食☆農☆日記

2017-09-19

いつでも選べる

不満があるとき、外側の環境のせいにしていては何も変わらない。


じゃあ、いったいどうしたらいいの?


相手を責めても、何もかわらない。お互いが傷つくだけのこと。


嫌なこと、辛いことを感じたら、、、

誰のせいにもせず、そこから離れることを選ぶ。

前回の日記では、意識を離す、ということを書いたのですが、

なかなか難しい、というときには行動してしまうのもありかなと。


たとえば、いま座っている窓辺が陽射しが強くて暑い・・・

席を立って場所を変える、ということです。

「も〜なんでこんなところに窓があるの!とか、なんて暑いの!」と環境や誰かのせいにしたところで状況は何もかわりません。

その場を立つ勇気、移動する勇気、を出して行動するのです。


人との関係もそうです。

離れられる関係ならば離れてみる。

嫌味など言わずに、さらっと。

嫌なのに文句を言いながらその場にいるのは、その状況を受け入れてしまっているということです。

それでいい、ってことになっちゃってる。


嫌なら、その場を離れる勇気を出すことなのです。

その状況を受け入れてるのはまぎれもなく自分なのです。


そして、必ず、自分にとって心地よい場所は存在しています。

自分を信頼して、旅立つ。


自分が変わることで、まわりも世界も変わる! 

2017-07-03

苦しみはどうして生まれるのか

ひさびさの更新です〜!

すっかり初夏の気候ですね。

スピリチュアルな内容です♪


どうして苦しみは生まれるのか。

生きているとつらいこと、たくさんあります。

精神的にも肉体的にも。

今日は暑いですね。

これ、暑いだけでは苦しみじゃないですね。

でも、暑くて、なんでこんなに暑いの?嫌だ〜と思い始めると苦しみになります。

現状を受け入れられないことが苦しみになってしまうのです。

今、わたしは両腕がオイルでかぶれてしまってとてもかゆいんですが笑、

かゆい、だけでは苦しみじゃないのですよね。

なんでかゆい〜、嫌だ〜、となると苦しみです。

暑く無くて心地よい状態、かゆくなくてなんともない状態を知ってるから、

そうじゃないこと、と比べて今が苦しみになってしまうのですよね。


よくその系統の本にも書かれていますが、

今を受け入れると楽になるよ〜というのはこういうことなのですね。

でも今を受け入れるってどういうこと?って思っちゃいます。

暑いは、暑いとだけ感じる心。

かゆい、はかゆいとだけ感じる心。ということなんですよね。

それだけで苦しみは生まれないのです!!


ほかのことについても同じこと。

望みのものが手に入らなくて、なりたいものになれなくて、

思い通りにならなくて、苦しみが生まれます。


そんなときに、現状を受け入れると楽になるよ、といわれますが、

渦中にいると、なかなか理解できないんですよね。


個人のあたまのなかで想像することや考えることって、大きな見地からみるとほんとうにちっぽけです。


たとえば、

バラになるために生まれてきた植物が、サクラに憧れてサクラのようになりたい!と努力してるようなものなのです。

大きなところから見ると、バラサクラになろうとがんばっていることは、どう見ても無理があるわけです。

バラにとっては、必死で努力しているのにサクラになれなくて、苦しみが生まれています。そこで、それを見かねたものが、バラに「あなたはバラなんですよ!」と教えるために、鏡を用意して見せたとします。

そこでバラが「あ!わたしはバラだったんだ!」と気付ければ、苦しみから解放されます。

ところが、「がーん!サクラとは似ても似つかない!もっとがんばらなきゃいけない!」と鏡を見たバラは苦しみを感じてしまいます。


これが、わたしたちが感じている、苦しみ、なのですよね。


宇宙の愛、とよく言われていることが、

この”鏡を用意して、自分が誰なのかを見せようとしている”ことです。

けれど、わたしたちはその鏡を見せられて、思っていたのと違う、と苦しみを感じてしまっているのです。


鏡にあたるものは、いろいろです。

人だったり、出来事だったり。


それを通して、自分をよく見ることが一番大事なことなのです。

そして、バラの例でいえば、「あ!わたしはバラだったんだ!」と自分を知って受け入れるだけなのです。

それだけで楽に自分らしく生きていけるのです。


苦しみ、を感じたら、ふっとその場をはなれる努力をすることです。


苦しみは、「自分はこうじゃない」と思う心から生まれています。


まずは小さなことから。



今、暑いですか?

暑いことは苦しいことですか?

(*^_^*)