「反政府」なら「正義」なのか? 国枝昌樹「シリア アサド政権の40年史」を読む

 シリアで反政府勢力が蜂起し、内戦になりつつある。8月にはフリージャーナリストの山本美香氏が反政府勢力の自由シリア軍を取材中、銃撃されて亡くなった。撃ったのはシリア政府軍(—だが真相は不明—)とされ、突然、「暴虐なシリア政府軍」「それに対抗してシリアを解放する自由シリア軍」というイメージが広まったように見える。
 私自身は、イラクフセインリビアカダフィが倒された時、なるほど彼らは残虐な面を持つ「独裁者」だったのかもしれないが、NATOや米軍が爆撃したり地上軍を展開した意味では「侵略行為」だと思うし、今、かの地が現地の人にとって決して安心安全とは言えない状況になってしまっているのを知るにつけ、他国へのこのような干渉には断固反対の気持ちをより強く持つようになった。
 さらに言えば、チュニジアに端を発し、エジプトで進展した民主化運動が、王国であるサウジアラビア絶対君主制クウェートではなく、欧米やイスラエルに敵対的なリビアやシリアに伝播するという不自然な「流れ」にも疑問を感じる。
 真相は分からない。とりわけ、現地入りしたフリージャーナリスト安田純平氏らのツイートを読むとよけい分からなくなる。

@YASUDAjumpei: 反政府軍に参加してない人々がすんでいる地域にところかまわず空爆砲撃してるシリア政府がシリア国民を守ってると思う感覚というのはどうやって養われたのかね。住んでたから分かるとか言う人は、日本に住んでる日本人は日本のことが分かってるとか思ってるわけか。おめでたいことだ。

 さらにスペイン人ジャーナリスト・リカルド・ガルシア・ビラノバ氏の、傷ついた人々の写真

http://www.ricardogarciavilanova.com/?page_id=3176

を観ると、ますます混乱させられる。
 だが、そうした不透明さをある程度解消してくれる「事情通」というべき著書を見つけたので紹介する。
 国枝昌樹「シリア アサド政権の40年史」(平凡社新書)。国枝氏は外務省に入省し、書記官や参事官としてエジプト、イラク、ヨルダン大使館で勤務し、2006年から2010年までシリア大使を務め、2010年に退官している。

 シリアでの動きのもう一つの特徴は、情報技術を駆使したメディア合戦ともいうべき激しい報道合戦である。シリア国営報道機関も積極的な報道活動を行うが、それ以上にシリア国外の報道機関の積極的な姿勢は目覚ましく、国際世論の形成に影響力を及ぼしてきた。そこでは、シリアの反体制グループが流す情報がその信憑性について検討されることなくほどんどそのまま報道されることが多い。(8ページ)

 そんな私が2011年春以来のシリア情勢を伝える報道を見ていて危うさに肝を冷やす思いをたびたび重ねている。反体制派の情報に偏った報道ぶり、明確に反体制側に立つアルジャジーラアルアラビーヤなどの衛星放送局の報道の受け売り、加えて針小棒大、事実誤認の報道など。シリアの現状に関する国連機関の報告書についても、執筆者の意図に明確な偏りがある場合が認められる。(10ページ)

 国枝氏は、レバノン闇市場における武器売買の奇妙な価格高騰についても指摘する。

…年が明けて12年になると、AK-47は2100ドルまでつり上がり、民衆蜂起前には1個100ドルだった手榴弾が500ドルにまでなった。それでもシリアからやってきて闇市場で武器を購入する動きは途絶えない。彼ら(反体制側)は不自然なまでに資金が豊富である。(23ページ)

 さらに、シリア内戦の背景といえば、私たちは「独裁的な政府VS民主的な反政府」、少し事情を知っていれば、「政権を握るアサドらアラウィ派(イスラム少数派)VS多数派のスンニー派」という図式を想像するが、国枝氏はより太い歴史的な対立軸を指摘する。政権についている社会主義世俗党のバァス党とムスリム同胞団との対立だ。

 ムスリム同胞団イスラムスンニー派の中でも原理主義に近い保守派によって組織される。イスラム教に拘泥することが少なく、統一、自由そして社会主義をスローガンに世俗主義を実践するバァス党とは相容れない。スンニー派有力者たちや大土地所有者たちはバァス党が勢力を拡大すると、バァス党の中で有力な異端的少数派のアラウィ派関係者と、スンニー派だが貧しい家庭の出身者たちの台頭に強い違和感を抱いた。そのような彼らはムスリム同胞団の支援に向かった。(32〜33ページ)

 バァス党政権は独立以来、ムスリム同胞団とテロを受けたり軍を出して鎮圧したりといったことを繰り返してきた。そのために、

 (アサド)政権が強硬姿勢を取るのには理由がある。民衆蜂起の裏に、バァス党結党以来の不倶戴天の敵であるムスリム同胞団の存在を嗅ぎ取ったのだ。(32ページ)

 噂の多い「外人部隊」の参戦についても言及する。

(独シュピーゲルによると)イラクで米軍と戦ったイスラム主義過激派のレバノン人をインタビューし、その人物は11年夏以来、グループを作ってシリア領内に武装侵入してシリア政府軍と戦い、戦闘の現場にはパレスチナ人、リビア人、イエメン人、イラク人などもおり、シリア政権に対する戦いは確実に国際化してきているという発言を報道している(63ページ)

 これが本当なら、反体制民主化運動とは異質な動きが存在していることを認めざるを得ないだろう。
 国枝氏はさらに、アサドらアラウィ派がシーア派に属していることから生じる湾岸諸国との対立を解説している。

 イランのシーア派政権に対する湾岸諸国の支配層の猜疑心と拒否感は極めて強い。シリアはイランのシーア派政権と友好協力関係にある。シリア自身、特にハーフェズ・アサド大統領時代はシーア派に属するアラウィ派が要所を占めて主導した政権だった。(96ページ)

 湾岸諸国の大きな関心は、11年末に米軍が戦闘部隊をイラクから引き揚げた後、イラクシーア派マーリキ政権がますますイランとの関係を強めていくことが予想されるなか、シリアをイランから何とか離反させてイランの影響力を削がなければならないという一点にある。(97ページ)

 この湾岸諸国の願望が、シリアでの2011年の民衆蜂起とともに現実化し、特にサウジアラビアカタールがシリアに圧迫を加えることになるのだが、それとともに前記したアルジャジーラなど、反体制に同情的とされるメディアが偏向報道に走るようになり、ベイルートテヘランの支局長が、このような事態を「メディアは資本の言いなりになっている」と批判、相次いで辞職する事態も起きている。
 この辺りまで読むと、シーア派イランを抑え込みたい湾岸諸国の願望の後ろに、イランと敵対する欧米、イスラエルの影を想像することも可能だろうし、そのような大きな動きの中にシリア内戦を位置づける見方ができることも分かってくる。
 国枝氏はあとがきで、湾岸諸国とシリア自由軍を庇護するトルコが、アサド政権が民衆蜂起により短期間で崩壊すると読み、民衆への支援と称して一気に政権打倒に突き進んだが読み間違えていたとし、「アサド政権が生き延びるとなると、両国(サウジとカタール)はブーメラン効果に直面する可能性が出てこよう」と不気味な予想を展開している。
 
 ここまで紹介すると明瞭なことと思うが、「反政府」「反体制」を唱える側が正義だ、という単純な見方では、とてもシリアは理解できないということだろう。

シリア アサド政権の40年史 (平凡社新書)

シリア アサド政権の40年史 (平凡社新書)