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2017-01-21

水上悟志作品のコマ割と構図の巧さ


【3段組み】漫画を描く際にメリハリのあるコマ割りを心掛けようというお話【画面作り】 - Togetterまとめ

上記のコマ割に関する話で水上悟志先生が描いた漫画を見てから「惑星のさみだれ」や「戦国妖狐」を読み返していました。毎回読む度に思いますが、水上先生の漫画は読みやすい上に迫力がありますね。その迫力が何から生まれているのかを考えた時に最初に浮かぶのは、コマの視点を上下に振る事で表現された空間の立体感。

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最初のコマの右下から三日月を見上げる夕日が次のコマでは掌握領域を足場にして加速、その次に左上に向かう夕日の姿に効果線と台形のコマを併せて勢いを与え、そして右下のコマで夕日は左上に抜けて三日月が展開した掌握領域のさらに上空まで跳ぶ。

水上先生はこの様にローアングルとハイアングルを使い、二次元の世界に三次元の世界と同じ空間の広がりを表現するのが抜群に巧い。「戦国妖狐」の月湖がムドに喰われそうになる場面も空間の表現が素晴らしく、手前に迫り来るムドの迫力には言葉が出ません。その後にあるムドと月湖の対決もとても惹かれました。


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ムドの攻撃を易々と避けられる理由を問われ、相手の目を見れば分かると返す月湖。達人的な回避を可能にする月湖の優れた観察眼、最後のコマでは月湖の眼以外にトーンを張り付ける事で肝心の眼を強調しています。

集中して何時も以上に大きく開かれた月湖の眼がページの半分を占める大ゴマで描かれると中々の威力がありますね。戦闘において観る事は大切な要素、それは千夜に気を取られて月湖から視線を逸したムドの僅かな隙を逃さず突いた月湖が証明しました。


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上記以外で印象に残る表現いうとキャラの表情すら見えない位にカメラを引く事ですね。キャラを見せる事を重視してアップを多用する漫画家もいますが、水上先生はそれをしないでロングを使いながら、戦闘中に敵や仲間との位置関係を示す事が多い。「惑星のさみだれ」は騎士団が組んで戦う作風なので、各々が何をしているのかを読者に伝える為にもロングは重要な役割を担っていたと思います。

ロングはキャラが小さく描かれる為にボクシングみたいに接近して殴り合う場面には向きませんが、アニムスがしたみたいな地形を変える程の大規模な破壊を行う場面には向いていますね。ロングの使い方では成長した真介が八本松剣鬼を空まで吹き飛ばす場面が格好良かった。


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色々と読んで気が付いた事なんですけど、水上先生は魅力的な絵を描いてはいるものの、コマ割自体は素人でも使える三段組みなどのシンプルなものが割と見られるんですよね。それでも読むと引き込まれてしまうから凄いなと思います。シンプルなコマ割でも魅せる例としては「醒誕祭」の上記の場面。普通は単調にならないようにコマにメリハリをつけるものですが、ここでは逆にコマと構図の変化の乏しさによって、雨に濡れても動じない不気味な女性の死んだ心を表現しています。

この話はコマからはみだして書かれる大雨の効果音もいい味を出しています。車が接近した時の音、車が人を轢いた時の音、ドアを閉めて逃げた音、それらを表す文字と比較して大きな文字で書かれる雨が振る音。ちなみにこの雨が振る効果音は数ページ先まで書かれ続きます。実際には読んでも音は聞こえませんが、これだけでも雨が強い事が感じられるのだから、漫画というのは本当に奥が深いですよね。

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2017-01-15

「魔法少女まどか☆マギカ」視聴者を惹き付ける脚本の理想形

魅力的な物語とはどの様なものを指すのか、それの定義は物語のジャンルや対象層で変化する為に、一言では表せない答えが出ない話だと思います。これが書ければ絶対にあらゆる消費者に受けるというものはこの世に存在しませんが、それでもあえて魅力的な物語の在り方を挙げるとしたら、個人的には「魔法少女まどか☆マギカ」がそれに近い所にあると考えています。

作品の成否は時の運に大きく左右されてしまいますが、「まどかマギカ」はそうした影響を受けずに安定して支持される物語の構造を持ち、この作品と同じ事が出来れば失敗する可能性は下げられます。そう言える程に優れた点の多い作品でした。


ジャンルのお約束を破り続ける

衝撃的な展開で視聴者の心を奪う

謎があると仄めかし先の展開を気にさせる

二度目の視聴で新たな発見を与える

キャラのドラマを積み重ねて繋げる

問題の解決方法に説得力を持たせる

上記の全てを短い話に詰め込む



ジャンルのお約束を破り続ける
魔法少女ものといえば主人公の女の子が魔法少女に変身して、愛らしいマスコットと共に人々を守る為に戦う話ですが、「まどかマギカ」はその逆を行き主人公は最終回まで変身しませんし、マスコットは悪魔の様に契約を持ち掛け魔法少女を食い物にし、魔法少女は自分が生き残る為に人々を食べて成長した魔女を殺します。

この様な視聴者がそのジャンルに抱いている印象を壊す手法は注目を集める為には効果的、敵対関係にあるはずの魔王と勇者が手を組み経済を操る事で世界を変える「まおゆう」もそれで成功を収めました。作者が無から有を生む事が難しいように、視聴者も無から有を知る事は難しい。誰も見た事が無い楽しみ方が分からない作品よりも、広範に知られる物語の類型からずらした作品の方が見所が明確で人目を惹きます。

お約束を逆手にとる作品は強いですが、ただしこれをやる場合は先陣を切らなければ意味が無く、二番目になるとパクリと呼ばれてしまうので扱いは難しい。「まどかマギカ」はお約束を外した魔法少女ものが魔法を使わずに殴る、男の子が変身する魔法少女などギャグに集中していた時代に放送したおかげで斬新に感じられましたが、今の時代に放送された場合は注目度が半減していたでしょうね。この作品は「エヴァンゲリオン」と同様に時代の最先端にいた故に評価された部分は大きいと思われます。


衝撃的な展開で視聴者の心を奪う
マミがシャルロッテに頭から噛み付かれ死亡、魔法少女の本体はソウルジェムで肉体は契約と同時に死ぬ、魔女の正体は魔法少女の成れの果て、ほむらは魔法で何度も同じ時を繰り返していた。アニメでは3話かけても話が一向に進まない作品もありますが、「まどかマギカ」では3話に1回は視聴者の度肝を抜く衝撃的な展開が訪れます。

娯楽作品が次々に生まれる現代社会において、視聴者は退屈な展開を見せると他所に流れてしまうので、そうならない為にも1話あたりに込める情報の量と質が重要。「コードギアス」と「まどかマギカ」はこの点が優れていました。お約束から外した上で衝撃的な展開を入れる事に成功すると、口コミで爆発的に作品の評判が広がります。


謎がある事を仄めかして先の展開を気にさせる
衝撃的な展開を生み出す場合は先を読ませない為に、様々な情報を伏せる必要があります。しかし情報を伏せ過ぎると物語がどの様な方向に進むのか分からず、視聴者が作品に対して興味も期待も持ちません。

そこで「まどかマギカ」では先が気になるようにほむらとワルプルギスの夜が戦う姿を夢の中で目撃、ほむらがまどかに契約して自分を変えようとしてはならないと忠告、まどかとほむらの関係に重大な謎が隠されていると視聴者に伝えました。

視聴者に先を読ませてはならないけれど、視聴者に先が気になるようにしなければならない。「まどかマギカ」はそうした情報の開示の仕方が絶妙な作品で、意味深な台詞が1話から大量に仕込まれていました。


二度目の視聴で新たな発見を与える
ほむらの正体が明かされた10話。この回は普通のアニメが何話も費やして描いている内容を詰め込んだ事も凄いのですが、それに加えてこれまでの話の見方を一変させる事が本当に凄い。

この話を視聴した後にはほむらが自分の忠告を無視するまどかに「どこまであなたは愚かなの」と口にする時にどれ程の辛い想いをしているのかも感じ取れます。割愛しますが「まどかマギカ」には初見で気が付かない点がとても多いんですよね。

キュゥべえのキャラを理解した後では如何にあれが嘘を付かずにまどか達を言葉巧みに騙そうとしているのかも分かる。最初に視聴した時と全体像を理解した後に視聴した時の最低でも二回は楽しめる構成は見事。


キャラのドラマを積み重ねて繋げる
メインキャラ全員が視聴者に好かれるように見せ場を均等に用意するだけでも十分に難しいと思いますが、あるキャラのドラマが別のキャラのドラマと密接に絡み合いながら、最終的に大きな物語に収束する場合の難易度はさらに数段上。これが下手な作品は個々の話は魅力的でも、全体を通して見ると散らばり過ぎて何がしたい作品なのか伝わりませんし、最終回でカタルシスが得られないんですよね。

「まどかマギカ」はそのキャラのドラマの絡ませ方が上手く、メインキャラには誰が欠けても物語が成立しない位に重要な役割が与えられていました。中でも他者の為に魔法を使う決意をしたさやかと自分の為に魔法の力を使う決意をした杏子の存在感は圧巻、両者の対立は主人公のまどかと物語の鍵を握るほむらに匹敵する程のドラマを持ちます。

さやかはマミの後を継いで正義の魔法少女を続けても自分が報われない事に途中で気が付いていましたが、そこで杏子の様に自分の為に魔法を使う事を拒否して人々を守る道を進み続けた結果、最後は精神が限界を迎えて魔女化してしまいます。

さやかの選択は愚かな行為にも見えますが、正義の魔法少女を続けた不器用な生き方が、利己的に振る舞う杏子の心を溶かして、さらにはまどかに魔法少女が絶望して魔女にならない世界を創造する決意をさせます。マミ、さやか、杏子、ほむらの行動が連鎖的に周囲に影響を与え続け、それがまどかの決断に結び付いて昇華される様は本当に美しい展開でした。


問題の解決方法に説得力を持たせる
主人公が問題を解決する場面は物語の山場、そこの見せ方は評価を大きく左右するのですが、世の中にはハッピーエンドにしようとするあまり、その場の勢いで困難を乗り越えてしまう作品が見られます。「グレンラガン」みたいに己の限界を突破する気概が不可能を可能にする力を与える作品ならまだしも、そうした設定が無い作品でそれをやるとご都合主義に感じられて冷めてしまいます。

結城友奈は勇者である」は好きなんですけど、最後の問題の解決の仕方が惜しい作品でした。この作品は戦う度に神樹に身体の機能の一部を捧げる残酷な設定なんですけど、捧げた視覚や味覚が最後は理由も無く戻るんですよね。神樹がそれらを別の対価も求めずに返せるのであれば、東郷達はあそこまで苦しむ必要は無い訳で、結果的に神樹の性格が悪い風にしか見えませんでした。「まどかマギカ」はその様な事態に陥らずに解決は前々から張られていた伏線を回収して行われました。

ほむらがまどかを助ける目的で彼女を軸に時間を巻き戻した影響で、まどかに因果の糸が絡み付き魔法少女の素質が増大し、その所為でまどかはキュゥべえに契約を迫られますが、魔法少女の素質が向上したおかげで世界の法則を書き換えて魔女化を阻止する壮大な願いが叶う。この辺は設定に無駄が無くて感動します。


上記の全てを短い話に詰め込む
上記の内容は多かれ少なかれ、大抵の作品は部分的に描いているものなんですが、上記の全てを1クールの短い話に収めた作品は非常に少ない。通常は何かを選ぶには何かを諦めなければなりませんが、そこで諦めずに両立が不可能と思える要素を詰め込み、作品の魅力を可能な限り増やした「まどかマギカ」。それだけ詰め込みながら視聴者を置いてきぼりにしない脚本は見れば見る程にその完成度に驚かされます。