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1998-09-30 0034

長雨と贅沢

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雨が続くね。毎日。今週は気球の乗りに行く予定なのに、ずっと雨らしいね。よわった。


雨が降ると景色の輪郭が甘くなるのが好き。傘も好き。窓の外をザーって車が通り過ぎる音とかも割と好き。カーディガンとか着て、熱いミルクティとか入れて、ふだん忙しくて読まずに積んで本とかに没頭したい。小さく音楽もかけてね。


なんかの広告だったかな。「海に来て一日ぼーっとすることがこんなに贅沢だったなんて、子供の頃は気づきませんでした」みたいな文章をどっかで読んで、そういうなんにもない時間がほとんど全くなくなってしまったことに気づいた。ただ外の音を聞く時間とか。太陽を見上げたりとか、変な寄り道とか、すごい空腹とか。


大事なモノやコトはたいていの場合「意味」の中には含まれてなくて。無意味に何かを感じ取る「小さな発見」の中に新しい自分を見るんだなぁと実感。「何かしなきゃ」とか「今こそこれ」とかじゃないベクトル。その中の出会い。足りなすぎるね、びじびじでー。それを贅沢と呼ぶのかも。

両極端(グレイプバイン←→トライセラトップス)

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ヒトツキにだいたい20枚はCDを買う。生きてくのに必要だから。その内の半分ぐらいがジャケ買いだったり、一曲一曲のタイトルに惹かれたり、季節の微妙な変わり目のせいだったりすんだけど、人に勧められたから買うっていうのはない。なんか1回以上聴けた試しがない。なんらかの恋をしてからじゃないと入り込めないのね。自己チュウの典型。


で、今日紹介するのはその中でも紹介指数の高い2バンド。どっちもベクトルの全く違ったかっこよさの溢れる期待の新人。っていうか、出会ってから時間の経ちすぎた今、巷でもかなり有名になってしまいましたが。


どっちも好きになれたんだと思う。一日一度は聴くし、聴きたいし。歌いながら今日も会社に通ったりしてます。楽しい。素敵な時間。でも、やっぱりどうしても手放しに「わー!!」ってなれない。理由はハッキリしてる。どっちも「両極端すぎる」から。

退屈の花

退屈の花

グレイプバインは全員曲が書けるって言う、それはすごい密度なバンドなわけ。聴いてみたらわかるけど、4人が4人オレがオレが状態で自分の楽器の音を叩きつけてくる。どのパートをとってもクライマックス。ぎゅうぎゅうに様々な要素を詰め込みながらもベテラン並の技術力でがっちりパッケージしちゃうってタイプ。


そこに乗る詞もまたすごい。つーか重い。

経験不足だった 恥すべき僕達は 禁断の味わいに溺れた
本当はもっとこんな風に話したみたりしたいんだよ
後悔も適当に咲乱れるなんてわがままだった かもね
”いきおい”はなしでさ 抱き合いたいよ
こんなになって待ってるのに

すげえ衝撃。こんな詞書けないし、思い当たる節多すぎ。カラダに悪いっす。しかも何が問題って、この曲一曲なら「すげえ!」で終わらせられるけど、アルバム一枚全部こんな感じ。休憩時間なしで峠越えさせられる気分。くたくた。もう勝手な妄想とか通り越して、トラウマのひきがねにさえなりかねません。

TRICERATOPS

TRICERATOPS

で、片やトライセラ。多分日本中で誤解して好きになってるファンは50%を越すだろうってくらい外に向けて開かれ過ぎた音楽。3ピースのむちゃくちゃ軽快なギターバンド。ジャケデザインも軽ければ、3人とも女の子にもてそうだな。曲を聴いてるだけでキャラクタープリントのTシャツを来た中高生の女の子がきゃあきゃあ言ってるライブが想像できます。


多分感性そのものが最初から垢抜けちゃってるんだろう。生きてて失敗したことが一度もないとかさ。そういう人って時々いるよね。ふつうにしている生活そのものがポップど真ん中って感じ? 声のファニーさや底抜けな詞の軽さも手伝って、聴きようによってはジャニーズのバンドみたいに取られちゃったりすんだろうな。しかも計算なしだし、彼らの場合。

本物のビンテージジーンズ持ってた君
僕も欲しかったけど ちょっと高すぎ
その変わり復刻版買って
自分で年季入れることにしようと決定
毎日履いて味のでたとこを
君にはやく自慢したかった

いやいやすごいって、ホント、逆の意味で。ここまでどうでもいいことってなかなか書けないもん。アルバム一枚聴いても最初から最後まで一度も切羽詰まらない。「今日はドラマの最終回、やっぱ見んのやめとこう」とか、「僕のルーク・スカイウォーカーのTシャツは君だけを抱くのさ」とか、多分本気でこれが彼らのリアリティなんだろうね。グレイプバインとかやおい系に見えてくるぐらい漂白された世界観。風呂屋の壁の書き割りの青空みたいな。でもそれも人生の重要な一面だと思うよ。下を見てしか歩けない日もあるし、世界が果てしなくバラ色の日もあるし、その両方があってこその毎日だからね。


で、こっからが本題なんだけど、CDを買うって言うのは選挙とは違うので、誰かひとりにだけ愛を注ぐんじゃなく、その両極端の彼らを同時に好きになることができちゃうんだね。僕は今、彼ら2組の曲を交互に入れたMDなんか聴いてる毎日だけど、その幸せ度の高いこと高いこと。「うわーい、僕を乗せて地球は今日も回ってるぜ」って気になれます。お互いの足りない要素を埋め合わせた奇跡のカップリングは、当分僕を勇気づけてくれることでしょう。疾走しろ! オレ。

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緑色にすべる夕暮れのでんしゃ。
まだ見たことのない思い出が待ってる。

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1998-09-28 0033

takanabe1998-09-28

F-ZERO X(ニンテンドウ64)

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無人島に行くとして、そのとき何故かテレビゲームをひとつだけ持っていけるとしたら何を持っていく? 「テトリス」?「不思議のダンジョン」?、それとも「ポケットモンスター」? 程度の差こそあれ、大抵の人が繰り返しやっても飽きないことを重視したチョイスになるんじゃないだろうか。派手なオープニングムービーや、ポリゴン数や、壮大なスケール感より、操作感の確かさやそれに伴う充実感を欲するはずだと思う


最初からこんないいわけじみた書き出しをしたのは、他でもなくこのゲームの見た目が「しょぼい」からだ。画面を取り込んだ雑誌の記事の静止画を見て「お!」って思える人はよっぽどの前作のマニアか、純粋なレースゲームきちがいか、クソゲー発掘家ってとこだろう。


唄い文句としては「体感速度1500キロを超える、音よりも速いレーシングゲーム」であり、3次元的に作り込まれたトリッキーなコース、30台にも及ぶレーシングマシンの確執、そして操作感をより反射速度に近づけるための「秒間60フレーム描画」って、なんだかすごそうな文字が並んでたモノだ。ちょっと騙されてもいいかなって気になる人がいてもおかしくないような感じだよね。だけど、どこをどうやり込んでみても、スクロールスピードが速いくらいの利点以外、普通にプレイしているひとには魅力がいまひとつ伝わってこないのだ。だけどしばらく我慢すると、この見た目のしょぼさによって半ば殺されていた魅力がじわじわとわかってきたじゃないですか。


それは一言にまとめると「同じレースは二度とやってこない」と言うこと。


ニンテンドウ64には最初からアナログ・コントローラーがついている。これは今までのオン/オフと言うスイッチとは異なり、手の微妙な動きをそのまま画面の向こうに伝えるインターフェイスだ。


レースの緊張感が単に見た目上や体感上の「速さ」だけなら、60フレーム描画など全く必要がないのだ、と開発者は言う。体に覚え込ませたイメージを100%レース上で再現できるかどうか、そしてそのレスポンスをより人間の反射速度に近づけること。それがこのゲームの命題であり、すなわち「恒久性」なわけだ。無限加速とも感じられる1500キロ近いスピードの中で、一瞬でも判断を誤ればそれは死を意味する。機体が浮きコースを外れ、奈落の底へ落ちていく。機体は炎上し再試合。ガードレールがない場所では他のマシンに少しふれただけでも大きくコースを反れ、同じく落ちてしまう危険もある。幾度と無く慣れ親しんだはずのカーブでさえも、ちょっとした体調の違いで大きく減速したり、スリップぎりぎりで切り抜けたりする。タイムカウントに至っては小数点以下2桁まで記されている。0.08秒差で2位に転落とか全然当たり前。その緊張感がすばらしい。寝そべってゲームなんかとてもじゃないが出来やしない、正座ですよ、正座。汗だらだら。


その緊張感を実現するために極限まで削り捨てたマシンや背景の重いグラフィック処理。何年前かわからないくらい古くさいイメージと、小学生の紙工作を並べたような立体に見えてしまっても「現在」を相手にしていない表現者である彼らには全く問題がないのだ。それはこのゲームにしかできない目標をすべて達成し切れたという自信がなせる技だ。どんなに地味でしょぼく見えてしまっても、このゲームで起こる感覚を他のゲーム機で真似することなんかできない。それくらい一点に極限集中した表現だ。


そしてこのゲームは単体としての「恒久性」についてもぬかりない。このゲームを最後までクリアすると、プレイする度に設計が変わる裏コースが表れるという、それもちゃんと3次元で。レースゲームフリークだったら、もう一生このゲームの中から出てこれないかも知れない不安さえある。しかも来年にはコースとマシンを拡張し、なおかつ製品版と同じクオリティでプレイヤーがコースを設計できるソフトも発表すると言う。使い捨ての派手さにそろそろうんざりし始めた賢い消費者だったら、無人島に何を持って行くべきかもうわかってきたよね?

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一番下のむき身なら
きっと未来を解き放つ。

妄想レストラン「極未来設計図」

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美味しいものを食べるとやさしくなれる。好きな娘に改めて好きって言われるようなそんな気持ち。ぐったり疲れた雨の日に、すげえ適当な時間にとるディナーは贅沢だな。静かで控えめの照明の広ーい店内にはお客さんと同じくらいのウエイターとウエイトレスがいて、絶えずサービスの目を光らせています。パーカーに大きなヘッドフォン一眼レフカメラ、ついでに寝癖までついた僕でさえ丁重に扱ってくれるので、ちょっとわがままな王子様風味。多分エステとかに通う気持ちもこれに近いんだろう。


メニューは素敵な時間と自分をつなぐ大事なインターフェイスなので、一品一品にくまなく目を通します。甘いもの、辛いもの、乾いたもの、水っぽいもの、赤いもの、白いもの。そして頭の中ではっきりとその順番をイメージする。目の前の白いテーブルクロスをどう彩るかっていう極近未来の設計図。それもわがままだらけの超完璧主義。


まずは食欲を奮い起こさせる意味でマリネ系のものを。プロシュートとタコの入ったサラダに、きつめのイタリアンドレッシングを振ったもの。その酸味で胃がゆっくりと動き始めたところに、ガーリックトーストを迎えよう。香ばしい匂い、カリッと焼き上げたバケットを顎を使って噛みしめるうちに、もう体勢は完全に食事モードになっているはず。ストレートティで口を潤す間もなく、キッチンからは豊穣な海の匂いの湯気を放ちながら、トマトソースのリゾットがやってきます。溶けたチーズとライスから飛び出した海老やイカやあさりのちょっと苦いくらいのハーモニーが一層の食欲をそそるでしょう。そして今回のメインとも言えるスペシャルなメニューも同時に用意してもらいます。桃のピザ。甘いタルト系のデザートピザとして、本来ケーキなんかの代わりに用意されたメニューですが、適度な甘みで今までのメニューのテイストの違いをよりくっきりと引き立てるのです。テーブルマナーなんかはいらないよ。自分が一番美味しいと思う食べ方で食べましょう。そして満足して食べ終わったら、ちゃんとごちそうさま、おいしかったですって店の人に言おう。


それらを過ぎた僕たちはきっとこのメニューを開く前よりずっとずっと何かを共有できてるはず。電話や手紙だけじゃ埋められなかった何かを満腹感とともにそっとしまい込んだはず。食事は小さなセックスだとまでは言わないにしても、やっぱり大事な人と過ごしたい時間にはかわりない。

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1998-09-26 0032

takanabe1998-09-26

12345

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僕がホームページを始めたのは去年の10月12日だったので、もうすぐでちょうど一周年ということになりますね。最初のうちは砂漠の果てに構えた小さな店のようなこのページに、いつ誰が来てくれるのかすげえ不安だった。一日に5人も来れば手を叩いて喜んだものです。みんな知人だったけどね。


それが一年も経たない間にどうよ。1万人とか超えちゃってるじゃないの。すっげ。その上、今日は多分12345人目を突破したりする日なはずです。うわーい。いやいやホントみなさんのおかげですよ。毎日うれしかったり、励まされたり、このページがなければ出会えなかった掛け替えのない友達までできたりして、なんかすごい一年だったなぁ。


前のページで約束していた「オリジナル小説100本」とか、まだ27作目で止まったままですけど、月に2本ぐらいのペースでホントは続けたいね。あの頃は毎週一本書いていて、それを楽しみにしている人たちのカウントがわずかでも目に見えてうれしかった。その頃からのお客さんってまだ見てくれてるのかな。


ひょっとしたら仮想かも知れないこの華奢であやふやな電子世界で、ただ一つだけ信じられるのは「いつかの誰かの気持ちに触れた自分の、その日その時」っていう小さな小さな時間のねじれで、そこにおこった出来事にわずかにでも感じる何かがあったとすれば、例えお互いのカラダがそばになくたってすごい出会いだよなぁと思います。会ったこともないのに何度も書き込みに来てくれる人たちとかね、不思議だしとても特別。大事にしたいなぁと思いますよ。ホンの一瞬でも僕のことを考えてくれた、世界中でも貴重な人たちだと思うから。


いつまでこのページが続いていくのか、続けていけるのかはわからないけど、時々は飽きたり、別のモノに生まれ変わったりしながら、何らかの形でこういう場所を残しておきたい。作品とかを残すような気持ちじゃなくて、掛け替えのない場所として。初めてできた僕だけのわがまま王国だからね。自由にのびのびとやっていきます。今は愛を大事にね。えへへ。

スーパーマリオブラザーズ(ファミコン)

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ファミコンの名を日本中に轟かせたこの代表的テレビゲームソフトが、今回のリコメンド。だってこないだ初めてクリアしたんだもん。うれしくてつい、ね。


この社会現象までも起こしたジャンプアクションゲームは、ディレクターの宮本茂も言うようにナムコの「パックランド」の影響を色濃く受けている。海山空を駆ける大冒険、それまでのビデオゲームとは比較にならないほどグラフィカルな画面デザイン、不思議な奇跡に溢れた魔法の国のような世界観、誰にでもすぐに覚えられて口ずさみたくなるうきうきした音楽。後発であり、そのすべての特徴を踏襲したこの作品が後に横スクロールアクションゲームのスタンダードとして広く認められたのは、他のどのゲームにもない魅力があったからに他ならない。その魅力をこれから説明してみよう。


ゲームをスタートする。向こうから悪そうな顔をしたキノコが歩いてくる。マリオはジャンプして、キノコを踏みつけてやっつける。その時の反動でカラダがちょっと浮くでしょ? そこにこのゲームの魅力の大事な部分が詰まっている!と僕は言いたい。


ひとり目のキノコをやっつけたマリオは緑色の土管の向こうに二匹ならんだキノコたちを見るだろう。怖々とジャンプしてみる。二匹の間にはまってしまって、ショックで飛び上がるマリオ。もう一回やり直し。でも何度か失敗を繰り返すうちに、遠くから勢いをつけてジャンプすると、一匹目を踏みつけた反動を利用して二匹目も同時にやっつけられることに気づくだろう。その時に現れるマリオの音楽的とも言える軽快な動きが、このゲームの爽快感を生み出しているんじゃないだろうか。


裏返したカメの甲羅を蹴って滑らせながらそのあとを駆け足で追っかけていくと、ずっと敵をやっつけながら進んでいくことができる。その時の敵はまるで楽譜の上の音符のように列んでいて、やっつけるポコポコっていう可愛い音と共に弾んでゆくような気持ちになるのを感じる。階段状に列んだブロックを勢いつけて2回で飛び越えたり、10数回突き上げることができるコインの入った不思議なブロックも、まるでプレイヤーに与えられた楽器のようにリズム感を要求される。この音楽性を伴うリズム感の設計こそ、手元の小さなボタンと画面の向こうをがっちりとつなぐ大事なキーワードだろう。操作が上達したときに見せるマリオのダンサーのように軽やかな動きは、操作が単純で明解な分だけ美しく見えたものだ。


僕はこの後あまり熱心ではなかったにせよ、いくつかの名作と呼ばれるゲームに出会い、それなりの感動を呼んだりするんだけど、「音楽性」というキーワードひとつをとって言うなら、このマリオの純粋な続編である「スーパーマリオ64」(ニンテンドウ64)でさえ、超えることはできなかったと思う。(64は64で別の革命的すごさがあってメダルを120枚完全に集めたりもしたけどね)。そして90年代に入ってから長く続いたゲームの不作の時代。画質音質の向上、シミュレーターとしての現実世界の模倣(ヴァーチャル・リアリティ)、メッセージ性の多様化の中で、ゲームが本来持っていた「簡単に」「誰もが始められて」「誰もがうまくなれる」っていうポップ感、そして気持ちよくボタンを押すっていう「音楽性」は、ちょっと忘れちゃってたメーカーが多かったように思う。


13年前のゲームであるはずの「スーパーマリオブラザーズ」は、そんな僕や本来ゲームなんかどうでもよかったはずのみんなを、テレビの前に釘付けにした根本的な魅力が未だにぎゅっと詰まっていて、単に回顧主義じゃすまされない体験を僕にもたらしたのでした。押入に奥にあるならやってみて。

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色褪せないように、あらかじめモノクロームのその秘密。
塗り込めたのは淡く透き通った永遠の光。

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1998-09-24 0031

誰かを想う気持ち。

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誰かを想う気持ちっていうのはその本人にしかわからなくて、そのうえ、外に出して比べようがないようという点で、「痛み」や「喜び」や「味覚」に近いです。「私は彼(彼女)のことを誰よりも深く知っている」とか、とてもじゃないけど言えないよね。例え、その彼があなたに直接そう言ったんだとしても、それは魔法としてうれしく思うだけで、そっと胸の奥でじーんとくるくらいでとめておきたいものです。


でもそれが今はもう届かぬ時間に対しての想いや、届かぬ物理的な距離や、届かぬ社会的な距離の場合になると途端に数量化や相対評価が気になってくるのはどうしてだろう。きっと自分の気持ちを反射してくれるものがなくなって、その気持ちがホントにそこに存在するのか、自分で不安になっちゃうんだろう。


自分でつくってしまった不安を消すのはとても難しい。そもそもの「気持ち」自体が想像力の産物なので、それを一度でも疑うといくらでも揺らぐし、節操なく形を変えたり、場合によっては変質してしまったりもする。スイカってキュウリの味だよなとかって思ったら、その瞬間からそれはあなたにとって丸いキュウリなわけだ。どんなに縞模様があってもね、誰にも止められません。


ところが逆に自分の気持ちを100%信じ切れるとき。考えてみればこれも本質は変わんないんだよね。「これは恋だ!」とか「私たちは世界で一番相性がいい」とか「誰よりも愛されてる」とかね。スイカの丸って地球の形に似てるーとかっていうのと大差ないです。どちらかっていうと「キュウリ」って思うときより、理由付けがいらないんで、発想が突飛で大胆だよね。「空も飛べるはず」とかね。


で、何が言いたいかっていうと、例えとして今回、恋の話しをしちゃいましたけど、日常自分を取りまくたくさんの事実をどう受け取るかで、目の前に立ち現れる毎日はずいぶん変わってくるよなっていう割と当たり前のこと。行動力は必ず意志の上に成り立っていて、その強さは自分の思い込みの強さに比例するってこと。その気持ちを自分が全部信じてやらなきゃ、すぐにでももろく変質してしまうってこと。


「継続は力なり」とかね、言ったりしますけど、僕が言い換えれば「思い込みは行動の原動力なり」ってとこでしょうか。「未来は妄想が作り出す」まで言うと言い過ぎなのかな。

妄想レストラン「ワッパーコンボ(バーガーキング)」

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ワッパーって名前がかわいい。「この、子ワッパどもめ!」とかのワッパかと思ってた。そういうわんぱく小僧のためのセット。それだって雰囲気でてるじゃんね。トレイの上の紙によれば「でっかい」とかのスラングなんだって。全然ふつうじゃん。


ハンバーガーに関して特にここじゃなきゃいやっていうこだわりはないね。マックにはマックの良さがあるし、モスにはモスに求めるモノがあるし、マッシュルームメルトがなくなったウェンディーズだってまだまだ捨てたもんじゃないしね。


バーガーキングって言えばアレですよ。豪快な直火焼き。焦げ目とかついて時々苦かったりするところがとてもファーストフードと思えなくて素敵。きっと出来もひとつひとつムラがあるんだろう。マクドナルドの精緻さがロボットに思えてくるぐらい、こっちは人間味に溢れたアメリカの味がします。とてもコーディネイトされたとは思えないバランスの生野菜の飛び出し方とかも、シズルがあっていい。コンパクトなバーベキュー・パーティーみたいな感じです。お腹に入ればみんな一緒よって、友達のお母さんとかに盛ってもらう紙皿のおかずみたい。


ポテトにデフォールトケチャップが付いてくるのはケチャップの欠かせない僕としては二重丸だけど、どこをどうしたらこうなるんだよって言うもたもたした揚げ方とか、「だって、芋ですよ? こうしかなりませんよ」って逆切れされてるみたいで笑えます。いつの時代を意識したのかわからない真っ赤な椅子と大きなチェックの床に目を奪われながら、何故か荒野の絵が描いてあるガラス(どの店もそう)をぼんやり眺めて約束の電話なんかを待ってみるのもいいかもしれません。カウボーイハットに噛み煙草でも用意してみたりね。

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いつかその深淵に触れられたら、
ふたりは今よりずっといやらしく素敵になれるはず。

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1998-09-23 0030

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日記ね。グチっぽいやつ。


高校時代、美術部の部長とかやっちゃってた僕は、今だにその頃のつながりで後輩達に呼ばれたりすんのだった。年に1回ぐらいだけどね。で、今日がその日だったんだけど、その内のひとりが結婚すんだって。そりゃ、おめでとさん。かんぱーい! いや、どうもどうも。幸せになってね。


で、近況報告なんかしばしするわけだけど、その中の「先輩(僕のこと)はいつ結婚すんですか」って質問の多いこと多いこと。確かに周りの友達にも所帯持ちは増えてきたけどね。「もう、そろそろですよね」とか、「え? まだなんですか」って大きなお世話だよなぁ。七五三とかじゃないんだからさ。


で、帰り道にはおきまりのセリフ「はぁ、次(に結婚するの)は誰ですかねぇ」だって。そういう時なんて答えたらいいんですかね。困ったんで「いやー、誰だろうね」って質問を質問で返したけど。そんな実りのない会話をしながら、あぁ、僕はホントに他人の日常に興味がないんだなぁと思った。


僕は僕を取りまく世界を、君は君を取りまく世界を、ちょっと離れた空の下で一生懸命生きてればそれでいいじゃん。時々会っておいしいモノを食べたり、昔を懐かしがるのもいいけど、今の自分のグチとか、そこにいない誰かのうわさ話とか、実らなかった恋の遍歴(不幸自慢)とか、全然聞きたくない。時間の無駄。前向きな人とだけ会いたいよ、僕は。


その中のメンバーで、一番仲のよかった女の子が来てなかった。大学時代、卒業制作を年末年始つぶして手伝ってくれたかわいいイモウト。彼女は働いていた印刷会社を最近辞めて、僕の通っていた学校の夜間部を受け直し、この春から通っているんだそうな。「先輩の後輩ですよー」だって。きゃあ、かわいい。僕よりひとつ下なので、卒業したら28才になっちゃうんだよ。今日もその課題に追われて来れなかったんだって。きっと来ていたら「学生は時間があっていいわよね」とか「結婚しちゃった方が楽じゃない?」とかって言われたんだろうな。来なくて正解。大事な時間は素敵な未来のために存在してます。有意義に使おう。そんな前向きな彼女に、僕は会いたかったんだなぁと思った。

マニマニ夢日記

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【いつかの未来】
地下鉄の階段を上がって拡がる景色にはっとした。そこは昔のコイビトと来たことのある街だった。僕らは未来を探しにこの階段を昇ったのだけど、そのときの僕の気持ちはいつになく重かった。君はその時、僕じゃない誰かを好きになっていて、さりげなくつないだ手の向こうにも、重なることのない将来のぎこちなさが消えなかった。今日の未来は2番目の未来。うん。負けないよ。そう強い目で前を向く君を、僕は精一杯応援してあげたかった。いつもはそうしてたんだ。でも君がその靴を脱ぐ季節には、もう僕のそばにはいないのだろう。僕は胸に詰まった巨大な何かを吐き出したかった。咳き込んで、むせかえって、目の端に醜い涙がにじむだけだった。君はそんな僕の手を強く引いた。また限界が一歩迫ってきた。


その直後、現在の僕が目白を歩いていた。アトリエまでの道。いつかの何かの約束を抱いて。後ろから聞こえる駆け足の音。覚えのあるそのリズム。突然に高鳴る胸。まさかね、そんなことあるわけない。すっと深く息を吸い込んで、そばまで来たその音に我慢できなくて振り返る。「わーい!」って風に満面の笑みを浮かべた彼女が抱きついてきて、僕は目眩がしそうなうれしさで満たされる。懐かしい匂い。感触。重み、体温。やっべ、涙でそう。でも同時に僕は気づくんだ。抱きしめた君が写真と同じ昔の君だってことを。今あるこの世界が想像の産物だってことを。いいさ、夢だって。ずっと覚めなきゃ、それが現実だもんな。

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この風に乗って飛んでくよ。
小さな傘で、今すぐね。

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1998-09-20 0029

ありがと+さみしがり。

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なんかね、ここ一週間、飛躍的に伸びてんですよ、ここのカウント数。一日に70人から多いと100人ぐらい? 顔が見えてないんでありがとうございますとしか言えないんだけど、オープン当時の目標が一日100カウントだったんで、それを越えてしまうとうれしい&ちょいと惑うね。戸惑うって言うのは、どうしても今日伝えなきゃいけないようなことは書いてないと思うから。相手が30人とかだったら、下らないことを書いてもまぁどうでもいいかって部分もあるけど、100人を越えるとなんか変な責任感もでてくるね。ホンのわずかな時間でも100人分あったら1.2時間は軽くいきそうじゃない? 僕の原稿代はただかもしんないけど、電話代とか電気代がその間にはどうしてもかかってくるわけで、少なくともそれ分をまかなえることを書かなくちゃいけないような気になってくるわけです。


とは言え、急に明日から雑誌やテレビも顔負けな記事を書けるわけもないので、結局マイペースに行くんですが、そのカウント数とは裏腹にBBSの書き込みがね、少ないよ。それも特に気合い入って書いてるときに少ない。なんでだろう。鼻息荒すぎて、読み終えるとおなかいっぱいになっちゃうんでしょうか。それとも相当かったるいとか、うっとおしいとか?


時々でいいから、みなさんの息吹? つーか気配? つーか横顔みたいのを感じたいね。あ、なんか気持ち悪いこと言ってますね、僕。


いつかカウントが200とか500とか1000とかになっちゃう日があるとして、そんときまで僕がホームページづくりに飽きない条件があるとしたら、多分そういうなんかタッチのものが必要不可欠な気がする。ほめられたがりなんだよ、昔からね。すねると絶対言うこと聞かなくなるしね。うわ、コドモだー。やーね。

CD「コージー」山下達郎

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COZY

COZY

別に自分が持っている服や本やレコードの種類で、人格が形成されているわけじゃないんだけど、勝手な判断で身の回りに置かないと決め込んだものがたくさんある。Gショックとか、ハイテクスニーカーとか、ウィンドウズ98とか、ミスチルとか、タイタニックとかそういうの。でもそういうことが最近どうでもよくなってきた。だってそんなことでさ、自分の可能性とか出会いが制限されるのって馬鹿馬鹿しいじゃん。毒でもクスリでも一度からだに入れてから判断しようみたいな風になってきましたね。体力があるときしかできないんだけどね。


山下達郎もそういう勝手に「一生関わらなくていいものリスト」に入ってた人なんだけど、真夜中の高速を真っ赤なスポーツカーで送ってもらいながら小さく流れていたこのCDを聴いて、なんかちょっと今までの自分のココロの狭さに反省をしてしまいました。だってすげえよ、このCD。ただの気持ち悪いおっさんじゃないんだなぁ、あの人。(←まだひどい)。


有名な作曲家だということは知っていたし、様々なヒット曲、たくさんの提供曲も耳には届いていたけど、この7年振りに出されたっていうひとまとまりの曲群は、その楽曲のすばらしさはもちろんのこと、おごりのない表現者としての彼の姿勢の美しさを感じずにはいられなかったのです。


表現者には大抵野望があって「自分には他の人にはないこんなすばらしいことができる」とか「昨日よりこんなに可能性の広がる自分は無限だ」っていう部分が少なからずあると思うし、探っていく姿勢が普通だと思うんだけど、彼の場合、そういう血眼な感じが一切ないのね。「山下達郎」って言うシンガーにぴったりな曲を作る作曲家の自分、プロデューサーの自分がそれぞれしっかりと独立して存在しているんです。


例えば、今まで想像もつかなかったいい曲が書けたとしよう。そしたら普通みんなに聴かせたいじゃないですか。無理しても歌えるように努力したりとか、弾けるように練習したりとかね。でも山下達郎なら、まずそれが「シンガー・山下達郎」向きか判断するんだろう。そしてそれがノーなら、ズバッと切ってしまう。あるいはそれがもっとも似合うシンガーに提供する。そういう余裕がこのアルバム全体に感じられる。風通しのいいアルバムとでも言おうか。聴いてて無理がないです。そして気持ちがいい。


例えて言うとポンキッキーズで歌っているみんなの曲みたいな感じ? 作曲家のエゴからは一歩引いて、単純に音楽を楽しもうよっていう姿勢? そういう意味でも楽しくドーナッツと恋を歌う「DONUT SONG」とかが耳に残った。聴いてみて。

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僕が声を失っても、好きってちゃんと聞こえるかな。

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1998-09-19 0028

オメデト。

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オレニュース。


「マル愛喫茶」のあいちゃん、「モシュモシュ」のモシュさんによる奈良-東京間を結ぶユニット「モゴ」はみなさん既にご存じのことかと思いますが、この度その新しい企画「モゴノワ」がアーバナート展の佳作に入選した模様。11月の半ばに授賞式もあるそうなので、同日頃、モゴとしてまた何らかのライヴ企画があるんじゃないかと思います。21世紀を担うアーティストのふたりに大きな拍手を。そんで、僕からもオメデトさん。もう世界は君たちのモノだ。


「モゴノワ」の説明&詳細は近々アップされるそうなので、僕からの説明は省きます。是非そちらを参照して下さい。モゴってなぁに?って人や、先物好きな君は今すぐチェック。ぼやぼやしてると時代に乗り遅れるぞ。

本「スーパーヒットゲーム学」飯野賢治

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スーパーヒットゲーム学

スーパーヒットゲーム学

僕は「デザイナー」という職業に憧れてデザイナーになったんじゃありません。単に工作やお絵かきが好きで、それを都合よく続けたまま大人になるにはどうしたらいいかと考えてたら、どうやら工業デザイナーっていうのが一番それ風という触れ込みだったので、なりました。だからホントのとこは「絵や工作をして生活をする人」になりたかったわけ。まぁ夢達成率75%ぐらいの感じかな。


で、よく聞かれるのがどうして美大を出ていながらゲーム会社に入ったかって話なんだけど、普通は工業デザインというと「車」とか「オーディオ」「家電」あたりが花形なんだよね。まぁ、入学当時はそのつもりで僕もいたんだけど、社会的に不景気とかがやってくるとその隠された裏面が見えて来ちゃったんだな。


車はもう誰の家にもあるし、テレビやCDプレーヤーも、エアコンも電話も冷蔵庫も、みんなみんな持っている人ばかりで、お金がない時代にどうしても買い換えなきゃってひとがあまりに少ないんだよ。それはどういうことかっていうと、会社的にこれから斜陽産業ってことなので、まばゆい未来が待っているはずの僕がわざわざ沈みかけた船に乗ることもないだろうと思ったんだね。


で、これから急上昇株で、なおかつ楽しいことばっかり詰まってそうなのが、ゲーム会社だったって訳。工業デザインの基礎中の基礎である「インターフェイス(操作系)」のデザインはまだ昨日始まったばかりという感じだし、画面の向こうには何をしても無限に自由な3次元空間が拡がっているし、最先端の人たちがぐわーって集まって来るし、なにしろ映画とかと同じで、ストーリー、演出、音楽なんかを含む総合芸術だってとこがかっこいいじゃないですか。


まぁ、この辺の幻想は入ってから半分以上砕かれたりするわけだけど、ゲームそのもののすばらしさには、僕の目は未だにくらんだまんまだね。


ゲームには制約があって、それは容量だったり、基盤の性能だったり、コントローラーのボタンの数だったりと、外側から決まってきてしまう要素が多いんだけど、そのなかでやりたいことをなるべくゆがめずに、削って磨いて「魅力」や「夢」や「感覚」をワンパッケージに押し込めるという作業そのものが「デザイン」だと思う。


この本にはそうした今のゲーム業界の創世記を担った代表者6人(宮本茂鈴木裕、飯田和敏、堀井雄二遠藤雅伸、岩谷徹)と飯野賢治の対談。このメンバーって言うのは単にヒットメーカーの重役ってだけでなく、ゲームそのものが「発明」であった時代を生き抜いた一番最初の「画面の向こう側デザイナー」たちだと思う。すばらしいヴィジョンを持っていたのはもちろんのこと、そのヴィジョンをどう整理したら「遊び」としてパッケージできるかってことまで責任が持てた最初の人たち。マルチな才能を求められる現代に最初に適応できちゃった才能の人たち。


この本にはその当時の心意気や発想の突飛さが溢れていて、ドキドキやうきうきがとまらなくなってしまいます。中には僕がいつもスケッチを持っていっては怒られたりしている上司が混じっていたりとなかなかスリリングな部分もあるけど、この本を読んでからだとプレゼンの心構えも少しは変わるやね。若きクリエイターなら必読です。

にじんでこぼれる(お便りから)

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傷つくのがわかってるのに会いたいっていうのは確かにあります。会えないより傷付いてもいいから会っている方がきっと楽なんだろうと思います。

彼女は強いね。すっごく力になってるんじゃない? はっきりいって羨ましい。とにかく、混乱してもいつかそれが収まるんだから、いい時を想像して楽しくなっちゃって、それから本当に楽しくなればいいんだと思うよ。

人を好きになった時って人にもよるだろうけれど、相手に恋人がいようといまいと仕方がないと思う。自分の気持ちに正直になるとしたら、ね。少しの時間でも良いから自分の事を考えてもらえるだけでいいと最初は思うんじゃないかな? 振り向いてもらえれば脈はあるかな? とか? 私の場合もきっとそうだね。満足って人それぞれだもの。気持ちって移ろいやすいものだと思う・・・自分の気持ちさえ「ずっと変わらない、」なんて絶対的な自信はもてない。

時間は流れていきます。きっと時間とともに解決してくれるって信じています。でも,前に進むのは自分です。自分の一歩は自分で踏み出さなきゃ。時間の中に取り残されないよう,流されないようしっかり前に進みたいって思います。

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「はい」と出て「あたし」で始まる突然の電話。
その突き抜けたずうずうしさに
僕はなんだか晴れ晴れした気分になってしまうのだ。

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1998-09-18 0027

会いたい気持ち

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「また会いたいね」と言われるとうれしい。この世界に生まれてきてよかったなと思えるね。でも10代を終えて、20代半ばも過ぎようとしている今日は、ただ、うれしいだけの気持ち以外もかなりたくさんの幅であったりして困ったりすることもあるね。


いくつかの重要な恋を過ぎて、自分なりの理想もはっきりしてきて、自分だけにしか歩めない未来、歩みたい未来を前に見据えて、僕は今日を生きている。幸せを分かち合う大事な友達、ちょっぴり引きずった悲しい思い、矛盾やなんかのすべての気持ちを含む自分を愛してくれるコイビトもいる。


「誰も傷つけずに」とか「真実は常に一つ」とかそういう生き方はあまり興味がない。目の前に溢れかえった様々な事柄は、全部今までの自分がそうしてきた結果だと思うし、それに対して今日の自分ががんばり、よりよい明日を迎えるための努力、後悔、歓喜、すべての関係が今の僕を存在させているんだと思う。


たとえば「もう会わない方がいいかも」とか「しばらく時間を空けましょう」とか言われると、そこを否定される気がしてやるせない。まぁ、それも積み重ねた末の結果なので、選べなくなってしまった選択肢だけを取って落ち込んでも仕方ないんですが。


でも「会いたい」と言われる気持ちに100%答えられる自信がない関係もまたある。その人たちはおそらく「僕としかできない何か」を会うことによって微量でも解決(あるいは前進)できると思ってるはず。その気持ち自体はものすごくうれしい。そんな大事な人になれるなんてなかなかないことでしょ。でもその先のゴールまでつきあってあげられないことが目に見えてるときは、皆さんどうしてるんでしょうかね。付き合えないよ、ごめんって謝る? だましだましゴールまでの道のりを遠回りする? 相手の選択に成り行きを漠然とゆだねる? なるべくその会う時間の密度を薄めてあやふやなものにする? それとも日常動かしているのとは別のココロでしっかり受けとめる?


そこんとこがよくわかりません。そんなの時間と気持ちの無駄だからズバッと捨ててしまえ、と言われれば、うーん、そうかもって思う部分もあるし、今の自分を支える関係はあなた自身の写し鏡なのよ、大事になさい、と言われれば、それもそうだなぁという気もします。


特に相手が魅力的な女の子だったりすると事態は更に深刻。僕だってオトコノコなんで、邪なココロが顔を出すときだってあるじゃんよ。押さえ込むのがホント大変。はー、若ぇなぁ。


で、何が言いたいかっていうと、僕は一線を引いたつきあい方って言うのがホントできないんだわね。誰にでも真剣、あるいはまるっきり無視。だからある意味「家族」や「兄弟」や「コイビト」はいても「友達」はいないかもって思えるときがある。僕のPHSにはたくさんの電話番号が登録されているけど、こないだ暇に任せて順に見ていったら「友達」ってポジションにぴったりって人がいないんだ、全然。(会社の同期で連絡を取ったことない人とかはそうなのかな、そうなの?)。僕はそれでいいし、そうしたくて今までそうしてきたはずなんだけど、なんか大変だよなぁって思うことが最近多いです。そんなことってない? ないのかな。

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意地悪されて、すねちゃって、
それでもちょっとうれしくて、
昨日の今日で笑顔な君に。

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1998-09-17 0026

写真と報告系表現。

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こんにちわ。昨日「またしばらく空けるかも」とかほのめかしておきながら、もう復活。かなりいい加減ですみません。だって寝て起きたら気に掛けてた大事なことがダイジョブだったから、ホントうれしかったんだよ。


昨日の花についていくつか反応があったので、今日は写真について小さくまとめておきます。


僕にとっての写真のおもしろさは、一にも二にも「切り取る」おもしろさ。ただ漠然と生きているもやっとした「日常」を、ファインダーという構図で区切ってみて「あ」と思う瞬間にシャッターでカシャッと切り取るだけで、今まで意味をなさなかった風景に何らかのイメージや、メッセージを込められる点。悪く言えば誰でもお手軽に「表現」できちゃうとこ。


でも表現の原点はそこに全部詰まっているんだわね。何かに「あ」って思えるある種の神がかり的な気持ち、あるいは既視感。その瞬間を逃さずにすぐさまパッケージできるリズム感とスピード、そしてそれが起こるときにちゃんと自分が遭遇できたって言う「事故体質」、または才能? 僕の想像する「表現」にはそのどれもが欠かせなくて、その全部が一番わかりやすく詰まっているのが「写真」というメディアだと思うわけ。


ヒロミックスってカメラマンがいますね。雑誌「ロッキングオン・ジャパン」とかで割と有名で、僕はデビュー当時からのファンですが。あの人ってまず女子高生で、しかもポケットカメラの「ビッグミニ」で写真家ってとこがエポックメイキングだったんだけど、彼女の登場で「写真」っていう表現に対する定義は、一般的にも大きく変わったよね。それは写真が「一瞬を切り取り、丹念に磨き込んだ末に表れた奇跡」じゃなくて、「その日そこでそれを見ていた私」という報告系の記録に変わったって事だった。ゲーム機「プリント倶楽部」のブームを見てもわかるとおり、退屈な日常を異化し、写真に切り取った毎日で記念日化して羅列することで、社会的自分像を外側から再構築させるっていう行為。でも同時にこれは間違った発想のヒロミックスフォロワーをたくさん生むことになった。それは「日記」を「表現」と取り違えてしまった彼女たちの傲慢さのせいなんだけど。


ヒロミックスがそんな人たちと違ったのは、日常を切り取る自分に酔っていない点だ。そこに写されているモノやヒトの完成度は必ずしも高いとは言えない。むしろその前後の時間のドラマを想像させるような空気や間合いを大事にしている。写真にはいつもファインダーのこちら側にいる「私」の意志がちらつく。その不完全さや、お手軽っぽさをとって、フォロワーたちがどっとあふれたんだろうけど、僕の目に映るヒロミックスの写真は、表現者としての冷たい視線をあらかじめ持った人の余興といった感じ。漫画家がさらさらっとマジックで描いたラフのようなイメージ。そのラフさは計算づくの果てに現れたモノに感じるんだわね。


「報告系表現」をちゃんと成立させちゃった点。僕も目指しているのでかなりジェラシーですが。たとえば大抵のホームページにも当てはまるんだけど、その「表現」意識のあるないは、ホントに大きな違い。「あ」と思って「シャッターを切る」までは、人差し指があれば誰でもできるんですよ。そしてそこにたまたま何かいいモノが写っていることも、割と普通によくある。でもそれを撮ったときの高ぶった気持ちのままで「どう? いいでしょ?」って言われても困るんだよね。ファインダーをのぞき込んだ時のその人の気持ちになれるほど、そこに何かがめいっぱい詰まってるなら別だけど、ただ写っているその「意味を成さないかも知れない何か」に向かって冷静な気持ちで、誰でも「何かがある」って感じられるか判断できるのは、全く別の才能だからね。


話しがかなりオーバードライブしてしまいました。病み上がりなんで変な部分で興奮気味です。短くまとめると「写真はお手軽に試せる表現だけど、そのお手軽さに甘えないでいくのはなかなかセンスがいるなぁ」ってとこでしょうか。そしてそれはお手軽にできる表現手段が溢れる今日現在、かなり大事な心構えなんじゃないかと思います。


僕はそういう狭間にゆらゆらしている自分が結構好きです。えへ、ずるいでしょ。ホームページはその境界線の実験場。だから日記は書かないし、悩み事やグチを並べたりもしないんだ。だって普通に考えて、僕が今日何を食べたかとか、カラオケで何を歌ったかなんて興味ないと思うのね。僕が年頃の女の子だったら、それでもかまってもらえるのかもしんないけどね。


あー、でもこのページが新しくなってからはずいぶん甘えたことも書いてる気もするねぇ。エッセイとか青臭くてホントは嫌いなんだよ。でも「パーソナル」がテーマだから、まいっか。

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コトバの力で、よみがえる。
声を聞いて、染みわたる。
そんで、いつものジレンマにかえってく。
懐かしくもやさしいジレンマ。
おかえり、ただいま。

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1998-09-16 0025

takanabe1998-09-16

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今日、指圧をしてもらいに行く道で撮った花。普段、気づかないだけで、案外素敵な道を歩いているもんだ。


いろいろ心配かけてすみません。ちょっと旅に出てました。留守の間にも書き込みしてくれたみんな、ありがとう。むちゃくちゃ愛してます。またしばらく空けるかも知れないけど、きっとすぐに帰ってくるから気長に待っててね。おいおい待てねーよって人は、別に待たなくてもいいです。こんな僕でごめんなさい。


僕がふらふら&くらくらしている間にも地球はかなりのスピードで回っていたらしく、同期の友人デザイナー転職&結婚が決まったようだし、子供が産まれたり、えらい賞をもらったり、恋におぼれたり、新しい友人と新しい世界に駆けていったりと、盛りだくさんなみんなでうらやましいです。僕も早く元気にならんといかんね。


ところで野望が足りない最近としては、デザインを含む様々な野望に僕を参加させてくれる企画を募集中。「こういう絵を描いて」とか「こういう文章書いて」とか「豚を丸焼きにして食べたい」とか「人手が足りない」とか「ヌード撮って」とか何でもいいです。基本的にただ。場合に応じて必要経費だけもらうかもしんないです。連絡ちょうだい。

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恋はそんなに小さくないし、君が思うほど窮屈なものじゃないよ。

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1998-09-13 0024

ジゴロ失格

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ゲームセンター手相を見てもらった。占いなんかに気が向いてるのは、完全にココロが弱っている証拠だけど、やらずにはいられないのね。その機械はどうやら架空の人生を歩んだ僕の手相との相性を見てくれるらしい。


僕が選んだ架空の人生は「ジゴロ」。だってやっぱ人生もてた方が楽しいもんな。でも結果を見て愕然。「あなたは神経質な上、嫉妬深いのでジゴロには向かないでしょう」だって。


おまけに「生命線が曲がっています。体力、精力の減退に気を付けて下さい」とまで。体や顔を見ていない機械に言われる分、真実味があって怖いです。実際疲れまくってるし、嫉妬深いし、神経質だし。今後のアドバイスとして母性本能をくすぐるような口説き方を薦められました。それならいけるかもよって意味らしい。だけどそれって結局今の自分のまんまじゃないの。とほほ。

マニマニ夢日記

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UAの子供】
黒澤監督が亡くなったので、彼をしのぶ会に呼ばれたんだ。お茶会のようなやつ。まわりは有名人だらけで、僕はなるべく端の方の席に腰を降ろした。UAとコッコが僕の隣に座って自分ちの子供のことを話し始めた。僕が知ったかぶって「虹郎くんて言うんだよね」って言ったら「うん、それはひとり目な」と言われた。どうやら二人目が生まれていたらしい。「雨郎にしたの?」とコッコが聞くと「兄郎にしたん」と笑いながらUAが言った。「アニロウ?」僕とコッコが顔を見合わせると「弟なのに兄郎やったらおかしいやろ?」とくすくす笑った。途中で部屋を移らなくちゃいけない時間になって、ふすまを開けると大きな滑り台になっていた。みんな両手を突きだし固くグーにしてそのどこまで続くかわからない滑り台を降りていった。僕は面食らって呆然としていると、UAはしゃがんだ僕をまたぐようにして腕を組み「あのおっさんらしいわ」とげらげら笑っていた。


多摩センター爆撃】
京王多摩センターの駅を降りると、パルテノン多摩があったあたりから向こうが全部造成地になっていて、昼間なのに空が真っ暗だった。僕はいつものように学校に向かってとぼとぼと歩いていたが、道行く人は「逃げろ!」「急げ!」とか言いながら駅へ向かって走っている。一瞬何かがものすごい光を発して、そちらの方に目を向けると、いなごの大群のような黒い集まりが空のかなたからやってきて、それは目を凝らすとどこかの国の爆撃機だった。たちまち戒厳令を知らせるサイレンが鳴り響き、たくさんの爆弾を降らせながら、その爆撃機群はこちらへ少しずつ向かってくるのだった。僕はこんな状態の中、この調子じゃあ今日は直帰だなぁとか変なことを考えていて、ピッチで会社に電話をかけようとしたけど、もちろん繋がらなかった。風には火薬の匂いが混じっていて、丘の上から駅を眺めると、逃げまどう人が溢れてパニックで押し合う人達がホームから線路の上に落ちたりするのが見えた。こんな時に電車が動くはずないじゃないかと思って溜息をついていると、セーラー服の女の子が柱の影からこちらをうかがっていて、その娘はどうやら口が利けないのだった。さっきまではどうでもよかったこれからのことが、その娘のきらきらした悲しげな目を見て、急にどうにかしてあげたい気になり、この危険な場所を逃れて、安全なところへつれていきたい衝動に駆られた。女の子はそういう僕の気持ちを勘で察したように僕の手を取り、みんなが逃げまどう駅とは反対の小さな階段を下りてゆき、そこから走る地下鉄になんとか乗り込むことが出来た。最初はうれしく思ったが、あまりに簡単に逃げられたことにちょっと罪悪感を感じた。調布を過ぎたあたりでその地下鉄は地上に上がり、そこには暗い空が嘘だったみたいにいつも商店街や広場があった。女の子のうちにつれていかれ、部屋に入るとシールがたくさん貼ってある白いタンスや、木の玉をつないだすだれやドアノブについたフリルのカバーが気になった。でも家族と住んでる気配はなく、ひとりで育ってきた捨て子のような寂しさがその部屋にはあった。女の子は制服の赤いスカーフを外して、お茶を入れてくれた。僕はその味のないお茶を飲んで、女の子の耳元を眺めた。いつかこんな気持ちになったはずだけど、いつのことだか思い出せなかった。

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傷つくのが怖いの? 積み上げた気持ちは嘘だと思うの?

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1998-09-12 0023

ヒトツキ

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リニューアルしてから一月経ちました。はえー。明日から削っていく記事もあるわけで、初めてこのページの全体像ができあがったことになります。


最初は一月分の記事をとっておくと言ったけど、今は2週間分ぐらいでいいかなぁとも思っています。読み返されるのはうれしいけど、まとめて読まれるのはあまりいい感じじゃないなぁと思うから。ただのわがままですが。


更新のペースも週4.5回って言うのがちょうどいいですね。2日にいっぺんよりはちょっと多いくらいの感じ。お客さんもきっとそれくらいのペースで見てくれてるはずだしね。


前のページよりアクセスは増えたみたいなんだけど、書き込みは増えてないね。不満があるといえば、そのへんぐらいかなぁ。「今日は晴れたね」とか「隣の猫がかわいい」とかそういうので僕は充分うれしいよ。書き込みぐらいでしか、僕がみなさんの存在を知ることができないので、何らかの形で一緒にいた空気みたいなものが感じられるとうれしいね。顔は見えなくてもさ。


オフ会とかやんないのって指摘もありますけど、特に考えてない。会いたい人には会いたいって言うし、会ってるからね。でもそのうち一度ぐらいはそういうのがあってもいいかもね。夢実現委員会のイベントとかでね。獣を丸焼きしたりして食べたら楽しいかも。要望があったらいつでも聞きます。では。

マニマニ夢日記

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銀行強盗
大嫌いなんだ、そいつのことが。でもいつかの借りを返さなくちゃいけなかった。銀行強盗を手伝ったんだ。計画は杜撰で僕らの顔は割れ、追われる身となった。僕は今は住んでないあのマンションの部屋にいて、撃たれた左腕からぽたぽたと血を流していた。部屋の真ん中にある家庭科の授業で作ったみたいな巾着袋。札束は途中でずいぶん落としてしまって、そこに入っているのはバイト代にも満たないわずかなものだった。僕はなんて馬鹿馬鹿しいことをしたんだろうと思って悲しくなった。色のない部屋で、母親が僕を哀れだと慰めてくれていて、パトカーの音が聞こえてくるまでずっとそうしていた。涙が止まらなかった。


【窓の外】
あの魔法の部屋にいたんだ。時間を圧縮した。同じ夜を越えた君にくちづけて、窓のない部屋の外に昇らなくていい太陽が地平線に迫っていることを知った。君の頬には涙が伝ったあとがあって赤くまぶたが腫れていた。いつかの傷を繰り返し思い出す彼女の姿に自分を思い重ね、その頬を親指の腹で撫でた。君は目を開けて、すぐそばに僕がいることを確かめると、首に両腕を回してぎゅっと抱きしめた。「‥怖い夢を見たの」。僕は黙ってうなずいた。「いなくなっていたらどうしようかと思った」。僕は頬とこめかみに小さなキスをして「大丈夫、ここにいるから」と言った。でも別れの時間はどんどん近づいていて、それは変えようがない事実だった。いつまでもこうしてられたらいいけど、いつまでもふたりだけならいいけど、窓の外はそうじゃないんだ。僕は彼女の小さな背中を抱きしめた。

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愛されると痛い。届かない気持ちがもどかしい。
あの夏の温度を君が忘れてしまいそうで怖い。

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1998-09-10 0022

「それからの僕と君と」の音たち

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ある意味最終回的な意味あいで載せる今回のリコメンドは、僕の多分一生のテーマとも言える「それからの君と僕と」について歌われる3つの曲です。どれもがあまりにすばらしいし、有名なものなので説明しすぎないようにします。これを読んだことで、このうちのいくつかでも聴いてもらえたりしたら、僕がホームページで伝えることはもうなんにもないくらいな感じ。僕の目指す全部がつまってます。

すばらしい日々

すばらしい日々

まず一曲目「すばらしい日々」。これは奥田民夫作詞作曲のユニコーンのカバーです。たぶん、ユニコーンの純粋なファンには見向きもされないであろうジャズピアノアレンジ。この揺らぎが僕の琴線と涙腺を震わせてやみません。

すばらしい日々だ 力あふれ すべてを捨てて僕は生きてる
君は僕を忘れるから その頃にはすぐに君に会いに行ける

このとらえようのない日本語のすばらしさ。後ろ向きな前向きとでも言おうか。今はもうどこにもない永遠をつかんで放さないこの歌の主人公は、オトナになりかけたあの頃の僕にはあまりにつらすぎたね。ガラス工芸のような繊細さと熱さを感じます。

チェリー

チェリー

2曲目は、もはや国民的とも言えるヒット曲「チェリー」です。


たとえ世界中から非難されてもこれは僕だけの曲。これは譲れないね。桜の季節の「旅立ち」のイメージとサクランボの甘酸っぱさ、そして未熟なオトコノコを指すそれぞれの「チェリー」が、一字一句100%のシンクロ率で当時の僕だった。

君を忘れない 曲がりくねった道を行く
きっと 想像した以上に 騒がしい未来が僕を待ってる
「愛してる」の響きだけで 強くなれる気がしたよ
ささやかな喜びを つぶれるほど抱きしめて

この曲が街で流れてくる度に、遠くで僕を思い出してくれる人がいる。僕はマサムネじゃないし、むちゃくちゃ音痴だけど、聴いているうちにマサムネの声がいつの間にか僕になると言う。そんな青臭くてはかない永遠そのものがもはや「チェリー」だと思う。ささやかなものを抱きしめて、僕は騒がしい未来に生きてます。

PLANET

PLANET


そして最後の曲は、スピッツを経て今、心中さえしたいバンド、スーパーカーです。「チェリー」以来の衝撃とシンクロ率だったので、前のホームページのイメージになった。以前、小説にもしてみたしね。表紙にもなったひとりぼっちな惑星のイラストはこの曲のイメージから。

僕らのせいだろう、そのはずだろう?
平気だって言うだろう、君も今は。
どうかしていたんだろう、君も僕も、
知りたくなんて、なかったんだろう。
どうせだめだよ泣いてたって
愛をなつかしむだけさ
今さらだよ、そんな‥
今ならほら、言えた‥

空から降ってくるきらめく音に包まれながら、何度も繰り返されるリフレインは秋風のように孤独感を募らせる。オトナになりかけるさみしさ、オトナになってしまった悲しさ。コミュニケーションはいつだって不完全で、伝え、伝わることだけをつかんで僕らは毎日を生きている。痛み、傷、そして進まなくちゃいけない未来。そんなに離れていない空の下で、おんなじ地面に乗ったそれからの君と僕。ちいさなプラネットは今日も新しい朝日を迎え、照らされる。

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泣いちゃいそうよ。じたばた。

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1998-09-09 0021

満月

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秋と言えば夜長で、月見なんかに行きたい今日この頃ですが、みなさんいかがお過ごしですか。夏よりずっと高くて深い色の夜空を見ていると、昔のことばかり考えてしまう僕にはかなりさみしい季節です。背中小さく丸めて寝たりしてね。


大阪にお住まいのimpressions.さんには素敵なエピソードがあります。満月の夜にしか電話を掛けてこない友達がいるんだって。しかも曇っていたり、雨が降ったりしても掛けてこないんだそうな。で、そこまでならまぁ普通なんだけど、その月の満ち干に正確な彼がある日、満月を間違えたんだそう。


満月? 私にもそう、丸く見えた。フライングした月の友は、バツの悪そうな声で 電話してきた。
「今日は、満月に見える。」
「私にも見える。」
「そう言えば。君から電話してきたりしたことないよ。こんな日に。」
「えっ?そうだっけ。」
「そうだよ。」
「今日は大きくて明るく見える。」


って感じなんですけど、すげえなぁ。僕の書く夢見がちなお話なんかより、ずっとロマンチックで完成されてる。ちょっとっつーか、かなりジェラシーです。悔しさのあまり早速お話にしていいとの許可を頂いたので、そのうちここで小説バージョンをお披露目できるでしょう。でももう既にできあがってるよね。一体どこいじるんだよ。

にじんでこぼれる(お便りから)

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出来ることは今、して置いた方が良い。どうしてみんな年を重ねていくと遊び心がなくなっちゃうんだろう? 無茶をしなくなっちゃうんだろう? 明日の仕事を考えてつい時間を気にする。「もっと大人になれ!」なんて年下の友達にいわれるとそうかなぁ?って思って落ち込むときもある。でもいつまでも遊び心を大切にしていきたい。

今日タカナベさんの「FRESH」(12)をみて何か書きたいと思ったけれどなんとなくBBSに書くのは恥ずかしかったので。

「愛」におぼれて気づかないっていうのはすごく衝撃的な言葉だった。わたしもたぶん、そうなのかもしれない。たくさんの愛、家族愛、恋愛、友情も愛情もたくさん。それは多分、今わたしがちょっと考えているから。

押し付けるような愛に押しつぶされそうで。でもきっとあれは一番かわいいのが自分なんじゃないのかな、とか思ったり。苦痛になるというのはわたしが疲れているからかもしれないけれど。相手のことを考えて生きてゆける愛。それが理想。

好きの割合がフィフティーフィフティーになるのはすごい難しいことだとはわかっているけれど。今わたしはとても感傷的になっていて、一つ一つの言葉がとても心に染みます。うれし泣きなんて今までしたことなかったけれど泣きたくなるくらい。

泣かせちゃってごめん。そういうつもりはなかったけど、きっとそうなんだろうと思った。私にはそういう経験はないけど、すごく辛いっていうことは伝わった。人はそれぞれの悲しみを抱いて、ちょっとずつ大人になっていくのだなあと思ったよ。ありきたりの言い方だけど、そうだと思う。また会えるかな。いつ会えるんだろう?

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愛の驚異、愛の狂気。いったいぜんたい、どうなっちゃってんだよ。

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1998-09-08 0020

妹たち、京都、反省。

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日記です。普段は書いても見せないんだけどね。


もう丸々一ヶ月ぐらい、外の人と会ってない気がする。僕の仕事が極端に遅いせい。でも大学に通ってたころから、週7日働く(通う)のは変わっていないので、多少の無理はどうでもいいかと思ってたら、やっぱだめでした。おんなじ人としか会ってなかったり、おんなじようなものしか食べてないとどうやら普通の思考が保てなくなるんだわね。で、今というか、今日あたりがその2回目のピークのようだ。


初期症状、声がでかくなる。不平不満が多くなる。ものを見る視点がどんどんミクロになって、全体像が捉えられなくなる。人の親切がうっとおしく思えてくる。その上、かまって欲しがる。


症状第2期、口を利かなくなる。顔から表情がなくなる。会ってない人や遠い場所にいる人のことが気になりだす。ひとつの場所に落ち着いていられなくなる。食事の場所と質ぐらい変えようと努力するがさして効果がないことを知る。ちょっとした言葉尻をつかんでひどく落ち込んだりする。思い出とかがループし始める。


さすがにまずいなぁと思い始めて、大事な人にメールや電話を掛けてみる。普段は絶対しないのに。全然普通に話せない自分に愕然。でも久しぶりに聞く旧友達の声は砂漠の水のように潤う。たばこ臭い夕方の会議室にこもって、遠く離れていても同じ地面の上にいることには変わらないんだなぁとかしみじみ思ったり。


夜10時過ぎに同期のデザイナーから飲みの誘い。とても楽しそうだけど、忙しいので行けない。謝って電話を切る。久しぶりでうれしかったのにね。


11時を回ってくたくたになって会社の裏の公園を歩いていると、高校の美術部時代の後輩で、妹たちとも言えるうちのひとりから電話。1年振りぐらい? もう卒業して7.8年経つのに、いまだに遊びに誘ってくれる。月末にみんなで会う約束をして、ひとしきり恋の相談を受けてみたり、近況の報告など。絵に描いたような先輩モード。


ふいに京都のことを思い出す。5年前のと、割と最近のと。気持ちが弱っているので昔のことばかり考える。そして未熟だった昔の自分を6万回目ぐらいの反省。今ならきっと全部うまくやれるのになぁとか、そんな不毛な思考。もうええっちゅうねん。


そんで家でたまったメールを見る。「体に無理せず、彼女は大事にね」。だめ押し、がっくし。そうね。わかってるつもりだし、たくさん心配かけてるけど、一日が36時間ぐらいないと、多分たんないね。会いに行けない。ごめん。いつ振られても文句言えないです。ほんと。弱気だ。




*占い


ヲルカさんのとこにあった占いをやってみました。おもしろかった。これはその結果ね。


◆あなたの誕生日
1972 年12 月6 日生まれ25 歳


◆あなたの誕生数
1 (天地創造を司る栄光の王)


◆長所
意志力、情熱、外向的、自尊心、独立心、正義感、公明正大、寛大、包容力


短所
誇大妄想、高慢、狂信、短気、頑固、お人好し、無鉄砲、浪費、派手好み、虚栄


◆備考
野心家で独立心に富んでいる。


◆あなたの印象
男性的でたくましい。リーダーの才能がある。哲学物理学などに向く。



あなたの2つの願望


◆外面的願望(子音数 5)
何でも知りたい、好奇心を満足させたい、いつも新鮮でいたい


◆内面的願望(母音数 5)
何でも知りたい、好奇心を満足させたい、いつも新鮮でいたい



簡易性格判断


◆名前の最初の子音
H(鋭い感性を持ち、実行力に富む)


◆名前の最初の母音
I(鋭い知性の持ち主。デリケートな感性を持つ)




性格や能力の傾向


◆右脳型(直観的)か左脳型(論理的)か
5 : 11 -- かなりの左脳型


◆行動型か思索型か
9 : 7 -- やや行動型


◆熱中型か分散型か
8 : 8 -- どちらともいえない

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気のない返事でも、そこにいてくれることがうれしいよね。

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1998-09-07 0019

CD「17」シーガル・スクリーミング・キス・ハー・キス・ハー

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セブンティーン

セブンティーン

シーガルのセカンドフルアルバム。鳥肌が立つような大傑作。今回はいつもと趣を変えて、このアルバムの感じを伝えようと思っています。全部英詞だって言うのにわざわざ訳したりしてみたさ。シーガルの音は、ホントにシーガルのCDでしか聞けない音ばかりが詰まっているので、いくら文字を書いたところで一小節でも聞く体験にはかなわないんだけどさ。

「Living On The Same Planet」(同じ星の上で暮らして)


 あなたがやりたがってんのは、わかってんのよ、ベイビィ。
 あなたがやりたがってんのは、わかってんのよ、ベイビィ。
 あなたがやりたがってんのは、わかってんのよ、ベイビィ。
 あなたがやりたがってんのは、わかってんのよ、ベイビィ。


 いつだって大好きなの。
 いつだって大好きなの。


 だからしましょうよ。


 いつだって大好きなの。
 いつだって欲しいのよ。


 だからしましょうよ。
 だからしましょうよ。
 だからしましょうよ。


 あなたのオンナになりたいの。
 泣く子は嫌い。

アイハ(写真)の作る音の完璧さは他者をよせつけない。ライブに行っても一体感と言うよりは不動の完璧さがただどーんとそびえ立っている。でかい仏像とかみたいに。ただの観客のはずの僕はそのあまりの大きさに圧倒されて、「置いてかないで」と訴えたくなるような寂寥感に襲われる。昨日よりほんの少しでも近づくために足を運ぶはずのライブで、僕は縮まることのない絶対的な隔たりを感じる。そしてそこに溢れる迷いや甘えのないソリッドな音、音、音。その音にがつんとやられる。その時の無抵抗感が気持ちいい。直撃。これって言ってみればちょっとしたSMみたいなもんなんじゃないかなぁ。


他にもいい歌がたくさんあるのに今回この詞を選んだのは、そうした距離感とアイハの上位性が強く表れていると思ったから。「いつだって大好き」で「いつだって欲しい」はずのこの歌の女の子は、絶対その優位性を譲らない。「やりたがってるのはわかってんのよ」とか「だからしましょう」とか、相手の意志よりはっきりと自分の筋を通そうとしている。そうすることでそこには立方体や球体のように濁りや曖昧さのないアイハだけの完全世界が立ち表れるのだろう。


実は僕は表現の世界にいるオンナの人は大抵嫌いなんですよ。確かにすごい作品とか、男には描けない作品も無数にあるけど、そこから性差の中に含まれる曖昧さや甘えや被害妄想や誇大妄想なんかを引いていくと、残るものっていうのがすごく限られてしまう気がいつもする。内田春菊とかCHARAとかコッコとかね。(僕は3人ともちゃんと好きです)でもアイハの強さは封建的な男社会でも輝きを失わない強さと説得力がある。性差の甘えは否定していかないと、ちゃんと男や世界のアーティスト達と同じ土俵で勝負が出来ないことを知っている人だからだと思う。だからこそ口をついて出てくる言葉が「わかってんのよ、ベイビィ」なのだろう。


アメリカツアーを好評の内に終え、先日も大推薦したユニット「ラヴォルタ」も終え、そしてこのフルアルバム発表と忙しい限りの彼女。そういうバイタリティに溢れ、甘えなくても男に勝てちゃう人達がもっとたくさん増えるといい。ついさっき男に振られてきたような歌とか、あるいは振ってきたような歌とか、精巧な人形になりきったみたいなベイビィボイスばかりじゃ、ホントの女性ならではの表現なんていつまで経っても生まれてこないと思う。アイハの戦う地平は険しく孤独だ。

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軽い嫉妬で落ち着かない自分を見ていると、健康なオトコノコだと安心できる部分もある。

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1998-09-06 0018

ラヴイズ

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「愛」って何だかよくわからないと、なんかそう言う相談? つーか、ぼやきのようなものを時々突きつけられる。


「愛」は「恋」や「好き」とは違う感情らしい。「恋」や「好き」は自分だけで完結できる一方通行で投げやりな気持ちの割合が多いみたい。例えば夢や願望や妄想とかも含まれてるんだろう。わがままっぽいって言いたいのかな。ってことは何? 一方通行や投げやりじゃない「恋」や「好き」は限りなく「愛」に近いってわけだ。なんだ、もう答え出てるじゃんね。


「相手に気持ちに立ってやさしくしてあげたいんです」とかさ、あと「相手のやさしさに甘えて、会うとつい(本心じゃない)ひどいことばかりしてしまうんです」とかね。僕はどっちの人もかなりどうでもいい。というのは「相手をちゃんと思いやる自分」とか「ついひどいことをしてしまうホントはそうじゃない自分」って、実はどこにもいないし、「愛」を定義するよかずっと不安定で、その不安定な土台の上に無理矢理のせたあやふやな客観性に他ならないと思うわけです。そういう努力は日々重要だとしても「愛」とは無関係なので、自己鍛練として黙って人のいないとこで勝手にやってて欲しい。


じゃあ、お前はどうなのよっていう突っ込みに答えるために、ここで仮説をひとつ。「愛とは愛がけして双方向なんかじゃないって気づいている人の「好き」の在り方」なんじゃないかな。これってわりといい感じだと思うよ?


双方向じゃないと始めから思えれば、気持ちをロスなく伝えること、それもなるべくノイズを混ぜないでってことに一番神経や体力を割けるわけ。伝えるってことは同時に相手が聞きたいことを理解するってことにもなるわけで、それは幼くても双方向の始まりだという気がするね。相手を知るとか、相手の理想に合わせるとかじゃなく、正しく自分を伝え、伝えられた事実を正しく理解しようとすること。その努力の姿勢そのものが「愛」だと思う。


外人に道を聞かれたような感じが近い。わからない同士、一番のコトバの近道を探して、分かり合おうとする感じ。慈愛とかっていうのかなぁ。看護婦ボランティアだとちょっと一方向性が過ぎる上に立場まではっきりとした違いがあるけど、計算や、損得や、優劣や、貸し借りのない「親切」や「溢れて止まらない気持ち」や「ぬくもり」としておこう。お、だいぶまとまってきたぞ。


要するに僕の思う「愛」は「好き」や「恋」となんら変わりがない。むしろ広くて果てのない感情。「オムニ(全方位)好き」とか「エンドレス恋」とかって感じ? 思ってみりゃ、僕は、好きだったのに嫌いになっちゃった人とかひとりもいないのでした。これじゃあ、参考にならないか。

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その日、僕らが出会えちゃった奇跡を思うと
最初の奇跡は、君がむかしどこかで、
僕と会える時代に生まれてきたことだよね。

妄想レストラン「イカスミのリゾット」

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ネーロって言うんだよね、イカスミのことを。気のいい幼なじみのお姉さんのような響きがあって僕は好きです。困るのは食べたことない人に「イカスミって何味?」って聞かれた時。それって「黄色ってどんな色?」とかと一緒じゃん。どう説明すんのよ。


イカスミイカスミ味。墨汁の味じゃなくて、海の味。女の子だらけの学バスに乗って、ブラウスから甘酸っぱい匂いがすると「あぁ、もう夏だなぁ」って思うような感じ。よけいわかんないか。


どんなに気取って食べても真っ黒になる口の周りや白い歯を知ってて、わざと綺麗な女の子と一緒に食べたりしてみる意地悪な気持ちとかね。エッチな気がします。丁寧に塗ってきた口紅もすっかり禿げてしまった女の子を見て、あぁミロのビーナスは腕がもげてるから美しいんだなぁとかね。


ガーリックトーストに付けて食べるのもかなりいけるよね。どんなに上品に乗せても海苔の佃煮みたいで冴えないとことか好きです。屈折してるかなぁ。あとイカスミを頼む度に翌朝の話題をうれしそうに持ち出すのだけはマナーに反するのでやめましょうね。

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1998-09-04 0017

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9月末までに終わらすこと。
詩人ツカモトくん作曲のデモテープのラベルとチラシのデザイン、各3点ずつ。


10月初旬までに終わらすこと。
・小説「金魚」「さよならイエティ」を書く。
・気球に乗って空を飛ぶ。


10月末までに終わらすこと。
・あたらしい仕事を探してみる。(きゃー!)

バンテリン 1.0%ゲル

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ひどい肩こり性なのだ。そのつらさときたら、呪いでもかかってんじゃないかと思うくらい。朝目が覚めて眠るまでずっとずっとそんな調子。あまりのひどさに目眩までするときもある。


サロンパスなんか効かないし、マッサージもその場しのぎ、低周波治療器なんて幸福の壺ぐらいにしか意味がない。もう本当にどうしようもない。私生活に支障アリまくり。


このクスリはそんな僕のゆいいつの助け船。スースーするとかじゃなく、痛みそのものを取ってしまうという、いわば痛み止め。インドメタシンと言うのがその効力らしい。痛みのもとを取るインドメタシンは本来皮膚からの浸透はないとされる成分だけど、このほどスペシャルな技術で、どうにかうまくいくようになったんだって。なんなんだよそれ。


でもその効き目ときたら、ちょっとすごいよ。痛みが即消える。デジタル。こんなの絶対やばいって。テレビゲームでさ、勇者が戦い疲れて「薬草」を口にすると、体力が50くらい増えたりするじゃない? あの感じそのまま。タイムラグなし。ホント怖いくらい効くんだ。


その怖さを感じる僕の感覚はどうやら正しくて、このクスリを週に一本使い切ってはいけないし、一日使いたくても4回までしか塗っちゃいけないと説明紙にも書いてある。まさに魔のクスリ。


ただひとつ問題があって、脂肪の厚い人には効き目が届きにくいらしい。ひょっとするとこの効き目のすごさは脂肪の厚み5ミリ以下の僕にしかない感覚なのかもしれないと思うと、かなり感慨深い気もします。度の過ぎたこり性の方には、いざのときのために持っておくといいかもね。不健康な話題でした。

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こんなの変だし、いいはずないよ、と彼女は言った。
でも不思議だし、すごくうれしい、と彼女は言った。

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1998-09-02 0016

takanabe1998-09-02

写真

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新しいレンズを買ってから毎日、写真ばっかり撮ってる。楽しい。今日初めてのプリントが上がってきてわりといい出来だったので、ここにわーっと並べたかったんだけど、ちょっとプライベートすぎる感じなので控えめにしときました。代わりと言ってはなんだけど、一番つまらない僕の会社の机の写真を大きくね。どう? 仕事ができそうな人の机っぽいでしょ? 弱音を吐くとアンパンマンピカチュウアシカ(左下)が励ましてくれんの。ここんとこずっと励まされてばっかし。とほほ。

CD「ダンデライオン」ブランキージェットシティ

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ダンデライオン

ダンデライオン

ブランキーのニューシングル、なんとドラマ主題歌です。今までのいくつかのタイアップが既にできあがった曲を後からチョイスしたのに対し、この曲はタイアップを前提にクライアント(依頼主)の出す要求を踏まえながら製作された曲。そのせいか、いつになくメロディアスな仕上がりとなっています。


ブランキーの3人はデビュー当時から売れることに必死だった。自分たちの描く音楽世界は唯一無二のもので、その美しさをみんなに伝えるためにはやっぱり売れなきゃ話しにならない、と思っていた。だからデビューしたのも「イカすバンド天国」からだったし、こまめにシングルを切ったり、プロモーション・ビデオを撮ったりすることにも、割と前向きだった。


プロデューサー土屋昌巳がいた頃にも、「そろそろみんなにブランキーの名前を知ってもらえるような代表曲を作ろう」っていうような時期は何度かあった。ライブでは全然弾かないヒット曲「青い花」がまずそうだし、「悪いひとたち」のバックにオーケストレーションを入れて壮大な感じを出したりっていうのは、浅井健一の本心からはずれていたものの、ひとつの手段だったとは思う。でもそれは残念ながらブレイクには繋がらなかった。ブランキーの名前が普通に聞かれるようになってきたのは本当にここ最近の、土屋昌巳以後の、自由で伸びやかなブランキーになってからのことだ。


ブランキーというどう猛な獣の「理性」とも言えた土屋昌巳とのコンビを解消して、自由に歩き始めた3人を待っていたのは意外にも祝福の声だった。陽の当たる場所に出て、初めて知った自分たちを閉じこめていた暗い部屋の狭さ。暗さの中でしか得られない飢えた獣の声やまなざしが好きだったというファンも少なくはないだろう。しかし伸びやかに「小さな恋のメロディ」や「ジョンレノン」、そしてこの「ダンデライオン」を歌える浅井健一は、空の大きさを満喫している自由な鳥のようだ。アルバム「ロメオの心臓」に満ちた「既製のブランキーの破壊」ともとれる実験性は、単に自己満足に終わるどころか、ブランキーがかっこいいと思ったことこそ、よりブランキーらしさにつながることを、僕に強く訴えかけた。


古いファンはいなくなり、新しいファンだけがライヴ会場に溢れていると浅井健一は言った。でもそれは不快じゃない。むしろどんどん新しくしていきたいくらいだと。そんな彼の気持ちがとてもよく伝わる。

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小さないじわると甘えた声の間にこぼれて落ちる僕のかけら。
痛くてつらいのは、どちらもふつうの君だってこと。

マニマニ夢日記

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きれいな水を探しに旅に出たんだ。なんだか機嫌の悪い娘と一緒に。その娘は地図を手に、僕をあっちこっちに引っ張ってゆくんだけど、道を間違えては舌打ちして僕のせいにする。街は坂道だらけで、空はどんどん暗くなっていく。くたくたな僕はそんな娘に付き合う義理もないんだけど、きれいな水のそばには、僕の世界で一番好きだった女の子もいるはずだなんてほのめかすんだ。そんなの嘘に決まっているし、そんなことで僕を利用しようとするその娘の気持ちも辛かったけど、僕は数々の水場をその娘と歩き続けるのだった。

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