悪魔の尻尾

50代から60代へ~まだあきらめない

魔導の系譜 佐藤さくら

第1回創元ファンタジイ新人賞優秀賞受賞作。
Amazon日替わりセールのときに購入。
ものすごく良かったのである。
すぐに感想文を書けばよかったとも思う。

ラノベじゃないの?軽い気持ちで読み出したが、冒頭は何やら説明ばかりが多くて退屈なところもあったが、読み応えがあった。
ストーリーこそ、剣を扱う騎士や魔法を使う魔道士が登場する架空の世界を描いたファンタジーであるが、そういう世界観はあくまで設定にすぎないと思えるほど深い人間ドラマだった。
ファンタジーなんか嫌いとか言わずに多くの人に読んで欲しいと思う。


主人公は恐るべき魔法の才能を持つゼクス
そして魔導の才能は生まれながらにして備わっているものであるが、この世界の人々からは忌み嫌われている力でもあり、魔道士そのものが人間として蔑まれている。
それに加えてゼクスは人として嫌われている部族の人間でもあり、幼いころに騎士に両親を殺され、心に深い傷を残す。
ゼクスの才能は凄まじいが、人を拒み、教えを拒む。
巨大な力を持つものは制御できないとなると殺される運命にある。
ゼクスの師匠となるのはレオンという魔道士。
ゼクスとは違い、魔道士としての能力は低い。
魔脈といわれる魔力の源泉が細い。
しかし努力家であり、レオンの師匠からも努力と魔法を制御する能力は育てた弟子の中でも一番だと言われるとともに、能力は三流以下と評価される。
魔道士としての素晴らしい技術を持つレオンと恐ろしいほどの魔脈をもつ少年のゼクス
幼少なゼクスが魔法を制御できなければ、殺されてしまう状況でレオンはその教育係を押し付けられるのである。

レオンの教育のおかげでゼクスの才能は開花する。
レオンにはきっかけを掴めず才能を伸ばすことの出来ない魔道士の卵を一人前にする才能はあった。
と同時に自分が教えた弟子がすぐに自分を越えていってしまうことへコンプレックス、苛立ちもあった。
ゼクストの関係でもそのあたりは微妙であり、ゼクスが魔道士として一流と言われる「鉄の塔」に行くことに反対し、喧嘩別れしてしまう。
レオンが能力は十分なゼクスを今まで「鉄の塔」に行くことを拒んでいた理由は「まだ早い」ということ。
ゼクスは師匠が自分を行かせなかったことに怒り、出て行く。
師匠のゼクスにはまだ教えきっていない部分があった。

「鉄の塔」に行ってもゼクスは孤立する。
魔道士同士という差別される側の人間であるにも関わらず、部族がまた差別の対象になっているからである。
しかしその能力でまわりからは一目を置かれる存在になる。
彼の友人で高貴な血筋(王の息子、つまり王子)ながら魔脈を持つということから蔑まれていた人物がいた。
差別を受け続けた魔道士だが、彼を中心についに反旗を翻す。
魔道士たちの解放軍は王国の正規軍よりも圧倒的に数は少ないが、ゼクスの能力は凄まじく、単なる反乱に終わらない。
魔導師の力は強力で恐ろしい。
その力を存分に発揮する事ができるゼクスは自らの力に酔うよりも力を出せば出すほど多くの人が死んでいく。
自分たちの闘いは正義の戦いであると信じていたが、ゆらいでいくのである
ゼクスは袂を分かった師匠に会いたい、詫びたいという気持ちが強くなり、解放軍から離れていく。




長い物語である。
話自体はシンプルでわかりやすい。
難しいところはまったくないと言っていい。
そんな中で出てくる人物や状況が細かく丁寧に描かれている。
世界観こそ架空のファンタジーなのだが、本質は同じである。
人間同士の醜い争い、差別。
争い、殺し合い。そして怨み。
これらが延々と続いている状況。
主人公のゼクスが、自らがその体験を通じてそこに気づく、そういう作品である。
幼いころ受けた心の傷。悲しみ。
それに打ち勝つための力を得るが、やはりその力によって他者を傷つけ、自らが正しいと思い戦ってきたことに不毛さを感じる。
そして自らは裏切ってしまったと思った師匠に対する深い尊敬、敬愛の情が描かれている。
2人の師弟愛は本当に美しく、素晴らしい。



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