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恐妻家の献立表 このページをアンテナに追加

2016-09-21

[]

しゃぶしゃぶ風スープ(豚薄切り肉・水菜・焼き豆腐・生姜)、棒々鶏風サラダ(鶏肉・胡瓜・トマト)。

妻が風邪をひいてしまった。気温も涼しくなってきたので鍋にしようかと思ったのだが、「まだ鍋は早い」と抵抗されたので、「あくまでもスープである」と言い張って、鶏の茹で汁を転用したしゃぶしゃぶに生姜をきかせたものを深皿に取り分けて供した。

[]シン・ゴジラ

一昨日、老父の介護でへとへとになった私を元気づけようと、妻が話題の映画「シン・ゴジラ」(総監督・脚本:庵野秀明)に連れて行ってくれた。

映画館で映画を観るなんて久しぶりだったので、とてもわくわくした。ポップコーンとジュースを買って、二人で並んで座って映画を観た。

これって、デートみたいじゃん!

妻と映画を観るシチュエーションがうれしくて、思い出すだけで笑顔になる。

さて、映画はよくできたエンタテイメントで、初めから終わりまで飽きずに楽しめた。

最初からバーンと怪獣が出て、政府が右往左往して、ちょっとホッとしたのもつかの間、またドーンと怪獣が出て大暴れ。怪獣退治のタイムリミットが設定されて、さあどうなりますか、解決策は間にあうのか、ドキドキハラハラ。そういう映画だった。

ゴジラ映画に詳しい人たちの間では賛否両論の議論があるそうだが、私は知識が乏しいし、娯楽映画に黙示録を期待してもしようがないと思っているので難しいことは考えずに観た。

東日本大震災福島原発事故を連想させるシーンがあるのは今の時代の表現として当り前だろうと思ったし、アニメエヴァンゲリヲン」のパロディも同じ庵野秀明監督だからファンサービスとしてこれまた当然。後半は「エヴァ」のヤシマ作戦の回そのまんま(市川実日子演ずる尾頭課長補佐は綾波レイだし)なのだけれど、それが面白い。私には知識がないのでよくわからなかったが、特撮映画オタクや軍事オタク鉄道オタクが喜びそうなネタも、庵野監督はきっと仕込んでいるのだろう。なおかつ、それがわからないと楽しめないことのないようにドラマの骨格はしっかり作ってあるのだから、娯楽大作としては満点に近い出来なのではないだろうか。

一つだけ、配役に不満がある。

石原さとみ演ずる米国大統領特使、「エヴァ」のアスカの役どころなんだろうが、石原さとみは私の好きな女優さんで英語なまりのセリフも力演していたけれども、ここはベッキーを起用した方がよくはなかったか。

もうひとつ、お土産に妻がかわいいと言っていた第二形態の携帯ストラップでもあればなおよかったのだが、なかったのがご不満。

2016-08-29

[]稲庭うどんバジル明太子和え

鶏肉のセロリ蒸し、稲庭うどんバジル明太子和え、インゲンと胡瓜のサラダ、味噌汁

老親の世話から帰ってきたら、妻が材料をそろえてくれていて、調理は簡単にできた。

前日に頂き物の稲庭うどんを夫婦二人で食べ切るには多めにゆでてしまい、どうしたらよいものだろうと思っていたところ、妻のアイデアでこれまた頂き物のバジル風味明太子で和えてみた。このバジル風味明太子というのも、明太子と言えば白いご飯のおかずにすることしか思いつかない私たちにはどうして食べてよいのだかわからなかったものだが、妻が「パスタ用」と書いてあることに気がついて使ってみることになった。

福引で当たったオリーブオイルをフライパン中火で温めて、冷蔵庫にあった稲庭うどんの残りを投入。うどんがほぐれたところにバジル風味明太子を混ぜてからませただけ。これがたいへん美味しかった。

[]学生時代に読んでおくべきだった―夏目漱石『こころ』

漱石の『こころ』は、学生時代に何度か挑戦しては読み切れずに放りだしていた。最初に読んだのは高三のときだったと思う。登場人物がくよくよ悩むばかりで何が面白いのだか、さっぱりわからなかった。大学生になって桶谷秀昭先生の授業に出たら、夏休みのレポートの課題図書に指定されたので再挑戦したが、三角関係に悩む話がますますつまらなく感じてレポートを書きあげないまま投げ出してしまった。その後も他の本で引用されたり言及されたりしている箇所を確認するために拾い読みしたことはあったが、小説として最初から最後まで通して読んだことはなかった。文学には相性というものがあって、この作品は私とは相性が悪いのだと諦めていた。

ところが最近ふと手に取って通勤電車の中で読みはじめたら、たいそう面白く読みふけってしまった。

広く知られた名作なので紹介も感想も必要ないだろう。ただ、学生時代の私がどうしてこの面白い小説を読めなかったのか、単に読み通すことができなかっただけではなく読むことが苦痛だったのかはわかった。若いころの私は、作中で「先生」と呼ばれる人物が、語り手にとって尊敬に値する隠れた思想家のように描かれていることに引っかかったのであった。さらに言えば、後半の先生の遺書の中に出てくる友人Kもまた、先生にとって尊敬すべき求道者のような青年として描かれている。

ところが、この「先生」とは、ただ食うに困らないだけではなく結婚して所帯をかまえてなお無職でいられるほどの親の遺産をもらって暮らしているだけの裕福な若者にすぎない。

まだ学生の語り手から見れば、すぐれた先輩に見えたことだろう。その気持ちは私も学生だったからわかる。今風にたとえるなら、学部生から見れば、優れた成績を挙げながら何年も就職が決まらないのに焦った様子を見せないポスドクの先輩は、高遠な志を秘めている人のように見えるだろう。

実際に漱石はそのように描いている。ただそれは学生の視点から描いているからそう見えるのであって、実際の「先生」は、実家が非常に裕福なので就職活動にあくせくしないですんでいるだけのインテリ青年にすぎないのである。ところが、語り手にはそれが見抜けない。ついでに言えば、「先生」の友人Kも「先生」の視点からは求道者風に見えるのだが、実際は世間知らずの一途な学生にすぎない。

語り手がそれを見抜けない理由は二つ。語り手が「先生」に恋をしているからである。これは物語の前半で「先生」のセリフによって指摘されている。もう一つは、語り手自身が裕福な地方の旧家の子で、いざとなれば親の家を継ぐという選択肢があったからである。これも物語中盤で暗示されている。

若かった私がこうした漱石の設定に気づかなかったのは、なにやら深遠なテーマが展開されているらしいという、どこで刷り込まれたのだか見当違いな期待によって、物語の先を急ぐあまり前半を飛ばし読みしていたからである。海水浴場での一目ぼれに近い「先生」との出会いや、実家の父が病気に倒れて語り手が一時帰省するエピソードは大事な伏線だったわけだ。

先入観を抜いてあらためて読んでみると、この小説は人間心理への洞察や、処世訓を多分に含んだ面白い小説であって、学生のうちにきちんと読んでおくのだったと、今さらながら思ったのだった。

2016-08-17

[]

畑違いの仕事を引き受けてしまって過酷な夏になってしまった。ようやく急ぎ働きから解放されて、がん検診へ。検査の結果、今のところ転移なしとのことでホッとしたのもつかの間、老父が今年三度目の入院でてんてこ舞いになる。老父の病気自体は大したことはないのだが、もともと亭主関白だったうえに、半ボケになってわがままがひどくなっているので、老母が心配。放っておけない。もうたいへん。

昨夜は、肉野菜炒めとオクラ納豆、サラダ。

[] Web評論誌『コーラ』29号

すでに岡田さんが紹介なさっていますが、私も寄稿させてもらっているWeb評論誌『コーラ』29号が発刊されたのでご案内します。

私のは話のマクラだけ。実は田楽から天狗に話を持っていこうとしたのだけれども、今回も息切れしてしまって、あとは岡田さんに丸投げしてしまいました。岡田さんが歴史哲学を開陳しているのでぜひご覧ください。

 ■■■Web評論誌『コーラ』29号のご案内(転載歓迎)■■■

 ★サイトの表紙はこちらです(すぐクリック!)。

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/index.html

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 ●連載<前近代を再発掘する>第5回●

  歴史のあいまいな領域

  岡田有生・広坂朋信

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/zenkindai-5.html

  ■高時天狗舞

 『太平記』の「相模入道田楽を好む事」(第五巻4)は、田楽に耽溺する得宗

 北条高時を印象的に描いている。

  当時、京都で田楽が大流行だと聞いた高時は、田楽の一座を鎌倉に呼んで、

 これに夢中になった。ある晩、酔った高時が自ら田楽舞を踊っていると、どこ

 からか十数名の田楽一座の者があらわれて、高時とともに舞い歌った。これが

 実に面白かった。しばらくしてから歌の調子が変わって「天王寺の妖霊星を見

 ばや」と歌いはやした。高時の屋敷に仕えていた女中が障子の穴からのぞいて

 みると……。(以下、Webに続く)

 

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 ●連載:哥とクオリアペルソナと哥●

  第39章 和歌三態の説、定家編─影のない世界

  中原紀生

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-39.html

 ■定家と虚なるもの、あるいは「かげもなし」の余韻

  俊成自讃の「おもて歌」が、歌の本質を「広がり」にではなく「深み」にお

 いて見る中世詩歌の特徴を自覚的・予感的にあらわしていた、と大岡信氏が指

 摘する「夕されば野べの秋風身にしみて鶉なくなりふかくさの里」であったと

 して、それでは、定家の代表歌はなんだろうか、それは、武野紹鴎が佗び茶の

 湯の心をこの歌に見出した、と「南方録・覚書」が伝える「見わたせば花も紅

 葉もなかりけりうらのとまやの秋のゆふくれ」なのか、いや、百人一首に撰入

 された「来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ」こそ文

 字通りの自撰歌ではないか、いやいや、それは「歌織物」(林直道)もしくは

 「グラフィック・アナグラム」(丸山圭三郎)を編集する企みゆえの撰歌だっ

 たかもしれない、などと自問自答しているうち、成立年及び作者はともに未詳

 ながら、後鳥羽院から西行法師まで十七人の新古今歌人が各々十首ずつ秀歌を

 自撰したとされる「自讃歌」なる文献があることを知り、さっそく検索し定家

 の部を拾い読みしたところ、掲載順が価値の序列をあらわしているわけではな

 いにせよ、第一の「春の夜の夢の浮橋とだえして嶺にわかるる横雲のそら」と

 第三の「年もへぬいのるちきりはゝつせ山おのへのかねのよそのゆふくれ」の

 間に掲げられていたのが、(以下、Webに続く)

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 ●連載「新・玩物草紙」●

  太陽帆走/坂道 

 

  寺田 操

http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/singanbutusousi-33.html

  鳥のように自由に大空を飛びたいという夢は、大量輸送の飛行機から小さな

 プロベラ機、気球、スカイダイビングと実現されてきた。それだけでは物足り

 ない。空飛ぶ絨毯やスーパーマンのように人の身体が赤いマントをひるがえし

 て空を泳ぐように、飛びたいと夢を追っているうちに空飛ぶ「ウイングスー 

 ツ」の登場だ。2016年1月4日の某新聞記事には富士山近くを飛行する 

 ウィングスーツが映っていた。両手両足を広げて飛ぶ姿は気持ちよさそうだ。

 垂直に落花するスカイダイビングと違って水平飛行。この空飛ぶスーツは  

 1990年、フィンランドの企業が開発し、一着約20万円。小型飛行機に乗

 りこみ、タイミングを計り空へと飛びだす。鳥たちはお仲間が増えたと歓迎す

 るだろうか、それとも奇怪な新種だと目をそらすだろうか。

 (以下、Webに続く)

以上。

2016-07-13

[] 隆起性皮膚線維肉腫(DFSP)経験談

昨年手術をした隆起性皮膚線維肉腫(DFSP)のその後について、コメント欄にお尋ねをいただいた。

思えば、大学病院での広範囲切除手術からちょうど一年である。

記念に、関連の日記をここにまとめておく。

あくまで私個人の経験にすぎないが、同病の方の参考になれば幸いである。

大きすぎるできもの

正確には何年前からだったかは覚えていない。十年近くなるのではないだろうか。右胸の乳首の上に、虫さされのあとのようなものができた。少しかゆかったので虫さされだと思い込んだ。

それが大きなほくろのようになり、やがていぼのように盛り上がり、さわると内側にしこりのようなものができているのに気がついて、強くふれると痛く感じた。それでもさらに数年も放っておいて、見た目もかなり大きく、広さは五百円玉大の、やや盛り上がったあざのようになって、中身の重みで表面が少し垂れ下がってきてから、さすがに気になってかかりつけの開業医に診てもらった。

いつもならテキパキと診断するベテランの医師が、しばらく考え込んで、「うーん、これはなんだろう。ただのできものではないような気もするので、念のため大きな病院で精密検査をしてもらってください」と総合病院に紹介状を書いてくれた。

これが去年の四月初めのこと。

男の乳がん

紹介された病院も、自宅の近所にあったので数日後にさっそく出かけた。

http://d.hatena.ne.jp/t-hirosaka/20150407/1428419478

この段階ではまだ隆起性皮膚線維肉腫(DFSP)という診断ではなく、男性の乳がんの疑いで検査を受けた。家庭内で冗談で言っていたことが医師の口から出て来たので驚いた。実際にあることだそうだ。

幸い乳がんではないとの結果が出て、良性の腫瘍ということで切除手術を受けることになった。

ただし、医師の言う「良性の腫瘍」という言い回しは日常の語感とは異なり、いわゆる「がん」ではないという程度のニュアンスで、放っておいてもよいということではないらしい。

実は担当医は別の病気も疑っていて、「切り取った患部を病理検査に出しますから」と念を押していた。

最初の手術

最初の腫瘍の切除は局所麻酔で行われたので、一部始終を書き留めてある。

http://d.hatena.ne.jp/t-hirosaka/20150424/1429860026

この段階でもかなり気持ちに余裕があって、『ブラックジャック』を読んだりしている。だが、検査から手術までの半月の間に腫瘍が大きくなっていることに気づいた医師が、この腫瘍の検査結果を専門医と相談してくれた。

診断

手術から一カ月近く経って、隆起性皮膚線維肉腫(DFSP)という診断が出た。

http://d.hatena.ne.jp/t-hirosaka/20150519/1432045873

初めて聞いた病名で、一般人向けの啓蒙書もなく、ずいぶん不安に思ったことを思い出した。

上の日記にも書いているが、同病の先輩のブログ「隆起性皮膚線維肉腫なんだって」がいちばんわかりやすい。

「隆起性皮膚線維肉腫なんだって」→http://dfsp.exblog.jp/

私の日記では二回目の手術はしなくて済みそうだと書いているが、実際にはDFSPさん同様にこの後、広範囲切除手術を受けることになった。これは隆起性皮膚線維肉腫という病気の診断が難しく、結局、患部を切り取って検査してみなければわからないことが多いからなのだろう。

広範囲切除手術へ

診断からさらに一カ月ほどたって、手術の傷口もふさがったころ医師から電話があって、大学病院での再度の精密検査と専門医による診療をすすめられた。

http://d.hatena.ne.jp/t-hirosaka/20150627/1435385917

この日記では病院名は伏せているが、紹介状をもらって慶応大学病院を受診した。

皮膚科の専門医の話では、ひらたく言えば、切り取った患部から悪性化した細胞が発見されたので、再発転移の危険度が高まったという説明だった。

「放っておいたらどうなりますかね」と尋ねたら、「医師としては放っておくという選択肢はありません」と真面目に答えられた。

「がん」という表現を使わないのは、病理学上のカテゴリーの問題のようだった。

医学的に正確な表現かどうかを棚上げにしてしまえば、素人としては、進行は遅く転移や再発もあまりない皮膚がんの一種と理解しておけばよいものと受けとめた。

だから、過度に心配する必要はないけれども、転移や再発が少ないというのは確率の問題であって、まったくないわけではない。放っておけばとんでもないことになりかねない。

この病気は原因が不明なので、有効な治療薬はない。見つけたら手術で切り取るしか治療法はない。

私の場合、腫瘍本体は一度切り取っているが、腫瘍本体と正常な身体との際の部分にがん細胞が残っている可能性があり、それを見つけて取り除く必要がある。

それを見つけるためにPETCT検査をはじめ、転移の疑われる喉のリンパの検査を受けた。

再手術と入院

ちょうど一年前、7/13に広範囲切除手術を受けた。一度手術をして治りかけたところをもう一度切ってえぐるなんて…と思わないでもなかったが、他に治療法がないのであればしかたがない。

前夜から入院し、翌日の午前中に手術があったが、全身麻酔だったので手術中のことは覚えていない。終わりましたよと声をかけられて目が覚めたら主治医が笑顔だったので「うまくいきましたか」と尋ねたら「大丈夫、うまくいきました」と言ってくれたので、安心してまた眠った。

入院中のエピソードは下記に。

http://d.hatena.ne.jp/t-hirosaka/20150720/1437401356

寿司屋の大将、お元気だろうか。

退院後の傷口

私は回復が早く、入院中から病院を抜け出して信濃町駅裏の喫煙所に煙草を吸いに行くような不良患者だったが、広範囲切除というだけあって傷口は大きかった。

http://d.hatena.ne.jp/t-hirosaka/20150723/1437613086

その後も一か月ほどは動作に制約があった。

http://d.hatena.ne.jp/t-hirosaka/20150805

現在はすっかり傷口もふさがっている。

マンガに出てきたナイチンゲールに感心しているのは、入院時にお世話になった看護師さんたちのことを連想しているのだろう。

手術から二カ月してかなりよくなったころの日記。

http://d.hatena.ne.jp/t-hirosaka/20150912

これ以降、三カ月おきのペースで診てもらっているが、再発転移は発見されず、今では日常生活も問題なく過ごしている。

ただ、あれ以来、虫さされやニキビの跡がどうにも気になるのだが、それはしかたのないことと割り切っている。

2016-07-10

[]劇場霊

久しぶり休日、といっても、五月、六月と老父が二度も入院したので仕事の予定が大幅にくるってしまい、遅れを取り返すためにも一日も休んでいる暇などないのだが、連日のストレスに、ここらで気分転換をしないとどうしようもないので、妻が留守をしているすきに大好きなホラー映画をDVDで視聴。

結論から言うと結構楽しめた。

実は、怪談に詳しい方から、駄作だとの注意を受けていたので今日まで敬遠していたのだが、ストレス解消のために罵倒してやろうとの邪まな動機で借りて来た。ところが…。

冒頭のシーンが劇中劇風の作りなのに過去の事実だったとか、いかにもありがちなBGMとか、細かいケチをつければいろいろ不満はあるけれどもドラマ全体は案外面白かった。

いちばんの難点は、ホラー映画なのに怖くないということ。これはドキッとさせる演出だと頭では理解しながら観ていてドキッとしないのである。しかし、あの『女優霊』の中田監督作品だと思ってみるからいけないのであって、昔懐かし二時間ミステリーだと思えば十分に面白い(皮肉ではない)。

演劇の世界を舞台とした青春ドラマとしても、ヒロインの島崎遥香、ライバル役の足立梨花高田里穂らが熱演しているほか、小市漫太郎が嫌みたっぷりに演ずる演出家の先生もよい。先週見た『幕が上がる』に比べてしまうと見劣りはするが、比べる方が悪いのであって、これだけ見れば十分に面白い(皮肉ではない)。

映画館でロードショーを観るのと、自宅でサービス期間で百円のレンタルDVDを観るのとではがっかり感が違うのかもしれない。

あえていえば、怖がって逃げ回るだけの女の子というヒロインの性格設定が古い。だいいち、あの人形はそんなに怖くない。もっとも、彼女もクライマックスではぶち切れて事件を解決に導き、さらにはエピローグでは不敵な表情を浮かべて女優魂を魅せるのだが、そこにいたる成長が描かれていないので唐突に感じる。これは演じた島崎のせいではなく、原案または企画に不備があったと思わざるを得ない。

で、怖くない人形だが、人間に似せて作った人形は似せれば似せるほど、ある一線からは不気味に感じられるという説があり、それを採用したものと思う。まあ不気味だ。でも怖くないんだなこれが。単純に人間に似せるよりも、非人間的な怪しい美しさを漂わせるタイプのものの方がよかったと思う。

人形が怖くないものだから、島崎が怖がる演技を熱演すればするほど、さっさとやっつけちゃえよと思ってしまうのである。現に、クライマックスではあっさりやっつけちゃうのである。

でも、場面展開にだれたところもないし、退屈せずに最後まで観た。十分に面白かった。

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