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1999-07-30 0112

ふたりぐらし

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3日続けて更新ですよ。もう無理。バトンタッチ。今日はね、2年前にここの企画で行ったメール対談の再掲載です。なんか読み直しておもしろかったので、ラヴフール以降のお客さんにも読んでもらったらどうかと思いました。この続きもあるけど、この回だけで十分過ぎる感じ。ぎこちない僕の司会ぶりは目をつむっていただいて、がっちり受け止めてみて下さい。ではどうぞ。


往復書簡「ふたりぐらし」第一回
タカナベヒロユキ × シマネヒロシ

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シマネヒロシ
こんばんわ。
っていうか、今朝まで会ってましたけど、お疲れさま。
朝まで遊んでもらったのは(そして挙げ句の果てに送ってまでもらったのは)
12月の6日以来ですよ。おぼえてます?
デニーズで宇宙の話とか、未来の話をしたときのね。
あの日は僕の誕生日だったんで日付までおぼえてました。

さて、第3回を迎えるこの往復書簡シリーズですけど、
テーマとして今回「結婚」などを選ばせていただきました。
シマネさんは僕より6つ年上で、僕と同い年の奥さんがいるという
人生上の先輩ってことで、僕のまだしていないイベントである「結婚」について
ちょっと聞いてみたかったのです。
でも「結婚」がテーマだ、とか言うと何か重いので
「ふたりぐらし」というタイトルにしてみました。
自分じゃない人と暮らす生活そのものにむしろ焦点を置きたいという
気持ちなどを込めてみましたが、その点どうでしょう。

まず疑問なんですけど
「結婚」というのは誰のためにするものなんでしょう。
自分がいて、恋人がいて、一緒に暮らしたいという気持ちを実行するだけなら
それは同棲でも事足りますね。
でも籍を入れたり、名字が同じになったり、おめでとうとか言われたりします。
なんで?
まるでお嫁さんの両親のためにしているみたいな風にさえ聞こえます。
そう言うもんなんでしょうか。

そして、そのきっかけだわね。
すごおく好きな同士の相手がいて、そういう関係が続いたとして
いつ「じゃあ、しよっか」って話になるんですかね。
なんか夕日が海の向こうに沈むみたいに「あ、今だな」って時が
必ずやって来るもんなんでしょうか。
それとも、なんかこう周りからの圧力とかが強くなってきて
面倒が増えてくよりは、この際、社会的にはっきりさせとこうみたいに
なるのかな。

なんか、書いてみて気がつきましたけど、僕は結婚に対して
かなり懐疑的ですな。
けっこう結婚願望強い方だと思ってたんですが、昔は。
でも25才という今の年には、他に(他にと言うと比べているみたいで
気が引けるけど)やんなくちゃいけないことが多すぎて、
まだ、怖いやというのが、本心です。
子供欲しいとかもまったく思わない。
女の子で最近「子供だけでも欲しい。相手なんか誰でもいいから」
みたいことを言う人をわりと身近な距離でも見かけます。
そういうのもすごいな。
「好きな人と暮らせなくてもいいから、子供だけでも」と言うような
演歌っぽい思想じゃないところが、僕の理解の範疇を越えていて
かなり未来って感じ。
「出産」が女の子の生理である以上、
何を言っても僕の勝ち目はないなと思います。
もっとも勝つ気もないですが。

女の人が、いつか母になるように、
恋人と妻というのは、もうなんか別の生き物ぐらい違ったりしますか。
男の人はお父さんになっても生理的に変化がないので
その辺らくちんそうに見えます。
仕事で家と切り離された場所に行けるっていうのもウェイトが大きい。
どうも、結婚とは女の人の方が負担が多いような気がしてきました。
なんか大変そうだ。女じゃなくてよかった。

なんか結婚とかに夢がもてる部分とかあったらぜひ聞かせて下さい。
できれば「同棲」だと無理な幸せがいい。
もう今すぐ恋人の手を引っ張って教会に行きたくなるような
そんな話があったら素敵だなぁ。

これからあと3回、どうぞよろしくお願いします。

タカナベさんへ
こんばんわ。
土日はメールを見なかったので、返事が遅れてごめんなさい。

さて、ついに始まりましたね。
「ふたりぐらし」って言うテーマについては、
おそらくタカナベさんの身近ではオイラが適任なんじゃないでしょうか。
でも、求めているようなイイ事を話せるかどうか。
まあ、よろしくおねがいします。

では、まず質問の答えから。
「結婚」というのは誰のためにするものなんでしょう。

これは、色々なケースがあると思いますが、
とりあえず、オイラの場合は、「自分のため」でしょう。
ただ、その「自分のため」と同じ位のウエイトで、「彼女のため」
という事も言えると思います。

恋人同士の時のよい関係のままではなく、
もっとよい関係になりたくて「結婚」をしました。
たぶんオイラより、彼女の方が結婚願望が強く、
結婚の先には”もっとよい関係”があるものだ、と信じていたと思っています。
これについては、最初オイラは否定的で、あまり結婚願望が強くても
その先には結婚に夢を抱きすぎた絶望感が待っていると考えていました。

しかし、何年かつき合った結果
(いつを境に結論を出せたかはよくおぼえてません)
そんな、世間一般の俗的な考え(結婚適齢期など)や、
なにも結婚に限ったことではないが、
いろいろと解った風な事を言っているうんちくヤロー(最初の自分も含む)
などの考えを超越したところまで、自分の気持ちが行き着いた気がしました。
それは、言葉で説明するのがかなり難しいと思いますが、
オイラ的に言わしてもらうと、「一体化」かな。

好きな人と一体化したいと思う気持ち。

だから、それは結婚という形じゃなくてもいいといえばいいんだと思う。
例えばそれが、同棲でいいという人はそれでいい。
だけど、オイラはやっぱり考えられる全ての手段でつながっていたいと思った。

なんか、最初は恋をして想いがつのったりするじゃない。
そしてもうこの気持ちを伝えずにはいられなくなる。
ドキドキしながら、想いを伝える。
これが、第一段階の一体化。

はじめてのデート。
て・て・手なんかつないでみようかな。
第二段階。

ああ〜キスしたい。
なんて、第三段階。

人間には五感があるじゃん。
その全てで恋人の存在を感じようとする訳。
言葉だったり、キスだったり、SEXだったり。
で、その第百三十五段階目が結婚という手続き。
これで、二人の間は考えられる全ての手段で一体化した。

でもこれで終わりじゃないんだな〜。
オイラも最近、経験した出産。(奥さんが出産したんだけど)
子供ができて、なんか血のつながりができたみたいな感覚。
もしかして、これが第百三十六段階目の一体化かも。

まあこんな感じがオイラの素直な気持ち。
(こんな気持ちを彼女も感じてくれてたら幸せかな。)

でね、結婚のきっかけについてはこれがよくわからないんだ。
彼女の事が好きという気持ちが強くなればなるほど、
「結婚」の方から近寄ってきた感じ。
タカナベさん。
「結婚」という字、どうみえる?
オイラは最初、「結婚」という字は冷たくて、硬くて、色で言うとブルー
(SP207位)に思えてた。
でも今は、なんかポンワカしてて、上に乗ると弾みそうに見える。
オイラだって急にそんな風に見えだしたんじゃないと思う。
彼女とつき合っていく日々のなかで、少しずつグラデーションがかかって
そんな風に見えだしたんだと思う。
だから、それに気がついた時が、「あ、今だな」って時かも。

それから、タカナベさんの言ってた
女の子で最近「子供だけでも欲しい。相手なんか誰でもいいから」
なんて考えてる人は、結局、恋人と感じるはずのつながりを
血のつながりでしか感じる事ができない悲しい人かも。
そういう女の子を根本から変えてくれる人が現れてくれるといいのにね。

最後に恋人と妻というのは、もうなんか別の生き物ぐらい違ったりしますか。
という問には、オイラ的にはこう答えておきましょう。

恋人と妻はオイラの中では完全に一つのものです。
それが母親になったいまでも、
そうだなあ、恋人という言葉でひとくくりにしてもいいかもな。

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1999-07-20 0111

CUBIC診断

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2日続けて更新ですよ。忙しいときこそ更新! なーんつって意味なく威張ってみたりして。今日は性格判断のページを見つけて、ふふーんてな具合にチェックボックスをいじっていたら、なんか今までで一番かもって思うぐらいぐさっと来た診断書が出てきたので、載せてみたよ。僕を知っている人なら「お!」って絶対思うはず。どうどう? あたってるよね。これを読んでる君も是非チャレンジして、結果を僕にめいるなどしてみて下さい。どれだけあたっていたかも教えてくれるとうれしいなぁ。

性格判断のページ→→→

CUBIC診断結果

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あなたの性格・パーソナリティ



 思索型    内閉性 : 社交意識が低い   ****************   78

        客観性 : 思考的思慮深い   ******************  87

 活動型    身体性 : 機敏な・気軽な   ******        26

        気分性 : 感情のまま行動   ****************   77

 努力型    持続性 : 几帳面・忍耐力   ****         20

        規則性 : 常識的・順法的   ********       38

 積極型    競争性 : 勝気な・積極的   *****************   83

        自尊心 : 気ぐらいが高い   ****************   79

 自制型    慎重性 : 見通しをつける   ********       36

        弱気さ : 取越苦労・遠慮   ************     58




●あなたのパーソナリティスケッチ●


自分も含めて環境をあるがままに客観的に捉えようとする傾向が強く、物事をじっくりと考え自分なりにキチンと把握しようとしています。そのための知識や情報収集には積極的といえます。しかしそれは、独自な価値観を形成させるためのものといえます。また、社会への関心があり、他人への配慮もみられますが、あまり人情的にのめりこまず、理論的な話の展開や発言をすることがあるので、冷静すぎるという印象を人に与えることがあります。一方では、困難に遭遇すると他に働きかけ、外にうってでる積極性があります。負けず嫌いで人と競争する場面になると、実力以上の成果をあげることもあります。目立ちたがりで、勝気な面もあり、自分が周囲から評価されることに満足感を得るというところがあります。自尊心が強いために、自分のプライドを傷つけられぬよう細心の注意をはらっています。他人から批判されたりすると、他罰的傾向や感情的になってしまい、いつものペースを乱してしまうことがあります。しかし、そうした短所についても、自分でしっかりと把握することができています。

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1999-07-18 0110

アウトプット

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はーい。ちょっといいかぁ。センセの話し聞けー。ほら後ろー。一度しか言わないぞー。今日はね、なんかずごいことで人に認められちゃう方法をずばり教えちゃいますよ。


その1:誰よりも詳しいこと、知らないことを誰にでもわかる言葉で楽しく伝える。
その2:誰もが知っていることを、誰も知らない視点や言葉で新しく感じさせる。


例がないと説得力がないのでちょっと解説。「その1」は自分の経験や趣味を生かして、その筋のマニアやオタクにとどまらないポップ化の扉を開けようって言う姿勢。みんながそんなに詳しくないことをそこら辺のおばさんにでもわかる表現に置き換えるってことだわね。例えば宇多田ヒカルR&Bのような関係。R&Bなんて言葉を知らなくたって、自然に体が動いたり、口ずさんじゃったりね。


「その2」は既成概念を壊すという姿勢。あまりに身の回りに溢れているが故に、勝手に当たり前と言うことになっているものの在り方を、もう一度ばらばらにして疑ってみる。そんで必要なものだけで再構成したら、構成要素はありふれていても、それは既に世紀の大発明かもってこと。例えば、iMac。白くないってこと以外そんなに今までのパソコンと変わりないのに、なんかすごくお洒落で便利そうに見えちゃったりね。切り口の魔力ですよ。


たまたま例が派手なんで「そんなのできねーよ」と言われるかも知れないけど、ホームページを作るぐらいのやる気があれば、きっかけは無限にある気がすんのね。稼業のことを専門用語抜きで丁寧に説明してあげれば、あなたにはそれほどおもしろくなくとも、一般的におもしろいことのひとつやふたつあるだろう。経験談の中から普遍的なことわざでも導き出せたらもうこっちのもの。例えそれがどこかで聞いた安っぽい言葉だとしてもみんなには経験に裏打ちされた輝かしい言葉に見えることでしょう。


また出産や失恋便秘やセックスや毎日食べている食事について、あなただけの視点や言葉で書けば、どんなに脱線していってもテーマが普遍的なので大抵の人には共感できるだろう。この場合は説明よりも脱線ぶりが表現として重要。


つまりは入り口の狭いものを広く入りやすくしてあげるのか、あらかじめ広すぎるものから他にどこにもない異世界へと連れてってあげるのかっていう二択だということですな。それを意識するかしないかで、自分から出ていく「アウトプット」は確実にピントが絞れてくると思うよ。

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1999-07-14 0109

写真

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写真を全然撮らなくなった。一眼もデジカメニコンの結構いいやつ持ってんのになぁ。実はカメラ自体はけっこうよく持ち歩いている。そして感覚を鋭敏にして「すきあらば激写!」って思ってんだけど、実際は鞄の中から出ても来ない。


高校生、大学生の頃はフィルムが何本あっても足らなかった。それこそ今の女子高生並みに様々な日常をファインダーで切り取っていた。モノクローム・フィルムなんか手っ取り早く雰囲気が出るんでウキウキした。そうして外化した「自分だけの瞬間」や「視点そのもの」を客観視して、即席な絵画や物語としてなんかわかったような気になっていた。意味のない、断片から組み上げる逆説的な日常。状況証拠ばかりのパーソナリティー。なんか今思えばテーマのないホームページみたいだったかも。


だけど、それももうやらない。特にスナップ写真を撮らない。なんか近い未来に「今」という過去を思い出すために小奇麗なしおりをせっせと作っているみたいでやるせない。例えば大好きな作家が新しい本を出したら、静かで落ち着ける場所でゆっくりとその物語を噛み締めたいじゃない? 間違っても満員電車の中で蛍光ペンや付箋を片手に「お、ここ使える!」とかって読み方はしたくない。素材を切り刻んだり再編成するのは自分の中で消化、熟成してからっていう意識もある。それよりもまず五感で楽しみたい。嫌な気持ちと言うのはその作業によって二度と来ない「今」が損なわれてしまう気がするからだと思う。僕らは「今」以外の時間を生きる事はできないし、大事にできるのは「今」以外ないからだと思う。


だから、最近の僕や僕の友達が写っている写真っていうのは、その時一緒にいた人が気まぐれで撮ってくれたものだ。笑っているもの、つまらなそうなもの、眠そうなものさまざま。そこに写っているものを眺めていると途端にその日の事が溢れ出してくる。テーブルの上の紅茶の味や、雨の匂い、あるいは伝えきれなかった想いなんかも。


写真にはそういった気持ちの部分までは写りにくい。「写りにくい」と言うのは関係者以外に直感的に伝わりにくいってこと。しかし印画紙に焼き付いたたくさんの光は「事実」を記録しているので、時には気持ちとすり代わってしまうこともある。それもなんかちょっと悲しい。


だから小奇麗なしおりを作る暇があったら、まず目の前の現実を印画紙やファインダーじゃなく、ココロやカラダに直に焼き付けたい。額縁に収めた程よい客観視じゃなくて、少々の勘違いでも思い切り主観でいいと思うのね。それをちゃんと受け止めて、溢れ返ったそれらが何かに向かって収束を始めたときに、僕はまたカメラを手に取るんだろうなぁと思った。

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1999-07-13 0108

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雨の季節ですね。雨の日はいろんなものの輪郭が甘くなるので好きです。やさしい感じがするじゃんか。ぼかんぼかん赤や青の紫陽花アジサイ)とか咲いちゃってるし、水彩画っぽくてね。


あとミルクティーも好き。雨の日は熱いミルクティーと読書がいいね。それもなるべく冗長で退屈そうな恋愛小説とか、子供の頃、歯医者とかで読んでうろ覚えのマンガを端から読破とかね。


仕事さえなければ、雨の日は結構好きなんだ。デートの待ち合わせしてもさ、ちゃんと傘を持ってきているのに、女の子が僕が傘を開くのを待ってたりすんのね。それを背中あたりに感じて、後ろからそっと滑り込んできたのを入れてあげたりとか、かわいいなぁ。傘を持った手に腕を絡ませた方が収まりがいいのとか、グッと来ますね。グッ。触れ合った肩越しにお互いの体温とか感じちゃったりね。きゃー!


そんでバスに乗る。あてのない場所に向かって一番後ろの席にでも座ろう。でも何にもしゃべらない。遠くばっか見てる。時折ため息までついてしまう。でも手は放さない。ずっと放さない。このバスがどこに行くかは知らない。終着点が目的地じゃない。それが楽しいことかもよく分からない。でも雨に溶けては後方へ流れていくる薄紫色の景色を君と眺めていたいと思う、そういうぜいたく。

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1999-07-12 0107

映画「菊次郎の夏」

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菊次郎の夏 [DVD]

菊次郎の夏 [DVD]

北野武の新作映画「菊次郎の夏」を見てきたよ。カンヌ映画祭正式招待作とあってですね、もう「スターウォーズ」なんか目じゃないくらいの壮大な歴史超大作って言うのはもちろん嘘で、ほのぼのしたいい作品でしたよ。


北野監督の作品は代表作「HANA-BI」を始めいくつか見たことがあるんですが、観察する視線とか、言葉にならない言葉とかね、そういうことを省略しないでメインに持ってくるところがすごいね。で、うかうかしてるとバンバン人が死んじゃったりするリズム感のコントラスト(=対照。対比。(写真用語) 被写体あるいは映像・画像の最明部と最暗部との明るさの比)が鮮烈。でもそこに頼りすぎちゃっているかなぁとも思ってたんですよ。


このお話しは写真でしか見たことのない母親を探しに、ちょっと自閉症気味の少年が近所のチンピラ風のおじさんに連れられて、夏休みを旅するというストーリー。いままでのコントラストバリバリの作品に比べれば、もう北海道の一本道のように穏やかで平坦な感じのお話です。ひねりもなければ、クライマックスもない。でもその選択を今というこのタイミングでした北野武はホントにすごいなぁと思った。


武の演じるチンピラ「菊次郎」はかみさんに頼まれて仕方なく、少年を連れていく。でも全然少年の境遇になんか興味ないので、預かったお金はソッコー競輪に消えちゃう。後はロードムービーさながらの行き当たりばったり旅行って寸法。タクシーをジャックしたり、畑のトウモロコシを盗んだり、ヒッチハイクしたり。でもその中で少しずつお互いがうち解けてくる。ホントの親子風になってくる。


そういうお話しは古今東西もうあきるほどあって、そういう定型文の部分でこの映画を持ち上げるつもりはない。北野監督が「母を訪ねて」ってなテーマを撮ること自体、ある意味リミックスな作品とも受け取れる。制作者がストーリーに没入していない分だけ、作品には客観的な強さが色濃く出ている。その距離感が美しい。


特に目に付いたのはココロの交流を描きながら一度も泣かせようって場面が出てこないこと。出てくるのは悲しいぐらいに情けなかったり、寂しがりな分だけやさしいオトナ達。悲しさを隠すためのバレバレな嘘や、そばにいる時間に襲ってくるかすかな孤独感。そう言った繊細で鮮やかな記憶のような時間がこの映画にはたくさん詰まっている。情けなさに吹き出して、なんか気がつくと涙がにじんでる。それは思い出としての「夏」そのものにオーバーダビングされていくかのような体験。ノスタルジーではないこの「いつかの夏」に、僕は言葉にならない想いをそっと抱きしめられたような気になりました。見れ。

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1999-07-06 0106

東京タワー

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東京タワー好き? 僕は好き。海や散歩やお昼寝のように好きよ。なんかね、そこに行けばずっと立ってるじゃん。暑い日も寒い日も晴れの日も雨の日も雪の日も。足下に立って勇ましい姿を見上げるのもいいし、遠くからミニチュアみたいな姿を眺めるのもいい。ビルの谷間でオレンジに光ってんの。


東京にもう何年も住んでいても東京タワーに行ったことない人はたくさんいる。名所なんか遠くから来て少しの時間しかそこにいられない人が、要領よく思い出を作るため(思い出しやすい思い出を作るため)にだけ行けばいいんだって言うのは確かなことだ。そして単に高いところに昇るってだけなのに結構お金が掛かるのも事実。(高い方まで昇ると2000円弱)。でも僕は年に数回は昇る。そしてその度にいつも違う気持ちになる。景色とはいつも関係のないことを考えてしまう。


一番最近に思ったのは「トモダチ」という領域のこと。僕は昔のトモダチに全然連絡を取らないんだわね。まー面倒くさいだけなんだけど、それよりもまずホントウに安心して信じているわけです。今日も、明日も、あなたがちゃんと今を生きていて、そこでほんの時々は僕を思い出したりしながら、次に会ういつかに僕と同じだけ成長しているかっちょよいあなたがいるはずだってところ。それはもうなんつうか絶対的な安心であり信頼なわけです。つまりは東京タワーが僕の知らないときもちゃんとそこにいてくれているように。


今日は大学から会社に入ってまでの数年間、共にいろんなシアワセのカタチを考えたフクダケイと、同じく大学時代にたくさんの喜びや悲しみを分かち合ってくれたイチカワアヤコさんの結婚披露パーティーだった。彼らを中心に集まった二十数年間分の友人達が彼らの門出を祝った。集まった人たちの顔ぶれを見れば、彼ら二人がいかに今という時間をちゃんと生きてきたかがよく分かった。だって目を見ただけで毎日を楽しくかっこよく生きていそうな人たちばっかりだったから。それに囲まれているふたりがシアワセじゃなかったら、こんな空間はけして生めやしないのだ。僕なんかそのシアワセぶりにジェラシー感じて何度も「いーなー」とかゆっちゃいましたよ。くやしいからもっかいゆっちゃおう「いーなー」。


以前コイビトだった人から割と最近手紙をもらった。そこには「私は少し離れた空の下であなたとの知らない人と今は暮らしているけれども、あなたと同じ今をちゃんと生きてる。あなたと過ごしたあの時間を今でもありがとうと思うし、たぶん永遠だと信じている」と言うようなことが書いてあった。僕はそれを読んで、そのあまりのカンペキさにめまいがしたよ。別にそれはコイビトだけに言えることじゃなくて、自分に関わってきたすべての人に言えるありがとうだと思った。


いろんな大事な毎日があって、同じ今は二度と来ない。そんな中で時々にしか思い出せないけど、東京タワーが好きだよ。僕がくたくたになって干からびているようなときもちゃんとそこにいて輝いてくれている。一日もさぼらずにぴーんととがっている。トモダチにそうあって欲しいと思うように、僕もそうありたいと思うのです。いつもそこにいて、ちゃんと天に向かって伸びているってことをみんなが安心できるようにね。

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1999-07-03 0105

「ポケモンスナップ」

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ポケモンスナップ

ポケモンスナップ

やさしくありたいのである。なんかさー、「ゲームって文化である前にまず玩具だ」って考え方、僕はかなり好きなんですけど、一度「玩具」だと思ったときに、あまりにココロナイゲームって最近多くないですか?


あのね。こないだテレビでやってたことを鵜呑みに言うんだけど、最近のコドモってキャッチボールができないらしいよ。野球の話ね。しかも、投げるだけならフォームもしっかりしていてスピードもコントロールもいいんだって。だけど、ボールを受け取る側になった途端、おろおろと無様な格好になって、ふつうにキャッチできなんだそうな。ボールは投げるより受け取る方が、脳が行う情報処理としては桁違いに多いっていうのが理由で、その処理自体に最近のコドモがあまり頭を使ってないことが原因。


で、それを見て僕は全然違うことを考えていたんですよ。ゲームとか漫画のようなコドモ文化を少し大人の目になって見てみると、受け取ることより、好き勝手に発信することを「快楽」を理由に奨励しすぎてんじゃないか? そう思いました。


例えば、「ザ・ハウス・オブ・ザ・デッド」というゾンビが出てくるガンゲームは次々に自分に襲いかかる恐怖を破壊、殺戮することで振り払い、物語的には解決に向かう。「ポケモンスタジアム」は自分の育てたポケモン同士を、どちらかがノックアウトするまで技をぶつけ合う。あと漫画「ドラゴンボール」の終わりの方とかも、強さのインフレが激しくて、いじめられっこの喧嘩の様に制御されない力のぶつけ合いが、幼稚でつまらなく見えた。


ひとくくりに言ってしまえば、それらは「誰かの気持ちを受け止める」意志が希薄なエンターテイメントなんだろう。もうこの際言っちゃえば、幼稚な文化ですよ。そんなのは。


で、今回のリコメンドは「ポケモンスナップ」。これ、ポケットモンスター達が自由気ままに生きている島で、図鑑を作るための写真を撮りまくるという新しいタイプのアクションゲーム。ただそれだけ聞くと、「写真なんか興味ないし、ポケモンにも特に思い入れはないよ」ってあなたは思うでしょう。OK。充分です。なぜなら僕がそうだから。でもこのゲームは面白い。そして新しい。そしてきっとみんな楽しい。その理由を今から話すよ。


32ビット以降のゲーム機の特色として三次元の空間表現というのが挙げられますが、どうですか? プレイヤーとしてのあなたはその中で空間的な自由や、ゲームキャラクターに成りきって世界を縦横無尽に駆け回ったりした覚えがありますか? めまぐるしく動く画面に三次元酔いしたり、ハシゴを登れずに横の壁にずーっと顔をこすり付けていたり、つかみたいアイテムをパンチドランカーのボクサーのように何度も空振りしたりしてませんか?


魅力的であったはずの3次元空間はプレイヤーに「今まで体験できなかった新しい感覚」より多くの「ストレス」を与えました。現在でもそれらを軽減し、新しい感覚や表現を生み出していこうという研究は絶えず進められていますし、「ゼルダの伝説」などはジャンプの動作を自動化したり、意味のあるものに視点がロックする注目システムを発明されるなど画期的な進化が見られました。ですが、出るソフトの数に対しての結果、まだまだ未熟な表現分野であることは否めないでしょう。


このソフトの画期的な点は、それらの動作をすべて自動化してしまったことです。このゲームではプレイヤーであるカメラマンは、一定速度で自動操縦されている乗り物に乗って、そこから左右に見えたポケモン達に向けてカメラを動かし写真を撮るわけです。ちょうどディズニーランドで言うところの「ジャングルクルーズ」にそっくりなつくり。自動操縦だから写真撮影だけに気持ちを専念できるし、三次元空間の自由さをあますところなく楽しめるわけ。被写体であるところのポケモン達は好き勝手に動くのでそれを追いつつ、いいカットを撮るのに四苦八苦。でやっとの思いで、いい表情のポケモンや、偶然にも発見してしまった貴重な生態をフィルムに収めてしまったときの感動は、ホントのカメラの感動とまったく一緒。三次元空間の中の撮影では二度と同じ写真が撮れないって言うのも、「今」っていう時間の切なさと大事さを感じます。


上達してくると写真の依頼主であるオーキド博士は様々なアイテムをプレイヤーにくれます。「えさ」や「笛」や「イヤイヤボール」なんていうものです。それを組み合わせることでポケモン達の反応が変わり、また新しい表情をファインダーに収めていくわけ。


もちろんすべてはロボットのように決められた動きの組み合わせだし、同じコースでは同じ動きしかしないポケモン達だけど、ここで僕が言いたいのは「ポケモンをカッコよく撮ってあげる」っていう相手を想った気持ちね。来たるべく完全な偶然を呼ぶために、プレイヤーはえさや笛や巧みなカメラさばきで、ポケモン達の自由な生き様をファインダーに受け止める」わけですよ。一見、ガンシューティングゲームにも似ているこのゲームの作りだけど、完璧に違うのはその「気持ち」の部分ね。主役がポケモンで、それをプレイヤーが受け取って引き立てるっていう構図。これが新しいし、愛のある玩具の形だと思うんですよ。ポケモンはそういう観点から性別のないモチーフとして本当に最適。


音声認識コミュニケーション・ゲーム「ピカチュウ元気でちゅう」でも、この受け止めてあげる姿勢は強く反映されている。ピカチュウはマイクから聞こえてくるプレイヤーの声を判断して様々な反応をするんだけど、音声認識の精度だけを取って言えば、全然「認識」とは言えないレベルの代物なんだわね。でもそこにいる相手が「ピカチュウ」ってなだけで、「あれ? 今のは自分の言い方がよくなかったのかな?」「今度はもっと分かってもらえるように言ってあげよう」って気持ちになるんですよ。これがもし銀行のキャッシュディスペンサーや、駅の自動切符販売機だったりしたら、こうはいかないと思うわけです。なんとなくわかってもらえたでしょうか。


つーことで、今回は「やさしさ」をテーマにこれからのおもちゃはあるべきっていうまとめで、終わりにしたいと思います。以上。

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1999-07-01 0104

松崎ナオ ライブ

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6月14日に松崎ナオのライブ「FLY」に行ってきました。in クラブクアトロ。もう、むちゃくちゃ飛ばしてました。今まで出してきたレコードの数々からするとしっとりした感じだろうと思って、席も後ろの方でのんびり見ようと階段付近でミックスト・ナッツなんかつまみながら油断してたんだけど、始まったらすげえロック。一曲目から煽るように「来い来い」って仕種なんかしちゃって、びっくりしました。


なんかね、松崎ナオって知らない人に説明される時に「ソフトなコッコ」みたいに言われることがあって、なんじゃそりゃー、ふざけんな(オレのナオに!)とか思ったもんですが、今回のアレンジは「そういう説明もまるっきりナシってわけではないなぁ」と思うような、傷だらけ疾走ロックな感じでしたよ。重ーいアレンジで歌い出しから叫ぶように「今のボクに何が歌えるの? 壊れなくて何ができるの? 果ての果てに何があるって言うの?」だもんなぁ。


初めて見る実物の彼女は、パンツの上に薄手のスカート2枚を重ね着して、茶色い毛皮のビスチェから白く伸びた腕に畜光塗料で「FLY」って左右逆さまに書いていた。思ったより背が高くて、目が野生の小動物のようにきらきら輝いていて、曲や映画の印象よりも力強い人に見えた。まぁ、しゃべり始めた途端、いつものだらだらーってふうなやさしい感じにもどったけどね。


彼女は自分の想いを言葉を使って伝えることより、歌やメロディーに乗せるほうが楽な人種なんだろうというのが会う前から想像だったんだけど、会ってみてまったくその通りだったとすごく実感した。彼女が日本語を会話として使うときは、頭の上あたりにいつまでもつかまらない想いを浮かべていつも追いかけている感じ。まるでネイティヴなジャパニーズじゃないみたいに数少ないボキャブラリーから言葉を捜しては「んー、このコトバじゃ言えてないなぁ」って顔をする。そのもどかしさがまた「歌」と言う表現の原動力に還元されていくんだろう。そこがまたぶうこ的な魅力でもある。


会場には両親を始め、妹やおばあちゃんまで見に来ていて微笑ましかった。お父さんなんか全然合わない拍子でリズムを取っていたりしてね、幼稚園の運動会とか発表会みたい。考えてみれば、彼女は僕の妹と同じ歳なわけで、そんな娘を舞台に見上げる家族の気持ちとか、なんかやっぱそういう感じがふつうなのかもね。


さんざん重くて激しいアレンジの曲が続いた後に「今日初めて私のライブに来た人はくらーいライブだと思って来たでしょ。ぜったいそうでしょ」なんて笑ってみせる彼女はいたずらっ子のようでした。「暗い曲を書くから、よくそう思われがちなんだけど、これからは明るい曲を書くんだ。次に出す奴とかカップリングももうどうしようってくらい明るいよ。あたしゃもう知らんよ」とか言いながら発表された「恋の歌」とされる「アメマチヒトモヨウ」(新曲)。でも全然明るくはなかったりしてね。その辺の感覚のずれもすごいな。


バンドのメンバー紹介はなかったんだけど(忘れた)、ものすごいプロフェッショナルを感じるいい演奏でしたね。メンバー同士、終始ニコニコしながら演奏しているんだけど、甘えとか奢りは一切なし、余裕だけばっちりってな感じ。実際、最終日にして最高のライブだったらしく、長年のファンからも「今までで一番最高。こんなに元気なナオちゃんを見たのは初めて」ってな声がよく聞けたよ。曲数も他より2曲多かったり、構成も変わってたり、ツアー中一度もうまく行かなかった曲の演奏が初めてばっちり決まったり、高ぶったナオちゃんがやけに「飛べ!」って観客に求めたりね。そういう小さな魔法が詰まった日だった。家族にもらったチカラだったのかな。


以前、紹介したシングル「鳥が飛ぶ意識」は確実に今後の彼女を表している転機の一作となっているようで、この曲では史上初のダイバーが出ましたよ。アルバムしか聴いたことない人は想像もつかないよね。4人だったけどね。


「彼女の男性的とも取れる理性にひかれるのかも」と前に書きましたが、実際彼女は繊細なココロと強靭な意志を持った(持っているから)やさしい人だと終わった後の余韻の中で僕は思った。というか、ホントは反省しちゃったんだ。「インディゴ地平線」あたりでスピッツが幻想による救済を捨てて、大地を踏み締めるような歌詞が多くなったときに、僕はすごい嫌悪感を示したけど、松崎ナオの歌詞にはあらかじめ幻想も救済もない。なのにひかれるのは、どっしりと構えた自分の責任の上に研ぎ澄まされた感覚がやさしく乗っているからなんだね。それを感じてしまった僕は、もう自分の弱さやもろさに甘えたり、支えられてばかりで生きていくような姿勢をすごく恥ずかしく思ってしまったんだな。そういう意味で次に会える時までにはもうちょっとましな人間になっていようと思いましたね。いつか彼女に惚れられるような人になりたいという締めで今日終わっておこうかな。オトナになります。

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