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修羅の日記 (公開試運転中) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2013-12-14

続・金沢に新諸国鉄道を訪ねる【1】〜林鉄レイアウト

| 続・金沢に新諸国鉄道を訪ねる【1】〜林鉄レイアウトを含むブックマーク 続・金沢に新諸国鉄道を訪ねる【1】〜林鉄レイアウトのブックマークコメント

■「金沢のおいしい話」。後にも少し書きますが自分が鉄道模型に熱中した時代1969年ごろの鉄道模型趣味誌(TMS)には16番レイアウト「雲龍寺鉄道祖山線」の記事をはじめ金沢在住のモデラーが大活躍していた時代。Kさんとお話しする話題はどうしても「あの時代の話」になってしまいます。

■で、Nゲージ大レイアウト新諸国鉄道の台枠の下にひそかに置かれていたのがこれ

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■これに載っている「16番ナローレイアウト新諸国森林鉄道」じゃないですかー!!まだちゃんとあるのですよー。
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■中古で結構でているのですね。「ナローゲージモデリング」ひえー!6千円か!?

ナローゲージ・モデリング

ナローゲージ・モデリング



■600mm×900mmという小さなスペースにもかかわらず、大胆に切りこんで谷を作り、そこに異なるタイプの3つの「木曽谷」の木橋を架け、小さな車両が走る林鉄レイアウトのパイオニア。
金沢に今もあるのです。

■何せ40年以上も前に作られたレイアウト。年月を経て退色してしまっています。今でこそ植物などはパウダーやらファイバーやら材料がごまんと売っていますが、この頃は台所用のスポンジとか海藻とかタオルとか、そういう身近に手に入る材料で工夫していたものです。そういう目で見ていただくと、このレイアウトこそ「日本初かもしれない本格的な林鉄レイアウト」。

 
■じっと目を凝らせば、不思議な形のトラス橋!
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■そのトラス橋に触らせていただくと、中学生ぐらいにワープして次々に甦ってくる思い出。
■自分が鉄道模型に熱中していたのは1969年あたりの2、3年。その間に内部線に乗ってJ模型店に通い、S先生をはじめとする四日市の模型クラブの大人たちに交じってせい一杯背伸びしながら鉄道模型を楽しんでいました。
■そのころむさぼり読んだ鉄道模型趣味(TMS)。雲龍寺鉄道や対談の載った衝撃的な新年号のことは前にも書きました。
 ●TMS1月号を読む 〜 14歳が1969年に見たレイアウトの夢

■この年1969年は安保改定と日本万国博を翌年に控えて世情は騒然としたものだったけれど、TMS10月号には特別号で赤井哲朗氏の「小特集ナローゲージ」という今に至るナローゲージモデル・シーンにとって、とても重要なエポックとなる記事が出たり、鉄道模型界にとっては本当にすごい年でした。

■そんな年の8・9月号に連載された二井義雄さんの「木曽森林鉄道を行く」という記事は情報の少ない当時にあって衝撃的な印象を残しました。

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■記事の終わりごろに妙な形の木製のトラス橋がでてきます。記事ではもう雨も降ってきて川の水が増え対岸にも渡れず、やむを得ずその場を去り、つり橋を渡って濁川温泉に宿泊という「濁川線」の話でエピローグに続いています。「トワイライトゾーン」や「廃線跡の探索ブーム」なんてずっと後の話、話が刺激的で胸がどきどきしながら読んだものです。

■Kさんはやはりこの記事を読んで濁川線を訪れたことを書いています。

■濁川線は王滝村の滝越の手前、下黒沢から分岐する支線でヘアピンカーブで高度を稼ぎ、濁川に沿い御岳に向かって登っていきます。下はコピーしていただいたKさん直筆の入り口の略図。
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■というところで、遅くなり眠くなってきたので寝なきゃ続きはまた改めて。

くるまやくるまや 2013/12/15 08:42 S46夏、私も木曽谷に行きましたが「みやま号」で往復したのみ。乗車許可をとるのも朝早くから並んで・・・。濁川や助六に入るなどの知恵もありませんでした。

syura_muramasasyura_muramasa 2013/12/15 09:27 くるまやさんもあの頃を知っていらっしゃるおひとりですね。現役時代の木曽谷をあそこまで知っているだけでもすごいですよ。公開された写真などが今の模型資料に結びついているわけですから。 
同年代のくるまやさんや○太さんあたりとは違い僕はその頃は鉄道模型から離れギターに夢中になり高校生活を謳歌し、遊び呆けていましたから。75年前後もまたナローにとって揺籃期ともいえる大事な期間ですよね。自分はその辺が欠落しているので、時々、年下のUさんなんかに教えを請う始末です。濁川のトラスの話続きますが、ヘンなことを言ったり書いたりするのをお許しください。