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2015-12-27

「落第騎士の英雄譚」の絶妙に改変された脚本はアニメ化の理想形

「落第騎士の英雄譚」は自分の中では今年放送されたライトノベル原作のアニメでは五指に入る素晴らしい作品だと断言出来ます。これよりも人気の出た作品や映像が綺麗な作品なら幾つも挙げられると思いますが、原作の魅力を引き出して作者と読者を満足させたという点では、これを上回る作品はそんなには作られていないのではないかと思います。

5話は作画が崩れていたとか11話の白黒演出は好き嫌いが分かれるとか文句を言おうと思えば言える箇所はありますが、そんな些細な欠点が気にならない位に優れた箇所が随所に見られ、脚本に関しては原作付きのアニメの理想形と言えますね。原作を丁寧になぞるだけにならずにアニメに向いた脚本に改良されています。そんな事を言われても原作を読んでいない視聴者には何が凄いのか伝わらないと思うので、ここからは原作との違いなどを交えながら脚本や演出の上手さについて書いていきます。


エピソードをカットした所為で起きる不自然さを是正する
ライトノベルがアニメになると原作にある台詞や設定等の情報が尺の都合から大幅に削られます。その所為で視聴者の作品に対する理解度が低下する事態が起きますが、この作品ではそれを緩和する為に工夫を凝らしています。例を挙げると西京先生が一輝とステラの戦闘を観戦する描写。アニメオリジナルのこの描写がなければ桐原戦で解説役を務めた西京先生が一輝の能力を既に知っているかの様な口振りで解説する光景が不自然になります。

原作には一輝とステラの戦闘を映した映像がネットで広まるという話があるので、西京先生もそこで一輝の能力を見たのだと読者が想像する事が可能なんですが、アニメではそこをやらなかったので西京先生が一輝の能力を知る経緯が謎になります。その謎は西京先生が一輝とステラの戦闘を観戦した事により消えます。桐原戦終了直後の「黒鉄選手を至急iPSカプセルまでお願いします」という台詞もそうした工夫の一つ。地の文で説明されていたiPSカプセルの存在を台詞で視聴者に伝える。この台詞だけで負傷した一輝が短時間でどうして元気になるのかという疑問が解消されます。

世の中にはアニメの尺に合わせて原作の台詞を削り、ダイジェスト版にするだけで視聴者に理解させる気が感じられない作品もありますが、この作品は原作から何らかの情報を削る場合にはそれを補おうと新たな台詞を足します。最終回の黒鉄厳とヴァーミリオン国王が電話で会話していたのもそれですね。これらの細かい変更点や追加点は普通の作品の何倍もあると思われます。
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エピソードの順番を入れ替えて戦闘回を後に回す
3巻は珠雫と東堂の試合、東堂の強さの秘密を知る、風邪を引いたステラを介抱する、一輝が軟禁される、一輝と東堂の試合という流れなのですが、アニメでは風邪を引いたステラを介抱する、珠雫と東堂の試合、東堂の強さの秘密を知る、一輝が軟禁される、一輝と東堂の試合という風に変更されています。これには珠雫と東堂の試合から一輝と東堂の試合までの間を縮め、信念と信念がぶつかる燃える様に熱い戦闘を見たがる視聴者を飽きさせない効果が期待出来ますね。小説なら数時間も掛からずに読めるから気になりませんが、アニメでは原作どおりにやると3週間も待たされるわけですから。

またこれはアニメーターの体力を温存させるには最善の選択と言えます。これをしなければ労力を要した蔵人と一輝の戦闘を終えた直後に、珠雫と東堂の試合なんて大変な作業がスタッフを待ち構える事態になります。見せ場となる戦闘回で視聴者の心を掴める最高の映像を作るには、アニメーターに十分な時間を与える必要がありますが、それを与える為にはきちんとした計画を立てなければなりません。

計画の立て方がいまいちだと「戦姫絶唱シンフォギア」みたいに前半は非の打ち所がない出来なのに、後半になるにつれて作画の質が目に見えて落ちる事になります。スタッフが優秀でも時間配分に失敗するとそうなるので、それを回避する為にも派手な戦闘回を連続して行わないのは適切な判断だと思います。SILVER LINKはただでさえ同時期に3本も作るなんて無茶をしていますから、それ以上の負担をかけたらアニメーターが一輝みたいに死に掛けたかもしれません。
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カットしたエピソードを集めて新たなエピソードを作り出す
原作では男子生徒達が女子生徒から人気を集める一輝を妬み、一輝に襲い掛かり倒される話が桐原戦前にありますが、アニメではそれが桐原戦後に入れられる事になり、その男子生徒は更生して一輝に弟子入りします。男子生徒達に襲われるのも弟子入りする生徒達がいるのも原作通りなんですが、両方を組み合わせたのはアニメオリジナルの展開。男子生徒達を一輝の強さを見せるだけのかませ犬で終わらせないのは好印象。

ちなみに綾辻とステラを連れてプールに修行をするところが、アニメになると綾辻を省いてステラと弟子達を指導する展開にされ、原作では具体的に描かれずにいた生徒達の修行が追加される形になりました。こうした生徒達を指導して絆を深めるエピソードの積み重ねがあるおかげで、一輝が慕われている事実と慕われる理由が視聴者に原作以上に伝わり、最終回で一輝が大勢の生徒達から応援される展開に説得力が生まれて重みが増します。

誤解される方もいるかもしれないので言っておきますが、生徒達を指導する描写を入れない原作が駄目だという話ではありません。打ち切られない為には3巻を盛り上げる布石を打つより、その前の2巻を面白いものにして早急に結果を出す方を優先しないとならないので、その場合は2巻のメインキャラとなる綾辻の出番を増やす方が大切なのではないかと。
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原作を越える気概を感じさせる映像表現
この作品は演出もとても良くて、一輝の対戦相手が変わる度にOPの映像も変わり、固有霊装の顕現の仕方にも個性を出したりと、至るところに制作者の拘りが感じられます。まさかアニメで映えるようにする為に、桐原の能力に森の具現化まで付与するなんて予想外。キャラの置かれた立場を光と影で表現するところも印象に残りました。6話では真っ直ぐに綾辻を信じられる一輝とそんな一輝を羨むが同じ様に信じられないアリスの対比を光と影で表現。

12話では赤座にはめられ肉体的にも精神的にも追い詰められていた落第騎士の一輝は影の中、周囲から期待され学園の頂点という輝かしい地位にいる東堂は陽の当たる場所にいます。一輝が東堂を打ち負かし不条理な決闘、襲い掛かる理不尽、家のしがらみの全てを一刀両断し、無冠の剣王になると同時に影の中から抜け出し明るい場所に立てるようになる。こんな脚本も演出も音楽も素敵な作品が見られて本当に幸せでした。
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