ラヴフール (www.lovefool.jp) このページをアンテナに追加 RSSフィード

1999-04-29 0092

takanabe1999-04-29

ふらり関西→第一部完。

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ふらりと大阪京都などに出かけてみました。木金土日と4日間も。でも写真とか一枚も撮らなかったから、全部嘘とか夢かもね。ん、嘘や夢のような4日間という意味でホントか。いや、どうでもいいね。


ラヴフール・オールスターズと勝手に命名させてもらったけど、ここの掲示板に来てくれてる関西方面の人たちほとんどに会ってきましたよ。お互いにみんな初対面だから待ち合わせ場所は「オレ」以外無理。しかも大阪初体験な僕ちんだから、新幹線の出口とかで待ち合わせちゃいました。新大阪でどうしろっつんだよ。気が利かなくてごみんに。


なんか僕とか超適当な毎日を過ごしすぎて具合とか悪かったんだけど、みんなやさしかったり、社会的に立派だったり、むにむにしてたり、明日デートだったりとかして、わがまま王子様であるところの僕的にかなり喜ばせてもらいました。個性的で、自分のコトバを持っていて、外に開かれた人ばかりだった。不満があるといえば、あんまり長い時間一緒にいられなくて、それだけが残念だったね。このまま朝を迎えてもオレ的にはよかったんだけどね、また次がふつうにある気がしたね。勝手にね。


しかし、自分で言うのもアレだけど、ラヴフールに来てくれる人たちっつーのはどうしてこういい人ばかりかね。なんか単純に温かいし、どきどきさせてくれるし、会って少しでもしゃべるともう他人の気がしません。これもひとえに僕の人柄のみがなせる技だね。だってそれ以外考えられません。いや、うそです。めちゃくちゃ感謝してます。なんか「またこんな風に会えたらいいよね」とか言う前に「また遊んでくださいね」とか言われちゃってめちゃくちゃ恐縮しちゃったんですけど、こんなやる気と決断力のない僕でよかったら、いくらでも付き合いますぜ。


そんなわけで今回のふらり旅を経て、掲示板に来てくれる人はほとんど顔見知りって言うすごい状態になったわけですわ。これってあれだよね、インターネットというよりか、架空の街角状態? なんか大きな国みたいのがあって、お出かけのときに立ち寄る場所みたいなね。なんかホームページを始めた頃に思っていた理想的な世界に辿り着けてうれしいな。まぁ、匿名性とか実はかなりうっとおしく思っている僕ですから、これでここの活動もぐるっと一回り終わったなぁと思いました。第一部完、そんな感じ。つーか、さっさと終われよって話しもあんだけど。


更新とかこれから超適当になりそうだけど、せっかくできた場所を大事にするって意味で、ゆっくりのんびりとやっていきます。よかったら、また来てね。そんで時々は遊んでね。ふふーん。

アニメ「機動戦士ガンダム」

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1972年生まれのボクとしてはやっぱアレじゃん。もろガンダム世代じゃん。プラモデルの発売日とかおもちゃ屋に朝から並んでやっとレジまで辿り着いたら「武器セット」とか「ドダイYS」(ロボットが乗って飛ぶ土台型の飛行機)しかなかった類の経験の話しで1時間ぐらいは盛り上がれたりするわけじゃん。


でもね、最初のガンダム以降、今日に至るまでたくさんの続編とか外伝とかが映画とかビデオで出たわけだけど、なんか普通の男の子的にそういうのはあんまり盛り上がらなかったねい。つーか無視してました。だって他にも恋とかゲームとか部活に忙しかったもんね。若いとお腹も空くし、ロボだけをずっと構っていられるほどロマンチストじゃいられないからね。


だけどアレじゃん。オトナになってから「攻殻機動隊」とか「新世紀エヴァンゲリオン」とかに出会ってそれが世界的に受け入れられたりするのを見ていると、あの作品のメッセージ性とかはともかくとして、やっぱ僕らは「ガンダム」っていう世代上の共通言語があるから、ああ言った「アニメ」という器に盛られた物語が単に子供だけに向けたモノではなく、映画やゲームを始めとする総合芸術の最先端としてすんなり受け入れられるんだよなぁとか思うね。


でさー、会社でこないだ最初のガンダムの3本の映画を見たんですよ。もう何度も見た映画だし、ノスタルジーって気持ちが強かったんだけど、1本目を見始めて15分経つか経たないかのうちに「うぉー!」とかものすごい感動が押し寄せてきました。「こんなん子供の頃見てたのか! すげー!」ってね。


時代が進むにつれ、1秒間に含まれる伝達情報量ってどんどん増えてると思うんですよ。単純にニュースキャスターは昔より早口になっているし、パソコンやテレビゲームのビット数どんどん上がって行くし、ファックスやメールや携帯電話がなかったら、今の仕事ってどんどん遅れていくよね。一言で言ってしまえば、メディアはどんどんめまぐるしさを受け入れてく方向にあるわけよ。人間の処理能力の限界に向けて暴走中って方が正しいのかなぁ。「エヴァンゲリオン」や「ツインピークス」を始めとする「謎が謎を呼んで物語的に収拾がつかなくなる」っていうストーリーを目にすると、膨大な情報に身をさらすって言うのは一種の快感を呼ぶんだなぁとかね、思うね。


だけどそのときボクが「うぉー」って思ったのは、そういう溢れかえった情報の多さじゃなくて、「物語をまっとうしようとする演出の骨太さ」。そこに使われている情報の多さに感激したんです。枝葉じゃなくて幹の太さね。ガンダムの第一話って、機械いじりが趣味の内気な少年「アムロ」が、戦争に巻き込まれる中で、偶然にも開発中の最新鋭のロボット兵器「ガンダム」の乗り込み、操縦も戦闘も未経験ながら敵のロボット兵器達を撃破するっていうストーリー。これって普通に考えてものすごい無理がある話しだと思うの。だけど、それを物語として「見せていこう」っていう姿勢がありとあらゆるところから感じられる。情報のための情報じゃなくて、物語のために世界があるって感じられる。


例えば、アムロは主人公としてかなりの最短距離でガンダムのそばに一人で行かなくちいけないっていう命題がある。すると、そのためにその世界はそれを事実として成立させるためにありとあらゆる協力をするわけです。アムロは一般市民のはずだから防空壕に非難する→でも幼なじみの女の子がまだ来てないから探しに行くと言って飛び出す→爆死した両親を前に泣きじゃくる彼女を発見、勇気づけ、非難を促すも、戦争に対する怒りを募らせる→兵器の研究所に勤めている父に防空壕じゃ設備が不十分だから、基地の中に住民を避難させてくれと頼みに行く途中、ミサイルがそばに落ちる→破壊された倉庫から偶然にもガンダムマニュアルをゲット(!)→父に会うが最新兵器ガンダムの非難輸送のことで頭がいっぱいな父はちっとも聞いていない→このままじゃ住民の安全がまずい、目の前には新型ロボット兵器が横たわっていて、操縦席のハッチが空いているのが見える。と言った具合にです。内気な少年がものすごいテンポの良さで主人公に仕立て上げられていくのが少しでもわかりますか。どきどきが画面の向こうとこっちで一体化していくのを感じるね。


エヴァンゲリオンの第一話もこのストーリーをほとんど踏襲していながら、ここまでの引き込むチカラはなかったね。主人公が事故に巻き込まれて自発的な行動に向かう点では一緒なんだけど、シンジくんの動機付けが「会ったこともない同い年の女の子が怪我をおして戦っていることが見てられなくて」っていう弱さと「巨大ロボット兵器であるところのエヴァンゲリオン自体が生き物で、ウルトラ怪獣のような敵の不可解さと同じような恐怖と不安をあらかじめ内包している」っていう点で意志の自発性が曖昧になっちゃったんじゃないかなぁとちと分析。その居心地の悪さが加速度的なストーリー展開の中で解決されずに終わるのもだいぶつらい感じ。


ガンダムが普通に共感できる物語であるのは、主人公が意志を持って自発的になると必ず奇跡が起こるっていうストーリーテリングの強さだろう。それも「奇跡が起きた→勝利、めでたしめでたし」ではなくて「駆け引きの末の破綻」とか「絶望の中に垣間見た希望の光の弱さ」を軸にその奇跡が起き、痛みを伴って主人公としての成長を強いられ、また新しい事故へと自然に導かれるところ。登場人物それぞれにオリジナルな幸せのカタチや言いたくない生い立ち、行き交う想いがあるところ。万能ロボットが大活躍するのを見て胸を躍らせる自分と、戦争の中でいつ死ぬかわからないっていう恐怖や不安のどきどきがが同居できるところ。メカデザインが本物の兵器みたいだからっていうのは、そうでなくちゃ物語が成立しないので主従で言えば従だよね。デザインって助演俳優みたいなもんだと思うんですよ、僕は。


それらの実現においてガンダムは名作と呼ばれるようになり、事実上それを超えてフツーの男の子をドキドキさせるストーリーって今日まで現れてない。おかげでのんきに今年ガンダム生誕20周年なんかを迎えちゃったりしたわけです。もう20年っすかー、はー。


ちなみに現在、最新作であるところの「ターンエー・ガンダム」が放映中。これがまたすごいので、そのお話を次回ね。

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誰かに許されたぶん、誰かを許す。
涙はいつかやさしさに変わる。

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1999-04-26 0091

CD「鳥が飛ぶ意識」松崎ナオ

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鳥が飛ぶ意識 ― Keep on living in my song
松崎ナオ
エピックレコードジャパン (1999-04-21)
売り上げランキング: 304925

女性ヴォーカリストとかミュージシャンがむやみに溢れてうっとおしい今日この頃ですが、どんな感じですか? 僕的にはスーパーカーのセカンドの発売日に背中合わせでこっそり「宇多田ヒカル」をHMVのレジに運んだ覚えがありますけど、彼女の言い訳のない潔さやええカッコしいじゃないとこや自意識が等身大なとことか、完璧すぎて感想の一文すら書けない感じ。ああいう圧倒的な光の強さで、なんか「女性性」みたいのを訴えたり「私は他の人とは違うの」って顔した輩の目を覚ましてくれたらずいぶん楽になるなぁと思います。非凡な才能って説明が要らないんだよね。サブカルチャーとかね、さっさと撲滅しちゃって下さい。


ところで、松崎ナオです。なんかね。彼女もあれよ。話したことはないんだけど、前から廊下で目が合ってたタイプのそれ。ジャケットの写真とか、選んで拾ってくる言葉の種類がいつもいい感じ。学校の屋上の染みとか、二人でした花火とか、シャツ越しの体温を感じるような、そういう懐かしいやさしさを思い出させてくれるね。デビューしたときから気には掛けていて、タイミングが合えばいつでもリコメンドしようと思っていたんだけど、なかなかみんなにオススメ!って感じにまでいかなかったのね。でも行ったさ、今回。一緒に買ったグレイプバインソウルセットの新作をぶっちぎるかなりの傑作が生まれたね。これがその3曲入りのマキシ「鳥が飛ぶ意識」です。


「息苦しくて笑う 本当はただ会いたいよ あなたの夢を空を 叶えるためただ走る」


「あなたはいないもういない 違う空を目指してる ボクはボクであるために あなたにはなろうとしない」


この曲はシングルで、速いテンポのナンバー。唸りを上げて走り出すリズムギターと、そのリフとは実はあんまり関係ないメロディーのからみとかすごいぞ。なんかブランキーとかに近いかも。詞の内容も抑制のある抽象度で、完成にはまだまだ届いていないもどかしさが逆にいい感じ。女性らしい感性というよりはむしろ男性的な理性部分が僕の気を引くのかもしんない。松崎ナオのファンがどんな人が多いのか知らないけど、案外女の子ファンは少ないかもしれないね。


残りの2曲「passin' away」と1stミニアルバムからのリカット「白いよ。」もシングル曲と対比の利いた、打ち込み系と、しっとりヴォーカル系。この3曲の作るトライアングルがでかくて美しくて、お互いに反響して響き合い、より大きな形を作っているのを感じます。どの曲も「今はここにいない大好きなあなた」を想って歌っているつながり。でもこの人はきっとその気持ちを「本当のことだから」って理由だけで、むき出しのまま相手に突き立てたりはしないんだろう。詞を読むと素直な気持ちをむやみに伝えることがどれだけ鋭いナイフになるかをあらかじめ知っている気がします。さきっちょが微妙に軽く丸めてある。他のミュージシャンとは違う一歩引いた表現ができるのはそうした冷静な判断なんだと思う。彼女にとって「歌」ぐらいのドライな制約と抽象度がフィルターとして必要だからなんだろう。


「もしボクに魔法少し使えたなら あなたの笑顔がもう一度 もう一度見たい青空の中にいる気分教えて ボクはカンタンなコトバで歌にして送るね」


「笑い合った日々 哀しんでた日々も 今のボクには白く光る 何も見えなく 何も聞こえなくなったとしても 今のボクには白く光る」


ビデオもたまたま見かけたことがある。薄暗い部屋でやるせないぐらい小刻みに揺れながら彼女が唄ってた。「あなたはいない、もういない」って舌足らずな声でわめいていた。頼りない少年のような華奢な体に対してアンバランスな感じに目が強く光っていた。美人じゃないけど目が離せなくなるタイプ。特にめくれた唇とそこからのぞく小さく並んだ白い歯。(ちょっと空きっ歯)。がキュートです。宇多田ヒカルウンジャマ・ラミーに続き、ぶうこリスト1999に認定。


たった3曲なのにアルバムを買ったようなスケールと充実感に浸れること請け合い。これで1200円っていうんだから、食事でもしたつもりで聴いてみることをオススメします。以上。

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笑顔でそこから飛び出した。涙で僕を突き飛ばした。
痛くて、うれしくて、そんで、はかなかった。

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1999-04-18 0090

takanabe1999-04-18

テレビ番組「おはスタ」

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おはスタ」って見たことある? 平日の朝6時45分から7時半までテレビ東京系で毎朝やっているバラエティ番組なんだけどね。これがここ2ヶ月ぐらいマイブームですよ。


番組内容としては小学生を対象にした「コロコロコミック」を中心とする文化(テレビゲーム、ハイパーヨーヨー、ビーダマン、ポケモン)を軸に、英会話サッカー、かわいいモノ紹介、クイズ、ラジオ体操(ジムナスティック)、なんかを盛り込んだ勢いのあるバラエティ。でもね、そのエネルギーの向けどころがどう考えても子供向きだけじゃないんだよ。


写真に出ているのは司会の「やまちゃん」と「レイモンド」。彼らの他にスタジオには来ないけど、呼ぶと繋がるっていう距離感で「あけお」っていうタンスを模したCGキャラクターや、怪人ゾナーっていうヘビメタでさむーいギャグを言う寂しがり、たどたどしい日本語で時々突き放すような駄洒落を言うサッカー選手のトム、年齢不詳で10年前のNHKみたいなかけ声(「ラッキー、ベッキー、ウッキーなのだ!)をいう英会話のお姉さんのベッキーがいる。ひとつひとつのコーナーを単体で捉えると、ただの出来の悪い番組と思われても仕方がないような居心地の悪い空気が絶えず流れている。でも全45分を寝ぼけた脳味噌なりに俯瞰して眺めていると、どう考えてもそれらの居心地の悪さが意図的な演出によるモノだという結論に辿り着いてしまう。毎朝訪れるその不思議な気分が癖になってもうずいぶん時間が経つんだよね。


キャラクター達はそれぞれが自分の持ち場に一生懸命で、スタジオの司会の二人や、テレビのこちら側にいる僕らをあらゆる手段を使って盛り上げようとする。でもその気持ちが強ければ強いほど、エネルギーは朝の眠い僕らにはかったるくて、空回りを始める。狂言回しであるはずの司会者の二人でさえ、それらの空回りを助長させるようなひどい反応をする。あるいはさらりと受け流す。


「あなたがそれに一生懸命なのはわかる、でも今は受け止めてあげられない」


そこに描かれるのはそんな悲しくも乾いたオトナ世界の図式。空回りはやがて空中分解して無意味の中に消えてゆく。僕らも会社や学校に行かなくちゃいけなくなるし、朝はたったの一分でも貴重だからです。そんな当たり前で大事なことをこの番組は「コミュニケーションの断絶」として乾いた笑いの中に散りばめている。そんな「一生懸命なゆえのすれ違い」を描き続けるオトナコドモの視点で、今まで無視していた誰かの大事な気持ちにいつか思春期にでもふと気づけることがあれば、もうけもんだよなと思う。特に「あけお」が要注意。

タカユキ ギャラリー

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タックマックのタカユキさんから塗り絵が届いたよ。里子が留学から帰ってきた感じ。よく見えないけど顔もかなりリミックス入ってるね。好き勝手大歓迎。頭ボーズだし。自分の絵がいじられるのって、ちょっとこうマゾっぽい快感があるね。

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おかしくなってもいいよ?と彼女は言った。

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1999-04-14 0089

takanabe1999-04-14

新表紙

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双子シリーズ3作目。気分で更新。今まで全部タッチとかプロポーション違っててすまんね。どれも本物です。今回はクロスカウンターでダブルノックアウト。「あしたのジョー」とかみんな知ってんのかな。体の線や仕草に男のいやらしさがにじみ出ていてちょっと恥ずかしめ。ロリコンって訳じゃないんだけどね。でもブニッとしている女の子は好きね。

世界が終わったり、空が青かったり。

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2、3日暗いとこにいました。視界が狭くなったり、世界を呪ったり、自分の首を絞めたりとか、割と病気でそんな感じ。このラヴフールを今朝の今朝まで閉じようとして、夜通し長い記事を書いたんだけど、途中で誰のためにそんなことしてんのかわかんなくなって、結局何も更新しなかった。そんな灰色で呆然とした頭でふらふらとしていたら、どかんと雷みたいなものに打たれてしまった。眠い目から火花が出て、全身の血が逆流するような、そんなすごい衝撃。それはラヴです。くらくらしてばたっと倒れて目が覚めた。たったそれだけのことで何もかもオッケーになった。単純でアホらしいけど、そんな気持ちのやり取りで生きてんだなぁとか実感。ふと見上げたら、初夏を思わせるすばらしい青空だった。歩くなら前を見よう。

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キスは嫌いだったのに、と彼女は笑った。
なれるなら嫌いになりたいです、と彼女は泣いた。

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1999-04-13 0088(欠番)

世界が終わる

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新しい出会いはもういらない。コミュニケーション恐怖症。おおざっぱすぎて申し訳ないけど、それが今の正直な気持ち。出会いはいつだってかけがえがなく、僕の生活に新しい息吹を送り込む。でもやっぱりネット上の出会いは(という言い方しかできないけど)それだけじゃないんだ。


僕は自分が大事にでき、自分を大事にしてくれる人を瞬時に見分ける弱者の嗅覚のようなものを持っている。そしてその才能によっていくつかの素敵すぎる人たちと、実際の空気を震わせる、電気や電話線のいらない世界で会うことができた。


でもそうして導かれ出会った人たちと、何かを真剣に噛み締めれば締めるほど、どんどんつらくなっていくことに気がついた。もともと運命のきまぐれルーレットとして作用していたワールドワイドウェブというクモの巣は、日常の生活導線とはまったく重ならないところにその魅力があるわけで、温かなものを求める出会いと本質的に同等でありながら、学校で隣のクラスに気の合う奴をみつけたって言うのとは根本的に違うってところが厄介です。


「もっと近くに住んでよ、神様ー!」


 小一時間電車に乗れば会える娘でさえ、電話口でそんな風に言う。


「近いんだからいくらでも会いたいときに会えるじゃん。呼べよ」
「違うの。会おう!って言ってから会うんじゃ駄目なの」
「じゃあ、家がそばだったら?」
「夜中とか会いたいときに会いに行って、ファミコンとかできんじゃん」
「別に今だってすればいいじゃん」
「やなの!」


他愛のないわがままではあったけど、その娘の言いたいことよくわかった。で、実際僕自身も悩みを抱えるのはそんな日々の他愛のない気持ちを、ふつうに処理できない絶対距離にあるのだった。「会いたいときにあなたはいない」。それは悲しいかな事実なんだわね。


だから言ってしまえば、もう新しい風も景色も知識もいらないってな感じ。何もかも全部遮断して、2度と外に出れないようにドアを打ち付けたっていいんだ。それくらいにおかしくなっている。おかしな事を言っている自分がわかる。


でも今以上、「大事」を失うのはもうこりごりです。それは恐れじゃなくて、むしろ突破方向で。飛び出して突き抜けて一緒にもっともっと先っちょに行きたい。「大事すぎて想うだけで痛いから、今まで全部をなかったことにしたい」とかね、一番聞きたくないタイプの結論。だって体中に食い込んでるんだ。切り離せない。もう何も欲しがらない。他に何も欲張ったりしない。だから消えないでいて。ねぇ、ずっとここにいて。わがままでしょう? 仕方ない。だって会いたいよ。空気を震わせてだったらいくらでも泣いていい。気が済むまで泣かせてあげたい。そしたら少しは楽になるのかな。


僕は誰かをへこませたり、元気をなくさせるために生きているわけじゃない。誰だってそうだろう。誰にだって大事な人がいて、大事にしたい気持ちや大事にされたい気持ちがある。誰にもうらまれたくないし、できればちょっとは好かれたい。僕が今日もここにいて毎日を生きているのは、僕に出会うことで誰かの気持ちややる気が昨日よりほんの少しでもやさしく、強く、前向きになれるようにしたかったからです。


そういう気持ちに支えられてこそ毎日が楽しいし、そうやって生きていてもどうしても悲しいことやつらいことが起こったりする。それは一生懸命に生きていればいるほど避けようがない。そして誰かが誰かを完璧に理解して、幸せにし続けることなんて不可能だろうなとも思う。


でもだからこそ、自分を取り囲む人と育むその時間と空気だけはいつも大事にしたいと思った。僕といることでちょっぴりでもやさしい気持ちになれたり、いくつかの大事なことを共感したり、その人のつらい気持ちや悲しい気持ちを少しでも忘れさせてあげられたらと思った。だからその人が発する有形無形のメッセージを一生懸命受信する。答える。何度も何度も確かめる。


ある時は鏡になるし、ある時はライバルになるし、ある時はお父さんになるし、ある時はファービーみたいになったりもする。それがその人にとってすべてを満たすだけのものとはとても思えないけど、何も考えずに発した言葉が時折ナイフのようにとがることぐらいは26才的にわかっているつもり。だから誤解がないように精いっぱい言葉を選ぶし、間違ったと思ったらほんとに言いたかったことをどんなにつたない言葉でも伝えるように努力する。そしてすすんでうれしいことを探す。応援する。たくさん笑う。


そうして生きて時々おんなじ星を見上げる人に出会ったら、またたくさんうれしくなる。ラヴフールはそのための装置として、今日まで続いてきました。でももういいや。ちょっとの間、静かに目を閉じていたい感じ。好きでよく見に来てくれた人、どうもありがとう。1年と半年あまりの時間、前身である「home:takanabe hiroyuki」の頃から合わせて素敵な人にいっぱい出会いました。会社と家との往復だけではけして会えなかっただろう、同じ星を見上げる人たちに、たくさんのものを授かり、その人たちとしか紡げない貴重な時間を紡いだ。その時間を僕は一生忘れないだろう。そしてこれからもそんな時間を望んでくれるなら、時々は紡いでいけるのかもしれないね。ホントは時々じゃ全然いやなんだけどね。今にもにじんであふれてこぼれてきそうです。

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1999-04-07 0087

takanabe1999-04-07

ぼやき

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うーす。オレです。1週間ぶりの更新。待ってたみんなもそうじゃないみんなもありがとね。僕は元気です。なんか最近やる気が全然なくてスマンね。表紙で塗り絵とか募集してるけど、まだ一通も届かないのでかなりすねてます。次の更新は誰かの塗り絵が上がってきてからにしようと思っていたら、危うく閉鎖になりそうでした。勘弁して下さい。悔しいので盛りだくさんの更新をしてみた。だからもうちとかまって。おっさんだからダメ? うーん。

宇出津和仁 ギャラリー

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ウデツ式のうでっちからもらったポストカード4枚セット。短時間でがーっとやったはずなのに、こういう安定感が出せるのは、見ているこっちが安心します。じっくりと時間を掛けた詰めも肝心だけど、可能性を探る暇もなく、初期衝動の勘を信じずには進めないときの方が実際の仕事では圧倒的に多い。そうした中で時たまのホームランではなく、コンスタントにヒットや2塁打を打ち続けるのがプロなんだ、と昔父に言われたのを思い出した。僕は仕事が遅くて有名です。残業代成金? かっこわるい。

映画「バグズライフ」

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バグズ・ライフ [DVD]

バグズ・ライフ [DVD]

ホントにすごいモノに出会ったときは言葉が出ない。なぜなら「すごい」って気持ちは何かを超越したっていう意味合いが強くて、自分の中に対応する経験や似たようなモノに置き換えるボキャブラリーが存在しない場合がほとんどだからです。


このお話しは有名な「アリとキリギリス」をベースに描いたピクサーのフルCG映画。で大抵の人はその文面の中で「フルCG」って言葉に一番反応するんじゃないかと思います。確かに10年前までCGは映画の演出上、最も重要とされる部分にほんの数分間、用いられるだけでなんかすごい手間とお金と時間をかけた珍味のように丁重にもてなされたものだった。でも99年という現在、CGっていうのは豪華で変わった演出ではなく、あくまで便利な筆や特殊メイクやカメラのひとつとしてふつーの存在になりつつあります。高速で安価なパソコンができてきたことで逆に今までの映画では考えられなかった個人作業と小さな資源でゴミも出さずに大きなヴィジョンを完成させることができるようになったしね。モニターの向こうの空間ではそれこそ重力や天気、カメラの取り回しなんかに振り回されない完全自由空間が拡がっているわけだから、あとはもうセンスでしょう!って時代がついそこまで来ている訳ね。


で、トイストーリーを機についに100%モニター上でできてしまった映画っていう時代が来たわけ。これはその後の進化を望むべく第2段って言うのもまぁ、お話として間違ってないよね。でもこの際、その辺は一切切り捨ててしまえ!と僕は言いたい。それはここで使われている技術が半端なモノだから目をつぶれっていう意味じゃなく、初めて生まれた「技術を見なくて済むCG映画」としてあまりに完成されているからです。


偉い誰かの言葉で「究極に進化した技術は魔法と区別が付かない」っていうのがあります。あまりいい例えとは言えないけど、自動ドアの仕組みとかって普段あんまり考えないじゃない? それはアレが便利な道具として直感的な部分で不便や不自然を感じないほど洗練された姿だからだと僕は思うのです。例えば、ビデオの留守録に失敗すると「操作がむずかしすぎるんだよ!」とか「予約項目を画面で確認できなかったせい」とか「テープの残り時間ぐらい表示してよ」とか様々な不満が生まれて、とてもじゃないけど「魔法」なんかじゃいられないわけね。この「バクズライフ」は技術の上ではかなり魔法レベルに到達しています。なんかもうそういう世界がそこにあるとしか思えないと言う点ではある意味「実写」かもね。で、いやらしくないんです。技術のひけらかし展覧会とかになってない、物語のための技術っていう在り方が徹底されていて美しい。光の過剰な扱い方とか、異常なアングルのカメラワークとかに走らないで、骨をしっかりつかんで、そこにだけ力をそそぎ込めるのは、まさにオトナのなせる技と言う気がします。


物語としてもあらかじめ子供とオトナが混在して見ることを想定してあって、「セサミストリート」的なおもしろさと「ファミリータイズ」的なおもしろさがうまい具合にミックスされた脚本は、ほんと感服モノ。どちらにもこびないでどちらも満足させることなんて机上の空論だと思ってたんだけどな。できるんですね。


作品としての無駄のなさや完成度はもちろんとして、エンドテロップにおまけ映像が付いてくるんですわ。それは先に言ってしまうと「CGキャラクターたちのNGカット集」なんだけど、この洒落で、この制作者たちがどういう意識でこの作品を作り上げたかよくわかった。任天堂技術者が以前こんな事を言っていたんです。「よく、どんな仕事をしているのかって聞かれて、多分ゲームソフトを作っているって答えるのがわかりやすいとは思うんだけど、我々はこう言うことにしています。向こう側を見るブラウザをつくってるって」


僕はこれを聞いたとき本気で涙がこぼれた。「画面の向こうに世界をつくっている」のではなく、世界はすでにそこにあって、それをどう便利に快適に見させるかっていう仕組みを作っているという意識の高さ。バグズライフのエンドテロップもまさにそういう文脈から生まれた洒落に他ならない。これって「まるで生きているみたいに人工のモデリングを演技させて映画風につないだ」んじゃなくて「彼らはあらかじめ生きていて、彼らの主役に据えた映画を撮った」んだって言う意識の現れですよね、間違いなく。そんな映画がすごくないわけがないじゃない? 見に行けって、今すぐに。

にじんでこぼれる(光)

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光の速度で飛んでいった。結婚前夜の憂鬱と奇跡の桜。2回も空に駆け上がって、大事な温度を確かめ合った。あやふやな夜をぎりぎりでやりすごして、蜻蛉みたいに儚くて燃えるような時間のむこうに薄曇りの朝。そんな時間の悲しさには覚えがあった。


聞き分けのない女の子のように泣き散らかして、ぱさぱさになった気持ちを冷めたブレンドのわきに端からていねいに並べてみせた。もう同じことを繰り返すのはごめんだった。抱き締めたいのは温かく柔らかいそのカラダだけじゃなくて、求めているのは数字で割り切れるような硬質なものでもない。わがままで、自堕落で、愛くるしい、そんな圧倒的な力に任せたこの想いは、誰よりも君に通じると思ったんだ。


やがて謝るようにしてはにかみ屋の天使が笑った。僕はそれでやっと下界に帰る勇気を授かった。今、羽を失ったら、2度とこの景色を見れない気がしたから。


はめ殺しの窓を雨が叩き付けていた。僕は眠りの中でもその手を離さなかった。久々の重力に声もでない程疲れた僕に、天界からの鈴の音


「もう、声が聞きたくなっちゃった。恥ずかしいね」


恥ずかしいもんか、と僕は思った。景色に色が表れて、やがて雲間から強い光が溢れ出した。

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求めすぎても、求めたりない気持ち。

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1999-04-01 0086

takanabe1999-04-01

はなちゃんからの手紙。

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HANA ROCKSのはなちゃんからベックのテープとお手紙をもらいました。さんきゅー。最近こんなんばっかです。甘やかされるのっていいなぁ。つーか、僕の場合、日常でも相当甘やかされて育ってますからね、大抵の親切は当たり前とか思っちゃっている不届き者ですけど。


ベックとはレコード屋で何度か目が合った。だってあいつこっちずっと見てんだもん。ぜってぇ意識してたよ、オレのこと。まぁ、ライバル心燃やす気持ちも同性としてわかんなくないけどさ、なんかこのまま変な意識をして一言も口きかないで高校を卒業するのもいやだったんで、はなちゃんのココロやさしい気持ちがいい助け船にはなったよね。おかげで僕とベックは無敵のバッテリーになって、3年の夏にはまさかの甲子園優勝を達成できたのでした。(?)


僕はもうここ数年間洋楽から遠のいてしまっているし、ベックのことは今までどんな作品を経てここへ辿り着いたのか、全く知識がない状態での初耳だったんで、あんまり多くを語りたくないんだけど、あれだな。あのね、この人、いい人。それだけはちゃんとわかるよ。体温がある。それも汗くさいくなくて「根性!」とかって書いてない方の、やさしく包まれる体温。それと余裕を強く感じた。なんか「自然体」とかをいきなり理想に掲げちゃっている人とかいるじゃない? そういうんじゃなくてこう排気量のでかい高級車がスッとホテルの玄関に音もなく停まるような、そんな余裕。ドアの「カチャリ」って音だけでぞくぞくするようなさ。ぜいたくな感じ。余興って言い方が一番近いのかも。なんか全力疾走してないし、だらけてもいないんだけど、楽器とか筆とかってさ、どんなにひどいのを使っても使う人が使うとそこに魔法が宿る瞬間があるじゃん。チラシの裏に書いたってプロの絵はうまいわけで、マックを買ってもCGデザイナーになれるわけじゃないみたいな。選ばれた人の作る音だなと思いました。これからもうちょっとよく聴いてみます。ありがとね。シアワセ。

漫画「七夕の国」 岩明均

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物語のジャンルのひとつに「ミステリー」と言うのがあって、僕はそういうジャンルを片手に収まるほどにしか目にしたことがない。だって怖いの苦手だからね。だからその筋にはまったく知識がないんだけれども、僕なりに思ったことがあったのでそれを今日は話します。


例えば、あなたの好きな物語を思い出して下さい。その物語を好きな理由のひとつに「その世界に引き込まれたから」とか「主人公の気持ちがすごく分かるから」っていうのがあると話が早いです。それって「その物語を司る世界秩序がちゃんとしてて、その一端に自分が触れたことで、その世界の広さが自分の普段体験している世界の広さと同等以上だった時に初めて起こる感覚」なんじゃないでしょうか。いきなり結論まで飛んだけどね。


僕は「ゼルダの伝説」で草原を歩きながら朝を迎えてしまったときの青白い光や空気、ドラえもんが未来に帰ってしまったあとのがらんとした静かな部屋、松本大洋のマンガに出てくる藤沢近辺や江ノ電なんかに、すごく現実感を感じます。きっとその風景に「対応する経験」が深く肉体に刻まれてるからだと思う。


ミステリーの構造というのはそのざわざわとわき上がる現実感を「恐怖」や「不安」に置き換えたものだと僕は思います。


この物語は手から球状の光を飛ばして、その球体に触れたものを消し去ってしまうと言う超能力を持ったある村の血筋と、そこにまつわる不可解な七夕伝承を解いていくと言ったストーリーです。何の役に立つのかわからない、でも人を殺す道具にもなりうるその不気味な能力を軸に、どうにもやる気のない大学4年生の主人公が巻き込まれ型でその恐怖の端に触れ、村の不思議な伝承からやがて一本の事実らしきものと、今この世界を生きることの価値を見いだすまでを描いています。


たった4巻で終わってしまい、計算ずくだったのかそれとも打ち切りだったのか判断が付かないんですが、こじんまりとした長さが変に余韻を誘うね。1.2巻のだるさと対照的な終盤の方の、謎が一気に解けてヒントが線状に繋がっていく様は、なんか高等な数学理論の話を聞いているようで、精緻な故のロマンティシズムを感じます。ちょっと僕の生きているようなのんきな世界からは想像できない、かっちりとした揺るぎのない秩序の世界がどこかにあるって思わせてくれる。それだけでもう僕なんか充分にミステリー。妄想は作品の枠を越えて一気に宇宙を駆けめぐります。


その昔「ヴァーチャル・リアリティー」ってなコトバが流行って、僕は就職活動なんかをしている美大生だったわけだけども、たかがコンピューターの性能が少しばかり上がったからって声高にそんなこと言わなくても、本や映画などを始めとする優れた物語はもう既に「仮想な現実」を手に入れているので、メディア自身の性能とそこで起こせる「仮想現実感」というのは、必ずしも比例しないなんて話しを面接官相手に鼻息荒げにしたのを思い出したよ。リアリティっていうのは例えれば、投げた石がそれにぶつかってこつんってちゃんと返ってくることなんだ。かっちりしたお話は、それだけで石の存在や質感やや色や重みさえ、僕に想像させてくれる。触れる訳じゃないのにね。


物語を感じたいって思える人は手に取ってみることをおすすめします。怖いけど。

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飛び交う、ときめく、すべてを越えて届きだす。
細胞が目を覚ます。むずがゆくてたまらない。

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