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2009-03-29

戦前の列車の中はすっごく汚ないっ!

00:02 | 戦前の列車の中はすっごく汚ないっ!を含むブックマーク 戦前の列車の中はすっごく汚ないっ!のブックマークコメント

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『写真週報』206号より

前々から探していた写真をやっと見つけた。記事は、社内で出る弁当の空き箱を再生利用する……という節約記事なのだが、それよりも驚くのは、通路にうずたかく捨てられた弁当の空き箱のキタネエこと。

こんなに汚い列車にはぜったい乗りたくないが、にもかかわらず写真の紳士たちは平然と乗れているのはナゼなのか。ここから「戦前の日本人は公共マナーが全然ダメ」と結論づけるのはやや短絡。そうではなくて、自分で食べた弁当ガラは自分で捨てる――という最低のルールはあくまでも戦後的平等主義の産物であって、戦前の行動規範ではなかったのではないか。ゴミを片づけるのは駅員やゴミ屋・汚穢屋の仕事であって、客は手を汚すものではないという、カースト制度にも似た傲慢な階級道徳があったのではないか――と推測している。


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公共道徳は「公共」と名づけられてはいるが、その実は特定の階級・階層内における道徳的規範であると思う。DQN的階層のマナーのスタンダードと、小ブル中産階層のそれとはおのずと異なるように。


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昭和16年に「国民礼法」が制定されたのは、特定の階級のマナーを全国民に「強制的同質化」しようとした試みであるように思われてならない(委員会の座長は徳川義親だったしね)。「国民礼法」に付された文部省の序文では、次のように書かれている。

礼法は実は道徳の現実に履修されるものであり、古今を通じ我が国民生活の規範として、全ての教養の基礎となり、小にしては身を修め、家を齋へ、大にしては国民の団結を強固にし、国家の平和を保つ道である。宜しく礼法を実践して国民生活を厳粛安固たらしめ、上下の秩序を保持し、以て国体の精華を発揮し、無窮の皇運を扶翼し奉るべきである。

国民学校児童用 礼法要項』(教養研究会編、同会刊、昭和十六年)より

――結論をはっきり言ってくれているから、付け加えることもないほどである。

なまえなまえ 2009/03/30 09:02 一番上の写真は、椅子の下に捨てられたゴミを通路にかき集めてるシーンではないでしょうか。
今ではゴミ箱が担う役割を、椅子の足元が果たしていた時期が戦前・戦後の一定の時期まであったわけです。それは「片付ける」べき場所の意識の違いであるように思います。
いつから現在のようなマナーに変わったのかは判りませんが、痰壷が床から消えた時期や、電気ヒーターなどの機器が椅子の下を占領しはじめた時期が変わり目だったのかもしれませんね。

上から2番目のポスターも、『ゴミは雑然と置くのではなく椅子の下に置く』という過去のマナーを踏まえてのものであるように見受けられます。

木村木村 2009/03/30 09:32 戦前は普通に道に落ちてるものを拾うクズ屋がいましたからね。
フランスのドーミエの風刺画とかでもクズ屋が良く出てくるし、それが世界的に普通だったんでしょう。

木村木村 2009/03/30 09:35 現代は資源リサイクルという名目の元、ごみの持ち去りを禁止しホームレスのクズ屋が立ち行かなくなってるわけで、どちらの方がいいのか良くわかりませんが。

tadanorihtadanorih 2009/03/30 10:06 >なまえさん

なるほど「椅子の下に置く」を片付けると、こんな写真のような有様になるのですね。たしかに「椅子の下」は、私も学校でそのように教わった記憶があります。『三四郎』には窓から投げ捨てるシーンもありますから、車内に置いておくこと自身が「進化」だったのですね。なんか食べ残しが列車の床にへばりついていそうで……。

以前書いたのですが、旅行指導雑誌「旅」(昭和18年6月号 東亜交通社)に、こんなゴミ記事が載っていて、ずっと気になっていたのです。

これぞ決戦旅行体制
五月から静岡で実施

名古屋鉄道局静岡管理部では決戦旅行体制強化運動と銘打つて、放行道徳向上運動を、軍部警察、翼賛会等の協力の下に、五月から実施する。これは単に宣伝のみの空廻りに終らせることなく、積極強力なものとして行ふぺく、次の如き広範囲の綜合的実践運動を展開する。
一、通学生一座席三人掛実行
二、真中乗車一列乗車の励行
三、通学生一般客への譲席励行
四、主要駅軍官民一体の空襲下旅客避難訓練施行
五、三等客の二等席への便宜乗車を禁止
六、車内食べ殻持婦り励行、同時に駅内、待合室内の浄化運動も行ふ。拡声器放迭により旅客に訴へる。

放迭内容=皆さん待合室車内を清潔に致しませう。待合室内は皆さんの庭であり部屋であります。食ぺ殻は必ず屑箱にお入れ下さい。又客車の中には屑箱がありませんから捨てずにお持ち帰り下さい。鉄道は車内掃除を次第に廃止します。車内掃除の人手を、もつと大切な所に使はなければならないのです。お互ひの食べ殻は自分で始末するやうに必ずお持帰り下さい。

G.K.WoodyG.K.Woody 2009/03/30 19:58 「なんか食べ残しが列車の床にへばりついていそうで……。」
 よく見て下さい。飽食の現在と異なり「食べ残し」はありません。弁当容器も薄板製で「焚き付け」として再利用です。
 豊かになって残飯が出るようになり、公共の場が不衛生となっていったのです

irehyo_kaitsuirehyo_kaitsu 2009/03/30 20:04 ゴミを窓から外に投げ捨てるのが当たり前だった時代があって、マナーとして、ゴミは外に投げ捨てずに椅子の下に捨てましょうっていう時代があったのです。

taroutarou 2009/03/31 03:44 今の小さく折りたためる紙の弁当箱と違って、昔のは木製でかさばるみたいですね。

Prodigal_SonProdigal_Son 2009/03/31 09:41 5年位前に中国に旅行した知人が電車に乗ったら、ゴミを集める係りが集めたゴミを外へ放り投げていたと驚愕していたことがありました。まあいつか通る道なんでしょうね。

tadanorihtadanorih 2009/03/31 09:42 >G.K.Woodyさま

僕も食べ残しなんかほとんどない……と思ったのですが、当該の「写真週報」の記事には、
「食べ残しや夾雑物の取除きは紙の製造工程では一番悩みの種とされてゐます。大切な食糧確保の上からも米一粒も無駄にはしますまい。」
――と呼びかけられているほどですので、やはり何かは残っていたと思われます。
あと、エントリに書き忘れたのですが、この『写真週報』は、昭和17年2月4日付けです。

>irehyo_kaitsuさま
>マナーとして、ゴミは外に投げ捨てずに椅子の下に捨てましょうっていう時代

――どうやら、そのようですね。当時の『婦人倶楽部』に2色刷で社会マナーの連載がありましたので、「車中のマナー」はマスコミ的にはどうなっていたのか、調べようと思っています。

korimakiokorimakio 2009/03/31 13:36 >今ではゴミ箱が担う役割を、椅子の足元が果たしていた時期が戦前・戦後の一定の時期まであったわけです。

うろ覚えですがかれこれ30年近く昔、
かの国民的アニメ○ザエさんの家族旅行の一コマで
『椅子の下に置いておけば後で片付けてくれるのよ』
と言われた子供が家のちゃぶ台で同じ事をやって笑われるというネタがあったと思います。

今はどこでも短時間で着いてしまうし駅弁食べる人も減ったけど
昔は長い車中で弁当食べる人多かったんでしょうね。
これだけ大量になるとデカイごみ箱置くよりもある意味合理的かも。

時々拝見時々拝見 2009/04/16 23:37 中国に行ったら、スイカの皮を窓から投げ捨ててました。
て、そんなことより、子供の頃、列車のトイレは垂れ流しでした。某県庁所在地の駅構内で、落ちてました。停車中は使うなって方が無理と思いました。列車の通過時は鉄橋の下から避難したものです。

ちょっと待てちょっと待て 2009/04/25 03:55 日本いじめが好きな人って。

このエントリのタイトル、「確証バイアス」の最たるもんですな。

polyfarpolyfar 2009/07/24 18:47 食休みに夢声戦争日記を読んで、たまたまこちらを開いて驚愕しましたが、そういえば先ほど読んだ19年の日記の中に「アイスがあまりに不味いので、2/3ほど残して座席の下に捨てた」と車中記があり、ここで合点がいった次第です。

バイバイマンバイバイマン 2010/06/29 15:19 > ちょっと待て
ぷ。「日本人いじめ」ってww
これもまた事実。
自分の価値観に都合の悪いものだからといって,
目をつぶるとはね。
お前のコメントこそバイアスかかってるじゃないかwww

七誌さん七誌さん 2010/08/15 00:56 現代の新宿や渋谷など、人の多い所はアンモニア臭といいますか、酷い異臭がするものです。
我々は現代のマナーの中で生きていて、現代の街の綺麗な面を見てこれこそが清潔だと考えていますが、百年後の人たちから見ればまだまだ汚いですし、理解できないマナーもあるのでしょうね。

通りすがり通りすがり 2011/04/02 10:54 興味深いやりとり、ありがとうございます<(_ _)>
「椅子」は「腰掛け」だったわけですからね。和室に置く室内の椅子の使い方と違い、「公」の椅子は概ね洋式の床とセットで存在したはずですから、「椅子の下」にゴミを待避させる、という発想も合理的ではあったんでしょう。

銅山銅山 2011/04/08 02:38 北区飛鳥山博物館で、「企画展示ノスタルジア・駅弁掛け紙コレクション 〜描かれた名所・名物・名産展〜」という展示がありました。
明治から現代までの駅弁の掛け紙が展示されていたのですが、そこでも「食べガラは椅子の下に入れてください」と戦前のほぼ全ての掛け紙に印字されていました。どうやら車外への投げ捨てが問題になっていたようです。
こういった表記の駅弁は、少なくとも東京オリンピックが開催されるころまではかなり存在していたようですね。
新幹線が就航したあたりからゴミ箱に入れるように求める表記が増え出すので、こういった現象は汽車の客車の構造が原因なのでしょうかね。
「自分で食べた弁当ガラは自分で捨てる」といっても、結局はどこで捨てるかの差でしかない様な気もします。現代でも駅弁の食べガラなんかは車内や駅構内のゴミ箱に捨てるのは当たり前のことですし、家に持ち帰っても結局はゴミ捨て場で清掃局に持って行って貰うだけの話ですしね。現代でも「ゴミを(最終的に)片づけるのは駅員やゴミ屋・汚穢屋(というか清掃局)の仕事」ですよ。

様式が違うだけで、本質は現代と何ら変わりは無いのではないかと思いました。

tadanorihtadanorih 2011/04/10 00:50 >銅山さま
駅弁掛け紙では後始末についてどのように書かれていたのか気になっていたので、大変興味深く拝見いたしました。コメントをありがとうございます。

>新幹線が就航したあたりからゴミ箱に入れるように求める表記が増え出すので、こういった現象は汽車の客車の構造が原因なのでしょうかね。

やはりなぜゴミ箱がなかったのかが気になります。「客車の構造」!そうかもしれません。このあたり、きっと詳しい方がいらっしゃるはずなのですが。

本質は現代と何ら変りない、というのはそうだなと思いました。自分で捨てるといっても、腰掛けの下か、ゴミ箱かの違いにすぎないのですね。

ななしだぞななしだぞ 2013/10/12 13:13 古いエントリにコメントを残すのもアレですが、戦後に新造された長距離向け客車で初めて洗面台付近に「くずもの入れ」が設けられました。戦前からある客車の「くずもの入れ」は座席下に設けられていましたが、無いものもあったので窓から外へ捨てられていたのだと考えます。