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2009-10-17

再開発で下北沢は死ぬ、多分…


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小田急線の地下化に伴って現在下北沢では再開発事業が進んでいるが、それによって街がどのように姿を変えようとしているのか具体的に思い描ける人はあまりいないだろうと思う。何を隠そう、自分もそうだった。

ところが、最近インターネット漂流中に世田谷区ホームページで「都市計画図」というのを見て、その具体的な姿を初めて知り、青ざめるはめになった。冒頭の地図を見て欲しい。青く塗った部分が既存の街並みを潰して新設される道路だ。幅26メートルの広い道路(環七と同じ)が駅前まで入り込み、ロータリーが生まれ、そこにバスが発着するようになる。

結論から言えば、再開発下北沢は死ぬ、多分…

以下、その理由を説明してみたい。


まず、下北沢という街の構造について独断と偏見に基づいた総括。

小田急本線と京王井の頭線が×の字型に交差する地点に生まれた街で、街全体がこの交差する線路によって東西南北の四つの部分に分割されている。

一番賑やかなのが南。商店飲食店が密集した活気にあふれる商店街経済的にもおそらく一番重要地域だが、それだけでは下北沢という街に個性を与えることは出来ない。この部分だけではどこにでもある賑やかな駅前商店街に過ぎないのだ。

街に個性を与えるきっかけとなったのは東地域にある本多劇場だ。ここが中心となって下北沢は小劇場の街としての個性を形成し、やがて何というか「アートオーラ」(←スミマセン、身も蓋もない恥ずかしい表現しか思いつかなくて)をまとい始める。それに寄生するかのように大手の雑貨店ヴィレッジヴァンガード)や中古レコード店(ディスクユニオン)等も店を構えている。

そのベースの上に花咲き始めたのが北地域。小洒落カフェ個性的な服屋・古着屋・雑貨屋・中古レコード屋等々が散在する小道が網の目のように広がる迷路。個々の商店は小規模で古い商店や民家を改造したチープな店構えのものが多い。それだけに品揃えやサービスに個人の趣味が反映された手作り感が漂う。そうした小さな個人商店住宅街とも商店街ともつかない曖昧な街並みの中にパラパラと広がっている。

個人的にはこの北地域下北沢の中でもっとも下北沢らしくもっとも魅力に富んだ場所だと思っている。個人商店が軒並み打撃を受けて大手のチェーン店が幅をきかせ全国一律に同じ商品が並ぶショッピングモール全盛のこの時代に、おそらく誰が計画したわけでもなく、自然発生的に個人商店が芽吹き繁殖し始めているこの下北沢の北部という地域は、大げさなことを言えば、その存在自体が「奇跡」であるように思えてくるのだ。


ところが再開発計画はこのもっとも繊細で魅力に富んだ下北沢北部の「生態系」を直撃し粉砕しようとしているではないか…

冒頭の地図をもう一度見て欲しい。

現在歩行者しか通れない網の目のような小道を整理して自動車の入れる道路を街の中心部たる駅前まで導き入れることが今回の再開発目的であることは明らかだ。

しかし、その自動車用の道路を造るために、下北沢北部の既存の商店街が潰されようとしている。

例えば地図上で赤く塗った東西に走る道。下北沢の中で自分が一番気に入っている道だ。例によって車が殆ど入れない細い道だが、東から西へと歩くと見事な変化を見せる。東の端は混沌とした駅前商店街空気をそのまま受け継いでいる。これが西に行くにつれて商店の密度が低くなりそれと共に洒落た感じの店の比率が上がり始め、やがて住宅街に溶け込んで消えてゆく。これ一本で下北沢の北部全体の構造を体現している。こんな道は作ろうとして作れるものではない。その素晴らしい道が再開発の名の下に幅26メートル自動車道路によって真ん中から分断されている。建ち並ぶ商店スペクトラム的な変化が断ち切られるだけではない。物理的に断ち切られることによっておそらくこの商店街商店街として機能しなくなるだろう。

これと同じような道が北側に並行して走っている(水色に塗られた道)が、こちらは分断されないものの、幅26メートル自動車道によって駅前からの導線を絶たれ衰退に向かうことは必然と思われる。

黄色で示した南北に走る道も同じような商店街なのだが、これも途中で断ち切られることによって同じような運命を辿るものと予想される。この道で気に入っているのは赤いピンマークで示した東洋百貨。パンクキッチュ趣味に走った怪しげなアクセサリー店や雑貨屋や衣料店が集結したショッピングモール、というより「闇市」。かつて900円で中古のブーツ(←娘が学園祭の劇で舞台衣装として使った)を買ったことがある。素晴らしいではないか。この東洋百貨も開発が進めば第二ロータリーに面する一等地となるので、こんなアングラ闇市が生き延びられるとは思えない。

闇市と言えば下北沢駅北口の真ん前にあった戦後闇市の名残(地図上黄色のピンマーク)も今回の再開発で見事に撤去されることになる。闇市の名残が消えてゆくのは、新しく自然発生した他の商店街破壊されるのとは違い、時の趨勢でしかたのないことなのかもしれない。しかし、引っ越してきたばかりの頃、朝からここの屋台で酒を飲んでいる一団を見かけて、清々しい自由を感じたという私的な思い出があるだけに、個人的には残念でしかたがない。*1


長々と書いてきたのでだんだん飽きてきた。

そろそろまとめに移る。

  • 繰り返しになるが、今回の開発の狙いが車の入れる道路を駅前まで伸ばすことにあることは明白だが、これは下北沢自己否定に他ならない。
  • 下北沢という街の魅力は迷路のように入り組んだ小道を歩き回って思わぬ発見をすることにある。徒歩で歩き回れる空間が広がっていることが下北沢という街の魅力なのだ。
  • 従って下北沢に車は必要ない。むしろ下北沢という街の魅力はその空間から自動車を排除することによって強化される類のもである。
  • 道路自動車向きに整備することによって自動車を街の中心部まで導き入れようとすることはその意味下北沢という街の本質に反しその魅力を損なう行為である。

以上に於いて「下北沢」というのは正確に言うならば「下北沢北部」を意味しているが、自分にとって「下北沢」が「下北沢」である所以は「北部」にあるのでこのような表現にならざるを得ない。悪しからず。

以上。


あ、下北沢と言えば岡崎京子なのに、言及するのを忘れた。まあ、いいか…

*1:前に住んでいた横浜にも人が朝から酒盛りをしているような場所はあったが、はっきり言って荒んでいて怖い。下北沢で朝から酒盛りをしている人達とはまったく別な種類の人達だ。

2008-07-14

岡崎京子の永遠(デビュー25周年記念読本)

[rakuten:book:12996989:detail]

イケダさんのブログ等で既にお聞き及びと思いますが、祥伝社のレディース・コミック雑誌フィールヤング」の2008年8月号(7月7日発売)に「岡崎京子デビュー25周年記念読本」という別冊付録が付いています。

内容は旧作の『毎日がクリスマスだったら…』の再録と各界関係者からのメッセージ

『毎日がクリスマスだったら…』は初出が1988年「微笑feel」1月16日増刊号で、その後「フィールヤング2004年7月号にも『ヘルタースケルター』手塚文化賞受賞記念として再録されているので、正確に言うと今回は再々録ということになります。

メッセージを寄せた関係者とその推薦作品は下記の通り。

寄稿者推薦作品
よしもとばなな愛の生活』『東京ガールズブラボー
やまだないと愛の生活』『ハッピィ・ハウス
魚喃キリコpink
山本直樹私は貴兄のオモチャなの
古屋兎丸リバーズ・エッジ
手塚眞退屈が大好き
辻村深月リバーズ・エッジ』『水の中の小さな太陽』『ヘルタースケルター
香山リカリバーズ・エッジ
冬野さほハッピィ・ハウス』『ヘルタースケルター
浅田彰東京ガールズブラボー
マット・ソーンヘルタースケルター』『リバーズ・エッジ』『危険な二人』『pink』『ROCK
桜沢エリカハワイ・アラスカ


浅田彰が「山田双葉*1山田詠美になったけれど、岡崎京子永遠に岡崎京子」のままだと書いているのを読んで何だかひどく悲しいというか、堪らない気分になりました。

…いえ、決して浅田彰を非難しているわけではありません。だって、彼の言っていることは事実だから…というよりも、彼自身も堪らない気持ちでそう書いているのだと思います。ああ、堪らないや…

岡崎家代表として本人の弟さんも「謝辞」と題する文章を寄稿。「新しい作品を手がけることは困難かもしれませんが」「今でも岡崎京子は元気に家族と暮らしています」とのこと。家族に囲まれて一人の人間として幸せに暮らしている岡崎京子の姿が目に浮かんで、少しホッとしました。

そして何よりも、多くの作家が次々と忘れ去られて行く中で、彼女の25周年がこんな形で祝われるということこそが、岡崎京子の「作家としての勝利」の証しなのかもしれないと思うのですが…

*1山田詠美は若い頃、山田双葉の名前で、確かけいせい出版から『シュガーバー』というマンガの作品集を出している。

2008-02-22

岡崎京子『東方見聞録』

東方見聞録―市中恋愛観察学講座

東方見聞録―市中恋愛観察学講座

アマゾン・コムにもなかなかリストされず、本当に出るのかとやきもきさせられましたが、結局出た(でも、アマゾン・コムには今でもまだ書影が掲載されていない)ので、こっそりと紹介とも感想ともつかぬものを書いてみます。

今から20年ほど昔(1987年)、当時はまだ週刊化されていなかった創刊当初の「ヤングサンデー」に連載された「連作短編」っぽい長編(でも短い)です。時期的には『TAKE IT EASY』の次あたり。実際、質・量共にこの二作は似たような感じがあります。『セカンド・バージン』『TAKE IT EASY』に続く岡崎の長編第三作であるといってもいいかもしれません。*1

でも、1989年の『pink』で化ける前の岡崎京子です。『pink』以降の読者にとっては「何だ、これは!」という代物なんじゃないかと… 『TAKE IT EASY』が面白く読めた人なら多分大丈夫だとは思うのですが…

「市中恋愛観察学講座」という副題がついているけど、この「恋愛」というのは添え物で、実質東京観光案内ですよ、これ。*2

東京タワーから始まって、銀座→国会議事堂→中野ブロードウェイ近辺→引退した山口百恵が住んでいる国立市→原宿・代々木公園歩行者天国の竹の子族→ハワイ(ちょっと番外)→江ノ島→青山墓地→井の頭公園→神田書店街と続きます。

渋い選択ですね。20年前に於いてすら時代からちょっとずれた、時にはレトロですらあるセレクションでした。そのあたり、岡崎のセンスが光ります。

で、20年後の今になって改めて読み返してみると、時の流れの中で一層イイ感じに古びてきて、そこが「奇妙な味」になっていたりして… 作品としては、やっぱり全然たいしたことないんですけどね。

解説の人(藤本由香里)もその辺のところはよく心得ているみたいで、そんなふうに時の流れの中で培われた熟成感を味わったらいかがでしょうかとサジェスチョン。やっぱり落としどころはその辺かなぁ…

で、ここからは岡崎ファンの贔屓の引き倒しみたいな感じかもしれませんが、それでもやっぱり、岡崎京子の「素」の良さみたいなものをこの作品にも感じてしまいます。多分これは「やっつけ仕事」なんですよ。でも、サラサラしていて嫌味がない。それが若き日の岡崎京子の「人徳」です。そんなこと、ファンにとってしか「意味」がないことかもしれませんけど…


蛇足

しかし、まあ、知らなかったんですけれど、小学館クリエーティブのラインナップってスゴイですね。あの「ペスよおをふれ」ペスよおをふれまで出ている。山上たつひこ能登の白クマうらみのはり手 (THE VERY BEST OF TATSUHIKO YAMAGAMI)は欲しいかも。

何で今頃、それもよりにもよってあの『東方見聞録』なんだと、最初は不思議に思いましたが、このラインナップであるなら、何か分かるような気がしました。

*1:『TAKE IT EASY』は中編ですが殆ど長編のようなものですよね

*2:だいたい主人公たちが「観察」するのは「恋愛」ではなく「東京」そのものなのですから。

2008-01-25

岡崎京子新刊!

朝起きてid:sitebbiwさんのブログを覗いてビックリ。

岡崎京子の『東方見聞録』がついに単行本化されるそうです。

■[岡崎京子]東方見聞録、初単行本化

★小学館クリエイティブ単行本/東方見聞録/岡崎 京子/ISBN:9784778035020/1,260、出るみたいです、ついに。2月15日。内容は、まあ、ええと。出るのが嬉しいな。嬉しいけど、ちょっと、うーむ、と思わなくもないけど。しかしアレに1,260円は高いなー。買わずにはいられないけど。ソースは↓。

no title (http://www.s-book.com/plsql/com2_booksche?sha=1&jan=s&mm=1)

とか

小学館 (http://skygarden.shogakukan.co.jp/skygarden/owa/solrenew_newbooks?mm=1&type=s&seq=0&page=2)

とか。

2008-01-24 - sitebbiw' memo

嬉しいです。

大した作品ではないとか、これが岡崎京子だと思われては困る*1とか、正直言ってそんな気持ちが脳裏をかすめないことはないわけではないのだけれど、イエ、文句はいいません。新刊が出るということ自体ありがたいことです。ありがたく購入させていただいて、本棚に飾っておきます。

…単なる想像ですが、これを出すにあたってはイロイロあったのかもしれないと思うのですよ。そのイロイロを乗り越えて出版までこぎ着けた関係者の尽力に対して、イチ岡崎京子ファンとしてささやかな感謝を表明しておきたいと思います。

*1:やっぱり岡崎京子ここの推薦作品から読んでもらいたいなぁ、と思います。

2007-09-13

ドイツ人は岡崎京子をこう読んだ!

dice_queさんsitebbiwさんのところで既に報じられているので今更の感はありますが、枯れ木も山の賑わいというのでこちらでもアップしておきます。

Helter Skelter

Helter Skelter

ドイツのアマゾン・コムに掲載されている「ヘルタースケルター」ドイツ語版に対する読者評、日本語に訳して下さった人がいます。

この漫画を出すのは、出版社にとって冒険だっただろう。

ヘルタースケルター」は、主たる漫画の購買層である

ティーンエイジャーに向きではないだろうから。

躁鬱のモデルりりこについての、とてもドラマチックなストーリーは

「年齢層高め」〜漫画分野において。つまり、17歳以上〜

の読者層に向けたものだ。

本日の工事中 : 岡崎京子のヘルタースケルター、ドイツ語版を買ってみた。

やっぱりドイツではマンガは子供が読むもんなんですね。

以下に続く感想は、こう何と言ったらいいか、sitebbiwさんが仰るとおり案外普通というか、生真面目というか、さすがドイツ人というか、イヤ、ドイツ人を生真面目と決めつけるのは人種的偏見というか、すみません、でもやっぱり、決して外してはいないけれど今ひとつ面白味に欠ける感想のような気がしますよ、正直言って…。

dice_queさんによるとフランスではもっと岡崎京子が訳されているみたいなんですが、フランス人はどんな感想を懐いたのか、俄然知りたくなってきますよね。

フランスのアマゾンの読者評も誰か訳してくれないかなぁ…なんて思いながらフランスのアマゾンを覗いてみたら、読者評が全然アップされてないじゃありませんか...orz

ちょっと冷たくないか、フランスの人? これがお国柄?

でも、berlinbauさんによればフランスでは諸星大二郎やよしながふみまで訳されている由。

諸星大二郎というのは渋い。

よしながふみは「大奥」大奥 (第1巻) (JETS COMICS (4301))はともかくあの近年の傑作「フラワーオブライフ」フラワー・オブ・ライフ (1) (ウィングス・コミックス)も訳されているのかなぁ… だとしたらすごいなぁ…

2007-04-04

荒川の堤防の上を歩く

最近何やら気が鬱ぐので気分転換にちょっと変わったところへ散歩に出かけてみようと思った。

下の地図で赤いラインが本日のコース。

2007.04.04 王子駅〜堀切駅地図俯瞰

JR京浜東北線の王子駅で降りて北に歩くと三十分もしないうちに荒川のほとりに着いた。

堤防の上に登ると空が広い。

荒川の堤防

余り高い建物がないので都心方向へもわりと見晴らしがきく。池袋のサンシャイン60が意外なほど近くに見えているし、新宿のDoCoMoのビル(例のエンパイアステートビル紛いのヤツ)も先ッチョが覗いている。

そのそのまま堤防の上の小道を一時間半ほど歩き続けると、空がどんどん暗くなってきて、東武伊勢崎線の堀切駅の辺りに来たところで、ついにには雷が鳴り出した。*1 慌てて駅の中に逃げ込む。本当はもっと先まで行きたかったのに、残念。


今日歩いていて思ったのだけれど、岡崎京子の『リバーズ・エッジ』の舞台はやっぱりこの荒川か(或いはひょっとして江戸川)のほとりではあるまいか? 辺りの空気が何かそんな感じがしてならなかった。*2(写真日記)

*1:何と都心では雪と雹が混じった雷雨になったとか、もう4月なのに!

*2:他に多摩川説というのもある。

2007-02-28

『東京から考える』

東京から考える 格差・郊外・ナショナリズム (NHKブックス)

東京から考える 格差・郊外・ナショナリズム (NHKブックス)

東京の郊外では「ディズニーランド的なもの」と「国道16号的なもの」がせめぎあっている。やがては「国道16号的なもの」がすべてを覆い尽くし、我々はそこで東浩紀いうところの「動物」として生きることになるだろう。「もともと我々は動物なんだからそれでいいじゃないか」と東浩紀はいささか挑発的に居直るが、それに対して北田暁大はちょっと待てと押しとどめる。北田暁大って真面目なヒトだなぁと思う。でも彼が主張するのが下北沢再開発反対では、ちょっとなんかなぁ…

ここでいう「ディズニーランド的なもの」とはいわゆる「テーマパーク的なもの」一般を指している。東京の郊外に広がる新興住宅地も人々がホームドラマ的な「物語」を夢見ながら暮らす「ディズニーランド」に他ならないと東浩紀は指摘する。*1テーマパークに集う人々は現実の生を生きていない。「物語」を、それも多くの場合は他人から与えられた「物語」を演じているに過ぎない。それは「生活」ではなく「生活のシミュレーション」だ。

「ディズニーランド的なもの」の虚構性を激しく憎悪する自分としては東浩紀の肩を持ちたくなる。いささか彼の言い分が極端に走った観念論の臭いがしていても…

レンタルビデオ屋とコンビニとショッピングモールが延々と建ち並ぶ「国道16号的な光景」とは岡崎京子が見つけ出した「平坦な戦場」と同じものなのではないかと自分は思う。つまり、何というか、市場経済に「差異」を(つまり「意味」を)収奪されたあとの荒野だ。

そんな世界でも我々は生きていけるのだという「希望」を描いた作品が『リバーズ・エッジ』という作品なのだと自分は理解しているのだが、あの作品の中に生きる人々が東浩紀言うところの「動物」なのかどうかは正直言ってよく分からない。

もっとも、こんな「読み方」もいわゆる「誤読」、というか単なる「思い込み」なのかもしれないけれど…

*1:彼にいわせれば荻窪辺りの中央線沿線もサブカル・テーマパークということになるのだが、これには笑ってしまった。座布団十枚!