ラヴフール (www.lovefool.jp) このページをアンテナに追加 RSSフィード

1999-08-29 0124

映画「ラン・ローラ・ラン」

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ラン・ローラ・ラン [DVD]

ラン・ローラ・ラン [DVD]

観てきたよ。「ラン・ローラ・ラン」。すごい! 楽しい!


知らない方のためにあらすじを言ってしまうと、麻薬の取引のお金を無くしてしまったコイビトのために、赤い髪の女の子「ローラ」が約束の12時までの20分間に、両替所の重役の父に会って10万マルクを用意し、約束の場所までとにかく急ぐってな話し。何がすごいって90分の映像中、60分ぐらいは走りっぱなしってとこよ。その昔タイトルバックが終わる前にもう逃げていた「逃亡者」って映画とか思い出したね。


用意されている未来は3種類、最初のふたつはうまくいかない。最後でハッピーエンド。ちょっとずつずれてく未来を繰り返し駆け抜けるローラ、そういう「if」的なパラレルワールドを息もつかせぬスピードで見せてくれるわけですよ。


彼女が走るその間、背後では速まる心臓の鼓動よろしく、ドンツクドンツクってデトロイテクノが掛かりっぱなし。僕なんかね、テクノを子守歌に育った最初の世代だから、走る時に前に見える景色と目の端っこの方で流れて混じり合う景色をそういう音に重ねるのがすごく自然で気持ちがいい。脳味噌の伝達物質とかがあのキラキラしたCG(NHKの特番「脳と心」みたいの)でぐるぐる回りながらびゅんびゅん飛び交うのを、あのリズムは感じるんだよなぁ。脳で刻むリズム。ココロで見る風景。それは5感のすべてともう一つの何かを足した主観的な体感入力、だから突然に挿入される「場面のアニメ化」や走る途中に偶然関わった人たちを襲う「未来のフラッシュバック」(その人のその後の一生が1秒ぐらいの間に全部見える)も、野心的な映像表現の試みと言うより、もともと必要でそれをちゃんと充たしたっていう種類の演出に見えてくる。


あとメッセージとしてものすごく心を打つのが、さんざんな未来を通り越してハッピーエンドに辿り着く二人の、あまりにあまりに気が抜けちゃうようなだらっとした平和感。ほんの20分前公衆電話から「俺は殺されるんだー!」って泣きついてきた恋人に対する愛情と、命辛々繰り広げた20分間のローラの冒険、それに釣り合ったようには見えない「悲劇の起こらなかった未来」。だけどアレよ。そんな奇跡と奇跡的な気持ちに支えられて、このフヌケタ世界は、今日もゆっくりビートを刻んでゆく。そのことにちゃんと気づいておくべき。「平和すぎて退屈ー」なんて言えちゃう毎日って、どっか誰かの奇跡的な冒険に支えられても全然おかしくないと思うね。あなたの平和はどうですか?

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1999-08-28 0123

takanabe1999-08-28

ナツヤスミ

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ナツヤスミが終わっちゃうんだ。ふつうに暑い日差しと青い空、誰かの家のでかい花びらの赤い花。楽しいことも悲しいことも温かいのも痛いのも、居眠りの中で混じり合って混じり合って。

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1999-08-24 0122

electric sea

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旅の扉に新しい仲間が増えました。その名を「electric sea」。いままでラヴフールで紹介した音楽関連の記事を集めたページです。見た目味気ない感じで、それでいて体温は高めって風な感じで行こうかなと思っています。掲示板も懲りずに増やしてみたので、よかったら立ち寄ってみて下さいね。

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1999-08-23 0121

流れ星

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昨日の夜は空にたくさんの星が見えた。街の明かりで遮られているけど、目を凝らすとこぼれるほどの星、そこに半球の天井があるみたいに、まあるく空が見えた。それを見上げながら答える真夜中の電話。寝そべるような声でミサイルと恋と未来との話しをした。


「ね、何か秘密を教えてよ」
「秘密? どうして」
「知りたいの。教えてよ」
「秘密なんかないよ、いつも全部だもん」
「じゃ、いま欲しいもの言って」
「涼しい部屋、コイビト、枕、緩やかな午後」


今日から週末に掛けてプロメテウス流星群?(うろ覚え)が見れるんだって。僕はこの年になってまだ流れ星を見たことがない。

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1999-08-20 0120

takanabe1999-08-20

チクオ

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さとうけいこさんからステキな暑中見舞いを頂きました。けいこさんはネットで知り合ったんだけど大学時代お世話になった先生の同級生だし、同時にアトリエ時代の遠い先輩にあたる。普通に生きてても世界って狭なーって感じることは多いけど、デザインの世界は、一人か二人、間に挟むと大抵の人は繋がってしまうっていう尋常じゃない狭さ。


写真はけいこさんの同居人を写したものでその名も「チクオ」だそうな。そのネーミングセンスのすばらしさもアレだけど、この奇跡的なポーズもちょっとすごいよね。


昔読んだ本に、サボテンには知能があり、人間の言葉を理解しているそうで、アメリカのある州では殺人事件で目撃者が見つからなくて捜査に行き詰まったんだそうな。で、ホントか嘘かしらんけど、現場にあった被害者のかわいがっていたサボテンに嘘発見器の電極をつけて「Yes」だったら1回返事を、「No」だったら2回返事をみたいなやり取りで調書(?)を取ったことがあるとかって聞いた。再現性のある反応だったら証拠として認めることはできるのかなぁ。


チクオくんはそんな世界とは無縁だろうけど、写真から察するに寡黙ながらいつも何かを考えている気がすんね。いろいろ思うところはあるんだろうけど、それを無闇に口に出して伝えるんじゃなく、長く緩やかな1日という時間の中で、棘のちょっとした傾きや緑色の透明度やなんかで言いたいことを彼なりに表しているかもしんない。


うらやましく思えるのは、そんな彼の寡黙な言葉をスッとすくい上げたみたいにこんな写真に転写できてしまうけいこさんと彼のコイビトや家族のような美しい距離感。「以心伝心」なんて存在しないよ、そんなの錯覚や思い込みだよって言うのはある意味真実だろうと思うけど、人にジェラシーを抱かせるようなシンクロ感は、例え思い込みでもバンバン育てていきたいもんだなぁって僕は思うね。


で、もう一つ来た暑中見舞いがこれ。色鉛筆で描かれた涼しげなペンギン。高校時代の後輩の作品。卒業して10年以上経つのに、未だに仲間で集まる時のメンバーに加えてもらってたりして、かわいい妹たちぶりを発揮してます。


8月の13〜15日に二人展を開くそうで、その告知でもここでしておこう。


横浜 石川町駅下車 イタリア山庭園内 ブラフ18番館にて 9:30〜20:00 入場無料


アーティストの二人は父親の出身地、誕生日が全く一緒という、近いんだか遠いんだかよくわからない運命に導かれ、今日に至ったんだそうだ。なんかちょっとかわいくないですか?


家から近い方、よくそのへん通るじゃんって人はのぞいてみてやって下さい。ひょっとすると僕もその場にいるかも知れません。何かの間違いで「ラヴフールで見ました」とか言ってくれたら強制的にお茶をおごります。

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1999-08-15 0119

最近買ったCD

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最近買ったCDの中で僕に強く響いたやつの感想です。暑いのでたらたらと。

 ●1)「Viva La Revolution /ドラゴンアッシュ
 ●2)「シベリア / シャーベッツ」
 ●3)「Ookeah / スーパーカー
 ●4)「ターンAガンダム・オリジナルサウンドトラック

Viva La Revolution

Viva La Revolution

1)前作「Buzz Songs」から1年未満と言う短いインターバルで作られた3rdアルバム。シングル3曲を同時にチャートトップ10に送り込むなど、話題性満点で期待される一枚。


僕はライブも2度見たし、アルバムも一通り耳にしていて割と古い層の人ですが、今回はよかったねぇ。前のアルバムの作りが乱暴ですごいがさつに聴こえていた僕には、このアルバムの全体的な青写真が降谷健志の中に最初からしっかりとあったんだろうという気がします。結果できあがったものも彼らの中での達成度も満足がいくものだったに違いない。計算づくと言うよりは、程よく力の抜けたグルーヴにゆったりと身を委ねるだけでかなり気持ちいい。「革命!」と言うには先人達にちょっと申し訳ないところもあるけど、この目的や反抗すべき体制がはっきりしない曖昧な時代にわざわざ声を大きくして「共に闘おう!」って言える強さは、自分で自分にハードルを設けるスポーツ選手のようで潔いんじゃないかと思います。

SIBERIA

SIBERIA

2)ブランキージェットシティの浅井健一が送る別バンドの2作目。前回の胸を締め付けるような切なくて悲しい音色から一転して、かなりバンド色の強い一枚に仕上がった。


シャーベッツと言えば、ブランキーの力強さ、息詰まるほどの緊張感に対してのアンチ、つまり浅井健一個人としての詩情的な原風景を描くバンドというのが僕の認識。前回は特にドラムがいなかったせいもあり、キーボードとギターの奏でる寂寥感は彼の詩情とあいまってあまりに悲しくも透明な世界を作り上げ、強く強く僕のココロを揺さぶりました。


そういう意味からすれば、音の印象は今回ブランキーと同じようなロックバンド編成であり、人によっては「ブランキーとどう違うんだよ」とか「このバンドをブランキーの次回作が超えなきゃブランキーは存在する意味がない」ってな風に言ったりしているわけですが、それは全然論点がずれてる話だと僕は思うよ。リリカルナイーヴじゃなきゃシャーベッツじゃないって仮に位置付けを決めたとしても、バンド編成でなんでそれが損なわれるって言えるんだろう。ましてやなんでブランキーかシャーベッツどちらかひとつって選ばれる存在にならなきゃいけないんだろう。


むしろ、僕にはシャーベッツが今回ブランキーと(たまたま)同じ編成を取る事によってそのテーマの対比が強く引き立ったように思えた。同じような楽器を使っていながら、より彼独自の詩情性やナイーヴな感性が、即興的とも取れる楽曲の中で強く息づいている。それはつまり、ブランキージェットシティと言うバンドの存在意義やこれからの方向性を浅井健一がはっきりと自覚しているからこそできることの裏返しでもあるわけです。どっちかと言うとこの後作られるはずであろうブランキーに新譜にこそ、ここで語られる以上の期待をしていいんだと思う。その通過点や正しさの確認として見守りたい一枚。

OOKeah!!

OOKeah!!

3)もう今月の21日には2枚同時発売アルバムの1枚としてCD化されてしまう(ひでえ)ライヴ会場限定アナログ盤がこれ。ファースト、セカンドアルバムで選曲にもれた日の目を見なかった名曲達だそうな。


何がすごいってアルバムにまったく引けを取らないそのクオリティの高さ。ライブでもお馴染み「Sun Rider」「Jet Bee Town」なんかを始めとして、明らかにファーストともセカンドとも違う彼ららしさがきらめいています。これをこのままセカンドにしなかった彼らの強くはっきりとした姿勢にはホント脱帽。このアルバムや、シングルのカップリングなんかを聴いて立体的に楽曲の数々を知れば知るほど、あのセカンドアルバム「JUMP UP」に対する彼らのヴィジョンがいかに選りすぐりで磨き上げられたものか、そしてその結果得られたものが密室的な息詰まる完璧さではなく、あの圧倒的なやさしさだったってことのすばらしさに感動する。


欲しいものがあって、それに追いつこうとする姿勢がケモノのように潔いのがドラゴンアッシュだとしたら、溢れかえった才能の中から、本当に伝えたい事だけを選んで磨き上げられるのがスーパーカーなのかな。比較論で申し訳ないけどね。2週間後に発売が迫ったもう一枚のアルバムの方にも俄然期待が高まってきます。早く聴きたいよ。

4)最後はこの春に始まった新しいガンダムサウンドトラック。作曲は菅野よう子。僕は知らないんですがその筋ではかなりのベテランらしいです。これがまたいい感じ。とても夕方5時にやっている30分のロボットアニメについている音楽とは思えない豊かさ。目を閉じると海外の歴史もの映画のようなスケール観が美しく広がっていきます。ヨーロッパの山々とそこを流れる雲々を思わせるゆったりとしたオーケストレイションに始まり、オペラ調の劇的な展開、不安を募らせるミニマルミュージック、エンヤを思わせるダヴっぽいボーカル。そして西城秀樹の登場など(本編では主題歌も歌っています)ふつうで考えたらまとまりのないこれらの要素が綺麗に器に盛られている。邪魔にならずに気分を盛り上げていく音の集まりとして作業用や読書用のBGMとしてもかなり重宝するね。ここからアニメ本編にフィードバックして行くのももちろんいいし、この夏を涼しく過ごす一枚としてもオススメです。ではそんなとこで。

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1999-08-10 0118

金魚

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 夏を迎えても母の火傷は治らなかった。何度も包帯を替え、病院でもらった塗り薬を塗っても、ほんとに効いているのか私にはよく分からなかった。


「水が欲しいわ。あの水‥」


 母は熱にうなされているのか、うわごとのように庭の枯れた井戸の事ばかりを口にした。水分は充分に取っているはずなのに、いつも肌や唇が乾燥してひび割れていた。部屋に二台の加湿器を置き、クリームやベビーオイルをすり込んでやりながら、この乾きはどこからやってくるのだろうと私は思った。この傷は治らない、癒すのは枯れたはずのあの井戸の水しかないと母は言う。私はそんな母が少し怖かった。




「ね、カヌーを出してくれる?」


 突然そんな事を私が言うので、智久はぽかんとした顔をした。


「カヌー? 冬子が乗りたいなんて言うの、めずらしいな」
金魚をね、逃がしたいの」
金魚? 金魚ってあの夏の?」
「そう。窮屈そうでかわいそうだから」
「ずっと可愛がってたじゃない? どうして」
「体も大きくなったし、なんか可哀相なの。広いところでのびのび泳いで欲しいから」
「‥ふうん」


 彼はあごに手を当てて少し考えるような仕種をした。私の選択に納得できない様子だ。でもコトバは声にはならずに頭の上でうやむやな煙のように消えた。やめている煙草をこんな時は吸いたいのかもしれない。


「逃がすって、川?」
「ダムがいいの」


 去年のある夜、夏祭に出かけた。ダムができてから神社は場所を丘の上に建て直された。慣れない場所でのお祭りは、なんか犬小屋を新調された犬のようにぎこちなく感じたけど、私は久しぶりに着ることが出来た浴衣がとにかくうれしかった。死んだおばあちゃんが仕立ててくれた、桔梗の柄の。智久と橋のところで待ち合わせた。さっそく腕を抱いて歩いた。智久は照れくさそうにした。私は意地悪するみたいに強く大げさにその腕を抱いた。こんなデートらしいデートなんか久しぶりだ。彼の部屋の角の丸いやさしい空気も好きだけど、時々はこんなのもうれしい。このままいつか智久と同じ部屋で暮らしたり、結婚して洗濯物を干したり、彼の子供を産んだりするかわからないけど、その時は今日と言う時間を懐かしく思い出したりするのかな、なんてことを思った。


 通りには屋台がたくさん出ていて、一学期を終えたばかりの子供たちがもらったばかりのお小遣いを小さな手に握り締めて駆け回っていた。数珠繋の裸電球が青い夕暮れを温かなオレンジ色で灯した。ヤニに汚れた歯の間から威勢の良く飛び出す客引きの声。智久が私の為に金魚を取ってくれると言った。彼が自分からそんな事を言い出すはめずらしいので私はうれしくなった。いくら散財したんだろう。思えばUFOキャッチャーだって苦手なのにかわいらしい人。逃げ回る魚相手では、モナカのおたまがいくつあっても足りないようだ。彼の小銭はあっという間になくなって、途中から私のお金に切り替わった。額や首筋に汗を浮かべながら、やっとのこと捕まえたその金魚は黒く小さな出目金だった。他に泳ぎ回る金魚よりあまり美人じゃなかった。だけど私は私の為に一生懸命に捕まえたその金魚を、例えば指輪をもらうことよりもずっとうれしく思った。私は背伸びをして彼の頬にくちづけた。まるで娘がお父さんにするようなチュウ。屋台のお兄さんが口笛を鳴らして冷やかした。彼は柄にもなくうつむき耳を少し赤くした。産毛の生えた彼の耳は小さくかわいかった。


 帰り道にさっそくガラスの水槽を買った。バレーボールより小ぶりな球体の吹きガラスで、厚みが均等じゃない分、手作りの暖かみがあった。ガラス越しに中を泳ぐ金魚を見ると、まるでどこかの異世界を映し出す受像器のように見えた。底にビー玉を敷き詰め、水草を生け、そこに金魚を放した。金魚は新しい世界に驚いてしばらくおどおどと落ち着かなかったが、やがてその場所を自分の属する世界だということをちゃんと受け入れたように見えた。


「ちゃんと世話してあげられる?」


 と智久が聞いた。


「うん」


 と私はうなずいた。


「だって、智久が私の為にくれたんだもん」

 


 濡れた髪を乾かしているとベッドの上でぶーんと携帯電話が踊った。異世界からの知らせ。空を駆けて飛び込んでくる声。


「こんばんは」
「‥こんばんは」


 落ち着いたその声の向こうには、街の喧騒がある。通り過ぎるたくさんの車の音、遠く離れた街のきらめき、よどんだ空気。一緒に歩いているのか、すぐ近くに女性の声がいくつも重なって聞こえてくる。自意識の棘を感じるような嫌な声だった。


「急に声が聞きたくなったんだ。今、電話大丈夫?」


 いくら私が手を伸ばしても、彼を取り巻く日常にそれが届くことがない。


「はい」


 私はぎこちない返事をして、それに気づかない振りをするのがやっとだ。でも彼の声を聞いていると自分の胸が不安に揺れてどんどんとたわんでいくのを感じる。


 私は顔も知らないその人を想像して、冷たい壁に背をつけ両目を閉じてみる。聞こえないようにそっと深呼吸をする。受話器からこぼれる声に必死に温度を感じようと感覚の扉を開いていく。


「今日の空見た?」
「空? 夕方の?」
「そう、甘い紫色で、広くて低くて少し柔かい感じがしたね」


 他愛のないやり取り。それは日記にもならないくらい要点が無い。でもそれが気持ちいい。川面をたゆたう草船のように、あるいは構図を決めずに描いたペインティングのように、素朴でまっすぐな気持ち。手をつないで坂道を降りて行くように、気づかずにどんどん加速度を増していき、景色が目の裏側で混じり合い、他のものが何も見えなくなる瞬間。二人だけの世界。


 不意に我に返って


「ごめん 長く話し過ぎちゃったな ‥もう、眠るよね」


 と聞かれても、


「ううん」


 なんてか細い声で答えてしまう。電池切れで彼の声が途切れてしまうと、世界の電源がプツリと落ちてすべてが真っ暗になってしまう気がした。それが怖かった。携帯を持つ手にも無意識に力が入ってしまう。そんな時彼は受話器の向こうでどんな顔をしているのだろう。もし手の届くようなそばにいたなら私にどんな風にしてくれるのだろう。ひょっとしたら私の見えないところで赤い舌を出して笑っているのかもしれない。そんな人かどうかさえわからない。でもきっといつか届く気がする。届かせたいし、なんにせよ届いてしまうんだろうとも思っている。そしてその声が温度を失わないうちに抱きしめて眠ってしまえたらどんなにいいだろうといつも思う。

 

 
 月の光の下でカヌーを広げる智久は何だかキャンプに来た少年のようにそわそわしている。


「ちゃんと見張っててくれよ? 見つかったら始末書もんだよ」


 そうは言いながら、彼の声には張りがある。ずっと前からこんな事を待ってたよって具合に首尾よくカヌーを組み立てていく。私は懐中電灯を彼の手元に向けながら、警備員の順路だという方向に目を凝らした。


「でも、まだその時間じゃないんでしょ?」
「万が一ってことさ」


 智久が水道局を仕事に選んだのは水を自由にしたかったからだと言う。水にはそれぞれに適した時間と場所があって、それをちゃんと元に戻してあげたいんだと。そうしないと世界の帳尻が狂ってしまうのだと。水道局員になる前は絵画泥棒だったと言う。なんだかよくわからないけど、そういうときの彼はいつもよりちょっと威張っていて、目も綺麗に輝いて見える。


「よし、押してくれ」


 準備のできたカヌーを湖面に押してゆく。カヌーの舳先が水面に触れると、夜の静寂を壊すように波紋が濃紺の夜空を割った。バサバサと木々を揺らして黒く大きな鳥達が飛んでいった。そっとパドルを動かし、水草のない深い場所に進んでいった。二人は何も話さなかった。月がやけに大きく明るく思えた。夜の鳥が不気味な声で鳴いて、それに答えるように野犬らしい遠吠えがあった。 丸い夜の中心へと進んでいく。


 智久がパドルを休めた。私はあたりを見渡した。そこはどこからも遠い世界のまんなかだった。私はバランスを崩さないように気をつけながら背中のリュックを取り、その中から金魚の瓶を出した。重りの入った箱の中に入れられ、水は少な目で空気穴を空けたラップが掛けてある。私は瓶を取り出し、月の明かりにその姿をかざした。智久は黙ったまま一緒にその姿を見上げた。金魚は少ない水の中でたくさん揺られたせいかぐったりしていた。慌てることにも疲れたように見え、悪いことをしちゃったなと私は思った。余韻に耽るまでもなく、そのふたを開けた。


「サヨナラの言葉は?」


 迷わずに瓶を傾け始めた私に智久が言った。私は首を振り、残りの水と金魚を湖に放った。ちゃぽん、どぽどぽどぼ。金魚は湖水の濃い色に溶け、すぐにその姿を消してしまった。そのあまりのあっけなさに、私は始めから金魚なんかどこにもいなかったのではないかと不安になった。そんなことない、と自分に言い聞かせた。金魚は自由になったんだ。小さな不安と共にもっと大きな自由を獲得したんだ。私は湖の底でひらめいているだろう金魚の長い衣を思い、いつまでもその場を動こうとはしなかった。

 
 

 見る夢はいつも決まっている。白い霧の夢。黄色く大きな玉乗りをしながら、その人がやってくる。何かをくれるわけでも、やさしい声を掛けてくれるわけでもない。ただいるだけ。でも私はその人が好きだった。つらい夜や一人になりたいときほどその人がやってくるのを待った。何度も願ううちに、願うと会えるようにもなってきた。その人は私の周りをひょろひょろと回りながら、霞の中で濃くなったり薄くなったりする。私は冷たく柔らかなゲル状のクッション(それは理科の教科書の細胞の拡大図にそっくりだ)を抱きながら、いろんな格好で彼を眺める。霧に遮られて顔は見えない。言葉も交わさない。でもきっとうれしそうな顔をしている気がした。そう思えるのは確かな気持ちだった。根拠のない確かさ。でもそれは重要なことのように冬子には思えた。


 深い眠りの中でその声は夢の狭間に忘れてきた歌のようだった。


「‥子   ‥冬子! 冬子!」


 意味をなし、カタチを持って、私に届いたのはもう何十回も繰り返したあとのことだ。私は飛び起き、血圧がついて来れずに下半身に血がどっと下がるのを感じながら、階段を駆け下りていった。


「お母さん!」


 母は布団の上で何かを指さしていた。その指先を追うと隣の和室のランプシェードがあった。ん、何? 揺れてる?


「ほら、まだ、揺れてる」
地震?」


 二人でランプシェードの揺れが収まるのを見守った。


「けっこう揺れたわね」


 と母が言った。私は血の巡りが全然よくならなくて、ぼーっとしていた。


「今日はもう3度目よ」
「3度目? そんなに揺れた? 気づかなかった」
「ずっと寝ているからね、このところ地震が多いのよ」
「やぁね」
「冬子も気を付けないとね」
「タンスの下敷きになんかなりたくないもん」


 母の部屋の電気を消して台所に行った。青白い窓の光。湿った夜の匂い。水を飲もうとコップを手に取り蛇口をひねった。キューンと高い音がして、水が出る代わりにゴポゴポと水道管が音を立てた。程なくして水がふつうに溢れ出し、私は思い出したようにコップを差しのべた。さっきの地震のせいかな。水がコップをゆっくり充たしていくのを眺めているとふいに胸騒ぎがした。誰かが見ているような、そんな気持ち。でも不安な存在のものじゃない。窓の向こうが気になった。コップを置くのさえ忘れて勝手口に駆けていった。喉がカラカラして熱い、焼けてくっついてしまいそうだ。つっかけで裏庭に走っていくと、そこにあったのはいつもの井戸だった。井戸は月の光の中で私が来るのをずっと待っていたかのように、私の方をまっすぐに見つめていた。私はコップを地面に置き木の蓋に手をかけた。手を掛けた指先が目よりも先にはっきりと感じるくらい、中からいつもと違う柔らかな風が流れた。蓋を両手に抱え私は呆然とした。昨日もその前もずっとそうだったみたいに、井戸は澄んだ水をたたえ、静かに月の光を反射していた。


 例え思いこみにせよ、井戸も水で冷やしたタオルを当ててあげると母は赤ん坊のようにとても安らいだ顔をした。そんな気持ちも手伝ってか、火傷も少しずつ治ってきているようにも見えた。


「気持ちいい? 母さん」


 こないだまでの苦しそうな顔が嘘のように、うとうとと眠りに誘われる母の顔は、こう言っちゃ何だけどだんだんと天国に近づいているみたいに透き通っていく気がした。


「もう、はやく治しちゃって温泉にでも行こう、ね」


 柄にもないことを私が言い出したりするので、とろんとしたまぶたで母はうれしそうにうなずく。誰からも許されているような甘美な表情だった。


 

 智久の部屋から見える景色はいつだって雨に煙ったようだ。


「雨の中に住んでるみたいね、ね」
「んー? うーん」


 智久はぐったりしたままやさしげでなだらかな背中をこちらに向けている。


「あたし、子供の頃コビトさんの家っていうおもちゃ持ってたの。大きな木のカタチした家のおもちゃ知ってる?」
「‥なんか、見たことある、かな」
「あそこに住むの夢だったなぁ」
「木の家?」
「そう。ねぇ、あそこの木の向こうがわにできてるのは、何?」
「木? あ、あぁ、新しい寮とか何とか言ってたかなぁ」
「智久も引っ越す?」
「ん、まだ、わかんない」


 窓の縁に載せた両手に頬を転がす。木を伐採し不自然に均された丘の上は首のない人形のようになんかちょっと残酷だった。私はそれを眺めながら電車の窓を眺める子供のように慣れない正座。裸でぼんやりとしている時間はけっこう好きだ。


「なぁ、寒いよ。閉めて」
「え、あ、ごめん」


 私は足下の毛布を智久の冷えた背中に掛けながら、仕方なく窓の隙間を細くした。でも全部閉めるのはもったいないので鼻先だけで外をのぞく。


「ね、引っ越しても遊びに行っていい?」
「んー?」


 智久は眠たそうな声でやっと返事をする。


「‥来てよ、来てくんないの?」


 私はそれを聞いてちょっと安心する。毛布に潜り込んで肩の骨にくちづける。


「行くよ、もちろん」


 体温が雨の匂いに溶けていくようだ。水飴のような粘度の高い眠気に爪先から吸い込まれていく。「永遠」は約束でも時間でも距離でもない。自分を信じたり、信じてくれること自体が「永遠」なんだってことがわかる。

 
 

 大きく揺さぶられて飛び起きた。地震だった。私の家は木造なのでよく揺れる。ぎりぎりのコードの長さで立っている机の上のゼットライトが、その揺れで床に落ち白熱灯を砕いた。その音に二度びっくりした。私は自分も驚いていたが、母がまた動揺していないか、階段を駆け下りた。ふすまを開けるとこないだより激しい揺れだったにもかかわらず、母は寝息を立ててすやすやと眠っていた。まるで赤ん坊に戻って行くみたいに一日のほとんどを眠り続けている。


「母さん、地震!」


 細かい揺れが続いていたため、そう言って起こそうとするも、眩しそうにするだけで目を開けようとしない。


「‥だいじょうぶよ すぐ収まるから」


 一番心配症だったはずなのに、この揺れの中でどうしてそんな呑気なのかわからなかった。万が一を思って出口までの道取りを頭の中で数パターン確保した。なんだかそう言う計画性とか根回しといったようなものが一番面倒で苦手だったはずなのに、身近に病人がいるだけで、必要に迫られちゃうんだよなぁと私は思った。


 翌朝、ふつうの日曜日がやってきて、私は茄子に水をやった。ここのところお茶を入れるのや水撒きや風呂にも井戸の水を使うことにしてみた。井戸の水は冷たくておいしい。最初のうちは体が慣れなくてお腹を壊したりしたけど、今では水道の水はそのまま飲めないくらい人工的な味だと感じるようになった。


 智久が誕生日にくれたじょうろで水をまく。マレーバクに似た形の不思議な魅力のあるじょうろ。口笛を吹きながらいつもの井戸の蓋を開ける。私は唖然とした。そこには水がなかった。一滴もなかった。水がないだけでなく以前あったはずの乾いた地面もなく、ぽっかりと深い穴が空いているだけだった。暗闇は底抜けにずっとずっと続いていた。


「おーい」


 なんて言っていいのかわからなくて穴の向こうをそう呼んでみた。声はかすかに反響を繰り返して、遠く彼方に消えていった。私は辺りを見回し、今度は小石を投げ入れてみた。手を離れた小石はいくら耳を澄ましても底にぶつかることがなかった。


「おーい」


 私はもう一度そう呼んでみた。やっぱり返事はなかった。


 井戸の水がなくなったことを母に告げることがいいことだと思えなかった。私自身不安でどうしていいかわからなかった部分もある。でもまず母の火傷がまだ治っていなかったこと。母が井戸水でしかそのやけどを治せないと信じ続けてることが大事だった。傷が治ってから知ったって遅すぎたりはしないだろう。





「ずいぶん間が空いちゃったね」


 電話を眺めていたら、気持ちが通じたみたいに震えだした。


「そう?」


 電話を持ち替えて、私は退屈そうに言ってみた。


「ねぇ、今度そっちに行くんだ」
「仕事?」
「ん、そんなようなもん」
「ふうん‥」


 興味のない素振りで、私は自分の胸が飛び出しそうになるのを気づかれないようにする。でも電話に触れてる耳だって脈打っている。


「会おうかって思うんだ」


 私は黙ったままだった。長い沈黙が続いた。遠くを救急車が走っていく音がした。誰かの自転車の急ブレーキ。隣の家の中学生かな。


「‥ふふふ」
「何?」


 突然笑い出す彼に、私はちょっと警戒した。


「いや、緊張したんだ、なんか」
「緊張?」
「中学生みたいにドキドキしてる」
「ドキドキしてるの?」
「おかしいよね」


 私は黙っていた。


「また今度にしよう うん?」


 私は黙ったままだった。


「別に急ぐ必要もないしね」


 黙ったまま受話器を放せずにいた。


 

 山の向こうに大きな雲がかかっていた。また雨が降るのかな。朝から大きな獣のいびきのような低い地鳴りが続いていた。下腹に響くような嫌な音。私は智久に会いたくて仕方がなかった。温かい日向の匂い、大きな手のひら、見上げたときの笑顔。なんかずっと会ってない気がした。気のせいかな。でも会って何て言えばいいんだろう。


 午後から雨が降り始めて、空はあっという間に真っ暗になった。泥のような色の嫌な空だ。湿った匂いのする座席に座り、電車で智久の寮に向かいながら私はだんだんと悲しい気持ちになってきた。たまらず途中の駅で電話を掛ける。


「うん、そう、だから急いで行かなくちゃいけないんだよ。これから大雨になるらしいから冬子も家でおとなしくしてたほうがいいよ」
「でも会いたいの。部屋で待っててもいいでしょ?」
「会いたいのはオレもそうだよ。でも今日はきっと徹夜なんだ。明日はお前も学校だろ? 終わったらバイクで迎えに行くから、今日は帰った方がいいよ」
「それって行っちゃダメってこと?」
「忙しいときにそんなこと言わないでくれよ。わかるだろう? オレがダムを見なかったら誰が見るんだよ。な、必ず迎えに行くから、切るぞ」


 智久は休日出勤とこれからする仕事の緊張でイライラしているようだった。ぶつりと切れて、激しい雨の音が私を包んだ。


 家に帰ると母が布団の中でうなされていた。私は母に水を飲ませ、体を汗を拭いて下着を換えた。それから井戸の水と称した冷やした白湯をたっぷりとタオルに浸して額に乗せた。それで少しは落ち着いたようだった。しかし私が以前よりいくら気を入れて看病しても、熱は下がらなかった。 井戸の水がないことに気づいているのかもしれなかった。


「だいぶ楽になってきたわ」


 そう母は言ってくれるけど、私にはぎこちない苦笑いぐらいしか返すことができない。


 雨は止まなかった。遠くで雷が聞こえるけど、それは朝に聞こえた地鳴りかも知れなかった。雨が強すぎてよくわからないのだ。私は机にうつぶせて目の前の小さなカレンダーを眺めた。彼がこちらへやってくるという日がもうあさってに迫ってきていた。


「もちろん、会わなくたっていいよ。これは二人のことだからね」


 と電話で彼は言った。


「でもお互いが会いたいときにはちゃんと会おう。そして電話じゃ話せなかったこれまでと、話したいこれからのことを話そう」
「ちょっと待ってよ」


 と私は彼の勢いを遮った


「私は会いたいなんて一度も言ってない」


 すると彼は悲しそうな短い沈黙を置いて


「‥そうだね。でもそうじゃないって信じてるんだ。勝手すぎるかな」


 指先で智久にもらった指輪をなぞってみる。最初の給料で買ってくれた、シルバーとムーンストーンのコンビ。金魚は、金魚は今どうしただろう。この世界中の雨をため込んでるみたいなあのダムの中で、自由に泳いでいるのかな。私は自分の唇にそっと触れてみた。


「どうかしてる」


 振り切るように頭を揺らして、何度も冷たい水で顔を洗った。




 ダムの壁面に亀裂が入ったとかで智久は翌日も私を迎えに来てくれなかった。


「ごめん。急いで終わらせるから明日まで待っててくれよ。夕飯はうまいもんでも食いに行こう、な」


 そう言って彼は電話を慌ただしく切った。私は明日自分がどうにかなってしまうのを智久に止めて欲しかったんだってことに気づいて、とても嫌な気分になった。いつからこんなに甘えた女になったんだろう。


 私は気分を変えようと買い物に出かけた。秋物が出始めていて、私はワイン色の膝掛けと智久に似合いそうな帽子をひとつ買った。明日智久が仕事を終わって迎えに来てくれたら、これをかぶせてあげよう。きっとすごく喜んでくれるような気がして、私は気分が良くなった。家に帰ったらプレゼントに添える手紙でも書こう。久々のラヴレターだ。


 デパートの階段を下りているとふいに目眩がして、足下がフラフラとした。手すりにつかまってみてすぐにそれが目眩じゃないことに気がついた。地面が揺れてる。地面だけじゃない何もかもだ。気づいたときには地震は目に映るものすべてを大きく揺さぶっていた。売場の柱が倒れ、床が踊り、壁が崩れ、ガラスというガラスが粉々に砕けた。何かの映画を見るように簡単に壊れていった。何かの悪い冗談でしょう? これは夢の続きなんでしょう? 私は悲鳴を上げることさえ忘れて、逃げまどう人々の中を夢中にかき分けていった。


 家は無事だった。家の前のブロック塀が倒れ、鉢植えがいくつか地面に落ちたりした以外は特にタンスが倒れたりすることもなく、母もまた無事だった。しかしサイレンが鳴り止まなかった。住民に避難を呼びかけるサイレンだった。


「ダムが決壊します。速やかに神社の方へ避難して下さい。ダムが決壊します」


 私は迎えに来た町内会の人に母と手荷物を預け、智久のいるダムへ急いだ。電車を降りると自衛隊や警察の車が山までの道をふさいでいた。私はこの近くの住人だというその場しのぎな弁明と半ば強引な行動力で、智久の寮までどんどんと駆け上がっていった。息が切れた。体にへばりつく濡れた服が重かった。だけどそこから先に行く必要はなかった。私はぺたりと膝をつき、目の前に拡がるロープから先の光景を信じようとはしなかった。寮があった場所には何本もの杉の木が突きささった たくさんの土砂と何かの残骸しかなかった。見慣れた誰かの自転車がくしゃくしゃになって雨に打たれている。私はいつの間にか靴が脱げ、裸足になっていたことにさえ気づかずにその場で泣きじゃくった。名前を叫び、たまらず土砂に向かって駆けていくのを、誰かに取り抑えられた。救急車が何台も来ていたが、その中に乗せられたのは年老いた人たちばかりだった。私は何度も何度も名前を呼んだ。叫びは雨と濁流の音に吸い込まれるばかりだった。

 

 
 やがて春が来て、私は学校を卒業した。智久はついに私を迎えにこなかった。決壊したダムから逃げ出した私の金魚、あの日会えなかった電話の彼。私は 智久のアパートがあった空き地に花を持って出かけた。


「ごめんね」


 勝手に智久と名付けた小さな広葉樹に、私は花を手向けてそう言った。


「ごめんねじゃないか、ありがと、だね」


 子供達がはしゃいでいる声が聞こえて、私は涙を拭いた。日差しが眩しかった。ねぇ、水は自由になったのかな。智久が思っているように水を自由にできたのかな。答えはわからなかった。金魚は壊れたダムを飛び出して今どこにいるんだろう。広い海だといい、と私は思った。 

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1999-08-09 0117

読書

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ナツヤスミですか? いいなぁ。僕はサラリーマンなんでちょっぴりしか休めないです。わざわざ混んでいるときに出かけたくもないし、何より暑いの嫌いだから、涼しい部屋で本を読んだり、ゲームをしたり、ひげガンダムを組み立てたり、アイスクリームをなめたり、夕方まで居眠りしてからサンダルで散歩に出かけたり、そんな過ごし方が僕的にいい感じ。


「夏と言えば、読書!」ってなんか出版社みたいなこと言っちゃうけど、実際こういうまとまった時間でもないと本を読むって気にもなれないのは事実。様々な会社がこの機会を逃すまいといろんなキャンペーンとかやっちゃってて「こんな名作、読んでなきゃ恥でしょ」って風に同じ帯を付けてずらっと平積みにしてみたり、まとめて読んでくれたら携帯ストラップやパンダの腕時計あげちゃうよ、とか、深田恭子等身大パネルを何とかして店外に持ち出せないかなぁとか、ホントいろんな想いがよぎるね。(主に3番ですが)


新潮文庫の100冊」ってあるじゃん。あのリストをこないだ眺めてみたんだけど、ここ5年間の読書量がほとんどゼロに近い割に、なぜか3分の1以上読み終えてしまっている自分にびっくり。適当に読みたいのをたらたら読んでただけなんだけど、実は文学青年ですか? って言うかそれがふつうなのかな? 


だけどパンダの腕時計の為に新しく20冊も読めっていうのは僕にとってけっこうな拷問よ。だって目録を見ても読みたい本が全然見当たらない。がんばって無理してせいぜい10冊がいいところって気がすんねー。どうしたらいいんだろう。


今は昔読んだはずの本とかわざわざ買い直しちゃって読み直してる。「お、昔と感じて受け止めてる箇所が違うぞ。ふむふむ、これが成長ってもんか」なんつって。うわー、いいお客さんだなぁ、オレ。7月は手始めに6冊読みましたよ。軽い奴ばっかだったけど。もし誰かが読書感想文の宿題に困っているなら僕がバイトでやってやるってとこよ。久々の活字スクロールがなんか新鮮で気持ちいいもんね。活字ジャンキー。わざわざ読書用のMDとかばっちり編集しちゃったし、実は本の内容なんかどうでもいいのかもしんない。音のない雨のように活字を降らす。でもなんか面白い本があったら紹介してください。できれば新潮社で。あと本屋でバイトしている君は等身大パネル関係も連絡よろしく。(主に後者)

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1999-08-05 0115

「どこでもいっしょ」と「検索エンジン」

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お久しぶりです。こんにちわ。今日は結構まじめな話し。もう鼻息あらげて著作権表示とかしちゃうよ。「どこでもいっしょ」と「検索エンジン」の未来についてです。それではどうぞ。


このページを見られる環境にいるみなさんは、生活にインターネットという世界に触れる窓を身近に持っている恵まれた人たちだと思いますが、自分に興味があって知りたい情報があって、その情報について記されたページを探すときどうしていますか? 大抵の人は検索エンジンを使用して、なるべく広い意味で検索が掛かるような単語に置き換えて、効果的に情報のリストをつくり、その中から取捨選択しているんじゃないでしょうか。マックOS8.5以降を使っている方はより便利な「シャーロック」を使用しているかも知れません。僕もその一人です。


プレイステーションの「どこでもいっしょ」というゲームを知っていますか? ポケットステーションというキーホルダーのような小さなゲーム機に猫や犬のキャラクターをダウンロードして持ち歩くゲームです。プレイヤーはボタンを通じてそのキャラクターに言葉を教え、キャラクターはその言葉を使って文章らしいものを組み立て、話しかけてきます。その会話を楽しむゲームというわけです。


このゲームには特別新しい仕組みはなくて、古いもので同じ仕組みの有名なところではマッキントッシュフリーソフト人工無能」なんかがあります。これは「人工知能」のアンチとして作られた「考えてないのに」「考えているように見える」大変軽いプログラムなんです。


例えば「名前を教えて」と人工無能が聞いてきたとします。「ひろゆき」と僕が答えます。「ひろゆきって男?」「そう」「かっこいい?」「それほどでもない」「それほどでもないってどういう意味?」「照れくさいから言わない」「照れくさいから言わないなんて難しいこと言わないで」っていう風にオウム返しを巧みに演出することで、会話らしいものを成立させてるわけ。


どこでもいっしょ」ではこれに価値観のマトリクスのようなものを加えている。例えば「スーパーカー」って言葉を教える。すると猫は「スーパーカーって何?」と聞くので数あるジャンルの中から「有名人」を選ぶ。すると「スーパーカーってどんな人?」と聞いてくるので「アイドル、お笑い、役者、スポーツの人、その他」から「その他」を選ぶ。「スーパーカーって男の人? 女の人?」「その他」「スーパーカーって かっこいい?」「かっこいい」「ひろゆきスーパーカー好き?」「大好き」「なるほどよくわかったにゃあ」ってなる。これで猫にスーパーカーは「なんか有名人でかっこいい人」で僕が「好意を抱いている」こともわかったわけ。だから猫は「昨日街で○○に会ったにゃ、かっこよかったにゃー」って文章にスーパーカーを当てはめれば、僕がうらやましがることが予測できる。つまりこの仕組みを通じて会話が成立するってことですな。


僕はこのシステムを検索エンジンに使用したいのね。例えば「スーパーカー」って僕が言ったらそれはほぼ100%バンドのスーパーカーの話しであって、クルマのスーパーカーじゃないってことぐらい、少なくとも僕のこんぴゅうたあにはわかっていて欲しいの。で、仮にスーパーカーの情報が対して出てこなかったときも「スーパーカーはしばらくライヴの予定はないけど、トライセラは来週チケット発売だよ」って若いバンドつながりで教えて欲しい。間違ってもクルマ好きのヤンキーなサイトなんかには飛ばして欲しくないんです。時にはそういう寄り道もいいけどね。


こういうちょっとしたマトリクスを持った辞書を、検索エンジンではなく、自分の窓や、ハードディスクなんかの記憶媒体にちょっと持っておくって言うのはステキなアイディアだと思うのです。だって「人工無能」も「どこでもいっしょ」のポケットステーションも数メガのプログラムで全部を動かしているわけだから、すごい簡単にできそうな気がしませんか? 例えばそれこそポストペットみたいに小さな窓を常に用意しておいて、コンピューターと接しているときにそのペットが「最近おもしろいことあった?」なんて話しかけてきて、それに答えることで「辞書を更新」していくっていうのもかなりグーなインターフェイスでしょ。そうでもない?


インターネットがこれほど日常的なものになる前は「検索」に関して引っかかるキーワードを、立体的な価値観でマトリクスにフィックス(固定)する、フィキサーって職業が必要になるはずってずーっと思ってましたが、そんなことは全くの無意味で、個々がそう言った気の利いた自分だけの小さな辞書を持ち歩くことで、無数に散らばった情報を効率よく集め、出会うことができる運命を引きつけられるって今日思いました。そんな辞書を「しりとり」っていう素朴なゲームを通じて街ゆく人と交換したりできる「どこでもいっしょ」は未来の種を持ったなかなか新しいツールだと思います。以上。

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1999-08-03 0114

メール

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まーた、やっちゃいましたよ。メーラーが壊れて大事なメールやわりとそうでないメールも全部全部弾けて消えた。何もかも全部です。さようなら。


昔ね「家が火事になってひとつだけ持ち出せるものがあったら何を持っていく?」みたいな話しをしたことがあって、その問いに僕は「手紙」と答えて、一緒にいたうでっちは「マックのMOかな」って答えた。それを聞いて僕は「マックのMOだなんてさみしいものを持ち出すんだなぁ」のようなことを言って、ずいぶんバカにしたものですが、自分の家のマックが電話線に繋がり、そこでしか得られなかった関係が網の目のように拡がってしまうと、どうしてもそこで交わされた想い、すなわち「テキスト」なんかを保存せずにはいられなくなって、それらを含んだバックアップをMOって言っているんだったら、自分の言ってた「手紙」とどう違うんだよっていう堂々巡りに今日辿り着きました。なんだよ。一番大事なものは二人とも同じだったってことじゃんか。


新聞の記事にもなったけど、「ゲームセンターの売り上げ」がここ数年間どんどん落ちているわけですが、その大きな原因の一つに、学生の限られたお小遣いの行方に携帯電話の使用料がぐぐぐっと増えたことがあげられるそうな。


まぁ、僕なんかは電話もそんなに掛けないし、絶えず外界と繋がってなきゃ不安ってなこともないんだけど、首から携帯を下げて歩いている女の子とか見ちゃうと、生活の主要な部分にそれが属していることがよくわかる。一人でゲームしているよりか、ずっと大事なことが得られる気がするもんね。例え無駄話しに聞こえるようなことでもね。掛かってくると自分が必要とされてる気がしてうきうきしちゃうしね。


メールが全部消えてしまったのは実はもう3度目で、あまりの辛さにもう涙も出ないくらいあっさりさっぱりした出来事だ。僕が筆無精なせいもあって、せっかく大事な手紙をもらってもヒトツキフタツキ返事を待たせるもんだから、全部の手紙を合わせても300通ぐらいしかない。でもその一通一通が掛け替えのない、すごい手紙ばっかりで、紙でもらう手紙よりずっとずっと濃いファンレターや、ラヴレターなんかもあったよ。できれば墓場まで持っていきたかったんだけどなぁ。無理みたいね。


これが紙の手紙だと思うと、けっこう泣けてくる。もう家が焼けたのと大差ないかも。ネットに繋がってみても、なんか自分の家なのに他人の家のようによそよそしく感じちゃったりして、コンピューターがいかに匂いに敏感なものかを痛感します。


コミュニケーションを抜きにした経験や時間っていうのはこの世に存在しないので、思い出というのは一人じゃ作れないってことがよくわかります。くだらない出会いや無意味な時間が存在しないように、僕らは誰かと繋がっていることで前に歩いていけるのかも知れない。


振り返るばかりの思い出は湿っぽくて嫌だけれども、手紙は意志を向けた相手の手元で残ることを前提にしたメディアだから、電話とは違うね。跡形もなく消えてしまうって言うことが、ものすごいショックなことに思えてくる。もうこんな悲しい目に遭うのはうんざり、とかね、失恋したようにやけになったり。


だけど、また1からやり直す。そんで自然に新しい網が紡がれていく。再生される細胞のように、そこにはみずみずしい力が溢れていることだろう。

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1999-08-01 0113

癒し

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テレビのこととかね、口にするだけで同じ土俵に立ってしまいそうでやなんですけど、アレよ。もう言わずにいられないよ。「癒し」ブームってやつよ。


坂本龍一」のシングルCDがインストゥルメンタルなのにかなり長い間チャートの一位だったり、武者小路実篤もびっくりな路上詩人が街に溢れていたり、ぐったりしているキャラクター「たれぱんだ」がもてはやされたり、15分や30分で手早く疲れをとってくれる「クイックマッサージ」がオフィス街の雑居ビルの隙間にどんどん増えていったり、まぁそんなこんな。


でも、そういう流れはもう80年代の終わり頃からずーっとあって、ここじゃないどこか(あっち側)を感じるための「アンビエント・ミュージック」「トランス・ミュージック」、90年代始めの「水」や「ニアウォーター」ブーム、海のヒューマンであり人間よりかずっと高等かも知れないイルカブーム、チベット死者の書や布施英人の死体論なんかで問い直された「死生観」、新世紀エヴァンゲリオンもののけ姫では「生きることの価値」が社会的な世界に生きる主人公としてではなく、自分を取り巻く世界との関わり方として描かれていたことがまだ記憶に新しい。僕的にはそういう文化の当たり前すぎる延長(それもかなり退屈な)として、現在の「癒し」ブームが来ていると思っていて、それ自体には別に感想も不満もないのですが、要はアレよ。癒しって簡単に言うけど、ちゃんと意味わかってんのかよってことよ。


つーか僕も知らないので、今調べてみたよ。


癒す:病気や傷をなおす。飢えや心の悩みなどを解消する。地蔵十輪経元慶点「疾を癒イヤスこと良医の如し」。「渇を―・す」「時が悲しみを―・す」(広辞苑


‥やばい。想像とは違った定義が出てきたぞ。えーと、なんかね。僕は簡単に「癒しされたい」とかって言う響きが嫌いなのね。筑紫哲也が「癒し癒しって言うけど、疲労回復とどう違うのか」と言っていて、それにはすごい共感した。「やさしくしてー」とか「疲れたー」って言葉で簡単に置き換えられちゃうようなことをわめき散らすのは、なんか聞き分けのないコドモとかわんないってことよ。それを言うだけならともかく「癒して」って言葉の中に脅迫的に無自覚な無責任さを突きつける響きを感じる。


先に挙げた80年代後半から90年代前半の流れの中にはそういう無責任さよりも、自分を取り巻く世界をもっとちゃんと受け入れていこう、誰にでも平等に訪れるイベントである生や死についてもう少し真剣に(自分なりに)考えてみよう、っていう自覚的自発的な響きがあったよ。何千年もの間、脈々と培われてきた観念世界や何十億年もの歴史を刻んだ自分の体の仕組み、それを司るルーツを、例え断片的につまみ食いするだけだとしても、自分でもっかい計り直すって気持ちがあっていいと思った。思ってみれば、そういうクリエイティヴでどこにも根っこを持たない新しい個人主義が少しずつ根付いていく過程そのものだったんだろう。岡崎京子の「リバーズエッジ」なんかはその金字塔のひとつだと思う。


でも結果的に末端に届くのは上っ面な「癒し」イコール「疲れている自分に優しくして」っていう響きだけ。サラリーマンやおばさんのルーチンワークによる慢性的な疲れやその辺の若者達が暇を持て余して「だりー」って言うみたいにしか聞こえない。路上詩人に色紙をもらって目の前に光が射すのもいいけど、もう少し自分で考えたり自分の感覚を信じたりできないもんですか?


そういうのは個人主義(意志の尊重)じゃなくて単なるわがままと区別が付かない。だって意志があらかじめないんだもん。それが悲しくてやりきれない。受動態で一方的に埋まるほど、僕らに空いた大きな穴や痛みや疲れはけして簡単なものじゃない。生まれながらにして与えられた世界はあまりにも精巧に出来過ぎていて、その分虚ろに映るだろう。でも歩き始めないことには何も始まらない。得られない。


余談だけど99年という時間にスーパーカーが生み出すロックがやけにリアルに響くのは、そんな虚ろを暴くだけにとどまらず、そこから歩き始めようとする原点そのものの座標をしっかりと認識している彼らの感覚の鋭さにある。


それでも世界はこれからどんどん受動的なサービスを強い売り物にしていくだろう。何億円も掛けて製作される映画やテレビーゲームソフト、コンパクトにパッケージ化された旅行を始めとするいくつかの体験、仕組みをわからずに使うたくさんのテクノロジー、シアワセのカタチはどんどん区画整理されて、いくつかのパターンの中に人生そのものが落ち着く日が来るかも知れない。そんな中で不平や不満を言わずに、自分の地面を両足で踏みしめるのはおそらくめちゃくちゃ難しい。時には「癒して」の一言だって言いたくなるかも知れない。だけど歩き出す。方向を決めてなくたって、とりあえず自分の五感を信じる。全部受け止める。前より痛くて悲しくてつらいかも知れないけど、自分をカンペキに癒す力はそんな意志の中にある小さな光と、それに共感してくれる数少ない人たちにしか存在しない。そこで得られるものはどこにもないオリジナルなものだし、あなたに100%カスタマイズされたばっちりな「癒し」のはず。僕はそう思うのです。

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