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2001-10-31

ゲームらしさの作法

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ピクミンのバッドエンディングを見てすんげぇブルーになったたかなべです。何がシアワセかなんて本人以外誰にも判断できねいよ、と思った。集めた部品は17個。最後の二日間はピクニックって感じに過ごしました。それがまた「ムジュラの仮面」のゲームオーバー(世界の終わりの前のお祭り)みたいにしんどくって、ああぁ。


最近の任天堂のソフトを遊んでいると不思議な気持ちになる。「ゼルダの伝説 ムジュラの仮面」「ルイージマンション」「ピクミン」。どれもが新規タイトル(システム)で(売るのが難しい)、同時に傑作との評価を受けている。新しい遊びの提案をしながら、アイディアの実験(投げっぱなし)に終わらない、ゲームとしての落とし所や完成度の高さを見せてくれる。楽しいし、わくわくする。続編ばっかり出している他の会社には見習って欲しいと思う。でもそれと同時に2つめの感情が湧き起こる。「これってゲームにしなきゃいけなかったのかなぁ」。


バックグラウンドを説明をしましょう。テレビゲームに限らず、ゲームというものは一定のシンプルなルールで、ある現実世界の情報を整理して、その中の魅力だけを大きく増幅するものだと思います。例えばトランプの「大富豪」というゲームは、大貧民大富豪税金を納めることで、ゲームの中の貧富の差を表現して、同時に上昇欲を誘います。でも税金が細かく分かれていたりはしないし、計算の必要もないし、職業の差もなければ、大富豪大貧民以上の差が「カード2枚分」以上開くこともありません。それがシンプルにお金のやりとりだけを楽しくするためのルールだから。お金をモチーフにした見栄の張り合いという殺伐としたテーマながら、家族で楽しく遊べるように出来ています。例えばオセロは土地の取り合いや戦争の占領のようなものを模しながら、水平垂直45度のどれかで相手のコマを挟むとその挟んだ相手のコマの分だけ、自分の陣地になるというシンプルなルールで出来ています。一回にヒトコマしか置けないし、置ける場所も回数も限られています。その中で工夫をしてたくさんのコマをひっくり返せるように、あるいはひっくり返されないようにします。目の前のコマをたくさんひっくり返す時にうれしそうな顔になる人はいても「あ、自分の兵隊がこれだけ死んだ」とか「私の祖国を汚した」と思う人はあんまりいない気がします。そしてこの二つのゲームはトランプの53枚のカードがなくなるか、64コマの正方形が全部埋まることでゲームオーバー→結果判定となります。つまりゲームには必ず終わりがあって、その終わりまでにいかに頭をひねっていい結果を残すかってことに夢中になる訳です。いい結果を残したくなる理由(快感)があって、それがある限定されたフィールドであればあるほど、工夫には意味が出てきます。今度は負けないからもう一回勝負して!って気持ちになるのです。


テレビゲームもそういう枠の中から始まって、シンプルなルールの中のトライ&エラー、そして学習効果(工夫)よる達成、という快感法則の中で進歩していったと思います。ブロック崩しインベーダーゲームは、大抵の人なら繰り返すほどに上達します。で、反射速度を上げていくことで、エラーが何度か目になった時にゲームオーバー、同じ条件の中で破壊したブロックの数が結果判定となります。ボールを3つ落としてしまったら、とか、インベーダーに戦闘機を破壊されたり、自分の陣地に踏み込まれるミスを3回犯したら、という限定を条件に、次はもっとたくさんのブロックやインベーダーを効率よく破壊してやろうと思う訳です。この手法はファミコンからスーパーファミコンあたりまでの時代まで全盛になり、今なお、ある条件下において、条件を満たせないことがゲームを終わらせるきっかけになっています。


ところがニンテンドウ64などの3次元空間を摸したものが表現できるようになると、それまでは「例え」や「つもり」であったゲームのコマに、命や時間、空気のようなものが宿るようになりました。ゲームの中で日が暮れるという表現は2次元表現の「ドラゴンクエスト3」にもありましたが、決められた視点で描かれた、自分では見るはずのない上空からの俯瞰視点でした。画面の向こう側の出来事だったのです。ところが三次元表現の代表作「ゼルダの伝説 時のオカリナ」では、自分の好きな方角を向いて、夕暮れの空気や朝もやの空気を感じられるようになりました。ストーリーには直接関係のない場所に昇って街を俯瞰したり、高い塔を見上げたりというだけで、うっとりしたりする感覚が訪れます。好きな時に流れている川を泳ぎ、好きな時に馬を呼んで平原を疾駆します。その間も時間は流れ、世界の色をその世界の空気で塗り替えていきます。自分は画面の向こう側にいるキャラクターに憑依して、手元のレバーやボタンを押しているだけなのに、馬の尻をむちで叩いている気持ちになったり、自分が仕掛けた爆弾の爆風に巻き込まれた気になったり、固くて切れないものに刀を突き立てて腕がじんじんした気になったりします。


それでも「ゼルダの伝説」は勧善懲悪のオハナシなので、いくつかの謎を解くごとに終わりに近付きます。諸悪の根元であるガノンを倒してしまうと、ハッピーエンドを迎えます。世界の危機を忘れて、平原をはしゃぎながら走っていると、耳元で妖精が「はやく○○に行かなきゃ!」って急かしてくれたりするぐらい、本編以外の点が充実しています。でもまぁ、勇者になりたくて始めたはずのゲームですから、世界の平和も一応取り替えしてみたりもします。そうやって自分で導いたハッピーなゲームオーバーが「満足」ではなく「満了」なんだなぁってことになんかちょっとだけ寂しくなったりもするのです。


ところが、これが勧善懲悪じゃないお話しになると話しは別です。面白い動作や仕組みを考えて、コントローラと画面表現で新しい感覚を揺さぶるものが出来たとしましょう。それをパッケージにして6000円ぐらいの定価で売りたいとしましょう。でもゲームにはルールや始まりや終わりがあって初めてゲームということになっています。そこだけを無責任に売る訳にはいかないな、なんて思ったりします。ところが3次元空間を効果的に使えば使うほどゲームオーバーになる理由が見つからなくなってしまうのです。


その原因は動作自体に楽しさが込められている点に尽きます。3次元空間では「ものに触れる」ということが、2次元表現の何倍もの強い意味を持ちます。コントローラは画面の向こう側に「触れる」(触れた気にさせる)為の翻訳機です。2次元空間では書き割りの「コマ」や「記号」でしかなかったものでも、3次元になった途端、空間的に様々な反応を与えることが出来ます。柔らかく巨大な豆腐のようなものがあった時、2次元表現では構図を固定して、それに触れた後の画面をあらかじめ描いて用意しておく必要があります。ボタンが押されたことをコンピューターが確認してその絵とさっと差し替えるのです。へこんだ豆腐の絵に変わります。へこませたのは自分の操作なんだとわかるという仕組みです。ただし、へこませる場所は用意した絵の数で決まります。でも3次元表現の場合、好きな角度からそれに触れ、異なった反応(フィードバック)を計算上で得ることが出来ます。引っ張ったりへこませたり、蹴飛ばして床で弾む感じを確かめたり。計算の式を入れておけば、様々な反応を自由に楽しむことが出来ます。水面に石を投げて波紋が出来ます。波紋に波紋をぶつけて複雑な波を起こさせることも3次元表現なら可能です。


その「柔らかく巨大なものにコントローラで触れること」が多くの人にとってすごくたのしいことだと仮定して、ゲームオーバーになる条件や何かを達成してクリアだと判断する条件がみつからないのです。その中の一つの答えが「時間制限」です。ある気持ちのよい動作を使った作業を、一定時間のうちに効率よく終えないとゲームオーバーという手法。「ゼルダの伝説 ムジュラの仮面」などがそうです。「3日間」という限られた時間の中で決められた謎を解かないと、月が地上に落ちてきて世界が破滅するという、大変せっぱ詰まった内容になっています。気持ちのいいことは、数が限られているから気持ちがいいという考え方もあるでしょう。でも動作だけに浸っていたい人には大きなお世話だし、ゲームの為のゲームシステムを強要されているようでなんだかイライラします。同じ「時間制限」でも「巨人のドシン」では意味合いが大きく異なります。プレイヤーは巨人になり、地面を引っ張って盛り上げたり、ジャンプして地面をへこませたりという動作の「泥遊び」的な楽しさの軸に、終わるきっかけを見つけられなくなるから、という程度で30分目に「今日は日が暮れた」という区切りが発生します。ただし、ゲームオーバーではなく、きりがないのでここで一息入れてみたら?という程度のものです。何日が過ぎようともゲームオーバーは訪れず、やった方がいいことという程度の目的はあっても、決められたノルマはありません。好きなだけゲームルール上生産性のない泥遊びに興じることが出来ます。


どうぶつの森」にはゲームオーバーどころかクリアの概念もありません。様々なアイテムを交換したり集めたりしながら、自分なりのゴールを目指したり、親しいつもりだったどうぶつが引っ越してあえなくなってしまったから、勝手にゲームオーバーだと思ったりします。実時間と同じ時間とカレンダーの上で、春夏秋冬や朝昼晩を画面の中でも体験します。夜遅くにしか遊べないサラリーマンは、あんまり村のどうぶつとは仲良くなれないし、昼間にしか登場しない種類の虫や魚を捕まえることは出来ません。しかも仮にすべての虫や魚や家具を集めることが出来ても、それによって何かが起こったりすることもありません。ストーリーさえありません。そういう「場所」と「道具」だけが与えられているだけで、使い方、楽しみ方は個人で考えるのです。穴を掘って宝物として家具を埋めておいて誰かが掘り出すのを楽しみに待つ。トリッキーな内装で自分の部屋に訪れた人を笑わす。アイテムには目もくれず、一日中魚釣りに没頭する。ネットワークゲームとして始まった企画だったせいもあり、快適な空間と、その世界でしか通用しない道具を作って置いておいた、というのが正直なところでしょう。そしてそれは成功しています。


さて、目的もなくそのゲームのコアになるアクションを繰り返すことがそんなに面白いかという疑問もあるかもしれません。ゲームなんだからクリアしてこそ意味がある、という考え方もあるでしょう。でもどうでしょう? クリアしないと怒られて終わっちゃうゲームって、なんかおかしくないですか? ゲームにおいて時間というのはプレイヤー同士が、お互いの密度にちょうどいい幅やリズムを刻んで調節していたものです。楽しい時というのは時間を気にしていないことが多いです。だから遊び目的のゲームで時間制限をルールの中の一番上に持ってくると、大抵の場合ストレスが発生します。例えば国民的なヒット作「スーパーマリオブラザーズ」にも時間制限の縛りがあり、一定時間内に右端のゴールまで辿り着かないとミスとしてカウントされてしまいます。でもワールド8でもない限り、好き勝手に寄り道をしたり、ふと思い付いたアイディアを何度か試してみる時間を十分に残しています。この場合の時間制限は、まだ画面がスクロールしてどこかに向かうということが自明じゃなかった時代の、スクロールを促すための苦肉の策の一つだったと思うのです。でも、実際、スーパーマリオを遊んでいて、すごく快感に感じるのは苦労して最後のクッパを倒した時ではなく、1面の一番最初のクリボーをポコッと踏み潰した時のあの感触です。あの感触が忘れられないような印象的なものでなければ、誰も右端のゴールを目指そうだなんて思わなかったでしょう。飛んで跳ねる、踏み潰す、叩き上げるという「ジャンプ」を軸にしたアクションの快感があって初めて右端に向かって進んでいく目的(次のジャンプを使った快感へ進む)が出来る訳です。クッパを倒したい訳でも、ピーチ姫を救いたいためでもなく、ジャンプの快感の種類を極めるために、マリオは右に急いで進んでいくのです。


その観点から最近の任天堂のゲームを見直してみましょう。わかりやすいのは「ルイージマンション」。これはハードとコントローラが新しくなって、そこで初めて出来る画面表現と、コントローラの性能を活かした「吸い込み」というアクションについて掘り下げています。LRボタンの深さによって今まで「発射」することの方が多かったボタン操作に「吸う」という動詞を割り当て、今までなかった右手用のスティックを逃げ回るお化けを「引っ張る」ためのアクションに割り当てています。コントローラのほとんどのボタンを使用するためにかなり頻繁で複雑な動作を求められます。その煩雑さを「おばけ」という怖いモチーフが襲ってくる間に慌てずにこなすという点が、アクション部分での快感の肝です。数々の部屋に仕掛けられた謎はこの場合、その快感に辿り着くまでの障害でしかありません。また、操作に慣れるまでの時間が3時間程度ということから考えてみても全ボリュームが10時間程度というのは、6800円の暇つぶしとしては短く感じても、アクションの快感の種類がひとつしかないことを思うとある意味打倒と考えられます。あのゲームは10時間分だったら飽きずに遊べる快感を責任を持って詰め込んだゲームなのです。


そういう意味において、表現力が豊かになってきた最近のゲームはひとつのゲームをひとつの動詞でくくることが難しくなっており、結果としてその動詞ゆえのゲームオーバーやクリアを設定できずにいます。特に顕著なのが最新作の「ピクミン」です。このゲームは小人のような群集を引き連れて歩き、その数によって大きなものを「運ぶ」、大きな敵を「やっつける」という動詞を軸にしながら、その実のところ、群集を引き連れて歩くことの快感の方が大きくなっています。14分で一日が終わり、それを束ねた30日(7時間)という強い制限の中で30個のもの部品を探して集めてこなければ、バッドエンディングが待っています。「探す(移動する)」「運び方を考える」「運ぶためのピクミンを育てて増やす」という行程を踏まえた上での14分は大変短く、何度かバッドエンディングを繰り返さないと、ハッピーなエンディング、つまりクリアを向かえることは出来ません。それなのに、その攻略的な部分よりもずっと、ピクミンのどじでマヌケな表情や、群集を引き連れて歩く時の、ざわざわとうごめく不思議な感覚の方が快感としてはっきりメインだと感じられます。ただ群集を引き連れてピクニックをしたいと思っても、すぐに日が暮れて、彼らの巣に送ってあげないといけません。迷子になったピクミンは日が暮れてしまうと死んでしまうからです。


ゲームらしくするための作法が、快感を狭めていると感じます。ゲームとは言いながらも、画面とコントローラで起こせる不思議な感覚というのは、もっと無数でいろんな種類があると思います。動作の快感だけを楽しみたいということが発端で、商品としての「ゲーム」が生れる過程において、世界観を与え、制約と目的を作り、ゲームオーバーとクリアの条件をはっきり示すことで、買った人に「アクションを起こす」ことを促します。でもそれは「きっかけ」であって、本来の目的ではないはずです。中でも時間制限による縛りは、多彩になった表現手段の中で乱暴な制限だと感じます。もっと伸びやかに空間や環境を楽しめる工夫が必要でしょう。好きな時に好きなだけ遊べることが、ゲームの気軽さや楽しさを培っている大きな部分だと感じます。何年かごとにパズルゲームがヒットするのはシンプルで楽しいことを、好きな時に好きなだけ達成できるからだと思えるし、また再トライしたいきっかけにもなっています。「どうぶつの森」も無限にその世界にいることを選択として選べても、30分も遊べば、なんとなく満足するし、5分だけ触りたい日の欲求にも答えてくれます。それを何の為にやっているの? どんな風に楽しいの?といわれると一言でシンプルに答えられないことに、作り手として不安を感じる人が多いのかもしれません。でもそんなのは実際のところ開発者の心の葛藤の中だけで終わらせて欲しいです。今までにない快感の種類をはっきりと提示できたら、クリア条件の用意は必要でも、もっと好きにさせて欲しいよ、乱暴な制限で大好きな世界の中から拒絶しないでよ、とそう思うのです。




いいにくいんだけどさー、こないださー、ラヴフール5周年ってゆったけど、97年開設だから4周年だった。合計約80000アクセスだったので平均54.7アクセス/日です。今月は先月に比べて月のアクセスが1000人も増えました。みなさんのお陰です。飽きるまで続きます。

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2001-10-30

屈折したいやらしさ

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台所の床、シャワーの後、朝方の布団から飛び出た肩が寒みィね。昨日は一日ずっと雨降りで夕飯の鮭チャーハンを作ってもらいながら、台所で矢野顕子のメドレーやら、古いスピッツやらを唄いました。何年も唄っていなかったのに、歌詞ってどうして忘れないかね。声を出したら少しだけ元気になった。


ういーす。RezTSUTAYA限定「完全陶酔セット」とスーパーカーのチケットの予約にどっちも惨敗したたかなべです。もう生きる気力もないぜ、とか、うそぶいてみたものの、気力どころか11月5日の給料日まで400円しかないことに気が付いて、しかもその財布を上から眺めて400円だと思っていた銀色の硬貨が実はほとんど50円玉で、250円しかないことに数分後に気づかされるのであった。


どうせ外は雨だしさ、と「ピクミン」に没頭するものの、自分の指示の下手さで大きな生き物にバクバク食べられてしまう。僕の指示が悪いせいで、ピクミンが大きな動物にバクバク食べられてしまう。僕は上司に向いていないタイプだと痛感。それでも止められなくてずーっとピクミン。ゲームをしていない時も、赤青黄色や、植物や昆虫、何を見てもピクミンに見えてくる。やばい。少し休まないと。


そしたらカナがうずうずした顔で「漫画喫茶」に行こう、と言い出して「行きたいけど250円分しか付き合えません」と言うとおごってくれるとおっしゃったので、ケンタッキーをたくさん買い込んで漫画喫茶に突入。「バガボンド」「右向け左」「いぬ」「AKIRA」などを1冊ずつ読んで超満足。途中で財布の中を忘れて150円のポッキーを買ってしまった。なんてことだ。


最近のおはスタおはガール全員が毎日出てきて、CDデビューまでのいきさつやら努力をASAYAN仕立てで特集している。あんまり子供が喜びそうな気がしない。大きな子供の方が大喜び。嫌な感じのプロデューサーが腕を組みながら、振り付けに使うバトンの動きを「バトンが死んでるんだよね! そんなんで全国の子供たちを元気付けることが出来ると思うかな?」とか言っちゃう。で、涙。でもそのプロデューサー棒読みっぽいセリフがなんだかアダルトビデオのドラマ部分を見ているようで朝から屈折したいやらしさを感じてしまうのは僕だけかな。プロデューサーって言っても、ピンクのボタンダウンで、肩にカーディガンを羽織って、薄い色の付いたメガネで、ツータックのチノパンみたいな奴なんだよ? で、おはガールは高校の制服みたいな衣装だったりすんの、そりゃ仕方ないよね。(何が?)


明日は松崎ナオのライブに行ってくるよ。

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2001-10-27

takanabe2001-10-27

ピクミン

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ピクミン! やってるよー! ゲーム内容は、雑誌やなんかからの想像通り、今までパソコンゲームであったような「神様視点で世界をいじる」ってタイプのゲームから無数の機能のボタンを取り去って、ゲームのコントローラのシンプルな操作に割り振ったってものでした。その整理の仕方がもう感動的。ビジュアルの中にありとあらゆる情報が詰まっていて、余計なことをほとんど覚えなくてすむ。気になるところをクリックして命令、みたいな操作感覚なので、正直なところマウスだったらもっと楽に遊べるかもなぁと思うシーンも多々ありますけど、それよりも何よりもテレビの向こうの世界に、コントローラを通じて関与していることがすでにうれしいね。とにかく100匹近いピクミンを連れて右往左往するだけでも楽しい。ゲームには時間制限があって、「1日」という実時間に直して14分の区切りの中で、今日はこういう計画で試してみようというプランをたてないとなんだかすぐにリミットが来てしまう。似たようなソフトで「巨人のドシン」があるけれども、あの、時間以外区切りようがないから、その動作に飽きる前に、なんとなくテンポをつけておくという意味でのリミットではなくて、どっちかというと「ゼルダの伝説ムジュラの仮面」のような、かなりばたばたと忙しいリミットです。あんまり余計なことをしている暇がないので、ゲームの目的よりも、その環境に浸っていたいだけの僕としてはいつも欲求不満気味です。電源を入れても全然攻略とかしてないしね。


ゲームの世界観としては、CMで大抵の人が感じたとおり「食べられる」ってことにまずすごいショックを受ける。赤、青、黄色の無数のピクミンを、幼稚園の遠足のように連れて歩いて、遅れている奴には足を止めて待ってあげたり、水におぼれないように、火に焼かれないように注意して、それでもやっぱり未知の動物が目の前に現れると、あっという間に100匹が30匹になってしまったりする。そのやられ方があまりにバリエーションに富んでいて、子供の頃、昆虫をつかまえて感じていた、生態系の持つ理屈抜きな残酷さをまざまざとよみがえらせられる。ゲームの中で人を殺して、痛みに無感覚になった子供が多いと本気で嘆いている人が多いなら、この残酷さは架空の世界の中の出来事ながら、ココロを育てる痛みだと思った。でもやっぱ、まず痛いんだけどさ。


絵はカナが描きました。うろ覚えで描いてよってゆったら、予想以上にいい感じに。

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2001-10-26 不良少女

不良少女

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ナタリーが泊りに来ました。僕が家に帰るとふたりのカナから「おかえり」と言われました。ふたりとも本名はカナコなんだよね。ふたりで並んで家事とかしちゃってます。なんだか村上春樹とかそういうラブコメみたいです。お好み焼きを焼いてもらって、3人で「スーパーモンキーボール」をやりました。カナはナタリーのお母さんが編んでくれた赤い毛糸の靴下をもらってご機嫌でした。ふたりのカナが同じ靴下で足をバタバタさせていました。


最近、ふと思ったのは「不良っぽい女の子」を見なくなったなということ。漫画「きまぐれオレンジロード」の鮎川まどかに代表されるような、髪が腰ぐらいまで長くて、スカートも長め、無口で、背が高くて、唇が色っぽくて、実はスポーツ万能で、案外成績も良かったりするそういう生き物はもう物語の中で絶滅してしまったのかな。アイドルでも、山口百恵中森明菜の後に続く大きな流れと言うのは見当たらない。無口でミステリアス、というのはコミュニケーション手段が「実際に会って話してみる」「ラヴレターをしたためる」ぐらいしか選択肢がなかった時代の、想像と妄想の狭間に大きく広がったロマンの地平に住んでいた架空の(都合の良い色に染められる)生き物なのかもしんない。あるいは恋愛に一歩踏み出すのがものすごく恐ろしかった時代に、明らかに非処女的な匂いを醸し出す「不良っぽさ」が、なんだか淫靡だったんだろうな。でもその性的な魅力だけをストレートに認めるのが悔しくて、スポーツ万能とか才女とかってステータスを言い訳代わりにすげ替えていたのかも。ヌードを描きたいだけの画家が、言い訳として題材に神話の威信を借りてくるのにちょっと似てます。「不良少女」がいなくなるのと「ぶりっ子」がいなくなるのがパラレルだったことを考えると、女の子が男の子に「選ばれるため」の存在じゃなくなったこと→女の子の性欲の肯定→ミステリアスな部分の減少という構図が見えてくる。街に外灯や、部屋の中に電灯が現れてから、明らかに妖怪の数が減ったように、不良少女も昔とは違う日常的で明るいセックスの中で消えていってしまったのかな、と思った。ドキドキすることが少ない、と言う話しを身の回りで良く聞く。身の回りのミステリアスを少しずつ自分の力で解明したり、切り開いていくことがドキドキだと置き換えるなら、向こうから勝手にやってきてしまう情報や知らなかった方がいい情報って言うのは、ちょっと多すぎる時代かもしんない。習い事が流行ったりする気持ちもまぁ分かるかなぁと思った。


アクセス解析に引っかかるシリーズとして最近気になるのはSiteDesignという会社からのアクセスです。誰だか良く知りませんが連絡をくれると僕が喜びます。一緒に仕事とかできそうな会社だしさ。前に書いたクリーチャーズの方、元気の方とは連絡が取れてヒト段落と言ったところです。

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2001-10-24 空気のように

空気のように

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和イスキー膳のCMで真田広之が斎藤和義の「歩いて帰ろう」をカバーしているのが気になる。音痴なのもそうだけど、微妙に歌詞も違うのね。ところであのCM(シリーズ)を見て「ぜんぜん!」って否定する真田広之の演技を見て痛快に感じたり、あのウイスキーを飲みたくなる人っているのかな。商品名は覚えたけど、どちらかというとマイナス方面にベクトルが伸びてる気がする。


あと会社でテレビを見ていてよく話題になるのが米倉涼子ってどこがいいんだろう(どうしてこんなにテレビやCMに出ているんだろう)ってことです。推定でもなんでもいいから彼女の魅力を端的に教えて欲しいです。まったくわからん。


シェイプアップ乱」の文庫版が出ていました。ぼくんちにはオリジナルのコミックスが全巻あります。読んだことない人はこの機会に読んでみて欲しいなと思った。エロ(グロ)、ギャグ、悲哀の奇跡的なバランスが見所です。現在の僕を構成する成分の7%ぐらいになっている気がする、この本は。

iPod

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http://www.zdnet.co.jp/macwire/0110/24/n_pierre1.html
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20011024/apple1.htm
やっぱりフツーのmp3ウォークマンでした。新デバイスが一体何なのかってことで、謎のPDAっぽい画像を載せているサイトとかあってわくわくしていたんだけどなぁ。iPodはトランプサイズで、5ギガのハードディスクで、10時間駆動で、FireWire転送で、充電もFireWire経由。iTunes2と完全連動と言う点が、毎日iTunesを使って音楽を聴いている僕としてはすごく、すーんごく魅力的なんだけれども、何しろ高えよ! $399って5万円超えてんじゃん! え? 47800円に決まったの? うーん、ほんのちょっと良心的かも。でも4倍モード付きのMDラジカセとMDウォークマンをそのお金で買った方が実用的かも。保守的ですか。2万5000円以下なら欲しいかな。デザインは無難と言うか無個性というか合理的というか特にどうでもいい感じですね。iBookの昔の奴とか一番最初にiMacが出た時みたいに、これに代わるものは今世の中に存在しないから、これがどうしても欲しいぞ!っていうデザインではないよね。もっと不定形とか柔らか素材とかだったら3万円まで我慢しても良かったかも。でもやっぱ欲しいかも。もうすぐ誕生日だし。てへ。

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2001-10-22

絶対的なもの

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犬占いは「ポメラニアン」のたかなべです。今週はナタリーが家に遊びに来るそうだ。うわーい。夜はどのゲームでわいわい遊ぼうかって計画を立てていたら、よく考えたら平日なので仕事があることを忘れていた僕でした。何だよー。  ‥え?有給?


来月新譜が出るとか出ないとか言ってる小沢健二ですが、昨日、夕飯を作ってもらいながら台所で今までのシングル曲をかけてみた。たぶん4年ぶりぐらい? なんか想像していた以上にすごい感覚が襲ってきた。オンタイムで聴いていたときは「なんでこの人はこんなに元気に人生を肯定するかねぇ」って笑いながら聴いていたんだけど、それが3年という時間のフィルターを経た2001年の僕が聴くと、そのときには見えなかった本当のパワーに圧倒された。例えば、何かを作るとき、発表するときっていうのは、現状に対しての何かしらのアンチテーゼを含んでいるべき(現状の上塗りならもうゴミは増やさないで!)と僕なんかは勝手に思っていて、オザケンの場合は当時その圧倒的な「肯定感」が、否定的で先行き不透明な社会ムードに対するアンチなのかなって思っていたんだけど、全然違ってました。アンチって何かに対して相対的なものじゃないですか。悪を定義したときに初めて正義を語れるっつうかね。同じテーマでもその瞬間だけに活きるビューポイント(視点)を提示するセンスっつうかね。コーネリアスなんかはそこがすごく長けているのかな。そういうマーケティング的なもんとばかり思っていたんですよ。でも違ってた。何かに対する相対的なビューポイントじゃなく、彼は絶対的なものを正確に、かたくなに表現していたんだってことがすんごく伝わった。手塚治虫のマンガのように、時代の匂いをきっかけとしてかすかに利用しつつ、普遍的なものを完璧なサイズで刻み込んでいたんだ。それだけでも求道者的なイバラの道が広がっているのに、驚くべきことに「LIFE」というアルバムに至ってはそのほとんどの曲をシングルカットして、かつ、チャートの上位に送り込んでいたんだって事実に改めてショックを受けた。一言で言うと今聴いた方がいい曲。2050年に聴いてもたぶん結構いい感じって気がする。節操なく感じていたパクリフレーズばっかりのアレンジも、それに対して著作物としてお金を彼だけに払いたいかっていうのは置いておくにしても、その原曲が色褪せていくよりもずっとオザケンの曲にちりばめられた方がなんだか可愛く感じちゃったりするんだった。そんなパワーを数年前のシングルからぎゅんぎゅん感じながら、僕は絶対的なものに対して時間や労力を割いたことがあっただろうかって思った。昨日と今日でほんの少しモノヅクリのココロが変わった気がした。


例によって自分の便利の為に勝手リンクを貼っただけのサイト「えんにゅ〜す」さんに、逆にラヴフールを紹介して頂いた。その紹介文がすごい。

ラヴフール


出ました。久々の超スタイリッシュ系ニュース日記サイト。この凄まじくカッコイイロゴは本格的にパクリたいと思ったが、あまりにも個性的なのでやむなく断念。えんにゅ〜すは、リンク集ではなく、ぱこちんっと時事ネタ(10/18)に掲載された。一体どう言う思惑があったのだろう。サックリしすぎて驚きと言うよりかは恐怖を感じたのだが、ネタの見境と、リンク集の顔ぶれを見ると、大御所ニュースサイトの類と認識してくれたようです。感謝。


ええと、元デザイナーとか言いながらアレですけど、ラヴフールのロゴはその辺に落ちていたフリーフォントで構成されています。人工衛星の絵もフォント。凄まじくかっこいいって言ってくれたのになんか拍子抜けでごめんなさいね。えんにゅ〜すさんは単に面白いニュースページとしてリンクを貼りました。リンクにはコメントを付ける時と付けない時があるんだけど、説明や特定の条件付けが要らないほど面白さに保証がある時は何も付けない場合が多いです。えんにゅ〜すさんもそんな風に前向きに受け取ってもらえるとステキかも。大御所かどうかは関係なく、面白いかどうかだけなんで、リンクはざっくりしすぎてるかもしれないし、脈絡もないですね。主に自分用です。最後になりましたがリンクありがとうございました。これからもよろしくです。

キューの仕様が変

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http://www.dvdgame.jp/product/index.html
松下が発売するゲームキューブの互換機「Q」の話です。音声の光デジタル出力はDVDは聞えるけどゲームに対応してない、D端子はゲーム専用の画面出力でDVDは見れないとかゆってます。S端子ケーブルとか、ノーマルなAVケーブルならシンプルでオッケーなんだろうけど、それじゃあわざわざDVD再生を軸にしたAV機能を高性能だと謳う必要もない訳で。ツレプテクーより5000円も高い時点で相当やばいのに。結局、何がしたいの?

23日発表のアップルの新デバイス

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MacNNによれば、音楽業界雑誌「HITS」が、Appleが発表しようとしているのは、「iPod」と呼ばれるiTunesと連動することが可能な、FireWire対応のポータブル・ハードディスクだと伝えていました。(Appleのデジタルハブは、なんらかのソフトウェアを経由することによって様々なSolutionに対応してきた。ネットを外してはいけないらしい。)


要するにiTunesと連動するウォークマンのようなものみたい。なるほど。

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2001-10-21

たぶんそっち

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8月17日にYahoo!BBに本申し込みをして丸2ヶ月が経ちまして何の音沙汰もありません。さすがに温厚な僕でもそろそろ解約してやろうかって気になってきましたが「●●局はとっくに設備が整っている」「2ヶ月待つとだいたい進展がある(繋がることもある)」との情報を得た僕は、自分の回線が今どうなっているかというステータス画面が2ヶ月ぶりに「申請準備中」から「申請中」に変わるのを昨日見たのでした。あと何段階ステータスが残されているのかはわかんないけど、今月末ぐらいまでにはいい加減どうにかして欲しいと思います。休日の昼間なんか電話代を掛けないように、近所の東急ストアの「インターネット体験コーナー」にわざわざ出かけている涙ぐましい僕なのだった。ブラウザのお気に入りに「ラヴフール」を入れているのは内緒ダヨ!


その「インターネット体験コーナー」で僕の両脇に女子高生が座ったのだった。二人は友達同士のようで、かつ、声がでかくて、足をほかのどの男性よりも大きく開いて椅子に座る、おばさんのような二人だった。二人はYahoo!チャット(?)にログインしているらしかった。そういうサービスを利用したことないので僕は良くわかんないだけど、二人きりになるのを待っている男性の部屋のようなのが無数にあって、そこにログインして、二人だけのチャットルームの中で会話を楽しむのかな。別に聞き耳を立てるわけでもなく、その娘たちの会話を聞いているとそんな感じだった。二人はでかい声で現在のプロセスを詳細に報告し合った。間に挟まっている僕としては「もう少し静かにしてもらえませんか」と言いたいところだったけど、パソコンの前には今までのチャット相手と被っていないかチェックするためのデータがびっしり書き込まれた手帳が広げられていたり、その言動の子供っぽさが、あー、将来家庭を持っても完全にテレクラとかに足を突っ込むタイプってこれなんだなぁーとかって思うとなんだか途中からおもしろくなってきてしまって、もうそういうイベントとして楽しむことに決めたのだった。


「えー、どうしよー、学校名聞かれちゃったー、ジッセンまた使っとくー?」
「うん、使っとけ、使っとけ」
「ねぇねぇ、趣味がプリクラって言ったら、じゃあ、一緒に撮ろうかだって、こいつきもいー」
「芸能人で誰に似てるって聞かれちゃったー、誰似? 誰似がいい?」
「えー、じゃあヨッスィー似(モー娘。)で」
「なんかねー、葛西臨海公園のそばに住んでてー、加藤晴彦似なんだってー、言うかフツー、自分で加藤晴彦似って」
「うそー、いいじゃーん、あたしのなんか、何こいつ、イズミモトヤ似だってー、誰それー」
狂言のでしょー」
「しらなーい」


そんな感じなのだ。おもろいでしょ。もう間に挟まって俺、爆笑。もうネットサーフィンどころじゃないのだった。でも一番おもしろかったのが次の一言。


「ねぇ、スリーサイズ聞かれちゃった。どうする? どうしたらいい?」
「テキトーに言っときゃいいんだよ。”スリーサイズ?”って返すとかさ」
「ねぇねぇ、高2って体重何キロ? 何キロかな」


自分が現役高校生なのに慌てながら体重を相方に聞いてるのだった。こんなシーンに遭遇できて僕の休日はもう幸せでしたよ。




今日得られた教訓:


・休日の午前中にチャットをのぞきに来るような女子高生は、相手が女子高生に期待している何かをまず持っていない。
・同時刻にアクセスしている中に加藤晴彦似もまずいない。
・天気のいい日は外に出た方がいい。(素敵な相手はたぶんそっちにいる)

ウェーブレース

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ムキュウの「ウェーブレースブルーストーム」でハードクラスをクリアした。ロクヨン版を全部クリアした僕でもかなり難しかった。外人さんは難易度高めがお好きだそうですが、この上のクラスであるエキスパートになんか、とてもじゃないけど足を踏み込める気がしないよ。針の穴に羊を通すような、あまりに求道者っぽいレースモードを離れて、フリーランという、何の制限もなくテレテレ好きなように滑りなよっていうモードの気持ちよさにはびっくりです。コースに対しての障害物の効果的な配置の仕方とか、曲がり角の向こうの景色の開け方とかそういった基本的なところがすごく素直に届いてくるのね。作りがすごく丁寧だなぁって感心した。レースモードだと時間やライバルに追われていつも充分に感じられなかったけれども、いつも朝としか夜しか通らない通勤経路も、早退して昼頃に歩いてふと視点が変わるといつもの帰り道もちょっと新鮮な側面を見せてくれたりする、そんな感じです。

映画「サトラレ」

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サトラレ TRIBUTE to a SAD GENIUS [DVD]

サトラレ TRIBUTE to a SAD GENIUS [DVD]

ビデオで映画「サトラレ」を見た。安藤政信主演のアレですわ。なんかすごく評判が良かった気がしていたので身構えて見ていたら、タイトルが表示されるまでの15分近く、ずーっと世界観の説明台詞のオンパレードで、その説明される世界観というのがマンガが原作のせいもあったんだろうけど、安っぽいSFのようなシーンが多くて、すごく萎えてしまった。別にわざわざ実写の映画にしなくてもいいじゃん、こんなん、とか思っていた。でも前半の何だろう、ちょっとおちゃらけたパニックムービーっぽいシーンを終えて、物語としての押さえておきたい前提が説明し終わって、安藤政信の演じる主人公のパーソナルな事件にぐぐぐっとカメラが寄っていくと、自然にその内面に同調できるようにすっかり自分がなっていて、後半はどう考えたって泣かせようとしてるだろうっていう大したことないストーリー(外科医になった主人公がおばあちゃんの膵臓ガンを治してやるーとかって話)なのに、よゆーで泣いちゃう自分がそこにいることに気づくのだった。しかも3回とか4回ね。


物語はシンプルに終わる。でもそこから先の方が実は重要で。今回あらすじを書かないのもそのせいなんだけど。コミュニケーションとか思いやりをもっと大事にしようよってことをすごい素直に楽しく見せてくれる。人は言葉でばっかり相手を理解しようと思うけど、それだけじゃないはずじゃない? 相手が自分の前にいない時だっていろんな想いはいろんな場所で交錯しているわけで。目に見えてる部分だけが付き合いじゃないだろうし、あなたや自分のことを不快にしたくて生きてる人なんて一人だっていないはずだってことに、割と自然に気づかせてくれるっていうかね。それがうれしかった。キャスティングもよかった。安藤政信の何とも言えないあのイノセントな表情、内山理名のなんかむかつくとことか、鈴木京香の年甲斐もなく恋愛に巻き込まれそうなひたむきさとかね。映画館よりもレンタルビデオの方がなんとなく向いているって感じのさわやかさでした。オススメです。80点。

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2001-10-18

寂しさと温かさの間

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検索ワード「舟盛道楽」 で毎日数人が訪れるサイト「ラヴフール」へようこそ。ロボット検索エンジンに載る頃には、過去の記事はとっくに消えてます。残念でした。記事はナマモノだからね。ちなみに「takanabe」で飛んでくる人も毎日一人ぐらい必ずいるのだった。そんなに気になる単語か? 不思議だな。


昨日は美大時代の同級生アーティスト宇田敦子さんというか宇田の、映像発表会&トークショウに行ってきたよ。美大を出た後、もう一つ大学を出て、映像作家になったんだそうな。その在学中から作りためて、いろんな賞を総なめしている連作「福田さん」(mafじゃないです)を上映。DVで友達や家族との日常を撮影した丁寧な作りの作品だった。


その映像を見ながら考えたことは、僕の世代(72年生まれ)の空気感というのはやっぱりディスコミュニケーションの上に成り立っているんだということの再確認。愛想笑いした後の沈黙、何かをしたくてアクションを起こすまでの沈黙、友達が帰った後のテーブルの上の湯飲み、蛍光灯を消した後の部屋の暗がり、「結局すべてをわかりあえっこない」「でも確実に何かが伝わっている」、寂しさと温かさの間の絶妙なグレーゾーン。そういう感覚が無限のループのように丹念につづられていく。


愛すべき友人やコイビトや家族と言葉を交わす。でもそういう時に伝わっていることは言葉に乗った情報だけじゃない。親しければ親しいほど尚そうだ。食事をする時に栄養だけを考えて献立を立てたりメニューを選んだりはしないのと一緒だ。匂いも色も食感も喉越しも温度も楽しんでる。繰り返し食べたい味がある。体には毒かもしれなくても忘れられない味がある。コミュニケーションにも同じことが言える。


宇田の作った映像にストーリー(あらすじや要約)を求めても意味がない。描かれた日常について語ることにも意味がない。それは言葉について言葉で論じるのと一緒だ。脳みそが脳みそのことを考えている時みたいだ。


毎日、誰かと関わる。言葉だけじゃなく、仕草や目線もかすかにお互いの気持ちを揺らしている。揺らした気持ちがまた他の誰かに作用する。その振動がwebのように絡み合って社会が出来てる。名前のない気持ち、でも確実に触れたことのある気持ち。感情が0から1に至るまでの、無から有が生れるそういう瞬間を、宇田の視線は的確に捉えている。その視線やテーマはきっと100年経っても古くならない。そしてその頃にはそろそろ名前がある感情になっていると少しうれしいかな、と思った。蛇足だけど、女性が日常をテーマにしたものの中では自意識ニュートラルなところ(変に特別ぶっていないところ)も好感触でした。


映像の後は宇田のホームページでも発表されているwebドラマシリーズをスクリーンに投影し、製作の裏話などを交えて見ることが出来た。「福田さん」という映像作品が、映画的な時間軸を持っていたのに対し、こちらはその表現したいコアの部分、言ってみれば、寂しさと温かさの間の絶妙なグレーゾーンを瞬間で切り取り、マウスを近づけて反応を確かめることで、映像や被写体とのコミュニケーションを実現させ、その繰り返す仕草や反応の中で映像そのものを例えば楽器のように扱っている。インタラクティブという危うい言葉の意味を、まるで僕がゲームに夢見ているもののようにシンプルで楽しく表現している。非常にスマートで、説明のいらない、ステキな作品だった。


個人的に知り合ったと言うホフディランの雄飛とのコラボレート作品群「LIFE LAB」の新作発表もあり、その表現力も相当に完成されたものになっていた。公開された時は是非体験してみるべきでしょう。なんかしらの感情の揺さぶりが起こることは僕が保証します。なんだかうれしくて笑ってしまったもの。


最後の雄飛と宇田のトークショーがあり、ふたりが出会った経緯や作品に対する姿勢なんかを語った。そこで感じたのは宇田は、そのちっこい体と目で、自分にしか見えないもの、みんなにも感じられること、という表現の大原則をかっちり捉えてカタチにしているんだなぁということ。偉くなったのに全然飾るところがなくて、目の前に現れたチャンスを、自分のできる限りの最大限の努力とそれに協力してくれた人への感謝で、全部ものにしているんだなぁってこと。うらやましいし、僕もがんばなくちゃいけないってそういう当たり前の勇気を授かったような気がした雨の日でした。チャンスはそれがチャンスであることにまず気づけることが才能だとは思うけれども。

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2001-10-17

気弱

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生れて初めて漫画喫茶に行ったよ! 生れて初めて「バガボンド」と「ワンピース」を読んだよ! わざと読まないでいたのに、予想通り直球ど真ん中の作品でショックを受けたよ。直球のショックを受けると、その完璧さでお腹がいっぱいになって創作意欲がなくなってしまうので、そういう匂いがするものはいつも避けて歩いている気弱な僕なのだった。あと「花園メリーゴーランド」でブレイクした柏木ハルコの「よいこの星」「いぬ」「ブラブラバンバン」の1、2巻をだだだーと読んだ。「ブラブラバンバン」が面白かった。ホルンを吹くと恍惚状態になってそこにいる男の子を見境なく襲ってしまう女の子の話しだ。ジュースが飲み放題で、インターネットとツレプテクーのブースがあって、ラブソファもあって、食べ物持ち込み自由で、店内でカップラーメンとかも売ってた。あっという間に1500円も掛かったよ!高いような気もしたけど、でも自分ちの本棚がいろんな街にあって、その貸倉庫の管理費を、その本を読みたい時だけ払って、いつもは管理してもらっているんだって考えると、かなりステキな場所のような気もしたよ。ここで暇をつぶせ!って言われている場所っていうのもなんだか不思議な存在だったな。


オオタくんのページ「喫茶かんふる」のpetit!というコーナーを読んだ。かなりぐっと来る部分があったので転載しておこう。

-- 言ってはいけないコトバ --


「ボクはそういう人間だから」は言い訳
「どうして解ってくれないの?」は傲慢
「ボクが間違ってるの?」は自信過剰
「じゃあどうしたらいいの?」は努力不足
「お願いだからこっちを向いて」は徒労
「やっぱりボクが悪かったよ」は手遅れ
「ボクはこんなに努力してるのに」は幼稚
「よかった。解ってくれたんだ」は自己満足
「ボクのことどう思ってるの?」は自意識過剰
「解った。もう何も言わない」は最低


1番上と、1番下と下から2番目以外はほとんど毎日ゆってる気がする。は!盗聴器しかけた?



日刊名言(メールマガジンより)

「天才とは、複雑なものを簡単なものに変化させる能力である」 C. W. シーラム

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2001-10-15

ちぇー

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仕事じゃないことばっかり忙しくて超充実!って思っていたのに仕事も増えてきました。ちぇー。

エースコンバット04

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エースコンバット04 シャッタードスカイ

エースコンバット04 シャッタードスカイ

エースコンバット04」と「ソニックアドベンチャー2」をクリアしました。どっちも5つ星をあげたい傑作でした。ソニック2はムキュウでも年末に楽しめるそうなので、ぜひそっちを遊んでみてねってことで今回は終わらせたいですが、エースコンバット04はなんというか、こう、新しい肌感覚というのを覚えたね。


例えば、僕はゲームが写実的になるっていう方向や、殺伐とした世界を題材にしたエンターテイメントが嫌いで、このエースコンバットなんかは、リアルな戦闘機に乗って敵の基地やら機体やらにガンガンミサイルを打ち込んでエースパイロット気分を味わうっていう意味において、もう僕なんかは半分以上「ごめんなさい、これ食べれません」って感じなんだ。実際、プレイを始めて数時間は「薄曇りで暗いイメージだなぁ」「別に戦争なんかしたくないんだけどなぁ」「ちゃんと操縦できなくて海にばっかり落ちてるなぁ」「フォントが小さくて読みづらいなぁ」とばかり思っていたんだけど、3時間を過ぎた辺りから、だんだん新米パイロットがエースになっていくような成長を遂げ、頭の中で作戦を自分の順番で遂行していくプロセスを思い描けるようになると、今度はさっきまではただのBGMでしかなかった音楽や、敵機を撃墜した時の興奮した仲間の無線、自分が撃墜した戦闘機や基地の中にいただろう誰かの命、そう言ったものを、テキストやムービーの説明ではなく、肌感覚として感じるようになってきて、そうした時に、薄曇りに描いた空の意味や、ロックじゃない音楽の意味や、僕がエースであるために興奮する仲間達の無線の意味が、完全に主観視点でわかってきたのだった。


このゲームは、戦争のエースパイロットになれるっていうシンプルな夢を満たしながら、その裏側で、その虚無感を限りなくリアルに表現した作品なんだ。


ミッションを5つもクリアすると、自分がエースであることを自覚し始める。作戦を聞き、ほとんどすべての敵機を撃墜するイメージを思い描く。思い描いた通りにそれが繰り広げられる。現実にそっくりな世界で、まるでゲームのように戦争をしているという不思議な感覚を味わう。ボタンを押すだけでどこかの知らない誰かの命が消えて、仲間達が無線で興奮した声を投げかけてくる。「やったな! お前こそ英雄だ!」。


その瞬間、広くどこまでも続く曇り空に抱かれながら、自分が破壊した敵地を見下ろし、なんて不毛なんだって思う。ゲームをすることが不毛っていうなら分かる。でもそうじゃなくてエースパイロットであることの不毛さを肌で感じている。こんなに広く美しい世界の中でなんてちっぽけなことをやっているんだと。もう役柄になりきってしまっているのだ。なんて悲しいロールプレイングゲームなんだ。ぞっとする。


ミッションも半ばを過ぎると、自分の行いが否応無しに英雄として祭り上げられていくことに恐怖を覚える。敵の顔も知らない。恨みだって個人的にはない。兵器を恨むなら、自分が操縦しているそれはなんなんだ? 相手の知らないのに親指一つであらゆる物(命)を撃墜していく。すべての人にこの感覚が届くとは思わないし、単純に戦争好きな人はリアルな戦争ごっことしてこのゲームを遊ぶんだろう。僕はゲームで味わった初めてのブンガクかもしんないって思ったよ。頭の中に濃い霧が掛かった。能動的に世界に参加しないと得られないタイプの濃い霧だ。

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2001-10-14

なのかも

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マクドナルドでハンバーガーを食べていたら、坊主頭の双子の兄弟が「アイーン体操」というのをしていた。「アイーン体操始めましょっ、空向いてアイーン! 右向いてアイーン! 左向いてアイーン!」って同じ顔と体がバッチシな振り付きでニコニコ踊ってんの。志村けんってすげえなーって思った。


ドラマ「恋人はスナイパー」を見た。僕はあんまりというか全然テレビドラマというものを見ないんだけど、風邪でしんどくて寝ているときにテレビをつけたらちょうど始まったとこだったんだよね。ウッチャン韓国人と日本人のハーフで、しかもスナイパー(殺し屋)というかなり野心的な設定だった。韓国で生き別れた母親の居所を捜すために仕方なく殺し屋の依頼を受け続けているんだけど、日本でウッチャンがなよっとした留学生を装って下宿している家はちょうどその殺し屋の事件を扱っている捜査本部の刑事の女性(水野美紀)が住んでいて、その女性と恋仲に落ちる、でも逮捕しなきゃ!みたいなマンガチックな内容だった。ウッチャンが画面に出てくると、例えばジャッキーチェンの映画がそうであるように、どんなにシリアスな画面でも次のシーンでは笑わせてくれるはずでしょ?みたいな、勝手な期待をしてしまってつい斜めに見てしまうんだけれども、そういうのもすぐになくなるぐらいにテンポがよくって、最後まで飽きずに見ることができた。クライマックスでは「マトリックス」ばりのワイヤーアクション(ワイヤーで吊って行う特撮のようなもの)が、うわー、すんげえがんばってるなぁって声を上げたくなるほどだった。2時間という枠の中で、物語の落としどころとしては、もうウッチャンウッチャンのお母さんが死ぬ以外、綺麗な終わり方がないじゃんよってぐらい追いつめられるのに、何故か最後だけ、まとめ上げた伏線を一気にほどいてしまうような、あるいは、もしこのパイロット版を気に入っていただけたら、連続放映分の予算をつけてもらえませんか?的な匂いのする終わり方で、そこだけ頭に来た。でも2時間ドラマの持つ可能性としてはVシネマや、大作を気取った日本映画なんかよりは全然おもしろかったし、楽しかったよ。変に作家性を込めずに、素直に娯楽を突き詰めているシナリオのテンポにうーん、なるほど、と思わされたのでした。

ゲームショー

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金曜日にマハクリのゲームショーに行った。みのもんた伊集院光と中祐司と水口哲也メタルユーキを見ました。あびる優のショーには30分差で間に合いませんでした。ちぇー。ちぇー。プレイステーション2の発表時以降、年々来場者が減っているそうで、年2回あったショー自体、今度から年1回に減るそうだけれども、僕は今回のショーはここ数回の中ではなかなかいい感じだったと思う。特にドリームキャストから撤退してマルチプラットホーム戦略を前面に押し出したセガが元気が良かった。ツレプテクー、X-Box、ゲームキューブ、アドバンシュ、PC、そしてもちろんドリームキャストまでもう何でもかんでもやってる。特に気になったのは、プレイできなかったけど「Rez」(PS2)、あとオンラインにしなくてもフツーに4人で遊べる「ファンタシースターオンライン」(GC)、アドバンシュとの連動がある「ソニックアドベンチャーバトル」(GC)、「スペースチャンネル5パート2」(PS2)、そして「風来のシレン外伝」(DC)など春までにセガだけでも120%楽しめそうなラインナップを揃えていました。実物は見なかったけど「ファンタシースター用のコントローラ」も出るようで、そのばかばかしいデザインに爆笑。どうせキーボードと一体化させるならアーケードスティックのようなデザインの方が使い勝手がいい気がするんですけど。


ソニーは年末の目玉「トロと休日」を中心に、懐かしのヒーロー気分を味わえる「正義の味方」、マイクを使って当てレコを楽しむ「夜明けのマリコ」がありました。大きな液晶モニターではこの秋のスローガンなのか「you need new sense」とか「you need new games」(うろ覚え)のようなメッセージが表示され、任天堂ゲームキューブのまだ見ぬコンセプトに、もう完成しているゲーム群をぶつけてきているような印象だった。確かに「トロと休日」「Rez」をはじめとする秋〜冬のラインナップは、今までのゲームの枠に収まらない実験的で意欲的なものが多く「質より量、とにかく量!」という印象だったプレイステーションが、今度はアイディアの勝負に乗り出すぞっていういい意味で好戦的な感じがした。ハードの性能差や、大作続編リリースの有無じゃない、ゲームのアイディアの部分の勝負ならどんどんやって欲しいよ、と思った。


あと、タイトーの「ラクガキ王国」。自分で書いたラクガキが命を吹き込まれたかのように動き出すっていう新しいゲームだけれども、どうやらその肝心のラクガキ部分のインターフェイスがあんまり直感的にできていないようで、しばらくプレイしている人の操作を見ていたんだけど、テキトーな形を描いて、ほらモンスターが生まれた!っていうそういうテンポの良さはなくて、じりじりとへぼい線を描いては、お約束通りの設定を各パーツにしてあげるっていう、考えてみれば割と当たり前のゲームになっていました。マウスとか使えるようにしておいた方が良かったかもしんないな。でも欲しいけど。


他にも PSoneの液晶モニターがいくつも設置してあって「ドラクエ4」や「ミスタードリラーグレート」を楽しめた。この液晶がなかなか良くって、プレイステーションの新作ソフトとしてじゃなく、PSoneごと新しいゲーム機として楽しんでいるような気になった。モバイルとしては充電池もなくあまりに弱いハードだけれども、ベッドサイドに持ち込むゲーム機としては、バックライトのついた液晶画面と言うことでアドバンシュよりいいところもあるかもしんないと思った。テレビをつけながら手元でドラクエ4とか悪くない感じかも。モバイルではなく、ラジカセやノートパソコンのような扱いをするゲーム機ととらえると割と使われるシーンが思い描けるかもしんない。ゲームボーイと市場を食い合わずに過去の資産(ソフトの数)を活かすにはまっとうな方法の一つなのかも。

深キョン

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深キョンが好きだ。画面に出るだけで、ごめん、正視できないってぐらいドキドキする。あのFASIOの宣伝が流れると、周りのみんなは「ばっかみたい」「腕ふっとい」とか呆れているのに、僕だけ目がハートになってる。最近思うのはアイドルの不在っすね。3年前ぐらいだったらたぶん広末涼子って言えばオッケーだったんだろうけど、今はいませんね。深キョンはそんな中でゆいいつアイドルっぽい演出が許される存在でありながら、実はメタ・アイドルなんじゃないかなって思います。例えばあの曲「キミノヒトミニコイシテル」にしても、小西さんのポップセンスを全開にしたCMソングらしいCMソングなんだけど、そういうマーケットリサーチ的な部分を満たしつつ、笑顔で無効化するっていう、そういう複雑なパワーをみんな感じませんか? 満たさなきゃいけない義務をきっちり遂行しながら、その実の部分で「踊らされる気はありませーん、こういう形のブレイクを全然信じてませーん」って強く発している気がする。その怖さが案外好きなんだよな。そういう意味ではピチカートの野宮真紀の、個性を殺して人形を演じるというスタンスよりも、全身でマーケットリサーチに乗っかってる慎吾ママよりも、ずっとずっとラディカルな気がします。ある意味、森高千里なのかも。

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2001-10-12 ハピバスディ

ハピバスディ

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本日10月12日はラヴフールの5回目の誕生日でございます。おめでとう。いつもステキな記事をありがとう、たかなべさん! カウンターを見たらちょうど80000を突破したところだった。5年間で割ると年間平均16000。365日で割ると1日平均43.8アクセスです。ここ一年ぐらいは毎日70〜100アクセスを頂いています。重ね重ねいつもステキな記事をありがとう、たかなべさん! 僕だけのお陰です。


今年は引っ越しがあったりして、実家にいる時にはなかなか出来なかった「遊びにおいでよ」って言葉が僕の一存で好き勝手に言えるようになってうれしかった。みんなでたこ焼したり、ゲームしたり、プール行ったりね。ラヴフールを通して知り合ったマッキと満点先生を作れたし、ナタリーとシンクとも仲良くなったし、オオタ君はほんと相変わらずだったしね。最近ではたぶん壮大な「妄想カフェ」企画のエンジニアリング部分をみんなに手分けして手伝ってもらっている最中です。交流をカタチに出来たらなぁと思います。人と人との出会いは掛け替えがないものなので、流れゆく時間の中でどうしてもぎこちなくなってしまうものがあったとしても、この場(ラヴフール)を通して出会った人同志をちゃんと大事に思ってくれたら、そこに僕がいなくたってシアワセです。年内にはパティやジョージにも会いたいなぁと思ったよ。


昨日は雨がひどくて、仕事で借りてたCD−ROMをどうしても手渡ししに行かなくちちゃいけなかった。傘をさして渋谷に行ったんだけれども、どの角度に傘をさしてもへそから下がぐしょぬれ。洗濯したてのジーンズみたいになってたもん。電車も軒並み停止。でも東急だけは動いていて約束の時間に間に合った。あの状態でCD−ROMのでかい封筒を濡らさなかった僕はもう少し誉められてもいい気がしたよ。お陰で風邪ひいたしね。今日は目眩でまっすぐ歩けません。


前回の記事で書いた「元気」「クリーチャーズ」「シャープ」からのアクセスについて、「元気」と「シャープ」からはさっそく反応のメールを頂きました。「1年近く見ています」「友達になって下さい」とのことなので、こちらからも是非お願いしたい上に、できればこれを機会になんか企んでいきたいぞってな感じです。「クリーチャーズ」さんの方もはずかしがらずに、あるいは面倒くさがらずに声を掛けてくれるとうれしいよ。

Q

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松下のゲームキューブ互換機「Q」の詳細が公開されていました。この写真の構図がなかなか良い。僕は本物を見たことないんだけれども、この写真の感じだったら実はけっこうかっこういいのかも。そして重大なことに気が付いたんだ。DVDが見られるということでついツレプテクーと比較されがちな「Q」だけれども、リモコンを見てよ! 電源ボタンがあるじゃんよ! 僕はこれを見てちょっと身を乗り出してしまったよ。ツレプテクーを持ってない人の為に説明しておくと、ツレプテクーのDVDリモコンって言うのは現在別売りになっていて、3500円する上にコントローラー用ポートをひとつふさいでしまうし、何を隠そう電源ボタンがないのです。これってひどいよ。リモコンがあるのにテレビの横までとことこ歩いていって電源ボタンを押してから2メートル離れて、DVDリモコンで操作するってことだよ。見終わったらまたテレビの横までとことこ歩いて電源ボタンを押してスリープさせなきゃなんない。アホみたい。ゲーム用のコントローラもコードはどんどん長くなって好きな姿勢で楽しめるようになったのに、電源を入れる時はやっぱりテレビの横まで歩かなきゃなんない。コントローラに電源スイッチを入れる命令ぐらい付けといてよ!と思う訳ですよ。でも「Q」ならそれが叶うのね。ステキかも。どうせならディスクチェンジャーも内蔵して、マリオやったりゼルダしたりを手元で切り替えながらついでにエロDVDも見れたら、ツレプテクーなんて売っちゃってもいいかもとさえ思えてきます。でも多分そんなには売れない気がする。販売形式もネットに力を入れたいとか、数量限定?って話しからなんか消極性を感じるしね。3DOの時みたいに値崩れするのが怖いんだろうね。もしツレプテクーとおんなじ35000円で売られたとして。来年頭に30000円を割り込んで売っていたら、オレンジ色のムキュウよりも僕のココロを揺さぶるゲーム機の王様(テレビの前の機械で一番使うやつって意味)になるかもしんない。あとから出る任天堂の周辺機器が、この質感とさっぱり合わなくて、ちゃちくなるのだけは勘弁な。今のうちからゆっておくけど。

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2001-10-10

RPG最大の試練

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10月10日です。全国の瞳ちゃん誕生日おめでとう。タモリによれば雨の10月10日は10年ぶりだそうです。いや、ふーんって思ってくれればそれで充分なんですけど。


黄金の太陽」を攻略本を片手にがんばってます。すんごい絵が綺麗で魔法の効果なんかは声をあげそうになるほどなんだけど、なんで旅を続けているのか、なんでモンスターと戦うのか、戦った結果(苦労)、その世界の何が解決したのか(ご褒美)が全然曖昧なまま進んでいくし、多分画期的な仕組みを目指したんだと思うフィールドでの魔法の使用についても、ストーリー上、この魔法はこういうシーンでこんな風に使って以後、謎を解いていくんだよっていう説明がなくてしんどいです。CMで言ってた「RPG最大の試練です」って、え? ま、まさか!


ピクミンの歌の方のCMを見た。見終わってカナが「なんか、つまんなさそうに見える」と言った。うーん、そうかも。「育つ、運ぶ、増える、そして食べられるー」とかって歌詞はまるで食べられるためのゲームみたいじゃんと思った。内容がはっきりしないゲームだけにこのCMに限ってはソニー的なセンスが必要だったなぁ(任天堂のCMは垢抜けないなぁ)って思った。ピクミンの格好をした人をたくさん並べてまじめに仕事を割り振るコントとか、バクバク食われるコントだったらいい感じじゃない?そうでもない? いや、ソフトはすぐ買いますけどね。本体がこれで何万台も売れたりはしなさそうって思った。


そんなゲームキューブは買うところで買うと新品が21000円を割り込んでいるそうだ。最初のソフト3本もけっこう中古が出ているので、スマッシュブラザーズの発売の前に揃えておくとかなりお買い得かもしんない(その頃にはきっとまた値段も戻るし)。多分、AVケーブルとコントローラメモリーカード代ぐらいは浮いちゃうはず。ちょっとうらやますぃー。



メールマガジン「今日のいきぬき。。」より全文


夏の間はガブガブ飲んでいた麦茶が、最近ちっともほしくなくなりました。冷蔵庫の中で、どんどん古くなって、捨てられる日を待つかわいそうな麦茶なんです。


今の季節と夏の暑い時期で、室温はいったいどのくらい違うというのでしょうか?


冷房したりしてることを考えれば、せいぜい5度くらいしか違わないと思うんですが、こうもはっきり、麦茶じゃなくてお茶がよくなるもの妙な話ですねえ。その辺がどうも不思議でなりません。


わずかな温度の違いでも、人は飲みたいものの温度がガラリと変わってしまうのです。冷たい麦茶は氷を入れるので5度くらいかもしれません。熱いお茶は80度以上あると思います。すると温度差は75度。室温の違いはたったの5度です。これはいったいどういうことでしょうか?


そんなこと言ったって秋になったら熱いお茶がいいんだからしかたありません。飲みたいものを飲めばいいです。でも、そんなわがままなことでほんとにいいの? 麦茶の立場は?


いろいろ考えてみました。アイスクリームなら冬でも食べるくせに、冷たい麦茶は冬には決して飲みません。ラーメンなら夏でも食べるくせに、熱いお茶は夏には飲みたくありません。これってやっぱり変ですね。


人間ていうのはとてもデリケートにできてるから、微妙な温度の違いにいちいち反応してしまうのですね。でも、ラーメンやアイスクリームは別だということ。いったい人間て?



アクセス解析を入れていることは下のバナーを見てもお分かりだと思いますが、その中でほとんど毎日見に来てくれている「元気」「クリーチャーズ」「シャープ」からのアクセスが大変気になります。お友達になりたいのでメールとかくれるとうれしいよ。じゃ。

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