現天皇が「反安保」で「反安倍」で「脱原発」?

 前回すこし触れた矢部宏治氏の「日本はなぜ、『基地』と『原発」を止められないのか」を読み、「あとがき」にこうあるのに気づいた。

 私は政治的には中道・リベラル派の人間ということになるのでしょうが、現在の明仁天皇美智子皇后のおふたりに対しては、大きな尊敬の念をもっています。
 本書でこれまでのべてきたような、沖縄・福島で起きている重大な人権侵害、官僚や政治家たちによる立憲主義の否定。そうした問題について間接的な表現ながら、はっきりと遺憾の念を公式に表明されているのは、国家の中枢においてはおふたりだけだからです。

 立憲主義の否定に対して天皇・皇后がはっきりと遺憾の念を公式に表明していただろうか?しかも大きな二人に「大きな尊敬の念」をもっているとは?同書の本文に対しても違和感や疑問を持っていたが、この文章は明瞭に筆者の考え方が示されていると感じたので、矢部氏のツイッターアカウントに質問を投げかけてみた。

前泊博盛著「日米地位協定入門」に感銘を受け、同シリーズをプロデュースされた矢部さんの「日本はなぜ、『基地」と『原発』を止められないのか」を買いましたが、後書きに現天皇と皇后を尊敬していると書かれてあり、愕然としました。同書の内容と矛盾するのではないでしょうか?https://twitter.com/takammmmm/status/532938770002108416

 矢部氏から返事がきた。

ご連絡ありがとうございます。そうお感じになったとしたら、私の筆力不足です。天皇という地位ではなく、現実の行動、発言を見るかぎり、現在の天皇皇后両陛下は、私のいう「安保村」への、もっとも大きな批判者であると考えています。また、もっと調べてご報告します。https://twitter.com/yabekoji/status/533076665648164864

 これに対して私は、

これは具体的には天皇のどういう行動や発言なのですか?@yabekoji 現実の行動、発言を見るかぎり、現在の天皇皇后両陛下は、私のいう「安保村」への、もっとも大きな批判者であると考えています。https://twitter.com/takammmmm/status/533110094687264769

 と応じた。これは昨年11月のやり取りだが、矢部氏からいまだ返事はない。
 
 本件のやり取りと直接関係はないが、天皇については想田和弘氏もこういうことを書いている。

天皇の「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び」という言葉も新鮮に聞こえる。なぜなら日本では「悲惨な戦争」などという主語のない言葉であの戦争を語ることが常態化しているからだ。しかし「満州事変に始まる」とするならば、その主語は謀略で戦争を始めた日本である。それ以外にはない。https://twitter.com/KazuhiroSoda/status/550677348060651521

 これは、天皇が「15年戦争」についてきちんと批判的な視点で語っているという称賛のようだ。その天皇の発言とは以下のとおり。

 本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々,広島,長崎の原爆,東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に,満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び,今後の日本のあり方を考えていくことが,今,極めて大切なことだと思っています。(2015年・新年にあたっての「感想」)天皇陛下のご感想(新年に当たり):平成27年 - 宮内庁

 想田氏は、天皇が「満州事変に始まる」と言ったのは、その主語が「謀略で戦争を始めた日本」であり、「それ以外にない」と断定している。つまり、「謀略で日本が戦争を起こしたことへの反省」を天皇が述べていると称賛しているのだ。
 だが、言うまでもなく天皇は「謀略」という言葉は一度も使っていない。想田氏は何の脈絡もなく「謀略で戦争を始めた」というフレーズを持ち出してきている。「満州事変と言えば、関東軍の『張作霖爆殺』という謀略によって始まったのだ」という認識を抱いたのは想田であって天皇ではないにもかかわらず、天皇がそう考えていたかのように書いているのだ。ようするに、想田氏は「天皇も自分と同じように謀略で始まった満州事変であると考えているに違いない」という、ある種の「願望」を語ったということだろう。
 さらに言えば、天皇の「各戦場で亡くなった人々,広島,長崎の原爆,東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々」とは日本人犠牲者だけのことであって、日本の侵略によるアジアの犠牲者への言及がないのを知れば、天皇のこれまでの「感想」と大差ないことも分かる。
 
 これはどういうことかと思っていたら、田原総一郎が同様のことをnikkei BP netに書いている。http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20150107/430946/
天皇陛下満州事変から太平洋戦争に至るまでの日本の戦争を深く反省している。これはとても貴重なこと」
「日本の保守の象徴のように思われる天皇は、実は現憲法を守り、靖国神社にも参拝しない」
 天皇明仁)が戦争犯罪人である親の所業を反省するのは当然のことであり、むしろ、その「感想」においてアジア人犠牲者に対する反省が語られないことこそが問題ではないだろうか。また、憲法の制定と日米安保条約の締結によって戦犯として裁かれることを免れ、今日の安泰を得たのだから、『護憲』を表明するのは当然だろう。憲法に明文化された義務でもある。靖国への参拝をやめたのも、自分の戦争犯罪を全部かぶせた東條英機A級戦犯がそこに祀られたら、論理的にいって参拝するわけにはいかないのは当然だろう。田原は本当にこの経緯を知らないのだろうか?
 そして、こんな感想を語っている。
「(天皇は)現在の安倍政権に対する不安も感じておられるのかもしれない。また、時代への危機感を抱いておられるのかもしれない」
 これも、「かもしれない」「かもしれない」と続いているように、矢部氏、想田氏と同じように根拠のない田原の願望あるいは妄想と言わざるを得ない。
 ついでに言うと、原発問題については坂本龍一が2013年2月発行の週刊金曜日鈴木邦男との対談で、「今上天皇は福島の原発事故のことを大変憂慮されています。僕は、口には出さないけれど今上天皇は完全に脱原発だと思っていす」と語ったそうだ。https://twitter.com/inaho28/status/300770397165613056
 これなども根拠のない妄想、願望だろう。あえてその根拠と言えば、その前文の「福島の原発事故のことを大変憂慮」していることが当たるのかもしれないが、福島を憂慮することが必ずしもイコール脱原発にはならないということは、ここ2〜3年の再稼働へ向かう流れを見れば誰の目にも明らかだろう。
 
 彼らはなぜこのような論理的とは言えないことを書き、しゃべるのだろう。一つは、それがマスメディアの中で自分の身の安泰を図る「通行証」のようなものだからだろう。その世界で安定して生き残っていくためには、天皇への尊崇の念を表明しなければならない。あるいは表明しなくとも決して天皇批判はしてはならないし、敬意を抱いていることを疑われてはならないのだろう。これはテレビ番組やメジャーな新聞・雑誌に登場し続けているのがどのような人たちであるか(あるいはどんな発言をする人は登場しないか)を考えれば容易に考えつくことだ。
 だが、このように日米安保に(矢部)、侵略戦争に(想田、田原)、原発に(坂本)-と天皇への熱心な思い入れが語られるのに接すれば、ただの「通行証」ではないことは明らかだろう。もっと能動的な何かだ。この点分かりやすいのは、胎児性水俣病患者と面会してほしいと皇后美智子に手紙を送った石牟礼道子だろう。

 「もしお出(い)でになったら、ぜひとも胎児性患者の人たちに会ってくださいませんでしょうか。生まれて以来、一言もものが言えなかった人たちを察してくださいませ」。熊本訪問が近づいた今月初め、石牟礼さんは皇后さまに手紙をしたため、面会を再びお願いした。希望がかなったことを知った石牟礼さんは「知性と愛情にあふれた方。あらためて尊敬します」と感激した様子で話したが、「私が申し上げなくても、皇后さまは必ず会ってくださったはず」と言い切った。つなごう医療 中日メディカルサイト

 胎児性水俣病患者たちは皇后に会うことを願ったのか?そうではなかろう。石牟礼なりの思惑があってやったことかもしれない(注)が、山を越えたとはいえ裁判は続いており、膨大な患者が存在する。なぜこのような皇室と水俣病患者の和解の演出に一役を買うことをするのだろう。これでは虐げられた者が天皇・皇后の「慈愛」を「享受」することによって丸く収まり、国家的な和解(=和)が回復されるという天皇制の機能を強化するだけではないか。
 このように見てくると、国家体制に関することや大事故・大事件が起きた時、ジャーナリストや文化人、作家の少なからぬ部分が「慈悲深い天皇・皇后様に尊崇し、おすがりすることが正しい道である」という言動をとることが分かる。だがこの社会は、そのような権威主義的な呼びかけに対する反骨心をほとんど持ち合わせていない。安倍政権が今後、さらに傍若無人に振る舞うようになればなるほど天皇への尊崇を呼びかける声は高まり、人々はこれにすがろうとするに違いない。

 矢部宏治氏の「日本はなぜ、『基地』と『原発」を止められないのか」の書評のようなものをと思って書き始めた文章だが、あらぬ方向に進んでしまった。これから読むかどうするか迷っている人は、冒頭に引用した同書のあとがきと私とのツイッターのやり取りを参考にしてほしい。
 
(注)皇太子妃・雅子の祖父はチッソの元社長・江頭豊である。