アメリカがイラク・イラン・シリア・アフガニスタンを押さえたと仮定して、そのときにも石油は市場商品といえるのでしょうか

id:kmiuraから一昨日のコメントとして寄せられた質問。面白いのでこっちで書いてみる。なお僕は別に石油の専門家でも何でもないので間違ってたらすんません。というか「世界を動かす石油戦略」石井彰/藤和彦(ASIN:4480059857)を早く読みましょう。
で、結論からいうと、米国が何やろうと、それでも石油は市況商品といえると思う。ポイントは次の2つ。

  • 米国+挙げられたイラク・イラン・シリア・アフガニスタンの4国*1の2002年の原油生産量シェアは「たったの」20%弱*2。この数字では、仮に大増産をしても市場で価格支配力を握るには遠く及ばない*3。ゆえに世界原油市場は米国がどうしようと残る
  • 更に「アメリカが押える」を「米系資本が油田の採掘/販売権を独占的に所有する」と定義できるとすれば*4、それら米系資本は損を出せない。損をしないためには市場価格かそれ以上で販売しなければならない。しかし米国消費者(企業を含むことに注意)が市場価格以上で米系資本から石油を購入する義理はない。結局誰がどこを「押え」ようが、原油は市場価格で販売せざるを得ない

確かに、現在の米国の原油消費量シェアである26%は、上記米+4国の合計生産量シェアの18%を大きく上回る。だから米国が軍事力でもってこれらの国を手中に収め、がんがん増産させてそれを丸ごと自国の消費のために使う、という話も、この数字を見てるだけならいえる。
でも実際にはそれって非現実的。ホワイトハウス原油を採掘して販売するわけじゃない。石油会社は株主のために利益を出そうとするから、お国のために損してまで石油を売るなんてしない。政府が石油会社に補助金出して安く売らせるってのはアリだけど、そんなことしたらますます財政赤字は膨らむし、それにそんな露骨な産業保護政策、国内政治的にもできないだろう。
そして最初に書いたように、高々20%弱のシェアじゃカルテル組むのは夢のまた夢だ。自国では相手にされないから、例えば日本に売りつけようと思ったって、日本がお付き合いする義理はない。どう頑張っても市場価格近辺でしか売れない。
ということで米国は石油を「押え」ようとして中東に関心があるわけではない。そんなことはできんのですよ。既に何度も挙げている「世界を動かす石油戦略」(ASIN:4480059857)の69ページに、国際政治・軍事の専門家と石油・エネルギー専門家の考え方の違いが挙げられているので引用しておく。
国際政治・軍事の専門家は、

・石油は市場に任せきりにするにはあまりにも希少で流動性に乏しい重要な戦略物資であり、石油市場、あるいは石油調達手段を政治的にコントロール、確保しなければならない。
・各産油国の石油生産能力や資源量は神が与えた所与のもので、人為的に変えることは困難であり、石油は近い将来枯渇化に向かう希少資源である。

と考える一方、石油・エネルギー専門家の考え方は、

・石油は国際市場で効率的に配分される非常に流動性・流通性の高い典型的な国際商品であり、この流れを政治的にコントロールすることは不可能であるし、輸入先の資源の確保を政治的に無理に手立てしてもほとんど意味がないし、かえって害がある。
・各産油国の石油生産能力や埋蔵量は、中長期的に見て投資関連の政策及び技術革新の進展によってかなりの程度変りうるものであり、石油の潜在資源量は世界規模で見れば比較的豊富に存在する。従って、投資や技術革新をスムーズに行える産油国の投資環境整備や、内陸奥深い資源の場合に、国際市場へのアクセスを可能ならしめる輸送パイプラインへの支援を行うことが政治の役割である。

というもの。どっちに説得力があるかっていったら断然後者だと思うんだがどうかな。
もちろん、この本でも強調されている通り、本当のところはどうだったとしても、世論と政治がそうだと思い込んでいれば世界は実際そのように動く。大恐慌からブロック経済、そして第二次大戦へという流れを見てもそれは明らかだ。
でもだからといって政治に過大な重点を置いて考えるのは大間違いのこんこんちきだと僕は思う。みんながそう考えるからそもそもおかしくなるのだ。政治なんてのは本来、みんながどうしたいというものの結果であって、出発点ではない。政治的にどうのなんてみんないい出すとおかしくなるのは歴史が証明してるだろうにと思う。唐突だけど福田和也とかいう馬鹿は大嫌いだ。
だから、何度か書いたけど、まず政治を抜きで考えるのが非常に重要だと思う次第。まわりを見渡すと政治から世界を眺めるのが当然になっていて、気持ち悪いくらい偏ってる。日本だけでなく米国でもそうなのはクルーグマンの「嘘つき大統領のデタラメ経済」(ASIN:4152085398)を読めば良くわかる。
で、じゃどっから世界を眺めれば良いか、という視点のひとつを与えてくれるのが、経済学だと思うわけですよ僕は。その有効性も上記クルーグマンの本を読めば良くわかる。誰もがあんなにシャープに世界を見られるわけじゃないだろうけどね。

*1:実際にはアフガニスタンのデータはないので3国

*2:財務省エネルギー基礎統計参照

*3:現在40%弱のシェアを持つOPECですら既に価格支配力はない。メジャーズ(いわゆるセブンシスターズ)の絶頂期である60年代、彼らは70%のシェアを持っていた。その後のイスラム民族主義の勃興により中東を追われた彼らの現在のシェアは10%台に過ぎない。数字は「世界を動かす石油戦略」から

*4:米国は社会主義国ではないので「国が油田を保有する」ことはあり得ない