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流浪の狂人ブログ〜旅路より〜 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2014-03-19

「大統領の執事の涙」感想

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 「プレシャス」リー・ダニエルズ監督「ラストキング・オブ・スコットランド」フォレスト・ウィテカー主演。34年間、ホワイトハウスバトラー(執事)として勤めたアフリカ系アメリカ人の視点を通じ、この間に起こった歴史的な事件と、時代に翻弄される人々の姿を描くヒューマンドラマ。


 奴隷の子として生まれ育った黒人の青年が、地主の白人に父親を目の前で射殺される等、さまざまな仕打ちに耐えかね、農園からの脱走を決意。放浪の末ににたどり着いたホテルにボーイとして住み込みで働くようになり、その勤勉さと接客の良さからホワイトハウスの執事にスカウトされるという、ともすればサクセスストーリーのような出だし。しかしながら、歴代大統領とその周囲で働く人々、または彼の家族や友人達を多角的に映し出し、時代とともに変貌していく思想や価値観、決して変わらない人の心の繋がりを克明に描き、血の通った群像劇に仕上げている。

 特筆すべきは、やはりフォレスト・ウィテカー演じるセシルの二つの視点。一つは、大統領に仕える執事として、あくまで傍観者の立場を貫く視点。もう一つは、差別の壁をぶち破ろうと過激な活動に身を投じる息子と、そんな息子を心配しつつも、夫を愛し、支えようとする妻を見つめる視点。この二つが、時の流れを俯瞰し、マクロに捉えつつも、ごく普通の一般家庭、特に強い迫害を受ける黒人達の生活を映し出す、個に密着した観点を、並行して展開させる事に成功させている。


 まことに恥ずかしい話しだが、小生自身、人種差別という言葉はもちろん知っていたし、それがどういうモノかも理解しているつもりであった。しかし、地球の裏側の出来事が、即座に我々の元へと伝わってくるほど高度に情報化され、ましてアメリカ合衆国大統領にその黒人が就任するこのご時勢、多少残ってはいるものの、あくまで過去の産物、あるいはごく一部の偏屈な白人の間にだけ残っている悪しき習慣程度にしか考えていなかった。
 だが本作の作中、小生の世代がリアルタイムで経験したロナルド・レーガン任期時代(1981年〜1989年)にあっても、公共施設水飲み場「白人用」「白人以外用」の札が下げられているシーンを見て、心の底から衝撃を受けた。あの頃には、既にマイケル・ジャクソンキング・オブ・ポップの名を欲しいままにし、スクリーンではエディ・マーフィがその陽気なキャラクターとアクションで大活躍していたはず。にも関わらず、まだあんな旧世代の遺物のような札が、平然とぶら下げられていたとは。人種差別とはこれほど根深いものであったのかと、改めて思い知らされるとともに、自分の認知の浅さと不勉強に、ただただ反省するほかなかった。

 調べてみると、黒人を奴隷として扱う文化(という表現も甚だ胸くそ悪いが)は、紀元前から存在しており、時には歴史に名を残す偉大な哲学者や指導者さえも、彼らを人として見なさないとする記録が残されているという。彼らに限らず、KKKに代表される我々黄色人種も含めた白人以外の人種を全て劣等と見なす考え方が、アメリカはもとよりヨーロッパの一部地域にもごく少数ながら残っているというから、驚きを隠せない。


 そんな中、ひたすら自らの職務を全うせんとする父と、世の中を変えるべく戦い続ける息子。どちらが正しい間違っているという事は、外側にいる我々にはすごく簡単な事だが、きっとこれは当時の彼らにとっての本分を、愚直に貫いた結果なのだろう。世界最強の自称する国家の大統領が、何百年経っても達成できない問題を、個人レベルでどうこうできるはずはなく、それを傍から見ているからこそ、父は給与や待遇に不満を抱えつつ、私を押し殺し、そんな父親を見てきた息子は、反発するかのごとく、レストランの白人用のテーブルに座り続けたに違いあるまい。
 その意味では、国家単位、年表単位の大きなテーマを内包しながら、本質的には父と子という限りなく身近で当たり前の出来事を扱った作品とも言える。そう考えると、国とは所詮、国民一人一人の集合体で成り立つ組織にすぎず、つまり国の根本を決め、変えていけるのは実は国民一人一人に他ならない事の証とも捉えられなくもない、というのは、飛躍しすぎか?


 非常にデリケートな問題ゆえ、小生ごとき高卒低所得がアレコレ言っても詮方ない事なのだが、白人の多くが信仰するキリスト「汝、隣人を愛せ」と宣ったはずだし(まあ、連中からすれば「白人以外は神の子ではないから愛する必要がない」と返されるかもしれないが。じゃあ「汝の敵を愛せ」はどうなるんだろうか)、この国際化社会で肌の色一つで上だの下だの決めるのは今時ナンセンスだろ、と単純に考えてしまう。
 だが少なくとも、人種と国家という根底の部分で、多くの事を再確認・再認識できただけでも、本作を鑑賞した価値はあったと断じる。


 ちなみに余談だが、小生はなるべく差別はしないようにしているつもりだが、区別は平然と行う。具体的に言うと、いい年こいて社会通念やモラルが著しく欠如したヤツ、常識と良識を持たないやつ、まあ要するに人間的社会的なバカは、ぶっちゃけ人間扱いしない事にしている。


 ☆☆☆★★++

 ところでセシルの嫁さん役、オプラ・ウィンフリーだったんだ。全然気づかんかった。星3つプラスプラス!!
















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