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恐妻家の献立表 このページをアンテナに追加

2016-12-07

[]近況

なんだか鍋。ブロッコリ。

昨日は昼間は温かかったのに、夕方から木枯らしが吹いて急に冷え込んだので、キムチ鍋にしようと思ったのだった。

手羽元で出汁をとり、白菜、豚肉、豆腐、ようやく値下がりしたキャベツなどを煮て、冷蔵庫の隅で少しばかり残っていたキムチ鍋の素を入れたあと、冷蔵庫の奥から発見された少し柔らかくなったトマトをどうしようかと迷ったあげく、これも鍋に入れてしまった。

こうしてキムチ味のトマト鍋ができあがり、恐る恐る食べてみると、結構美味しかった。

先月は、認知症の急性期に入った老父の世話でてんてこ舞いで、ついに一度もブログの更新ができずに、はてなダイアリー市民権を剥奪されてしまった。

主治医の奨めで老父は高齢者認知症専門の病棟に入院させたが、ホッとする間もなく老母が看病疲れで寝込んでしまい、その看病で私が疲れているのが現状。

そうこうしているあいだにも、仕事が山積みになり、ただでさえ火の車の家計はピンチ。

いつも強気の妻に手を引いてもらって、なんとかこの逆境を乗り切って新年を迎えたいものと、ただひとえに願っている。

2016-10-30

[]ハロウィンの夜に「妖怪学」

ったく、この忙しいのに…、sumita-m先輩のご指名だからしかたがない。

http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20161029/1477756878

小松和彦氏が文化功労者に選ばれたと、それはいいとして、朝日新聞が小松氏を紹介するのに「「妖怪学」の小松和彦国際日本文化研究センター所長(69)」とやっちゃったおかげで、sumita-m先輩としては身近なところに茶も珈琲もないという厳しい環境で、へそで茶を沸かしたり、珈琲を吹いたりしなければならなかったのでご立腹である。そこで、これ広坂、なんとかいたせ、とあいなった次第。

ここのところ、一日おきのペースで徘徊老人(老父)の捜索に駆り出されているので、気力体力ともにすり減り、なにか調べてから新しげに見える論点の一つも付け加える余裕もないのだが、おだててもらったので言わずもがなのことを書き留めておく。

新聞にある「妖怪学」という言葉の使い方は、なんだかこの夏、江戸東京博物館でやっていた「大妖怪展」を思い起こさせる。平安・室町江戸妖怪画を見せた後で、なぜか縄文土偶が出てきて、最後にポケモンのキャラクターという展示であった。なんですかこれは、縄文土偶が日本の妖怪イメージの源流のように見えてしまうではないですか。しかもそれが現代のゲームやアニメにまで直接つながっているように思ってほしいのですか。それは誤解を植え付けるだけでしょうというくらい、噴飯ものの展示であった。

もう一つ、連想したのは、今夜、老父が放置してきた電動車椅子を力づくで回収し、興奮してよくわからないことをしゃべり続ける老父を寝かしつけた帰途、京王井の頭線の駅で見た渋谷からの電車からどっと吐き出された和製ハロウィンの群れである。英語圏伝統文化とのつながりをもたない日本で、アメリカハロウィンのかたちだけ真似してもねえ。まあ、若い人たちが楽しんでいるのだから、目くじらを立てるほどのことでもないかもしれないが。

日本語としての「妖怪学」は、sumita-m先輩も私もお世話になった東洋大学創立者井上円了によって、怪異現象全般を学際的に扱う知の体系として構想されたものである。「妖怪学」というネーミングの由来については、確証はないが、おそらくはホッブズリヴァイアサン』のデモノロジー(悪魔学)が念頭にあったのではないかと私は考えている。円了妖怪学はまさしく哲学の予備門なのである。

これに対して、現在、妖怪学と呼ばれているものは、宮田妖怪学にしても小松妖怪学にしても、柳田国男の創始した日本民俗学の系譜にある。柳田の『妖怪談義』がその代表であり、しかもこの『妖怪談義』には円了妖怪学へのあてこすりがあるという由々しき代物なのである。ただし、宮田妖怪学は円了妖怪学に対して思いのほかフェアな扱いをしているので個人的には好感を持っている。これについては以前にWeb評論誌「コーラ」24号に寄稿した文章をご参照いただきたい。↓

http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/sinrei-7.html

小松妖怪学については、sumita-m先輩の言う通り、その業績の中核部分は『悪霊論―異界からのメッセージ (ちくま学芸文庫)』などの憑きもの研究であって、現代のキャラクター化されたかわいい怪獣のような妖怪についてではない。

小松の『異人論―民俗社会の心性 (ちくま学芸文庫)』などの初期の仕事は、吉本隆明山口昌男という二つの中心を持つ楕円から出発していることは、以前このブログでもご紹介したとおりである。↓

http://d.hatena.ne.jp/t-hirosaka/20080926/1222401324

これは私の独自研究ではなく、小松氏自身が語っていることから無理なく推測されることである。だから小松妖怪学(そういうものがあるとして)は、柳田民俗学直系というよりは、その出発点においては開放的関心と文化人類学構造主義と親しい背景をもって出発した。そうした小松の学問を、ジャーナリズム用語としての「妖怪学」すなわちファンタジックなキャラクターの分類学でくくってしまう新聞記者の軽率を、sumita-m先輩は嗤うべきこととして嘆いておられるのだろう。

ましてや円了妖怪学を念頭に置くなら、「妖怪学」とはそもそもなんぞや、と小一時間も問い詰めたいところだろうと拝察する。

もっとも小松和彦氏には『妖怪学新考 妖怪からみる日本人の心 (講談社学術文庫)』という著書もあるのだから、目くじらを立てなくてもよいのではとも思わないでもない。

亡き祖母や伯母と語り合いながら徘徊する老父を追いかけまわして息切れしている私に言えることはこの程度である。お許し願いたい。

2016-10-11

[]

焼きそば、肉野菜炒め、ニンジンサラダ、海苔汁。

肉抜きの焼きそばは私用、肉野菜炒めは妻用、味は一緒で肉なしか麺なしかの違い。海苔汁は妻が作ってくれた。

ダイエットしなければいけないのに、焼きそばとご飯の取り合わせに目覚めてしまった。

[]老父、本格的に呆け始める

父とはいえ他人のプライベートに属することだから、こういうところに書くのもどうかと思っていたが、後の参考のために書き出して置くことにする。

先々週、86歳になる老父が認知症と診断された。脳の前部と側部と頭蓋骨とのあいだが、素人目にもわかるほどすき間ができていた。医師の話では、同年齢の健康な人よりも隙間が広いとのことだった。

この日の病院からの帰りに、亡くなった祖母がいっしょにいるようなことを言っていたので、これはいよいよやばいかもと案じていたが、昨日、不安が確信にかわった。

昨日の昼、実家に着くと、老父が着替えをしている。どこかに出かけるつもりらしいが、その理由が携帯電話の修理だったり、電気髭剃りの修理だったりところころ変わる。電池だったら買ってくるよといっても、自分が行かなければわからないと言い張る。母が昼食を出すと、姉さんが座る所がないと言う。去年亡くなった父の長姉の名を呼ぶ。やはり亡くなった次姉のことも言うので、母がもう亡くなったと言うと非常に驚く。母の話では朝から何度もこの調子だと言う。

朝食後、薬を飲んだらおさまるかと思ったが、どうしても出かけると言って一人で三輪電動車いすに乗って出かけてしまう。近所の電気店に行ったのだろうと思っていたが三十分たっても帰って来ないので心配になり、あたりを探し始めるが見当たらない。結局、二時間後、自分で帰宅したが、約二キロほど離れた多摩川土手まで行ってきたらしい。たいへん上機嫌で何か話しているが、とりとめがなくて何を話しているかわからない。

妻に話すと、義父にもよく似たことがあったそうだ。

2016-09-21

[]

しゃぶしゃぶ風スープ(豚薄切り肉・水菜・焼き豆腐・生姜)、棒々鶏風サラダ(鶏肉・胡瓜・トマト)。

妻が風邪をひいてしまった。気温も涼しくなってきたので鍋にしようかと思ったのだが、「まだ鍋は早い」と抵抗されたので、「あくまでもスープである」と言い張って、鶏の茹で汁を転用したしゃぶしゃぶに生姜をきかせたものを深皿に取り分けて供した。

[]シン・ゴジラ

一昨日、老父の介護でへとへとになった私を元気づけようと、妻が話題の映画「シン・ゴジラ」(総監督・脚本:庵野秀明)に連れて行ってくれた。

映画館で映画を観るなんて久しぶりだったので、とてもわくわくした。ポップコーンとジュースを買って、二人で並んで座って映画を観た。

これって、デートみたいじゃん!

妻と映画を観るシチュエーションがうれしくて、思い出すだけで笑顔になる。

さて、映画はよくできたエンタテイメントで、初めから終わりまで飽きずに楽しめた。

最初からバーンと怪獣が出て、政府が右往左往して、ちょっとホッとしたのもつかの間、またドーンと怪獣が出て大暴れ。怪獣退治のタイムリミットが設定されて、さあどうなりますか、解決策は間にあうのか、ドキドキハラハラ。そういう映画だった。

ゴジラ映画に詳しい人たちの間では賛否両論の議論があるそうだが、私は知識が乏しいし、娯楽映画に黙示録を期待してもしようがないと思っているので難しいことは考えずに観た。

東日本大震災福島原発事故を連想させるシーンがあるのは今の時代の表現として当り前だろうと思ったし、アニメエヴァンゲリヲン」のパロディも同じ庵野秀明監督だからファンサービスとしてこれまた当然。後半は「エヴァ」のヤシマ作戦の回そのまんま(市川実日子演ずる尾頭課長補佐は綾波レイだし)なのだけれど、それが面白い。私には知識がないのでよくわからなかったが、特撮映画オタクや軍事オタク鉄道オタクが喜びそうなネタも、庵野監督はきっと仕込んでいるのだろう。なおかつ、それがわからないと楽しめないことのないようにドラマの骨格はしっかり作ってあるのだから、娯楽大作としては満点に近い出来なのではないだろうか。

一つだけ、配役に不満がある。

石原さとみ演ずる米国大統領特使、「エヴァ」のアスカの役どころなんだろうが、石原さとみは私の好きな女優さんで英語なまりのセリフも力演していたけれども、ここはベッキーを起用した方がよくはなかったか。

もうひとつ、お土産に妻がかわいいと言っていた第二形態の携帯ストラップでもあればなおよかったのだが、なかったのがご不満。

2016-08-29

[]稲庭うどんバジル明太子和え

鶏肉のセロリ蒸し、稲庭うどんバジル明太子和え、インゲンと胡瓜のサラダ、味噌汁

老親の世話から帰ってきたら、妻が材料をそろえてくれていて、調理は簡単にできた。

前日に頂き物の稲庭うどんを夫婦二人で食べ切るには多めにゆでてしまい、どうしたらよいものだろうと思っていたところ、妻のアイデアでこれまた頂き物のバジル風味明太子で和えてみた。このバジル風味明太子というのも、明太子と言えば白いご飯のおかずにすることしか思いつかない私たちにはどうして食べてよいのだかわからなかったものだが、妻が「パスタ用」と書いてあることに気がついて使ってみることになった。

福引で当たったオリーブオイルをフライパン中火で温めて、冷蔵庫にあった稲庭うどんの残りを投入。うどんがほぐれたところにバジル風味明太子を混ぜてからませただけ。これがたいへん美味しかった。

[]学生時代に読んでおくべきだった―夏目漱石『こころ』

漱石の『こころ』は、学生時代に何度か挑戦しては読み切れずに放りだしていた。最初に読んだのは高三のときだったと思う。登場人物がくよくよ悩むばかりで何が面白いのだか、さっぱりわからなかった。大学生になって桶谷秀昭先生の授業に出たら、夏休みのレポートの課題図書に指定されたので再挑戦したが、三角関係に悩む話がますますつまらなく感じてレポートを書きあげないまま投げ出してしまった。その後も他の本で引用されたり言及されたりしている箇所を確認するために拾い読みしたことはあったが、小説として最初から最後まで通して読んだことはなかった。文学には相性というものがあって、この作品は私とは相性が悪いのだと諦めていた。

ところが最近ふと手に取って通勤電車の中で読みはじめたら、たいそう面白く読みふけってしまった。

広く知られた名作なので紹介も感想も必要ないだろう。ただ、学生時代の私がどうしてこの面白い小説を読めなかったのか、単に読み通すことができなかっただけではなく読むことが苦痛だったのかはわかった。若いころの私は、作中で「先生」と呼ばれる人物が、語り手にとって尊敬に値する隠れた思想家のように描かれていることに引っかかったのであった。さらに言えば、後半の先生の遺書の中に出てくる友人Kもまた、先生にとって尊敬すべき求道者のような青年として描かれている。

ところが、この「先生」とは、ただ食うに困らないだけではなく結婚して所帯をかまえてなお無職でいられるほどの親の遺産をもらって暮らしているだけの裕福な若者にすぎない。

まだ学生の語り手から見れば、すぐれた先輩に見えたことだろう。その気持ちは私も学生だったからわかる。今風にたとえるなら、学部生から見れば、優れた成績を挙げながら何年も就職が決まらないのに焦った様子を見せないポスドクの先輩は、高遠な志を秘めている人のように見えるだろう。

実際に漱石はそのように描いている。ただそれは学生の視点から描いているからそう見えるのであって、実際の「先生」は、実家が非常に裕福なので就職活動にあくせくしないですんでいるだけのインテリ青年にすぎないのである。ところが、語り手にはそれが見抜けない。ついでに言えば、「先生」の友人Kも「先生」の視点からは求道者風に見えるのだが、実際は世間知らずの一途な学生にすぎない。

語り手がそれを見抜けない理由は二つ。語り手が「先生」に恋をしているからである。これは物語の前半で「先生」のセリフによって指摘されている。もう一つは、語り手自身が裕福な地方の旧家の子で、いざとなれば親の家を継ぐという選択肢があったからである。これも物語中盤で暗示されている。

若かった私がこうした漱石の設定に気づかなかったのは、なにやら深遠なテーマが展開されているらしいという、どこで刷り込まれたのだか見当違いな期待によって、物語の先を急ぐあまり前半を飛ばし読みしていたからである。海水浴場での一目ぼれに近い「先生」との出会いや、実家の父が病気に倒れて語り手が一時帰省するエピソードは大事な伏線だったわけだ。

先入観を抜いてあらためて読んでみると、この小説は人間心理への洞察や、処世訓を多分に含んだ面白い小説であって、学生のうちにきちんと読んでおくのだったと、今さらながら思ったのだった。

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