折れ日記

2006-06-12

[]著作権法第38条とYouTube

第38条 公表された著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金(いずれの名義をもつてするかを問わず、著作物の提供又は提示につき受ける対価をいう。以下この条において同じ。)を受けない場合には、公に上演し、演奏し、上映し、又は口述することができる。ただし、当該上演、演奏、上映又は口述について実演家又は口述を行う者に対し報酬が支払われる場合は、この限りでない。《改正》平11法077

2 放送される著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金を受けない場合には、有線放送することができる。

3 放送され、又は有線放送される著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金を受けない場合には、受信装置を用いて公に伝達することができる。通常の家庭用受信装置を用いてする場合も、同様とする。

4 公表された著作物(映画の著作物を除く。)は、営利を目的とせず、かつ、その複製物の貸与を受ける者から料金を受けない場合には、その複製物(映画の著作物において複製されている著作物にあつては、当該映画の著作物の複製物を除く。)の貸与により公衆に提供することができる。

5 映画フィルムその他の視聴覚資料を公衆の利用に供することを目的とする視聴覚教育施設その他の施設(営利を目的として設置されているものを除く。)で政令で定めるものは、公表された映画の著作物を、その複製物の貸与を受ける者から料金を受けない場合には、その複製物の貸与により頒布することができる。この場合において、当該頒布を行う者は、当該映画の著作物又は当該映画の著作物において複製されている著作物につき第26条に規定する権利を有する者(第28条の規定により第26条に規定する権利と同一の権利を有する者を含む。)に相当な額の補償金を支払わなければならない。

ストリーミングでテレビ番組を流すのが上映または有線放送にあたると考えれば、YouTubeでスプーの絵描き歌を流すのは日本では合法なんではないかと思う。

※YouTubeにおけるストリーミングは「公衆送信のうち、公衆によつて同一の内容の送信が同時に受信されることを目的として行う有線電気通信の送信」には当たらないので、有線放送ではないという指摘を羽鳥さんから頂きました。ありがとうございます。

2006-04-26

[]吾輩は猫である

夏目漱石吾輩は猫である』より、寒月君のはがきの文面

昔しある所に一人の天文学者がありました。ある夜いつものように高い台に登って、一心に星を見ていますと、空に美しい天女が現われ、この世では聞かれぬほどの微妙な音楽を奏し出したので、天文学者は身に沁む寒さも忘れて聞き惚れてしまいました。朝見るとその天文学者の死骸に霜が真白に降っていました。これは本当の噺だと、あのうそつきの爺やが申しました。

昔からこの文章が好きで今風に言うとコピペしてよく使っていた。

青空文庫:図書カード:吾輩は猫である

2006-04-25

[]数学者の品格

「論理より情緒」と言うフレーズを聞くと数学者の品格を疑いたくなります。論理のない情緒が示すものは、アホな大衆であり全体主義の原材料みたいなものです。そんな社会に数学者の居場所があるとでも思っているのでしょうか。

2006-04-24

[]最近流行りのワード

共謀罪

2006-03-28

[][]メモ

建築を語るのに擬態語を使ってみたらどうだろうか。

2005-11-24

[]哲学

しばしば、わけのわからないことを「哲学的」と表現する。基本的に哲学というのはわけのわからないことを扱いそれについて「わけがわからない」と結論付けたり、「こうにちがいない」と結論付けたりする類の行為である。

しかし、こういう哲学の性質に根ざさない「わけのわからなさ」が近代以降の哲学には見られると思う。それは、一言で言うと哲学者本人もしくは同じ時代を生きた人にしか分からないという意味でのわけのわからなさである。その著作を理解するには書かれた時代背景や著作者のおかれた状況を察する必要がある。

このような比較的新しい哲学のあり方は、よく言えば時代に対応しているということなのだろうがその分、世界はどのように構成されているのかとか人間の意識とは何かとか、そのような根源的な問いに比べて問題のスケールが小さすぎるのではないのか。現代においてそのような根源的な問いが宗教やオカルトにしか存在しないとすれば嘆かわしい話である。

物理学と神経科学を極め、宗教や社会に対し客観的な視点を持てる人材が居れば哲学が大きく前進すると思うのだが…。

2005-08-31

[]お茶の歌

茶の歌を二つコピペ。

If you are cold, tea will warm you.

If you are heated, it will cool you.

If you are depressed, it will cheer you.

If you are excited, it will calm you.

William Gladstone

一椀喉吻潤

両椀破孤悶

三椀捜枯腸

唯有文字五千巻

四椀発軽汗

平生不平事

尽向毛孔散

五椀気骨清

六椀通仙霊

七椀喫不得

也唯覚両腋習習生清風

盧仝

2005-07-19

[]お釈迦になる

「お釈迦になる」という表現は「死」=「仏」という連想を茶化す洒落となっている。とても趣きある表現である。言霊パワーを感じざるを得ない。

と思っていたら

日本語大辞典には

地蔵や阿弥陀の像を造るつもりでいたところが、誤って、釈迦像を鋳てしまったことからという

wikipediaによると

失敗して物をダメにする事を「おしゃかになる」と表現するが、ダメになった=死=仏=お釈迦、という語源ではなく、実際は江戸の鍛冶職人の隠語として、あぶり過ぎて鈍ってダメにしてしまった金物に対して、江戸っ子訛りで「しがつよかった(火が強かった)」=「四月八日だ」=釈迦の誕生日、というつながりで成立したとされる。しかしながら、仏滅でもない日にそのように言われるのは、釈迦にとっても縁起でもない話である。

ということで諸説あるらしい。でも「死=仏=お釈迦」というイメージは狙っているというのは推察できる。

ニーチェも「神がお釈迦になった」と表現すれば面白かっただろうに…。