アメリカ在住オタは電気ウナギの夢をみるか。〜オタク文化伝導日記〜

分室: ネギま!で遊ぶ (4/27更新)
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2005-03-17

[][]それは国際化じゃねえ


最近ふと思ったのですが、日本に居ながら「国際化」を唱えてる人たちって、すごく大きな勘違いをしていると思うのですよ。


というのは、彼らが目指しているものって結局、「日本人島国根性を捨てて外人ぽく振舞えるようになろう」ってとこにあるじゃないですか。


その考え方からして、島国根性捨ててないというかw



自分の一年半足らずの経験からの発言で恐縮なのですが、国際化というのには2つのステップがあるとおもうのですよ。


最初のステップは、外国人は自分らとは違う文化を持っていると知る過程。これはある意味常識であり、ある程度成長すれば誰でも知っていることでしょう。


で、第二のステップが、色々な国の人が集まる場で、日本人として振舞えるようになる過程。これは実際に経験がないと多少大変かもしれません。



問題は、第二のステップを経験したことない人が国際化を叫ぶことにより、国内において誤解を広めるところにあるのではないかと思います。


外国人と頻繁にコミュニケーションを取ったことのない人たちは、自分らの日常感覚である「社会に出るということは、他人にうまく合わせること」という考えを延長し「国際社会に出ることは、外国人に合わせること」だと考えたのではないでしょうか?


しかし、いろいろな国の人が一同に会する場でそれぞれの国の人が求められていることというのは、あくまでも、その国の人として振舞うことだと思うんですよ。


「違いを理解して」なんていうのは、その場に居合わせれば誰でもわかるし出来ることであり、第一のステップを経ている人なら特に困ることはないと思います。


問題は、その場に居合わせた「日本人」として、どう振舞うかだと思います。


そのためには、もっと自国のことを知り、語る言葉を持ち、さらに各国との国際的な関係も把握しておくことが重要だと思います。特に第二次大戦がらみは未だ恐ろしく引きずってるんで押さえておくべきかと。



で、間違った国際化を唱える人たちの最前線に居るのが、カタカナ読みの名前をつける人だと思います。


あれって、あらゆる意味意味がないと思いますよw


まず、国際社会に出そうとしているのに、どこの国の人かも分からんような名前を付けても意味がない。国ごとに多種多様な名前があるのは当然なのに、何でどっかの国を真似たような名前を付ける必要があるのかw


第二に、活躍しようとしてる国の、マイノリティに当る名前を持っていると逆に不利。アメリカなんかだと、今ヒスパニックが問題になっているので、ラテンっぽい名前をもってると逆に不利になります。


第三に、海外では名乗る名前は結構適当。自分で適当な名前をつけてそれを正式な通り名にしたり、名前を変えたりとか結構普通です。韓国人なんかは、アメリカに来るとアメリカンネームを作って通り名にします。海外で活躍したかったら、その地域に行ってから、そこで通じる名前をつけりゃいいんですよ。



だいたい、外人っぽい名前をつけて外人受けしようなんて考え方が間違ってます。日本人なら日本人の名前で活躍して、日本の名を上げろと。


なんか途中から愚痴っぽくなっってしまったけれど、結局これが言いたかったんですねw 最近意味もわからず横文字の名前をつける親が増えていて、イライラが募ってたので文章にしてみましたw



追記:

単なる欧米への憧れから横文字っぽい名前つけてる人も多いと思うけど、そんなやつらはむしろ相手にしないw


2005-02-09

[][]消費者としてのオタク

鬱になるほど勉強がはかどらないんで駄文でも。orz


以前からなんとなく思っていたのですが、最近は「オタク」になるために、「知識」という要素があまり重要ではなくなってきていますよね? 昔はオタクを名乗るためには、それなりの知識と語りが必要だったものが、最近ではとりあえず、萌えるアニメでも見て、アニメイトあたりでグッズでも買えばもう立派なオタクです。このギャップはどうして生じたのか、適当に想像してみました。


まず最初に、ごく簡単にオタクの歴史を主に男性視点で振り返ってみると、ヤマトが放送されたのが74年。ここら辺のファンが第一オタク世代を形成します。第一回コミケも75年。ガンダムが79年で、「おたく」という言葉が誕生したのが83年。当時は知識云々という多少でもいいイメージは無く、完全な蔑称として誕生しました。(多少ともいい意味を付け加えられたのは岡田氏の功績か)


その後、第一世代のオタクが作品を創り出すようになると、多少オタク向けとなった作品が出始めるようになります。この頃のファンが第二世代でしょうか(合ってるかな??)


そして、セーラームーンからエヴァへと流れる萌えの発見によって、現在の主流である第三世代が誕生します。これは、一説にはセーラームーンがなぜブームになったのかを分析した庵野氏が、作品中において萌えを増大させていくという図式を発見し、それを実践したのがエヴァであるといわれています。エヴァの成功により、ストーリー破綻、もしくは完結しなくても、世界設定とキャラ、つまりは萌えで商業的成功を得ることができると証明されました。


(ただ、95年は天地無用、ガンダムWスレイヤーズ、エルハザードなどの作品が一気にTVアニメ化された年なので、期が熟していたともいえるかも。OVAも含めて遡ると、源流は天地2期か女神様あたりか。それでも、庵野氏の、世界設定とキャラによる商業的成功の意味は大きいと思う。)


次に、世界設定とキャラを上手に使って成功した?例はセンチメンタルグラフティかなと思います。いやホント、設定と萌えだけだったしw これもそれなりの商業的成功を収めたと思います。


これを時期を同じくして、葉鍵系のゲームが一気に泣きゲーブームを作ります。この時期一番消費されていたのは何かと考えると、やはり設定とキャラではないでしょうか。ゲームをするというのはあくまでも出発点であり、ユーザーが本当に楽しんだのは二次創作であったと思います。これは直接はメーカーの利益にはなりませんが、同人市場のボリュームアップと、エロゲというジャンルの固定ファンを作るという意味で貢献したと思います。


その後、メディアワークスの一大企画、シスタープリンセスが世に送り出されます。このシスプリの優れていた点は、その設定の奇抜さと、徹底的なストーリーの排除だと思います。


まずは設定に関して。第一に、設定の奇抜さにより、本気ではまるファン、ネタで本気ではまるファン、そのネタを見て楽しむファン、などのファンを多層構造化し、いろいろなアプローチでの楽しみ方を提供することに成功しました。第二に、その設定そのもののネタ性により、シスプリに触れること自体がネタであり、レジャーであることに成功しました。例えば、シスプリにおいては、ポスターを買ったり、キャラコレ本を買うこと、それ自体をネタとして楽しむことができました。


次に徹底的な物語の排除について。シスプリでは、アニメにおいても、ゲームにおいても物語をなくす(つまり、アニメ後もゲーム後も、シスプリ世界に変化をもたらさないという意味で)ことにより、ユーザーに設定を自由に使う自由を与えました。これにより、ユーザーに与えられたものはシスタープリンセスという「環境」であると考えられないでしょうか?つまりユーザーは、世界とキャラの設定という自由な環境を与えられ、その中で好きに遊んでいいよというわけです。遊び方の例は公式モノが提示し、後はご自由にというわけです。


この、シスプリという「環境」が奇抜でおもしろいものであったため、ユーザーは長きに渡り、自由に遊ぶことができたんではないかなと思っています。


そして、ここでなされた最も重要なことは「物語の放棄」ではないでしょうか。ここにきて、もはや物語は必要不可欠なものではなくなってしまいました。


この頃と同じくして、ブロッコリーによる萌え要素の分割と再構成の発明という事件がありますが、直接関係ある話ではないので詳しい話は割愛します。が、これがキャラクターのカタログ化が行われるきっかけになったと思います。


その後DVDの普及により、キャラクター商品展開+DVD売上で制作費を賄うという新しいビジネスモデルが誕生し、UHFや衛星局でのアニメが乱発し始めます。そしてここで作られるアニメの多くは、安い制作費でキャラものを作り、何本かに一本のヒットを狙う形式でした。



この流れを振り返って言えるであろうことは、95年頃を境とする、萌えの発見によるキャラ重要度の増加と、そのキャラ達が暮らす世界感の重要度の更なる増加。そして、その需要を満たすキャラクター商品の消費の増加が一点。


オタク向け作品の増加により、オタクは能動的におもしろさを探す必要がなくなったのが一点。


萌えメインストリームになることにより、「知識」に加え「いかに萌えているか」がオタクを量る指標になったのが一点。


これに、作品数の圧倒的増加というファクターが加わり、オタクの活動は、最も歴史ある「一つの作品を研究する」という楽しみ方から「多くの作品を軽く鑑賞し、それを元ネタにして遊び、キャラ、設定を消費する」という形に変わっていったのだと思います。


これが、冒頭の一つの解答ではないでしょうか?


現在オタクは、いかに上手に多くの作品を消費し、それをどれだけ楽しむか、という点に特化しつつあるということです。そしてそれは、オタク関連商品をいかにうまく消費するかということでもあります。


皮肉なことは、もともと玩具会社の宣伝番組(究極的にはガンダムもそう)をいかに楽しむかという点からスタートしたオタクが、今またそのビジネスモデルに踊る消費者に帰ってきてしまった点でしょうか。


この点についてはまだいろいろ語りたいことがあるので、筆者は「消費者である」という点については否定的でないということだけを強調しつつ、いいかげん長くなったのでここいらで筆を置こうとおもいます。



なんかすんげー書いちゃいましたw 思いつきえを並べただけなんで、疑問、反論、共感等ありましたら、適当に書いてもらえるとうれしいす。



追記:

mixiの方でいくつか反応があったので補足説明。

一般的に「オタク」の指す意味の変化が生じたのは、一般人が自分のよく知らないアニメ作品にはまる人たちを区別するためにそう呼び始めたため、というみかたがあるとおもいます。今回はそれとはまた別のみかたを探してみたと同時に、その原因を探ってみたと考えてもらえれば嬉しいです。


それと、今回はオタクであるための最低条件を探るための考察だったので、結果的に創造的活動をしていらっしゃる方々を、消費者としていっぱひとからげにしてしまうことになりました。これは意図するところではないんで、ここで補足しておきます。

2005-02-06

[][]宗教モラルと、勤勉な日本人

今日は一足早い Chinese New Year のパーティに行ってきました。

たまに参加させてもらっている、アジア人メインの聖書勉強会のパーティで、クリスチャンじゃないのは多分自分だけ。よくあることですがw


そこで会った、ベトナムから亡命してきたという若い量子物理学者の方に、おもしろい話を聞きました。彼によると、アメリカは(イスラム圏を抜きにすれば)世界で最も宗教的な国の一つなのだそうです。


彼は、物理法則の中から神を感じるために量子物理学者になったという筋金入りのクリスチャン。結構世界を飛び回っているそうですが、彼曰く、祖国ベトナムは生活習慣として宗教が残っている程度の無宗教状態。(日本と一緒だねって言ってました。よく知ってるなと感心)

ヨーロッパは北も南も、イタリアでさえも、あまりキリスト教には感心がないらしく、ちょっと残念がっていました。


確かによく考えてみると、共産主義国に関わった国は無宗教時代を経ていますし、植民地化された経験のある国は宗主国の宗教であるキリスト教が土着の宗教を駆逐する形で入ってきています。(そういう意味ではタイなんかは独自の宗教文化を維持していておもしろい)これにイスラム圏をマイナスすると残るのはもうインド、北米、西ヨーロッパくらい。


インドはひとまず置いておいて、西ヨーロッパがダメだとすると、残るのは、確かにアメリカということになります。すげぇ、今日指摘されるまで全然気づかなかった。


そう考えると、アメリカはありとあらゆる宗教に触れられる、かなりおもしろい土地なのかもしれないです。逆に言うと、ちょっとがっかり。


というのは、自分が宗教というものに興味を持ち始めたきっかけが

「日本でモラルが急激に低下している理由は、宗教によって倫理が規定されるしくみがないからかもしれない。ある意味倫理を規定していた、周りの目、というものが急激に無くなるにつれ何が悪いかを規定するのが難しくなり、殺人、という行為の是非についても議論が必要な状態になったのではないか」という自分の仮説を検証してみたいと思ったからであり、

日本の100倍マナーが悪い米国が、世界で最も宗教的な非イスラム国なんて言われた日にゃ、ちょっとがっかりもしてみたいところ。


まあ、ここから言えることは、キリスト教は使えない、ってことだけですがw


ところでアメリカに来てから気づいたのですが、日本人って、少なくとも外から見ると、もう信じられんくらい、勤勉で、礼儀正しく、自省を欠かさない謙虚な民族ですよ。


日本では、やるべきことはやって当たり前。

アメリカでは、やるべきことをやったら偉い!

多くの国では、やるべきことをやらないのは普通。


モラルが悪化してる!なんて騒いでるのも、日本人が謙虚で自省に優れていることの現われじゃないかなってのが、最近の意見です。


日本のビジネス雑誌はいつも日本型を否定し、欧米のどっかの会社のシステムばかり紹介していますが、アメリカビジネススクールでは日本型モデルは素晴らしいものとして、常に引き合いに出されています。(MOT専攻の友達談)素晴らしい謙虚な自省の精神。これが日本の底力かも。


モラルでいうと、受付嬢が風船ガム膨らましながら対応、マック店員の注文を聞き取れなかったときの対応は「んぁあぁ!?」(眉をひそめて)、トイレで小をする時は便座を上げず尿を便座に撒き散らす。これって、アメリカでもかなり文化教養レベルが高いと言われているウチの市の、しかも大学近辺で起こってることです。


仕事で言うと、平日は5時帰宅、金曜は3時帰宅。祝日は徹底的に休む。それでもなぜか仕事は回る。何でだかいまだに謎。アメリカでは学生が忙しく、社会人になると暇、ってのは一般的です。日本人超働き者。


自省的なのは日本人の最も優れている点の一つだと思います。そして、欠けているのは自信と自愛でしょうか。声高に叫びたいです、日本人ってすごいんだからもっと自信持とうよと。

2004-03-18

[][]電気屋のアニメコーナー

先週末から今週末にかけて春休みだったんですが、調子に乗って

遊びまわりすぎて更新をおろそかにするどころか宿題に追われるハメに

なってしまいました(ダメ 10日も空けちゃったんで軽く更新します。


最近"Best Buy"という日本でいう家電量販店に行ってきたんですが、

そこの日本産アニメコーナーが意外と充実していてびっくり。

陳列棚で4つ分もありました。比較のため2軒見てきたのですが、

アニメはどちらの店も棚4つ、対するディズニーは棚1、2こ、ファミリー向け

コーナーが棚2,3こ分といった感じでした。ディズニー+その他家族向けで

アニメとおんなじくらいでしょうか。


専門店ならいざしらず、一般向けの店でここまで大きく扱われているとは

思わなかったので正直ちょっと驚きました。

タイトルも旧作のBOXから最近の萌え作品まで幅広く取り揃えており、

品揃えでいったら日本の家電量販店の平均を超えてると思います。

最近はかなりのタイトルが英訳されているという状況と、一般向けにも

比較的大きく扱われているという事実を考慮すると、日本のアニメ

アメリカが発掘するという時代はもう終わりかけていて、

次にやるべきことは一般向けの市場をもっと開拓するための

イメージ戦略などの、ただ持ってくるだけとはスケールが一回り違った

大きな仕事になるんじゃないかななどと思っています。


日本のようにアニメは子供か大きなお友達向けみたいなレッテルを貼られると

(すでに貼られつつあるような気もしますが)どうしても伸びなやんじゃいますし

やっぱりイメージ戦略は必要だと思います。

最近の作品はオタ向けばっかりで、文脈を知らない人達に対する求心力が

非常に弱まっている感じがします。ここのところをうまく押さえていかないと

日本規模の市場がもういっこ出来る程度で止まってしまい、CoolJapanどころか

うさんくさいOtakuJapanになってしまうんじゃないでしょうか。

実際キリスト教系の保守派の人達はラブひななどの露出が高い作品を

レートなしで販売しているということに対して反対運動を開始してたり

してますし、今後アメリカで売りさばこうと思うなら、やはりイメージ戦略が

非常に重要だと思うのです。


ところで今の日本の最先端の萌えをCoolなものとして海外に出すことって

出来るんですかねえ。萌えの半分くらいはエロみたいなもんだし。

アメリカに来て気づいたんですが、日本並に性的なモノが開放されている

国ってそうないんですよ。アメリカの方がよっぽど厳しいし、他の国は

もっと厳しい。そんな開放的な国日本でさえ、ロリコンオタク殺人!!

みたいに(歴史的に仕方ないかもしれないですが)叩かれるわけで、

これがアメリカで起こったら結構な騒ぎになると思います。


こうしてみると、過去の秀作を掘り起こされ尽き、新規が萌えばかりでは

どんなにがんばっても今後数年の後には市場がしぼみはじめるような気がして

しまいます。頼みの綱だと思ってたイノセントもなんかアレみたいだし、

今後どうすりゃいいんでしょうかねえ。

自分としては、ネット巡回してて何度か見かけた意見でもありますが

アニメは子供のものっていうレッテルをちゃんと剥がし、大人が楽しめる作品

(「大人も」ではない)を作り、しかも売れるようにしていくっていう努力

がやっぱり必要だと思います。

本格的に海外にアニメを売ろうと思うなら、まず電通などのでかい広告代理店が

率先して国内でのイメージ向上を図る、これが第一歩なのではと思います。


シナリオ的には、萌えエロ作品ができるだけ日本アニメのブランドイメージ

傷つけないようにしつつ、過去の遺産が食いつぶされないうちに

新規の一般市場向け作品を開発します。これには広告代理店の協力が

欠かせないと思います。そして、この文化を下から支える萌えでありエロであり

同人誌的なものも規制はせず守っていく方針をとります。

こうすることにより結果として一般人は一般向けのみを鑑賞し、オタは

両方を鑑賞するという構図ができあがると思います。これはつまり

アニメがcoolになったとしてもオタクがcoolなわけではないということ

なのですが、オタクがファッションになったら空中分解してしまうという

考えかたから見ればこれは非常に妥当であり、オタクを守るという意味でも

よい選択なのではないかと思います。この構図を作ることができれば

一般市場向けの大量消費作品とマニア向け市場の濃い作品という輸出体制は

整うわけで、これによりアニメをcoolにしつつ、海外のオタクオタクたらしめる

ということが可能になると思うのです。


電気屋の棚についてちょっとだけ書くつもりがいつの間にかダラダラとした

長文に。。。(ぉ 課題がやばい。カルマンフィルタとかSLAMとかわかる人

いたら助けてください(ダメダメ 

流行の言葉で言ったら「バカ!バカ!まんこ!!」


今日の結論:みさくらネタ最高!特に↓

http://that.2ch.net/test/read.cgi/gline/1079513672/3


まとまったところで、ごきげんよう。

kazu0248kazu0248 2004/07/08 21:05 なんかおんなじ様な日記でびっくりしました。いやはや俺もアメリカでオタやってます。アメリカでエロゲについては俺も書こうと思ってます。実は加奈(Kana-English)が結構一部で人気みたいです。詳しくはうちの日記で。

2004-03-04

[][]TIME、これからの日本を語る

http://www.time.com/time/asia/2003/cool_japan/story.html

追記:情報元はゆらくらくらげさん


TIMEで日本特集をしているようなのですが、その中の記事の一つが

おもしろかったので紹介。

多少長いので超簡単に要約すると、「日本は工業製品を売る時代は終わった。

これからはPOPカルチャーを世界に輸出してCoolな日本になる」

って感じです。これ系の話題は最近よく耳にしますが、アメリカのマスコミが

扱っているのを見るのは初めてなのでなかなか興味深かったです。


POPカルチャーの中には音楽やファッションをはじめ、当然我らがマンガ、アニメ

ゲームが含まれるわけで、それがTIMEなんかで取り上げられたりすると

ああついに始動するんだなあとしみじみ思ってしまいます。

個人的な予想としては、今後一番伸びる可能性を秘めてるのがマンガ、

その次がアニメで最後はゲームかなと。マンガは日本の出版の約4割を占めていて、

最近では大人も子供も読むものとして認識されていますが、アメリカでは

コミックは大人が読むべきものではない上、本自体、あまり読まれる傾向が

ありません。通勤手段も車なので、移動中雑誌や本で暇を潰すってことも無理。

というわけで、現状でマンガはほぼ未開。翻訳されたマンガもここ最近

ようやく一般向けの大型書店でも扱われ始めた段階です。

これは逆に見れば市場が未知数なわけで、うまくマーケティングして市場開拓

できればかなりの結果が期待できるんではないでしょうか。


逆にゲームは、市場が結構固まってる分大きな飛躍は期待できないんじゃない

かなと思います。これに関してはあんま詳しくないんで詳しいコメントは

控えます。


最後にアニメに関してですが、これは一体どうなるのか、相当難しい

分野じゃないのかなあというのが現状での意見です。

最近のアニメは子供&ファミリー向けとオタク向けに二極化しているわけですが、

そのどちらも市場を拡大していくのはなかなか大変かなあと。

まず子供向けアニメに関してですが、これはピクサーの作品とか妙にリアルな

キモい猫に勝ってるか劣るかはよくわからないですが、とりあえずだいぶ

善戦していると思います。たまに付き合いのあるファミリーの小学生の息子は

ポケモンだったかデジモンだったか遊戯王のカードが学校で流行してるとか

言ってニコニコしながらコレクションを見せてくれるし、街を歩いていても

結構広告を見かけます。これはもうだいぶ浸透しているなあと。

なのでここでの問題は、もうこれ以上引っ張ってこれる作品がそう簡単に

見つからないんじゃないかなと。

アメリカのメディア系の会社は結構血眼になって次のHIT作を探しているようですが

探しても日本にないもんはないわけで、なかなか大変らしいです。


となると、これから売っていくのは青年向け、オタク向け、少女漫画

なんかだと思うのですが、青年向けのマンガはあまりアニメ化されてない、

オタク向けは萌えばっか、少女漫画は、うーん、意外とねらい目?

あ、腐女子向けを忘れてました。YAOIは人気だけど、一般に売れるようにするのは

難しいだろうなあw もし国が本格的に基幹産業にする気なら、やっぱ

海外市場を意識した作品づくりとかするんですかねえ。

逆にこのままだと売る作品が見つからないんじゃないかと、結構本気で

おもったりしてしまいます。


関係ないですが、日本の超最先端の萌え作品が、「前衛的だ」などといって

アメリカのファッションに取り入れられたら最高におもしろいですねw

日本でも現代思想がファッションになったことがあるわけですし、

何がどうなるかわかりません。アメリカのオシャレ軍団が萌え萌えするどころか

NYコレクションあたりにまで現れたりしたら爆笑を通り越して感動ですね。

コテコテのラブコメは嫌われますが、ストーリーを剥奪され属性の集合体

となった萌えキャラは、突然変異を起こしてやれば村上隆じゃないけど

アホなことになるんじゃないかななどと思って期待しております。

そしたら逆輸入とか始まってもっとおもしろそうだ、haha。


例えばわたおにが超coolな世の中、どうでしょう?

2004-02-25

[][]アメリカオタクを続けるということ

お久しぶりです。課題とプレゼンとテストが重なって死にかけてましたw

アメリカ大学院はスロースタートで徐々にキツさが加速していくので

今後も気を抜けません。


ところでアメリカオタクを続けるというのは、大変なようでいて意外と楽

でもあり、逆に楽そうな気がするけど意外と大変だったり、自分でもなんだか

よくわからないような状況です。

最近ではインターネットがだいぶ普及したおかげで、オタの日常業務ともいえる

ネット巡回なんかは日本にいるのとまったく変わらないですし、

アニメを一日遅れで見るなんてのも、地方にいるのと変わらないと思います。

逆に大変なのはモノが入ってこないことです。例えばネットで話題になっている

モノを実際に手に入れて一緒に盛り上がったりはできないし、お気に入り

のマンガの続き、ニューアルバム、DVDなんかを手に入れるのも大変です。

一応どれも海底ケーブル経由で手には入るんですが、オタ的にはモノ自体

というのがやっぱり重要なわけで、やっぱりそれでは不満なのです。

#まあおかげで無駄遣いはだいぶ減りましたがw


モノについてはまあ予想できる範囲だと思うのですが、意外と大きいのは

オタ友達の存在です。オタクというのはやはり何か気持ちを共有するというのが

自分がオタクであるということを認識する上で重要だと思うのですが、

外人オタはやっぱ何か違うんですよ。どうも共感できない。

例えて言うなら自分は未開の地に入った宣教師、フィールドワークに出向いた

文化人類学者のようなもので、ツルみはするんですが、どうも一体化は

できないのです。比較的純粋に作品を楽しむ外人と、もともと文脈が違う上

作品を斜に見て笑う俺、こりゃ共感できないわなあw


てなわけで、日記ではオタ外人がどうしたこうしたとか書きつつも

実は普段の付き合いは非オタばっかだったりもしますw

実際女の子相手にはほぼ隠れオタ状態だし、アニ研を除いて俺のオタっぷりを

知っているのは仲いい友達数人だけだったりします。部屋も普通、

服もオタ記号を極力含まないように多少は気を使っているので、

これで話題なんかも普通のことを話していたりすると危うく脱オタして

しまいそうになるわけです。関係ないですが、一時期いろんな人に

JapaneseYakuzaとか言われたときはちょっと凹んだ。Yakuzaかよ。

そんなに印象悪いのか俺は。


自分も最初は、アメリカに来たこの機会にいっちょ脱オタでもするか!などと

考えていたのですが、いざ足を洗うとなるとこれはこれで大変。

長年共に歩んできたオタ魂はなかなか抜けないですし、ちょっと抜けかけると

心にぽっかりと穴が空いたりして、これはこれで辛いものなのですw

で、大変な留学生活の現実逃避にオタサイト巡回なんかしてるうちに

結局逆戻りと。


そんなこんながありまして、結局自分は中途半端が嫌いというのもあり、

「どうせずるずるオタ引きずるならいっそのこと伝導師になってやる!」

と半ばヤケでこんな活動を始めた次第です。いざ始めてみると両国のオタを

比較することによって自国のオタ文化を再確認できたりして、

これまたなかなか楽しかったり。ただ、それに伴って失いつつある

ものも確かに存在します。それは熱いオタの魂!

いつの間にか踊るアホウから見るアホウになってやがります。これは困った。


オタクは魂だと思うんですよ。オタクが魂を失って批評なんかを始めたら

それは単なる評論家に成り下がってしまう。で、実際非オタの友達に、

オタクなんだけどオタク研究をしているオタクとはちょっと違う人」

などといういいんだか悪いんだかよくわからないような半端な評価を

されてしまうわけです。


結局何が言いたいのかというと、「最近オタ話してねえなあ。ああ存分

ダメな話して無駄遣いしてハァハァしてえ」と。次帰省した際には、

その3つが同時にかなう喫茶店などをハシゴしてやろうかと考えています。

まる。あとマジカルナイトとか行ってやる!!

2004-02-19

[][]日米、萌えの構造

現在授業の方がかなり立てこんでるので数日更新が滞りそうです。

ネタ自体は豊富にあるので、そのうち手が空いたときまとめて

うぷします。


ちなみに今日はアニ研の友達とレストランに行ってきたのですが、

そこで萌え一筋のオタ(その場にはいない)が、あれは引篭もり

だとか(ちゃんとHikikomoriって言ってた)、ああなっちゃダメだみたいに

叩かれてました。以前のハロウィンパーティでも、ラブひな命のオタが

猫耳しっぽのコスプレ婦警に退治される寸劇をやってたりもしてるところを

みると、ここアメリカでは(も?)萌えオタはあまりいい目で見られて

いないようです。


ところでラブひながアメリカオタに与えた影響はだいぶ大きいらしく、

例えば好きなアニメなどを聞いても、「ラブひなみたいなのも見るけど

どっちかというとカウボーイビバップみたいなのが好きだな」とか、

「ラブひなはいちお全部買って見たけど、それほどいいとは思わないな」

のように、こっちから聞いてもいないのにラブひなを持ち出して、

結局好きなんだか嫌いなんだかよくわからんコメントを残してくれます。

これが「ラブひなマンセー!!オーイェ!!!」となると一気に

周りから白い目で見られることに。アンケートでは確かに萌え

感じているようでしたが、萌えばっかりというのはどうにもよくないようです。


この理由を分析するのはまた一仕事になりそうですが、現状の妄想を

書き連ねるとすると、それはやはり萌えに関する文脈の不在が要因の

一つなのではないかと思います。日本の場合は、うる星やつらなどの

ラブコメアニメが土台をつくり、そこにエヴァから入った集団が

セーラームーン等で成熟したキャラ萌え同人文化に触れ、

さらにオタ系各社がキャラを売りにしたメディアミックス商法を展開。

雫、痕、ToHeart、One、Kanonなどのエロゲがインターネットの普及と並行して

怒涛の泣きゲーブームを作り、同時にセンチやシスプリなのどメディアワークス

的商法がオタクからストーリー重要さを奪います。そして残ったのは

萌えでしたと。これがいわゆる萌えの世代ともいわれるオタク代三世代の

簡単な流れだと個人的には思っているのですが(主に男性視点で、あと

サブカルオタも除外)、アメリカにはこの流れがないと(思う)。


以前からも多少ラブコメはあったりもしたと思うけれど、本格的に

流入し始めたのはここ数年の傾向で、しかも拍車をかけたのは、fansub

といわれる自主翻訳アニメやマンガらしい。アメリカの流れは正直まだ

把握しきれていないのですが、軽く触れた感じでは、セーラームーン

エヴァなどの大きなムーブメントの後、ここ最近急激にみつみ美里の流れを

汲む萌え絵を持つ作品(つまり現在のいわゆる萌え系作品)が流入し、

一つのファン層を作っているような気がします。このファン層の日本と

違うところは、層の広がり方が1/x的反比例グラフのような形を

しているのではないかというところです。つまり、一握りのコアファンと、

なだらかに広がるライト層。その点日本の場合は円の右上1/4を切り取ったような

構造をしているんじゃないかなと思います。つまり萌え系という大きな塊があって

それは外としっかり断絶していると。そのためアメリカの場合は萌えライト層

からの萌えオタへの突き上げが存在するのですが、日本の場合は全体が萌え

という大きなクラスタを形成しているので、非難が上がるとすれば一般人からか

その他の種のオタからということになります。しかし断絶している分声は届き

にくく、結局内部ではある種宗教的な共有感を持って萌えの信仰は続けられると。


オタクの構造的な問題のほかに、もちろん人種や文化的背景はあると思う

のですが、その点に関してはまだまだ把握しきれていないので今回は

触れないでおくことにします。


って、今日は課題がやばいので更新が滞るとの告知のみの予定だったのですが、

気づいたら何か大量の文章ができあがっていました(亡

やばいっす、やべえ。土曜もパーティなのに。何考えてるんだ俺。

焦りと後悔の念と共に、ごきげんよう。


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