タダスケの日記

ある弁護士の司法制度改革観察記録

予備試験を想いながらロースクールに抱かれる

近々,予備試験が始まる。

といっても、今から数年後であり微妙に離れており、最短の司法試験受験資格取得ルートではない。
それでも合格圏ではあるから、オープニング試験に行ってみたい。

もともと予備試験は,経済的にロースクールに通えない人のための試験であることもあって、経済的負担の少なさは充実している。
私のなかに突発的な予備試験ブームが生じた。

だが先述したように、最短の司法試験受験資格取得ルートではない。始まるまでに数年かかる。
しかもあと二年たったときにはロースクールを卒業している。だから司法試験受験資格取得はこちらで済ませる。

しかし今日気がついたのは、私はロースクールの校内をうろつきながらも、予備試験のことを考えてしまっているという事実だった。
ロースクールの期末試験を受けながら、予備試験の合格通知を夢見ている自分がいたのだ。

目の前に並ぶ学者教員オリジナルのマニアックな設問の数々を見つめながらも、私が求めているのは予備試験の合格通知で、得られるはずのない予備試験の合格通知を夢見ながら、ほとんど妥協するかのように、マニアック設問に解答するためのボールペン(黒)を手に取っていた。

こんな時、私は一瞬で背の低い女になってしまうから(※実際は三十二の男です)、「私はロースクールに抱かれながら予備試験の夢を見ているんだ」と思い、切ない気持ちにさせられた。

馬鹿な妄想だ。

ロースクールの腕に抱かれながらも、私は目をとじて予備試験のことを想っていて、「甲のコンピ計算*1をせよ」と愛のない設問を出すロースクールに、少しの重たさすら感じるのだ。
一方的に「甲のコンピ計算をせよ」と言われても押しつけがましいだけだ。コンピ請求をするかどうかは甲で決めることだし、いま自分の心を支配しているのは、予備試験に合格して早く弁護士になって,離婚案件を受任して,依頼者の本当のコンピ計算をすることなのだ。

しかしロースクールは、「理論と実務の架橋」と楽しそうに言っているだけで、甲のコンピ計算が理論なのか実務なのかも分からない始末だが、司法試験受験資格の独占は強いということか、そういう身勝手なところ、自分で勝手に気持ちよくなっているところにも、妙にひいてしまうのだ。

そうして、予備試験とロースクールの間で揺れている私のところに、第三の男として「ローは損だ」と言って予備校がやってきて、「働きながら司法試験合格 - 到来!働きながら弁護士になれる時代!-」と言ってくるのだけれど、これは口説き文句としては最悪で、「塾長は久保◯先生と組んでロースクールを推進していたんじゃないのかよ」と思ってしまう。言い訳のように「働きながら」を連呼してくる時点で、こんな男は恋愛対象にならない。

こういう男は、こちらが冷たいそぶりをすれば、「いや、社会人が対象って言ったじゃん、ロースクール生が対象なんて一言も言ってねえし」と言い出すに决まっているし、それならば直接「甲のコンピ計算をせよ」とマニアックな出題をしてくるロースクールのほうが、ずっと堂々として、男らしいのだ。もちろん、本当に好きなのは予備試験なのだけれど、予備試験は私のことを見ていないのだし、それならば言い訳めいた女々しい予備校よりは、男らしいロースクールがいい。

こうして、予備校という比較対象を得てしまった私は、ロースクールに抱かれている自分を正当化するようになる。
振り向いてくれそうにない予備試験のことを想いながら、日常的にロースクールに抱かれ、さらにダブルスクールとして、予備校の入門講座も受講している。

悪い女だ。

曖昧な関係を続けているうちに、ロースクールを卒業し、予備試験には受かる必要がなくなり、予備校もまたとっくの昔に、受講期間が終わっている。

しかし、時は残酷に過ぎてゆく。



ロー卒業後六年目の春の日。

私は、実家から「すぐそこ」にあって通学に便利なだけの地方ロースクールに再入学した自分を発見するのだ。

その学校生活に愛はない。私は地方ローのことを愛していないし、地方ローで受講している講義のことも愛していない。私の心は再び予備試験に囚われたままで、日々を亡霊のように生き、毎晩のように地方ローに抱かれながら、予備試験のことを想いつづけている。むかし、始めのロースクールに抱かれながら予備試験を想っていたように。


地方ローから返却された期末試験の解答用紙をたたんでいる最中、テレビから流れてきたニュースで、予備試験が毎年,業界トップの司法試験合格率を叩き出していることを知り、一度も予備試験に抱かれていないはずなのに、まるで昔の恋人の出世した姿を見せられたようで、予備試験が就職市場で青田買いされるようになっただとか、ロースクール関係者に妬まれて予備試験の制限まで論じられるようになったとか、そんな話をきくたびに、すこし誇らしくなっている馬鹿な自分を見つける。

いつの間にか予備試験は、「むかし受けたかった試験」から「むかし受かったはず試験」にねじ曲げられていて、何も知らずボール遊びをするクラスメイトに、テレビ画面を指差して、「本当はこの試験に受かっていたはずなんだよ」と言いたい誘惑に駆られる。
いまごろ地方ローは学部生に頭をさげて入学してくれるようにお願いしているんだろう。あの人は愚直なだけだ。
そんなことをしても、予備試験に勝てるはずはないのに。

私の人生は失敗したのだ。

ほんとうに好きな試験を受けることもできず、はじめのロースクール卒業で得た受験資格も生かせず,どうでもいい学校に再入学し、くだらない日々を送っている。私は余り物だ。生きている価値はない。結局、一度も予備試験に抱かれなかった。当然だ。予備試験がこんな女を抱くはずがない。

クラスメイトはあいかわらず勉強もせずにボール遊びをしていた。私は解答用紙をたたむのをやめて、ロッカーの小棚の奥からガラスの小瓶を取り出した。きっとこの錠剤が私の苦しみを終わらせてくれることだろう。瓶のラベルを見つめながら、私は、心の中に最後の冷たい覚悟がおとずれる時を待った。

その時、肩に手が置かれた。

私は振り向いた。

地方ローの教員が立っていた。

私は驚いて何も言うことができなかった。教員は私を見つめていた。今日は卒業生の合格祝賀会のはずなのに、と私は思った。教員は真剣な顔をしていた。やがて教員は口を開いた。それは、「僕は知ってる」という言葉ではじまった。

「僕は知ってる。君が予備試験を引きずっていることも、それをいまでも忘れられないことも。でも僕は法曹養成が好きだから、ずっとそばにいる。君が振り向いてくれなくてもいい。心の中で予備試験のことを想っていてもいい。ただ、僕は君と君のクラスメイトのためにがんばる。僕は君の一番にはなれないかもしれない。でも、君が受験勉強で辛いときにそばにいてあげることはできる。誰よりも君と君のクラスメイトのために頑張ることはできる。その気持ちでは、僕は予備試験にも、君が以前入学したロースクールにも、予備校にも負けない。それが僕の誇り」

私はロッカーの前に立ち尽くしていた。身体が震えているのを感じた。いつのまにか教員はガラスの小瓶を取り、中の錠剤をすべて洗面所の流しに流してしていた。教員は私の肩に手を置いた。

「僕と勉強しよう」と教員は言った。

私は、この人のことをまともに見たことはあったんだろうか。私は、司法試験合格率しか見ていなかったんじゃないだろうか。私は地方ローの優しさも、気遣いも、何も知らなかった。私は、予備試験と一緒になれなければ幸せになれないと思って、教員がこんなにも優しい目をしていることも知らず、地方ローのことを馬鹿にして、本当は、地方ローに再入学した自分を認めたくないだけだったのだ。

泣き崩れる私を教員は抱いた。

はじめて、地方ローに抱かれた気がした。

「あなた、合格祝賀会は?」

「いいんだ。卒業生の合格者が,今年は出なかったんだ。」

「でも、どうして、どうしてわかったの?」

教員は微笑んだ。

「少人数制、って言ったろ?」

涙は流れ続けていた。この学校でちゃんと勉強しよう、と思った。もう過去に縛られるのはやめよう。この人といっしょに勉強しよう。ボール遊びに飽きたクラスメイトが泣いている私を不安そうに見つめていた。私はクラスメイトの名前を呼んで、強く抱き寄せた。

以上です。

いま、自分のなかでものすごく地方ローの株が上がっているんですが、予備試験も定評校もどうでもいいから、今すぐ地方ローに飛び込むように入学したいんですが、県内にひとつもありません。隣県の地方ロースクールももうすぐ経営難で統合されて消えるそうです。

この気持ち、どうすればいいんだろう。

あとがき

元ネタがとても面白いので、お時間があれば読んでみることをおすすめ致します。

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*1:婚姻費用の計算のこと