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2016-06-01

「ちはやふる 上の句」「ちはやふる 下の句」感想(超ライト版)

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 BE・LOVE」(講談社にて連載中の、末次由紀原作のコミックを、カノジョは嘘を愛しすぎてる小泉徳宏監督・脚本「海街Dairy」広瀬すず主演で映画化。競技かるたに青春をかける少年少女達の姿を描く。

 例によって、前後編まとめての感想。競技かるたという、一般には馴染みの薄いジャンルを題材にしながら、全く知らない人が観ても、おそらく「上の句」の冒頭15分ほどでだいたいのルールと楽しみ方が把握できる親切設計。加えて、居合抜きかガンマンの早撃ち対決を彷彿とさせるスピードと集中力、そして狙った札に果敢に挑む勇気が、物語に下手なアクション映画を越える迫力を齎せている。

 また、主人公ちはやをはじめ、登場人物のポジショニングもグッド。それぞれが抱える悩みや想い、あるいはコンプレックスを内包しつつ、それに向き合い、百人一首の句をなぞらえながら、成長していく姿を瑞々しく描く様子は、人物こそ物語の主役である事を十全に理解している証左とも言える。
 個人的には、がり勉豆腐メンタルだった机くんが、試合と仲間との絆を通して徐々に逞しくなっていく様と、ライバル校のドSセンパイちはやに見せたカッコよすぎる行動に、グッと来た。本作最大の強敵であるクイーンの、沈着冷静なパーフェクト才女然とした佇まいと、異常にダサいファッションセンスも完全にツボ。主要キャラほぼ全員に、何らかの見せ場が用意されている点にも注目したい。

 おそらく日本でしか撮れないモチーフであると同時に、実に日本らしい、全うな青春ムービー。多少、漫画的にデフォルメされすぎてる部分もあるにはあるが、そこはまあ、ご愛嬌という事で。


 ハイ、今回は超ライトに。しばらくこんぐらいの感想になりますけど、どうかご容赦を。

 ☆☆☆☆★+

 松田美由紀さん、久しぶりに観た気がするけど、息子の翔太くんそっくりやな(笑)、星4つプラス!! 















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2016-05-11

「レヴェナント: 蘇えりし者」感想

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 マイケル・パンクの小説「蘇った亡霊:ある復讐の物語」を、バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督「ウルフ・オブ・ウォールストリート」レオナルド・ディカプリオ主演で映画化。西部開拓時代に実在した罠猟師ヒュー・グラスが、復讐のため極寒の荒野を旅するノンフィクション

 熊に襲われ、瀕死の重傷を負いながらも、目の前で最愛の息子を殺した相手に復讐するべく、満足に動かせない体を這うようにして、その後を追い続ける男の姿を描いた、非常にシンプルながら、「凄まじい」としか言いようのない一本。

 まず何を置いても、主人公ヒュー・グラス演じるレオナルド・ディカプリオの熱演、否、そんな形容すらも生温いと感じさせる、さながら「狂演」と評すべき、恐ろしいまでの存在感
 凍った川に浸かり、生肉を喰らい、動物の死体の中で眠るといった、映画史上類を見ない過酷なロケをこなす役者魂もさる事ながら、身動きできない体のまま、相手を睨みつける表情だけで刻み付けるような激しい怒りと憎しみ、あるいは絶望を表現してみせる様は、今まで観てきた「渾身の」「鬼気迫る」「迫真の演技」が霞んでしまうほど。
 すべてを失い、ただ憎しみと執念のみを命の灯に代え、広大な雪原を彷徨い歩く男の姿は、大自然からすれば、ちっぽけでいつでも捻り殺せるはずの矮小な生き物であるはずの、しかしたった一つの執着にすがる事で、残酷すら乗り越えてみせる人間の生命力と、もっと根源的でプリミティブな、知性と本能をも越えた領域さえも体現。今さらながら、この湧き上がる恐怖や畏敬にも似た感情を、正しく言葉に出来ない自らの語彙力のなさに、恥ずかしさを覚えるが、彼の悲願であるアカデミー主演男優賞受賞も納得、むしろこれ以外とこれ以上に何があるのかと断言できる、最高のパフォーマンス。
(ちなみに、レオ自身はベジタリアンで、劇中で生肉を吐き出すシーンは、演技ではなくガチのリアクションだったとか)

 また、たき火のシーンなど、一部を除いてほとんど照明を使わず、自然光、特に一日に一時間半前後しかないといわれるマジックアワーでの撮影にこだわるといった、気の遠くなるような撮影プラン、及び効果的に挿入される長回し等、物語を間近で、しかしあくまで達観的に見つける「もう一人の主人公」とも言うべき巧みなキャメラワーク、坂本龍一教授の完成された劇中曲と、それに相乗するように重なる、日光に溶ける雪、木々のざわめき等の自然界と音、それらが混然一体となり、一つの揺るぎない、美しくも慈悲のない作品世界を、完璧に構築している。
 ここで勘違いしてはいけないのは、傍から見れば常軌を失したかのようなこれら要素が、単にそうするのが目的だったわけではなく、この物語を最良、最高の形でフィルムに収めるために、必要だったからに他ならない点。ただ過酷なだけなら、たけし軍団ダチョウ倶楽部が毎日のようにやっているが(エー)、それだけなら「こんなに頑張ったよ」という自己満足に過ぎない。燃え滾るような命の熱量と鼓動、そして雪と氷と静寂に閉ざされた世界とのコントスラストも含め、この方法でなければ、本作の完成と成功はあり得なかったに違いない、言うならば「必要最大限の仕事」と断ずる。

 考察してみる。ヒューにとって息子を殺した張本人であり、本作の悪役に相当する、トム・ハーディ演じるジョン・フィッツジェラルドは、果たして本当に単純な「悪」なのだろうかと。
 確かに、自身の身の安全のために、死にかけの、それも反りの合わない罠猟師を置き去りにし、さらにその息子を邪魔だという理由で手にかける事は、どう考えても人道に悖る行為である。しかし、社会や組織から解き放たれた、まったくの一個人として見た場合、もっとも守るべきは自分と自分の大切な者の命に違いない。子連れの熊と同じく、それを脅かすモノ、あるいは危険に晒すモノがあるなら、できるだけ速やかに排除するのが、非情な言い方だが適切である。
 彼等を激しく憎み、見つけ次第蛮族のごとく襲い掛かってくるアリカラ族もまた、先祖伝来の土地に勝手に踏み入り、獣や資源を奪っていく悪党どもに、怒りの鉄槌を喰らわしているに過ぎない。何も殺す事はない、という意見もあるだろうが、そもそも文明人とはまったく異なる倫理観、社会性を持つ彼らに、同じ価値観を強要する事自体、ナンセンスである。
 もちろん、それが正しい、罷り通って然るべきという意味ではない。そうした考え方、生まれ、倫理信仰の異なる者達が、それぞれの立場から感情の赴くまま、恣意的に行動し、時に相手を排除しようとする愚かしさを、自然という大いなる視点から捉え、同時に個々に宿る魂の尊さを見つめ直す事こそ、本作の意義であり、真のテーマではないかと察するが、いかがだろうか。

 なんとも矛盾した表現だが、つまり本作は、一人の哀れな男の視点を通じ、自然の驚異と美しさ、善悪では図り切れない業と罪、そして命の力強さ、躍動を高らかに謳い上げるとともに、見えざる神を見えざるままに映像への具現化を試みた作品と評したい。

 ジャンルと方法は違えど、ズートピアと同様、映画の可能性をまた一つ指し示してくれた傑作。こんな素晴らしい作品を立て続けに観られるとは、映画ファン冥利に尽きる。観終わった後、立ち上がれなくなるほどに圧倒される事必至なので、足腰の弱い方はご注意を(笑)。とにかく、必見。

 ☆☆☆☆★+++

 本当は5つでもいいぐらいだけど、万人向けとは言い難いんで、少し抑え気味の星4つプラス3つ!!










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2015-12-26

「クリード チャンプを継ぐ男」感想

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 「フルートベール駅で」ライアン・クーグラー監督・脚本ファンタスティック・フォー」マイケル・B ・ジョーダン主演。名優シルヴェスタ・スタローンの名を一夜にして全世界に轟かせたボクシング映画の金字塔「ロッキー」シリーズ、9年ぶりの新作にして、初のスピンオフ。

 かつてロッキーと激戦を繰り広げた世界チャンピオン・アポロ・クリードの隠し子が主人公という事でも、色んな意味で話題を呼んだ本作。
 正直に白状すれば、前作の「ロッキー・ザ・ファイナル」でキレイに完結したシリーズを、もう一度掘り返す意義について甚だ疑問を覚え、公開の1週間ほど前までは「ああ、ハリウッドもよほどネタがないんだなぁ。あんだけ筋肉ムキムキだったスライも、随分と耄碌したもんだ」などと、本気で思っていた。
 もしタイムマシンがあるなら、過去に飛んであの頃の自分に全力でショベルフックをぶちかまし、フィラデルフィア美術館の階段をバイクでウィリーしながら引き摺り回してやりたい。

 とにかく素晴らしい。間違いなく、今年観た中でもトップ3に入る出来。本シリーズに影響されてボクシングを始めた人生の先輩方はもちろん、名前だけ知ってる若い世代にもオススメしたい、まさに2015年最後を飾るにふさわしい男泣き必至の一本。

 ストーリー展開そのものは、いつものシリーズ定番仕様で、だいたい予想通りに事が運び、予想通りの結末を迎える、よく言えばオマージュ的、悪く言えば旧態依然とした内容。しかし、決してそれがマンネリでつまらないわけではなく、むしろシンプルで普遍的な構図の中に、過去シリーズへのリスペクトと新しいアイデアをふんだんに盛り込み、一見さんから熱狂的ファンまで楽しめる、激熱のドラマに仕上げている。

 中でも特徴的なのが、要所要所に使われる長回しのワンカット。登場人物、特にマイケル・B・ジョーダン演じる主人公アドニスの心境を雄弁に物語ると同時に、画面にこの上ない緊張感と、その先にある開放感とのメリハリを生み出す演出として、見事に機能していたと評したい。

 主人公二人の対比も、また面白い。
 安定した仕事と裕福な環境を自ら手放し、父と同じボクサーの道を突き進むアドニスに、疑問を抱く者も少なくないだろう。事実、彼の行動は一般常識から考えれば自殺行為に等しく、あまりに幼稚で衝動的と言えなくもない。
 しかし、偉大すぎる父親の存在と、非嫡出子という複雑な生い立ちに苦悩する彼にとって、ボクシングは自らの存在意義を証明できる唯一の手段であり、居場所だったと察する。
 その胸に燃える闘争本能とともに、彼を彼たらしめるための、いわばアイデンティティーと誇り、そしておそらく自身も気づいていないかもしれない、父への尊敬の念を掴み取ろうとするその姿に、老いたロッキーはライバルの雄姿と、かつて拳一つでどん底から這い上がろうとした自身のハングリー精神を見出し、アドニスもまた、そんなロッキーに見知らぬ父の面影を感じ取ったに違いない。

 愛する者達に先立たれ、すっかり過去の人となった自分を受け入れつつ、余生を過ごしていたロッキーにとっても、アドニスの存在は一人静かに死んでいくはずだった自分に家族の温かみを思い出させ、ボクシングへの情熱を再び燃え上がらせてくれた、いわば宿命のライバルから時間を越えて贈られてきた、プレゼントだったのではないだろうか。
 片や本当の意味で自分の人生をスタートさせようとする若者、片や人生の終盤でもう一度命の火を燃やし、自分の誇りと魂を継承させようする老人。作中、ロッキーの身に起こるある出来事とも相乗し、それぞれが生きてきた全てをぶつけて挑む戦いを、より熱く、より感動的に描く事に成功している。これで熱くならない男など、この世にいようはずがない。

 なお、ご自慢の肉体とアクションを極力抑え、年相応に渋みの増した名演を披露してくれたスライの功績も多大であると、付け加えておく。

 欲を言えば、クライマックスの試合はもう少しじっくり観たかったのと、中盤の「亀」はちょっと何とかしてほしかった(笑)。まあおそらくは、ロッキーが亡き妻・エイドリアンと出逢ったきっかけが、彼女が働くペットショップに亀の餌を買いに行ってた事へのオマージュなのだろうが、あれではただの下ネタでは…?

 さておき。数年前、某漫画雑誌でスライと対談した漫画家・板垣恵介氏「ロッキーの最高傑作は『7』です」と願望込みのジョークで笑いを取っていたが、まさかそれが実現するとは、予想だにしなかった。
 ハリウッド映画史に残る名作として名高い「1」「2」「ファイナル」はもちろん、ラジー賞受賞などファンからはなかった事にされている「3」「4」をも肯定し、意味を持たせた、真の集大成というべき作品(えっ、「5」?何それそんなのあったっけ?)。それでいながら、シリーズ未見の人でも十分以上に熱くなれる事うけあい。とにかく必見!!


 ☆☆☆☆★

 Disってマジすみませんでした!!星4つ!!





(オイ)














2015-06-26

「マッドマックス 怒りのデス・ロード」感想

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 ジョージ・ミラー監督兼脚本「ダークナイト ライジング」トム・ハーディ主演。荒廃した世界を舞台に、怒れる男・マックスが悪漢どもをぶっ倒していく痛快アクションムービー、約30年ぶりとなる新シリーズ。

 公開されるや、低予算にも拘らず、これまでにない世界観と、度肝を抜くカーアクションで世界中に大旋風を巻き起こし、「北斗の拳」をはじめとするその後の様々な作品にも影響を与えたという、伝説的作品の4作目。正直、前作から四半世紀以上もの時が経過し、また昨今のリバイバルブームを見るにつけ、「何を今さら…」という感覚は拭えなかった。
 しかし、映画は観てナンボという持論に則り、文句はせめて鑑賞してからと意を決し、劇場に足を運んだ次第だが、これがいい意味で予想を大きく裏切られた。面白い。メチャクチャ面白い。単純明快でやりたい放題、それでいて哲学にも似たインテリジェンスすら漂わせる圧倒的な映像と怒涛のストーリー展開で、観終わった直後に思わず「ヒャッハー!!」と叫びそうになってしまった(笑)。
 まさに看板に偽りナシ、今年度を代表するもっとも「ヤバイ」映画と評されるに違いないと確信する、新たな金字塔と断じたい。

 まず何が凄いって、上映時間120分の約8、9割がカーチェイスという、ぶっ飛びすぎた構成(笑)。お馴染みのV8インターセプターはもちろん、ビートルコルベットを無理やり改造した戦闘車両で、炎と黒煙と銃弾と奇声を撒き散らしながら砂漠をひた走る、これ以上ない分かりやすい内容。
 この世のありとあらゆる暴力が描かれてるんじゃないかと思えるぐらい、作中ただひたすらに撃ちまくり、燃やしまくり、殴りまくり、轢き殺しまくり、爆破しまくり、ついでにチェーンソーで斬りまくりで、テンションは徹頭徹尾最高潮のフルスロットル状態。本当に死者が出てもおかしくない、もはやそこいらのアクション映画がお遊戯に見えてくるレベルの壮絶なシーンの連続ながら、それらが決して荒唐無稽なおバカ映像にはならず、むしろこの今まさに終末を向かおうとする人類の衰退を、どんな台詞よりも雄弁に物語る重要なファクターとして機能している点にも、注目したい。

 ストーリー自体は実質、砦を支配する武装集団のボス・ジョー(演じるのは、第1作目で暴走族のリーダー・トゥーカッターを演じたヒュー・キース・バーン)から性奴隷にされている女5人を解放するため、自身の生まれ故郷である「緑の地」を目指すシャーリーズ・セロン演じるフュリオサ大隊長がメインで、主人公マックスはたまたま騒動に巻き込まれたといった具合だが、敵味方それぞれの視点、思惑がふんだんに盛り込まれ、人間ドラマとしての側面をしっかりと持たせてあるのもグッド。
 現在の道徳や人道など一切通用しない、全てが無慈悲で残酷な世界だからこそ、そこで生きる者が何を考え、何を信じ、何のために行動するかを、ものすごく原始に近い本性を浮き彫りにし、描き出すという荒技は、同時に好き勝手にドンパチやらかしているように見える本作の行間に、人の愚かしさと業、そしてどうしようもなさに抗う逞しさをも映し出しているとさえ感じられた。

 小生が特に面白いと思ったのは、マックス達と敵対する武装集団。水(資本)の管理と武力によって民衆を支配するという、これまでか!というぐらい分かりやすい悪党軍団だが、その組織構築論がなかなかに興味深い(倫理的かどうかは別にして)。
 自らを神格化し、自然環境悪化の影響で余命幾許もない若者に「勇敢に戦って死ねば、英雄になれる」と信じ込ませる事で、彼らを恐れ知らずの戦士に仕立てる。観る人によっては「?」な方法かもしれないが、絶望のどん底にある者に偽りの希望を与える事で、意のままに操る事例は、昨今の新興宗教等の事件でもよく見かける。
 現に、一日中仏壇の前で題目を唱えていれば、功徳が積まれて広宣流布が成就されると吹聴する某ナントカ学会員を、小生は何人も見知っている(余談だが、そんな連中が、飢餓で苦しむ民を少しでも救おうと、「念仏を唱えれば極楽浄土に行ける」と説いた親鸞聖人を嘲笑し、時に極悪人のように称するのは如何なもんかと、前々から苦言を呈している。もっとも聞く耳なんぞ持っちゃいないが…)。他人からすればまったく馬鹿げた事でも、当事者にとっては最後に残された一条の光であり、盲目的にすがりつくのも無理からぬ事と察する。

 また、同じく劣悪な環境ゆえか、まともな医療技術がとうに廃れてしまったためか、そのほとんどが後天・先天身体障害者でありながら、それぞれに役割を担い、中にはジョーの息子として幹部に君臨しているのも注目。
 まさかジョーにバリアフリーなんて思想があるとは思えないが、五体満足な者の方が少ないであろう中、多少の不便・不自由はさておいても、個々ができる最大の仕事に就かせるという意味では、だいぶ偏ってはいるものの秩序が保たれた状態と言えなくもない。
(差別的な意思はない。念のため)

 もちろん、そのために女子供を誘拐し、あまつさえ家畜のごとく扱う非道が許される事は断じてないが、文明が崩壊し、法や金銭的優劣、あるいは民主主義が完全に意味を成さなくなった時、こうしたプリミティブな社会主義(または独裁)国家のようなコロニーが形成され、そしてそれを享受する者も、支配する側される側双方に現れるに違いあるまい。
 本作はそうした社会哲学、社会心理学、経済学等、様々な側面を内包し、個人及び民衆にとっての自由と平和とは何かを強く問いかけつつ、それら全てをキレイにうっちゃり捨てて大バカ野郎に徹した、いわばクレバー&バカ、クレバカームービーであると断じたい(エー)。

 とにかく、一度騙されたと思って、砂と鉄と火薬と炎と煙と銃弾と血飛沫と母乳が乱れ飛ぶ、この狂った世界を堪能していただきたい。帰りの車内で、思わず「ヒャッハー!」と叫びたくなる事ウケアイ(笑)。

 ☆☆☆☆★

 星4つだぜ、ヒャッハー!!















2015-06-13

「海街diary」感想

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 吉田秋生原作のコミックを、「そして父になる」是枝裕和監督・脚本(兼編集)で映画化。鎌倉を舞台に、かつて家族を置いて家を出ていった父が残した腹違いの妹と、彼女を引き取った3姉妹との一年間の暮らしを描く。

 人間描写の掘り下げに定評のある是枝監督だけに、本作もまた素晴らしい出来。自然と海に囲まれた鎌倉の美しい景観、あるいは風土をも巧みに用い、どこにでもある、しかし深みと温かみのある人々の生活を、優しいタッチでフィルムに納めている。
 
 日々移り変わる季節と、そこで営まれる大小の出来事や、毎年の行事などを通じ、単身鎌倉にやってきた四女・すずの、そこで積み重ねられていく時間と思い出によって自分の立ち位置、居場所を少しずつ見出し、成長していく姿を繊細に描くと同時に、一緒に暮らす3姉妹と、その周辺の人々の心のありようや変化をやはり丁寧に汲み取り、一級の群像劇へと仕上げる手腕は、さすがを通り越して、どうやったらこんな絵が撮れるのかと、もはや憎たらしさすら覚えるレベル(ナゼ?)。

 脚本、および台詞回しも秀逸で、何気ない会話や小さな姉妹喧嘩、または本編に直接関係のないような台詞をはさむ事で、登場人物に格段のリアリティを与えている。例えば「アレさ、アレしといて」といった曖昧な言い回しも、普通の映画ならまずNGに違いないところをあえて多様し、気心の知れた相手とのいつもの会話という雰囲気を表現する事に成功している。
 中でも個人的に「上手い」と思ったのは、冒頭、姉妹の父の葬式のシーン。泣き崩れて喪主の挨拶が出来ないと駄々をこねる再々婚相手が、すずに自分の代わりのやってくれと押し付けようとするところを、綾瀬はるか演じる長女・がこれを遮り、自分がやると言い出す一連の流れで、の大人としての責任感と父親への意地、そして再々婚相手のすずに対する感情と、ちっぽけなプライドにこだわる内面の安っぽさを、コンパクト且つ雄弁に物語ってみせてくれたと評したい。

 しかし、本作を語る上で特筆すべきは、何といっても四姉妹を演じる女優の存在感と、圧倒的なバランスのよさ。
 長女・演じる綾瀬はるかは、家族を支える母親代わりとして、時に優しく、時に厳しく姉妹に接しつつ、自分達を捨てた父と母を許せずにいながら、自らも既婚者との不倫に身を染めるなど、同じ過ちを犯してしまう自分に苦悩する女性を好演。主人公の一人でありながら、どこか一歩引いたようなスタンスで立ち振る舞う事で、姉妹をまとめる屋台骨として十全に機能してみれてくれた。
 前々から、彼女の真価をまったく理解していない日本映画界のキャスティングに苦言を呈してきたが、今回に関しては文句のつけようがない。まさにハマリ役と断じてよい、見事な仕事ぶり。

 男運と酒癖が悪く、たびたび長女と衝突するも、実は家族の事を一番冷静に見ている次女・佳乃演じる長澤まさみも、また同様。出だしからセクシーな太ももアングル&ブラトップ姿披露もさる事ながら、デビューからしばらく付きまとっていた清楚可憐な美少女臭を完全に脱却。一見だらしないgdgd女のように見えて、危ういバランスの上に立っている姉妹を繋ぎとめる重要なポジションとして君臨。
 やはり彼女には、ちょっと品のないビッチ系の役がよく似合う。和製キャメロン・ディアスだ(笑)。

 4人の中で一番地味で、のほほんとした印象の三女・千佳演じる夏帆は、衝突しあう上の姉妹に対する緩急剤のようでありながら、お互いがいい意味でぶつかり合い、角を取り合うための研磨剤のような役割も果たし、同時にすずと二人をよりよい方向へと導くナビゲーターでもあると感じられた。

 そして四女・すず演じる広瀬すずは、その境遇からか見た目しっかりしていながら、常にイい子であり続けようと気を張る難役を熱演。物語が進むにつれ、徐々にわだかまりが解け、憎まれ口まで叩くほどに親密になっていく様子には、グッとこみ上げるものがった。可愛らしく大人しめの容姿にも関わらず、少年サッカーチームでエースとして活躍する意外な一面も高ポイント。

 かねがね小生は、ここ数年ようやく「マイマイ新子と千年の魔法」片渕須直監督、あるいは先日レビューを書いた「百日紅」原恵一監督といった、「当たり前の日常」を映像に落とし込めるアニメ作家が出現、台頭してきた点を受け、表現方法としての実写とアニメーションの明確な差異はなんだろと考えてきた(単純に生きた人間か、絵に描いたキャラクターかという事ではなく)。その結論は、当然のごとくまだ出ていないが、少なくとも本作は、この4人が奇跡的にこの時代に生まれていなければ完成しなかったと断言できる。
 もちろん、脇を固める樹木希林さん大竹しのぶさん堤真一氏リリー・フランキー氏といった俳優陣による相乗もあるが、例えばビートルズジョンポールジョージリンゴでなければならないように、GLAYTERUTAKUROHISASHIJIROでなければならないように、本作もまた、この4人ではじめて成立し得た作品に違いない。まさしく奇跡の一本である。

 弱くて、欠点だらけで、どうしようもなく哀しい事、腹の立つ事、享受できない事もあるけれど、生きていく中でそれらを一緒に経験しつつ、傷ついたり、助け合いながら人はゆっくり時間をかけて、自分の居場所を見つけていく。そんな当たり前の事に気づかせてくれる作品。とはいえ、小生にはそんな温かい家庭だの友達だの、一人もいなかったけどね!!(台無し)


 ☆☆☆☆★

 アニメ音楽界の絶対王者・菅野よう子さんの劇中曲もグッド。星4つ!!












2015-05-22

「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」感想

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 「バベル」アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督(兼脚本・製作)「バットマン」マイケル・キートン主演。かつてヒーロームービーで一世を風靡したものの、その後は泣かず飛ばずの俳優人生を送ってきた男が、再起をかけてブロードウェイの舞台劇に挑む。

 奇抜な手法というものは、得てしてそれだけで批判の対象となってしまい、事実その多くは、出オチだけで中身の伴わない、いわゆる「一発ネタ」に終わる場合がほとんど。本作になぞらえるなら6年ほど前、全尺85分を全てワンカットで撮り切るという、前代未聞の作品がリリースされたものの、正直、内容がそれに追いついていない、非常に残念な仕上がりであった。

 そもそも、二つのシーンを一本に繋げ、ワンカットに見えるという技法は、実は思いのほか昔から存在していたりする。有名なところでは、松田優作主演「最も危険な遊戯」のクライマックス、テープの録画時間ギリギリまで撮り、柱の影で一瞬画面が真っ暗になった瞬間、もう一台のキャメラに切り替える事で、擬似的なロングカットの撮影に成功している。撮影したキャメラマンの手腕もさる事ながら、テープ交換のタイミングを逆算しつつアクションをこなす松田優作の天才的センスも伺える、日本映画界の伝説的エピソードである。

 随分と前置きが長くなったが、さておき。では本作はどうか。全体尺の9割以上を、巧みなキャメラワークと照明、そして編集技術を駆使し、各シーンをあかたもワンカットのように繋げて観せるという、実に大胆且つ実験的な構成は、確かに多くの映画ファンの衆目を集めたものの、その部分のみがこの映画の本質ではなく、むしろ、本作が語らんとするテーマを十全に、雄弁に物語るための最善策として、この手法が取り入れられただけに過ぎないと断じておきたい。

 一度はスター俳優として地位と名声を手に入れながら、20年以上も燻っていたどん底の男が、もう一度脚光を浴びるために孤軍奮闘する姿を、狂気にも似たリアルと幻想とが入り混じった映像で描写。ありとあらゆる事が予期せぬ方向に向かっていくその内側のジレンマ、焦り、怒り、憔悴を、時に震えるほどの鮮烈に、冷淡に、スクリーンへと曝け出している。
 上記した擬似ワンカット(勝手に命名)を用いる事で、ジェットコースターよろしくストーリーをスリリングに展開させると同時に、失敗の許されない状況で何一つ上手く行かない、どん底からまたさらにどん底へと突き進んでいく非情で無常な現実を、残酷なまでに巧みに表現してみせてくれた。

 主演のマイケル・キートンが、また素晴らしい。冒頭の、ダブダブのブリーフ一丁で禅を組みながら空中に浮いているという、極めてシュールな姿にはじまり、あえて徹底的に無様に、惨めに、カッコ悪く演じる事で、周囲に嘲笑されながらも諦念に必死に抗い、空回る男を哀愁を完璧以上に表現する渾身の仕事ぶりには、ただただ脱帽。
 エドワード・ノートン演じる才能溢れる舞台俳優との対比が、限界と旬をとうに越えた男の絶望を、さらに際立たせる事にも成功していると評したい。
 鑑賞前は「どうしてこんなところに括弧がついてるんだ?」と首を捻った不思議なタイトルも、「バードマン=理想だが受け容れがたい自分」「あるいは=現実の情けない自分」を、的確に現す、見事なネーミングでグッド。

 果たして、彼は本当に超能力者なのか、あるいはただの妄想なのか。おそらくそんな事は、まったく重要ではない。男が学生の頃から持っていた紙と、「あなたは有名人であって、俳優じゃないわ」というセリフに象徴される、死に物狂いで手を伸ばしたモノは掴めず、必死で守ってきたモノは指の間からすり落ちる、全てがアイロニックで、不条理で、理不尽だらけの俳優人生の果て、全てを失った男が最後に辿り着いた場所をどう捉えるか。本作の要点は、ここに集約されると察するが、如何だろうか。

 上質な文学作品を思わせる雰囲気を漂わせつつも、血の滾るような熱量をも内包した傑作。たまーにこういう作品に出逢えるから、映画は面白い。


 ちなみに、某パラノーマルなんとかよろしく、同じような手法を真似して撮っても、中身が伴わなければ何やってもクソみたいな駄作にしかならないから、早速パクろうと思ってる人は注意ね(鬼)。

 ☆☆☆☆★

 ところでマイケル・キートンって、元々コメディアンだったらしいぜ。星4つ!!












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2015-04-23

「KANO 1931海の向こうの甲子園」感想

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 「セデック・バレ」で知られる俳優・馬志翔の監督デビュー作。1931年、大日本帝国統治時代の台湾で、甲子園出場を果たした嘉義農林学校(通称・嘉農)野球部の実話を基に映画化。

 台湾制作ながら、永瀬正敏氏ら多くの日本人キャストが出演。時代背景から、その台詞も多くが日本語(他にも台湾語や、原住民語であるアミ語も使用されている)という本作だが、その実、野球への情熱と純粋無垢な魂のぶつかり合い、種族間を越えた友情と敬意、そして否応なく突きつけられる無慈悲な現実と、それに立ち向かう勇気、それらが渾然一体となった、眩しいほどにキラキラと輝く青春群像劇だった。

 一度も試合に勝った事のない弱小野球部が、永瀬氏演じる日本人監督との出逢いにより、徐々に強豪チームへと成長すると同時に、人間としても逞しくなっていく過程を、3時間という長尺にギュギュッと閉じ込め、その間に起こる様々な問題や事件、また彼らを見守る人々等、様々な視点から映す事で、まるでそこにいる一人一人にフォーカスしたような、濃厚なドラマを形成。
 確かに、ダイジェストのごとく瞬く間に物語が展開し、編集・撮影技術もお世辞にも上等とは言い難い。加えて、CGも一昔前のような荒さで、洗練とは程遠い作りであるのは否めない。しかし、それが本作にとってマイナスポイントかと問われれば、さにあらず。むしろ、無礼を承知で言えば、無骨で泥臭いこの雰囲気が、不思議と嘉農野球部の発展途上でガムシャラな姿にマッチし、愛おしさすら覚えるモノへと昇華させているように感じられた。

 個人的に注目したいのは、甲子園で嘉農野球部と戦う札幌商業のピッチャー・錠者くんの存在。作中、彼の視点から見た嘉農野球部を入れる事で、嘉義の人々だけでなく、日本で彼らの試合を観た全ての人々にまで世界を拡大、それぞれにとっての甲子園と、それまでとこれからの人生の一遍をも、フィルムの内側へと集約させている。

 少々ネタバレになるが、彼からすれば、海を渡ってやってきた台湾の野球チームなど、得体の知れない謎の集団にしか思えず、まして当時の感覚からすれば、恐れるに足らないと高をくくっていたに違いあるまい。当然彼も、甲子園優勝という目標のために、懸命に努力し続けたはずであり、それだけに自分の能力には絶対の自信を持っていたと、作中の言動からも伺える。
 にも関わらず、そんな連中にまったく手も足も出ず、完全ノックアウトされてしまったのだから、心をポッキリと折られるのはもちろん、言葉は悪いがとんでもない化け物にでも出くわしたような気分であった事だろう。そしておそらくは、嘉農野球部と対戦した他校の生徒達も、彼と同じような印象を持ったと察する。
 だが実は、彼らが驚愕し、徐々に魅せられていく嘉農野球部もまた、彼らと同じか、それ以上の鍛錬を重ねつつ、時に悔し涙を堪え、時に勝ち得た喜びを分かち合いながら、少しずつその力を開花させていったに過ぎない。持って生まれた素質もあるにせよ、それを活かすために何をするべきか、そして自分はチームのために、自分自身のためにどうあるべきか考え、実行したからこそ、嘉農野球部は弱小から強豪へと生まれ変わる事ができたのだと思いたい。

 本作はそんな彼らを中心に置きつつ、様々な視点からその成長と活躍を捉え、これから彼らとその周囲の人々に訪れるであろう未来をも内包した、一級のヒューマンドラマであり、と同時に、国籍や生まれ、年代を越え、感動を前に一つになれる素晴らしさ、美しさを問うた作品だと断ずる。クライマックス、観客席から嘉農野球部を讃えるべく絶叫する錠者くんの姿は、まさにその象徴といえる。

 一見して、日本人がいかにも好きそうな御涙頂戴スポ根モノであり、事実、そういう向きも多分にあるにせよ、単純には括れない、熱い躍動にも似た何かを感じさせてくれる秀作。昨今の日本人が忘れかけた…なんてジジくさいセリフは吐きたくないが、たまにはこんな愚直なまでに純真で汗臭い、真っ直ぐな作品も良い。

 例によって上手くまとめ切れなかったけど、今回はこの辺で。


 ☆☆☆☆★

 1クールドラマ一本分に匹敵する濃密度。星4つ!!











 

2015-03-11

「アメリカン・スナイパー」感想

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 イラク戦争に4度従軍、160人以上を射殺した伝説の狙撃手クリス・カイルの自伝を、「許されざる者」クリント・イーストウッド監督「世界にひとつのプレイブック」ブラッドリー・クーパー主演で映画化。

 「ジャージー・ボーイズ」から約半年、またしても名匠がやってくれた。若者でも心身ともに過酷を究めるのであろう撮影を乗り切る、半寿を越えた爺様とは思えない驚くべきバイタリティもさる事ながら、重厚且つデリケートなテーマを壊す事なく、しかしエンターテイメント作品としてこの上ない出来に仕上げる熟練の技は、もはや他の追随を許さないレベル。
 半世紀以上ハリウッドのトップを走り続けてきた男だけが到達できる、まさにリアル・リビングレジェンドの領域と断じてしまいたい。

 さておき。米軍内部では「伝説」と称され、敵軍からは「悪魔」と呼ばれ、高額の報奨金をかけられていたというクリスの半生を描いた本作。父親から狩猟を教わっていた幼少期にはじまり、海軍特殊部隊ネイビー・シールズに入隊するまでの経緯、愛する妻との出逢い、そして戦場での活躍と、それによって心を蝕まれていく様子を、スピーディ且つ丁寧に、キャメラに納めている。

 戦場の臨場感、スナイピング時の緊張感は言わずもがな、妻と子供がいる幸せな家庭と、一瞬のミスが命取りになる前線とのコントラストもうまく、徐々にその境界が崩れていく事で、壊れていくクリスの精神を表現している点も見事。そんな夫の姿を哀しみつつも、変わりない愛情を抱き続ける妻の存在が、ともすれば異常者にすら思えてしまう彼の言動を、当たり前の人間に訪れた悲劇だと、観客に伝える役割を果たしているようにも感じられた。

 中でも特に注目したいのは、このクリス・カイルという男が、その功績や殺害した人数に関わらず、英雄や、まして血の通ってない悪魔などではない、上記したとおりまったくごく当たり前の、どこにでもいる普通の夫であり、父親であり、誰かの友人として描いている点。
 愛国心に燃える男が、その狙撃の腕で仲間の命を守ってきた事を誇りに思いつつ、払拭しきれない罪悪感や背徳、あるいは恐怖にも似た感情に苛まれていく様を、卓越した演出で掘り下げながら、どこか一定の距離を置いたような、あくまで感情移入しきらない第三者的視点を保っていた観があったのも、実はその証左であると同時に、彼もまた戦争の犠牲者の一人である事を表す監督の優しさと、勝手に推察してみる。

 任務のためとはいえ、爆弾を抱えた子供や、その母親まで射殺しなければならなかったクリスの心中を慮れば、狂気に取り憑かれるのも無理からぬ事だろう。事実、従軍した兵士を多くがPTSD(心的外傷後ストレス障害)に罹患し、自殺する者も少なくないという。
 単純なアメリカ万歳ではなく、無論戦争ゴメンナサイ映画でもない。監督自身、(イラク戦争を含む)外征戦争に反対してる点からも、戦争という異常な事態が、一人の人間を内外から破壊し、時には個人の思想や理念すらも大きく捻じ曲げてしまう事を、本作は実在した「英雄」の姿を借りて物語っているように思えた。

 平和な日本国で暢気に暮らす我々が何を言っても、所詮は机上の空論かもしれないが、自衛隊員の中から「和製クリス・カイル」が生まれない事を、ただただ願う。

 さて、これ以上書くと、だんだん陳腐になってしまうのが目に見えているので、このくらいで留めておこう。とにかく必見!

 ☆☆☆☆★

 無音のエンドロール含めて、完成された作品。星4つ!!












2015-03-04

「6才のボクが、大人になるまで。」感想

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 「スクール・オブ・ロック」リチャード・リンクレイター監督(兼脚本&製作)、「エド・ウッド」パトリシア・アークエット「ガタカ」イーサン・ホーク他出演。ある少年が6歳から18歳になるまでの成長と、その周囲の人々の人間模様を描くヒューマンドラマ。

 主人公メイソン・ジュニア演じるエラー・コルトレーンの成長に合わせて、同じキャストで実に12年もの歳月をかけて少しずつ撮影し、完成させたという、前代未聞の撮影プランでも話題となった本作。
 誰もが一度は思いつく手法ではあると察するが、実際にやるとなれば、契約や制作費の問題はもちろん、出演者の病気や急死、あるいはモチベーションの低下による途中交代ができないというプレッシャーと不安も、当然あったに違いない。この映画史に残る偉大な挑戦と、それを完遂しきった出演者とスタッフの尽力に、まずは敬意を表したい。

 さて肝心のストーリーは、まったくごく普通の一般家庭に起きるであろう出来事を、少年の目を通して追っていくといった具合。多少の差異はあるにしても、おそらくはアメリカのどこの家にでもあるような、当たり前の生活や変化、あるいは悩み、衝突が淡々と描かれ、ためにビックリするような大事件や、わざとらしいほどの御涙頂戴劇は一切なし。
 もっと言うならば、展開そのものにほとんど抑揚もなく、ネタバレしてしまえば、これといったオチも特に用意されていない。3時間弱という長尺も相俟って、正直、退屈に感じる人も少なくないだろうと察する。

 しかし、小生はこう考える。このまったく当たり前の少年を、12年もかけて撮影した意義は何だろうと。あくまで物語はフィクションであるが、当然のごとく12年という月日の間に、メイソン演じるエラー少年も、子供から大人へと成長している。ドラゴンボール大好きキッズだったメイソンが、クラスメイトへの恋や、母親の再婚相手との確執など様々な経験を積み、時には悪い遊びなども覚えながら、心身ともに大きくなっていったように、エコーくんもまた、その間メイソンに負けず劣らず、様々な経験をしたに違いない。
 聞けば、毎年夏に行われていた撮影の前に、監督と出演者達がこの一年で何があったかを話し合い、脚本を作り上げたという。撮影当時を思わせる、例えばハリー・ポッター最新刊を買い求める人の大行列や、レディ・ガガの登場、「ダークナイト」「トワイライト」のブームといった出来事が、我々と本作の世界を、シームレスに繋いでいるようにも感じられた。

 つまりこれは、映画という体裁を取りつつ、物語の中に物語以上の血の通った人生の断片を閉じ込めた、極めて野心的な作品であると同時に、ジャクソン・ポロックの抽象画のように、この手法でなければ描けなかった、否、この手法をひっくるめての真価だと断ずる。

 普段から「映画は画面に映ってるものが全てだ、どんだけ苦労したとか知るかバカ」なんて言ってる小生だが、これはさすがに感服、脱帽せざるを得ない。まさに唯一無二にして空前絶後。この歴史的傑作をスクリーンで鑑賞できた事は、映画ファンにとってこの上ない幸運であったと、後の世代に自慢し続けよう。

 そういえば、どうでもいい余談。「キル・ビル」公開当時、例のタラがインタビューで、ユマ・サーマン演じるザ・ブライドに殺された女殺し屋の娘が、母の正体を知らないまま大人になり、復讐のために暗殺者になる、みたいな続編の構想を、嬉々として語っていた覚えがある。
 アレの公開が12年前。当時あの子が4、5歳だったと仮定すると、そろそろ何かしらアナウンスがあってもいい頃だが、多分本人も忘れてるな、ウン(エー)。

 ☆☆☆☆★

 参りました。星4つ!!














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2015-01-31

「ベイマックス」感想

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 日本人ヒーローチームの活躍を描いたマーベルコミックのアメコミ作品「ビッグ・ヒーロー・シックス」を、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオズが長編CGアニメ映画化。

 ちなみに、ドラゴンに変形しちゃうバリバリ戦闘ロボなベイマックスをはじめ、原作とは設定を大きく変更しているとの事。作中では大人しめの眼鏡ガールだったハニーレモンも、原作ではボインボインのマーシャルアーツの達人、ゴーゴータマゴは少年院行き免除を条件に加入させられた、ええ乳した元ヤンだったりする。
 また、初期メンバーのシルバー・サムライサンファイアは、20世紀フォックス「X−MEN」シリーズの権利を持っているため、参加できなかったとか。ディズニーナイズされたハラダさんも、ちょっと見たかったが(笑)。

 さておき。もはや原形を留めないほど、ファミリー向け仕様に改造された観こそあるが、そこは天下のディズニーアニメーション。ヒーローチーム結成秘話という体裁を取りつつ、主人公ヒロが亡き兄の作った介護用ロボ・ベイマックスと、兄の友人達との出逢いと交流を経て、成長し、心の傷を癒して行く過程を、温かなタッチで描いている。

 一見して、ヒロの一連の行動は義憤に基づく行いのようで、実はまったく個人的な復讐心と、一方的な思い込みによるものである事に気づく。例えば、彼の開発したマイクロボットを追って、謎の工場とカブキマスクの男を発見するエピソードは、実際、見つかったあとに襲われはしたものの、相手が何者で何が目的かも分からないまま、推測だけで動く彼の幼さ、思慮の浅さを物語っている。
 結果的に、カブキマスクが兄の死に関与し、よからぬ事を企んでいると判明するが、ともすればその頭脳と若さゆえに、ヒロ自身が復讐に取り憑かれたヴィランになりえたかもしれない。事実、作中にもそれを示唆するシーンが登場するが、その意味でヒロカブキマスクは非常に近しい存在、いわば悪に染まった未来の姿とも言える。
 本作はヒーローのビギンズストーリーでありながら、単に悪をぶっ倒し、懲らしめるに留まらず、ヒロを含め深く傷ついた人の心のケアという側面にウェイトを置き、真に人を救うとは何かを問う、極めて高度な人間ドラマであると断じたい。

 ベイマックスに関しても言及したい。ロボットである彼(?)は、実は終始極めて機械的に、その場に応じて最適と思われる行動と発言をしているだけにすぎないのだが、その風船のようなふわふわのボディに、日本の鈴をモチーフにしたという愛嬌のある顔、そしてユーモラスな動きが、どこか天然ボケ然とした面白おかしい、しかしこの上ない優しさを感じさせる要因となっている。
 並のシナリオライターなら、中途半端なコメディリリーフか、はたまた突然人格が目覚めたかのように振る舞い、最後はイイハナシダナーでまとめるところだが、徹頭徹尾そのスタンスとキャラクター性を変える事なく、一つの物語として破綻する事なく構築させた手腕は、もはやお見事を通り越して脱帽モノ。正直、日本アニメの十八番というべきこの手を手法を向こうにやられたら、ますますコチラは立つ瀬がないなと、妙な不安すら覚えてしまった。

 日本の街並みとサンフランシスコを合体させた架空の都市「サンフランソウキョウ」の景観も楽しく、ディズニーらしいカートゥーン的描写と、戦闘シーンのアクションもグッド。聞けば、国によってポスターの惹句を変えているそうだが、それだけ様々な側面、上記した以外の観方、楽しみ方が出来る、非常に稀有なエンターテイメント作品。
 
 日本も、未来の世界の猫型ロボットなんてCGアニメ化してる場合じゃないぞ、オイ!!


 ☆☆☆☆★

 あと、キャスおばさんが何か微妙にエロくてステk(以下略)、星4つ!! 







 ちなみに、ベイマックスとコレは同じデザイナーさんなんだそうな。ジョーイきゅんかわいいよジョーイきゅん









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