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所長サンの哲学的投資生活 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-01-28

橋下市長に「ついてゆけない」ひとたち。

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朝まで生テレビを久しぶりにみた。

橋下市長vs反橋下派ということだったけども、結局橋下市長の株が上がったんではないかな。
ぼくはこれまで反橋下のひとたちの言ってることがよく理解できなかったんだけど、
この番組をみてちょっと判った。

議論じたいはまったく噛み合ってなくて、
薬師院というひとはどうしたいのか本人すら判っておらず、ただのクレーマーだろう。
香山リカはただ怖いだけのようで、
共産党のなんたらというかたは党是どおりオール反対でおもしろかった。
ハシズムとかいって批判するひとたちは権益を失いたくないひとばかりと思ってたんだけど、
なにやら権益とは無縁で単に「ついてゆけないひと」が多くいることを知った。



「ついてゆけないひと」の気持ちはおもに2点だろう。


ついてゆけないひと → a.やりかたが嫌
             b.変化の先の保証がみえないから嫌




a.やりかたが嫌、というのは、
おそらくどうして橋下市長がこういう手法をとっているのかが判らないのだ。
彼らにはたぶん唐突にどんどん進んでゆくようにみえるので「独裁」となる。
b.保証がみえなくて嫌、というのは、
リスクへの知識不足からきており、はやく投資教育を必須科目にすべきとおもう。

薬師院とかいう「ついてゆけないひと」は政策論でディベートをやろうとすら思ってない。
理由は橋下市長のやってることの正否をジャッジできないからだ。
だから対案があるワケでもない。
薬師院とかいうひとの気持ちはこうだろう。

「なにがなんだか解らないけどついてゆけないから怖いんです」と。


なぜ、こうしたひとが橋下市長の手法に「ついてゆけない」のか、
朝生をみてわかったことがあって、
ようは「ついてゆけない」のはビジネスモデルが理解できないということだろう。

ビジネス脳がないと、橋下市長の行動則はたぶん理解しにくいのではないのか。
ビジネスをやってる人間からすると、橋下市長のやってることは至ってふつーのことだ。

・カスタマーへフォーカスする。
・細部をつめないで前にすすめる。
・やりながら最適化する。
・手法に執着しない。
・状況は変化してあたりまえ。
・言ってることも変化してあたりまえ。
・やってることも変化してあたりまえ。
・目標達成の最短行動をえらぶ。
・ぜんぶをコンセンサスとる必要はない。
・決定してから手法をかんがえる。


こーんなのは、今を生き抜くうえであたりまえのことで、
薬師院やら香山やらはそういう脳みそをつかってないから判らない。
反対派はすべてのプロセスをボトムアップですすめないとついてゆけず、
コンセンサスに漏れがあると問題視する。
まさに日本が意見の集約ができず苦しんでいるのは、こうした過剰なコンセンサスで、
政治家だけでなく「市民レベルで決定させないひとたち」をみるいい機会になった。

彼らは、橋下市長へしきりに「思想」とか「信条」をたずねてたけど、これは意味がない。
橋下市長の政治では思想信条は重要じゃないからだ。興味もないかもしれない。
興味があるのはビジネスモデルの整合性だろう。

反対派は橋下市長の目標値の設定よりもプロセスがどうしても気になるらしく、
しきりに「言ったこととちがう!」と唱える。
ビジネス脳がない彼らは「先に決定がくる手法」についてゆけないのだ。

これは日本の現状そのものだなーとおもうのは、
あたらしいことを進めるときに担保として「過剰な保証」を要求することで、
みえないことや答えのないことに取り組むのが下手なのは、
個人レベルでもじぶんで答えをつくる作業に慣れてないからだ。
日本は正解をえらぶ教育から答えをつくる教育にシフトしないと、
世界でおきているゲームに参加できない。


*****


多くの反橋下の思い込みに反して、
政治とはもともと橋下市長が志向するようにビジネスモデルそのものだ。

国づくりの理念に燃えた明治政府も資金の調達と費用対効果で優先順位を決めた。
地方行政はとくに顕著で、たとえばかつて優秀な自治体では、
「株式会社神戸市」などと言われるようにコスト意識と収益モデルをもっている。
こういうと、公務員が金儲けに精を出すなんてとんでもない、
と言うひとが必ずでてくるけど、
弊害を気にして「やらない」のが今の日本のやる気のなさに繋がってるのではないか。

無害な社会なんてないということを日本は新興国から学んだほうがいいとおもう。
あまりにも高潔すぎて国際基準から外れている。
許容範囲をもたないと前に進む力が弱い。

薬師院やら香山リカやらの「ついてゆけないひと」は、
少数を切り捨てる勇気をもてないかわいそうなひとだ。
少数を切り捨てるというだけでおそらく「大問題」になるのだろう。
結果、多数の最適化がとれないことになっても、
それ自体にも不満をもつのでおんなじだ。

これが日本の縮図で、
「ついてゆけないひと」というのは「決定できないひと」のことだろう。
決定するための判断軸が多すぎて、しぼりこめないのだ。
だから、決定するひとが現れると、「保証」を要求する。
「保証」がないと前に進めない人間なんだ。
橋下市長があたらしいことを打ち出すだけで恐怖し、
安全かどうか担保をしろという彼らこそ「モンスター」にちがいない。

その許容範囲のひくいひとたちが、まいとし首相を交代させているのが日本だろう。
政治の問題は国民の問題ではないか。