ラヴフール (www.lovefool.jp) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2000-11-30

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ゴメン嘘ついてました。一日に5ループどころか8ループです。打ち合わせと食事の時間以外全部21世紀。


通勤電車で山本直樹の「ビリーバーズ」と「僕らはみんな生きている」を読み返して涙が止まらないオレです。10代の頃に受け止めた感動って、その後のいろんな刺激や学習によって、あとから思い返すとどうって事ないものが多かったりしますけど、山本直樹から得る衝撃って言うのは1回目と全然変わらない。胸の奥が締め付けられるような、何かを信じたくてすがりたくて、でもどうしようもないあの感覚。今日は「スタア学園」に不覚にものめり込んで(しめしめ)3日で読み終えちゃったマッキに無理矢理「ビリーバーズ」を託してみた。明日感想を聞いてみようっと。なんかお弁当を作った女の子みたいな気分だなこりゃ(しかも内容は強烈)。


夕方の休み時間にゲーム「ユーラシア特急殺人事件」(エニックス)をやってみた。榎本加奈子加藤あい深田恭子新山千春など今では考えられない豪華キャスティングでつづる実写のアドベンチャーゲーム。なんとなく売れそうな娘を集めてえいや!って作ったゲームなんだそうだ。この手のゲームにありがちなご多分に漏れずもたーっとかったるいシステムながらも、知っている顔がたくさん出てくるってだけで、ずいぶん楽しく感じるもんだなぁと思った。高田順次とかまで出てんの。正月休みみたいなかったるい時間にはもってこいな密度かも知れません。尋問途中に意味不明の胸や足に視点をパンできるモードなんかもついていて、全然エロくないところが逆に想像させるよねぇ、とか「女だらけの水泳大会」なんかを見ているような、隙だらけのぼやーっとした気持ちで、楽しい休み時間でしたとさ。


制限きついiモードJava──ドコモ503iでできること,できないこと まーねー、当初の予定よりロースペックだし制限もでかいんで、コンテンツ業者はみんな苦労してますけど、別に電話機あっての付加価値ですからね。いくら無限の可能性が詰まっていても、国民的なニーズから考えたらまだまだどうでもいいって言うか、物好き、新し物好き達のてんやわんやする様子を見ながら考えようよって、そういう時期だと思うのね。あと制限はきついほど、表現のピントはシャープになっていくので、その点は挑戦する対象として結構ノリノリです。僕なんかは。


AMIKAI いろんな言葉をいろんな国の言葉に無料で訳してくれるサイトだそうですよ。ただっていいな。


Flash: 99%有害 言っていることはよく分かるし、共感できる部分も多いけど、いろいろ過渡期の状態で、出る芽をわざわざ摘まなくたっていいじゃんよって思うんだよね。試行錯誤があって初めて未来があるのにさ。正しさを振りかざしちゃいかんよ。振りかざすんならお前がそうさせないツールを作れ!


スパカインタビュー ちょっと古めなんですが、最近の曲はYMOに似てると僕も思ったので激しく響いた。ナカコーの声って高橋幸宏に似てる。


富野ガンダムの宮殿 そういや、ターンAガンダムDVD、10巻から先、買ってないやぁ。中盤かったるいんだもん。


ガンダムカルト 会社のパソコンにここのスクリーンセーバー(windows NT)を入れてみた。なかなかいい感じです。


〜マイナーゲーム愛好家の館〜HEAVEN FORCE HURRICANE 見た目よりずっと素直なレビューがいい感じです。


OOPS! MUSIC COMMUNITY 視聴者レビューとネット通販が一緒になった音楽ページ。浅い感じだけど、ある意味リアルかも。


魔太郎が狂ゥ! 「変ドラ」の人の別ページだそうですよ。面白くないわけがない!

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2000-11-29

CD「フューチュラマ」スーパーカー

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もう12月ですよ。21世紀と誕生日も近いのでなんとなくリニューアル。冬は白バックもいいでしょ?

Futurama

Futurama

スーパーカーの「フューチュラマ」について、そろそろちゃんと文章を書こう。もう毎日5ループは聴いちゃってる。起きている時間のほとんどがもう21世紀って感じですわ。冬の高い空にぴったりなどこまでも澄んだノイズや、丹念に濁らせたドラムのループ、ナカコーの温かく憂鬱な声、すべての音の粒子があらかじめベクトルを持っているような光の強さ。その一つ一つが、今までのアルバムが彼らにとっては単なるエチュード(習作)にすぎなかったことを僕に知らしめる。最初っからでかく派手な絵を書くための画材も技量もなかったから、仕方なく今までは小さく丹念に鉛筆デッサンをしていました。それが今回は色も鮮やかにCGや彫刻のように立体になり、手に触れるような解像度と質感を持って僕を取り囲む。ナカコーがミュージシャンとしてレコードを出す上で僕らに届かせたかった音が初めて詰まっている! それが21世紀になる前に3000円でどこでも手に入れられる状態にあることがもう画期的。ビートルズYMOもすべてをリアルタイムで聴けなかった僕だけど、それと同等かそれ以上の恍惚の中に僕は今いるんだよ。2000年に20代を過ごして彼らと共に生きたことを何よりもうれしく思う。


このアルバムを聴いているとものすごくいろんな思いが駆けめぐる。このCDの帯にはこんなことが書いてある。「あらゆるロック(音楽)のフォーマットをのみ込んだ、光のスピードで進化を遂げた、スーパーカーの今がここに」。あぁ、要するにアレね、サンプリングのループやらリバーヴだらけの節操ないごちゃごちゃした音で溢れて、そのくせ女の子が聴いても何となくお洒落っぽいって感じの軟弱なアレでしょ? そうしたり顔で言われても仕方のないようなしょうもないコピーだと思う。いままでいろんな先人達が試してきた音楽のジャンルの垣根を越えて自由に楽しもうってスタイルを若さにまかせてやっちゃうわけね。それもある観点からすると何となくそうも見えなくない点で不利。何が言いたいかというとこのアルバムには説明の言葉が一切似合わないのだ。なぜなら75分を超える再生時間(幅、空間)の中にこそ、その真意が詰まっているから。テキストによる要約も圧縮も受け付けないのだ。1秒も1音にも無駄がない。それでいながら密室感ではなく開放感に包まれている。そしてそれは大きな始まりのイントロ部分に過ぎないことを感じ、その向こうに広がる怪物の胴体が一体どのくらい大きいのか想像がつかずに、僕は恐怖と希望でわなわなと震えてしまうのだ。


「フューチュラマ」というのはマシンエイジの頃にゼネラルモーターズ社が万博で行った「未来のパビリオン」のことだ。科学の進歩による明るい未来が車(スーパーカー)と共にやってくると信じられていた頃の未来の風景、あるいは予想図、と考えてもらえれば絵解きもずいぶん楽になるかも知れない。このアルバムにはご多分に漏れず、古く懐かしいピコピコ音や、電話のコール音、リバーヴなんかがふんだんに盛り込まれている。でもフリッパーズギターが「ヘッド博士の世界塔」でちりばめたような難解な記号もなければ、スパイラルライフが懐かしく新しい未来のモチーフとして「テレビ」を持ち出していたようなムードとは明らかに違う、フェイクやまやかしじゃない強い意志を持った未来観に裏打ちされている。冷めた若者のカリスマであればあるほど、未来って言うのは「どうでもいいもの」「うそっぽいもの」とうそぶくのが定説だったけれども、退屈だからこそギターを掻き鳴らした彼らは、率先してその未来へ駆け出した。ただ「ついてこい」「こっちが正しい」とは言わないだけの話しだ。自分で振り払った鈍い雲の色の合間から光の存在だけを垣間見せる。


これだけの強度を持ちながら、今回方向性に関するミーティングはなかったとナカコーは言う。やりたいことをちゃんとやってみて、最終的にできあがったものをメンバーが「わけわかんない」と言ったとしても、それでいいと思えるぐらいのことをやった。各メンバーの持っている感覚は信じているけど、アルバムの方向性に関しては少しもまかせなかった。そういう主旨のことを言った。実際、アルバムはナカコーの頭の中で鳴り響いている音をいかに忠実に音源へ置き換えていくかに一番神経を使っているように見えるし、このアルバムのツアーが始まった時に僕のそばで見ていた観客などは「これならナカコーひとりでやればええんちゃうん?」と冗談交じりで言ったくらいだ。確かにライブはアルバムの演奏再現と言えるべき内容で、今まで向かって右側だったナカコーの立ち位置は大きくセンターを陣取り、ドラムはツインになって左右へ散った。ギターよりもたくさんのスイッチをうれしそうに操るその姿は、さながらナカコーの音楽実験室とも言える感じだった。


ともすれば不安になるのが解散への心配。これだけの自信と実力を手にしたナカコーなら、もうひとりになったって全部自分でやっちゃうだろうし、その内なる世界の再現だけを強いられるメンバーの疲労って言うのは、すごい世界を作り出したバンドのメンバーであることの感動を差し引いてもしんどいんじゃないの?と勘ぐってしまうけれども、僕としては解散してもナカコーの音が聴ければいいかなぁって結構呑気に構えていたりして。でもいくつかのインタビューを読んだ限りでは、やっとみんなのやりたかったことに届き始めたので、楽しくて仕方がないみたいに言ってたから、心配は無用なのかな。大げさにではなく、これがまだ「光に向かう途中」でしかなく「光の中で安定したもの」は次で作るつもりだからなんて冷静に言い放つナカコーは、やっぱりただもんじゃない。ナカコーが自分で興奮するような会心の出来の音を、おそらく生きている内に聴けるだろうことに、結婚の約束をした幼稚園児のようなトキメキで待ちかまえてしまう。


インスト2曲を含む、全16曲の中で捨て曲なんてのはないんだけど、最後に4曲続くずっしりと深いバンドサウンドが特に涙が止まりません。それでも時間が足らない人なら最後の2曲でもいいや。あまりに非凡で、あまりに懐の深い表現力が、時と場所構わずに僕の目の裏をびっしりと涙でいっぱいにしてしまう。もうこれ以外何も要らないよって口走りそうになって、慌ててその口を酸っぱくすぼめる。いや、連れてってくれだなんて言わないよ。僕は僕の未来がある。僕には昨日より近づかなきゃいけない場所がある。でもそれがちゃんとそこにあることを教えてくれたスーパーカーはかけがえがないよ、と思った。「ベイビー、今度は寄りかからないで愛そう」。それが唯一アウトプットできる前向きな今の気分。僕がミュージシャンだったらここでデッドエンドだけど、そうじゃなくて良かった。甘えないよ。

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2000-11-28

マニュファクチュア

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ワイドショーでキムタクの結婚にケチ付ける奴の人生が、どれだけ素晴らしいってんだよ。(そんな気持ちはさておき、興味もないのに二人の情報に異常に詳しくなってしまう僕がいたりして)


ツレプテクーのバージョンが新しくなるそうで、年末商戦に賭けた大幅値下げ?と思いきや、値段は据え置き、DVD再生用のリモコン付属っていう、ただでさえゲーム機として満足に使われてない現状で、その判断はソフト会社に対する当てつけですか?って聞きたくなる感じ。せっかく同梱していたメモリーカードも、DVD再生用ソフトがハードな意に組み込まれたことにより別売りになるし、ますますゲーム機である必然性(そんなもん買う人にはむしろ邪魔なのかも知れませんが)が薄れていってしまうのだった。よく僕の今の仕事なんかは「(通話やメールで充分楽しい)電話機でわざわざゲームなんかしたいか?」なんて言われることが多いんだけど、おんなじことをツレプテクーにも言えちゃう時代(ゲームはたくさんあるエンターテインメントのうちの小さな1ジャンルに過ぎない)が来たっつうか、急にでかい壁がどんと現れたような気になりました。でもこのリモコン、写真を拡大してみるに電源のオンオフはないようで、なんだか中途半端な代物。しかも片手でゲームも出来るようにしてあるから、みたいなアナウンスまでしてんの。どうせならゲーム用コントローラーも別売りにしちまえ!ってんだ。どうせ埃かぶってるんだし。

テレビばかり見てると馬鹿になる (Manga F comics)

テレビばかり見てると馬鹿になる (Manga F comics)

山本直樹の新作短編集「テレビばかり見てると馬鹿になる」を読んだ。相変わらずむちゃくちゃいやらしくて、最高に哀しかった。曖昧な距離の男女が曖昧さを残したままセックスする。同意の元ではなく「引きずり込まれるように」だったり「なんとなく」だったり「無理矢理」だったり。そうすることでぽっかり空いた感情の隙間には何かが埋まるわけではないし、あらかじめ救済を信じているつもりもないけど、前とはちょっとほんの少し景色が違って見える。その瞬間にだけ存在する澄んだ空気が、いつも強い共感を誘う。セックスの感じを絵でも文字でもこんなに的確に描ける作家を僕は他にまだ知らない。画材としてマックを導入してからと言うもの、彼はひとりで作品を仕上げてるって話しを昔どっかで聞いた。作品に作業分担(説明)という「ノイズ」が混じらないと言うことは、感覚が産地直送と言うことなので、発案からお届け時間までのタイムラグにさえ目をつむれば、こんなにうれしいことはない。過剰も不足もないジャストな世界、大量生産じゃない居心地の良さにたっぷり浸れるそういうゼイタクをこれからはモノヅクリのスタンダードにして欲しいんだよなぁ。そのためにスピードは4分の1に、出荷数は半分以下、それを埋めるために単価が10倍になってしまっても、僕はむしろうれしいんだけどみなさんはどうでしょう。スーパーカーのナカコーもキーワードとして「マニュファクチュア」を挙げていたので、僕的には「濃い人 to 濃い人の10倍太いパイプ作戦」と名付けて、ユニクロスターバックスではなく、家具屋や和菓子屋なんかを推奨していきたい感じ。高速にみんなが繋がる時代なら、それができるし逆に求められると思うのね。




世界の一言名言集

「ほどほどに愛しなさい。長続きする恋はそういう恋だよ」
シェークスピア





リンクを更新したので、暇な人はのぞいてみてください。

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2000-11-27

コミュニティ

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「久々に見た気がします」とか後輩に言われる月曜日です。ま、そんな日もいいだろう。机の上にたまった仕事をどっと片づけただけでもう夕方。昨日までの時間の経ち方と全然違って、それはそれで新鮮だな。


スーパーカーのファンページの第一人者「PLANET」が大幅リニューアルしたと聞いて、ふらっと立ち寄ってみると、あーら何と素晴らしいことにメンバー公認ページに大変身、あこがれのナカコー直筆メッセージまでもらっていて、あぁ、こんな夢の続きばかりで毎日が過ぎていくような渦中の中心に僕もいたいもんだと、ジェラシーによる眩しさに目を細めた次第でございますよ。そのうち、メンバーを交えたチャットなんかもあるらしいですよ。こういうシームレス感はホントどんどん推奨したい感じ。だって21世紀に生きるわけですから、僕ら。それはそうと有名レコード各店の「Futurama」購入特典はすごすぎるね。トートバックや、ミラー、マグカップ、ステッカーだけじゃなく、500枚限定アナログを抽選でプレゼントってなんだよそれ、ずるいよ。一体あと何枚買わせりゃ気が済むんだよー。欲じいー!!


ガックリしたことと言えば、スーパーカーと同じぐらい大好きなニンテンドウ64の拡張パーツであり、会員制である「ロクヨンDD」が、一年目の会費の回収もままならないまま、その窓口であるランドネットDDという会社を畳んでしまうという話し。手元に届いた封書によれば「ゼルダの伝説」のアレンジ版を含む発売予定だったソフト9本も完全凍結し、ネットサービスも来年2月末に完全停止。ユーザーとクリエイターの楽しみを、ネット上で「場」や「環境」として育てていこうとした崇高な試みは、たった1万5千人の支持者しか集められずに(ロクヨン自体は国内400万台程度の普及です)、歴史の潮流の中に飲まれてしまうのだった。これによって僕が表現の場で生きていく上での大きな枝の一つが枯れ落ちたような気になった。それは作り手と受け手の境目がツールの進化によってどんどんシームレスになったり、お互いを相容れるようになったりする時代が来るっていうそういうイメージが、マーケットという視点からは淡い幻想でしかないことに強く気づかされた瞬間だったんです、僕的に。想像では20万人ぐらい常に沸々としている専門校生みたいなセミプロが、クリエイト欲の、イージー(簡単で安価)な捌け口の場を今か今かと伺ってるはず!って思っていたんだけど、そんなに熱気がある奴はとっくに自分だけの力で手に職を持っているか、それ以前の奴はめんどくさがって、結局何にもしてないのだった。だからそこに熱意を払う暇があったら、今は自分が作れる小さな渦にでも、水面下のクリエイター卵の手を引き上げて巻き込んだり、踏み台にしてもらったり、お互いに切磋琢磨したりしたいなって思った。結局はツールじゃなくて人の縁がそこにあれば「場」(コミュニティ)は自然に出来るわけで、そこに電気や電話線や記録用メディアは必ずしもなくたっていいんだよね。そう思ったんだ。

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2000-11-26

takanabe2000-11-26

リスタート

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ヴァージンレコードなら先着順でマグカップが付いてきます(写真)。


お久しぶりですね。こんばんわ。現実世界に引きこもってました。結構盛りだくさんな5日間だった。オオタ君を押しのけて、カナちゃんと梅田HeatBeatでスーパーカーのニュウライブを見たり、犬にえらく気に入られて体中犬臭くなったり(獣は結構苦手)、朝の公園に寝そべって屋根の上の鳩の数を数えたり、本屋の雑誌コーナーを端から端まで立ち読みしたり、ひとんちで延々眠ったり、「チャーリーズエンジェル」を見たり、知りもしない親戚とホテルで気取った洋食を食べたりだとか、生まれて初めてグリーン車に乗ったり、ドラえもんが先導役の空海の本を読んだり、生まれたときからずっと一緒に冬を過ごした赤いチェックのマフラーをなくしてしまったり、福田君ちでspinnやうでっち達とおいしい塩鍋といろんな土産話をごちそうになったり、天気の良い鎌倉の海でわんたんを食べたり、そんなデイズ。


5日ぶりに家に帰ると、メールが60通ぐらい溜まっていて、おいおいっつうことは何? 会社は200通とかそういう話し?とか思って、私信以外のメールを読まずに捨てた。散らかった部屋は、ルーチンな生活からちょっとはみ出て俯瞰してしまうと、なんだか自分のものじゃないみたいで、別に排他的になる理由も必要もないのに、一度全部捨てたくなると言うか、ぺろっとデスクトップホームページの壁紙を換えるみたいに、なんとかならんもんかと思った。大事に抱えて毎日あたふたしているそれらは、昨日までの経験則がそう思わせているだけで、案外大事じゃないのかも知れないよ? なーんてそれっぽい警告を促してみたりして。


スーパーカーのアルバム「Futurama」とツアー「Floor Extra」についてはもう少し後にちゃんと書くけれども、今回のテーマとも言えるのが「ReSTARTER」という曲の歌詞にもなっている「リスタートして運命を撃て!」という一文。やっぱりこなかった「恐怖の大王」や、ぼんやり始まっちゃいそうな「憧れの21世紀」の色を変えるのは、ルーチン(退屈)から抜け出すためのリセットボタン(受動態)じゃなくてリスタートボタン(再起動、能動態)だぜ!ってそういう歌ですよ。21世紀が始まったからって何かが変わるもんじゃないってのは、たいていの人は気づいていると思うけれども、そんな20世紀、21世紀なんていうちょっとした時間のきっかけを利用してでも、ボーン(マックの起動音)って再起動しちゃおうぜ。そんなことを僕なりに実践したくて、ちょっとだけしてみて、割と出来たかなっていう5日間だった。ま、僕のは中学生のプチ家出と変わんないんだけれども「デスクトップの再構築」ぐらいの感じにはなった気がします。進路クリア! あとは運命を撃ちます。今週はがんばろうっと。

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2000-11-21

来ないと思っていた

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Futurama

Futurama

スーパーカーのニューアルバム「Futurama」を一日中聴いていた。もう来ないと思っていた21世紀がちゃんと来たんだって気がした。僕(僕ら)は過去でも未来でもなく2000年という今を生きているし、前を向いて好きなところへ歩いていけるだけのチカラがあるな、と思った。うそっぱちじゃない希望やリアリティっていうのは自分で紡ぐしかない。ジャケットのデカルコマニー(インクを垂らした紙を閉じて開いて作った偶発的な絵画)にはWhat does it seems to be?って書いてある。正解(=未来)はヒトの数だけって意味ですわ。気負いのない歴史的名盤。


未来と言えば、昨日のあまりにすごいホンダの小学生ロボットに加えて、ソニーも50センチのヒトガタロボットを発表。もう今すぐにでもバンダイなんかはガンダムの外装を着せたいだろうなって気がします。それを取り囲む大きな子供達も1万人ぐらいいそうな感じ。まだ値段は軽自動車並みだそうだけれども。学研のかがくやなんかで見た「ロボットのトモダチ」ってそこの道の次の角を曲がったところでもう待ってそうだと思ったよ。


マリオテニスGBを通勤途中にやっていて、トーナメントで優勝したよ。シングルはイマイチだなぁと思っていたけど、ダブルスは大変面白かった。テニスっつうか、羽子板とかビーチバレーに近い速度感覚だけど、3手先ぐらいを読みまくるじゃんけんのような、エスパーっぽい駆け引きが気持ちいい。ホントのテニスもこんなに出来たら楽しいだろうに!って思わせた時点で、このゲームの勝ち!と思った。キャメロット恐るべしですね。ロクヨン版は「ゼルダの伝説ムジュラの仮面」を押さえて、2000年ゲーム大賞堂々の第一位です、オレ的に ちなみに「風来のシレン2」の方は76回目のゲームオーバーを経て未だに鬼ヶ島をクリアできずにいるのだった。今もし僕が世界の時間を24時間止められる魔法を手に入れたら、8時間寝て、残りは全部シレンにつぎ込むこと間違いなしっつう、やばいはまりっぷり。ドラクエやなんかと違って、時間を掛ければレベルが上がって数字の上でモンスターより強くなればいつかは解けると言うものではなく、ゲームオーバーになる度に、無一文の武器なしのレベル1に戻されて、ドラクエでいうところの「レベル」が画面のこっち側の経験で裏打ちされた「知識」である以上、一生このまま鬼ヶ島で殺され続けるっていう危険をはらんでいるあたりも魔性です。普通あきらめたり、やんなったりしそうじゃん。でももう一回だけ!お願い!ってテレビ画面にのめり込んでいく自分がいるのね。こんなゲーム作れたら本望だよなぁ。

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2000-11-20

世界を敵に回しても

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ホンダのロボの中身って、えなりかずきなんでしょ?


えーと、入社当時に社内報に書いた自己紹介コピーは「幸せのカタチを考える」でした。僕は入社当時、工業デザイナーで配属だったので「製品のカタチを考えるのが仕事だけど、生きていく上で自分の幸せの在り方をずっと考えていくし、誰かを幸せにできるようなカタチを作っていきたいよって意味でした。不朽の名コピーです。「ラヴフール」というここの名前同様、ライフワークというか僕自身のテーマだな、と思います。なーんて書き出しからも分かるように、今日は泣き言を言う回なのでした。「考える」ばっかで、それが全然実現できてないつうかね。大事にしたいことが10個あったら、リスト第1位だけを必ず逃すっつうかね。涙も枯れるっつうかね。ここ何日かうんうんうなっていたら、顔からすっかり表情が消えましたね。子供のようなで心臓をうしろからいつも掴まれているような変な息苦しさがあって、むせてばっかりです。さすがに今日は会社休んでやろうかとも思ったけど、自分が無理矢理設定した大事な会議があって、行かざるを得ないのでした。ま、それはいいとして。枕を抱きしめてじたばたしながら、頭の上でちっちゃいオレが「おいおいこんなモラトリアル、30才になっても続けてくんじゃないだろうな?」って確認しかけて、また怖くなって。古谷実の漫画の登場人物達が全然笑えないリアリティで迫ってきます。間違いなく変わらないだろうって確信してるから。


ごっちゃにして考えるには、先人達にもこれからデザインを学んでいこうという人たちにも失礼なんだけれども、人間工学的な使いやすさや合理性を重視する工業デザインというのは、それを重視するあまりにユーザー不在のやさしさへ到達してしまうことがある。例えば、公園のベンチに乞食や酔っぱらいが寝てしまったら景観が悪くなる→座れても横にはなれないように、座面にいくつかついたてを立てよう→でもカップルが座ったら間にあるこのついたては邪魔、とか、複雑なゲームシステムをシェイプすることを怠って積み重なった操作の難しさを、コンフィグモードを付けてユーザーに投げ出しちゃうとかね。ある側面でだけ物事を捉えてしまって話しをいびつにしたり、考えることを放棄して押しつけがましくないのがやさしさとか平気で思ってんのね。でもそれはデザイナーの仕事じゃなくても、日常ありふれている危険だと思う。何か突飛なアイディアが浮かんだら、その画期さはもちろんだけど、何故それが今までの歴史に現れなかったのか考える。長い時間の中で淘汰された形跡がないか、アイディア自体に無理がないか、おんなじことばかりに固執してないか。でも、それが自分の生活や、幸せに関することだと途端に判断力が鈍ります。右も左も分からないぐらいに。


とにかく今は2位から10位までは切り捨ててでも1位だけは抱えてどこまでも逃げ切りたい、そんな心境です。世界を敵に回しても。

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2000-11-19

題名のない休日

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風が冷たいね。でもわくわくしてる。

ゴーストスープ [DVD]

ゴーストスープ [DVD]

DVDを回しながら部屋を片づけたりした。岩井俊二の「ゴーストスープ」。デビュー間もない鈴木蘭々とデーブスペクターという変なキャスティングのテレビの深夜特番だわね。ストーリーは低予算でよくがんばったちょっと不思議ストーリーって言うアレですが、DVD版にはインデックスページに3つの子画面が付いていて、その内1画面が延々本編を流しているのを、残りの2画面が最近の鈴木蘭々が当時を回想しながらぼそぼそコメントしていくっていうおまけが付いていた。「あー、こん時あたし芝居初めてだったんだよなぁ」とか「この後みんなでうなぎ食べたんだよなぁ」とか、どうでもいいことを言っている彼女を2台のカメラでまるまる一時間定点観測と言った、なかなか不思議な作りになっています。僕は蘭々がイマイチ好きになれないんでアレですけど、好きな人だったら、部屋に蘭々を呼んで一緒にビデオを見ているような気になれてお得かも、と思ったよ。一見無駄と思える仕掛けもファンにはたまらないわけで、DVDの大容量ってすごいね。


マフラーを巻いて自転車を漕ぎこぎ近所を廻る。レコード屋でスピッツのライブビデオ「JAMBOREE2」を980円、その隣りの古本屋で「稲中卓球部」全巻セットを980円、ドリームキャストの「マーブルVSカプコン」をやっぱり980円で買った。スピッツのビデオはずばり迷走中の時期の、ベストテイクを継ぎ接ぎしたような編集。演奏はレコードかっつうぐらい丁寧で、お客さんはぶうこ率の高いあどけない女の子ばっかりで、正宗は半袖がちっとも似合わなぇなと思った。ロックバンドでありながらドライブ感のない、アルバムよりもゆったりとしたテンポは、正宗やそれを見上げる女の子達のうっとりとした顔からも分かるように、魔法の国にいる特別な時間と空間なんだろうな、と空気を震わせないこっち側で、ビデオ映像の向こうをちょっとうらやましく思ったよ。


J-Phoneのカメラ付き携帯電話を会社の先輩が買ってきたので、触らしてもらった。重さや大きさは今までの携帯と全く変わらないってことが衝撃的。液晶画面はちゃんとファインダーになるし、プリクラ並みの肌色はちゃんと再現されるし、パソコンにも簡単にメールで送れるし、コンパに役立つのはもちろんのこと、電話が通話する道具というより、音声、文字を含めたコミュニケーションツールだと考えると、そこに画像が加わるって流れはとても自然だし、大きさ重さが少しも変わらないってことにはホント単純に大喜びしていいんじゃないでしょうか。画像添付したメールがいくらになるのかはちょっと分からなかったんだけども、NTT方式でパケット料で換算した場合、カラー画像なので150円ぐらいになっちゃうこともあり得るんだけど、別に毎日送る訳じゃないだろうし、プリクラだって300円だし、ジュース一本分ぐらいのおたのしみ価値はあるかもな、と思わせるおもちゃではあります。あとは画素数云々よりは、居酒屋程度の暗さでも撮れるようになればなぁと思います。あ、そうだ。盗撮対策でシャッターボタンを押すと「ぴろりろりん」とか割と大きな音がします。エッジでもこういうの出してくれないかなぁ。ブスって挿すちっちゃいカメラが出るのは知っているんだけど、もうこれを触った後だと、それさえ馬鹿馬鹿しい感じ。


ソニーが製品化を見越したいくつかの試作品を発表したソニープレイステーションを作っていたのと同時期に液晶の携帯ゲーム機を作るプロジェクトもあったそうだけど、いろいろ考えた結果(おそらく後発なりの明確な優位性が出せなかったので)「ゲームボーイがあればいいじゃん」という結論に至って(!)、プロジェクトを打ち切ったという過去があると昔何かの本で読みましたが、新しく開発された様々な拡張プラグを差し替えるPalm端末の姿は、リベンジでやってきた大人版ゲームボーイでしょ?って気がして、その2度に渡る大英断になかなかどうしてやるもんだ、と鼻息を荒くした次第です。まぁ、でも各拡張プラグを収納して持ち歩く状態なんかを思い描くと、OLなんかが持ち歩くごちゃごちゃと汚いメイク用ポーチみたいのを想像してしまってなんかイマイチ冴えないんだけれど。

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2000-11-18

おもてなし感

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年賀状って何のために書くの? 何かの更新手続き?


久々の晴れた休日なので布団が干せた。うれしい。夕方、平日バタバタして終わらなかった仕事を片づけに会社に行ったら、思いの外30分とかで片づいてしまい、日曜日は行かなくて良さそうな感じになったので、ゆっくり寝て、呆然とゲームでもしよう。あ、床屋行こうかな。

会社の先輩に貸してもらった映画「メリーに首ったけ」見ました。底抜けに面白かった。下品だと何人かに聞いていたので、パッケージからしてもキャメロン・ディアスミニスカポリス的な展開に?とか勝手に期待してたのに、純度の高い真っ正面なラヴコメディでそれはそれでいい感じの誤算だった。とにかくダメで見栄っ張りで男達がメリーに惚れまくるかっこ悪いッ振りに、同情アンド苦笑っていう構図でしょうか。土曜日という時間に持ってこいなムード。こういう映画見たかったんだよなぁ。なんか世紀末だからなのか、考えオチみたいのが多すぎるじゃないですか、最近。そんな中でなんかちょっと元気をもらった気がしてうれしい。そしてキャメロン・ディアスの明るく無防備なセクシーっぷりはずるい!と思った。エンドロールでの何故かミュージッククリップ風に編集している楽しいメイキングシーン公開(要するにメイキング風なだけで完全に別撮りっぽい)も、後味がいいまま劇場の外へ戻してくれる「おもてなし感」がとてもよかったな。ヒトに与えるチカラの種類としてすごく学ぶことが多かったっすよ。


マッキが強く推している「ケロケロキング」というゲームがあって、発売2週目までの出荷本数でジュースを賭けた。内容はゴルフゲームで、ボールの代わりにカエルを飛ばすというもの、カエルだけに水に落ちてもスイーッと違うところまで泳いでいってしまったり、いいところへ落ちたと思っても意外な挙動でやきもきさせたりするんだって。「面白いと思うけど、ターゲットが曖昧すぎて商売として成立しないよ。行って6万本だな」と僕がしたり顔で言ったらマッキは「いや8万本は行きますね!」と言ったので、7万本が勝負の分かれ目となった。で今週のファミ通に1週目の結果が出ていたんだけど、1万本でしたね。あと7日間で6万本売るのはちょっと無理っぽい。厳しめの僕なんかより現実世界の方が何倍も厳しかったりして、笑うに笑えなかった。CM結構やってるのになぁ。


pen」という割とブルータスっぽいスタンスの雑誌があって、デザインのいいもの家電特集だったので買ってしまう。ゴーストチェアやらG4cubeやバング&オルフセンやら新旧交えた定番どころプロダクツが、普段はなかなか見てもらえないだろうかっこいいアングルでずらりと並んでいる。機能から出た美しさもあれば、金持ちの酔狂としか思えないスタイリングもあり、一緒くたに「デザイン」を見るためには相当に正しい観察力がいる内容になっているけど、そんな図鑑のようなにぎやかさっていうのは単純に楽しいね。たくさんのケーキの乗ったトレイから、これをお願いってウェイターに注文しているときのようなわくわく感があるよね。その中でちょっとだけ引っかかった言葉がフィリップスデザイナーの発言。「フィリップスでは家電製品を”ヒューマンウェア”と呼んでいる。機能を意識しつつ、僕たちの生活に密着した文化的価値を与えることが大切だと思っているよ。今後は家電を大きくふたつへ分けていく予定だ。ひとつはインテリアや生活にとけ込むインビジブルなもの。もう一つはキャラクター性が豊かで感情移入できるもの」、だそうですよ。僕が考えている方向とかなりダブっていたのでうれしかったです。「そこにあることを気にしなくていいほど高性能(例えば自動ドアはそうなってる)」か「そこにいて欲しいって願うほどかわいい(iBookなんかはぼくにとってそう)」かのどっちかに落とし込んでいきたい感じ。今はどっちつかずでうっとうしいもんばっかりだ! まかせたよ、タマビのみんな。オレが欲しいのをくれ!

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2000-11-16

記事から抜け出てきた!

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今日はね、すごいことがあった。前振り長めで行こう。朝本屋に寄って、適当に資料でも買っていこうかと思ってフラフラしていたら、ラキノンジャペンの新しいのがありまして、スーパーカーの記事が多いから、表紙がゆずなのをかなり我慢しながら買ったんだ。で、電車の中で記事を読んで、ラヴが空回りのインタビュアーの質問と、期待通りのナカコーの発言の数々に感動して涙がこぼれて、出社直後に「このページのここから読んで!」とか、仕事をしてくれてるマッキに、変な熱気むんむんで迫ったりして、もう一日中スーパーカーのことばっかり考えていた。もうその記事はホント最高で、何ページもあるインタビューも3段ブチ抜きの新譜レビューでも、「光の向こう側に見えるものが」とか、「迫り来る未来が」とか、「これは音楽の発明!」なんて、抽象的でとらえどころのない単語ばかりが飛び交う、言ってみれば、スーパーカーを聴いて強く共鳴したことのない人には何の価値もない、客観性の欠片もない文章になっていて、それがまるで自分の文章を見ているときのように恥ずかしくておっかしい。雑誌という性質上、文字数がある程度ないと成立しないっていう部分があって、ホントなら「すごい!」とか「これ好き!」とかで終えたいシンプルな気持ちに、無理してでも言葉を当てはめたいんだけど、結局今までの中で該当する語彙がないので、話しが宇宙や光や未来にまで飛んじゃうんだな。インタビューされて言葉を導かれるはずのナカコーの方が、むしろインタビュアーの暴走にブレーキを掛ける役目になっていたりすんの。「どうしてこんなすごい音を鳴らしておきながら恍惚を感じさせるような方向へ行かないのか」っていう問いに関して「いや、そっち側にはいつでもいけることは知っているし、そうだって言っちゃった時にそうだって事だけしか捉えられないのが一番怖いし、今回は別にそういうのが目的じゃないから」みたいな、完全にニューアルバムがもっともっとすごい何かに向かう途中のプロセスでしかないことを、全然興奮してない口調で平然と言ってのける。そうなんだ、考えてみれば、彼らはデビュー当時からずっとそうだった。青さや若さをぎゅっと詰め込んだファーストアルバムが絶賛された時も「別にギターポップが好きな訳じゃない」って言った。打ち込みを大胆に導入したメロウなセカンドアルバムを発表した時も、意図して新しいことをやったわけではなくて、前から持っていたものをタイミングを見計らって出しただけって言った。でたった半年のインターバルで2枚のエクストラアルバム(全部新曲)を作った時も、これはサードアルバムじゃなくて、過去の在庫処分だって言い張った。要するに、すべてがすべて、ナカコーの頭の中にある「すごくかっこいいところ」へ向かっていく為の、段階的な布石、あるいは未来から差し伸べられた正しい回想の1場面でしかないことが、その生意気なセリフの数々の裏で、逆説的に証明されていくのだった。怖いし、すごい。ドキドキするし、連れてって欲しいと願う。そんなことを一日中ぼんやりした頭で考えていて、夕飯を食べにいつもより早めに仕事を片づけて渋谷に向かったんだった。そしたらね、帰り道に向こうから歩いてきたんだ。スーパーカーの淳二が。ははは。爆笑。そういう偶然って僕の生活の中にものすごくよくある。好きな人に会いたいと思ったら会えたとか、そういう魔法。でももっとおかしかったのは、本ばかり読んでいたせいで、ホンモノの淳二が現れたときに「あ! 記事から抜け出てきた!」って普通に思ったんだよね。へんなのー。っていうか本題は一行で済むじゃんとか言うのなしね。

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2000-11-15

takanabe2000-11-15

時間の最小単位

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「暴れはっちゃく」の親父が亡くなった!って、他にもっといい言い方が見つからないところがすごいです。


プールサイドはバターのような匂いがする、とか、君の耳たぶはオレンジの味だね(フクダケイ)とか、乾いたタオルの太陽の匂いが好きとかなんとか言っていると、「あー君はあれだね、詩人だね」とか半ば呆れ顔で言われちゃうのにももう慣れましたが、その「太陽の匂い」が科学的に再現できるようになったんだそうですよ。まだ嗅いだことが無いのでイマイチピンと来ないし、変な気持ち。遺伝子操作とかに似て、なんかそこだけは数値化して欲しくなかったよーっていうところに足を踏み込まれた感じ。今年初めての大雪が降った日にオレだけの秘密の空き地に息を切らして駆けていったら、とっくに誰かの足跡だらけになっていたみたいなね。


ワン切り、つまり電話を掛けて「プルルルルー」ってコールが一回聞こえたら切って、不在着信通知で相手が改めて掛け直してくるのを待つ行為(つまりはお金の無い学生が自分の電話代を安くしたいため)なんだけれども、それ自体がもう当たり前の仕組みとしてまかり通っているどころか、「ワン切りしたのに30分も返事なしってどういうことー!?」とか怒られるように言われたりするご時世だそうですよ。たまらんですね。で、そこまでならグチなんですが、例えば社会人の僕らにとって、ケイタイでのメールのやり取りは、デスクトップでするメールの10分の1ぐらいに希薄な、言ってしまえばテキストで高圧縮させた言葉遊び、あるいは初めてトランシーバーを手にしたときのようにスパイごっこを彷彿とさせる、時と場所を無視した繋がり感の共有という、「遊び」がまずありきな意味合いが強いかと思っているんだけれども、「ワン切りで30分返事なし」でいらいらする世代の人たちって言うのは、何つうかもう生きている時間の単位が15分とかで10分とかで出来ているんだろうなと思った。サンプルになるかどうか分からないけど、僕は1日の仕事を4つぐらいの時間のブロックの中に当てはめて一日を過ごす。会社に届いたメールは初めて読んでから大体2時間以内をめどに全部返信する。言われた仕事を片づけるには、今日中、明日まで、3日後、週末まで、週明けまでのような単位を用意している。僕が何かをこなすには多分2時間とかが最小単位なんだろうなって思っている。でもテレビにリモコンが付くようになってから、チャンネルが秒単位で変えられるものになったように、ケイタイを子供の頃から当たり前に持っている人たちは、その2時間って言う単位が、リモコンのない古いテレビのように鈍くさくて退屈で仕方のないものなのかも知れないと思った。僕が2時間掛けないと何らかの形にアウトプットできないって言っている間に、例え仕事の総量は同じだと仮定しても15分区切りの生き方だったら8つのことを並列して回せちゃうわけでしょ? なるほど「ワン切り30分返事なし」は、僕にとっての4時間に当たるわけで、時間の感覚からすれば、それなりの我慢を表してるのかなぁって、勝手に納得してみた。


2年前の松崎ナオの写真を見つけて惚れ直す。あー、この絶妙ないやらしさこそ、ぶうこの神髄。なんだろうね、今時、紗のかかったようなブロマイド的な演出や色合いが、往年の山口百恵的なものをイメージさせるんだけど、どこがどうそう思わせるのかイマイチ自分でも分かりません。イマイチ分からないけどドキドキしてやまないのがぶうこのぶうこたるゆえんと言えばそうなんだけど。厚い唇、ピントの合っていない視線、跳ねた毛先、でかい襟、胸のポケットの位置や大きさ、つうかどこよそこっていう背景、この写真のあらゆる所からもう匂い立つ色気に僕はひゃーって真っ赤になりながら目を覆ってしまうような気持ちです。ごめん、正視できねいよ。目を見たら最後、抱きしめてしまいそうだ。やーん、こっちにこないでー!


先月、突然更新が活性化してその前向きなテンションの高さを絶賛した身内と言っていいだろうサイトのいくつかが、フツーに沈静化してきて、あ、そのタイミングまで一緒ですかって思うと何かちょっと笑えた。それもなんか「今日ももりもり書いてやるぜー」が「やばい、書くことないぜー」になったって言うんじゃなくて、「書きたいことがたくさんある時」と「ない時」が両方があって、別のどっちの時も更新は義務じゃないんだけど、「ある時」はいろんな事をしたい、「したい」がたくさんある状態のうちの一つが「更新したい」感じを含んでいて、「ない時」っていうのは仕事も暇なら、他にしたいことも何にもない状態なんだ、更新を含めて、まー、生きるってのはそんなもんだっていう点。「書かなくちゃいけないような出来事ながなかった」とか「やりたいから私はやってるんだ」みたいな痛ーい自己確認を1ヶ月おきにしているその辺のサイトのようなモラトリアムからはとっくに卒業してんだなぁ、僕らは、と思ってちょっとだけ誇らしかったですよ。なんか変な言い方だけれども。

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2000-11-14

死んでいく感覚器とデリバリー時間差

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んー、今日はちっと重めの話しで。


オトナにならないと分からないことがあるとして、僕はそれが子供の頃から何かを損なってそこへ辿りつくようなイメージがずっと拭えなかった。多分ヒトというのは生まれた瞬間がカンペキで、そこからいろんな種類の言葉や表現手段を得るたびに、今までよりコミュニケートは洗練されていくんだけど、感覚を翻訳することが器用になればなるほど、本来そこにあったはずの感覚が死んでいくような気になるんだわね。例えて言うと、若いときには暇と体を持て余していたけどお金がなかった。オトナになるとそこそこのお金はあってもそれを正しく使うだけの暇と体力がないみたいな感じでしょうか。これも既に死んだ感じ。


味覚についての雑学知識がそのイメージに直結した時、僕の中でいくつかのことが解決した。例えば小学生に好きなメニューを聞くと「カレー」「ハンバーグ」「スパゲッティ」とかって言う。でもオトナになると「塩辛」や「アン肝」や「もずく酢」や「ビール」なんかの独特の深みのある味がありがたく思えたりする。コドモに無理して食べさせると「おえー!」って顔をする。でもコドモがはっきりした味を欲しがるのは、味覚が発達していないからじゃない。鋭敏すぎるからこそ、複雑な味や微妙な味はコドモの鋭い感覚器には「耐えられない」のではないか。コドモの好きなわかりやすい味をオトナ達が特に嫌ったりしないことからもわかるように、グラィックイコライザーで言うところの録音ピークレベルが高すぎて、微妙な味を口の中に入れると、それは食べ物とは思えないぐらいのノイジーな味になるんだと思う。あらかじめ音バランスの良いポップス(カレーとかハンバーグ)だけがなんとか気持ちよく響く。で、年を取って舌の味覚を感知する細胞が死滅していくたびに、今度はそのピークレベルが全体的に下がる代わりに、ジャズの揺らぎや、今までは音楽とさえ思えなかった環境音なんかの波形、無音に近い空気の振動に、感覚が程良く死んだ耳や舌に届きやすくなるだけなのではないか。


要するに深い溝のように尖っていた感覚が、長い年月のいろんなゴミや砂で埋め立てられた分、浅くフラットにならざるを得ないだけの話しで、オトナはコドモよりたくさんのことを知っているどころか、感覚器や感受性の面で言えば、より赤ん坊に近いコドモに勝るものはない気がすんね。コドモの頃ってちょっとしたことでわんわん泣いたりするけど、オトナになって毎日声をあげて泣くような理由を探すのはなかなか難しいじゃない? それは経験によって理性が備わって泣かないんじゃなくて、ショックを受け止める感覚がどんどん死んで、前より減っていってるだけなんだと思う。そこがオトナになっていく悲しさのイメージや、若さがうらやましいってイメージに繋がるんだと思う。感覚の死滅と引き替えに得る表現力。それは大いなる矛盾だ。


自分の信じる感覚を上手に説明できるだけの知識や翻訳力がないと、サラリーをもらうタイプの表現者にはなれない。みんなでヴィジョンを共有して、正しく効率よく分業するために必要なスキルだから。でも押し迫った時間の中で饒舌に言葉や知識を紡げば紡ぐほど、アイディアがそれこそ天から降ってきたときの最初のヒラメキやキラメキからは、少しずつ(しかし確実に)色や光が損なわれていく気がしてそれがやるせない。ホントはテレビでも見ながら広告の裏にさらさらってマジックで書いたヒラメキを「ねぇ、これっていくない?」「いい!いい!」「ねー、いいよねー」っていうんでだけで何もかもできあがればいいんだけど。


その解決策の一つが外部を遮断してひとりで何もかも全部作ること(プロダクトではなく、クラフトな方向)、感覚を誰かに説明するためのチカラで分散しちゃう前に、全部自分で再現しちゃえば消耗だって少ないじゃんって当たり前のことに気づいた。ま、それが待ちきれないからこそ、僕はプロダクトの現場にいるわけですけれども。だけどコツコツとながらも、それをちゃんと実行して成功している松本大洋の書き下ろし超大作なんかは、ヒラメキとそのデリバリーまでの時間差は広がりまくる部分は解決できないにせよ、感覚を最優先した努力が感じられてそれがいい。すごく。最大公約数的なマスプロダクト自体の意味がだんだん希薄になっていくだろう21世紀のものの在り方として、けっこう普通にスタンダードになるのかもな、と思った。

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2000-11-10

サンデーピープル

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タモリ倶楽部の「尻踊り」は誰のためなの?


マフラーを巻いたね。冬らしくなってきた。寒いの大好き。街は色めきだってくるし、誕生日が近くなってきた感じがして好きだ。風邪でぼーっと熱い頭の中を冷やすように乾いた冷たい風を吸い込んで、高い空の下をわしわし歩くのだ。もっと寒くなれ。


「自分でー、自分のー、風に乗ってくーよ(風に乗ってー)」ってナカコーとミキちゃんのコーラスがずっと頭の中で鳴っていた一日だった。どどどっとコトが進んだので、忙しさは倍増だけど、充実度は二乗!って思った。来週の頭の僕の頑張りですべての出来が決まっちゃいそうだ。土日はがんばるよー! 負けないよー! 目指せ年末! 応援頼むよ。


新しいアルプスの少女ハイジ。ううーん、僕が子供の頃、映画館で見たハイジとはずいぶん違うなぁ。ところであのオープニングの長ーいブランコ、あったら乗ってみたいと思いませんか? オトナ遊園地。


ソニー、直販専用「VAIO SR9」光沢ブラック仕上げモデル。前にカールスモーキー石井デザインのピアノ風仕上げノートパソコンというのが通販であって、あ、ステキかも!と思ったんだけど、これもその範疇に入るのかな。アップルが雑貨チックなアプローチで親しみやすさを、ソニーが淡いパープルのメタリックでインテリでお洒落なアプローチを取っているので、あとはそこに属さない価値観の「質感表現」を他のパソコンは目指すべきと思うんだけど、ピアノの持つ優雅さは、キーボードの上を踊る指先を引き立てるメタファーとして、相当いい! パイプ椅子風、とか言っていた新VAIOよりずっとずっとストレートに心に響きます。機能は大事だけど、その機能を満たしてなお、生活を美しくするものでありたいと思うのね、デザインは。軽くて丈夫で安いのはいいんだけど、パイプ椅子に愛着や安らぎは感じにくいだろう!って思うわけよ。普通の感覚を持っていれば。




今日のワンポイント密教(10)

日本人は「無心」というイメージが好きで、武道でも禅のように座って精神統一をします。スポーツでさえこの方法を取り入れるチームがあります。ここに共通しているのは「余計なことを考えるな」「邪念を消せ」といった姿勢で、いろいろな思いを否定することです。ところが仏教ではあまりそう言わないのです。第一「すべてを打ち消す」のが目的なら、集中する対象さえなくなってしまいます。むしろ「余計な事が頭に浮かんで当たり前だ。無理に消そうとせず、思い浮かぶものをよく見つめろ」と教えられます。悟りに辿り着いていなければ大したことは浮かびません。ですから「見つめろ」と言われても長続きしません。これを繰り返しているうちに本当に意識を集中するテーマに辿り着くと言うのです。

もうカンペキ過ぎて言うこと全然ないんですけど、僕はその「テーマ」探しの手段にデザインという方法(画材のような意味で)を使っていることがあるかもな、って思った。そぎ落としながら、一番そのものの核へ近づいていくイメージ。

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2000-11-09

楽譜に反映されないもの

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風は自分で起こすんだってことを覚えた! 鼻息荒め。


キーボード使えない人は4分の1以下に 例えば、何か商品を考えたりする場合、ターゲット層っていうのを想定して、その人口から売り上げを推測したりするんだけど、いわゆる「フツーの人」っていう対象が、数年前からは想像できないぐらい変わってんのね。パソコンを触ったことない人なんてもうほとんどいないし、日常、パソコンの前に立たない大学生なんてもうゼロに近いのね。就職活動のエントリーはインターネット環境なしでは考えられないってホントなの? 就職活動するからパソコン買って!とか、キャバクラでバイトしたりするんでしょうか。単に学校のを使うのかな。たった5年前、僕の通う多摩美八王子校舎には授業に使うためのパソコンは一台だってなかったよ。時代は変わるなぁ、そりゃ、iMacもたった2年で10万円割るわけだよって思った。


ロクヨンゲームソフト風来のシレン2」をやっている。もうダメ、生活そのものが崩れていくぐらいのはまりっぷり。買ってからもう1週間、本体に電源入れっぱなしなんだけども(オートセーブなんで特に意味ないです)、シレンをプレイする喜びっていうのは、ゲームや仕組みそのものに感じる喜びというよりはなんかもっとアナログな感じで、例えばトランプでピラミッドをそーっと作っていくとするじゃん。で、その事自体はそんなに楽しいことでも魅力的なことでもないし、完成したから別にどうってものでもないんだけど、ちょっと気を抜いた瞬間に、そこに費やした膨大な時間や、保ち続けていた集中力が、初めて目に見える形で派手に現れる(壊れる)のが、逆・カタルシスっつうかね。うわー! なんだよー!って思いながら、また一枚目から並べ始めちゃうのはどういう感覚なのかね。砂で城を造るみたいな感じ。しかしロクヨンなのに十字キーを使わせて、振動パック未対応っていうのはあまりにあんまりだろう。ここだけクリアしてたら満点って感じだったのに! 惜しい! でもはまりすぎ!


TOKIOが出ているコンパックのパソコンのCM、ちょっと好きだなぁ。あの電卓叩いている方な。あんま意味はわかんないんだけども。




今日のワンポイント密教(8)

密教のお経は漢文ですが、サンスクリット語も使います。文章化された経典とは違い、もともと言葉ではなく、それを発音することに意味があったからです。インドでは自然の音をそのまま呪文として使うこともあったといいますし、言葉に精霊が宿ると考える日本の「言霊信仰」はそれによく似ています。

テキストというのは楽譜のようなもので、気持ちや何かの方法を効率よく記録して、他の人がなるべく劣化を少なく再現できるようにする圧縮方法の一つだと思います。とした場合、長い時間の中で、たまたま一番メジャーになっちゃったテキスト圧縮の中で、解凍しきれずにこぼれた情報っていうのも少なからずあっただろうって思うのね。ライブ演奏の音楽にドキドキする感じは必ずしも楽譜に反映されないって考えると、なんか想像力の翼がバタバタとはためきませんか?

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2000-11-08

手がかり吸い取り紙

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プーチって世界で1000万個売れてるらしいですよ! すっげ!


季節の変わり目なのでお約束の風邪ッぴき。でも最近考え方を改めたら、そんなにしんどくなくなった。誰だったかなー、坂本龍一だったかなぁ、なんかそんな感じの人がお医者さんの偉い人に言われたってことを話していたんだけど、例えば、お腹を壊してトイレに入りびたりって日があったとするじゃないですか。普通ならしんどいよね。で、正露丸とか何らかの薬を飲んで一秒でも早くそれを止めようとするじゃん、普通。でもそうじゃないんだって話しだった。体は自律神経が自浄作用を促しているから、お腹を壊してトイレに入りびたりだとすれば、それには体の外へすぐ出してあげなきゃいけない何かがあるからそうなっているわけで、薬やなんかでそういうのを化学的にせき止めたりしたら、かえって逆効果な場合だってあるかもよ、ということでした。要するに病気って言うのは何かが壊れ続けて悲鳴を上げている状態ではなくて、脳が体を正常に戻すために自分で必死に働きかけている作業中の状態のことなんだってことですわ。そう思って熱でぼーっとしている体や、沼に沈むような深い眠りや、ティッシュが手放せない鼻なんかを思うと、なんかちょっと「がんばってんじゃん、オレ」って思えてきませんか? 僕は単純だからそう思えましたね。ずびー。


後輩が「乗っていきます?」と言うので車で途中まで送ってもらった。交差点に明かりの付いた雑居ビルが見えて、その3階が「お絵かき教室」だった。カッティングシートでそう大きく窓に貼ってあるんだから間違いない。その下になにやら文字が見えた。目を凝らすとどうやらそれはURLなのだった。興味がある人はアクセスしてみてね、って事なんだろう。でも、そのアドレスはフツーのプロバイダかなんかにあるフツーのアドレスなので例えばラヴフールのようにhttp://www.bremen.or.jp/takanabe/って感じに長いのだった。交差点からでも見える大きさにわざわざ文字を抜いたって、それじゃあ意味がないだろう。oekaki.comとかじゃない限り家に着くまで覚えてられる自信はまずないです。作りたてのホームページに興奮して「世界に発信、オレのアトリエ!」とかって思っちゃったのかなぁ。


そん時思い出したのが、mafの家で「理想のPDA」についてブレインストーミングした時のこと、と、ソニーが何ヶ月か前に発表したテレビやラジオで気になったことがあった時に、キーホルダーのボタンを押すと、あとでその曲名や、女優の着ていた服のメーカーや値段やなんかが分かる手がかりになるという装置。


携帯電話PDAノートパソコンデジカメウォークマンは今、もういろんな価値観を取り込みながら進化している最中なんだけど、結局のところ、1+1=2.5みたいな中途半端な合体ロボばっかり作っているのが現状です。でもそういう一昔前のテレビ付きラジカセみたいなダサイ足し算じゃなくて(そんなのが欲しい人はモテナイ人に決まってる)、僕が欲しいのは膨大な駆動時間のバッテリーでも、高速無線通信でも、フルカラーで高輝度な液晶でも、出来るだけ無尽蔵で安価なメモリでもなくて、手がかり吸い取り紙みたいなものなのだった。


それは手の平に乗るキーホルダーのようなものでボタンが一個だけ付いてる。町中で「あ!」と思ったときに、鞄にぶら下げた、あるいはポケットの中のそれを取り出して、「あ!」と思ったものに向けてボタンを押す。その情報(ブックマーク的なもの)の取り込みに成功した時はグリーンに光り、失敗したときは赤く光る。で、家に帰って、テレビに取り込んできたものを全部吐き出させると、それぞれのホームページみたいなものへ飛んでいくイメージ。テレビ番組の広告ならビデオ予約とか出来てもいいよね。


その信号を発するための装置はモニターだったら簡単なんだけど、機械じゃなくて、印刷物のインクのようなものに潜ませることができたらいいなぁ。ゲリラ的な風俗チラシを含め、広告はずいぶん面白くなるだろうなぁと思った。そんなことを夜の交差点で考えました。(写真はお茶についてきたキーホルダーです)。




特報・NTT基本料金:基金作り格差是正へ 郵政省方針


もう電源は不要!? 空気だけで充電を完了する驚異の携帯電話ホルダーが登場



今日のワンポイント密教(7)

音と体と意識、この3つを三密と言い、密教のすべての行の基本になっています。手は身密、言葉を口密、精神を意密と呼び「人と仏は本来は同じと知るために、人の行動の基本である音と体と意識のすべてをかけて祈念する」それが密教なのです。他の宗派でも念仏を唱えたり、坐禅を組んだりと、身、口、意のどれかにウェートをおいています。ですが、密教はこの三つすべてを同時に行うところに大きな特徴があります。

他の宗派の「禁欲の代償として得られる境地」とは違う、自分の内面にまっすぐに向かっていくっていう姿勢がなんか好感触。我慢したから与えられるんじゃなくて、もう最初っから素質は誰でもあるんだからそれにちゃんと気づこうぜ! 気づくための努力をしようぜっていう風に聞こえる。

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2000-11-06

好き好きブライト

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ユニクロって入場規制してんだって? ほえー!


マクドナルドの小冊子を読んでいたら、スチャダラ・ボーズのコラムが載っていたんだけど、ボーズ頭じゃなくてフツーに真ん中分けとかの髪型になっていて衝撃。「ボーズ」って名前は状態じゃなくて固有名詞なのかもしんないけど、まるで30過ぎて「少年隊」というような違和感だな。


言葉っつうのは生き物だから、正しい日本語を!とかって言う気はあんま興味ないんだけど、「汚名挽回」って言葉はないよと聞いて、あ、「汚名」は「返上」じゃん。挽回すんのは「名誉」じゃんと改めて気が付く。でも「汚名挽回」します!とか口や文字に出ちゃうような時は相当切羽詰まっている時なので、「あの、それ間違ってると思うんだけどさ‥」とか教えてあげづらいな。ま、顔や口調を見ればその人が何を言わんとしているのかは伝わるんで、その場の笑いさえこらえれられれば、それでいっかとも思う。


朝、「漂流教室」と「みゆき」を交互に読みながら会社に向かってんだけど、そのコントラストが鮮やかで気持ちいいです。どっちも時の流れとは関係の無い、人間のコンテンポラリーな部分を描いている名作でありながら、ちっとも重ならないジャンルというかね、そういうのが不思議な感じ。小学生なのにお互いを殺しあっていると思えば、一方では妹が風呂に入っている隙にパンティ盗んだり、みたいなね。「ちびまるこちゃん」と「北斗の拳」とか「ドラゴンヘッド」と「じみへん」なども挑戦してみたい食い合わせではありますな。


ふと思い立って、小説版「機動戦士ガンダム」を読む。一昨年ぐらいに映画版のビデオを見直して、子供の頃とは全然違う視点で、新たな感動に打たれた。それはなし崩し的にホワイトベースの艦長になるブライト・ノアの存在。子供の頃には、なんか地味だし、オトナぶった面倒くさいこと言う奴だなぁぐらいにしか思っていなかったんだけども、サラリーマンになってわずかにでも後輩ができて、質問して廻ることより、質問されることの方が多くなってきた3,4年目の自分の心境にダブらせていたのは確かだ。でも小説版を昨日読んでびっくりした。ブライトはなんと19才の設定なのだった。そういや十五少年漂流記の宇宙版ってとこから始まった企画だったよね。主人公アムロは15才、もう2次性徴まっただ中だし、あの冷静な敵の士官のシャアだってまだ20才だった。そう思ってあの物語を回想すると、28才を迎えようとする僕にはまったく別の側面で訴えてくるのだった。あと何度か、人生にとって大事なことを示唆してくれちゃいそうだよなって思った。19才が15才に、非常時だとは言え、あんなちゃんとした指示を与えていたなんて、単純に尊敬できるなと思った。アムロが甘えたときは全然他人なのに平手打ちとかしてたしな。曖昧さに不安を感じさせないように断定系で話したりとか、時には嘘で勇気づけたりね。恋に胸を焼いてるときでも、仕事はおろそかにしてなかったし、登場人物の抱えるそれぞれの悩みも、一線を越えないぎりぎりのやさしさでちゃんと受け止めてんだよなぁって、数え始めるとなんかうっとりして溜め息が出ちゃうような人間の出来っぷりなのだった。冬に映画の特別版のDVDが出るそうなので、まーたお金を使っちゃいそうな感じです。やれやれ。




会社の人の日記から無断転載のコーナー

人体の細胞数はおよそ60兆個。天文学的な数だと言われるが、日本の借金より少ないし実はたった6ゲイツ(1ゲイツは10兆)しかないのだ。





今日のワンポイント密教(5)

空海は加持(かじ)とは「仏の力が太陽の光のように人々の心に映ることを『加』と言い、人の心がその光を感じることを『持』と言う」と述べています。密教の祈祷は100%、仏に頼るのでもなく、行者が超能力を身につけるものでもないのです。仏と人の力がお互いにプラスするように働いて、初めて加持の力が生まれるのです。その目標は「仏と一体になる」ことです。

まー、何に置き換えてもいいんですけど、自己実現って言うのは、独りよがりや他力本願じゃできないよねーぐらいの感じで、僕は受け取ってみました。ではまた明日。

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2000-11-05

さながらエスパーのように

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好みの顔を分析していたら、団子っ鼻?って思った。


ナップスターにどっぷり過ぎ。何だろう。君のものはオレのものっていう、グローバルなジャイアニズムを初めて体験した衝撃でしょうか(「オレはジャイアン」の歌もとっくに手に入れたし)。これで100倍太い常時接続の回線なんか手に入れちゃったらどうするよ。4次元ポケットを手に入れたマイケルジャクソンみたいなもんじゃん。すげー。今は音楽しか交換してないけど、いろんな意味でのお宝映像とか、幻のゲームなんかも普通に交換できるだろうし、価値のあるファイルはワールドワイドに増殖していくんだろうなぁ。なんか倍バインみたいじゃない?


よしかさんの工房の名前は「ポラン」を改め、「マムル工房」(mammal=ほ乳類)に決まり掛かっているそうだけど、字面的に「ママル工房」で是非!と勧めてみた。理由は「マムル」だと○を描こうとして間違って一周半してしまって、中途半端な渦巻きになっちゃったイメージ。「ママル」は○を描こうとして不器用で□っぽい○になったイメージ。でもそのいびつさがブス可愛い感じなんだよー、だからママルで、ってものすげえ感覚的な説明をしたら、「そっか!」ってフツーに納得されてびっくり。芸術家同士の会話はさながらエスパーのようだよと思った。

映画「世にも奇妙な物語」なんか見ちゃう。もう爆笑だった。面白い! 「雪山」「携帯忠臣蔵」「チェス」「結婚シミュレーター」の4本立てのオムニバスで、それぞれホラーだったり、ナンセンスだったり、ミステリーだったり、ラブストーリーだったりして、誰でもどれかには引っかかるようなバランスのよい作りになってます。で、まぁそれぞれ、予想の付くありふれた展開になっていくんだけどもね、いいんです、予想がついたって、そんなのは。別に推理小説読んでる訳じゃないんだしさ。その予想の範囲の中で、4つのお話がそれぞれどこへ自分の持ち場として落とし込んでいくのかなぁってそういうことの方が気になったりなんかしてね。だけど、これがもー! 大体5種類ぐらい考える分岐の中で、常に一番下の奴で攻めてくるわけですわ。最後のシーンのカメラの回し方とか構図、挙げ句の果てには登場人物のセリフまでぴったり一致したときなんか吹き出さずにいられないわけですよ。そこ笑うとこじゃないって横の人に殴られたりしながら、大変ステキな時間を過ごしましたね。一番面白かったのは意外にも中井貴一主演の「携帯忠臣蔵」だった。大石内蔵助が道に落ちてる携帯電話を拾って、未来の誰かと会話をしながら歴史の道を辿っていくっていうナンセンスなんだけれども、キャスティングが光るね。「梟の城」ではスーパーマン的でモテモテの忍者だった中井貴一が、中間管理職で色事大好きな男を演じていて、その情けないっぷりから、最後討ち入りに覚悟するまでの心理描写というか演技がおおー!ベテランってすげえー!って思えたですよ。彼は情けない中できらりと光る本気っていう方が似合うね。神様に見込まれたスーパーマンって感じじゃない気がします。他にも愛人役で奥菜恵が出ていて、あの何とも言えない中途半端ないやらしさが最高。「打ち上げ花火、横から見るか下から見るか」以来のはまり役だと思いましたね。この30分の為だけに1800円払ってもいいかも。あとはおまけだと思っても。あ、別に映画館じゃなくても全然いい感じではありましたが、映画館の方がより一層笑えるかな。できれば4人ぐらいで見ると尚グー。

SAND LAND (ジャンプコミックス)

SAND LAND (ジャンプコミックス)

鳥山明の最新コミックス「サンドランド」を読んだ。例によってこじんまりとしたお話をアシスタントなしでガガガッとものすごい絵画力で書き込んでいるわけですが、前にも言ったけどさー、週刊連載とか、390円の単行本とかの枠組みは早く断ち切った方がいいんじゃないかというような気がした。松本大洋が二年間掛けて450ページ、2500円の本が軒並み売り切れになるように、才能と資本の回収の形態をもうちょっと考え直した方がいい気がした。豪華本でフルカラーだったら絶対読みたい人多いと思うし、鳥山明だって納得が行くまで描けそうじゃんって気がすんだけどね。




今日のワンポイント密教(4)

大日如来は時間や空間を超越し、全宇宙の真理を体現する仏、と説明されても、時間も空間も限定された世界に住む私たちとは、あまりにかけ離れていてよくわかりません。そこで密教では「大日如来は私たちとの距離を近くするために変身する」と考えるようになりました。

あまりにかけ離れていてよくわかりません、っていう一節が入っているだけで、ものを説く人として、あー、信頼しちゃうなぁって思ったりすんのね。

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2000-11-02

嘲笑で守ってるはずのそれ

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口内炎が出来たら、キスが足りないって思うことにしてみた。


雨だよー、何? 何なの? オレのこと嫌ってんの? そんなに会社に行かせたくないの? ふふ、馬鹿だな、分かったよ、そんなさみしそうな顔しなくたって、いつでもほら、そばにいるって。な、ごらんよ、雨に煙る町は二人を包み込むオブラートみたいだろ? 舌の上でそっと温めてさ、この柔らかなシーツの上で今日は溶けてしまおうよ。とか何とか独り言言っているうちに、時計は9時回ってるし! んだよ! 午後出社コース? つうか資料買い出しで直行ってことにしとく? いや、っていうか、ウォッホン! 熱出てる? 有休? んー、と腕組みして考えてとりあえず風呂。うわーい、いい湯じゃーん。雨の日はやっぱ風呂じゃん。首をコキコキ鳴らしてぷひーってなって、はっと気づいたらもう10時過ぎてるし! 魔法? 慌てて駆け出すも完全につまんない顔。走るのサイアクに嫌いだし、苦手だし、つうかそもそも走ってないし。ふああああーんむんふふ。


朝、ワイドショーを見ていたら(←会社行けよ)伝説のテレクラ王けんちゃん、のような特集をやっていた。なんとけんちゃんは52才のおっさんなのだった。もうフツーに脂の乗ったハゲだし、チタンフレームのメガネ掛けてるし、ショルダーバックだし、変なポロシャツ、変なスラックス、変なスニーカーだし、加えてウエストポーチなのに、アポが取れて3分の2の確率でセックスまで持ち込んでるんだって。相手は20〜30までの学生や人妻。もう完全に成功パターンのサイクルが出来ていて、例えば旦那が帰ってくるまでに平然と家に帰っていたい人妻を狙うには、逆算して午前中にテレクラに行くのがベストタイミングなんだってさ。なるほどねー。けんちゃんはその手の人にありふれたセリフを吐いた。「僕はね、人を愛したことがないんですよ」。そんなけんちゃんにも、自分で決めたモラルがあって、援助交際目的の電話はかたくなに断るのだった。「だってね、そんなのオーケーしたら、テレクラがテレクラじゃなくなっちゃうじゃないですか」。なんだかわかんないけど、まぁ、そういうことらしい。でもセックスした女の人たちの写真を撮って、記事にまとめたその感想で、ライターとしての生計を立てているのだった。うーん‥。


ところで僕は買春や風俗に関わったことがないんだけれども(そして関心もあまりない)、お金とセックスを除いてしまえば、案外みんなやってることは似ているのかなぁと思ってその番組を眺めていた。安直な例では出会い系サイトが大人気なのは言うまでもないけど、i-modeの公式サイトだって、盛り上がっているのは裏に「出会い」を匂わせているものばかりだし、メール友達を探すために投げられる不特定多数に向けたいたずらメールには案外切実な想いが乗っていることや、例えばラヴフールの掲示板だって何人も重要な友達に出会いまくってるし、そんなもんかって気もしてきたのだった。「ここ」にはない何かを持っている「誰か」にいつか出会うこと。そこに向かい続けること。ホントかどうか知んないけど、けんちゃんは初めてテレクラに行った時に出会ってしまった「今思ってみても最高にいい女」にいつか再び出会えるのを待っているんだ、って言ってた。一瞬、けっ、バカ言えよって鼻で笑いかけたけど、その嘲笑で守っている僕のモラルやロマンはけんちゃんとどこがどう違うのだと聞かれれば、全然笑えないことに気が付いて、途端に中途半端な顔になった。


マックもツーボタンマウスが標準に!?大変興味深い、伝統と時代の流れとの調和。


西村雅彦 CMクビ 当て逃げ事故でNTTが断る。どう考えたって田代まさしより深刻なのに、みんなずいぶん柔らかいなぁって思ってました。当て逃げだよ?


ソニー、40GB光ディスク「5.25インチUDO規格(案)」を策定。よよよよんじゅうギガですか!って、ジャパネット高田みたいなイントネーションでびっくり。僕の最初のマックハードディスクが20個入ります。


あのキーライムiBookが店頭で買える!- Pro Mouseも店頭発売開始。最初から売ってよ。モニター上じゃ印刷物で再現できない色なんだから。


第17回:不況の元凶はケータイだ。久々に見る、おっさんの勘違い分析という感じで、口あんぐり。


他社機向けにゲームソフト供給へ・セガ。時代の流れとは言え、難しい気持ち。


CSKグループ総帥の大川功氏,セガについて大いに語る。大いに語ってます。大いに語りすぎ。


今週のファミ通に「20世紀のゲームランキング」という記事があって、ハードを問わず売り上げ順にソフトが並んでいた。20世紀とは言え、テレビゲームの歴史はまだ25年ぐらいしかないので20世紀の、なんて言われると変な感じだけど、びっくりしたのは1位から7位まで例によって任天堂が独占だったこと。その先もドラクエFFスト2を挟んで20位までびっしり埋めてくれました。20世紀のゲームの歴史ってすなわち、任天堂の歴史?って本気でびびりましたね。でもずっと見ていると僕の大好きなロクヨンのソフトが数字の上では全然奮っていないのが分かる。確かマリオカート64が一番のヒットで200万本ぐらいだったかなぁ。やっぱりソフトに掛けた手間暇と、売り上げはそのまま比例しないんだなぁ、任天堂クオリティを持ってしても、と思った。

1:スーパーマリオブラザーズファミコン) 681万本
2:テトリスゲームボーイ)423万本
3:ポケットモンスター(赤)(ゲームボーイ) 418万本
4:スーパーマリオランドゲームボーイ) 411万本
5:ポケットモンスター(緑)(ゲームボーイ)404万本
6:スーパーマリオブラザーズ3(ファミコン)384万本
7:スーパーマリオカート(スーパーファミコン)382万本
8:ドラゴンクエスト3(ファミコン)380万本
9:ポケットモンスター(銀)(ゲームボーイ)364万本
10:ファイナルファンタジー8(プレイステーション)360万本
11:スーパーマリオワールドスーパーファミコン)355万本
12:ポケットモンスター(金)(ゲームボーイ)353万本
13:ファイナルファンタジー7(プレイステーション)328万本
14:ドラゴンクエスト6(スーパーファミコン)320万本
15:ポケットモンスターピカチュウ)(ゲームボーイ)316万本
16:ドラゴンクエスト4(ファミコン)310万本
17:スーパードンキーコングスーパーファミコン)300万本
18:ストリートファイター2(スーパーファミコン)288万本
19:ドラクエ5(スーパーファミコン)280万本
20:スーパーマリオブラザーズ2(ファミコンディスクシステム)265万本



今日のワンポイント密教(3)

愛という言葉はこころよく、ずっとその中にひたりきっていたいほどです。これをユーフォリア(何も見えなくなった幸せな状態)といいます。こうしてまず生まれるのが、今がずっと続けばいいと願う気持ちです。これが執着です。すると自分の幸せを壊すものは敵だという考えが生まれ、例え恋愛が実ってももっと大きな犠牲を相手に求めたりと、清らかさとはほど遠い心が生まれます。ですから仏教では愛は煩悩、つまり欲望そのものだと言うのです。しかし欲望だから捨ててしまえと言うわけではなく、愛の本当の形を心を閉ざさずに見なさいと言っているのです。

ラヴフール」という単語をサイトの名前に選んだ時のもやもやした理由が割とすんなり書いてあったのでびっくりした。やっぱ数千年の歴史はすげえな。すげえよな? 連休中は程々に更新を休みます。ではまたね。

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2000-11-01

盆栽と天才

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イトイの日とか言わせない、何となく!


掲示板(ユアボイス)にたくさんクレームありがとう! 大変参考になりました。800×600pixel環境でごらんの皆さんのために、今までより一層上のフレームを大きくしてみました! どうですか? この迅速な対応、軽快なフットワーク! 単なる嫌がらせなんだけども。(つうか、僕も800×600なんですけど)。


アンナミラーズの薄くて美味しいピザを食べながら、空海の話をしたら「あ、それって口からたくさん小人を出す人のことでしょ?」ってニコニコしながら言うので、それがそういう彫刻の事だって気づくまで5秒ぐらいかかった。気づくまでずっと口からひゅうひゅうって手を動かしてんの。ジェスチャークイズか?


おとといかな? NHKで夜10時から、養老猛司(脳みそに詳しい人)と押井守攻殻機動隊などの映画監督)の対談をやっていて、非常に面白かった。「アニメを作る時は、描き込んで密度を上げていく事が理想に近付く事なんだけど、実写を加工して作る今回の映画のような場合は、色や背景や邪魔なオブジェクトをどんどん削っていくことが理想に近付く作業なんだって気がついた」。その押井守の意見に対し、養老猛司が「群集や雑踏なんかを見て、うるさくて何がなんだか分からない時があるでしょう? あれはノイズが邪魔しているからであって、そのノイズをなくして、自分が必要な情報だけを得るためには(または自分が何を必要としているかを知るためには)その場をスケッチしてみればいいんだ。スケッチを描けば自分が何を一番見ようとしているのか、必要なのか、無駄と思っているのかがわかる」と言っていました。例によってうろ覚えで再現してます。僕はそれを聞いていて、全然関係のない盆栽のことを思った。


伝統的な意味での芸術、例えば能とか詩吟とか歌舞伎ってあんまわかんないというか、どの辺がどうエロティックだったの?って素直に共感する事ができないんだけども、盆栽と言うのは僕が見てもいいか悪いかが、直感的に分かる気がする。それは脳に描かれた理想の樹木を、ミニチュアの木を使って再現するアートだからです。つまり、絶対的な理想があって、それにどれだけ到達したかを見るんだな。目の前にある木と言う素材を使って、どう演出して良く見せるかっていう美容師的、コーディネーター的なものだと思われがちだけど、そうじゃないんだ。もう理想オンリー、ノイズなし。だからその理想を実現できる素材に出会えるかどうかっていう部分がまず大きな勝負っぽい。また、逆の言い方をすると、理想を実現できる素材に出会えたら、そのことにいつでも気づけるぐらい、理想を常に完璧に磨き込んでる必要があるわけ。ここが大事だよなぁ。


「チャンスがチャンスでなくなる前にそれがチャンスだと気づくことはめったいにない」とは、作家マーク・トゥエインの言葉ですが、よく「センス」や「タイミング」や「才能」ってひとからげに言われているそれって、つまりはそういうことなのでは?と思った。


まず理想があること。それが細部までカンペキに描けること。その理想を実現できるそれに出会ったことがいつでもどこでもちゃんと自覚できること。僕の周りのスーパースターは思えば全員これに当てはまるのだった。君のはどうですか?


メラトニン体内時計をリセット−−盲人で確認


ピンポンパン」が復活!


今日のワンポイント密教(2)

密教では「宇宙と人間が本質的に一体である」ことが教義のポイントなのです。宇宙とは銀河系太陽系ではなく、地上の人間から見えるものすべてと思ってください。
仏教のテーマは長い間、どうしたら憂き世(此岸しがん)を離れて仏の世界(彼岸)に渡れるか、つまり仏になれるかでした。しかし空海は「自分と他人と仏は一つである」とし、人間として生きながら仏の境地になれると断言したのです。

「宇宙」という言葉自体が仏教用語だそうですよ。ではまた明日。あ、そうそう。今日ラヴフール初の98カウント/日を記録しましたよ。もちろんダブりなしで。ありがとね。お礼に明日はフレーム戻しておきます。

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