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2005-12-11

[]「バーナンキの背理法」のweak form、あるいはプライマリーバランスが赤字の国においては中央銀行が単独でインフレーションを起こすことが確実に可能である件について

あるいは「金利がゼロならインフレにコミットして国債を買えばいいじゃない」の逆襲について。って例によってこんなことはきっと銅鑼衣紋さんあたりがとっくにどこかに書き込んでいることだとは思うのですが、思いついちゃったのでせっかくだから書いてみます。

金利がゼロであっても、国債等を購入し続けることによりデフレから確実に脱却できる方法としてよく挙げられるものに、「バーナンキの背理法」というものがあります。「エコノミストミシュラン」(ASIN:4872337956)115ページより引用すると、「バーナンキの背理法」とは(読みにくいので改行入れてます);

「中央銀行が国債を含む資産を買ってもインフレが起きない」と仮定しよう。この場合、すべての市中国債を買い取っても、さらには政府が発行する新発国債をすべて引き受けても、さらにはあらゆる資産を購入してもインフレにならないとなるため、たとえば財政支出をすべて中央銀行による国債購入代金でまかない無税での国家運営が可能となる。

しかし、この結論は誤り。従って「中央銀行がどれだけ国債や資産を買ってもインフレが起きない」というそもそもの仮定が間違っていることになり、中央銀行が市中の国債流通高をネットで減少させる規模で国債購入を継続する限り必ずインフレが発生することが証明される。

これは、バーナンキがゼロ金利のもとでも金融政策がリフレ政策として有効であることの説明で用いた。ただ、この説明を「バーナンキの背理法(reductio ad absurdum)」と名づけ、流通させたのは、日本のネット社会である。

要するに無税国家というのはあり得ないので、中央銀行が国債等を買い続けていればいずれは必ずインフレになるということが確実に言えるよ、と言うことです。

ところがここでは「あり得ないこと」の例として無税国家を想定しているので、その実現には財政政策が絡む必要があります(減税や税の廃止も財政政策なので)。そのため、「バーナンキの背理法」によれば中央銀行は単独ではインフレは起こすことはできない、という見解があります。

しかしこれは、国債残高がたっぷりあり、かつ既発債がすべてなくなり国債利払い費がゼロになったとしても税収で財政支出を賄えないため毎年国債を新規に発行せざるを得ない、つまりプライマリーバランスが赤字の日本のような国に関しては、正しくありません。この点を明確に示すために、以下「バーナンキの背理法」を少し変更して、整理した形で示してみます。

1. 中央銀行が国債等の資産を購入し続けてもインフレになることはない、と仮定する

2. すると、中央銀行は既発国債をすべて買い切り、その後は新発国債を買い切り続けることができることになる

3. つまり、これは政府支出を中央銀行がシニョリッジ(貨幣創造)によりファイナンスし続けることができることを意味するが、これは経験的にあり得ない

4. したがって、1の仮定は誤りであり、中央銀行が国債等の資産を購入し続ければインフレになることが証明された

これは要するに、無から有は生み出せない、つまりシニョリッジでファイナンスされた政府支出はインフレ税で徴収されるという、高インフレ国ではどこでも見られる普通の現象を言っているに過ぎません。

そして注目すべきなのは、ここでは政府の追加的なアクションは全く仮定されていないことです。つまり、中央銀行の行動のみでインフレを起こすことが可能なわけです*1。協調的な財政政策の存在が前提されていない、という点で、これを『「バーナンキの背理法」のweak form』と呼びたいと思います*2

この『「バーナンキの背理法」のweak form』を考えることで得られるinsightとして、次の4つが挙げられると思います。

ひとつめは、やはりデフレからの脱却は日銀単独で確実に可能であること、という点です。もちろん財政政策の有効性を否定するものではありませんが、中央銀行単体で行えることがあるのであれば、まずはそれを実行することが重要でしょう。要するに、ゼロ金利だから、もしくは財務省が動かないから、日銀にはこれ以上できることはない、という論は明確に誤りであると考えます。

次に、ターゲット設定とコミットメントの存在の重要性を挙げたいと思います。『「バーナンキの背理法」のweak form』を前提に、中央銀行が国債の買い切りを実行するだけではただの高インフレになってしまうのは明らかであり、そこには何らかの歯止めが必ず必要となります。それがインフレターゲット、あるいは物価水準ターゲットになります。

これらターゲットの存在により、望ましくない高インフレを招くことを防ぐことができます。つまり、明確にターゲットが設定されていることで政策の透明性が高まり、国債の買い切りがどのタイミングで終了するかについてマーケットに合意が形成されることを容易にし、インフレ期待がスパイラル的に上昇することを防ぐことが可能となるわけです。

また、インフレを意図的に起こすということは、通常期待されている中央銀行の責務とはまるで正反対のものなので、中央銀行が自ら宣言したことを本当に実行すると人々に信じてもらうためには、強いコミットメントが必要となります。そしてペナルティの設定はコミットメントを強化するのに通常使われるものです。

3点目として、(本来の意味での)量的緩和政策の有効性が再確認できた、という点が挙げられます。中央銀行が政府支出を貨幣創造でファイナンスする、ということは、すなわちマネタリーベースが政府支出分増加していくことになります。デフレ脱却が確認できるまでいくらでもマネタリーベースを増やしていく、というのが(本来の意味での)量的緩和政策ですから、インフレへの転換という点において両者が同じものであることは明らかでしょう。

つまり、マネタリーベースの増加は決して「ブタ積み」ではないのです。そしてこのことを考えれば、現在日銀が自主的に設定している長期国債の保有残高上限規制は、量的緩和政策の有効性を徒に損なっていると言わざるを得ないことも明らかでしょう。

最後に挙げたいのは、この『「バーナンキの背理法」のweak form』は、オリジナルの「バーナンキの背理法」と同様、なんらかの具体的なモデルに依拠したものではないという点で非常にrobustである、という点です。中央銀行が政府支出をファイナンスし続けたらやがてインフレになる、という非常に当たり前のことを言っているだけなので、このことに反論するのは非常に特殊な状況を想定しない限り大変難しいでしょう。

ということで思ったよりも長くなってしまったのでこの辺で。なんだか書けば書くほど当たり前のこと過ぎて馬鹿馬鹿しくなってきてしまいました。

[]リカードの等価命題について

おまけ。上の『「バーナンキの背理法」のweak form』を考えていたときに、リカードの等価命題が合理的期待を前提としても成立しないことを示せることに気付いた。要するに、人々が、今回の減税はいずれ(増税ではなく)貨幣創造でファイナンスされると考えていれば、その減税分は貯蓄ではなく消費に回るのが合理的な行動となるわけだ。

このことから、インフレ抑制が望ましい場合には中央銀行の独立性の存在も望ましい、ということがいえる。一方、デフレ脱却が望ましい場合には、もしかしたら中央銀行の独立性は返って邪魔なだけであることが言えるかもしれない。

つまり、例えばデフレがある期間(2四半期とか)続いた場合には、インフレに復帰するまでの期間中央銀行の独立性を一時的に剥奪し、総裁は解任の上首相が兼務、なんてことが日銀法に盛り込まれれば、まず二度とデフレになることはないだろうと思われる。

なんかあといくつかimplicationがあった気がするのだけどもまあいいや。思い出したら追記します。しかしこれもとっくに誰かが言ってるのだろうなあ。勉強不足で僕が見たことがないだけで。

*1:2の点を中央銀行が宣言し実行に移した時点で、政府にはプライマリーバランスの均衡を目指すインセンティブが消失することも重要な点でしょう

*2:この場合、むしろstrong formとした方が良いのかもしれませんけど

銅鑼衣紋銅鑼衣紋 2005/12/12 13:56 お呼びなのできますた。

趣旨は結構なんですが、あっち側の言い分とはマッチしてません。あっち側
は、「財政のリカーディアンレジーム」を仮定してます。つまり、差し当た
り(それが10年でも20年でも)プライマリー赤字が続いていても、永久
の未来まで考えれば結局は国債の市場価値=プライマリー「黒字の」現在
割引価値だからです。要するに、目先は財政破綻しそうな勢いで赤字が増え
ているが、政府は最終的にはプライマリー黒字を出して破綻を回避するもの
であると仮定しているんですな。だから、そういう市場の期待がある限りは
「弱い背理法」は成り立たないわけです。そのコロラリーとして、デフレを
とめたけりゃ(それが厚生改善的かどうかは別にして)リカーディアンでは
ないことが重要ということになり、やっぱり財政であって金融ではないとい
う筋書きになる。これ以上の説明と反論は営業上(ry

lukeluke 2005/12/12 19:23 はずしてたらすいません.
「バーナンキの背理法が成立するために財政政策が不可欠」というのはそもそもまったく論理的でないと思うのです.

たとえば,
「|A| (Aは実数)は上界を持たない」 (*)
という命題を背理法で証明することを考えます.
(アホみたいな命題ですが,単なる例ですのでご容赦を.)
====
「ある正の数Cが存在して,任意のAについて C > |A|」 (**)
と仮定する.

ここで,A = 2C とおけば (***)
C > |2C| = 2C
両辺をCで割って
1 > 2
これは矛盾.
====
という感じですが,ここで(***)の部分の仮定は,(*)が成り立つための必要条件でも十分条件でもありません.(***)に具体的に何を使うか(A = 2CとおくのかA = 100CとおくのかA=1.1Cとおくのか)に関係なく,また,(***)が常に成り立つ必要などなく,とにかく(**)から矛盾が一種類でも導けるならば(*)は正しいのです.

ところが,「バーナンキの背理法に財政…」と主張する人達は,この(***)にあたる部分の仮定を取り出して,(*)にあたる「日銀が国債を買い続ければ必ずインフレになる」の必要条件であるかのように誤解しているように思います.

これは,「|A| (Aは実数)は上界を持たない」ためには,誰かが(**)を仮定しなければいけないとか,Aと他の数の間に何かしら「2倍」の関係が常に成り立っていなければならない,と言ってるのと同じくらいおかしな話だと思います.

svnseedssvnseeds 2005/12/13 10:20 銅鑼さんありがとうございます。

結局、NR型財政であることを担保するのは財政側の宣言であり金融政策は関係ない、ってスタンスなんですかねえ、あっち側の言い分としては。僕としては、市場の期待を変えるのも含めて金融政策の方が、財政がRかNRかを決めるのに大きな(または決定的な)力を持っているような気がするのですけど、どうなんでしょう。

というか財政か金融かの二者択一ってのは不毛な設問ですねきっと。どちらがprimaryかって問題になるのかな?現実的には両者の協調が望ましいのは言うまでもないし。

まなんにせよこの辺(FTPL)は未知の領域なんでちょっと勉強してみます。ざっと調べたところ、色々みつかったので(ESRIの「FTPLを巡る論点について」(http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis040/e_dis035a.pdf)は既に読んでいたので)、岩本論文(http://www.imes.boj.or.jp/japanese/kinyu/2004/kk23-3-1.pdf)とその元ネタらしいBenhabib論文(http://www.econ.duke.edu/~uribe/avoiding.pdf)、ついでに竹田論文(http://www.mof.go.jp/f-review/r64/r_64_140_179.pdf)を読んでみるつもりです。他に何かこれ嫁ってのがあれば教えていただけると嬉しいです。

svnseedssvnseeds 2005/12/13 10:21 lukeさん、コメントありがとうございます。
生憎論理学には不案内(というかちんぷんかんぷん)なのでおっしゃっていることを評価することができませんが、たぶんbewaadさんが書いてらっしゃることと同じことではないかと推測いたします(違っていたらごめんなさい)。こんな返事しかできなくてすみません・・・orz。

lukeluke 2005/12/13 11:30 svnseedsさま,蛇足ながら少し補足させていただきます.

証明は構成的証明(constructive proof)と呼ばれるものと,そうでないもの(非構成的証明)とに分類できます.構成的な証明とは,具体的な例の1つを実際に示してみせるもので,たとえば「方程式(x-3)(x-5)=0が解を持つことを証明せよ」というときに「x=3とおけば方程式は成立する」とする証明のようなものです.

非構成的な証明は実例を示さないものですが,これでも立派な証明に違いはありません.たとえば「f(x) = cos(x) - x = 0が解を持つことを証明せよ」といわれたとき,
====
f(0) = 1 > 0
f(π/2) = - π/2 < 0

fは連続だから,中間値の定理よりf(k) = 0をみたすkが区間[0, π/2]中に存在する.
====
というのは,具体的な解を示してはいませんが正しい証明です.

「バーナンキの背理法」の証明は非構成的な証明であって,インフレにする具体的な解の実例を挙げたものではないのですが(実例が示せるなら背理法にする必要はそもそもない),「政府が国債を無制限に発行する」というのを解の実例として使った構成的な証明であるかのように誤解する人が多いのだと思います.

したがって「バーナンキの背理法」の批判として「政府が国債を大量に発行する,というのが現実的な解でない」というのは,先の私のコメントの例で「A=2Cが現実には成り立っていない」と言っているようなもので全く無効です.
「政府が国債を大量に発行することが(現実的な解としてではなく理論的な仮定としても)不可能である」か,「国債を大量に発行するとしても矛盾が導けない」ことを示さなければ批判になりません.

まとめ:「バーナンキの背理法」はインフレにする具体的な解を示した証明ではない.したがって「具体的な解になっていない」という批判は無効.

svnseedssvnseeds 2005/12/14 22:58 lukeさん、ありがとうございます。ちょっとわかった気がします(にぶくてすみません)。

その伝でいくと、中銀単体では背理法は成立しない、というのは、「政府が国債を大量に発行することが(現実的な解としてではなく理論的な仮定としても)不可能である」、何故なら政府がそれを望まなければならないから、つまり財政の協力が必要、ということになるのかな、と。

本日のエントリにもちょろっと書いたのですが、中銀がデフレ脱却にものすごく積極的になった際には、それを打ち消すような財政の逆噴射は(政治的にも)まず不可能でしょうが、しかしやはり少なくとも邪魔しないという意味での消極的な協力は最低限必要な気がしてきました。