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   去る09年7月16日のトムラウシ山での遭難事故で亡くなられた方へ心よりご冥福をお祈りいたします。
    はじめてご訪問の方はこちら(自己紹介および投稿リスト等)をご覧ください。

2009-08-11

[]大雪山遭難事故当日の事実経過について(アミューズトラベルの認識)

あの日からもう三週間もたつのですね。

私の心はいまだにあの岩だらけの登山道をさまよっているかのようです。

さて、最近までずいぶんお世話になった事故の考察サイトの北海道大雪山系 トムラウシ山 大量遭難を考える。 今回の事故について戸田新介様のご意見 と 幾つかのご回答 | 甲 武 相 山 の 旅

に、8月7日付のアミューズトラベル発信のFAXが添付されています。これは恐らく生還者の戸田さんに送付されたものを上記ウェブサイトにリークしたもののようです。

全文スキャンデータはこちら(ただしこれでオリジナルの全文なのかどうかは不明。文章が尻切れトンボな印象。)。

http://subeight.files.wordpress.com/2009/07/tomuraushi0716.jpg?w=600&h=1283

ここには、生存者およびガイドに聞き取りした公式見解としての事故経過が記されています。

恐らくツアー参加者および遺族向けに流したものでしょう。

この文書から読み取れるのは、松本さんの目撃談および主観、斐品さんが目撃した内容、そして多田ガイド(あるいは野首さんの目撃内容とも照らしたかもわかりません)です。またこれまでほとんど報道されることのなかったビバークした人たちの様子が記されています。

この文書は、会社関係者が上記の証言者からの聞き書きを再構成した体裁のようにみえます。しかしながら、これらの認識がどの証言により構成されているかのアナウンスがありませんので、これも推測でしかありません。ただし、戸田さんの証言(幾多の報道およびSub Eight証言)が反映されていないことは確かのようです。

この文書は戸田証言との一部事実の認識の違いを際立たせている箇所があります(とくに時間に関して)。

これもまた、事実経過に対するひとつの史観として参考に値する文書といえます。

ちょっと長いのですが転載したうえで、コメントしようと思います。

率直に言って、戸田証言では北沼で1時間半も待たされていたことになっていたので、その空白部分の解明が今後の課題だったのですが、この文書でいろいろな謎が少し氷解してきました。

しかしながら、同時に事故を起こした会社が発表する事実認識として、FAX三枚弱のこの内容は、報道で明らかになった事実(特に全体的として時刻の記述および松本ガイドの行動)についてさえも記述が乏しく、あまりにも不十分です。また今回のFAX送付にあたり、戸田証言はどうして採用されなかったのか、そのあたりも釈明が必要ではないでしょうか。

参考:生還者戸田新介さんとの一問一答

トムラウシ山の遭難事故の経過について

◎本件事故のご報告(本年8月7日時点における弊社の認識内容)

1.事故の概要

平成21年7月16日(木)弊社アミューズトラベル主催の登山ツアー「旭岳からトムラウシ山縦走」が開始された4日目、ツアー客15名と弊社ガイド3名の全員がヒサゴ沼避難小屋を出発し、北沼分岐を渡渉の後、前トム平に至る間に激しい風雨にさらされ、低体温症のためガイド1名、ご参加者7名が凍死する大量遭難となってしった事故です。最愛のご家族を亡くされたご遺族の皆様並びにご参加者の皆様に改めて心からお詫び申し上げる次第です。

2.事故発生までの行動
7月13日(月)各地ー千歳ー旭岳温泉

13時30分頃、新千歳空港でお客様と弊社ガイドが合流し出発、バスの中でガイドの多田は「アウトドア用品店アルペンにてガスを買うのでお客様も何か買うものがあれば」とご案内。バスの中での説明は多田からは行程の説明、同じくガイドの吉川より東大雪荘に郵送する荷物のご案内をする。途中、コンビニに立ち寄り行動食の買い出しをご案内。旭岳温泉白樺荘に17時前に到着。夕食時、吉川より翌日の行程につきご案内をする。食事後、部屋にてガイド3名に加えてポーター役のペンバの4名にて共同装備の仕分けをする。松本は4人用テント2張と銀マット7枚、ペンバは10人用テント1張、多田は大鍋とガスヘッド2個とガス、吉川は小鍋とした。テレビの天気予報では翌日の天候は良いが、15,16日は崩れるとの予報。

7月14日(火)旭岳温泉ー旭岳ー白雲岳避難小屋

午前5時50分に予定通り宿を出発し、旭岳ロープウェイにて姿見駅に到着。降雨は無いが風が強くガスがかかる。体操をして出発、旭岳山頂近くになり、ガスが晴れ、風も弱まった。白雲岳登頂後、白雲岳避難小屋へ、ガイドたちはお湯を沸かして各自夕食を済ませてもらう。多田は携帯の天気サイトで上川地方の天気図を確認、翌日午後に寒冷前線が通過し、雷の心配があるので出発時間を30分早めるようにと提言。

7月15日(水)白雲岳避難小屋ーヒサゴ沼避難小屋

5時過ぎに出発。風はないが朝から雨。登山道には泥や水溜りが多く、水を選んで歩くので時間がかかる。歩くペースは遅いが、休憩時間を短めにしたので15時前頃にはヒサゴ沼避難小屋に到着。小屋は当ツアー関係者19名と他に6名の登山パーティとご夫婦1組が宿泊。ガイドがお湯を沸かし各自で夕食を済ませてもらう。翌日の天気について前日の天気予報から、多田は午前中までは崩れるが午後からは大丈夫と予想。

3.事故当日の行動について
7月16日(木)ヒサゴ沼避難小屋ー北沼分岐ー前トム平

雪渓上で風に曝されることを避けるため出発を30分遅らせ、午前5時30分に出発。雪渓があるのでアイゼンを装着。ペンバとは雪渓上部で別れ、岩場を通過し稜線に出る。風は強かったが登山道は昨日程水浸しではない。天沼手前と天沼付近で休憩。さらに日本庭園付近で休憩していると同じ山小屋にいた6人パーティが追い抜いて行く。

ロックガーデンに出ると物凄い風となった(松本談)。この頃からお客様の歩行状態にばらつきがでる。北沼分岐手前において北沼からの流水が氾濫して幅2mほどの川になる。膝下くらいの流れの中で多田と松本がお客様をサポートして対岸に渡す。松本はお客様がふらついた拍子に転倒し全身を濡らす。渡渉後に川角様がぐったりした様子だったので松本が介抱する。暖かい紅茶を飲ませたが、目を閉じたので大きな声をかけて励ます。ここでお客様の中から、「これは遭難だから早く救助を要請してくれ」などとガイドに対する申し出があった。渡渉と川角様の介護で他のメンバーも時間にして30分は行動を停滞させた。多田は、川角様と吉川、松本を残して本隊と歩き始めたが、雪渓手前で人数を確認すると2名足りなくて最後尾は松本だった。松本に、少し先に風をしのげる場所があるので本隊はそこで待つように指示して、多田は北沼分岐に戻ると植原様と石原様が残っていた。一人ずつ交互に背負って何度かピストンして雪渓を登りきると、市川様と市川様を介護している野首様がいた。多田は、雪渓上部の2,3分先で待っていた本隊に追いつき、行動不能の人はビバークし、松本は動けるお客様10人を連れて下山するよう指示する。又、同所の少し先にトムラウシ分岐があるので下山方向を間違わないように、同分岐で10人を連れて下山するようにとも指示した。松本は歩き出し、ゆっくりとしたペースでトムラウシ分岐に15〜20分程度で到着したが、点呼したら8名しかいなかった。当時の松本は前述の転倒で極限状態にあり2名を探しに行く精神力も体力も残されていなかった。松本は8名のお客様にこの道標に向かって下山してくださいと伝えて、救助の電話をする一心だけで歩き始めた。前トム平を少し下った所で前田様が電波が通じると言ったので110番してくださいと頼んだ。警察には4名以上自力で下山できないので救助を要請します(15時54分)と話したが、後はよく覚えていない。電話がすみ、先に下山するように伝える。意識が戻ったのは病院だった。

トムラウシ分岐の少し手前で後れた2人は木村様と斐品様で、松本が先頭で歩き始めてトムラウシ分岐手前5分の所で木村様がふらつき、斐品様は木村様を介護したが木村様は意識をなくした。斐品様が、下山を続けるとさらに動けない状態の味田様と竹内様を見つける。2人を必死に介護するがその甲斐なく意識をなくされたのでその場を離れる(13時40分)。斐品様がさらに下山すると真鍋様とシュラフに包まれた岡様と出会う。真鍋様は元気な様子だったが、この場所を離れたくないと話され、無理強いはせずに下山を続ける。

一方、多田は歩けないお客様の所へ戻り、唯一行動に支障のない野首様に手伝ってもらいツエルトの中に動けない3人を入れて体をさすり保温に努めた。多田はさらに救助要請のために携帯の電波が届く場所を探し南沼キャンプ地方面へ歩く。16時49分にメールを送信する。その先少し歩くと木村様が一人うずくまっていた。その先に青いビニールシートの塊があり、中にテント、毛布、ガスコンロを見つける。木村様に毛布をかけ、ビバーク地点へ戻る。野首様に手伝っていただきテントを立てお湯を沸かす。しかし、植原様の意識がなくなる。市川様には体温が伝わるように抱きかかえた。飲料水が少なくなったので南沼方面に再度行き、携帯で電話して19時10分に本社松下と警察と話す。テントに戻ると市川様の意識はなかった。

アミューズ見解についてのコメント

これまでの報道と戸田さんや前田さんを中心とした生還者の証言から強く推認していた事実の一部が崩れました。別段、驚くべきことではありません。

5点ほどあります。

まず第一に、最初の故障者

最初の故障者は、戸田新証言から、初日から体調を崩していた植原さんと推認していましたがこれは誤りで川角さんのようです。したがって第二ビバーク地に滞在していたのは、多田ガイド、野首さん、石原さん、植原さん、市川さんということのようです。また、ビバーク決定時に、テントを張ったという事実はありませんでした。少なくとも3人をどうにか収容できるツエルトの設営だったようです。

そもそも初期報道では、

ガイド3人が協議し、死亡した吉川寛さん(61)=広島県廿日市市=と多田学央さん(32)が、客5人とテントを張って残ることを決断。多田さんは松本仁さん(38)に「10人を下まで連れて行ってくれ」と頼んだ。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/disaster/090723/dst0907231350013-n2.htm

とありましたが、これは会社の説明によると、テントという報道は誤りということになります。

また、3名が協議したかどうか(どこで協議したのかを含めて)は会社側発表からはうかがい知れません。

第二ビバークに使用されたテント

第二点目として、第二ビバーク地点で張られたコールマンの大型テントはパーティが持参していたものと認識していましたが、南沼キャン地に残置してあった他人のものを拾ってきたことが明らかになりました。また、幕営時刻も、少なくとも16時49分のメール送信後であることがわかりました。

それまでは3名ないし4名でツエルトにくるまっていた可能性があります。

会社側文書によれば、野首さんはご自身の体調に異常がないにもかかわらず仲間のためにビバークし、多田ガイドの補佐に回る決断をしているように伺えます。

ツエルトのサイズがわかりません。しかし、初日仕分けした共同装備リストにない装備です。多田ガイドが個人装備としてもっていたとすれば、五人収容できるものであったかどうかは疑問が残ります。

第二ビバークに使用されたツエルト

第三点目として、この文書からは第一ビバーク組にあてがわれたツエルト等の記載がありません。

それどころか、川角さんが倒れて吉川さんが居残ることになった時点でぷっつり情報が途絶えています。これまでは、野首さん所有のツエルトを第一ビバーク組に貸与したと推認していましたが、この事実について、会社の認識が不明となりました。この点をもう少し解明する必要があります。

遭難時刻

第四に、出発時刻について。

斐品さんは、13時40分に味田さんと竹内さんを発見したとされています。味田さんと竹内さんの遭難地点は前トム平とされていますので、これは戸田証言の出発時刻13時30分頃とは大きく食い違う事実です。戸田さんは時刻についてはたびたび修正し自信のない発言をしていますので、さしあたり両者の証言を合成した推理をしてみます。

また、戸田さんが「遭難と認めて救助を要請してくれ」と申し出た時点から30分の停滞とありますので、会社側としては、北沼渡渉した30分後に16名が出発したという認識になります。

すなわち第一ビバーク地からの出発時刻は、戸田証言の11時北沼横断とすると、11時30分となります。

戸田証言にある1時間半の空白は次のように解釈できそうです。

11時半に出発直後、2名が脱落したので、また隊列をとめた。多田ガイドは2名を背負って雪渓(登り)

を往復した。雪渓の対処が終わると市川さんが脱落していた。ここで多田ガイドは、第二ビバークの決断をし、10名を下山させる指示を松本ガイドに出します。戸田証言でいう待たされた時間というのは、多田ガイドが2名を背負って雪渓を登っていた時間だったのです。

松本ガイドに下山の指示を出した時刻は残念ながら不明のままです(大変残念ながら)。しかし、斐品さんのご記憶によれば13時40分には前トム平付近に到着していることになり、味田さん竹内さんがトムラウシ分岐を出発した時刻は、少なくとも1時間以上はさかのぼって12時20〜30分前後ごろとみるべきでしょう。つまり多田ガイドが石原さんと植原さんを背負って風の弱いところまで運ぶのに要した時間は約1時間と推定されます。そうすると、前述の30分とあわせて合計90分。戸田さんの1時間半待たされたという記憶と合致してきます。(ただ、この雪渓対処の時間は、もう少し少なめに見積もってもいいかもしれません)

(追記:遭難時刻については、斐品さん前トム平着が早すぎる印象。なので再検討します。8月11日)

天気判断の根拠

最後に、天候判断について。

当初、私は何の根拠もなく、当日の朝の天候も悪く、念のためラジオ発表を聞くために、30分間、出発の時間を遅らせたのではないかと勝手に想像していましたが、30分出発時刻をずらしたのは、雪渓での強風を心配したためでした。会社側発表によれば、前日の夕刻の予報をもとに16日の天候を判断した疑いがあります。これは多田くんが正直に証言したものと思われます。


そのほか浮かび上がってきた事実

雪渓の存在

北沼渡渉後に雪渓が出てくるとは。。たぶんほんのわずかの解け残りでしょう。

最終日の共同装備の大半を小屋に残置した疑いがあること

遭難パーティのうち少なくとも多田ガイドと吉川ガイドは、事故当日、コンロもテントも持っていなかった疑いがあります。残るは松本ガイドだが可能性は低いだろう。


どこでどの時点で誰がどのように行動できなくなったのか
・最初の故障者:川角さん(吉川ガイドとツエルトビバーク)

故障者目撃時の様子:渡渉後ぐったりする。お茶を飲ますも目を閉じる。

推定遭難場所1:北沼の渡渉後すぐの地点(北沼分岐手前)

推定遭難時刻:11時ごろ(ソース:戸田証言19加味)

推定ビバーク地:遭難場所1付近

推定原因:激しい風雨の連続行動(5時間30分)+膝下の渡渉

・2、3人目の故障者:植原さんと石原さん(多田ガイド+野首さんとビバーク)

故障者目撃時の様子:自力の行動不能。

推定遭難場所2:上記遭難場所1付近

推定遭難時刻:11時30分ごろ(ソース:会社発表+戸田証言19加味)

推定ビバーク地:北沼分岐の少し先(遭難場所1より雪渓を越えて先に進んだ地点 12時20〜30分頃ビバーク開始)

推定原因:激しい風雨の連続行動(5時間30分)+膝下の渡渉+30分間の待機による体力消耗

・4人目の故障者:市川さん(多田ガイド+野首さんとビバーク)

故障者目撃時の様子:行動不能(野首さんが付き添う)

推定遭難場所3:北沼分岐の少し先(雪渓を登りきった地点)

推定遭難時刻:12時20〜30分ごろ(ソース:斐品さんの行動から逆算してスワン推定)要再検討

推定ビバーク地:北沼分岐の少し先

推定原因:激しい風雨の連続行動(5時間30分)+膝下の渡渉+30分間の待機による体力消耗+1時間の現場待機による体力消耗

・5人目の故障者:木村さん(17時ごろより単独毛布ビバーク)

故障者目撃時の様子:歩行中にふらつく。斐品さんが介護するが意識を失う(12時50分ごろ)。16時50分過ぎにうずくまっているところを多田ガイドにより再発見され、毛布をかけられる。

推定遭難場所4:トムラウシ分岐まで約5分ほど手前の地点(南沼付近)

推定遭難時刻:12時30〜50分ごろ(ソース:斐品さんの行動から逆算してスワン推定)要再検討

推定原因:激しい風雨の連続行動(5時間30分)+膝下の渡渉+30分間の待機による体力消耗+1時間の現場待機による体力消耗+疲労α

・6、7人目の故障者:味田さん、竹内さん(ビバーク状態不明)

故障者目撃時の様子:斐品山発見時は動けない状態。斐品さんが介護するも13時40分ごろまでに意識を失う。時間的に少し前に長田さんと戸田さんが雪渓のサポートした形跡あり(サンケイ報道)。

推定遭難場所5:前トム平手前か前トム平付近(正確な場所は不明)

推定遭難時刻:13時40分より前(戸田さん、長田さん通過時)要再検討

・8人目の故障者:岡さん(真鍋さんに付き添われシュラフビバーク)

故障者目撃時の様子:真鍋さんに付き添われシュラフに包まっている(斐品さん証言)。サンケイ報道によれば長田さん戸田さん通過時点では「介抱していた」と表現されており、まだシュラフは登場していない模様。

推定遭難場所6:前トム平付近(正確な場所は不明)

推定遭難時刻:13時40分より後(ソース:会社発表)要再検討

推定原因:激しい風雨の連続行動(5時間30分)+膝下の渡渉+30分間の待機による体力消耗+1時間の現場待機による体力消耗+疲労α

・9人目の故障者:松本ガイド(ハイマツの陰でビバーク)

故障者目撃時の様子:風を避けるようにハイマツの陰で動けない状態。

推定遭難場所7:コマドリ沢下部(ソース:あまたの報道)

推定遭難時刻:16時ごろ(前田さんの下山を見届けた時点を遭難時とすれば。)

推定原因:北沼渡渉の際の濡れ+連続行動による疲労

不明だった松本ガイドと多田ガイドの行動の一部

会社発表によれば、第一の故障者が発生した時点での2人の行動は次のように記されています。

多田は、川角様と吉川、松本を残して本隊と歩き始めたが、雪渓手前で人数を確認すると2名足りなくて最後尾は松本だった。松本に、少し先に風をしのげる場所があるので本隊はそこで待つように指示して、多田は北沼分岐に戻ると植原様と石原様が残っていた。一人ずつ交互に背負って何度かピストンして雪渓を登りきる・・・後略・・・

北沼のほとりで、1人目の故障者の付き添いのため、吉川ガイドとともに3人で居残るはずだったのに、多田ガイドが出発すると、松本ガイドがなぜか最後尾についてきています。そのうえ、2人の客を置いてきてしまっている、と読むことができます。最後尾の松本ガイドが確認に戻らず、多田ガイドが確認のため戻ります。取り残された植原さんと石原さんを背負ったのは、雪渓を上りあがる行動技術を失っていると多田ガイドが判断したからでしょう。しかし背負ったのは松本ガイドではなく多田ガイドでした。多田ガイドが雪渓を往復し、故障者を隊列に戻します。

他方、松本ガイドは雪渓をあがったところで客と待機しています。と、こんな経緯が伺えます。

これを素直によむかぎり、松本ガイドは思考が止まっているかのようです。多田ガイドは松本ガイドがやるべき仕事を全部やっていた、そんな感じにみえます。

第二に、多田ガイドがトムラウシ分岐で10名確認してほしいと指示したあと、8名しか確認していないのに再出発したことが伺えます。松本ガイドは救助連絡のためと説明しています。

上記の会社FAXでは、松本ガイドは全身ずぶ濡れで極限状態にあったと記されています。

それを裏付けるような迷走ぶりを感じませんか。

野首さんと真鍋さんの行動

戸田さんの証言によれば野首さんも体調の不良を訴えていた、とありますが、多田ガイドとテントを張るのを手伝うなどしています。会社発表の文書を読むと、体調はよかったが故障者の救援活動のために自発的に居残ったようにみえます。

また真鍋さんについても、恐らく最後まで一緒に歩いていた岡さんや、もしかしたらあとから歩いてくるかもしれない味田さん竹内さんの安否を心配して前トム平付近でビバークを決意したようにみえます。あまり主観的な表現は慎むべきかもしれませんが、正直なところ、胸をうたれます。

出発時の共同装備と遭難時の装備
・出発時

松本は4人用テント2張と銀マット7枚、ペンバは10人用テント1張、多田は大鍋とガスヘッド2個とガス、吉川は小鍋

通信機の類は見当たりません。

・ビバーク時(遭難時)

ツエルト1、ガス缶の残り、鍋はもっていたものと思われます。

肝心のテントですが、もし16日も持参していたとすれば、誰がもっていたか、なぜ使用しなかったかがの疑問に答えることが難しく、小屋においてきたと強く推認されます。

のちに、コールマンテントとガスコンロが南沼で調達されます。

通信環境

少なくとも16時49分時点、19時10分時点で南沼付近(トムラウシ分岐付近)で携帯通話・メールともに通信可能な様子が伺えます。松本ガイドが通過時点ではどうであったかは不明。多田ガイドが連絡を取った場所は、午後にも松本ガイドが8名を確認した場所とほぼ同一の場所です。松本ガイドはそのとき圏外と確認したのでしょうか。さしあたり圏外であったと推認しておきますが、全身ずぶ濡れ状態で極限状態にあったとされる松本ガイドが通信環境の確認を怠った可能性も強く疑われます。(もちろん、全身を濡らしたとの記述自体を疑う余地もありますが、戸田証言では’背中を濡らした’ですので背中が濡れるようなすっ転び方をすればたいてい全身ずぶ濡れでしょう。)


ヒサゴ沼避難小屋の宿泊者

小屋は当ツアー関係者19名と他に6名の登山パーティとご夫婦1組が宿泊。

ここには、南沼付近で遭難した単独登山者竹内氏は含まれていない様子。

また夫婦1組の当日の行動も明らかではありません。

別ルートを下山したか停滞した可能性が高いのですが、もしこのウェブサイトをご覧になっていたら、情報をお寄せいただけると幸いです。


会社発表が語らなかった事実

吉川ガイドのビバーク体制とその経緯・判断
松本ガイドの下山行動記録
自力下山者の行動記録
事故当日の行動のタイムライン、場所
事故前日の小屋の様子
報道されている体調不良者の様子

アミューズトラベルへの苦言

事故報告(速報でよい)を体裁を整えてする時期では?

ローズローズ 2009/08/12 03:51 swanslabさま
海外にご滞在との事で,もしかしてご存知ではないかと思い書き込みさせていただきます。
8/2(日)の夜の民放のニュースで,この事故のコースを実際歩いてみるという特集がありました。それには、3人の生還された女性のコメントが随時挟み込んでありました。

一人は自力下山された前田さんで実名で出ておられ,もう一人は,テントの中で生き残られた方(石原さんと思われる)と、やはり救助された女性(亡くなった方と一晩過ごしたという証言と,石原さん以外に救助された女性は真鍋さんしかおられないので,真鍋さんだと思われる方)でした。

石原さんの証言は,私が以前テレビの報道で聞いたコメントとほとんど同じで,やはり「前日から濡れて歩いて,寝袋も濡れていて眠れなかった。」と言っておられ,真鍋さんも「朝起きたら,干したものの水で頭がびしょぬれだった」と証言されておられました。

それと対照的に,前田さんは寒さや小屋での様子に対しては一切コメントはなく,16日の出発時の天候に対しても「雨は降っていたがそのために停滞は考えられない程度だった」というような発言をされておりました。そして,「北沼の川になっていたところも,膝下の水位だったが,自分で渡った」と言っておられました。

予想通り,同じツアーに参加されていた人でも,睡眠時間,前日も含むぬれ具合,体調,コンディション、体力に相当違いがあったと思われます。それが,それぞれ,どこまで到達できたかの差になっているように符合していると思いました。

そして,真鍋さんですが,このかたは友人と参加されておられたそうですが,「友達と二人で歩いているつもりが振り向いたら知らない人だった。それでも一緒にしばらく歩いていたら,その人が急に立ち止まり倒れた。その人のザックから寝袋などを取り出してかけたりし,名前を知らないので,呼びようがないので『しっかり』などと声をかけた。でもそのうち動かなくなった。そのとき亡くなったんだと思う」というような証言をされていました。

一緒に旅行して,3日一緒に過ごしても,お互いの名前も知らないというのが,ツアーなんだ…と思いました。

ここからは,もしコメントを載せるにしても割愛してくださって結構です。

この一週間留守がちで丁寧にブログを拝見できていません。ですので,コメントはもう少し後にじっくり読んでから書こうと思っていました。しかし,11日付のswanslabさんの言葉に「私の心はいまだにあの岩だらけの登山道をさまよっているかのようです。」とあり,思い切って書く事にしました。

実は,私も,やはりあの山に取りつかれたようになっていました。
過去形で書いているのは,8/2(日)の夜の民放のニュースの真鍋さんのコメントを聞いた時から変わったからです。もちろん興味が無くなった訳ではありません。でも、変なたとえですが「山から下りれなくなった」状態から変わったのです。

解放している方が亡くなった後,真鍋さんはその近くに座り一夜を過ごされました。その夜,山の中でひとりぼっちなのに,あるとき突然,周りにたくさんの人がいると感じられたそうです。名前を知らない方も,死んでいるのに,そばにいると感じたそうです。それで「一人ではないんだ,たくさんの人と一緒なんだ」と,心を強くして過ごせたそうなんです。

このコメントが話し始められたとき,正直言って,膨大な証言の中,どうしてこんな事を選択してわざわざ流すんだろうと思いました。もっと,謎が解明されるような証言,重要な証言があるのではないかと思いました。
しかし、そのコメントを聞いているうちに,同時に私もそこの場にいたような錯覚に陥りました。わたしはもちろんトムラウシ山に入った事がありません。この遭難のニュースではじめて、山の存在も知りました。それなのに,真鍋さんのコメントを聞いているうちに,その場にいたというか,いた事を思い出したというか,そういう感覚になりました。

もちろん,現実の事ではないと思います。真鍋さんの生々しいのにとつとつとした話し方に,一種の催眠状態になり,追体験をしたように感じただけだと思います。医学的にも,脳は実際に起こった事と催眠状態や反対に興奮状態のような特殊な状況で感じた感覚は,現実と区別がつかないらしいと聞いています。そういうことが,自分に起きただけ何だと思います。

しかし,私は,どうしてかこの真鍋さんの話を聞くために、「山から下りられなかった」のかなと思ったのです。

そして,馬鹿な話だと思ってもらって結構ですが,swanslabさんを始め,この遭難に関して強く関心を持ち,心を痛め,再発防ぐために尽力を尽くしておられる方々の思いが,真鍋さんだけでなくあの夜あの山にいたすべての人に寄り添っていたのではないかと思いました。

私と違ってもっと身近で切実な事としてあるswanslabさんにとっては、不愉快な話かもしれません。私は,無理矢理なポジティブシンキングとか,スピリチュアル的な解釈とか,どちらかと言えば嫌いな方なんです。そんな私が,こんな事を書くなんて,自分でも変な感じがするのですが、書かせていただきました。言葉足らずのところがあると思いますが,ご容赦ください。明日からまた留守をするので,ゆっくり吟味してなくてごめんなさい。

読んでくださってありがとうございました。

swan_slabswan_slab 2009/08/12 04:44 ローズ様
テレビの情報などコメントありがとうございます。
それから、ローズさんに教えていただいた真鍋さんの言葉を読んで軽い衝撃をうけました。じつは別の機会に別の山で遭難し、翌日救助された知人から非常によく似た証言を耳にしたことがあったからです。私はウェブ報道でしか知らず、真鍋さんの姿も声もきいたことがありません。でも、一緒に歩いていて倒れてしまったお客さんと一夜を過ごすという彼女の行動に、人間の魂といったいなんだろうと感じずにはいられません。
貴重なお話ありがとうございました。
日本はお盆の時期に入ったのでしょうね。お気をつけてお出かけください。

ローズローズ 2009/08/12 05:12 お返事ありがとうございました。
私も,swan slabさんのコメントを拝見して,衝撃を受けました。
極限状態におかれると、人は似たような体験をするものなのでしょうか。

本当に,人の心や魂って,なんなんでしょうね…。

こちらは、お盆の飾りで町がにぎやかです。
ありがとうございました。

深雪深雪 2009/08/13 20:01 この出来事を、危機管理の心構えとしてずっと追ってきました。
新田次郎の本が好きぐらいで、全くの門外漢です。

が、幼稚園の管理職として、自分の判断が、
幼い子どもたちの命を左右することになるときがあります。

極限状態のとき、自分が最善の決断ができるようでありたいと、
学びの場にさせていただいておりました。

ごらんになっていらっしゃるかもしれませんが、
情も大切になさっておいでのこのブログの内容が、
こちらのサイトの次に、心に響き、売り込みたくなりました。
ユースホステルのオナー、ご自身も登山をさないます。
徒歩旅行やお遍路さんと比較するなど、視点も個性的です。
カテゴリの「登山関係」です。

気象の面から検証なさった方の記事紹介も、なるほどでした。


ひとつ、心にかかっていることは、
生還さった方々が、ご自分を責めておいでではなかろうかと。
真鍋さんが一番心配でしたが、そういう経験をなさったなら、
友に会いに、また山に登られるでしょう、よかったぁ。

swan_slabswan_slab 2009/08/14 05:06 深雪様
こんにちは。
ご紹介のウェブサイトはゆっくりよませていただきます。でもその前においしそうな数々の写真をみておなかがすいてしまいました。
こういったサイトは、皆さんで情報を共有すると同時に、当事者の方々の視線にふれるということをつねに心にとめておきたいものですね。そうはいっても感情にまかせて筆にいきおいがついてしまうこともあります。でもそのまま思考の軌跡をのこしていきたいです。どうしたら、二度と同じ過ちを繰り返さずにすむか、亡くなった方々の死を無駄にしないよう、今後も考え続けていこうと思います。
真鍋さんの記事は、、そうなんですよね。今回の事故で真鍋さんの行動ほど惹きつけられる何かを感じるものはありませんでした。
幼稚園の管理職をなさっているとのこと、いざというときに冷静でいられるのは女性のほうに多いような気がしますね。

fusakofusako 2009/08/14 11:44 私も真鍋さんの行動が不思議でした。介抱している方が亡くなった後、真鍋さんはその近くに座り一夜を過ごすことが出来たのか。
コメントを読んで、そうだったのか、と思いました。
なんとも、雪山の旭岳で遭難し、1人だけ、生存して沈黙を破って本で様子を語った野呂幸司さんの内容と重なるように思いました。
「凍れる命」でも、最後まであきらめずに下山している時に、仲間が近くにいるのを感じてた様子を書かれています。(亡くなった仲間も下山したがっててそばにいると)

私は北海道の山にたまに登ります。
そして、報道関係者に知人が多くいる関係で、遭難の一報は19時から20時頃には聞いておりました。その週末も天候が良ければ、大雪山に入る予定でしたので、16日は天候が悪い話を丁度聞いてましたので、登山者の安否が気になり、朝方近くまで起きていました。北海道内でも初期の報道は、大変錯綜しておりました。トムラウシのほかに、美瑛の遭難、もう1つの遭難の発表とありましたので。あちらのブログ(silvaplaunaさん)では情報内容で報道する側について、コメントしていますが、あれだけ混乱していた中では仕方ないと思います。テレビの報道では、現地で情報が混乱している中、中継。東京のスタジオからのコメントは簡単に「生存者は何名ですか?死亡が確認されたのは?」みたいなコメントが17日の朝の番組でありましたが、なお、混乱するような報道はありえないと思いました。ご存知の通り、死亡の確認は医師による診断です。確定されない情報は家族、関係者の不安を煽りますから。
今年も大雪山系にトムラウシ山遭難事故の前に何度も入っていました。
トムラウシだけはまだなのです。
数年前に足の大きな怪我をしており、少しずつリハビリをし、回復。
無理をせず、日帰り登山に限定しています。
北海道の山のガイドブックを見て、私の足では、登山時間がプラス2時間とかかります。その中でトムラウシは日帰りルートでも、まだ、私の足にはきついなと思っています。(羅臼岳、斜里岳、南暑寒別岳等日帰りは可能レベル)
山に入るとそこに行かないと観れない景色があり、大雪山は本当に人気な山です。
ここ数年、軽装、荷物の少ない人が増えてます。
旭岳や黒岳が途中までロープウェーで行けるのが原因かと思います。
またお邪魔させていただきます。

swan_slabswan_slab 2009/08/14 14:48 fusako様
コメントありがとうございます。
「凍れる命」には、そのような記述があるのですか。私は未読ですが、かねてからぜひ読んでみたいとは思っていました。学芸大遭難に関しては、滝本幸夫さんが「北の山の栄光と悲劇」のなかで詳述していますね。学生時代に読んだ本なので覚えていませんが、もしかすると同じような記述があったかもわかりません。なにせ、臨場感のある記述であったことはおぼえています。

報道の錯綜。これはおっしゃるとおりですね。すぐに事実がわかるとおもうほうがおかしいです。私は海外出張のちょうと直前で何かと準備にあわただしかったのですが、夜半のNHKニュースで驚いて北海道の山関係の知人と連絡をとり、状況の把握にあせりました。
また17日は捜索に加わっているひともおり、その人たちのために携帯メールで報道速報を流し、誰が無事なのか生存者は何名なのかの最新情報を伝えたりしました。東京にいる私にできることはそれくらいしかありませんでした。

fusakoさんは北海道の山がすきなのですね。トムラウシ日帰り往復は縦走でヒサゴから歩くよりも時間がかかりますので、日帰り往復登山のなかでは厳しい山ですね。羅臼岳を岩尾別から往復できそうなほどに回復しているのであれば、トムラウシはまだ無理としても、いろんな山を楽しめそうです。
南暑寒別岳は私の好きな山のひとつです。
バブルの頃でしたでしょうか、雨竜沼に上がるロープウエイの建設が検討された時代がありました。結局計画は頓挫しましたが、自然を残す意味でもよかったですし、また、もしそんなものができていたら軽装登山で南暑寒別岳にいってしまうひとや、あるいは安易に増毛方面に縦走する人がでてきたでしょうね。

fusakofusako 2009/08/14 21:20 レスどうもです。
「凍れる命」の表現は、ズバリ、何個もの人魂がついてくるみたいな記述です。図書館で借りて読んだので・・・すみません。
真鍋さんの夜を明かしたあたりは2002年のトムラウシ山遭難で亡くなった方がいるあたりですよね。
山を愛して亡くなった故人が見守っていたのかもしれないですね。

私は道産子で北海道に戻りましたので、行ける範囲で楽しんでいます。

>雨竜沼に上がるロープウエイの建設が検討

わかります!!
あそこまでが一山ですからね。
そこを水分をほとんど持たない若者グループが昨年いて注意しました。
それ以上進まないで下山するように話しました。ここ数年北海道の山は8月の日中には結構な気温と湿度で、私も水分がぎりぎりで熱中症気味になることが多いのです。それで今年は8月は登らず、9月以降の予定しています。

さすがに最近の黒岳でも、天気が悪くなったら、すぐ戻る方が大勢いて、ロープウェー運行会社としては、天気が悪い日は閑散としてるそうです。
これが当たり前ですけどね。天気が悪い日は無理しない。

swan_slabswan_slab 2009/08/14 22:49 fusakoさん どうもです
>山を愛して亡くなった故人が見守っていたのかも
ほんとうに不思議な話ですよね。ちょっといろいろ思うことがあります。
本、さっそく注文しました。

南暑寒別への登りは晴れているとしんどいんですよね。とくに見晴らし台を越えたあたりからは。
>天気が悪い日は無理しない。
そうですね。たとえそれが一生に一度のチャンスのチョモランマだとしても、ですよね。

北海道の山が懐かしいです。

fusakofusako 2009/08/15 00:05 今日の朝日新聞夕刊北海道版には抜きのニュースがありました!
会社の文書にもありましたが、
多田ガイドが道警に説明したのが、
「南沼付近でテントを見つけ、北沼に持ち帰った」と説明。携帯コンロで暖をとったという。」

その後の調べで
北沼から下山方向に約30分歩いた南沼キャンプ地に業者が保管していたものと判明。業者によるとテントはブルーシートに包まれ、毛布、携帯ガスコンロなどと一緒にあった。全部で3張りあったという。」

これは、
「登山道整備業者が従業員の宿泊に備えて、山中に保管していたものだったことが道警への取材でわかった。」
多田ガイドが「救助要請などのために山頂付近を歩き回った際、偶然見つけたテントを運んだ」と。

ここで助かった人にとって本当に風を防ぎ、暖を取れたもの、となったと思いました。業者の従業員へのきちんとしたある意味危機管理が遭難者への助けになっていますね。

上記の黒岳のロープウェーの会社の話は、
今回のトムラウシ山の遭難事故を受けての最近の動向でした。

swan_slabswan_slab 2009/08/15 00:51 fusako様
新聞の記事、お知らせくださってありがとうございます。

>黒岳のロープウェー
そうですか。さすがに事故の直後ですしね。
もうすぐ一ヶ月になりますね。
どうやってこの事故の記憶をとどめていけるか考えていきたいです。

山好き山好き 2009/08/17 00:32 皆様の検証とは違い、話が逸れるようで恐縮ですが、気になったことがあります。
「避難小屋のスペース確保」こんなことがまかり通るものなのですか?
別のプログでは、「ブルーシートを張り」「他の利用者を追い払う」とありました。
事実であれば、ひどすぎませんか?花見の場所取りとは訳が違います。何のための避難小屋でしょう。
ツアーやグループで団体登山は何をしても許されるのでしょうか?

NorsuNorsu 2009/08/17 22:10 swan slab様 はじめまして。
分かりやすいまとめ記事を読ませていただきました。
実は8/9-8/11に全く同じコースを縦走してきました。
遭難事故が起きた時には私たちはすでに飛行機や宿の手配をすべて完了していたので、この夏山縦走を取りやめることはしませんでした。
しかし悪天候を想定した装備を増やした結果荷物は大変重くなってしまいました。
実際に歩きながら考えていたことを書いてみたいと思います。
長文になりますがご容赦ください。行ったことのない人に雰囲気がお伝えできればうれしいです。
まず、3日間とも天候は素晴らしく、熱中症になるほどのピーカンでした。まるで秋空のように全天雲ひとつない状況が続きました。
旭岳の上りで噴煙を吸い込み咳が出ました。硫化水素のせいです。
山頂からははるか遠く、ヌタクカムウシュペのなだらかな台地のはるかその先に、岩の砦のようなトムラウシ山が見えました。
裏旭への雪渓を滑り降りると高山植物に出迎えられながら爽快な稜線歩きが始まります。
しかし、事故の影響もあってか、ツアーの影は見当たらず、個人や山岳部のみが白雲岳より先を目指すようでした。
白雲岳手前からいよいよお花畑が本格的になり、度々足を止めます。
背後に荒々しい火山地形、足元にお花畑。分岐に荷物を置いて白雲岳山頂を往復。
分岐までは人も多かったです。その後小屋へ向かうまでにもお花畑に歓迎されます。
これは南アルプスどころではないな、と感じました。
白雲TSにはテント10張以上。賑やかです。避難小屋にはわずかしか宿泊者はいませんでした。管理人さんがおられました。天候も終始穏やか。夜空は満天の星です。
遭難事故のことに思いをはせても、全く想像もつきません。夜間はやや冷え込みました。
2日目、高根が原へ下りて行きます。金色の朝日と朝露とお花畑、チングルマの草原、残月、青い空、雪渓、熊鈴の音。
たったそれだけの素晴らしい風景です。十勝連峰もくっきり見えます。下ホロカメットクが素敵です。
コマクサを見飽きるという贅沢な道です。
トムラウシが忠別の稜線に隠れます。日差しが強くなってきます。
やがてたいした登りでもないのにハイマツ漕ぎにかなり体力を消耗します。
忠別の岸壁に立つとトムラウシに少し近づいたと思いました。このあと、忠別沼までも、五色岳までも、とにかくハイマツを漕がされ、熱射病気味で頭痛出現。
沼の周りでも可憐な花々が励ましてくれます。五色岳からさらにハイマツひと漕ぎで木道に出ます。
来し方を見返せばはるか遠くに白雲岳が見えます。あまりの距離に唖然とします。
木道にはキムンカムイ=ヒグマの糞が落ちていました。ここからお花畑がこれでもか、という程続きます。
ここが神様の庭カムイミンタラであって、人間の土地でないことがひしひしと感じられます。この世に天国があるなら、ここはまさしく天の国です。
見渡す限り花・花・花・・・小さく可憐な高山植物が地平線まで広がる風景。
化雲岳分岐からヒサゴ沼を目指しますが、あまりの美しさに足を止められなかなか前進できません。
この世にこんな美しい場所があったということがただただ驚きなのです。
沼にたどり着いた時には私たちは一日の体力を使い果たした感じでした。明日が思いやられます。
ツアーの人たちは天候も雨なのにコースタイムより早く着いたらしいです。信じられません。
ひさごの避難小屋はトイレの悪臭の傍で薄暗く、お世辞にも快適とは言い難い小屋です。
雨降りのヒサゴ沼は陰鬱な感じで、ちょっとうんざりしそうな感じです。
テント場も天気が良くても湿気が多く、ブヨがたくさんです。
小屋の中を眺めて、迷わずテントを張ることにしました。晴れていればテントのほうがはるかに快適です。
熱射病気味の頭には冷たい水を飲むことができないのが大変つらかったです。またせっせと水作りです。
ツアーの人たちはずぶぬれで狭いカビ臭い小屋の1階に19人で身を寄せ合い、さぞや大変だったろうなあ、と考えていました。
どこかの報道関係のチームがテント場や小屋を取材に来ていたようでした。
夕立でも来るかのような灰色の雲が立ち昇ってきますが、なぜでしょうか、ヒサゴ沼の上だけぽっかりと青空が見えているのです。非常に不思議でしたが、ツアーで亡くなられた人たちのことを思い浮かべていました。
なんとなくその人たちの力に思えてならなかったからです。雨は一滴も降りませんでした。
山岳部の子が大きな音でラジオを聞いています。本州の台風被害のニュースです。
明日の行程は岩だらけです。ヒサゴ沼は岩山の谷間にあります。
3日目の朝も快晴。雪渓の登りから始まります。ナキウサギがたくさん鳴いています。
雪渓の途中から稜線までのショートカットの非正規の踏み跡に迷い込みましたが、天沼手前で木道に出ました。
日本庭園は雨が降れば枯山水ではなく、本物の山水画です。飛び石を渡るように歩きます。
沢登りのパーティーと何度かすれ違います。クワウンナイ遡行でしょうか。
日本庭園を抜ければ北沼まで昇り返しです。これまでの道のりが一望できますが、遠すぎてよく分かりません。
ロックガーデンも悪天候では大変過酷な場所です。第一故障者の方もよくここまで登ったと思います。
皆さん体力の限界まで行動されたことが痛感されました。
また、北沼の入口に二つのケルンでできた「門」があります。
これは大変象徴的で、戸田さんが北沼に上がって「もう引き返せない」と感じたのは、
このケルンを見たからではないでしょうか。
ここは岩の砦の玄関で、富士山の鳥居と同じ、象徴的な場所です。
北沼のほとりに緊急用に岩を積み上げた一張り分のテントサイトがあります。ここは風の通り道で過酷な場所だと感じました。
山頂まではもろに岩稜帯です。15kg以上を担いだ状況ではかなり危なっかしいところです。
晴れていれば言葉にならないほど素晴らしい縦走路ですが、雨風の中ではあらゆるものの命を奪う場所です。
カムイとは畏れ多く憚られるものや人知の及ばぬものをさすらしいですね。
南沼へ下りるとブルーシートに覆われた資材の山が2つあります。
身軽な日帰りピストンの人たちと続々すれ違います。十勝連峰が間近です。
南沼から前トム平まではトムラウシ公園といわれる絶景、神様の箱庭です。
お花畑・亀岩・トムラウシ・P1794・残雪などいったい誰が配置したのでしょう?
ここが惨劇の舞台になったことなど全く想像できないのです。そして亡くなられた方々か死してなおこの箱庭に遊んでいるような気がしてならなかったです。
山頂から前トム平は思いのほか遠く感じられました。さらにコマドリ沢まで下りますが、段々うんざりしてきます。
神の庭から下界まではとんでもなく遠いのです。
コマドリ沢から温泉までは足の痛みのことばかり考えていて、途中登山道整備の人がおられたぐらいであまり印象にはありません。
ヒサゴ沼を出て10時間。ほうほうの体で温泉へ下りました。
健脚の日帰り登山者に3人ほどですが山頂で会って下りで抜かされました。

このコースはテント持参が基本だと思います。また、大人数で歩くコースではありません。
晴れれば天国・荒れれば地獄は冬山と一緒です。
大雪山系の雄大で美しい風景は本州には匹敵するものがありません。
高根が原からヒサゴ沼までは縦走する登山者にのみ許される秘境の景色です。
また、大雪山系が立山室堂や中央アルプス千畳敷のように開発されることがあってはならないと思います。たとえ遭難事故が多発したとしても。

ローズローズ 2009/08/18 04:19 深雪さま
深雪さんの「よかったぁ。」という言葉に,私も改めて「よかったぁ。」と思いました。本当に良かった。
ありがとうございました。

fusakoさま
コメント寄せてくださってありがとうございました。私も書いてよかったと思いました。それから,私も「凍れる命」の方も読んでみようと思いました。教えてくださって,ありがとうございました。

swanslabさま
横レスですが,「北の山の栄光と悲劇」のなかには、魂がついてくるというような表現はなかったと思います。真鍋さんのコメントの前に,本を読んでいたのですが,書いてあったら真鍋さんのお話の時には予備知識があり,あれほど衝撃を受けなかったと思います…。(でも,機会があったら確認したいと思います。)

Norsuさま
これも横レスですが,トムラウシ縦走の様子を教えてくださってありがとうございました。とても魅力的な山なんですね。神様が遊ぶ場所なんですね。
私は実力的に多分一生行けないと思います。好天でも大変なこともよくわかりました。
お話聞けてうれしかったです。

fusakofusako 2009/08/18 19:45 テントの記事、ネットでも見れるようになりました。
しかし、ずいぶん時間かかるんだわ、とちょっと意外です。
http://www.asahi.com/national/update/0814/TKY200908140145.html

swan_slabswan_slab 2009/08/19 21:55 山好き様 コメントありがとうございます。
ツアー会社による避難小屋の場所取りが事実なのかどうか私にはわかりませんけれども、ありうる話ですね。傲慢といえば傲慢です。また、番組の撮影などでいろんな山に何度かお付き合いしたことがありますが、この世界のひとたちもこの点を正面から非難することはできないでしょうね。そういうこともついでに思い出します。

swan_slabswan_slab 2009/08/19 21:58 fusakoさん、しばれる命入手しました。
川嶋さんて、樺太の真岡郵便局員の自決をテーマに書いている人ですね。あれは読みました。

Norsu様
お疲れ様でした。あの苦痛の下山路を考えると、温泉気持ちよかったんじゃないでしょうか。

fusakofusako 2009/08/20 01:53 山は雨でした。悪天候ということで、トムラウシ山も美瑛岳も17日も18日も実況見分が行われておりません。来週の月曜日24日になるそうです。

RiRi 2009/08/21 22:50 Norsu様
縦走登山がいい時期にあたって良かったですね。今年の北海道は天候が不安定で、気温も例年より低い日が続きました。8月4日以降は、やっと晴れの日が続くようになりましたが、それまで山では雨の降らないお天気が2日続くことすらありませんでした。
そのため大雪山でも雪解けが大幅に遅れ、例年より2〜3週間以上遅れて花が咲き始めたところもあります。本来は8月も中盤にさしかかると、縦走路でお花畑を見ることは出来ないんですけどね。遭難したツアーに参加した人たちも、本来なら満開の時期を迎える大雪山のお花畑や景色を楽しみに参加したことと思いますが、雨の中を歩かされ命まで落とすとは、どれだけ無念だったろうと思います。
さて、私は事故前の7月11日から12日にかけて、沼ノ原から入山してトムラウシ山を往復してきました。11日は低気圧通過後で雨と風にやられましたが、12日は晴れて楽しむことができました。問題の北沼は雪解け水で増水しており、北沼分岐を過ぎたところには大きな雪渓が沼に沈み込むようにしてありました。11日の天気が悪かったので、遭難したPTと同じようにトムラウシ山の巻き道を南沼の野営地に向かって進みました。幸いにも雪が腐っていたため、安全に雪渓を通過することができましたが、気温が低く風が強ければ、北沼に向かって傾斜のある雪渓はアイスバーンになって恐怖すら感じるでしょう。
私たちが行ったときは南沼のブルーシートは1つしかありませんでした。私はそのブルーシートの脇に幕営しましたが、まさかその場所が問題の現場になるとは。

山好き様
避難小屋のスペース確保は事実です。私も何回かヒサゴ沼に泊まりましたが、いつもテントです。とくに白雲とヒサゴ沼の避難小屋は場所が良いためか混雑します。白雲には管理人が常駐しており、テントがないと入山口でストップさせるらしいので大丈夫ですが、ヒサゴ沼は登山者の自主管理のため醜い状態です。定員30人のところに60人くらい入ることもあるようです。立って寝なきゃならない状態ですね。アミューズの場所取りは以前から状態化していたようで有名です。事故後はツアーが減って良くなったでしょうが、こんな会社の犠牲になった方々に同情します。

fusako様
ロープウェーだけでなく、トムラウシ山登山口の大雪荘でもキャンセルが相次ぎ、慎重な人が増えたそうです。事故以前はひどい人がいたようですが、これが当たり前ですね。

fusakofusako 2009/08/24 12:31 swan_slabさん

>川嶋さんて、樺太の真岡郵便局員の自決をテーマに書いている人ですね。

swan_slabさんって北海道の方ですか?
私もずいぶん前に読みましたー図書館で借りましたー。

Riさん

>トムラウシ山登山口の大雪荘でもキャンセルが相次ぎ、慎重な人が増えたそうです。

これが当たり前な姿でしょうね。
慎重に、安全に登って
山を楽しんでほしいものです。

swan_slabさん
美瑛岳の実況見分が本日24日の朝よりスタートしました。
トムラウシ山は明後日26日の予定です。

美瑛岳の方の記事が出てきています。
北海道新聞より
ガイドが背負い小屋へ 女性、自力歩行できず 美瑛岳遭難死 (08/21 07:18)
 【美瑛】7月の上川管内美瑛町の大雪山系美瑛岳(2052メートル)登山ツアー遭難事故で、凍死した女性=当時(64)=は、避難小屋に向かう途中で歩けなくなり、ガイドが数十分間、背負って移動していたことが道警などへの取材で分かった。女性がどのような状態で避難小屋にたどり着いたかは明らかになっていなかった。

 自力歩行ができない登山者は、テントを張ってその場にとどまるビバークという方法もあることから、道警は背負って移動したガイドの判断が妥当だったか慎重に捜査している。

 ツアーは登山客3人とガイド3人の6人で、7月16日から3泊4日で大雪山系の縦走を計画。道警などによると、死亡した女性は、16日午後、美瑛岳に登頂後、約2キロ離れた避難小屋に向かう登山道の中間地点付近で、寒さを訴え自力歩行が難しくなった。ガイドは女性を背負って避難小屋まで運んだが、回復せず凍死した。
 亡くなった女性より前に別の女性も身動きがとれなくなったが、その場でビバークし助かった。このため道警は、ガイドの判断に問題がなかったかどうか、週明けに業務上過失致死容疑も視野に実況見分を行い、女性を背負って歩いた距離など詳しい状況を調べる。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/183790.html

トムラウシ山の追加記事です。
トムラウシ遭難 ガイド、ラジオ持たず 2日前の予報で天候判断 (08/23 18:31、08/23 23:30 更新)
 大雪山系トムラウシ山(2141メートル)で7月、8人が死亡した遭難事故で、登山ツアーを主催した「アミューズトラベル」(東京)のガイド3人全員がラジオを持たず、遭難当日の天候を2日前に携帯電話サイトで確認した予報を基に判断していたことが23日、関係者の話などで分かった。

 同社の遭難経過説明文などによると、遭難前々日の7月14日に避難小屋でガイドの1人が携帯電話の天気サイトで天気図を確認。この情報を基にガイドは15日夜に「(遭難した16日の天気は)午前中までは崩れるが午後からは大丈夫」と予想した。

 同社関係者は、ガイドが遭難当日に天気予報を確認できなかったことについて「携帯電話の電波が通じなかった。テレビがあれば天気予報を確認するが、それがなかったので携帯電話しか頼れなかった」と説明。3人いたガイド全員がラジオを持っていなかったと明かしたうえ、「問題だったかどうかは分からない」と話している。

 北海道道央地区勤労者山岳連盟の松浦孝之理事長(札幌)は「登山家であれば、ラジオで天気概況を聞き、自分で天気図を描いて天候の変化をみる。携帯電話でどの程度の情報を得られたのか疑問」と指摘している。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/184273.html

fusakofusako 2009/08/24 12:44 実況見分の記事はこちらの方が詳しいようです。
ここの記者以外の他紙は登山入り口から登らずだ、そうです。
今日も天気が悪いです。
大雪山系の遭難、ガイド立ち会わせ実況見分
大雪山系の遭難で実況見分を行う道警の捜査員ら=木村雄二撮影 
北海道大雪山系・美瑛岳(2052メートル)で7月、茨城県の旅行会社が企画した登山ツアーに参加した兵庫県の女性(64)が悪天候で凍死した山岳事故を巡り、道警は24日、ツアーが行われた同岳の登山道を中心に実況見分を行った。

 ツアーの行程や、同行していたガイドの判断に問題がなかったかを検証した。

 実況見分は同日午前5時頃からスタート。捜査員6人と、当時、ツアーに同行していた男性ガイドら2人も立ち会った。捜査員は、美瑛町の望岳台から大雪山系・十勝岳を経て、女性が亡くなった美瑛富士の避難小屋までツアー一行の足取りを同日夕までかけて確認する。

 このツアーは、茨城県つくば市の「オフィスコンパス」が企画。参加した女性客3人を含むパーティー6人が7月16日、悪天候で身動きが取れなくなった。同じ大雪山系のトムラウシ山(2141メートル)でも同日、東京の旅行会社が企画したツアー客らが遭難し、同山系で計10人が低体温症などで死亡した。

(2009年8月24日11時31分 読売新聞)画像ありです。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090824-OYT1T00385.htm?from=main4

swan_slabswan_slab 2009/08/24 22:31 fusakoさん 記事のご紹介ありがとうございます。
低体温症の対処という意味では、美瑛の遭難のほうが判断が難しかったことが伺われますね。

Riさん
ご情報ありがとうござます。
北沼の雪渓の様子がわかりまました。

ローズローズ 2009/08/26 01:42 fusakoさん 記事のご紹介ありがとうございました。

みなさま

低体温症についてですが、かかってしまった方を動かすのは良くない(表面の冷たい血液が身体の中心部に行ってしまうから…)という知識は,一体どれだけの方がご存知なんだろうかとちょっと疑問に思いました。

救出されたあと,病院で亡くなったという報道もよく聞く気がします。

ところで、swamnさんおすすめの「気象遭難」やっと読みました。
亡くなった方が,それ以前から体調不良を起こしていたこと,沢の増水,気温の変化,どれをとってもあまりに,今回の遭難に似通っていますね。

戸田さんの証言やアミュースの答弁、報道…いろいろ出て来てると思うのですが,未だに「どうして起こったか」がよくわかりません。

その都度悪い選択をしたということなんでしょうが,どうしてそういう選択をしてしまったか,理由が見えてきません。

「こうしなければ良かった」とか「こうしたら助かっていた」などは,たくさん出ています。でも「どうしてそうせざるを得なかったか」という謎が,全然解けていないな
…と思います。

多田さんが、swanさんの大学の後輩であられるなら、普通以上に厳しい訓練を摘まれた方だと思います。「そんな多田さんがどうして?」というのが,こちらの検証を書かれたそもそもの動機だと思いますが,私も不思議です。

そして,そこがわからなかったら,また誰かが同じ選択を迫られるのではないかと思ってしまいます。

swan_slabswan_slab 2009/08/26 12:57 ローズさん 同じ思いです。

低体温症に関しては、私は医学的な知見は一般の登山者の行動上の指針としてあまり参考にはならないだろうと思っています。ある種のカンを働かせる判断材料にはなるでしょうけれど、現場で判断するにしてはいろんな条件が絡み合い、複雑すぎます。ですので私の提案は一定の気象条件+体力の消耗具合で割り切るようなシンプルな基準作りが必要と提案したく思います。

もう一点、「なぜそこでその判断をしたのか」の動機のなぞが解明されていない件、全く同感です。世間の関心は犯人探し(責任追及)にむいてしまい、この点、非常に残念なことです。「ガイドがヘタレだった→ゆえにガイド能力の底上げが必要」というわかりやすい結論は本人たちの経歴を全く知らないからいえるのだと思います。

また組織登山という意味をよく理解していないかどちらかでしょう。犯人探しは早くわかった気になれるという利点がありますが、事故の再発には結びつきません。

私は、これまで判明したいろいろな事実から、この事故原因の8割は登山計画の段階でのミスだと思っています。つまり16日朝のひさご沼小屋の時点で事故を防止すべきでした。有能なガイドなどいなくても、一般登山者にトムラウシ山の縦走は可能なはずです。そういった観点から、事故の原因を考える必要があるように思うのですよね。

ローズローズ 2009/08/27 07:43 低体温症についてですが、そうですね,現場ではまずかからない状況を心がけるというのが,一番ですよね。

ただ、いつも引用させていただいている「低体温症」のHPの低体温症の程度を見ると,救出されている方は,中程度以上の方も多いのではないかと推測します。もしそうなら,その場での手当が必要で,動かすのは致命傷ですよね。もちろん、レスキューの方にそういう知識がないとは思わないのですが,病院でなくなったと聞くたびに,なんとかできなかったのかなーと思ってしまうんです。

そして、swanさんにも賛同していただいていますが,本当に「なぜ,そこでその判断をしたのか」が全く不明なのが,不可解です。
2002年の遭難事故についても,亡くなられた葛西さんは,普段は堅実で知識も技術も豊富な方だったそうです。それなのに,どうして,その都度「遭難の方へ舵を切ったか」が,全然わからないんです。

「この事故原因の8割は登山計画の段階でのミス」というのは,同感です。でも、ちゃんとした計画を立てないと事故を起こすというのは,ツアー会社も知っていると思います。それは,前例があまりにたくさんあるからです。知っていて,そういう計画を立て続けるどころか,もっと危険になっているのですから,この流れを変えることは難しいのかなと思ったりします。

それとは別に、「有能なガイドなどいなくても、一般登山者にトムラウシ山の縦走は可能なはずです。そういった観点から、事故の原因を考える必要があるように思うのですよね。」というのは,本当に重要だと思います。
そこが知りたいし,一般の登山者にも広く共有されないといけない知識だと思います。

aaaaaa 2009/09/16 12:29 そろそろ続きを書いてください。

ローズローズ 2009/09/30 02:57 swanさん
お返事遅くなって済みません。
9/20にいただいたコメントの下に,記入できないのでこちらへ書きます。

swanさんのおっしゃる,事故防止のための結論

「ガイドやリーダーを過信しないシステムが必要」

というのは,やはりそうなるのかなーと思いました。
それから,徹底的な計画作りも必要だとのこと,

この二つを実現可能にするためには,個人個人のスキルをあげるしかないのかなーと思いました。

ありがとうございました。

瀬谷瀬谷 2011/02/19 17:57 私はアミューズのツアーに何度か日帰りのみですが参加しました。初心者向けの「地図の見方」とか「サプリメントの取り方」とか勉強しながら本当に楽しい日を過ごすことができました。多田君は花の名前も遠くに見える山の名前もよく知っていて「今の若い人もなかなかやるもんだ」といつも思っていました。日帰りでもいつも思いリュックをしょってゆっくりゆっくり歩いていました。

トムラウシのツアーのかたたちも楽しい日になるはずだったのに ほんとうに心が痛みます。

swan_slabswan_slab 2011/02/19 18:28 瀬谷様
コメントありがとうございます。
瀬谷さんが楽しく参加された姿が目に浮かぶようです。私もアミューズの若い社員がいきいきと仕事をしていたのをよく思い出します。

アミューズだけでなく、ツアー業界全体で安全について考えてほしいと思ってこのページをつくっています。

今後もみんなが楽しく安全に山登りができるよう、少しでもかんがえつづけていきたいです。

白石白石 2012/11/05 13:10 またアミューズトラベルによって人が死にましたね、、、

ぶるぶる 2012/11/05 17:55 記者会見で、課長職がコメントしていたが、社長は中国に飛んで留守なら役員が当たるべき。しかし旅行社でこんなズサンな企画するのか。この会社は社会悪だ。二度も遭難死させるとは。

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