アニメごろごろ

楽しんで頂けたらツイートなどしてもらえると喜びます。

「HUNTER×HUNTER」のキメラアント編が爆発オチを選んだ理由

HUNTER X HUNTER23 (ジャンプコミックス)

HUNTER X HUNTER23 (ジャンプコミックス)

貧者の薔薇で倒される意味
ネテロとの念能力を用いた戦いには勝利したものの、ネテロが体内に仕込んでいた貧者の薔薇の毒を浴び、圧倒的な強さを誇りながらあっさりと命を落としたメルエム。この結末に「作者がメルエムを倒す方法を思いつかなかったから爆弾を持ち出した」や「爆弾を使わずに念能力での戦いで終わらせて欲しい」といった類の否定的な意見を偶に目にします。

強敵が爆弾で倒される展開は拳と拳の殴り合いが魅力の少年漫画的に邪道ではありますし、ネテロの100年を超える修行の成果が爆弾に劣るものに思えてしまいます。それに対して思わず批判を口にする気持ちは分からないでもないのですが、好き嫌いは別として物語全体の流れを読み解けば、貧者の薔薇で倒される展開は、当然の成り行きなのではないでしょうか。そのことを説明する為には岩明均先生の「寄生獣」の存在は避けて通れません。


寄生獣」との共通点から見える結末
メルエムを貧者の薔薇で倒す展開は終盤に思い付いた案なのか、それとも序盤から視野に入れていた案なのか。これについては蟻編の元ネタが「寄生獣」である事を踏まえると後者の可能性が極めて高いです。「寄生獣」を読んでいる方なら分かると思いますが、蟻編はこれの影響をかなり受けているんですよね。


護衛軍のモントゥトゥユピーは髪型がオールバック、複数の触手を振り回し、怒りの感情を溜め込み殺戮マシーンと化すなど、その外見も性質も含めて「寄生獣」に登場する後藤がモデルとしか思えません。

この「寄生獣」に登場する最強の怪物である後藤は、戦闘能力において主人公を遥かに超えていましたが、主人公が手にした武器に偶然付着していたゴミ焼却過程で発生した有害物質を体内に捻じ込まれ、強靭な肉体も役に立たず簡単に倒れてしまいます。同様にユピーも環境に配慮していない人間によって作り出された毒によって倒されます。


蟻編が「寄生獣」の影響を受けている部分は上記の他にも見られ、序盤に描かれたハギャの初登場シーンにもそれは表れています。「寄生獣」の動物園で飼育されたライオンは無謀にも人間に擬態したパラサイトに襲い掛かり殺されますが、「ハンターハンター」の人間の知性を持つハギャは自分より格上のカイトに戦いを挑まず生き延びます。

死を代償に身に付けた学習する知能、それがハギャが爪と牙に代わる新たな武器。メタ的に見ればハギャはパラサイトに殺されたライオンの生まれ変わり的な存在と言えますね。ちなみに両作品とも序盤にライオンが現れて終盤に毒が使われます。

これらの「寄生獣」を思い起こさせる描写の数々から察するにメルエムの死に方は終盤の思い付きではなく、蟻編を始めた当初からある程度は練られていたものと思われます。連載当時に蟻編を読んでいた時は展開が読めませんでしたが、推理する情報はあらゆる場所に散り嵌められていたので、勘の鋭い方ならメルエムが念能力で倒されないことを予想していたのではないでしょうか。


キメラアントにも劣らない人間の悪意
上記の話だけでは冨樫先生の独創性が感じられず「寄生獣」のパクリと思われてしまい、貧者の薔薇による幕引きの魅力が伝わらないかもしれません。ですからそれを伝える為にも、キメラアントがどのような存在なのか簡単に書き記していきます。まずは「寄生獣」に登場するパラサイトとキメラアントの相違点、それについては人間の遺伝子を受け継いでいるかどうかにあります。

キメラアントは人間から見れば確かに生物学的な分類では異種族ではあるのですが、その人格は餌に選ばれた人間の影響を受けて作られたものですから、ある意味ではキメラアントは人間の同類とも言えます。ウェルフィンなんて人間の頃の記憶も自我も残されているので、人間と異なるのは外見程度しかありません。両者が純粋な異種族同士でないという話は、下記のリンク先の記事でも語られていますね。

『HUNTER×HUNTER』Ustの告知および、ニコ生PLANETS12月号のまとめ - ピアノ・ファイア

先程は同類と書きましたが、蟻編の序盤はキメラアントと人間の類似性を悟らせない見せ方でした。その証拠にキメラアントは人間を餌にするだけでは飽き足らず、自分の快楽の為に弄り殺すなど、残虐性が強調されてゴン達にとって殺してもいい怪物の様に描写されました。仲間だけは大切にする幻影旅団やボマーとは別種の読んでいて吐き気を感じる外道。それはハギャ隊との戦いを終えたゴンの台詞から感じ取れます。

ゴン「仲間をゴミって言うような奴らに同情なんかしない!」

カイト「それが危険なんだ。仲間想いの奴がいたらどうするんだ…?」

その後のキメラアントの描き方は「仲間は売れねェ」と言ってキルアに命乞いせずに自らの腕を切り離して死を選んだイカルゴを見ても分かる通り、読者も共感するような仲間を大切に思う一面が描かれたりと、キメラアントの内面は人間のそれと何ら変わらないことが明示されます。それは自然な反応でキメラアントは人間の遺伝子を取り込んで産まれた生物ですから、彼等の持つ善性も悪性も併せてその精神は人間と酷似しています。

当然序盤で描かれたキメラアントの残虐性も人間に由来するものです。そのキメラアントに受け継がれた人間の持つ悪性ですが、ジャイロの父親の虐待やジャイロのドラッグの生産から多少は窺えるものの、蟻編の中盤までに描写されたものはどれも小規模で人類全体の持つ悪性とは言い難いんですよね。これらの少数の人間達の悪行が人類を滅ぼしかねないキメラアントの悪性に匹敵するとは個人的には思えません。


キメラアントが善悪の両方を極端なまでに描かれているというのに人間の方は悪い面はあまり描かれず、人類や仲間を守る為に命を懸けて戦うなどの良い面が目立つというのは不公平。悪党であるはずの幻影旅団も蟻編では劇場版のジャイアンみたいにまるで気の良い奴らみたいに描かれていました。

とはいえ冨樫先生がそんな人間にとって都合の良い部分を好んで見せる作家ではないことは、「幽遊白書」の仙水編等の過去に描かれた作品を読めば明白。そうであるならば、蟻編の終盤にその悪性が集約された何かがあると考えるのが自然でしょう。

そして、キメラアントの進化の全てが王に集約して生命の頂点に君臨する唯一無二の存在となった様に、人間が進化し技術と悪意を育てた先に生まれたものが非人道的な兵器の貧者の薔薇。

人間=正義でキメラアント=悪という読者の思い込みを粉々に砕き、人間もキメラアントも何も変わらない存在として描き、さらにキメラアントの全てを託されたメルエムに対抗可能な人間全体の力が集約されたものを用いるのであれば、貧者の薔薇による殺害はこれ以上ない位に見事な結末であると疑う余地は有りません。


幽遊白書」の先に進む道を開いた蟻編
メルエムを貧者の薔薇で絶命させ、念能力による戦闘では敗北させない。これには最強の王の威厳を最後まで保たせる効果と蟻編で急速に進んだパワーインフレに歯止めをかける効果があります。

もしもあそこでネテロやゴンさんがメルエムを強引に力技で負かしていたら、絶対に勝てなさそうな強敵が現れたとしても、主人公達が強ければ勝てるという前例が作られてしまい、作風がその方向に傾き始めパワーインフレは止まらず「幽遊白書」の二の舞になっていた気がしてなりません。

蟻編の最後が変身して長髪になったゴンさんに倒されたメルエムを連れたシャウアプフが「あなた方はまた別の敵を見つけて戦い続ければいい」と言い残して去る展開なんて私は見たいと思いません。

そんな「幽遊白書」みたいなノリで進んでいったら、選挙編もハンター全員で殴り合って、最後まで倒れずにいた奴が次期会長という適当な展開になりそうですね。そしてそのまま暗黒大陸に生息している超巨大な生物達も力で押し切りそうですが、それは「トリコ」でやっていればいいのであって「ハンターハンター」には求めていません。
f:id:taida5656:20180923212908j:plain
その方向で進めない為にも冨樫先生はメルエムとの勝負でネテロ会長を敗北させ、あの世界における個の限界を読者に示したのではないかと思います。たとえ世界で五本の指に入る念能力者であろうと勝てないものはある。この様に冨樫先生は作品を描き続けるモチベーションを維持する為に、物語をマンネリ化させる原因のパワーインフレを阻止する制約を自ら設けました。

少しばかり話が脱線しますが、キメラアントという人間みたいな性格の化物を描いた直後、十二支んという化物みたいな外見の人間を登場させた背景には、人間と人間以外の生物の境界線は曖昧だと強調する意味も含まれているのかもしれません。

冨樫先生は蟻編で何かが振り切れたのかナニカ、パリストン、ツェリードニヒと単純な戦闘力では驚異度を測れないキャラを次々に登場させ、そして物語の舞台は殴り合いでは勝ち目が微塵も感じられない超巨大な生物が住まう新世界に移ります。肉体の強さがものを言う「ドラゴンボール」的な価値基準は完全に壊され、レオリオやチードルの様に戦闘以外での見せ場を与えられるキャラが増えていき、物語の幅はキメラアントを倒す目的で動いていた蟻編の頃よりも格段に広がりました。

ジャンプ漫画の大半が最初は冒険や推理やギャグをしていても途中からバトルに移行してしまい、そこから抜け出せずに人気のキャラを使い続けて同じ事の繰り返しに陥る中で、最高のバトルを終えても完結せずに個の強さが意味を持たない新たな境地に至る。これまでの価値観が通用しない新世界編は読者と主人公達を文字通り、新しい世界に誘う事は間違い有りません。何年先になるか分かりませんが続きが楽しみですね。

taida5656.hatenablog.com

taida5656.hatenablog.com

taida5656.hatenablog.com