「アメリカは正気を取り戻せるか」と「アメリカン・ジハード」が指し示すもの

 「アメリカは正気を取り戻せるか」(ロバート・B・ライシュ東洋経済新報社)の感想から連想したことなどを。
 さて、以下、「ラドコン(Radcon)」というのは「ラディカル・コンサバティブ(radical conservatives)」の略称で、よく言われるネオコンとほぼ同じ人々のことを指している。
「ラドコンにとって規律を行き渡らせる究極の道具は市場である」(150ページ)
「当時、フリードマンの提案をまともに受け取った人はほとんどいなかったが、ラドコンが支配するようになった今、その考えが主流となった」(152ページ)
「ラドコン社会学者のチャールズ・マレーは次のように言う。『今日のアメリカで、あなたが本当に頭がよければ、おそらく本当によい学校に入ることになり、収入のよい仕事に就くことになり、給料も上がり続けるだろう』」( 157ページ )
→では、右翼であるラドコン(ネオコン)と市場原理主義者の共通の「根」は何か。  
「当時(南北戦争後の好景気時代『金メッキ時代』の支配的な経済理論は自由放任であり、その哲学的ルーツは社会ダーウィニズムとして知られるようになった。 今生きているアメリカ人でハーバード・スペンサーの著述をなにがしかでも読んだことのある人はほとんどいないだろうが、彼の著作は19世紀の最後の30 年間、アメリカに強烈な影響を与えた。・・・(ハーバード)スペンサーと彼の信奉者にとっては、市場は人格を発展させる場であった。勤労は人々に生き残るために決定的に重要な道徳的規律をもたらした。生きることは、最も強い道徳的素質を持っている者だけが生存できる競争的闘争であった。・・・「適者生存」という言葉をつくったのはチャールズ・ダーウィンではなくスペンサーだった。・・・スペンサーの熱心な信奉者だったイェール大学の政治・社会学教授ウィリアム・グラハム・サムナーはこれを簡潔に説明した。『金持ちは生き残り繁栄するに値するが、貧者はそれに値しないだけの話だ。』」(159〜160ページ)
→強い者が勝つ、あるいは勝った者が強いのであり祝福されるべきである、と考えるところが、そのまま市場原理主義の考え方に当てはまるということなのだろう。
 一方、ラドコンが積極的に他国・他民族を侵略してよしとするのもまた、勝てば良い、負けた者は劣っているのだから虐殺されても文句は言えないとの考えが根にあるということになる。「強い者が勝つ」あるいはさらに進んで「どんな手を使っても勝てばいい、勝った者が強い者であり、祝福されるべきである」という弱肉強食の論理は、市場原理主義の典型的なたとえだが、実はこれは侵略戦争の論理でもあるのではないか。
 市場原理主義とラドコンの共通性を論じるのに、ハーバート・スペンサーのことが取り上げられたが、彼の文章はマフムード・マムダーニ著「アメリカン・ジハード」でも「付随的な損害を斟酌せず、完璧な幸福という大計画を実行に移しつつある勢力は、邪魔になる部族の人類は絶滅に追い込む」(注の1ページ)と紹介され、この時代の思想傾向がどのようなものであったかが次のように記されている。
「『帝国主義が劣等人種を地上から排除することによって文明に貢献した』」とする考え方は、自然科学、哲学から人類学や政治学に至る、十九世紀のヨーロッパ思潮の中に広く表明されている。イギリス首相、ソールズベリ卿が一八九八年五月四日、アルバート・ホールで行った有名な演説で、「大雑把に言って、世界の民族は生き延びていく民族と滅びていく民族の二つに分けられる」と述べたとき、ヒトラーはわずか九歳、ヨーロッパの空気は『帝国主義こそ、自然の掟によれば、劣等人種の必然的破滅に通じている生物学的に必然のプロセスなのだ』という確信が瀰漫していた」
→マムダーニは、こうした時代思潮を背景にニュージーランドマオリ族やドイツ領南西アフリカのヘレロ族などが絶滅させられていったとし、ヘレロ族についてはドイツの遺伝学者オイゲン・フィッシャーがその強制収容所で人種混淆の実験を行い、「ヘレロ女性とドイツ男性の混血児は心身ともにドイツ人の父親に劣っていた」などといった結論を引き出して「人間の遺伝原理と人種的予防措置」を著したとする。さらに、それをヒトラーが読み、フィッシャーをベルリン大学の学長に任命し、その教え子の1人が、アウシュビッツで人体実験を行ったヨーゼフ・メンゲレだったという関連性を指摘して、19世紀後半の「適者生存」—社会ダーウィニズムが20世紀前半のナチズムを人脈的にも思想的にも支えたことを明らかにしている。
 もちろん「ラドコン・イコール・ナチズム」と短絡的に考えてはならないが、「強者の論理」であったり「人種差別的」であったりする点には、両者に共通性を感じないわけにはいかない。世界の「衆人環視」の中、あの時代もこの時代も「大虐殺」が公然と行われたことも、両者の同質性を疑わさせるに十分ではないだろうか。

アメリカは正気を取り戻せるか―リベラルとラドコンの戦い

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アメリカン・ジハード 連鎖するテロのルーツ

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