Resonanz

2011-07-27 タイムトラベル不可能が証明される?−マスメディアの科学記事

プレスリリースと記事の乖離

02:02

記事にはどう書いてあるか

【悲報】「タイムトラベルは不可能」が証明される−ニュー速クオリティ

このスレ、というかそのソース記事ですが、一見してどうも臭いなぁ、と思ったわけです。


まず始めに言い訳しておきますが、僕自身はタイムトラベル理論的な可能性について言及できるほど物理の知識を持ち合わせていません。理論的な可能性については保留的な態度ですし、仮に理論的に可能だったとしても、向こう数百年間での技術的、経済的、倫理的なな実用可能性には極めて否定的です。したがって、「タイムマシンができないなんてけしからん!残念だ!」という理由でこれを書いているわけではないという事です。

さて、この記事のソースはAPF通信ですが、タイトルからして"そういう風に"書いてあります。

「タイムトラベルは不可能と証明」、香港物理学者

しかし、記事を読んでみても、どうも

「どんな物体も光の速度を超えることはできない」との理論物理学者アルバート・アインシュタイン(Albert Einstein)の理論に、光の粒子である「光子1個」が従っていることを証明したと、香港の物理学者たちが発表した。

という部分と、その直後の

つまり、SFの物語外では、タイムトラベルが不可能であることが示されたことになる。

という部分に、どうにも飛躍があるように感じるわけです。これは「無限ビット」と同じ臭い*1がするな……と思って、ちょっと周囲を調べてみました。

いうまでもないですが、この手の記事は、記事だけを読んでもなんのことやら分からないことが大半です。こんな時は元のニュースプレスにあたるのが妥当でしょう。

プレスリリースには何が書いてあるか

香港科技大学 プレスリリース

ざっと読んだところ、これまで、単独の光子は光速を越えて移動するかもしれない、という議論があった。そこで光子一個の伝搬速度の上限を実験的に測定して、いかなる媒質中――群速度が見かけ上真空中での光速を越えるような媒質においても――そのプレカーサー*2の速度は常に真空中での光速であり、波束の主要部の速度は、プレカーサーの速度を上回らないということが実証された、と書いてあるようです。ここまではまあ、およそAPFが伝えたとおりですね。

そして、この成果に対して、Du氏は、「この結果は、単独の光子がどのように動くかについての我々の理解を深めるものです。また、情報が光とともにどれほどの速さで伝えられるかの上限についても確かめられました。」「私達の実験結果は、個別の光子が光速よりも速く移動できないことを示すことで、一個の光子によって担われる情報の真の速度についての議論に終わりをもたらすでしょう。私達の発見はまた、科学者に量子情報の伝送に関するより良い描像を与え、応用される可能性を持っているようです。」といったことを言っています。これを要するに、単独光子の速度が光速を越えないのであるから、量子たる単独光子を用いても、超光速通信はできそうにない、ということは言えそうですね。

で、このプレスの中でタイムトラベルへの言及はあるかというと、一応あるにはあるわけですが、「特定の媒質中における光パルスの超光速伝搬という10年前の発見は、時間旅行という世界の夢を喚起しましたが、科学者達は後に、この超光速の「群速度」は実際の情報の伝達には利用できず、見かけ上の効果*3にすぎないということに気がつきました。」という一説だけで、今回の研究によって「時間旅行という夢」がどうなったかについては触れられていません。

ちなみに、光パルスの超光速伝搬の発見がタイムトラベルの夢を呼び起こした、というのは、超光速通信を用いることで「過去への通信」ができる、という議論があるためのようです(Wikipedia 超光速通信)。「超光速通信」ができないということになれば、それを用いた「過去への通信」というのもできないということにはなりそうです。


要するにこのプレスリリースでは、タイムトラベルについて、「10年前、特定の媒体中での超光速伝搬という現象が発見されたことで、タイムトラベルの期待が高まった」ということ以外、何も言及していません。また、タイムトラベルに関して"このプレスから"結論づけられることといえば、「「『単独の光子であっても真空中での光速を越えることがない』という結果によれば、単独光子を用いた超光速通信ができない」ために、そのような超光速通信を利用した過去への通信、という形のタイムトラベルは否定された」ということぐらいでしょうか。

しかし、ある種のタイムトラベルが部分的に否定されたといっても、それをもって、「タイムトラベルは不可能であると、物理学者たちが最終的に結論づけた」というような書き方をするのは論理の飛躍があるように思いますし(タイムマシン=超光速通信というわけではないですし、ワームホール云々とか時間順序保護仮説とか、色々微妙な論点があるようです)、あるいはさも、"タイムマシンの可能性の検証"のために研究が行われたというかのようなの書き方をするのは、どうも本来の主旨から逸れてしまっており、問題があるような気がしてならないわけです。(続く)

*1:ソースがGIGAZINEになってますが、元記事は日経でした

*2:Precursor: Precursors are characteristic wave patterns caused by dispersion of an impulse's frequency components as it propagates through a medium. -wikipedia:en:Precursor_(physics) 分散関係のある媒体中でのインパルス応答に見られる特徴的な波形、ということでしょうか?この分野での適切な訳語を知らないんですが、普通にプレカーサーでいいんでしょうか?

*3:プレス中では"visual effect"という記述になっています。AFP記事では、「視覚効果」と訳されていますが、プレスの文脈からすると、「見かけ上の」という方が適切に思われました。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/swika/20110727/1311699757