お菓子にも季節がある様だが、暦に記載されるまでには至ってない。一年 365 日のそれぞれに、お菓子を決めておくのもアイデアとしては悪くない。お菓子の日めくりがあれば楽しい。例へば、3 月 1 日は「コアラのマーチの日」翌2日は「かっぱえびせんの日」の様に決めて暦を作るのである。デートするときも、「今度は肉まんの日に会はうね」って約束するのも良いのではないかな。少し脱線したが、今日はスウェーデンでは Semla の日。同居人と僕は町で用事があったので、その帰りにお菓子屋さんに寄った。と言ふか、駐車場に停められる時間が迫ってゐたので、僕だけ先に自動車に戻らうとして、同居人に二つ買って来てと頼んだら、すぐに追ひかけて来て、いつものお菓子屋さんではもう売り切れてゐたから諦めようと言ふ。僕は諦めきれない。スウェーデンに住んでこの日を過ごすのに Semla を食べないなんて良くないと思った。それで、自動車に戻るのを同居人に頼んで、僕は反対向きの方へ走り、次のお菓子屋さんへ行った。するとそのお店にはまだあったので二つ買って家に戻り、一緒にそれを食べて、今日と言ふ日を無事に過ごすことができた。

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2018-02-12 多分、おそらく、もしかすると

svelandski2018-02-12

月 旧暦 12 月 27 日 友引 乙亥 九紫火星 Evelina Evy V07 25206 日目

この三つの言葉を僕は日常生活の中でどんな風に使ひ分けてゐるだらう。「角川必携国語辞典」を引くと、「多分」は「きっと」よりは確実性がなく、「ひょっとしたら」よりは確実性が高い、と書いてある。「おそらく」は「恐れることには」から来てゐて、さうなるかもしれない不安やためらひの気持ちでいふことが多い、と書いてある。それに比べると、「もしかすると」にはほのかな希望がある様な気もする。この他にも「ひょっとすると」といふ言葉もあるが、これらの言葉は厳密に使ひ分けるのが難しい。普段は僕は意識もせずにどれかを使ってゐる。これが英語になると、 ”Perhaps”, ”Probably”, ”Maybe”, ”Possibly” , ”Very likely” などが考へられる。スウェーデン語になると ”kanske”, ”troligen”, ”möjligen” などが考へられる。いづれの言葉にも元になる言葉があるだらうし、本来は使ひ分けがあるのだらうが、使ひ方に注意したことはない。試しに、「もしかすると明日は雨かもしれない」を Google translate にかけてみると、英語では ”Maybe it will rain tomorrow.” と出た。スウェーデン語では ”Kanske det regnar imorgon.” と出た。将来の自動翻訳は、いくつかの類義語がある場合、そのうちどれが一番その場に相応しいかを判断できる様になるのだらうか。

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2018-02-11 百人一首

svelandski2018-02-11

日 旧暦 12 月 26 日 先勝 甲戌 八白土星 建国記念の日 Yngve Inge V06 25205 日目

かるた」といへばもちろん新年の季語で、話題にするにはもう遅いかもしれないが、旧暦のお正月も近いことなので、今日は「かるた」の思ひ出について書く。今年の日本は雪が多くて大変であると聞くが、家の外に雪がなければ僕はかるたのイメージが沸かない。僕の子供の頃はそれくらい冬にはたくさん雪が積もったものだった。小さい頃から家には古い百人一首があったが、坊主めくりで遊ぶばかりであったから、絵札に書かれた和歌の意味など全く知らなかった。それがほとんど大人の恋の歌であるなんて想像もつかなかった。高校一年生の冬休み前に古文の時間に百人一首の小冊子が配られて、冬休みの間に全ての歌を暗記して来なさいと宿題が出た。僕はギョッとした。その頃の僕にとっては古文はほとんど外国語であったから、その正月はこの宿題をやるのに非常に苦労したのを覚えてゐる。古文の先生は吉野先生で、担任の先生でもあった。後にして思へば、高校一年の時に吉野先生から行き届いた日本語の手ほどきを受けたことで、できの悪い僕でも幾分成長できたなといふ実感がある。少しづつ歌の意味がわかる様になると、こんな大胆なこと、学校の授業で習って良いのかな、と密かに感じた思ひ出もある。ずっと後年になって、百人一首の本を何冊か読んだが、今でも心に残って、また読んでみたいと思はせるのは田辺聖子百人一首(僕が読んだのは文庫本で、上下2巻あった)である。また、スウェーデンに持って来た本の中には、平凡社の「別冊太陽」の百人一首もある。1972 年12月1日発行の本で、この頃僕はまだ学生であった。今日のブログを書きながらパラパラと手にとって眺めてみたが、懐かしいものがこみ上げるのを感じた。

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2018-02-10 Anime は日本発の言葉

svelandski2018-02-10

土 旧暦 12 月 25 日 赤口 癸酉 七赤金星 Iris V06 25204 日目

アニメといへば、僕らは英語のアニメーションの略であると思ひ、外来語であると思ふけれども、これが、anime と言ふ新しい単語として英語などで正式に認知されてゐる。それが英語の字引 (Oxford Advanced Lerner’s Dictionary) にもスウェーデン語の字引 (Svenskordbok) にも出てゐた(iPhone 用の字引のアプリ)。いづれも日本発の言葉とされてゐる。外国人は単語の頭文字を並べて略語にすることはあっても、アニメーションアニメと略する様な省略の風習はないだらうから、日本から言葉の逆輸出である。この単語はもう認知されて久しいのかもしれないが、僕は今日たまたま引いてみて初めて知った。僕はあまりアニメに興味を持ってないのであるが、アニメが世界に訴へる力は大きい様である。新しい言葉を生み、世界に定着させてしまふ文化の力はすごいと思った。

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2018-02-09 平昌五輪開幕

svelandski2018-02-09

金 旧暦 12 月 24 日 大安 壬申 六白金星 Fanny Franciska V06 25203 日目

スウェーデンのテレビ放送で平昌五輪開幕式の様子を見た。華やかで、演出の限りを尽くした開会式であったと思ふ。とても寒さうな感じがあり、各国から出場の方々は大変であったらうと思ふが、韓国側の人たちは誰もみな、高揚してゐて寒さを感じない様にも見受けられた。これから始まる沢山の種目で、選手の人たちは純粋にスポーツのために頑張って欲しいと思ふ。ただ、本来なら平和の祭典である筈のオリンピックが、今回は国際間の政治的駆け引きに露骨に利用されてゐる一面があり、なんとなく憂鬱な気分もある。朝鮮半島はこれから先、どの様になって行くのか、そしてそれに日本はどの様に関はることになるのか、未来は未知数だが色々と考へさせられるオリンピックではある。

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2018-02-08 寝るも覚めるも

svelandski2018-02-08

木 旧暦 12 月 23 日 仏滅 辛未 五黄土星 下弦 Berta Bert V06 25202 日目

この頃は SNS などが発達してゐるので、今日誕生日を迎へた僕にもたくさんメッセージをいただいた。僕の方からはあまり出してないのにいただいてしまふと申し訳ない気持ちになる。「60 代最後の年に」と言ふ言葉もいただいた。本屋へ行っても「60代にしておくべきこと」と言ふ本はなかなか無いので、これから自分で考へて頑張ります、と返事を書く。郷里のすごい雪の写真をレポートしてくださる方もあった。余生の使命感についての言葉をくださった方もあった。僕自身の今日の一日は、コンピューターに向かふ時間が多く、どうしても運動不足になるので、プールへ出かけた。早春の光がガラス越しに室内に差し込んで、水面をキラキラと反射させて、春を感じた。人も少なく、ゆっくりマイペースで泳ぐことができた。今朝、思ひついた歌を一首。

これやこの 夢とうつつの 通ひ路や 寝るも覚めるも みな夢のうち

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2018-02-07 防寒帽

svelandski2018-02-07

水 旧暦 12 月 22 日 先負 庚午 四緑木星 Rikard Dick V06 25201 日目

立春を過ぎたのに、僕の郷里の福井では記録的な大雪で、国道で立ち往生して夜を明かす自動車が何台もあるとニュースで見た。こちらのスウェーデンでも2月2日から氷点下の気温がもう5日間も続いてゐる。氷点下になると、外出時に僕は防寒帽をかぶる。この防寒帽は 1987 年 11 月 27 日にアラスカのアンカレッジ空港で買ったものだ。もう 30 年以上も被ってゐる。と言っても冬だけであるけれども。日本から家族とともにスウェーデンに引っ越した時、当時は航空機ヨーロッパ路線はアンカレッジ経由の北極周りが一般的であった。アンカレッジでの給油のための休憩時間に、空港の売店で買った。幾らであったか覚えてないが、結構高かったことだけは覚えてゐる。まるで、太平洋戦争当時の零戦パイロットがかぶる様な、耳を覆ふことができる帽子である。「今時そんな帽子をかぶってゐる人はちょっと居ないよ」と同居人は何度も僕に言ふ。だが、僕は一向に構はない。「恥づかしい」と言ふ気持ちは年老いた僕には全く無い。ただ、脱いだ時に折りたたむこともできずに荷物になるのが難である。でも、それだけ暖かいのだから仕方がない。長く着用すれば愛着もわく。この冬はいつまでこの帽子をかぶることになるだらう。

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2018-02-06 冬の散歩 - Winterviken

svelandski2018-02-06

火 旧暦 12 月 21 日 友引 己巳 三碧木星 Dorotea Doris V06 25200 日目

孫の顔を見に今日も Stockholm へ行く。またジジとババが現れたものだから、ママが居なくなると思ったのか、顔を見せた時から孫は落ち着かない。すぐに泣いて甘える。でも今日は4人が一緒に過ごすことができた。外は氷点下8度ほどの寒さであったけれども、しっかり着込んで少し長い散歩をした。Liljeholmen から西の方に歩き、Trekanten といふ湖を過ぎて、高速道路 E4 / E20 の下をくぐり、Aspudden 近くの Winterviken といふ建物のあるところまで行った。湖は凍ってゐて、湖上を歩く人もあった。近くにはコロニーといふのか、貸し菜園も見られた。夏は緑豊かであらうことが容易に想像できた。Winterviken には会議室もあり、ちょっとしたパーティーも開くことができる設備が整ってゐる。もちろん、散歩の人がそこに立ち寄ってコーヒーなどを飲むこともできる。スウェーデンにはその様な施設があちこちにある。大抵は景色が良くて、その様な広々とした場所で会議をすれば、リラックスした話し合ひができる効果もある様である。この近辺ではかつてアルフレッド・ノーベルダイナマイトの実験もしたことがあるといふ記念の場所でもあった。

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2018-02-05 美しい朝

svelandski2018-02-05

月 旧暦 12 月 20 日 先勝 戊辰 二黒土星 Agata Agda V06 25199 日目

母を亡くしたのはいつのことですかと聞かれたら、暗算が苦手な僕でもすぐに答へることができる。何しろ、僕の還暦の誕生日の夜は葬儀会場の母の棺の横で過ごしたから、年齢から 60 を引けば良いのだ。僕は冬彦さんに負けないほどのマザコンで、それは、僕に言はせれば、それだけ母の深い愛情のもとで育ったからである。母が僕の還暦の誕生日に逝ったのは偶然だが、その日まで精神力で生き続けたのかもしれないとも思ふ。母は僕の還暦のめぐり来たった日に、僕の人生の再生を祈念しつつ身罷ったのだと信じてゐる。であるから、この第二の人生は大事にせねばなるまいと切に思ふ。それは単なる安心・安全祈願の心とは一線を画すべきものと自分に言ひ聞かせてゐる。母は、僕が高校を卒業した後は、父と祖母と三人の暮らしであったが、1982 年に祖母が、1986 年に父が他界して、その後は一人暮らしになった。追ひ打ちをかける様にその翌年に僕が会社を辞め、日本を離れてスウェーデンに行き、もう帰って来ないなどと言ひ出すものだから、母は寂しかったんだと思ふ。まもなく東京都下に住む姉の元に身を寄せてくれる様になって、僕は本当に安心した。そんな母がなくなったのは 9 年前の今日のこと。立春は過ぎたけれども、今朝の気温は氷点下10度、残雪が春の眩しい光を受けて、こちらでは美しい朝となった。

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2018-02-04 です・である・だ

svelandski2018-02-04

日 旧暦 12 月 19 日 赤口 丁卯 一白水星 立春 Ansgar Anselm V05 25198 日目

今日は立春、何と良い響きだらう。四つの季節に立春・立夏・立秋・立冬とあるけれども、これらのうちでは、立春が最も良い響きを持つ気がする。春を待つ喜びと一つのものであるからかもしれない。今日はその名に相応しい早春の光に溢れた一日であった。日本語に興味を持つ人があって、町で会って話をした。北原白秋の「この道」を例にとって日本語を少し説明してみた。冒頭は「この道はいつか来た道」。名詞で文が終はってゐるけれども、これはその後ろに、(です・である・だ)等が省略されてゐると説明した。と話したところで、これら三つはいつでも互ひに置換へられるかしらとふと思って、さうではないことに気付いた。「あの花は美しいです」と言ふことはあっても、「あの花は美しいである」、「あの花は美しいだ」とは言はない。そもそも形容詞の終止形で文が終はれば、「です」は不要である。どうしても丁寧に言ひたければ「美しうございます」の様に言ふべきだが、会話ではそこだけちょっと敷居が高くなるので、「美しいです」といふ言ひ方が開発されたのだと思ふ。それでも、この言ひ方は、どこかに抵抗があって、僕はなるべく使ひたくない。「です」は話し言葉、「である」、「だ」は書き言葉と言へば良いのだらうか。日本語を説明するのは難しい。

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2018-02-03 ブログと手紙

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土 旧暦 12 月 18 日 大安 丙寅 九紫火星 節分 Disa Hjördis V05 25197 日目

最近は手紙を書かなくなった。必ずしも悪いことではないかもしれない。手紙をもらふのは嬉しいことだが、嫌な場合もある。返事を書くのもなかなか大変なこともある。すぐに捨ててくれれば良いが、いつまでとっておくかなと相手を悩ませるかもしれない。そんなことを思ふと手紙はあまり出さない方が無難かなとも思ふ。その点、ブログはなかなか便利である。手紙でも書きたいなと思った時に、その相手に手紙を出すつもりでブログを書くこともできる。相手は僕がブログをつけてゐることも知らないから、もちろん読んで貰へないが、それはそれで良い。何人かの方は割と頻繁に読んでくださる様なので、その人たちを思ひ浮かべながら書くこともある。相手がそれを読んだとしても、その人に対して、「お返事書かなくちゃ」と思はせる圧力が全くないのがブログの良いところだ。「あいつこの頃何してるのだらう」と思ってくれる人がもし居たら、その時のために、ネット上に簡単な日々の消息をさりげなく書いておいても良いかなとも思ふ。そんなことを思ひつつ、ブログを書くことにしてゐる。

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2018-02-02 道半ば

svelandski2018-02-02

金 旧暦 12 月 17 日 仏滅 乙丑 八白土星 Kyndelsmässodagen V05 25196 日目

僕の iPhone に表示された今日の言葉 (’Brainy Quote’ の ’Today’s Quote’) は Theodore Roosevelt の言葉であった。このアプリは、多分アメリカ発であるので、日本人の言葉が載ることは少ない。今日の言葉を引用すると次の様であった。’Believe you can and you’re halfway there.’ 自分なりに訳すると、「自分にだって出来るんだと信じ、そしてもう既に半分までは出来てゐるんだと信じなさい」となるでせうか。この言葉は、日本の格言「百里の道を行く者は九十里を半ばとせよ」を思はせるものがある。同じ道半ばでも、心理的にえらい違ひがある。日本の「道半ば」については、何もそこまで卑屈にならなくても9割はできてますよとおおっぴらに言って良いのではないかと若い頃は思ったものである。だが、これは、これなりに理屈はわかる気がする。自分の目には9割までできた様に見えても、より客観的立場から見るとそこまでできてないことが多いからである。実際、何か作業をする時、もう殆ど出来上がってゐるのに、最後の方になって、意外と時間がかかることがあるものだ。それは工程の見積もりの仕方が悪いからかもしれないが、仕事の現場とは得てしてそんなものではないだらうか。9時に家を出ようと思ったら、8時50分に家を出るつもりにすれば丁度9時になる様なものである。日本の「道半ば」を信条として生きるものには、Roosevelt の「道半ば」は眩しいばかりの前向きの姿勢に満ちてゐる。人間にはその両方が必要なんだと思ふ。

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2018-02-01 電動歯ブラシは効果的か

svelandski2018-02-01

木 旧暦 12 月 16 日 先負 甲子 七赤金星 Max Maximilian V05 25195 日目

音波式電動歯ブラシを使ってゐる。購入したのは 2014 年 3 月 23 日であったから、やがて4年になる。果たして、この電動歯ブラシは効果的なものであらうかと、時々気にかかる。30 秒ごとに一時停止が入って、3分間で切れるから、その意味では使ひやすいし、磨き終はってからそれなりにスッキリした感じはあるから、悪くは無いのかもしれない。それでも、手で磨いても同じくらいのスッキリ感は出るのではないかとも思ふ。年老いて面倒になって来たのは、使用後充電器ケースに納める手間である。手で磨く歯ブラシはサッとすすいでコップに立てかけるだけで良いから一瞬ですむ。充電の手間もない。それに比べれば、その都度、歯ブラシを外して収納ケースに収めるのは、ちょっとのことだが手間がかかる。そのちょっとのことが、この頃妙に気になりだした。もし、本当はあまり差がないのであれば、フツーの歯ブラシに戻ろうかなといふ気もしてくる。本当に良いものかどうか、しっかりしたデータもないのに、なんとなく CM に乗せられて買ってしまふものって、現代の世の中に結構あるのではないかと思ふ。使ってみての感想だって主観的なものだから当てにならない。音波式と超音波式とはどれくらい効果の差があるのかも僕にはわからない。振動しなくなる手の感触があれば故障とわかるが、音波や超音波などは、本当に出てるかどうか、どうやって調べることができるのだらうか。故障しても気づかずに使ひ続ける場合もあるのではないかな。そんなことを思ふと、やっぱりフツーの歯ブラシの方が良いかなとも思ふ。

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