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2012-02-18

 熊野純彦 『西洋哲学史 近代から現代へ』

   西洋哲学史―近代から現代へ (岩波新書)

新書: 292ページ

出版社: 岩波書店 (2006/9/20)







□ 西洋近現代の哲学者が抱えた、謎の数々


 哲学は治療すべき病だとどこかに書いてありましたが、病であるかはともかく、少なくとも哲学者が因業な人たちであることは間違いありません。カントによれば、人は答えることもできない問いによって悩まされるという運命を負っています。その問いは、理性の限界を超えているために絶対に答えることのできないものであり、にもかかわらず、その問いから逃れることもできないというのです。ご愁傷様でございます。


 さて、西洋の因業な人たちが何に頭を悩ませているのかといえば、意識と世界との関係の謎というか、世界についてどこまで考えることができるのかという問題です。ああ、実に業が深いですね。その親玉がカントであり、その問題意識は現代のウィトゲンシュタインまで連綿とつながっています。


 本書は言い換えやたとえが秀逸で、一応の読了は難しくありませんが、やはり分からないところは分かりません。カントの部分が特に丁寧に書かれていて意味が分かるものだったのは嬉しいですが、ヘーゲルが分かりません。そもそも、ヘーゲルが何を謎であると考えたのかがつかめません。ただし、ヘーゲル嫌いのラッセルによれば、次のとおりです。


 ヘーゲル哲学のすべてはたぶんあやまりである。それでもなお、ヘーゲルの思考には、たんに歴史的なものではない重要性がある。(176頁)


 いや、そういわれても、と呟かざるをえないでしょう。




連鎖源

 著者つながり。

 著者の連鎖源は,福田和也週刊新潮連載での熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』の紹介から。


買った所

 旭屋書店本店にて購入。


読んだ所

 上等カレー天一店、カフェ・トゥ・ル・ジュール、亀王ラーメン、梅田・三宮間で読み、天六のサイゼリアで読了。


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2012-02-11

 坪内祐三 『同時代も歴史である 一九七九年問題』


   同時代も歴史である 一九七九年問題 (文春新書)

新書: 249ページ

出版社: 文藝春秋 (2006/05)







□ 個人が歴史と関わるとはどういうことか


 著者が時代のゆらぎを感じるという論題を八つ取りあげ、論じます。文学時評からイラク戦争まで幅広い論題が並んでいるのですが、著者の興味の中心は常に人物にあります。福田恆存、平野謙、ノーマン・ポドレッツ、橋本治山本夏彦、ルイス・メナンド、ジョージ・スタイナー、マイケル・イグナティエフが、どのような時代の中で、どのように考えたのか記されていきます。


 おそらく著者は、誰が使っても同じ結論が出るような抽象的な思想というものは信じていなくて、思想は常に属人的であると考えているようです。ちなみに、個人的には著者とは逆の傾向です。


 末尾に配されているマイケル・イグナティエフは、著者によれば、アイザイア・バーリンの後継者です。イグナティエフはアメリカのイラク侵攻を「まだましな悪」として支持します。以下は、イグナティエフの発言の引用です。


 結局フセインが結局それらの武器を持っていなかったという事実は、私を驚かせはしたが、だからといってそれは私の本質的な考えに変更をせまるものではなかった。〔…〕五千人のクルド人がフセインの化学兵器で殺された一九八八年三月の攻撃の生き残りと話し合う機会を持った時、私は、たとえフセインの統治能力に問題があったとしても、その行いの邪悪さにまったく疑いはないと確信した。

 もちろん、この世には、多くの悪意が満ちている。しかし、フセインは、実際に化学兵器を使用したのである。(221頁)


 この世には実際に、邪悪ということがありえます。著者によれば例えば、世界がほったらかしにした結果、ミロシェビッチは大量虐殺を行ったのです。

 時代の中で考えるとはどういうことか、深く思考させるものだと思います。




連鎖源

 著者つながり。

 著者の連鎖源は古くて失念。


買った所

 西日本書店本店にて購入。


読んだ所

阪急電車梅田・曽根間にて読み、洛二神にて読了。


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2012-01-29

 海野弘 『秘密結社の世界史』


   秘密結社の世界史 (平凡社新書)

新書: 232ページ

出版社: 平凡社 (2006/3/11)







□ 古代から現代まで、秘密結社の西洋史


 どこかで聞いたことがある秘密結社がこれでもかと列挙されて、満足です。ミトラ、アサシン、死海文書、テンプル騎士団、薔薇十字団、フリーメーソン、イルミナティ、神智学協会、クー・クラックス・クラン、スカル・アンド・ボーンズ…。


 古代の秘密結社も味があるのですが、実は、秘密結社といえば近代なのです。特に秘密結社が百花繚乱となったのは、封建国家から近代国家への移行期(17世紀)と、近代国家から帝国主義国家への移行期(19世紀末)です。転換期に秘密結社ありというわけです。


 アカデミーはルネサンスの私的なものから、近代の王立・公立アカデミーへと発達した。〔…〕無数のアカデミーが統一された時、そこに入れなかった残りのアカデミーは地下にひそみ、秘密結社になったのではないだろうか。私は近代化とは二重化であると考えている。裏と表、公と私が二重化する。表通りができれば、裏路地ができる。〔…〕

 もちろん、古い起源はあるとしても、私たちが考えている〈秘密結社〉は近代化によって発生している。したがって、近代こそ、秘密結社の時代なのだ。(80頁)


 さて、秘密結社の秘密結社たるゆえんは、(これは古代現代を問わず、)だんだん上昇していくという位階制にあります。

 古代のミトラス密儀の位階は大鴉→花嫁→兵士→獅子→ペルシア人→太陽の使者→父の7位階、フリーメーソンの位階(の一例)は徒弟→職人→親方→ザ・スコッチ→修練士→聖堂騎士→ロイヤル・アーチの7位階です。位階が上がるごとにこの世の秘密が明かされていくというのですから、まあ、夢中になる気持ちが分からなくもないです。


 秘密結社に関係する人物の写真もなかなか印象的です。W.B.イェーツ、ブラヴァッキー夫人、ルドルフ・シュタイナー、ハウスホーファーと、みんな目がイっちゃっております。




連鎖源

 東谷暁『カネより大事なものがある』での紹介から。


買った所

 宮脇書店大阪本店にて購入。


読んだ所

 大風邪の悪寒の中で、自宅の布団で震えながら読了。


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2012-01-21

 脇村義太郎 『東西書肆街考』


   東西書肆街考 (岩波新書)

新書: 241ページ

出版社: 岩波書店 (1979/6/20)








□ 京都と神田の出版街の来歴


 碩学の経済学者が出版街の来歴を探るという、聞くだに面白そうで、かつ期待を裏切らない新書です。書評家狐が著者を「文字通り二十世紀の生き証人」と評するとおり、まるでいにしえの知識を有する老賢者の話を聞くような楽しみがあります。


 例えば、明治から大正にかけて神田で成功を収めた出版業者には越後長岡の出身者が多い ― 例えば博文館の大橋佐平、実業之日本社の増田義一、ダイヤモンド社石山賢吉、英語研究社(現研究社)の小酒井五一郎などなど ― ですが、それはなぜでしょう。


 この理由は、まずは明治の出版をリードした博文館の大橋佐平が長岡出身であったことが大きいのですが、さらに著者によれば、維新後に長岡藩が置かれた状況が大きく影響しているというのです。戊辰戦争時、長岡藩の河井継之助は局外中立論を唱えますが幕府は受け入れず、北陸戦争は戊辰戦争最大の戦いになってしまいます。また、河井を継いだ小林虎三郎は贈られた米百俵を飢えた士族にまわさず、換金して教育に費やすなど、教育水準も高かったのです。


 こうした立場におかれた長岡はじめ越後の人々は、ほとんど新政府の役人にはならなかった。青雲の志に燃え人々は東京に出て、多く学界(ことに医学)・言論界・出版界など自由の天地に活動の場を求めた。(125頁)


 かように、さまざまな書店・出版業の来歴を読みつつ、社会のいかなる部分も、歴史の有機的な一部であるということが実感できます。

 出版業の黎明期に法学書が大きな役割を果たしている(弘文堂・有斐閣など)のも興味深いです。




連鎖源

 著者つながり。

 著者の連鎖源は,谷沢永一『紙つぶて(全)』での脇村義太郎『趣味の価値』の紹介から。


買った所

 中津商店街の古本屋,高山書店にて購入。


読んだ所

 自宅風呂にて読書。


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2011-12-23

 宮崎哲弥 『新書365冊』

   新書365冊 (朝日新書)

新書: 366ページ

出版社: 朝日新聞社 (2006/10)







□ 新書は素晴らしい


 今は昔、「今月の新書完全読破」なる無茶な連載がありました。その連載は、その月に出版された新書を全部読み切る、とブチあげました。新書ブームで月間60冊から100冊は出版されますので、単純計算で毎日毎日平均2〜3冊でございます。

 それは一体、どんな生活なんですか。何の因果でそんなことになるんですか。


 私は誰かのファンになったことはありませんし、読書に救いを求めることもありません。しかし、あえて誰のファンかといえば宮崎哲弥のファンであり、あえて救われたと思う本をあげるならば、『「自分の時代」の終わり』がそうです。宮崎哲弥がいなかったならば、私が読書の連鎖をはじめることもなかったでしょう。

 ところが宮崎哲弥は、単著は全然出さないわ、朝ナマに出るわ、しまいにはワイドショーに出演するわ(しかもレギュラー)と、私のなけなしのファン心理も木っ端ミジンコでございます。


 ですが今回、毎月欠かさず楽しみにしていた「今月の新書完全読破」を改めて通読してみると、やはりいいです。このようなことを記すのもどうかと思いますが、私には、宮崎哲弥の啓蒙が必要であるようです。

 新書は社会科学や自然科学の専門知を、大衆に広めるという意味で「日本型啓蒙」の中核を担うメディアだと思っている。〔…〕本書が読者の、優れた新書との邂逅を手助けできれば幸いである。(4頁)



連鎖源

 著者つながり。

 著者の連鎖源はもう失念。初めて読んだのは『身捨つるほどの祖国はありや』。


買った所

 宮脇書店大阪本店にて購入。


読んだ所

 自宅風呂にて読了。


ワースト新書

チョムスキーの社会的、政治的発言はまったく信用できない 325頁

高橋哲哉は原理主義者 329頁

文藝春秋編『東大教師が新入生にすすめる本』は自己満悦リスト 332頁

正高信男『ケータイを持ったサル』は疑似科学本 334頁

いまさら岩月謙司の本などをあれこれ論っても仕方がないような気もするが 340頁