ラヴフール (www.lovefool.jp) このページをアンテナに追加 RSSフィード

1998-12-28 0061

1998

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年内最後のラヴフールは、画像オンリーでフィナーレです。今年もご多聞に漏れず幸せな一年だったという感じが伝わればいいか。


一年という単位で生活を区切ったりするわけじゃないんだけど、この12ヶ月は出会いと別れの多い時間だった。これからもいろんな人に会い、いろんな影響を受けて、いろんなかっこよさを身につけてゆくだろう、僕は。


昔よりか、昔を想う時間が少なくなった気がする。忘れたいと思っているわけじゃないのにね。(つーか、忘れたいことってありますか?)スピッツ名曲「チェリー」の「想像した以上に騒がしい未来が僕を待っている」っていうところが特に僕だと言ってくれた昔のコイビトのコトバは、そんなこんなで予言になってしまったよ。


愛という気持ちが僕の中にあるなら、それはきっと一生懸命にそれと向かい合うってことを指していて、今はゲームやデザインや出会いやコイビトに夢中です。会社の人も兄弟やトモダチみたくしてくれるしね。ここの掲示板に来てくれる人たちも好き。落ち込んだりしてどうしようもないときは、そんな中にいる自分がとてもしあわせだと思えるときもあったりします。


一日24時間という平等で限られた時間の中で、仕事もある社会人としての僕の愛せるものはかなり限られてしまうけれど、少なくとも「今」の「大事」を共有しているみんなとは手をつないで歩いていけたらいいなと思っています。このラヴフールという場所はいつか名前を変えようとも、そんなつながりの中継基地として、どこかに存在し続け、そんな僕に新しいつながりを導いてくれることでしょう。今年一年どうもありがとう。よかったらまた来年からもよろしくね。



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聞こえる?

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1998-12-26 0060

takanabe1998-12-26

クリスマスケーキとワイン。

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めりーぐります。仕事でイヴも大わらわな僕に、切り絵で有名、なおかつテコンドー使いでもある後輩ミヤジマくん作のケーキと、お酒もスパゲッティカレーもおいしいお店「フリージュ」のサービスワインイチゴ入り)。


ミヤジマ君のケーキはそこら辺の売り物よか全然うまくて、他の人の手作りケーキが2度と食べれなくなってしまうところが玉に傷。ふたつあるブッシュ・ド・ノエルはそれぞれバニラココアと中身が違ったりする気の利きようなのだった。女の子や主婦まで黙ってしまうその完璧さに、プロポーズさえ真剣に考える僕なのだった。あいしてるぞ。

ポケモンセンターTOKYO

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東京駅にある「ポケモンセンターTOKYO」に行って来ました。軽い気持ちで行ったのが大誤算。冬休みの子供たちがビルを囲うように並んでるじゃないですか。入場制限? え? うそ、30分待ち? 信じられない。でも僕はその世界では名の知れたポケモンマスターなのですぐに入場。つーか、はなみず垂らしていそいそと並んじゃったんですけど。


古今東西の様々なポケモングッズが売られている。お菓子、ゲーム、ぬいぐるみ、貯金箱、携帯のストラップなどなど。ポケモンのすごいところは必ずしもみんながみんな「ピカチュウ」を好きなわけじゃなくて、151種類いるモンスターにそれぞれファンがいるってところ。オリジナルゲーム発売4年目を迎えようとしてなお人気が衰えないのは、そういう主と従だけじゃない並列なつながりのおもしろさだと思う。ゴレンジャーだったら赤レンジャー好きがほとんどだったもんねぇ。


とは言え、子供たちにとってはそんなことはどうでもよくて、80年代の原宿のタレントショップさながらの光景が広がっているのだった。近所で買いそびれたポケモンのお菓子のストックを両手でバラバラとかごに放り込むオトナ。意味も分からずに一通りそれっぽいものをそろえて孫にでもプレゼントしようと考えているおじいちゃんおばあちゃん。お目当てのグッズが売り切れで今にも泣き出しそうな子供たち。グッズとしてのポケモンにはさほど情熱のない僕は、彼らのそんな真剣さに負けてそそくさ店を出てしまいました。この熱は他のブームと変わらずいつか冷めてしまうことだろうけど、この店に来ていた人の中からまた次の世代の新しい遊びが生まれればいいけどなぁと思ったのでした。

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クリーム、ラヴ、キス、スープ、スマイル。

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1998-12-23 0059

takanabe1998-12-23

ケーキ

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誕生日にもらったバースデーケーキ(画像)。
ううーん、デリシャス。ありがと。

ラヴフールのあの人に会いたくて。

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ガラス工芸家のヨシカさんに会ってきました。おいしいケーキやカレーなどを食べながら生で作品を見せてもらった。ファンだったからね、うれしかった。すげえぜ、インターネット


写真の端に「ミカン星人」がいますけど、もう彼(?)ったらヨシカさんにむちゃくちゃそっくり。顔って似るんだよね。あまりに気に入ったので「くれ!」ってねだったんですが、「ミカン星人」だけは特別だそうで、代わりにガラスの小さなグラスを頂きました。


紙と鉛筆があったのでちょっとなんか描いてもらった。右上のは僕の似顔絵。うひょー、なんか照れますな。なんか相当いい人っぽく見えないか? いーの。そういう人になる。これから。


ヨシカさんは想像どおりやさしくて、お洒落で、幾分マイペースで、すごくコイビト想いなのだった。これからもいい作品をたくさん作ってくださいね。

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コトバが体温を帯びる。濃い霧が晴れてゆく。

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1998-12-20 0058

1214

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その日始まった恋を思うと、いまだに胸がきゅんとなる。たくさんの物語、世界一美しい病気。雪の残る草原の下の小さな木造アパート。蒼の果てからゆっくりと白んでゆく空の下で見つけた小さな本当。


冷たい箱で空をゆっくり登っていった。二人の息で外なんか見えなかった。柔らかく温かく包まれた僕の、敏感な触覚。君の魔法で永遠の端っこをぎゅっとつかんだ気がした。


今はもう僕のモノじゃない君の、そんな巻き戻らない時間を抱きしめて生きていく。一人でいることが昨日よりそんなにつらいことじゃなくなっていく。


君が「チェリー」みたいだって笑った僕のコトバは、今日もまだ響きだけのものなのかな? 少しは前に進めたんだろうか。よくわかりません。


負けないくらい幸せになる。未来とあのときの君に約束する。自力で空を飛ぶ。

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赤く柔らかに、痛々しいくらいむぎゅ。

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1998-12-12 0057

新表紙(9)

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季節はずれのハロウィンですまんね。海のそばで見つけたの。そんなこんなでもう12月も中旬です。年も取るわ、1999年は目の前だわ、ピカチュウとはマイクで話せるわで否が応にも未来のことで頭がいっぱい。もういっそカボチャになってしまいたい毎日です。思いを込めたラヴレターはちゃんと届いたのかな。片思いは切ないね。来週は忘年会三昧。うわー、会社員っぽーい。

CD「THE GREAT SKELTON'S MUSIC GUIDE BOOK」トライセラトップス

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THE GREAT SKELETON’S MUSIC GUIDE BOOK

THE GREAT SKELETON’S MUSIC GUIDE BOOK

衝撃的なデビューから一年も待たずして発表された2ndアルバム。やー、若いってすばらしいね。ためた曲もなく一から作り始めてこんなにしっかりしたアルバムができてしまうんだから大したもんだ。やっと彼らの底抜けなポップセンスがぽっと出のモノじゃないことは証明されたよね。1stの「勢い」に対して「揺らぎ」や「作り込み」を感じるそんな懐の深い良質な1枚に仕上がっております。


思い出してみるにトライセラってミドルナンバーとかバラードが全然ないっていうすげえバンドだった。今回の印象がとても緩やかでやさしく感じるのはそのせいなのかな。「ガテマラ」とか「ゴシックリング」などのゆったりとした曲調がイメージ豊かな新しいトライセラをがんがん見せつけてくれる。詞の内容や込められたメッセージもグッとひろがった。少なくとも半径2メートルから5メートルぐらいにはなってる。


早い曲がない訳じゃない、「PARTY」「FEVER」「キャラメルティー」とかあるし。でも夏の終わりみたいなそこはかとない寂しさがにじんでる。それはアルバム全編にあふれる「オトナになる悲しみ」のムードそのものにつながってゆく。YESだけでもNOだけでもない、でも昨日より少しは前に進みたいっていうそんな気持ち。あるいは焦り。


「この世に一つの僕の存在でも 今まででいたら越えられないんだよね」


「鏡見てそこに映るやつは今までの 生活に少しだけの変化を加えるそして願いを叶えるのさ 気が付けば花は咲いてる」


いいねー。前向きなオトナ、大賛成です。僕なんか計算高いんで「人よりちょっとだけはやく花を咲かすには」とか「あたかも咲いたように見せてしまうには」みたいな部分ばっかり研ぎ澄まされてたりしますけど、やっぱり理想は「あ、咲いてた? ホント」って人に言われて気づく感じ。「一生懸命」にちゃんと一生懸命になりたい。結果は二の次でいい。


シンプルに生きてゆくのは難しい。いらないモノをいらないとわかるにはそれなりの時間と経験が不可欠だから。でも迷っている時間が長いと自分で感じても、それに悩むことはないよね。自分の時間で自分の速度をちゃんとつかむこと。そしてそれを投げ出さないこと。トライセラの新譜はそんな等身大のリアリティに触れるいい音とコトバに溢れている。

マニマニ夢日記

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社内旅行だった。みんなで風呂に入っている。「女湯のぞきましょうよ」と誘ってきたのは新人くん。いやいやな振りして壁にあいた穴から目を凝らすと、向こうにはミスユニバースみたいな裾広がりの階段が見える。色とりどりの照明がぐるぐる回って、上から降りてくるのは何故かセーラー服を着たお目当ての彼女です。あれ? こっち見て笑ってる? わーわー歓声まで聞こえる。「どういうこと?」と眉をしかめる僕に「そういうことっす」と新人君はけろりとした顔。

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出してしまったラヴレターのことを考えると
直接コトバを届けなかったことがもどかしくてたまらない。
ため息も白い冬の日。

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1998-12-07 0056

26

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こんにちわ。おかげさまで26才になりました。たくさん「おめでとう」をもらって素敵な誕生日だった。僕もありがとう。


新年じゃないけど、26才的な抱負としてはですね、20代の折り返しの時期として、30ぐらいの超かっこいい自分に向けての助走みたいなことに1年を使いたい。ジャンプの前のぎゅってしゃがみ込んでためるチカラみたいな、そんな年。毎日をただひたすらにがんばって生きるんじゃなくて、少し長いスパンで先を見据えた行動を日々に割り当てていきたいですな。希望だけど。


あとはひとにやさしく生きる。僕は自分にやさしすぎるので、人のことを考える時間も少しは必要な気がしてきましたよ。26才的に。今年は会社内でも新人指導員とかいう職務をあやかって、なんか教えてあげなきゃいけない気にはなっているんだけど、実際のところ教えられてる方がずっと多かったりしてね。はー、思いやりがたんねえなぁとか、ため息ついてばっかし。だから少しずつでも人のことを考えるようにするよ。ゆっくりめだけど、ね。

本「マリ&フィフィの虐殺ソングブック」中原昌也

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マリ&フィフィの虐殺ソングブック

マリ&フィフィの虐殺ソングブック

物語を語る上で、読者がその最後のページをめくり終えた時に「結局何が言いたかったか」っていうのは、その本に払ったお金と天秤にかけやすい価値の代わりとされているではないでしょうか。最後の一文を読んでみて、今までのページのコトバのすべてが共鳴するような感覚を覚えれば、それは自分にとって「名作」だったっていうのが普通の発想だと思います。小説や映画、オペラなどの時間軸に乗った線形の表現手段というのは、その時間の長さをハード面で縛られない限り、無限に続けたり一瞬に終わらせたりできてしまう自由の上にあるので、「テーマによる編集」というフィルターをかけて、大抵のモノは常識的な時間の中でグッと密度の濃いものに仕上げていくのが普通です。


ところが世の中にはオチがないからこそ、圧倒的な開放感や可能性やリアリティを得る場合があって、それはどういうことかと言うと普段僕らが生きている「現実」や無意識のなせる技である「夢」がそうであるように、僕らの感情を揺さぶるこの世界は「オチ」なんか用意してないことばかりだってことに気づきます。


この本は普段はノイズミュージシャン「暴力温泉芸者」であるところの中原昌也の初の小説集ってことになっています。曲を聴いたことがある人ならわかると思うんですけど、この本も、独特でたぶん無意味な疾走感と、時間軸で増幅するタイプの緊張感と、そこはかとなくちりばめられたポップスのセンスで満ちています。12話の短編集という体裁だけど、ストーリーを追ってもほとんど無駄だし、そこに確実に込められていてその字数でしか言えないことっていうのもないし、気まぐれなどんでん返しはあまりに安易に訪れるし、読後に残るものと言えば、さわやかな胸焼けのようなグレイな気持ちだけ。


でも不思議とそのコトバコトバが新鮮だってことが否定できない。彼がプロの作家じゃないことは本屋で立ち読みでもしていただければすぐにでもわかるはず。そしてその魅力が「プロの作家じゃない」っていう無責任で無重力なフットワークから来ていることもおなじようにわかるでしょう。まぁ、ホームページで他人の夢日記を読むのとそんなに大差ないと言えば、そんな気もするけど。例え真似をしてみたって、この解き放たれる想像力にはなかなか追いつける人はいないだろう。


僕らは普段、表現に対して「料金分のカタルシス」を得ることにあまりに慣れすぎていて、気がつけば世界は「大作指向」の「安心な感動」ばかりを求めてしまっている気がします。ちょっと作りが甘い映画を見るとむちゃくちゃ文句言ったりとかね。(いつから映画評論家になったんだって)。中原昌也のつくる「そういう意味ではあまりに無責任な小説」は、軽やかですがすがしい不快感を、好き勝手なスピードで投げかけてくるので、逆の意味で「表現」ってそもそもなんだっけっていう根本的なことを思い出させてくれます。表現って自分を自分のコトバで向かい合うことであって、人を喜ばすって言うのはそののぞましい結果の一つでしかないんだよね。まず自分ありき。少なくとも相手のためだけのものじゃないです。今は相手の顔色をうかがう、うかがい方が洗練されている人を表現者みたいに言ったりするけどそれはちょっと違う気がします。そんでついでに言えば、21世紀なんていう時代は今までの時代よりもっと、そういう個人的で独創的な疾走感に共感できる人が増えてく、そんな時代になるんじゃないかなぁとも思うのです。

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空に放っためいっぱいの気持ち、届け!

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1998-12-03 0055

12月

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6日で26才になります。一年が毎年短くなってゆくのを感じます。26才的には、新しいことを始めたいのでその準備中。ただいま人生を揺るがす恋のまっただ中。実るといいなぁ。

ゲーム「ゼルダの伝説 時のオカリナ」

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ゼルダの伝説 時のオカリナ

ゼルダの伝説 時のオカリナ

ゲームの将来を考えたときにそこに並ぶ数々の難問は、これからの時代をより豊かにしていくための道具において必要な工夫に他なりません。例えば、ボタン操作一つをとっても、画面の向こうを直感的に操ることは日常、キャッシュディスペンサーやビデオ録画や電子レンジの便利さにも繋がることだし、自分の決めたコマンドに対して、確信を持てるレスポンス(反応:例えば「ピッ!」って音がするとか)があることも、ゲームと道具を結ぶ大事な要素だと思います。


モノとしてのゲームがすばらしいところはその目的に近づくための便利さは当然のこととして、何よりユーザーに爽快感や充足感を与えるために存在していると言うところ。どんなに便利で直感的な操作感だって、かっこよくなかったり楽しくないモノは誰も見向きもしないという点がシビアですげえとこなんだわね。


ゲームの仕組みそのものが高度複雑化した98年という現在は、3次元化により現実とほぼ同じ空間を得た自由世界の中で「何をどうさせたいか」「何ができ、何ができないのか」「何が図で、何が地なのか」という点が不明瞭なまま、ハードの性能だけが飛躍的に進歩していくという悪循環の中にいる時期だと僕は考えています。ホントは何でもかんでも自由にできるはずだった夢の空間が画面の向こうに存在するはずなのに、その世界独特の恣意性を持ったデザイン(例えば道路標識のようなもの)が確立されてないせいで、悪戯にゲームというものが煩雑化してしまい、単純にゲームを楽しみたかったユーザー層が徐々に市場から離れつつあります。


その中で打算的ともとれるアプローチが「超豪華な紙芝居」という手法。「ファイナルファンタジー7」なんかがその旗手ですけど、3次元自由空間はもう演出のための一手段なんだと割り切って、ユーザーの行う操作は前時代の2次元のまま。自由なフィールドとシナリオと言っても、一枚絵の中の線状の変化で十分という考え方。映画の模倣として歩み寄っていくやり方ですね。そしてそれは見た目の派手さと相まって爆発的なヒットを生んだのでした。


しかしせっかく得た自由空間をホントの意味で生かした作品というのは今日という日までニンテンドウ64の「スーパーマリオ64」というソフトしか存在しなかったと僕は考えています。完全につくり込まれた3次元の箱庭の中で、マリオはホントに自由に「ストーリーとは無関係のお城の堀に飛び込んでみたり」「与えられた課題とは関係ない場所に行って違った発見をしてみたり」「ただひたすら空を飛ぶことに延々興じてみたり」できたのです。でもそれでさえ、3次元の自由さを借りた研究発表の線を越えることができませんでした。「スーパーマリオ64」はほかのどのソフトより3次元の中で広がる可能性を追求した優れたソフトでしょう。しかしそれが誰の目にもエンターテイメントであり得たかというと少々の疑問が残ります。


それはユーザーがマリオの操作に対して考えなくてはいけない割合が多すぎたという点です。例えばゲームの中で立て看板を読もうとする。「読む」はBボタンだから立て看板の前に立って押してみる。でも立て看板に対しての角度が、コンピューターにとってよろしくないと「読む」ではなく「パンチ」として処理され、マリオは敵もいないのに何度もシャドーボクシングを繰り返すことになります。巨大なクッパに立ち向かう時も、マリオはすばやく後ろに回り込んでしっぽをつかみたいのに、少々の角度が処理に不適切なためにやっぱりシャドーボクシング。ほかにも次々にジャンプしていきたい場所にも、カメラが気を利かせて回り込むせいで、予想外の方向にマリオが飛んでいってしまい、苦労して登ってきた今までの時間と労力を水の泡にしてくれたりと、ゲームにちりばめられた謎やパズルを解くおもしろさより、それ以前の部分で挫折してしまった人は全国にごまんといるでしょう。単純にカメラの回り込みだけで酔ってしまう人もその半分ぐらいいたかも知れません。


で、ニンテンドウ64、3年目にして放つこの「ゼルダの伝説」に話しがやっと行くわけですが、このすばらしさには目から鱗が落ちる思いでした。もうホント、このページのこの紹介も写真だけ貼って「すばらしいからやってください」とだけ書いておこうかと思うくらい「次世代機戦争」と呼ばれた32ビット機以降のゲームの在り方をすべて総括してしまうような完璧さ。「これがゲーム、これこそゲーム」とか勝手にコピーとかつけたくなる感じ。


ロールプレイングゲーム」っていうジャンルがありますね。大抵の場合「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」みたいな「物語があって」「パラメーターがあって」「大きなフィールドを旅する」みたいなモノを指して言うことが多いですが、そもそもは「役割を演じるゲーム」という意味です。画面の向こうでその気になれるゲームっていう意味では、この「ゼルダの伝説」は「世界で初めての3次元ロールプレイングゲーム」かも知れない。


まず操作がものすごく洗練されている。基本的にはマリオの延長なんですが、シャドーボクシング状態が起きないように「Z注目システム」という発明が生まれました。これは、自分の前方にいるモノや怪物や人に視線をロックするシステムです。このおかげで、自分の方に向いていない人を振り向かせて話したり、崖を登る敵にも確実に弓を射ったり、敵の攻撃を左右に避けつつも、体を敵の方に向けて攻撃の隙を狙ったりと、かなり高度なアクションがとれるようになりました。問題のジャンプも、アクションゲーム初かと思うような「ジャンプボタンなし」という離れ業で難なくクリア。ちょっぴりの助走で自動的に崖やなんかを飛び越えてくれるのです。その2つの発明のおかげでプレイヤーは操作性に頭を使うことなく、純粋にそこに込められた謎やパズルやメッセージに没頭できるようになりました。


そしてその謎やパズルに対しても、すばらしい工夫がてんこ盛り。謎を解くゲームなので、話を進めていくと必ず行き詰まります。でもそこに置かれた選択肢というのがものすごく明解。コトバによるヒントはほとんどなく、画面の中に隠された記号をユーザーのひらめきで組み合わせるだけで、必ず道が開けるという、おそらく世界初のビジュアルコミュニケーションを実現しています。「したいと思ったことをためしてみればいい」と開発者の宮本茂は言いました。ホントにそう。他のゲームと違って「何が地で何が図なのか」がはっきりしているので「したいことをする」っていうことがちゃんと選択できるんです。これって、もう大抵の電化製品やなんかをゆうに越えちゃっていると思うよ。


見た目重視なマニア君たちも充分うならせるほど、質感豊かな演出も目を見張ります。日が暮れて月が昇り、やがて空が白んでいくさまなんて、もう外で遊んで徹夜した時の空気の湿り気とか思い出して涙が出そうになった。フィールド上で触れないモノなんてほとんどないしね。広野を歩きながら、白んできた空の下で城の跳ね橋が 遠く静かに降りていくところとか、完全に現実。もう僕はこの世界の住人になってしまいたいくらいです。


シェアの奪い合いばかりに論点がいっているゲーム業界だけど、中身のない数字の争いは早く終わればいいと思う。ゲームにはまだ未知数の可能性が無限に秘められていて、その可能性を真剣に模索せずに人気ゲームの模倣と、無意味なスペックの向上ばかりを繰り返していては、テレビゲームのみならず、道具の未来(イコール「楽しく快適な生活」)そのものが閉鎖的なモノになってしまう。そんな時代に3年もの期間を費やし、満を持してこのゲームを届けてくれた任天堂は、ホントに信用していい会社なんだなと思った。僕はゲームが好きだ。

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