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2006-09-08

日本語で上手な文章を書くには:10の「べからず」

やや唐突ですが僕の友人のユダヤ系アメリカ人から面白いメモをもらったので、本人了解のもと転載します(名前は一応仮名にしておきます)。原文は英語ですが適当に訳してみました。事実誤認など突っ込みどころ満載なんですがあまりに面白いのでそのままにしてあります。

僕から見ると皮肉が利きすぎているように思うのですけど、本人はいたって大真面目のようです(笑)。どっかに載せるつもりなんだろうか。止めといた方がいいと思うけどなあ。わはは。



日本語で上手な文章を書くには

アイザック・シュワルツ(仮名)

私たちには日本の公立学校に通う小学6年生の娘がいる。彼女は小学生になる前から日本で暮らしているため日本語には不自由していないのだが、毎年の夏休みの課題でどうしても良い評価をもらえないものがある。読書感想文だ。

日本の小学校には課題図書というものがあり、全国の小学生たちはみな同じ本を読んでそれについて感想文を書くことになっている。どうやら私の娘は今年もまた良い評価をもらえなかったようだ。

妻と私自身はアメリカで教育を受けており、娘にはどのように文章を構成するかについて一通り教育をしてきたつもりだ。しかしことここに至って、私たちは根本的に何かが間違っているように思えてきたのだ。

そこで、娘から伝え聞いた教師の評価や、日本でいわゆる名文といわれている文章を調査した結果、少なくとも日米では「良い文章」といわれているものに大きな違いがあることがわかってきた。

以下はその違いをもとに私なりにまとめた、日本語で上手な文章を書くための「べからず(Don'ts)」リストだ。私たちと同様にアメリカで教育を受けた皆さんには信じられない内容だろうが、日本ではこのような特徴を持った文章が――小学生の読書感想文に限らず、新聞の社説でも――良いとされているのだ。何かの参考になれば幸いだ(娘の成績向上とか)。

ところで、私の目下の悩みは、こうした特長を持った日本的「名文」を書くよう、娘を指導するかどうかというものだ。何しろ私自身、このような文章を書くことについてはとても自信があるとはいえない。こうして今書いている文章ですら、自分で挙げた「べからず」をひとつとして守っていないのだから・・・。

日本語で上手な文章を書くには:10の「べからず」

1. 何について述べている文章なのかは最後まで明らかにしてはいけない

日本では、何を問題としているのか、何がテーマなのかが最後までわからない文章が良いとされている。冒頭で目的を述べるなどはもってのほかだ。

具体的には、「一度テーマらしきものを述べた後、すぐにそれを否定し、代わりのテーマは最後まで明らかにしない」といった手法が挙げられる。日本では非常に多様されるレトリックだ。

2. わかりやすい構成の文章を書いてはいけない

通常の文章構成である、イントロダクション、主題、結論、という三部構成は、日本ではあまりに型にはまりすぎており面白みのないものとされている。

曖昧模糊として脱線、反復や省略が多く、読者それぞれに異なる印象を残す文章が「良い文章」なのだ。

3. 結論を冒頭に述べてはいけない

我々にとっては一般的な結論を冒頭で述べることは、日本では「味気ない」ものとされている。読者の楽しみを奪ってしまうためだ。

4. 結論を最後に述べてもいけない

皆さんは驚かれるかもしれないが、日本語の良い文章とされるためには、結論は最後に述べてもいけないのだ。

それでは結論はどこに、と思われるだろうが、とにかく結論らしきものは文章のどの場所であっても明確に述べてはならない。日本では、結論を明確に述べるのは文章の余韻を殺す、ぶしつけなものとされているのだ。

代わりに、まるで俳句のように、結論は読者が行間――文脈(context)とやや似た概念だがより幅が広い――を「読む」ことで見つけるものとされている。当然読者により「結論」は異なるわけだが、日本ではそのような解釈の多様性の存在――曖昧さとも言うが――が良いとされているのだ。

これは非常に高度なテクニックであるため、身に着けるには長期に渡る修練が必要となるだろう。正直今の私にはとてもこのような文章は書くことはできない。

ただ、手っ取り早くそれらしい文章を書くには、「べからず1」と同様に、「一度結論らしきものを述べた後、すぐにそれを否定し、しかし代わりとなる結論は述べない」という手法が使えるだろう。

5. ひとつひとつの文章はできるだけ長く曖昧なものとしなければいけない

日本では、接続詞を多用し、ひとつの文章をできる限り長くするべきとされている。途中で主語や述べている対象が変わったり、文の最初と最後で正反対の主張をしているように見える文章が、味わい深い良い文章なのだ(何度読んでも何も言っていないように読める文章はもっと良い)。

同様に、パラグラフもなるべく改行をせずに、話題が変わってもそのまま続けて長く書くことが望ましい。

6. 主張は断言せず、曖昧に述べなくてはいけない

どんなに根拠のある主張であっても、それを明確に言い切ってはいけない。「・・・と思う」「・・・ではないか」など、自信無げに述べるのがつつましく奥ゆかしい名文の条件だ。

また、できることなら、自分が主張しているのではなく、誰かがそう言っている、と述べる方が良い。特定の誰かでも良いが、「大衆」などの曖昧な主語を用いるのがより望ましい。この場合、著者は「大衆」には含まれないのは暗黙の了解とされる。

達人ともなると、誰がそのような主張をしているのか、まったく特定することができないような文章を書くものだ。感服せざるを得ない。

7. 主張の根拠を明示してはいけない

我々はひとつの主張につき最低三つはサポートとなる議論を用意するべき、と教えられるものだが、日本ではこうした形式をとってはいけない。引用は許されるが、出典は記述してはならない。あまりに形式ばった文とされるためだ。

8. 客観的な記述は控えなくてはならない

何かの理由を述べるときは、なるべく主観的に、自分自身の印象、感情や経験に基いて述べるべきだ。誰かがそういっていた、という伝聞や、昔読んだ歴史小説などに基くのも好ましく、事実多用されている(ただし出典は明記してはならない)。

客観的な事実を具体的な事例やデータと共に挙げることは間違ってもしてはならない。押し付けがましくなり、文章の品格がなくなるからだ。

9. 他人の主張を批評してはいけない

日本では、誰かが書いたものを批評することは、もっともしてはいけないこととされている。どんなに冷静な批評であっても、全人格的な侮辱としてとらえられるからだ。

更に、我々には信じがたいことだが、ある人の主張を批判的に検討することすら、その人への侮辱であると考えられている。日本では、誰かの主張を特定し具体的な批評を行うことは、非常に品性のない行為とされているのだ。

従って、他人が書いたものを批評するときは、曖昧に行わなくてはならない。ここでも、一度書いたことをすぐに否定する、というレトリックが多用される。また、「うまく言えないのだが・・・」「言葉にならないのだが・・・」などを用いて、自らに非があるように見せかけるのも良いだろう。

私見だが、これは曖昧な結論の多様な可能性の中からひとつだけを取り出して批評するという行為が好ましくないとされていることに起因しているように思える。文章とはすなわちその人の作品であるから、読者はそれを部分に刻まずに、多様な結論の可能性をそのまま受け入れるべきなのだ。

10. どうしても他人の主張を批評する必要がある場合は、主張そのものではなく、その人の生い立ちや人となりについて述べなくてはならない

これも我々には信じがたいことだが、日本では、他人の主張そのものについての批評は避けられているが、その人の人格に関する論評は大いに行われている。

つまり、ある主張について具体的に検討したい場合は、主張そのものを扱うのではなく、著者の生まれや育ち、人となり、また思想信条を問題としなければならないのだ。

残念ながら、この理由についてだけは、私には今回の調査では皆目見当がつかなかった。娘の進学のためにも、今後も継続して日本的名文の秘密に迫っていくつもりだ。

BUNTENBUNTEN 2006/09/08 19:59 まじっすか、これ。本当に外人が書いたのだとしたらできすぎ。\(^o^;)/

JinoJino 2006/09/08 21:38 一体どんな日本的名文とやらを分析したらこのような結論が出るのか興味深いところですが、どの分析も大げさとは言え、的外れとは言い切れないのが痛いですね。事実、日本の小学校では論理的な文章の書き方なんて教えないですし。

とは言え、娘さんの進学のためにはこれ以上日本的名文の秘密に迫らないほうがいいでしょうねw

pyopyopyopyopyopyo 2006/09/09 01:56 Jinoさんのコメントも日本的名文になっていますよ!

tetsuo12thtetsuo12th 2006/09/09 02:00 日本人というより、どこにでもいそうな政治家的発言に聞こえますね。読んでいていらいらしそう。

kikori2660kikori2660 2006/09/09 02:10 はじめまして。清水義範の「国語入試問題必勝法」を思い出しました。

ElekiBrainElekiBrain 2006/09/09 05:30 じゃあ、あえて結論から(笑)
日本人が全員詩的な文章を好んでるわけではなく、論理的で起承転結のはっきりした文章を好む場合も多々あるということを是非ご本人にお伝えください。
本文をみて笑ってしまいました(悪意なく)。
でも、日本人以外の方でここまで分析されているのですから、大変頭が良い方なのですね。

KazuKazu 2006/09/09 07:51 読書感想文なんて久しく書いてないけど、たぶんあげられる物全てをきっちり守っても面白いものができるとは限らないんじゃないかな。
自分のことを書くなら主観的感想と客観的感想を織り交ぜて書いてみても面白いと思う。
主張の断言は時と場合によります。
ただ日本人は批評は遠回し遠回しにすることが多いので、あまり厳しくたたいてると評判は厳しくなるのかもしれませんね。

hizzzhizzz 2006/09/09 09:27 感想文は、小学生「らしい」主観的「感情」を「素直」に表現すべきもので、対等に大人ぶった批評や論文レトリックはナマイキという指導基準なのかも(笑)?

kmdsbngkmdsbng 2006/09/09 09:52 ElekiBrainさん
非常にネタにマジレスくさいので恥をしのんでですが…
起承転結は物語の構成の話で、読書感想文はレポートなんだから、
話が違うでしょ。起承転結だったら結論が最後にきちゃうじゃん。
ネタだとは思いますが、おれが前にいた会社でもレポートを
「起承転結で書け」と普通に言われてて、もうなんだかなーと
いう環境だったのでついカキコ。

street1street1 2006/09/09 09:57
小、中、高校生レベルの読書感想文で、「行間を読ませる」テクニックは求められていないと思う。

JinoJino 2006/09/09 09:59 >pyopyopyoさん
>Jinoさんのコメントも日本的名文になっていますよ!

ああ、しまった!三つ子の魂なんとやら…orz
もう一度大学に逝って来ます。

dorndorn 2006/09/09 10:35 読書感想文って前書きを写して提出するもんじゃないの?

k-tarok-taro 2006/09/09 10:46 この「べからず」集は、性善説的に穏やかに暮らすために作られてきた、一種の知恵なのかもしれません。決着を望むのではなく、物語を求める。指摘するのではなく、おのずと察することを望む。果たして合理的論理的思考だけが正しいのか……云々という議論ではなくて、「あ〜、そうなんだよね」と知るところから対話が始まるのでしょう。曖昧模糊とした言葉にはムダがあります。ムダがあると人はその隙間について考えます。考えるためには、振り上げたこぶしを一度おさめねばなりません。そのとき、ムダが「ゆとり」に変わるのかもしれない、と思いました。この「べからず」集、意外と国際紛争の解決に応用できるかも。

MIXMIX 2006/09/09 11:58 私は10年程前に塾の先生をしていて、その頃、父兄とお話しして驚くべき公立小中学校の指導のあり方というのを何度も目にしました。ワケわからんことを大真面目にヤレという学校がいて、子供はワケワカメで、親もワケワカメな状況。文章の書き方はいうに及ばす、服装についてのことや通知表の採点のガイドラインなど、まったくもって不可解かつ理不尽なものがあるのだなということをたくさん教わりました。たぶんこれもそのひとつなんだと思います。これをおおまじめに子供にヤレという国語の先生はたぶん本なんか読んでないんでしょう。

ElekiBrainElekiBrain 2006/09/09 12:44 kmdsbngさん
>非常にネタにマジレスくさいので恥をしのんでですが


いえいえ、実は私はもっと恥ずかしい奴です。あれはネタじゃありません。更に恥を忍んでマジレスします。
本文は結論を曖昧にすることについても言及されているので、「論理的で起承転結のはっきりした」と書いたのです。しかし、これには「一般的な結論を冒頭で述べることは、日本では「味気ない」ものとされている」に対する答えが用意されていません(起承転結は最後に“結”がくる)。ここは確かに矛盾しており、私の注意力が散漫だったと思います。


また、レポートに関してですが、学校の読書感想文は必ずしもレポート的である必要性はなく、論点を絞り、起承転結をしっかりと決め、自身の観点から語ることが重要であると感じます。本文の「イントロダクション、主題、結論」がこれに当たります。正確には一つ足りませんが。
レポートそのものにしたって、起承転結を排除する理由は全く見当たらないと、私個人は感じています。

kmiurakmiura 2006/09/09 12:54 わらった。
正しいと思う。

odakinodakin 2006/09/09 14:22 うはwww無茶苦茶あってるwwww
僕には「事実誤認」も意図的な「皮肉」も見つけられないけど。新聞の文章なんてぜんぶこれじゃん。原文も是非!

>k-taroさん
国内の平穏だけ考えればそれでもいいようだが、それだと戦争のような極限状況ではグダグダになる、という事をテーマの一つとした本↓
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167306018
国際紛争については、ユダヤ人や印欧語族の人間がこの曖昧模糊さを使いこなせるようになるとはとうてい思えないw

あと本文にtypoが
×非常に多様される
○非常に多用される

よしみよしみ 2006/09/09 15:20 私は元小学校教員です。退職して本を出版しました。感想文をたくさんいただきましたが、教員の感想文が一番お粗末でした。よくこれで読書感想文を指導しているものだとあきれました。だから、娘さんは、優秀なのです。

通りすがり通りすがり 2006/09/09 16:24 新聞書いてる一部の馬鹿記者には当たってるかも。
でも、ノウハウ本に関しては、曖昧にグダグダ書いている外国書籍より起承転結がしっかりしてる日本書籍の方が遥かに勝ってると感じるのですが・・・。
もっとも、英訳が酷いだけかもしれないけどね。

ちなみにこの文は感想だから、ぐだぐだで起承転結なんて無視ですよ(笑

pontantapontanta 2006/09/09 18:30 ユダヤ系の人はよくジョークを言うといいますが、
この文章に散りばめられている表現面白いですね。

内容についてですが、昔を振り返ってみると、
何書いていいかわからないから、適当に字を埋める。
だから自然と曖昧になる。そもそも結論という言葉自体知らなかったんじゃないかな(笑)。文の書き方なんて教えてくれませんでしたから。

要するに日本の子供はただの鼻垂れ小僧ですから、
わざわざ娘さんに鼻を垂れさせる必要はないと思いますよ。

qkyghqkygh 2006/09/09 19:13 いやあ、めっちゃ笑ってまいました・・・

あ、はじめまして!リンクをフラフラさまよっておるうちに、こちらのBlogにおじゃましてもうた者です。こんばんわ〜。

あの、ええと、それでですね・・・
スミマセン!ホンマ、笑えたんですけど・・・
なんか、ちょっと気になりました。『名文』の分かりにくさ、ちゅうモンは別に洋の東西を問わないんちゃう?って・・・
たとえば、明晰さで知られるフランス語の世界でも、レミ=ド=グールモンさん(フランスの批評家・1858〜1915)ってヒトは、「名文とは、わざと下手っぴに書くことである」なんて言ってます・・・ま、ようするに、〈お芸術〉な文体は、ドコの国でもムツかしい文章になる思うんです。そして、ドコの国でも、論理的に考えられたことは論理的に表現されていると思うんです。だから日本語でも論理的な文章はホンマ大昔から山ほどあるやんか、って、ぼく思うんです・・・( たとえば、詩集の序文のクセに、『古今』の仮名序なんかメッチャ明晰です )
ぐわ、コメ長くなってスミマセン!ええと、つまり、ぼくが気になったのは、『東洋人は非論理的』って言う、昔なつかしいあめりか〜んの偏見(もちろん、偏見は非論理的です)に、JINOさんのご友人がレッツゴーしてまいそうやな〜、ってことなんです・・・ご友人のエピソード、たんに、娘さんのセンセが「お芸術」好きなだけちゃうやろか?

officearonofficearon 2006/09/09 20:45 教育コンサルタントの芦屋広太です。
これは、なかなか面白いです。私の研修で使いたいです。

btl.btl. 2006/09/09 22:34  もはや時代遅れとなった日本語の書き方ですね。昔の論文などに多かったと聞いて私はゲンナリした覚えがあります。このべからず集は、わかりづらくて論理がない日本人の美徳的な文章を書きたい人にうってつけです! シュワルツさんによろしく!

princekenprinceken 2006/09/10 00:31 英語の論説文などを読めば、このお話はすべてその通りと言わざるを得ないと思います。比較すればそういうことになりますよねー。ネット上の文はその辺りを脱却しつつあるようですが、言わぬが花の古い日本文化とは異質なものなのでしょうね。

ななしななし 2006/09/10 00:35 (笑)

warp258warp258 2006/09/10 01:11 いやぁいいですね。
これにしたがって、いろんな書類や報告書を書いてみたい!!
たぶん、ものすごく受けがよさそうだ!!

っていうか・・・アイザックさんの文章は、このべからず集から逸脱してるのも素敵・・・。

カリンカリン 2006/09/10 10:20 あはは…英語を話す人らしい考え方ですね。

小説はアート作品なのであって、
『日本語の上手な文章』
とは別物なのだと伝えてください。
日本においても、
論点と考えがはっきりしていてなおかつ、
読者に誤解釈をさせないものが
上手な文章なのだと私は思っています。

ああああああああ 2006/09/10 10:48 強烈で面白い皮肉。
中身が無いのにわざとあいまいにして「わかってる感」
を出そうとするメディアや物書き、映画監督なんかが
のさばってる日本。その問題の核心が突かれてる。
ユダヤ人ってやっぱり頭良いんだ。

・・・。・・・。 2006/09/10 11:28 論文じゃないよ。感想文だよ。

psknpskn 2006/09/10 12:18 言い尽くされているようですけど。
「文章」とひとくくりされても、無理がありますよね。
あと、優れているといわれているロシア文学にも共通しているとおぼしき部分があって興味深いです。

FF 2006/09/10 13:26 日本人なのにあまり知らない「日本について」。

……無様だな。

たこつぼたこつぼ 2006/09/10 16:58  うーん・・・。やっぱり日本語を理解すると言うことは
難しいって事ですな。

 まず、一個目のことから。
 日本語というのは、書く文化と話す文化。これは別物と考える
べきです。話し言葉と、文章としての言葉。おのおの違った歴史
が存在しているので、その部分をまずは理解すべきではないでしょ
うか。
 今はかなり話し言葉が文章となってきているが、まだまだ、
だし、話し言葉を文章にするのは、文化の破壊か否か。とか、
非常にくだらない事を言ってる人もいるし。私はどうでもい
いんだが。
>何がテーマなのかが最後までわからない文章が良いとされている
 これははっきり言うと、日本人が勉強嫌いになってきてるだけの
話です。もし、一つの文章を評価する人、学校なら先生だったり、
社会であれば上司の人だったりが、書かれている物に疎かった場合、
その文章の真価がわからない場合が多々あるのです。勉強不足で、
評価できない物はその作品がいかに優れている物であったとしても、
評価される機会をうしなってしまう。
 難しいテーマ、たとえば、学校なら、平和を考えた場合、抑止力
は必要か。というテーマが仮にあったなら、抑止力とは、軍事力を
維持することもふまえた、平和維持の模索について。と、言う形に
なる。学校の教師の中には、軍事力=軍隊と戦争、戦争=他国の侵
略、=虐殺と自然破壊。と、教えているところも少なくない。そう
なると、平和を考えた場合、抑止力は必要か。というストレートな
テーマは、教師、又は目上の人を中核とする、社会環境において、
受け入れがたい物となるわけだから、テーマをぼかすのではなく、
問題を、社会の中核にいる指導者に提示し、どのようなテーマを
あげたらいいのか。そのことをお伺いを立てる必要がある。
 テーマについての発言権、仮に持っていない人が発言したかっ
た場合、指導者に自分の言いたいことのテーマに気付いてもら
い、あたかも指導者が自分で考え、イニシアティブをとった物
と錯覚させなくてはならない訳です。

 それと、「よい文章」とは。そんな物はありません。

 要は、文学者と言われる人たちの自己満足の世界です。

 それを、文学者という生き物はバカでから、自分が過去に教わっ
た物や、役に立たない雑学なんかで飾り立てて、ブランド化して
いるに過ぎないのです。
 そのブランドを買わない人間は変わり者だと言われるけど、私
は、私はインチキ臭い学者が決めつけた一つの形式にとらわれる
方がおかしいと思うし、変わっていると思う。

 良い文章はどうだの話は、書かれている内容が、相手に誤解され
ずに届き、また、書き手の価値観を共有できて楽しめるかどうか。
じゃないのかな。
 私は思うけど、自己顕示欲の強いバカな教師に、思春期を振り
回されるよりも、娘さんがやってて楽しいことを勉強すべきだと
思う。

便田さん便田さん 2006/09/10 20:18 結論から言うと、ネタですね。
外人に言われると騒ぐ日本人てのが一番の特徴。

OhtaOhta 2006/09/10 22:09 なかなか的を得て面白い記述だと思います。

overtheroomovertheroom 2006/09/10 23:18 通りすがりに読ませていただきましたが、とても面白かったです。
ジョークとしては一級品だと思います。
僕は中学生まで感想文が苦手でしたが、高校生の時に何回か評価されたことがあります。その経験を振り返ってみても良い線の指摘だと思います。(外国のことや他の日本の学校の事例はわかりませんが、)感想文というものは主張を明確に書く評論とか論文とかではなく、エンターテイメント性を多分に持たせたフィクション・エッセイが求められていると思います。この時の嘘と事実の配分がセンスを求められるところなのではないでしょうか。

toketoke 2006/09/10 23:35 何がおかしいんですか。
その通りだと思いますが。
日本の文章に慣れてしまった人はこういう日本の文章の特徴に気づかないだけなんですよ。

qkyghqkygh 2006/09/11 05:41 >イザヤさ・・・あ、まちがえた、便田さん!

たしかにコレ、JINOさんの楽しいネタや思います。
それでも、やっぱ引っかかるんですわ。
ほら
女の子と付き合ったばかりの奴が、
「オンナってさ〜」
と、女性すべてについて何もかも悟ったツラで
偉そうに話したりするでしょう?

こういうヒトを馬鹿にするのは、簡単です。
また、「その通りだよね〜」と適当に答えるのも簡単です。

でも、ちゃんとマジレスしてあげること、
つまり、
「そういう子もいるけど、ちがう子もおるねんで」
って、女の子のおそるべき多様性を教えてあげることが、
やっぱ、ぼくは必要やと思っています。

まあ、たしかにネタにマジレスは、カコわるいんですが・・・
でも『日本人とユダヤ人』のようなアホネタ本とちがって、
ぼく、こちらのBlogはどっかマジメな気がするんです。

ほげほげふがふがほげほげふがふが 2006/09/11 07:40 >たこつぼさん
これは「良い文章」ですね。

原文は英語 w原文は英語 w 2006/09/11 10:53 3行で良いから英語原文とやらを見せてみよ。

名無し名無し 2006/09/11 12:00 × 日本語で上手な文章を書くには
○ 日本語で上手なポエムを書くには

笑 2006/09/11 12:02 さっき、山本七平がこれみて泣いてた。

yurara1986yurara1986 2006/09/11 12:13 英語は論理的だと良く言いますけど、結構適当な文の人もいますよね…。日本語や日本人がどうこうと言うよりか人それぞれのような気もします。

 2006/09/11 13:20 文系学問ではこういう感じで書いた論文がありがたがられるという話は聞いたことがあるな

u-chanu-chan 2006/09/11 14:01 「超ワラ」ですな。

ほとんどの日本の企業の「経営長期戦略・計画書」はすべて当てはまるといっていいでしょう。ウチの会社も「なんで、こんなヒドイ、途中で手段が目的化するような長期計画になるのかギモン」でしたが、良くわかりました。

こういう内容じゃないと、社長決済が出ないんですね(涙)。
ネタ・ジョークと笑う人も多いですが、結構笑い事じゃないですよ!

peanutsjamjampeanutsjamjam 2006/09/12 02:29 「日本人は外人に言われると騒ぐ」っていう指摘が上のほうのコメントにありましたが、そういう日本人の特徴を捉えた上で日本の国語教育にひとこと言うために、外国人からもらったメモという形式をとった(かもしれない)のは非常に戦略的かも。
アイザック・シュワルツさんが実在するならその人はすごいし、実在しないにしてもこの記事はすごい。

深井深井 2006/09/12 15:19 そもそも、読書感想文の教育的効果ってなんなんでしょう?
私は平均よりは本が好きでよく読み、下手の横好きで小説まで書くような人間ですが、読書感想文が嫌いで嫌いで仕方ありませんでした。

k 2006/09/12 15:58 この人はきっと朝日新聞を分析したんだよ

fabiusfabius 2006/09/18 17:52 わはは。論文や実用文のノウハウ本でも「世間に多くあるが、真似してはいけない書き方」として挙げらてている事ですが、強烈に日本の風潮を皮肉ってますね。
ぼくの場合は「日本語の上手な文章」を書く気が全くないので、長文を書くときは極力、まず頭の一行から五行ぐらいでテーマと概要、結論をずばり書いて、本文を書くようにしています。

絶濃絶濃 2006/09/18 23:29 ↑ だれもきみの文章作法など興味はないのだよ。

通る人通る人 2006/09/22 15:37 評価というのは突き詰めてしまえば、小学生の書く文章に教師が何を期待しているかということでしょう。内田樹氏がこども観が欧米と日本では大きく違うということを本に書かれていますが、そういう違いがあるのではないでしょうか。
つまり、おそらくですが、日本の子どもに期待されている文章はしっかりした(大人が書くような)文章ではなく「(日本人が思う)こどもらしさ」が感じられる文章であることに一番のポイントを置かれているのではないかと思います。

nn 2006/09/28 09:28 文章の作成の仕方を教えない小学校がいけないような気がする。
むしろ率直に思った順に書くのが日本流の読書感想文なのではないか?
だとしたら何故評価というものが必要なのか。
謎は深まるばかりだ。

ぞうむしぞうむし 2006/09/29 02:36 そもそも日本語の「起承転結」という言葉からして論理的ではないですな(笑)。

shingさん所からshingさん所から 2006/09/29 04:30 ところでこれを書いた人の名前、もしかするとイザヤ・べんださんといいませんか。




…いえ、なんとなくです。

アレアレ 2006/10/15 11:38 小中学の作文技法としては「有り」だと思いますよ。
実用書や論文だったら完全に「ダメ」ですけど。
…でも結構見かけるんだよね、この「10のべからず」技法で書いてある論文…。

pipipipi 2006/10/27 15:51 通りすがりですが、面白くて立ち寄りました。(笑)
このお嬢さんの感想文を世界中の国の先生にだしたらどんなコメントが帰ってくるのか?
知りたいですね!
いま、私の子供が学校に行っていたら。。。。と、考えると。。。。

まさにまさに 2006/11/16 19:02 ほぼこの通りで大笑いしました。
私も小、中学校の作文が大の苦手で、どういう風に書いていいのかわかりませんでしたよ。今にして思えば、あれらはクラスメイトの間で文法や論調を模倣しあう事によって独特の進化を遂げた、一種の伝統的な文ではないかと思います。賞をとるような作文はテンプレートのような文ですしね。

nisisinjukunisisinjuku 2012/03/07 20:21 5年前の文章なんですね。

「起承転結」って国語の授業で習いますが、アレは小説の作文方のひとつであり、論理文章は序論本論結論なんですよね。
で、人によっては本論結論本論ということで。
論理的文章作文は大学は居る前辺りに学ぶものかと思います。
(アメリカでは小学校低学年で習うらしい。)

多くの日本人は「起承転結」こそ正義!と思ってますが、誤学習から起こる問題であり、転はそもそも論理的文章には不要。

あとは夏目漱石を勉強しすぎたり、小説のひとつのパートを抽出し、行間を読む勉強ばかりをしたり(作者に聞くと意図したことの無い曲解があることも。)書いてないことを類推するゲームが好まれる様子。

あと、政府の出す文書などは確かに「読む技術」が必要なものであり、その筋の人同士がわかる暗号を敷き詰め決定的な文言はあえて記載しないというところは当たっているかと。

まぁ、外国人から見た日本観だから、答えは外国人の中にという
展開が一番正しいのかもしれないがwww

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