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2006-01-24

「緑猿」としてのホリエモン (ライブドア強制捜査劇場)

米国SF作家シオドア・スタージョン短編*1に「緑猿」というのが出てくる。猿を一匹ペンキで緑色に塗りたくって動物園の猿山に放り込んでやると、途端に周りの猿から攻撃を受け殺されてしまうという話だ。

ホリエモンがその「緑猿」に見えてくる。彼がやったことがはたして「犯罪」なのか否かという問題ではない。強制捜査が始まってから逮捕にまで至るその「過程」が問題なのだ。その一連の流れを見ていると、自分は何と「野蛮」で空恐ろしい社会に住んでいるのだろうと「絶望感」がこみ上げてくる。はっきり言って、これでは「無法地帯」だ。「何だかあいつは気に入らないな」と誰かが言い出して、周りの人間が何となくそれに同意すれば、即座に「リンチ」が始まる。それを防止する「理性的仕組み」が存在していない。罪刑法定主義も、法治主義も、形だけで本当の意味では機能しておらず、法は恣意的に運用され、しかもそのことを誰も問題にしようとしない。この社会に属する人々は、動物的な集団的攻撃本能の爆発に曝される危険性にいつも怯えていなくてはならないのだが、それが「おかしなこと」だと気づきもしない。日本人の「集団志向的パーソナリティー」はこうした「社会の後進性」の中で育まれてゆくのだ。


…というようなことを感じているのは自分だけではないはずで、事実ネットを見渡せば、似たような感想がちらりほらりと見受けられる。

中でも、下記のリンク先では米国在住の複数の弁護士法律家としての立場から今回の事件に対する感想を述べているので興味のある方は是非覗いてみて欲しい。要するに法律家の立場から見ると日本は「無法地帯」に見えると言うことだ。

http://www.ny47th.com/fallin_attorney/archives/2006/01/post_143.html

ライブドア問題と民主主義

≪追記≫

上記URLの考え方が「米国かぶれ」で日本社会に当て嵌めようとすることには無理があるのではないかと考える人は、更に下記のリンク先を読んでみて欲しい。明らかに日本国刑事訴訟法に違反する行為が、長年に亘って捜査当局によって慣行化されているという現実がここにある。「日本において成文法が在って無きが如し」という言い方は決して誇張ではない。信じられないかもしれないがそれが現実だ。

刑事訴訟法規則143条の3では、被疑者逮捕が認められるのは、「逮捕」理由の罪障隠滅の場合と逃亡の恐れがあるためであり、この要件に該当しないことが明らかに認められるときは逮捕状の請求は却下することが義務付けられている。

 しかし、現実の司法において、検察官司法警察職員は事実上犯罪事実の取調を目的として逮捕状を取っており、この条文は形骸化している。そればかりか、余罪の追及のために、逮捕拘留一回性の原則を無視して、ある罪状による逮捕拘留の後、別罪で再逮捕する実務慣行すら定着している

Thinking quietly about people's rights : 堀江貴文「逮捕」は必要だったのか!?(By foresight1974)

(2006.01.25追記)


話は変わるが、亀井静香日枝久フジテレビ会長)がいかにも嬉しそうな顔をしてテレビに映っているのを見るとむかつくなぁ… ホリエモンの肩を持つわけではないが、むかつく。あんまりむかつくのでホリエモンの肩を持ちたくなってくるほどむかつくぞ。

*1:「ミドリザルとの情事」、短編集「輝く断片」輝く断片 (奇想コレクション)収録

47th47th 2006/01/25 09:38 TBありがとうございます。
皮肉なのは、無法地状態の証券市場に、勇を鼓して乗り込んだ市場の番人がご無体だったというところで・・・これは、いつか中庸に辿り着くための過程なのか、永遠に極端から極端に振れ続けていくのかという辺りで、悩んでいるところです。

tachtach 2006/01/25 11:14 こちらこそコメントありがとうございます。素人的に「何だか釈然としない、もどかしい」と感じていたところを47thさんが「法律のことば」で語って下さったので大変参考になりました。無政府状態を目指して暴走しがちな「市場経済」と、それを抑え込もうとする「社会」の対立抗争は永遠に続いてゆくものなのかもしれないけど、その対立を「調停」する「理性的な仕組み」或いは「文明の利器」として「法律」が存在しているのではあるまいかという気が(素人考えかもしれませんが)しています。それは「理想」なのかもしれないけど、その「理想」が「現実」の前に全く顧みられない(ように見える)日本の社会はやっぱりおかしいですよね。

MaxMax 2006/01/25 15:38 TBありがとうございました。目立ったからつぶされた、とだけは考えたくないですね。現実、検察にチェック&バランスを働かせるのはマスコミくらいしかないと思うのですが、それが一緒になっておもしろおかしくたたくだけだと、子供の教育にもよくないんではないか、などと思ってしまいます。でも、そのむかつく顔、テレビで見たかったですねえ

tachtach 2006/01/25 17:49 コメント恐縮です。更にその後、「堀江君も若いんだから、今度は正直に、最初からやり直したらいいんじゃないかな」と笑顔で語る亀井静香がテレビに現れたときには、むかつくのを超えて、ただただ「絶句」。「こいつには絶対勝てない」と悟りました。子供の教育に悪いです、この国は。

foresight1974foresight1974 2006/01/25 21:12 TBありがとうございます。拙文をご紹介いただき恐縮です。
一点だけ申し上げますと、私は現在の実務慣行や今回の堀江逮捕が刑事訴訟法に「違反」しているとは考えておりません。あくまで、「形骸化」なのです。。。ここらへんが微妙なところなのですが。笑
要は、違法ではないが条文による逮捕の規制が「無力化」されているということなのです。それはそれで、憲法の法の支配を逸脱する問題行為ではあるのですが。

tachtach 2006/01/25 21:38 「違反・違法」と「形骸化・無力化」は「違う」ものとして扱わなくてはならないわけなんですか? ううん、やっぱり難しいですね、法律は…
なぜ「違反・違法」ではないと考えられるのか、素人にも分かるように、その理由を説明していただけるとありがたいのですが…(もちろん、もし、よろしかったらですが…)

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