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恐妻家の献立表 このページをアンテナに追加

2017-01-08

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七草がゆ土鍋にいっぱい作って翌日もと思っていたが夫婦二人で食べ切ってしまった。

今夜は洋風のスープを仕込んでいる。鶏手羽、玉ねぎ、セロリ、人参を煮て、塩コショウで味付けしただけなのに美味い。味見がたびたびに及んで汁が少なくなってはいけないので散歩に出る。

[] 正月の七草すぎの日曜日

年明け早々から火の車の稼業と、老親の世話でてんてこまいの毎日。

今日は入院中の老父の見舞いに行く予定だったが、天気が悪いので明日にしたいと老母が言うので、私も休日ということにして、久しぶりにほんとうに休んでいる。

枕元に積んだ本が寝ているうちに崩れて顔にあたって安眠できないので、その整理をしたら、岡本綺堂『三浦老人昔話』が出てきた。

書き出しはこうである。

今から二十年あまりの昔である。なんでも正月の七草すぎの日曜日と記憶してゐる。

「正月の七草すぎの日曜日」といえば、まさに今日ではないか。

少し読み進めると、正月の七草すぎの日曜日に半七老人から紹介された三浦老人の宅を語り手「わたし」が訪ねていくのはその次の日曜日。

その次の日曜日は陰つてゐた。底冷えのする日で、なんだか雪でも運び出してきさうな薄暗い空模様であつたが、

まるで今日の空模様ではないか。

たまたま手に取った本の描写が一致する、こんな偶然もあるものなんだなあ。

いや、ほんとうに雪が降ってきたりしてはたいへんだから、今のうちに買い物に行こう。

2017-01-02

[]謹賀新年2017

大晦日は天ぷら蕎麦

例年、すき焼きもつけるのだが、諸物価高騰のため節約することにした。

元旦のお節も安いセットに。

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ただ、雑煮だけは妻が作るので、今年も海老入りの博多風。一点豪華主義の正月となった。

初詣

今年も高尾山へ。

数年前から境内にごてごてしたデコレーション(とってつけたような新造の天狗像など)が目立つようになって私自身は興ざめしている。

これもまた数年前から目につくようになったのが、寺院の本堂で柏手を打って参拝する人たち。中年に多い。

高尾山薬王院はもとは神仏習合の修験の寺だが、仏教優位で飯綱大権現を祀ってきたわけだし、明治神仏分離令の時は真言宗であることを選んだ仏教寺院である。

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本堂の前では線香も焚いているし、僧侶はお経を読んでいる。

柏手を打っている人たちを観察していると、律義に二礼二拍一礼をしている人が多い。神社拝礼のマナーとして宣伝されているやり方だ。マナーを気にするなら、ここでそれはやめてほしいのだが。

もっとも、私が初詣に訪れるのも信仰のためというより、妻がケーブルカー駅あたりで飲む升酒(干支入りの升をくれる)を気に入っているのでつきあっているだけなので、まあいいや。すっかり観光寺院化しているのだが、参道に十善戒を大書しているのがせめてもの慰め。

2016-12-25

[]クリスマスイブのごちそう

昨日は妻からのプレゼントを老母に届けに行ったついでに、この夏以来、認知症の父の介護でくたびれ果てていた母にクリスマスの雰囲気を味わってもらおうと、実家近所の大型ショッピングセンターに連れて行き、ケーキやオードブルセット、父へのプレゼントなどの買い物をした。

母は足が弱いので、広い店内を歩き回るうちに疲れてしまって、フードコートで休ませようとしたが満席。困ったなあと思っていたら、子連れの若いお母さんが席をずらして座らせてくれた。有り難かった。

実家に戻って、夕食の支度をして母に食べさせてから自宅に戻ると、例年通り、妻が男の手料理をふるまってくれた。

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ローストチキンピラフ詰め)、クラムチャウダー、サラダ(キャベツ・リンゴ・オリーブの実)、パン。

この他に、妻が「ヴァン・ショ」と呼ぶシナモン香りづけした赤ワインを温めてオレンジを漬けた飲み物も出た。

例年、妻の男の手料理は高くつくとぼやいてきたが、今日は老母とスーパーに買い物に行き、クリスマスのごちそうを出来あいの総菜でそろえるといくらくらいかかるか、よくわかったので撤回する。

妻の作るクリスマスのごちそうは、ボリュームを考えればたいそう安くつく。来年もお願いします。

2016-12-23

[]

豚肉とキャベツの味噌炒め、サラダ(レタストマトメロン)、わかめスープ。

スーパーで一切れ100円の見切り品メロンを見つけて買ってきたが、味見をしてみると、甘みがほとんどなく果物というより野菜だったので、刻んでサラダにしてみたら胡瓜の代わりになって美味しかった。

このあいだ、認知症で入院している老父の見舞いに行った帰りに、こけそうになった老母をとっさにささえたら腰を痛めてしまった。痛みをこらえて仕事をしているととても疲れる。若いころから腰痛持ちだったが、こんなに疲れるということはなかった。妻によれば介護ストレスと重なっているからだろうという。たぶんそうだろう。幸い昨日あたりから暖かくなったおかげか、痛みが薄らいできた。

それにしても、福祉介護保険)と医療健康保険)の線引きというのは、わかりづらい。いや、わからないわけではないのだが、老人をかかえる家族としては、どっちでもいいから何とかならないかというのが本音。医師から「それはケアマネさんと相談してください」とか、ケアマネージャーから「それはお医者さんと相談してください」とか言われると、こちらのニーズは一つなのになんでそうなるのと思ってしまう。

かつて教育の方でも、幼保一元化の議論があったと思うが、あれどうなったのか。その後を追っていないからわからないが、老人問題でも同じ構図のように感じた。

[]今年の仕事

今年ももう終わりですが、広坂は老親の介護にてんてこ舞いで、大した仕事も出来ませんでした。そんな中で、二つ、ささやかながら形になった仕事がありましたのでお知らせいたします。

『怪異を歩く』に寄稿

青弓社から刊行された論集『怪異を歩く』(一柳廣孝監修)に「よみがえれ、心霊スポット」と題したエッセイを寄稿いたしました。

怪異を歩く (怪異の時空)

怪異を歩く (怪異の時空)

内容は、以前Web評論誌『コーラ』に載せていただいた「心霊現象の解釈学」の一部を改稿し、最近の情報を付け加えたものです。

執筆中に吉田悠軌氏の著書『怪談現場 東京23区 (イカロスのこわい本)』を読んで、大慌てでタイトルと結論部分を書き変えました。私の当初の見通しとしては心霊スポットはもう過去のものとなりつつあるという嘆き節があり、その気分のまま書き出したのですが、吉田氏の精力的な調査レポートを読んで、これはまだまだ可能性があるかもしれないと考えをあらためたからです。

この論集は、ひょんなご縁でまぎれこませていただいている怪異怪談研究会(一柳先生主宰)の研究集録で、第1巻『怪異を歩く』、第2巻『怪異を魅せる (怪異の時空)』、第3巻『怪異とは誰か (怪異の時空)』で構成される「怪異の時空」シリーズの一冊です。私の駄文以外は、国文学民俗学宗教学研究者の方々による立派な研究論文です。

Web評論誌『コーラ』に寄稿

すでに黒猫編集長の告知もあり、

http://d.hatena.ne.jp/kuronekobousyu/20161215/p2

岡田有生さんのブログ

http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20161215/p1

でも紹介されており、広坂はまったく出遅れてしまいましたが、Web評論誌『コーラ』30号に、岡田さんとの共作<前近代を再発掘する>第6回「地獄は一定すみかぞかし」を寄稿いたしました。

ブログを通じて知り合った岡田さんにつきあってもらって続けてきた『太平記』読みもこれで一段落です。

私の担当パートでは、高師直のことや、『太平記』作者がしきりに『史記』を参照していることの意味についても考えたかったのですが、この春以来、家庭の事情が激変して、とうていその余裕がなくなってしまい天狗の話に終始しました。その分、岡田さんが素晴らしい論考「正義と地獄」を寄せてくださいました。何年にもわたり、私のムチャぶりにつきあってくださった岡田さんには感謝の言葉しかありません。

◆Web評論誌『コーラ』30号のご案内

 ★サイトの表紙はこちらです(すぐクリック!)。

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/index.html

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  ●寄稿●

  マイノリティについて語る倫理

  ――「子ども貧困」を一例として

  田中佑弥

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/kikou-30.html

  本稿を書こうと思った契機は、「新貧乏物語」の捏造である。「子どもの貧

 困」をめぐる昨今の事象を振り返りながら、まとまりのない文章で恐縮ではあ

 るが、考えたことを書き記したい。

  捏造があった「新貧乏物語」は『中日新聞』による2016年の連載記事であ 

 る。『中日新聞』の検証記事(1)によれば、以下のような捏造があった。

   五月十七日付の名古屋本社版朝刊の連載一回目「10歳 パンを売り歩く」

  は、母親がパンの移動販売で生計を立てる家庭の話。写真は、仕事を手伝う

  少年の後ろ姿だったが、実際の販売現場ではない場所での撮影を、取材班の

  男性記者(29)がカメラマンに指示していた。少年が「『パンを買ってくだ

  さい』とお願いしながら、知らない人が住むマンションを訪ね歩く」のキャ

  プション(説明)付きで掲載された。

   撮影当日、少年がパンを訪問販売する場面の撮影は無理だと判明。少年に

  関係者宅の前に立ってもらい、記者自らが中から玄関ドアを開けたシーンを

  カメラマンに撮らせた。

  また、五月十九日付朝刊の連載三回目「病父 絵の具800円重く」でも記者

 は、「貧しくて大変な状態だというエピソードが足りないと思い、想像して話

 をつくった」。

  報道は正確でなければならないが、本稿で考察したいことはそういうことで

 はない。(以下、Webに続く)

 

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 ●連載<前近代を再発掘する>第6回●

  地獄は一定すみかぞかし

  岡田有生・広坂朋信

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/zenkindai-6.html

  前置き

  黒猫編集長にさんざんご迷惑をかけ、岡田さんに無理やりつきあってもらっ

 て、脱線を繰り返しながら続けてきたこの企画だが、『太平記』を一通り読み

 終わったので、今回で一区切りとしたい。(広坂)

  天狗太平記(広坂朋信)

  ■鎌倉幕府滅亡の予兆

 『太平記』にはしばしば天狗が登場する。天狗は、歴史物語としての『太平 

 記』の前近代性を際立たせている特徴の一つだろう。

  まず前回取り上げた「相模入道田楽を好む事」(第五巻4)から見ていこ 

 う。

  田楽に夢中になった北条高時が、ある晩、酔って自ら田楽舞を踊っている 

 と、どこからか十数名の田楽一座の者があらわれて、「天王寺の妖霊星を見ば

 や」と歌いはやした。高時の屋敷に仕えていた女中が障子の穴からのぞいてみ

 ると、踊り手たちは、あるものは口ばしが曲がり、あるものは背に翼をはやし

 た山伏姿、つまり天狗の姿であった。

  この場面をどう受けとめるか。高時の舅が駆けつけたときには、怪しいもの

 どもは姿を消していた。畳の上に鳥獣の足跡が残っていたことから、天狗でも

 集まっていたのだろうということになったが、当事者である高時は酔いつぶれ

 ていたので、目撃者は、家政婦は見たよろしく障子の穴からのぞいた女中一人

 だけである。(以下、Webに続く)

 

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 ●連載:哥とクオリアペルソナと哥●

  第40章 和歌三態の説、定家編─イマジナル・象・フィールド

  中原紀生

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-40.html

  ■音象、ネイロ、世界の影

  前章の最後の節で、パンタスマ(虚象)の音楽的効果について簡単にふれま

 した。今回はその補足、というかやや蛇足めいた話題から始めたいと思いま 

 す。

  大森荘蔵著『物と心』に収められた「無心の言葉」の冒頭に、時枝誠記の著

 書(『言語本質論』(『時枝誠記博士論文集』1))からの孫引きで、平田篤

 胤の次の言葉が紹介されています。「物あれば必ず象あり。象あれば必ず目に

 映る。目に映れば必ず情に思う。情に思えば必ず声に出す。其声や必ず其の見

 るものの形象[アリカタ]に因りて其の形象なる声あり。此を音象[ネイロ]

 と云う」(「古史本辞経」、ちくま学芸文庫『物と心』98頁)。

  いま手元にある『国語学原論』総論第七節「言語構成観より言語過程観へ」

 の関連する箇所を拾い読みしてみると、時枝はそこで、「特定の象徴音を除い

 ては、音声は何等思想内容と本質的合同を示さない。これを合同と考えるの 

 は、音義的考[かんがえ]である。」と書き、先の一文を例示したうえ、「音

 声は聴者に於いて習慣的に意味に聯合するだけであって、それ自身何等意味内

 容を持たぬ生理的物理的継起過程である。音が意味を喚起するという事実か 

 ら、音が意味内容を持っていると解するのは、常識的にのみ許せることであ 

 る。」と書いています(岩波文庫国語学原論(上)』108頁)。

 (以下、Webに続く)

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 ●連載「新・玩物草紙」●

  黒岩涙香/地 図

  寺田 操

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/singanbutusousi-34.html

  黒岩涙香

  5月の大型連休のさなか、「黒岩涙香」の文字をみつけて胸がざわついた。

 竹本健治『涙香迷宮』講談社2016・3・9)の新刊。探偵小説家・涙香 

 (1862〜1920)が主人公では?それとも評伝的な小説なのか?

  1980年代、黒岩涙香の翻案探偵小説『幽霊塔』『鉄仮面』『死美人』 

 (旺文社文庫)などを読んだ覚えがある。《雪は粉々と降りしきりて巴里の 

 町々は銀を敷きしに異ならず、ただ一面の白皚々を踏み破りたる靴の痕だも見

 えず、夜はすでに草木も眠るちょう丑満を過ぎ午前三時にも間近ければ》…書

 き出しから怪異の時間に引き込まれた。警官2人の警邏中、黒帽子に長外套の

 襟をあげて顔をかくす紳士が下僕を従えて歩いてきた。下僕の背には重たげな

 籠。なかには絶世の美女の死体。肋骨のあいだにスペードのクイーンの骨牌

 (カルタ)の札が突き刺さり…。フランスの作家ボアゴベイ原作『死美人』

 だ。(以下、Webに続く)

2016-12-07

[]近況

なんだか鍋。ブロッコリ。

昨日は昼間は温かかったのに、夕方から木枯らしが吹いて急に冷え込んだので、キムチ鍋にしようと思ったのだった。

手羽元で出汁をとり、白菜、豚肉、豆腐、ようやく値下がりしたキャベツなどを煮て、冷蔵庫の隅で少しばかり残っていたキムチ鍋の素を入れたあと、冷蔵庫の奥から発見された少し柔らかくなったトマトをどうしようかと迷ったあげく、これも鍋に入れてしまった。

こうしてキムチ味のトマト鍋ができあがり、恐る恐る食べてみると、結構美味しかった。

先月は、認知症の急性期に入った老父の世話でてんてこ舞いで、ついに一度もブログの更新ができずに、はてなダイアリー市民権を剥奪されてしまった。

主治医の奨めで老父は高齢者認知症専門の病棟に入院させたが、ホッとする間もなく老母が看病疲れで寝込んでしまい、その看病で私が疲れているのが現状。

そうこうしているあいだにも、仕事が山積みになり、ただでさえ火の車の家計はピンチ。

いつも強気の妻に手を引いてもらって、なんとかこの逆境を乗り切って新年を迎えたいものと、ただひとえに願っている。

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