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恐妻家の献立表 このページをアンテナに追加

2017-10-20

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カレー(前日のスープの残りにカレールー投入)、白菜と豆腐の鍋(鶏手羽と椎茸で出汁)。

[]院内感染

認知症で入院していた父が肺炎にかかり、半年間の闘病の末にこの七月に亡くなった。

ささやかな葬儀をなんとかすますこともできて、ホッと一息ついたのもつかの間、今度は老母が倒れて入院。リハビリも順調にすませていよいよ明日は退院、これで昨年の十一月ごろから続いていた老親介護の狂想曲にいったんは休止符が打てるものと期待していたのだが、とんでもない報せが入った。

今日になって、老母と同じ病室に入院していた人が結核発症していたことが判明。明日、母も検査を受けることになったという。これって院内感染の疑いということだよね。

そう言えば隣のベッドの人がしょっちゅう咳をしていたのは気になっていた。医師看護師もあれほどいて、呼吸器科の病棟でもないのに咳の止まらない患者を一か月近くも放置していたのか。それでも総合病院か。大学病院か。

無事であることを祈るほかないが、万一のことがあったら、どうしてくれよう。いくら結核に効くよい薬があるといっても、母は87歳の高齢である。風邪をひいただけで、肺炎から多臓器不全というコースをたどることは老父の闘病と死を間近で見てきたからよくわかる。何より、高齢者が肺炎になったら、もうお歳ですからあきらめてくださいと言わんばかりの態度を医師がとることもよく知っている。

今度はもうだまされないぞ。承諾書だの同意書だのにはサインしない。ただただ病気を治してくれと申し入れる。

検査結果がシロだったら、もちろんダッシュで退院させる。

明日が勝負だ。

2017-09-18

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カブとレンズ豆トマトスープ、スパゲッティ・ミートソース、ベーコンと蕪の葉の炒め物。

私は台風に備えて実家の戸締りと、入院中の母の見舞い(着替えの交換)のため帰りが遅くなったので、妻が作ってくれた。

[] キカイダー REBOOT

レンタルDVDで視聴。SF映画というよりアクション映画だった。

プロフェッサー・ギル役は、てっきり石橋蓮司本田博太郎かと思っていたら、鶴見辰吾だったが、この映画の設定にはぴったりだった。石橋や本田だと怖すぎてキカイダーが勝てそうにない。

光明寺博士役の長嶋一茂がいい味を出していた。

鶴見と長島の「博士役」での起用は、彼らを同世代の若手タレントとして記憶している私にとっては意外だったが、考えてみれば私たちの世代も中高年、初老といってもよい年齢になったわけだ。

アンドロイドのマリ役の高橋メアリージュンも、もう一人のヒロインとしてよい味を出していた。

ひるがえって本来のヒロインであるミツコさんは、ジローに対してちょっとかたくな過ぎるのではないかと最初は感じたのだが、思い起こせばミツコさんとはそういうキャラクターだった。佐津川愛美が好演。同じ理由でジロー役の入江甚儀の無表情ぶりも見事。

というわけで配役や演技には文句は無いのだが、ただ一つ不満だったのはビジンダーが出なかったこと。

あっ、高橋メアリージュンの演じたマリがそれか!

2017-08-31

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回鍋肉風炒め物、オクラベーコン、胡瓜とわさび漬けの和え物。

野菜の値段が上がって困る。

[]中村雄二郎氏死去

新聞によれば、哲学者中村雄二郎氏が亡くなったそうだ。

今朝の新聞の記事は簡単なものだったから、いちいち抜き書きはしない。やがて詳細な追悼記事が出るだろう。

私が中村雄二郎氏の著作を読むようになったのは、高校生の頃、中公新書から出ていた『哲学入門』を手にしてからだった。演劇と哲学を結び付けるアイデアの面白さに夢中になり、『言葉・人間・ドラマ』や『チェーホフの世界』などを古本屋で探し出し、その後は中村氏の新刊が出るたびに追いかけるようにして読んだ時期があった。

中村氏の盟友・山口昌男氏との対談本や、折々に『現代思想』誌などに掲載された対談や座談も面白く読んだ記憶がある。大学生の頃は、中村氏の受け売り友達の前で吹聴する軽薄なこともした(もちろん軽薄なのは私の方である)。

やがて、期待が大きすぎたためか、『魔女ランダ考』に煮え切らぬ印象を持ち、『悪の哲学ノート』あたりから氏の著作を追いかけるのをやめた。もっとも、それも軽薄な若者の無自覚な傲慢のなせるわざであって、今読み返せば違う印象をいだくかもしれない。

中村氏本人もどこかで書いていたはずだが、敗戦直後の獄死によって中断された三木清『構想力の論理』のプログラムを継承したのが中村哲学の特徴だったとは言えるだろう。

2017-08-16

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餃子、牛肉とピーマンの炒め物、ニンジンサラダ。

[] Web評論誌『コーラ』32号のご案内

駄文を寄稿させていただいているWeb評論誌『コーラ』32号が発刊された。

私の〈心霊現象の解釈学〉は、ここのところ旧稿のつぎはぎが続いていたので、今度こそ旧著『怪談の解釈学』で踏み込めなかった領域へと議論を進めようと、岡本綺堂「父の怪談」を題材に取り組んでみたのだが、執筆中に自分の父親が他界してしまい、またしても中途半端なものになってしまった。

もし、黒猫編集長のお許しをいただければ、いつかこの続きを書きたいものと願っている。

■■■Web評論誌『コーラ』32号のご案内(転載歓迎)■■■

 ★サイトの表紙はこちらです(すぐクリック!)。

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/index.html

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 ●連載:哥とクオリアペルソナと哥●

  

  第42章 和歌三態の説、雑録──心・イマージュ・映画

http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-42.html

  第43章 中間総括──古今集仮名序をめぐって 

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-43.html

  中原紀生

  ■心の四分岐をめぐって

  雑録の一。第40章で、心と世界の四層構造に思いをめぐらせていた際、脈絡

 なく同時並行的に読み進めていた三冊の書物の、それぞれから切り取った断片

 が一つにつながっていった。そのことをここでとりあげる。

  (その1)

  津田一郎著『心はすべて数学である』は、刺激的な話題に充ちた書物だっ

 た。

 (たとえばエピローグにでてくるチューリングと夏目漱石をめぐる議論は秀

 逸。チューリング・テストは本来「機械か人か」を当てるゲームではなく「男

 か女か」をテストするものだった。マンチェスター工科大学近くの銅像には

 「偉大なるロジシャンにしてホモセクシャルで論理学者のチューリングに捧げ

 る」と刻まれている。自分は男なのか女なのか、いったい男と女は何が本質的

 に違うのかという実存的な悩みに直面したチューリングが自分のような人間の

 表現形として、生物としてのセックスのない中性的な機械を考えた。これと同

 じように、ただしチューリングとは逆に、漱石は西洋と東洋の差異という実存

 に迫る深い苦悩をモチベーションにして男女の性(恋愛)をめぐる小説を書い

 た。漱石が描く女性は西洋近代を象徴していて、東洋的で優柔不断な男性たち

 を独特のロジックでやり込め、たじたじにさせたのである。)

 (Webに続く)http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-42.html

http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-43.html

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 ●連載〈心霊現象の解釈学〉第10回●

  父の怪談  

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/sinrei-10.html

 

  広坂朋信

  仕事帰りにスーパーで買い物をしていた私の携帯に老母から電話。何事だろ

 うと思って出ると、「お父さんが帰って来て、自分の寝るところを探している

 から、お前にすぐに伝えようと思って」という。

  老父は昨年冬に認知症で入院してから、入院中に肺炎を起こして何度も危篤

  におちいり、今も病院のベッドで寝たきりである。

 「それは夢を見たんじゃないの。お父さんのことを心配しているからだね」と

 言い聞かせるが、実はこの日の朝、母から「玄関でお父さんの声がする」と電

 話があったものだから、ついに老母もか、と不安を覚えていた。

  しかし、考えてみると、こうした話は今にはじまったことではない。もう一

 年ほど前になるだろうか。父の認知症が疑われはじめたころ、実家に立ち寄る

 と、父が「ふすまの向こうに婆さん(父の母・故人)がいる。白い手を出して

 おいでおいでをする」という。そういう話をしていたら母が、「夢を見ていた

 のか、寝ていると誰かが私の布団のまわりをぐるぐる歩いている。誰だろうと

 思ってみると、父(母の父・故人)が歩いている。お父さんが何人も何人も

 ……」というのであっけにとられた。

  私の両親には以前からこういう話題を口にする傾向があった。とくに母に

 は、夢を一種のお告げのようにとらえる傾向がもともとあって、これまであま

 り気にも留めていなかったが、後期高齢者になってからますますそういう話が

 増えたような気がする。

  両親ともに、もう六十年近く東京で暮らしているわけだが、昔気質な人たち

 で、世間話にもどこか民話のような響きがあって、閑なときに聞くぶんにはよ

 いものである。

  閑話休題。夏の暑さに寝苦しい夜が続く。私の家族の与太話よりも、まずは

 怪談の名手による作品をお読みいただこう。

 (Webに続く)http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/sinrei-10.html

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 ●連載「新・玩物草紙」●

  吉増剛造はムツカシイ?!?/エンド・ゲーム

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/singanbutusousi-36.html

  寺田 操

  吉増剛造はムツカシイ……と敬遠されていると小耳にはさんで、何かゴツン

 と頭を叩かれた気がした。若い日には、これは何だと驚愕した詩と詩人たちと

 の出会にこそ興奮したものだが。

  吉増剛造黄金詩篇』(思潮社/1970・6・1)赤瀬川原平装幀に度肝を抜

 かれた。水紋のなかから黄色い指がヌット突き出し、その指の爪の先にも水紋

 があり、なでしこのような花首がいくつも散っていた美しくて不気味な絵だ。

 扉を開けば吉増剛造の青いペン書きの詩篇。完成された作品ではなく、書き込

 みや削除などの痕跡が生々しいが、これもお気に入りだった。

 (Webに続く)

 http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/singanbutusousi-36.html

2017-08-13

[]ピンチの夏

父が亡くなって一カ月。あとは納骨までにいろいろな手続きを終えればよいだけのはずだったが、なんと、老母が倒れた。

毎朝、定期的にする電話に出ないので心配になり、実家に向かったが、私の自宅から母の暮らす団地までは90分ほどかかる。いやな予感がしたので、たまたま訪問予定だったヘルパーさんにも連絡を入れて先に様子を見に行ってもらう。

夜中に自宅で転んで、運悪く家具の隙間に挟まって助けを呼べないまま夜を明かしたようだ。ヘルパーさんが救急車を呼んでくれて助け出された。私が到着して時は、ちょうど救急車に運び込まれているときだった。打撲とショックに加えて、感染症による高熱でそのまま実家近所の大学病院に入院。

入院直後はすっかり弱って「おとうさんのところにいくのかねえ」などとつぶやいていた母だが、現在はかなり回復してリハビリに取り組んでいる。

救急車が運び込んだ病院は急性期対応ということで、今、リハビリ継続のための転院先探しと、退院したときのための自宅の準備に追われている。

なにせ、父の遺品の整理すらまだ手をつけていなかった状況からなので、介護ベッドを入れるのも一苦労。とりあえず寝室にしていた部屋を片付けてベッドを入れ、物置状態になっていたトイレを徹底清掃した。母が退院するまでに、転倒した居間と台所も片づけなければならない。

本当はもう独居は無理なのだろうが、私ら夫婦も団地住まいの共働きで、母と同居して世話するためには仕事をあきらめなければならない。可能な介護サービスを総動員してなんとかするほか、私ども家族の生きる道はない。

母には申しわけないが、無理にでももう一度元気になってもらうしかない。

今日もこれから病院である。

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