Hatena::ブログ(Diary)

修羅の日記 (公開試運転中) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2014-10-26

北勢線クモハ277も三重交通カラーに ▽馬道駅

| 北勢線クモハ277も三重交通カラーに ▽馬道駅 - 修羅の日記 (公開試運転中) を含むブックマーク 北勢線クモハ277も三重交通カラーに ▽馬道駅 - 修羅の日記 (公開試運転中) のブックマークコメント

f:id:syura_muramasa:20141028131821j:image:w400

■昨年ブログで連接車が三重交通カラーになったと取り上げたところ、三岐鉄道大図鑑の南野さんよりすかさず「残りのクモハ277は検査時期の都合で今はまだ三岐カラーですが、来年秋頃には4輌すべて三重交通塗装になるようです。」とコメントをいただきました。
「北勢線に三重交通カラー現る」
http://d.hatena.ne.jp/syura_muramasa/20131101#p1

■やや後れを取りましたが、昨日、療養の帰りにパーキングスペースのある蓮花寺駅に車を置き、阿下喜行クモハ277をキャッチしました。
f:id:syura_muramasa:20141026145548j:image:w360

■この三重交通色、クリームとダークグリーンのトーンが絶妙で、コントラストで見せるというか上品な味わいがあり大好きです。模型屋の発想ですが路面電車に塗れば、即、伊勢の「神都線」になりますし・・。ただ切妻のクモハは「湘南電車にくっついた荷物電車」のような感じがしますねー。やはり湘南顔の方が数倍似合う。
f:id:syura_muramasa:20141026145549j:image:w360

■せっかく蓮花寺のホームに上がったので、そのまま西桑名行に乗車、馬道(うまみち)までいきます。
f:id:syura_muramasa:20141026145552j:image:w240

■もともと馬道駅自体が桑名の下町的雰囲気で狭い場所に建てられているので、西桑名方面ホームには駅舎がありません。切符の回収はワンマンの運転士さんが行っています。昔は踏切に寄り添うように、駅舎のある阿下喜方面に渡れるようにしつらえてあったようで、階段の跡が残っています。あっ!しまった。ミラーに冴えなく自分が映ってる(笑)
f:id:syura_muramasa:20141026150045j:image:w360

■馬道駅は馬の額ならぬネコの額のように崖や水路を避けて絶妙に駅舎が建てられ、模型よりも模型的というか、実物もかくありなんという鉄道模型レイアウトに好適なストラクチャーです。
f:id:syura_muramasa:20141026145550j:image:w360

■一部が改装により耐火ボードやサッシに交換されていますが、レールの骨組みでできた屋根、木製のベンチが残り、木製の窓も残っています。座ってみると明かりが入り、気持ちいいんだこれが・・!
f:id:syura_muramasa:20141026145551j:image:w360

■使い勝手が不便なところもありますが、どっちみち建て替えようとすると、建築法規で元のスペースはとれないだろうし、可愛い駅舎をこのまま残していただきたいと切に願うものです。

【追加】数日経ちましたが、東員イオンモールのポポンデッタ(隣のJohsinが鉄道模型扱っていてやや可哀想だがNゲージや塗料なら大体揃うので便利)で車間短縮カプラーとマグネマチックカプラー短(10月再販)を買いに行き、昼飯前に撮影。ここで撮るとやや印象が違う。かっこいい!ので大き目の一番上に持っていく。

南野哲志南野哲志 2014/10/26 20:46 クモハ277、10月10日に試運転を行って、運用復帰しております。
私も、時々取材に行っておりますよ!

syura_muramasasyura_muramasa 2014/10/26 21:14 北勢線、時々はウォッチしているのですが、南野さんのブログを読ませていただくまで気が付きませんでした。ありがとうございました。また別の場所でも撮影しようと思っています。

2014-04-24

「特殊」ではないナローゲージになじむ日

| 「特殊」ではないナローゲージになじむ日 - 修羅の日記 (公開試運転中) を含むブックマーク 「特殊」ではないナローゲージになじむ日 - 修羅の日記 (公開試運転中) のブックマークコメント

■なんと「霊柩電車」でTadさんやrailtruckさんと久々に盛り上がってから2か月近くたっているではないか。過去を分析するなら、ブログやツイッターに熱が入らない時はあまり体調もよくない時と相関関係がありますね。本当に療養生活が長くなってしまいました。

■「病気を苦にして・・」というニュースを聞くたびに家族やお友達の存在をありがたく思います。そして何より趣味というか、何かを考える時間があるということが、いかに有難いか。病気になってみて初めて知るものです。

■最近、内部・八王子線の話題とかが取り上げられるのでアンテナU氏が「特殊狭軌線」なることばがあちらこちらでさもナローゲージの日本語訳のように扱われることに警鐘を鳴らしています。

 ●軽便鉄模アンテナ「『特殊狭軌』は近鉄用語です。」
  http://d.hatena.ne.jp/keuka/20140420/1397965125

f:id:syura_muramasa:20140424212238j:image:w350

■画像「特殊狭軌線時代の北勢線」(笑)

■全くもって書かれている通りで「特殊」という用語は近鉄の中で機材A、機材Bという風に分類するようなもので、社外の人があまり使わないほうがよろしい。僕自身は「特殊」ということばの響きにはなにやら差別的な厭らしささえ覚えます。

■ただナローモデラー仲間では「俺らは特殊な日陰者・・」などと自虐的にtwitterに書いていますが、これは「俺がやっていうのは、誰もがやっている普通のものじゃないぜ!」という「自慢」のニュアンスも含まれていますから、決して額面通りに受け取ってはいけません(笑)。

■ということで、大体近鉄のゲージが1435ミリといっても、旧国鉄の1067ミリの車両より車体の幅が広いわけでもないし、新幹線のように世界の標準的な大きさの車体断面を持っているわけでもない。
軽便鉄道で採用されている762ミリ軌道があまり特殊とも思えませんな。

■ちなみに三岐鉄道は北勢線を「特殊狭軌線」などと表現していません。妥当だと思います。

f:id:syura_muramasa:20140424200237j:image:w350

■療養で温泉などを利用するようになってから毎日のように体重計に載るのですが、病気が進行していた時に65キロまで落ちたり、そのあとは体重が78キロくらいまで増えて、また御覧のように76.25という数字に戻りました。自分としては大体これくらいが「適当」な線なのですが、健康診断では、これでもメタボ判定なのですよねー病気が悪化した時に「標準」と言われたのには驚きます。やはりおかしい「メタボ」の基準。

■762をキープしたいところです。Twtterでは3フィート(914.4ミリ)に近づいている人もいるみたいですし、2フィート(610ミリ)あたりの人も、さすがに国鉄1067ミリはおらんやろー??ナロー仲間にさあ。

f:id:syura_muramasa:20140424200235j:image:w350

■再掲で特に意味ありませんが。きのう洗車してPMなんとかやら花粉やらディーゼル粉かブレーキ粉がたまりまくっていた愛車がピカピカになったので・・。3月31日に154円で満タンにしたガソリンは昨日は一気に163円に上がっていました。安ハイブリット車(「コスパの高い」とみんカラ仲間は表現しますが)は分相応です。)ただプリウスが近づいてくると、ついアクセルを踏んでモーターのトルクの違い を楽しめるのは相変わらず。ナンバー晒すので(プリウス以外の人は)見かけたら、くれぐれもあおらないでくださいね。

f:id:syura_muramasa:20140424200233j:image:w620

■今日は星川駅でこんなものを買ってきました。北勢線100周年記念切符、なかなか味なことをやります。御覧のように計ったら、ピッタリ横762ミリ、縦は100周年にちなんで100みりでした。390円。買ったはいいけれど、部屋の中では持て余し気味です、折り曲げたくないし。一緒に写っているノートは200円でした。これさあ、あの人のデザインのような気がしないでもないなあ。

 【中日新聞三重版】
  ●線路幅「ナローきっぷ」 北勢線100周年記念 
 

■中日新聞四日市支局のI記者。有難いことに、よく鉄道ネタを拾ってくれますねー。
仕事柄、昔はよく支局の記者の方とお付き合いがありましたが、先輩の方でもかなり鉄道ネタの好きな方がいらっしゃいましたよ。どうしているかなーあの人。


■新聞記事で紹介されていた桑名市中央図書館の「北勢線100周年コーナー」ものぞいてみました。ほとんどが地元の蒐集家の方のものだそうですが、小さいながらもうまくまとまっていました。昔の北勢線は女房の実家のある京町あたりまで伸びていたのだものねー。あの国道1号を堂々と横切ってね。たいしたものだよ。
写真撮影をお願いしてありがとうございました。こちらは残念ながら29日までです。

f:id:syura_muramasa:20140424200236j:image:w360

 【中日新聞三重版】
  ●懐かしの写真や切符 桑名で北勢線100周年展

■ということで、改めて言うまでもなく「ナローゲージの鉄道は地元の者にとっては決して『特殊』ではない身近な乗り物でございます。」(了)

2013-12-16

続・金沢に新諸国鉄道を訪ねる【2】〜濁川(にごりがわ)のトラス橋

| 続・金沢に新諸国鉄道を訪ねる【2】〜濁川(にごりがわ)のトラス橋 - 修羅の日記 (公開試運転中) を含むブックマーク 続・金沢に新諸国鉄道を訪ねる【2】〜濁川(にごりがわ)のトラス橋 - 修羅の日記 (公開試運転中) のブックマークコメント

■Kさんとの短い時間の会話の中で、とりあえず拾って残しておきたいと考えたのが模型のモデルとなった濁川の木製トラス橋の話です。

f:id:syura_muramasa:20131215000633j:image:w300:left■先のTMS(1969年9月255号)の記事のミステリアスな終わり方、宝物さがしのように思わせぶりな濁川線の桟道やトラス橋は今は消滅してありません。濁川温泉も無くなりました。それらを偲ぶ廃線跡探索もできません。

■なぜなら1984年の長野県西部地震で起きた「御岳崩れ」と呼ばれる山体崩壊によって濁川上流から下黒沢の王滝川あたりまで、すべてをのみこんで一気に大地が動き地形が一変したからです。

●長野県西部地震と山体崩壊 http://www5d.biglobe.ne.jp/~kabataf/picture_saigai/picture_saigai3.htm

■現在、王滝村中心部も被害を受け流れ込んだ大量の土砂を何年もかかり浚渫、それが松原公園となっていますが、中心部から滝越に至るところで、まるで湖(※上のリンク先の絵)のようになっているところがかつての「絶景だった下黒沢(※)」のなれの果てです。

※とても印象的だったNHK新日本紀行「木曽森林鉄道」のオープニング画像も下黒沢から濁川線を歩き高くなった所から俯瞰で列車を撮影しています。もっともKさんによれば後年は木が育ってああいう画は撮影できなかったとか。

f:id:syura_muramasa:20131216193945j:image:w200:left■Kさんが今も記憶に強く残っているのは、一つは助六谷に至る鯎(うぐい)川線の180度ターンの樽が沢、こわごわ渡った中の沢橋など下を観ると怖いほどのダイナミックなシーンですが、もう一つに先のTMSで木曽行きのきっかけとなった濁川線を挙げておられます。

■昭和44年の時点ではTMSにも写真がある吊り橋が落ちたりして濁川温泉や木橋のある濁川線上部へのアクセスは王滝川沿いから林道を使いアクセスしていたと聞きました。

■左の写真は林道からの俯瞰。林道は谷筋より高い位置にあり、この斜面を下りて川原へアクセスします。

■この川の名は濁川と「伝上川」。御岳から流れる水は強い酸性でイワナなどが住まない川だったらしい。写真にはトラス橋や河原を走る桟道が見えます。それにしても想像するに、かなりの急斜面。道なんかありませんから降りるポイントを探すのすら難しかったのではないかと思われます。

■河原から
f:id:syura_muramasa:20131216193943j:image:w360

■濁川橋
f:id:syura_muramasa:20131216213651j:image:w360

■伝上川橋(昭和44年)
f:id:syura_muramasa:20131216193955j:image:w360

■このトラス組みも林鉄によくある、現場職人の知恵で施工されているのではないかと想像するわけですが、Kさんによれば「自分も理科系なので容易にわかるが、トラスの交差角は90°、それに桁についてはトラスが支える真ん中部分と両端部分の寸法は三等分されている。それから外れると力学的におかしいことになる。」ということですので模型を作る場合はヘンな形にならないように注意が必要かもしれません。桁の三等分は先の中の沢橋のモデルでも上が無いだけで同様の力学的原理だそうですので、これからおつくりになる際には、せいぜい気をつけましょう!

f:id:syura_muramasa:20131216193944j:image:w200:left■板を踏み抜いてしまいそうな桟道。山筋に沿ってカーブしながら遥か向こうには山並みが、こういうシーンにぐっときてします。山が急に迫っていたり、岩が切り立ったりして、やむなく避けているところに臨機応変にこういう桟道を河原に組んで配置、対応したのでしょうね。

■Kさんは先に書きましたように8ミリも持参しているので、できるだけ軽いカメラを持って行ったそうで、白黒やカラーのリバーサルフィルムを枚数が稼げるハーフサイズカメラに詰めて撮影することが多かったそうです。20回の木曽行きで得られた白川線や鯎(うぐい)川線などの写真は非常に貴重なもので、ネコ社「木曽谷の森林鉄道」の改定の際にも提供されています。

■カラー写真があるのは模型を作る際のイメージづくりには、とても役立ちます。「木曽谷」の本の酒井の5t機関車が樽が沢橋をわたるカラー写真には気持ちが高ぶりますよねー!今はデジタル技術によるカラーの補正でとてもきれいです。

■プロラボではないので大したことできませんが桟道の色合いも寒い冬の廃線跡のわびしさが伝わってきます。

木曽谷の森林鉄道

木曽谷の森林鉄道



■最後にKさんも撮影の際に宿泊したという野趣あふれる温泉。ランプの宿として人気が高かった濁川温泉も山体崩壊で流されてしまいました。今もそれを惜しむ記事がネット上に散見されます。これらを見れば見るほど一度、湯に身体をつけてみたかったと思い、かつての情景を偲び、この稿を終わります。

 ●失われた秘境『濁川温泉』 http://www2.ocn.ne.jp/~nhata/picture2.html
 ●信泉会 濁川温泉の旅 http://www.dynax.co.jp/sinsen/ssk/report/ssk_82f.html
 ●Uncle-Fukuさん「濁川温泉」http://unclefuku.web.fc2.com/unclefuku/rails/kiso/nigoidx1.htm

2013-12-07

金沢に新諸国鉄道を訪ねる

| 金沢に新諸国鉄道を訪ねる - 修羅の日記 (公開試運転中) を含むブックマーク 金沢に新諸国鉄道を訪ねる - 修羅の日記 (公開試運転中) のブックマークコメント

■先日、金沢にいる娘がメールで「『Clubism』というタウン誌の「金沢のすごい人事典」という特集記事にお友達がでているよ。」と知らせてくれました。鉄道模型の世界では大先輩の「Kさん」(※あえてこう表現させていただきます)に対して「お友達」とは甚だ失礼ですが、木曽森林鉄道を撮影された8ミリのマスターに近いビデオを先日お借りして、返却を娘に頼んだので、Kさんのお店の写真で鉄分ゼロの娘も記事に気付いたようです。私としてはKさんみたいなお方とお知り合いで娘には「鼻高々!」。

f:id:syura_muramasa:20131207205108j:image:w250:leftf:id:syura_muramasa:20131207205107j:image:w250

●金沢の情報なら金沢倶楽部 Clubism 11月号   http://www.k-club.co.jp/clubism/bk.html

■「Clubism」、就活セミナーで帰ってくるついでに買ってきてくれました。枚数は少ないのですが金沢の趣味の有名人は他の分野でもレベルが高い。Kさんがバリっとその一翼を拡げているのは嬉しい限りです。ついでに「石川グルメ決定版」は接収されました。

■Kさんと時折お手紙を交わすようになったきっかけは、2002年ごろにナローゲージ・ジャンクション(NGJ)会報誌に掲載してもらった「北勢軽便王国物語」に感想のお便りをいただいてからです。その後も何かモジュールを作ったりするたびに写真をやりとりしたり、電子メールはほとんど使ってないので、自分としては多く手紙をやりとりしたお一人かもしれません。

■昔、サイパンのコッペルが北勢鉄道のものではないかという話を現地できいたと資料をKさんから送っていただいたのですが、Kさんの全く預かり知らぬところで、この話が自分のせいで地元で予期せぬ騒動を巻き起こすとは!このドタバタ話はさらなる騒動につながる危険性から沈黙して塩漬けにしてますが、いずれ記事にして皆に笑ってもらうつもり。

■Kさんといえば、雑誌TMS(鉄道模型趣味)を読んでいるみなさんには、わざわざ紹介する必要の無い有名なモデラーであると同時に、若い頃にあちらこちらの軽便を記録し木曽の濁川や助六谷などの最奥部へ何度も足を踏み入れたことでも知られています。

■下の娘は偶然にも金沢の大学に進学することになりましたが、同じ時期に残念ながら自分は病気で動けない状態に。手紙で娘のことをお知らせすると、とても喜んでいただいたのが昨日のことのよう。
■「早く良くなるように」と元気づけに何度もいただいた木曽の写真のコピーなどを見ながら、ベットの上で感謝の気持ちで一杯になり涙を流していました。

■前置きが長くなりましたが、ついに金沢はKさんちへ行ったぞ!

f:id:syura_muramasa:20131207220520j:image:w200:left■2時間半くらいの訪問でしたが、何年間もの思いを何からどのようにKさんと話をして良いのか解らす、あっという間に家族と約束している夕食の時刻が来て、後ろ髪をひかれながらお別れしました。
 結局、とりとめのないお話の中で、何をどのようにブログに落したらよいか、まとめるのが難しいし、書いてはいいのかまずいのかの判断がつきかねるお話もあります。概して、そういう話ほど面白いのが世の常だけれど・・(笑)

■お話、当然のことながら飽きなかったですね。何度も書きますが「面白かった!」。ともかく屋根裏に展開する個人としては日本最大級のサイズのNゲージ・レイアウト「新諸国鉄道」のことから。

いざ階段へ!


■何度もTMSコンペで入賞しているNゲージの大レイアウト新諸国鉄道は着工が昭和50年。その3年前の昭和47年秋からプランを考え始めたというから40年の歳月を経ています。そして、まだ空いたスペースを残して未完成です。「レイアウトも私も40歳」と社主であるKさんは微笑みかける。これ「まだまだ若いもんには負けん、作るぞ!」と解釈!
f:id:syura_muramasa:20131207220518j:image:w360


■長い間、恋い焦がれた鉄道を初めて訪ねて興奮しているので、シーンに見とれてカメラを構えていると、あらかじめ「気をつけて」と注意されていたのに、夢中になり二度も梁に頭をぶつけてしまいました。
f:id:syura_muramasa:20131207220519j:image:w360

■こういう「小技」もあちらこちらに。
f:id:syura_muramasa:20131207221307j:image:w360

■残ったスペースとコンペの入賞の楯が並ぶ。格好いい!
f:id:syura_muramasa:20131207221709j:image:w360


■TMS(鉄道模型趣味)の記事をお読みの方はおわかりでしょうが、Nゲージレイアウトで実際、走行している列車も「雷鳥」とか「しらさぎ」とか北陸の長編成の列車。ところがシーナリーは木曽谷の森林鉄道のナローゲージ・シーン。1/150になった分、さらにボリュームが増えマッシブな岩山や谷になり、雄大な景色が実現した。という点が大きなポイントであり魅力と感じましたが・・。

■助六谷に至る鯎(うぐい)川線の「樽ヶ沢橋梁」「八丁暗がり」180°ターンをそれらしく写真に収めてみた。
f:id:syura_muramasa:20131207215657j:image:w360

f:id:syura_muramasa:20131207215656j:image:w360

■「中之澤橋梁」だってある。
f:id:syura_muramasa:20131207220000j:image:w360

■木曽のシーナリーを、ナローゲージ・レイアウトではなく、なぜにNゲージ・レイアウトにという疑問が湧きますが、古くからのTMS読者ならば「9mmナロー」と呼ばれていた時代の林鉄レイアウトの嚆矢もまたKさんの手になるものだったことを想い起されるでしょう。

f:id:syura_muramasa:20131207221308j:image:w360:left■木曽谷を飛び越えて、まるでコロラドの天空に届きそうな鉄道の幻影の中を、何らの不自然さも無くNゲージの長編成列車が駆け抜ける。
 サイズの大きいリアル・シーナリーに傾く最近のNゲージ・シーンもすごいけれども、この模型世界は紛れもな「Kさんが見てきた、乗ってきた体験と想像力」が生み出したものと感じることができるのである。

■それとKATOやTOMIXのNゲージの車両は、憎たらしいほど快調に走る。

■今は多少改善されているがナローの車両を快調に走らせる調整には、それなりの技量が必要である。自作品やキット組立品に至っては何をかいわんやである。このシーナリーとNゲージ車両の組み合わせは、ある意味「選択的・合理的」かもしれません。

■基本的にポイントにマシンをつけていないのもトラブルを避けて、長く楽しめる理由のひとつになっている。電気的トラブルに悩まされ動かすことができなくなったうちのレイアウトとは大違いである。

■このNゲージのカタルシスを感じると「ナローの模型をほっぽり出して、もう一回Nゲージやろうか!」とアブない誘惑に付き纏われた。

■Kさんが映像に収めてきたもの、それは無くなる直前のあちらこちらの軽便鉄道、台湾の阿里山・・、中でも木曽谷へは20回以上足を運んで撮影行。圧倒的なカラー写真の枚数は最近改訂された西さんの「木曽谷の森林鉄道」(※下)のページをめくったことのある人ならお解りでしょう。

そこいらへんの「おいしい話」はまたの機会に稿を改めて。

木曽谷の森林鉄道

木曽谷の森林鉄道

TadTad 2013/12/07 23:21 私も一度だけお邪魔してレイアウトを拝見してます。頭はぶつけてない記憶がありますが。
修羅さんと同じように長い時間じゃなかったですし,お話もアレコレ,あっちに飛んだりこっちにいったりしましたが,やはりa couple of hoursじゃモデラーの会話はいくら何でも無理ですね。
新幹線が開通したら気軽に伺えそうですが,その時間が取れるかどうか…。

ヴィデオは私も持ってます。木曽だけでなく神岡の茂住鉱だとかその他諸々があってすごかったですね。Kさんの情熱と行動力にはただただ頭が下がります。
確かこのヴィデオ,VHSのを何本かお送りいただいて,初期の頃のNGJで希望者に差し上げたことがありました。今でも皆さんお持ちでしょうか…。
ウチじゃVHSは14吋のテレヴィデオってのでしか見られない環境になってしまったので,DVDに落としておくのがいいと思っているんですが,どうすりゃいいのか判らずそのままです。やっておけばパソコンでも見られますからネェ。

syura_muramasasyura_muramasa 2013/12/07 23:57 Tadさんからコメントがすかさず飛んでくるとは、全く予期せぬ出来事(笑)
ビデオの件は、Tadさん経由でからいただいたものをKMCのみなさんの参考にしていただくのに貸出しを予定していたのですが、ある方が資料ごと持ち去って退会してしまったのと、デジタル化するためにKさんにマスターから起こしたものを改めて送っていただきました。なんとかしましょう!

2013-10-03

犀川のKATO WORKS(加藤製作所7トン機関車)

| 犀川のKATO WORKS(加藤製作所7トン機関車) - 修羅の日記 (公開試運転中) を含むブックマーク 犀川のKATO WORKS(加藤製作所7トン機関車) - 修羅の日記 (公開試運転中) のブックマークコメント

f:id:syura_muramasa:20131003204010j:image:w300:left■じゃじゃ、じゃーーん。ここも桜の名所で有名なんですが、「墨俣の一夜城」です。どうみても一夜できるようなシロモノではありません、史実と大幅に違い、唖然とするぐらい立派なお城です。手前のお堀が犀川(「さいかわ」と濁らない)。

■ややこしいことに犀川(さいがわ)は石川県金沢市の真ん中を流れ、長野県松本市にも、果ては秋田県にも存在するらしい。おかげでカーナビに犀川と入力して所要時間4時間とか頭がクラクラするようなことになった。
 この川は岐阜県の犀川でここで長良川に合流する。で、谷汲まで走った時のように、愛車フィットは大型トレーラーに挟まれながら恐怖の堤防「高速」を走ることになった。



f:id:syura_muramasa:20131003204009j:image:w300:left■この合流点のポンプ場の敷地内に「KATOとおナベ2両」がいることも「海津の4トン機関車」と同様にNAROさんのページで知った。前は岐阜市の長良川の別のポンプ場で展示されていたのだが、驚くべきことに10年前の長者丸さんはここにも遠征して撮影している。海津の4トンの記事とともにお二人に敬意を表してHPを再度リンクしておきます。

●海津の加藤4トン・ディーゼル機関車
 http://d.hatena.ne.jp/syura_muramasa/20130628

 
●NAROのホームページ「建設省長良川第1出張所(撮影当時) KATO WORKS DL」
 http://homepage1.nifty.com/naro/truck/nagaragawadl.htm 


●長者丸作業部「加藤がいたんですよ加藤が」 http://www.chojamaru.com/under36/kato.html


■この機関車は国有施設敷地の中にある「国有財産たる展示品」、まず事務所の方にご挨拶して撮影許可をいただいてから写真を撮った。模型作りのため(いつ、つくるんじゃ!ボカッ!!)ですから、いろいろな角度の画像を何枚か貼っておきます。H社長のところから7トンがでているし、今度は小ぶりの「加藤」もでてくることだしネ。

f:id:syura_muramasa:20131003205200j:image:w200:leftf:id:syura_muramasa:20131003205159j:image:w200

f:id:syura_muramasa:20131003205158j:image:w250:leftf:id:syura_muramasa:20131003205157j:image:w250

f:id:syura_muramasa:20131003205156j:image:w250:leftf:id:syura_muramasa:20131003205155j:image:w250

f:id:syura_muramasa:20131003205154j:image:w250:leftf:id:syura_muramasa:20131003205153j:image:w250

f:id:syura_muramasa:20131003205140j:image:w250:leftf:id:syura_muramasa:20131003210253j:image:w180

f:id:syura_muramasa:20131003210407j:image:w300:left■状況は御覧の通り、露天なので錆びるに任せている感じです。長者丸さんの写真と比べると経年変化が良く解る。近くに「ヂーゼル機関車」って案内看板があるのですが、ほとんど読めないっす。解読できたところだけ上げておきます。(注)句読点もそのままです。

ヂーゼル機関車
**工事における機関車運転の歴史は古く、当所では大正9年よりスチーム機関車で**しましたが居住性、取扱性の簡便さ等において、ヂーゼル機関車が登場し昭和27年〜30年頃では新鋭の花形***として活躍しその数20数台を数えたが時代の機動性に富んだダンプトラックにその**を渡しその姿を消したのです、
この機関車は昭和32年10月蟆弾製作所にて製作され、関東地方建設局利根川上流工事事務所で昭和44年まで護岸工事に使用されていたしたのを利根川上流工事事務所の好意で
この度当事務所に移管されたものであります。

仕様
型 式 P 型 / 走行速度 4段67.24km
自 重 7 ton / **定格出力 94PS1400RPM
軌 間 610.24粍 /
全 長 3855 mm / ブレーキ 手動
全 巾 1454 mm / 車輪直径 61.0 mm
全 高 2235 mm / 駆動装置 チェーン
けん引力 1750mm / セルモータ 24V,7PS


■ナベトロは元々が頑丈なのか、ほとんど使用された感じがなく比較的綺麗な状態です。これも数枚。ナベトロのメーカーは知りません。仕様とか基準はあるのだろうけれどナベもちょっとづつ形が違いますね。詳しい方のご教示を。

f:id:syura_muramasa:20131003211237j:image:w250:leftf:id:syura_muramasa:20131003211241j:image:w250

f:id:syura_muramasa:20131003211239j:image:w250:leftf:id:syura_muramasa:20131003211238j:image:w250

■実をいうと、こういう産業用のL字型した内燃機関車って、昔は情けない感じがして正直好きではなかった。例えとしては、黒石はややメジャーじゃないロックやフュージョンだとすると、「かぐや姫」か「風」のAマイナー系フォークのような・・ファンの人ごめんなさい。でも今はモデルとなった舶来品のプリムスと国産品の酒井と加藤の味の違いが明確にわかるようになった。

■また脱線・・。まあ強いて結び付ければ、こういう小さな産業用機関車独特の設計の味を感じて模型化して欲しいということです。個人的には、もう一度、ヴァリエーション豊富な林鉄酒井の味も食べてみたいということで。「いつ食べたい?」「いまですよ」。じゃ。

2013-06-28

海津の加藤4トン・ディーゼル機関車

| 海津の加藤4トン・ディーゼル機関車 - 修羅の日記 (公開試運転中) を含むブックマーク 海津の加藤4トン・ディーゼル機関車 - 修羅の日記 (公開試運転中) のブックマークコメント

f:id:syura_muramasa:20130628071707j:image:w300:leftf:id:syura_muramasa:20130628072807j:image:w300

■家から近いところにあるにもかかわらず、前から行く機会が無いままのものがたくさんあります。その一つ三重・愛知と県境を接した岐阜県海津市に保存されている加藤製作所4t機関車を訪ねました。

■この地域は木曽・長良・揖斐の木曽三川がつくる輪中地帯の一部で、隣の桑名市長島にも、同様の輪中での生活や治水を紹介した博物館がありますが、機関車がある海津市歴史民俗資料館は、御覧のように、まるでお城と見まがうような立派な施設。入口にはこれまた立派な排水ポンプが鎮座。荏原製作所製、駆動するモーターには明電舎と刻んである。

■資料館の裏手には簡易な船着き場が作られ、そこから上流を望むといかにも水郷という雰囲気。お天気が良かったせいか、果てしなく平らに拡がる水田地帯が・・ぜひ大きいサイズで見てください。

f:id:syura_muramasa:20130628073057j:image:w360:left■件の加藤くんはポンプと資料館の間に2両の土運車を牽いてひっそりと・・・。

■この「加藤」は移設前に「トワイライト・ゾーン」などで、有名なお千代保稲荷(ちょぼ・いなり)神社近くの資材置き場にあることが取りあげられましたが、長者丸さんところにも画像がばっちり。

長者丸作業部「加藤がいたんですよ加藤が」
http://www.chojamaru.com/under36/kato.html

■また岐阜県在住でパソコン通信の時代からNiftyをやっていて、早い時期からホームページを持っていたNAROさんという方からメールで教えていただいたことがあります。久しぶりにチェックしたらありました!1992年のこの機関車の姿。NAROさんが、このページをちゃんと残してあったことに感激。

NAROのホームページ 平田の干拓用DL(1992)
http://homepage1.nifty.com/naro/truck/sansendl.htm

■編集長敬白 アーカイブにも、移設前後の画像が。

編集長敬白 2007年3月29日「岐阜の「加藤くん」と15年ぶりの再会。」 
http://rail.hobidas.com/blog/natori09/archives/2007/03/post-496.html

f:id:syura_muramasa:20130628073053j:image:w360:left■この機関車を建設機械として、所有していたのは岐阜県農政部開拓課(当時の組織)で、輪中地域独特の低湿地に作られた堀田(これも資料館に実物が再現されている)の土地改良事業で、高須輪中北部の畑の土砂を軌道によって運搬するために使われたものだそうです。
 この工事用軌道で使用されたディーゼル機関車のうち2両が工事終了後に平田町の三川工業が預かる形で長らく保管され、その時期にNAROさんや長者丸さんらにキャッチされたものですね。

■あと1両はどこに消えたのか?はわかりませんが1両は歴史民俗資料館で保存という形。最近、塗り替えられたばかりのよう。トロッコも上回りを新造した(?)みたいで綺麗になっています。残念ながらガラスは白濁して運転席がどうなっているのか見えません。キャブ扉には南京錠で鍵がかかっています

■この機関車と向き合った時の印象は、極めて小柄な機関車ということです。軌道の幅も狭い!508mm(20インチ)です。輪中の干拓には610mm(24インチ=2フィート)も多く使われたそうですが、まるで遊園地の乗り物並みに狭い。自分自身は508ミリ軌間の機関車は初めて遭遇しました。

■パネルに書いてあったデータを示しておきます。

【加藤ディーゼル機関車】
運転整備重量:4トン、全長:3m10僉∩管:1m34僉∩換:2m16
軌間:508mm〜610mm(?)、走行速度 毎時18辧引張トン数:20〜40トン
最大馬力 70馬力、変速機形式1−M、エンジン いすずDA220
製造年月 昭和34年(1959)12月、製造会社 蟆弾製作所


■機関車が木漏れ日の中、ひっそり2両のトロッコを牽く後ろ姿はなんとも可愛いのだが、同時に哀愁を感じるのは自分だけかな?

■写真を適当に並べておきます。加藤製作所の機関車で酒井製のように正面がゴム2枚窓というのが、またいい味ですね。HOスケールだと、どえらい小さいサイズになりそうですが、可愛くOナローにアレンジしたキットが欲しいですなあ。

f:id:syura_muramasa:20130628073056j:image:w200:leftf:id:syura_muramasa:20130628085721j:image:w200

f:id:syura_muramasa:20130628073055j:image:w200:leftf:id:syura_muramasa:20130628073048j:image:w200

f:id:syura_muramasa:20130628073054j:image:w200:leftf:id:syura_muramasa:20130628073049j:image:w200

f:id:syura_muramasa:20130628091534j:image:w200:leftf:id:syura_muramasa:20130628091535j:image:w200

f:id:syura_muramasa:20130630135544j:image:w200:leftf:id:syura_muramasa:20130630135545j:image:w200

f:id:syura_muramasa:20130628085759j:image:w200:leftf:id:syura_muramasa:20130628073052j:image:w200


f:id:syura_muramasa:20130628082554j:image:w300:left■近くには海津温泉という立派な施設があり、立ち寄ってひと風呂浴びました。長島温泉もそうですが、このあたりは割に豊富に温泉もでるのですね。ただ温度は低めですがナトリウム泉で塩辛い。海津温泉は鉄分が多いのか、やや茶色く濁っています。いや浸みますよ、結構。背中の痛みにも少しは効きそう、

2013-06-26

車番と10年前の今頃

| 車番と10年前の今頃 - 修羅の日記 (公開試運転中) を含むブックマーク 車番と10年前の今頃 - 修羅の日記 (公開試運転中) のブックマークコメント

f:id:syura_muramasa:20130626182413j:image:w300:left■ついにやってしまいました。今度、車を替える時は、希望ナンバーを取得しようと、前々から考えてはいたのですが、762番にしちゃいました。ナローゲージ・モデラーで車番を「762」にしている人は他にもいるようですが、木曽モジュールのお仲間Y氏の昔のミニバンも「762号」でした。

■候補に挙げていたのが、この「762」と「610」「914」「1067」。常に「12个16番か」と議論を呼ぶ(?)「1067」はまず除外。「通ごのみ」の番号である「610」にしようかとも思いましたが、2フィートの模型はSnのポーター亀の子(バックウッズSn3のキットをMくんに改軌組立してもらったもの)、前にブログでも取りあげたOn2のギルピン・ゴールド・トラムのシェイ以外ないし、そう熱心な「乙信者」でもない。さらに下のページで車番をチェックすると語呂合わせで「武藤さんですか?」と訊かれそうな・・

「ナンバープレートde語呂合わせ」 http://www.asahi-net.or.jp/~iu8y-tti/
(これを読むと「1067」には「通るな」との語呂合わせがあり大笑い!)

■本来は自分らしいナンバーはコロラドの3フィートで「914」とすべきかもしれませんが、ミリなんて「メーター法」の世界ではなくフィートとインチ、あるいはマイルとチェーンの世界。914なんてピンとこない数字です。
■それでも「解るやつには解る!」を貫くべきだったかもしれませんし、黒石好きの皆様方から「裏切り者!」との声が背中に飛びそうで、迎合の誹りを免れませんが、結局「762」に。

■なお嫁には「なんで762なの?」と聞かれたら、「いや、たまたま、このナンバーに・・」と答えトラブル回避することにしておりますので・・その点よろしく。

f:id:syura_muramasa:20130626182750j:image:w300:left■身体の調子のせいで、ほとんど寝たきりで車の運転もできない時期もあり、前のステップワゴンには何カ月も乗っていなくて、動かしたい時にバッテリーあがりで何度もディーラーの世話になったり、動いていないのにバッテリーを交換したり・・。
■遠出はまだないのですが、このブログを書き始めたころから、時々は車で出かけたりするようになり、2世代前のステップワゴンでも十分古い感じはしないのですが、車検を機にダウン・サイジングしてフィット・シャトルに買替えを決断。また「ホンダ?」と嫁から言われながら、Accord→HR-V→STEPWGN→Fit と4代乗り継ぐことになります。

■最近は、レイアウト・モジュールを運搬したりと「荷物ぐるま」にこだわってきましたが、ステップワゴンが便利だったのは、娘の通学自転車をひょいと載せて運ぶことができたことで、7人乗ったのはそれこそ吹奏楽部員の送迎で数回。その役目も無くなり、後ろを振り返ると空気を運んでいる感覚がしました。

■少々小さくても、趣味を考えると荷物スペースは欲しいし、時々は草刈り機(「エンジン付き刈払機」)も載せなくてはいけないのでシャトルになりました。

■納車されたばかりで、長時間乗っていませんが、ワゴンと比べると運転位置が低くて、フロントガラスが頭上に被さる感じで予想以上に圧迫感を感じたり、ハイブリッド車のアイドリング・ストップとエアコンの微妙な動きに「おいおい!」って戸惑っていますが、慣れるしかありません。それよりも挙動は割に安定していてハンドルのフィーリングは悪くない感じなのは嬉しい限り。

■乗ってきた車で印象的なのは、FRでアクセルワークで姿勢を制御するのが面白かったターボチャージャー付きの日産シルビア(何代目かわからんがリトラクタブルライトが着いた奴)ですが、若気の至りで何度も怖い目にも遭い、その意味で最も「印象的」。

■模型がらみで想い出深いのは何といっても9年近く乗った「HR-V」です。フィットのシャーシにぐっと高くしたボディは高速のカーブでの挙動が不安定で、中央高速では何度も「おっとっと!」と思ったことがありましたけれども、それ以外はとても面白い、愛すべき車で、もう一度乗りたい車ベスト1です。

■このHR-Vでよく木曽路へナロー好きのみなさんをお連れしました。朝早い新幹線で東京を出ていただいたり、狭い車内にみなさんを詰め込み木曽の悪路をぶっ飛ばし、今も誠に申し訳ない感じがしますが、運転していた自分は爽快な気分ばかりです。

f:id:syura_muramasa:20130626182410j:image:w300:leftf:id:syura_muramasa:20130626182412j:image:w180

■それと初めて作った日向淵の木曽モジュールを上のように積んで出かけました。ちょうど10年前、2003年の7月12日、木曽モジュール倶楽部の接合会の前日です。鬼淵の鉄橋の試作を並行しながら、フィニッシュワークをしていた時期。出かける前の週には破損しやすいモジュールの運搬箱を慌てて作っていました。

■この日が終わるころ、眠れないままハンドルを握り、夜中の東名高速を一路東京へ・・。目指すはご一緒するAさんのおうちのある昭島市!まるで昨日のことのようです。

【追記】TwitterのUさんの投稿で「HRV」ではなく「HR-V」と気づきました。コンセプト「Jet Feel Hi-Rider!」懐かしいなあ。アコードの買い替えを検討した1998年にホンダ・ベルノ店(当時)の店先で発売されたばかりのHR-Vを見て一目ぼれ、カタログもアクセサリーも「遊び心」一杯の明確なコンセプトが素晴らしかった。こういう車はその後見ていない。正直,HR-Vと比べればフィット・シャトルはだせー!!退職してフリーになったからこそ、落ち着いてセダンじゃなくてHR-Vみたいな車が似合う、いきいきとした生活をしたいと願う。
 HR-Vはショーに登場するコンセプトモデル(Hi-RIDER)とほぼ同じ形で世に出てきた異端児、それゆえにメッセージが明確だったよう、そういう車をまた作ってくださいな。でもフィット・シャトル買っちまったし・・。

f:id:syura_muramasa:20130627002816j:image:w300