ラヴフール (www.lovefool.jp) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-04-30

takanabe2010-04-30

辿り着く

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ネットの時代になってから繋がり方は多様になった。いろんなサービスのいろんなコミュニティで時間も空間も離れた人たちに、なんとなく繋がっている気持ちになったりしてる。


ところでこないだ休日の街をふらふらしていたら、乳母車を押している女性と向かい合って立ち止まる状態になり、お互い道を譲り合いつつも進めなくなって、顔を見合わせた。そしたらその女性が何かを見つけたような顔で僕の顔を凝視し続けるので「?」と思っていると「え、真鍋君?」とか言い出した。「いえ、たかなべです」と訂正しつつ、それが高校の同級生だったことに20年ぶりぐらいに気がついた。彼女は高校の同級生と結婚していて、幸せそうだった。20年ぶりだったけど、言われてみれば同じ顔だったし、僕も相変わらずひょろひょろしたメガネ顔だった。20年ぶりに会ったところで別に話したいことも聞きたいこともないことに気がついて、もう会うこともないかもなと思いつつ「またね」と手を振って別れた。僕の知らないところで時折クラス会的なものがあったみたいだけど、高校で今でも思い出せる顔や名前なんて片手で足りるほどだった。温めなおせば、面白い関係とかもきっとあるんだろうけどね。


いつでも繋がれる時代だからこそ、逆にこぼれている人たちとはなんかもう絶望的に離れちゃうんだな、と思った。名前を検索すればメールアドレスが出てくるような人もいるかもだけど、まれだよね。特に今では検索対象にして欲しくないチェックボックスとかあったりするし。女性なんかはどんなサービスでも変名ばっかだし。せっかくオンラインなのに、余計なつながりは欲しくないみたいなところに落ち着いちゃう。小さい輪はそうやって拡がりを拒むから、結局サービスの数の方が増えてしまう。例えばmixifacebookメッセンジャースカイプでも、それぞれのコミュニティを統合することはできないので、2つ立ち上げ続けないといけない。なんかなーっていつも思う。


僕は最初にインターネットに触れたときからずっと本名で発言してるんだけど、それは責任の所在とは別に、無限に等しい情報が毎日増えていくなかで、まれにでも僕を探す人が僕に辿り着けないのはおかしいと思ったからです。実際交流をするかしないかは、その次の判断なはずだもん。そうは言いつつも、みんな好きだよね、「王様の耳はロバの耳」みたいな使い方。


Twitterが流行って、誰かに響いた発言が、名前つきで流通していくのはけっこういいなと思うところがある。最終的にどんなアクションも個人の責任に返ってくることが当然だと思うから。システムの「便利」だけを享受してるときっとよくないし、無駄な負荷をどっかに掛け続けてる気がする。

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2010-04-29

takanabe2010-04-29
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2010-04-28

takanabe2010-04-28
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2010-04-27

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秘伝のたれ

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美大予備校みたいなところでデザインの勉強をしていたときに、無彩色(白や黒やグレー)は色じゃないという教育を受けた。そのせいもあって、いまだに真っ白や真っ黒を使うときにためらいがある。工業デザインの世界だとこれにメタリック(アルミやステンレスの色)を加えるかもしれない。その色で塗られたものには「デザインが及ばない別の世界のもの」と解釈される。


例えば、ブラウン管テレビの背面がなんだかよく分からない形に黒くでこぼこしていたり、昔のiPodの背面はステンレスだったりした。これは厚み方向にはデザインは介在していない(形や量感として捉えないでください)というメッセージだと捉えることができる。PSPが真っ黒くつやつやしているのは、大画面を延長させた形状をそのままグリップにしているから。だからカラーバリエーションは本来好ましくないはず。


グラフィックの世界でもロゴマークの周りを真っ黒や真っ白で縁取るのは、どんな背景が来ても必ず浮き立つようにする、一種の飛び道具。レイヤーが違いますよ、というメッセージ。


だからこそ、そういうメッセージ以外の場所で同じ色を使わないようにしないといけない。少なくとも混在をさせてはいけない。余計なメッセージを与えてしまうことになって、見る人使う人が小さく混乱する。デザイナーが意図して使うなら、ルールが分かるように使わないといけない。丸ごと全部同じ素材だとか、色だとか。


でもこの話を、デザインに特別興味がないフツーの人に話すと、まず通じない。それがなぜなのか30過ぎぐらいまでずっと理解できなかった。でも最近分かった。それって、ただの整理法なんだよな。物事を効率よく割り切っていくためのデザインの言葉。他の例えで言うと何だろう? ガンダムは戦う機能を活かすために人型ロボットという形を選んだのか、人型ロボットのかっこいい活躍のあり方として兵器という機能を選んだのか、とか? 僕はたぶん後者だと思うけど。うん、何の話か分からなくなった。


おっぱいが素敵だから、それを包むブラジャーごとかわいく見えるのか、かわいいブラジャーに包まれて隠されているからこそ、おっぱいに価値があるように見えるのか、みたいな? 正解は人それぞれで、結局使い道は変わんないんだからどっちでもよくね? みたいなことを言いたかった。それはブラジャーガンダムをデザインしている人が真剣に考え抜けばいいだけの言葉や方法なんじゃないかな。秘伝のたれみたいな。


iPodの背面がピカピカしててかわいいって思ったっていいし、PSPの黒以外が欲しくたって別にいいじゃん。テレビの背面なんか年に何度かしか見ないんだから、どんな形だろうと関係ないじゃん。それはどれもフツーのユーザーの当たり前の感覚だ。デザイナーだけが勝手に苦悩してるべきだ。言い換えれば自己満足なんでしょうけど。


音楽論的にすばらしい構造を持った曲より、楽しい気分になる曲の方がいいし、グルメが褒めた店かどうかより、自分がおいしく食べれたかどうかの方が大事だし、ファミ通が何点をつけようが、自分が愛しいゲームの方がいいじゃん。


デザインに限らず、何に人生を捧げるかによって、物事の見え方捉え方が変わるけど、それをそのまま鵜呑みにしてそれだけを突き通すんじゃなくて、他のジャンルを捉えるときのある種の尺度?みたいに受け止められると、すごくいろいろいいんじゃないかって、やっと自然に思えるようになった。学生が「勉強って何でしなきゃいけないの?」って聞くときの答えと一緒。


で、たぶん、その勉強を各自突き詰めていって、そのジャンルだけじゃなく一般化できるようなシンプルな真理に辿り着くことが「道を極める」ってことなんだろうなって思う。名言が名言として拡がるのって、専門職にもそれ以外の人にも同じくらい応用が利くような言い回しになってるからでしょ? 秘伝のたれの作り方を知ることじゃなくて、おいしい料理を作って食べた人が最高に喜んでくれることの方が重要じゃん。可能なら食塩で究極の味に辿り着く方がずっとすげーみたいな、そんなこと。

CD「ファンファーレ」advantage Lucy

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女性ボーカルのネオアコバンドと言ったほうが、理解が早い気がします。


このアルバムは1999年発表で、インディーズで活躍した彼女達の最初のフルアルバム&メジャーデビュー盤で、第一期のまとめとも言える充実した内容です。


軽くて爽やかに透き通った音に、英語詞や日本語詞の自然なハイブリッド、たぶん声の印象なんでしょうけど、ありふれているようで、かっこつけすぎていないそのスタンスが、独自の世界観を見せてくれます。


繊細でドリーミーだけど、意思がはっきりしていて、コミュニケーションがやや苦手、前髪パッツンな小太りロングヘアーの女の子をイメージします。たぶんこういう娘と分かり合うには、あまり多くの言葉とか必要じゃなくて、空気や温度が共有できることが最優先にある気がします。正解がないと言えばないことだけども。


恋愛を主軸のモチーフにしてない点と、それでいながらどこか「旅立ち」や「モラトリアムからの卒業」をイメージさせる言葉の連なりが、受け手の年齢に関係なく、青春終わりかけの焦りと達観を感じさせます。


過ぎ去る日々の残酷な美しさ、退屈な時間があることの幸せ、パーソナルな内的世界の宇宙的広がりが、なぜか夜方向じゃなく、明るい日差しの中に広がっている、そんな不思議な明るさと切なさが同時に実現していて、中でも「真昼」「so」の2曲は、他の誰にも出せない不思議な音空間と体験をもたらしていると思います。

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2010-04-26

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2010-04-25

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2010-04-24

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2010-04-23

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2010-04-22

takanabe2010-04-22

明日、君がいなくなりそうで

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新しい恋人でもできたような感じで、食べ物に入れこむことがあって、1度そうなると1年ぐらいは毎日それが必要になってしまう。ここ数ヶ月は、喫茶店のアイスコーヒーにガムシロップを2個入れるのと、伊藤園の「TEA’S TEA NEWYORK ベルガモット&オレンジティー」にはまっている。紅茶の方はペットボトルだけじゃなくて、ティーバッグもあるから、朝や夜は家でそれをHOTで飲んで、会社のビルの自動販売機で冷たいのを買って飲んでる。これは紅茶って言うより、映画館で氷の溶けたジュースを飲んでるような、不思議な味がする。他の飲み物で例えたら、100%オレンジジュースは時々きつく感じることがあるでしょ? エグ味と言うか。それを天然水で割った「きりり」は、水で薄めただけなのになんかちょっと別ジャンルって言ってもいいカテゴリーを築いたと思う。そういう差がある。TEA'S TEAはオレンジ味の紅茶というより、オレンジ+水+紅茶みたいな感じ。そのくせ、オレンジでも水でも紅茶でもない味がする。家や会社にこの紅茶が出る蛇口があればいいのに。


僕はしけ始めのスナック菓子が好きだったり、1.5リットルコーラの、蓋を開けてから2日目ぐらいの、炭酸がちょい抜けの感じが好きだったり、カルピスの牛乳割りやドクターペッパーが好きだったりするので、この味のすばらしさも、他の人には理解できないことのような気もしている。僕の琴線に響きまくるものって言うのは得てして、世の中から消え去る運命にあるので、半年後にはこれも飲めなくなりそうでちょっと不安だ。会えなくなるのはとてもつらい。


あとアイスコーヒーはなるたけ黒くて、味と匂いが強い奴がいいです。それにガムシロップを2個。缶コーヒーはどれも具合が悪くなるからダメだ。会社のそばのランチを食べる店何件かは、ここ数ヶ月の教育の結果、もう言わなくても2個持ってきてくれるようになったし、ドリンクの無料券をくれたりするので助かってる。カレーの後のそういうコーヒーがすごい好き。

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2010-04-21

takanabe2010-04-21
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2010-04-20

takanabe2010-04-20

ピカソから7つの助言

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http://japan.digitaldj-network.com/archives/51578861.html

6. ジャッジせず、隠された美を見ろ
「我々は脳をブン投げて、ただ目だけで見ることができればいいのだが。」

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2010-04-19

映画「リンダリンダリンダ」

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リンダリンダリンダ [DVD]
バップ (2006-02-22)
売り上げランキング: 10681

4人の高校生女子が、文化祭でBLUE HEARTSを演奏します。それだけの映画です。ものすごい練習を積んで栄光を勝ち取る!みたいなスポ根的熱い展開もないし、色恋をセンターに置くわけでもないし、グラビアアイドル的な瑞々しいビジュアルの4人というわけでもなく、テンションも低めなら、声も低め、でもどこかもやもやした想いはいつもあって、だからって爆発させるほどのものでもない。リアルにだらだらした日常が描かれていて、あ、文化祭ってこんな感じだったな、と思い出させる映画です。


思えば、高校生ぐらいの頃が一番「したいこと」と「できること」のギャップに引き裂かれていた時期のような気がします。雑念や誘惑が多すぎて、ありあまる可能性を絞り込む前に、もう、なんか考えるのもダルいや、みたいな。周りを見渡しても将来のヴィジョンも決まっている人の方が少ないので、目標があるならあるなりに、なければないなりに、同じような境遇の仲間探しには困らない、そんな時期です。


文化祭は、特にそんなもやもやした文系ノリの人たちの、ある種の瀉血の場としても機能していて、特に「全校生徒の前で、かっこよくバンド演奏」というのは、数ある妄想の中でも筆頭に位置します。


この映画の4人は、もともとオリジナルのバンドを組んでいたようですが、音楽性の違いだかなんだかのちょっとした喧嘩で空中分解している状態で文化祭を迎えます。でもバンドは元鞘に納まることなく、たまたま目の前を歩いていた韓国人留学生の子にヴォーカルを頼むことで、バンドとしての機能を取り戻します。留学生なので、日本語はほとんど話せません。


練習もたった2日しかしないし、バンドとして音を合わせられたのも数回と言う状態で本番を迎えているのに、4人の笑顔でバシッと映画が終わる時、その美しさに、自分がとっくにオトナになっていたことに気づきます。目的(演奏)のために手段(バンド)があるんじゃなく、手段のために、目的を作ったって、それを共有して一所懸命になってくれる仲間がいることのほうが価値があるし、最高じゃん。そんなことです。


迷える時間と言うのは、その時間でしか得られない大事なものを見つける旅だとも思うので、言葉の代わりに音でそれをぶつけあう仲間ってのは、その後、違うそれぞれの人生を歩んでいった後も、時折、お互いを思い出す大事な存在になるんだろうなと思います。思い出ってそんな風にできてくんだなー。僕は絵描きだったし、スポーツもまったくできないので、バンドのような興奮共有体験がほとんどないんです。まじ、うらやましい。

Nudot (iPhone)

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http://kiroujin.com/manshiro/products/nudot_jp.html

普通の写真なのに洋服を隠すだけで裸に見えちゃうよ?!

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2010-04-18

takanabe2010-04-18

夜と朝について

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否応なく誰かの人生について踏み込んで考えざるを得ない仕事をしている。それも毎日違う人の事を。その人たちとは知り合いではないし、直接の会話もない、でも踏み込まされてしまう。たった数10分とかなのに。


人生を踏み外したと感じる出来事において、後から思えば、その布石や予兆のようなものはいくつも自覚出来ていたはずのことも、決定的な表出をした時には、とっくに引き返せないほどの借金に取り囲まれている。いつでも引き返せるぐらいの小額の借金も、長年積み重なって全然首が回らなくなっている。つまり魔が差したとか、ものの弾みで、というのは気持ちの上ではそう言うしかないのだとしても、実際にはチキンレースを続けた先の最後のダメ出し、決定打に過ぎないことがわかる。


そういうことに他人として溜息をつくのは簡単で、「がんばってこれからの自分で巻き返せ」なんて言うのは無責任で、更生を諦めて去っていく近しい人たちの気持ちも分かるし、去っていくことに絶望して自分で自分をさらに追い込んでしまう人たちの気持ちも分かる。分かり合えないけど、分かって欲しい。目的だけは近かったはずで、でもそれがお互い無理だからと隠れて積み重ねた小さなズレがやがて2度と戻れないぐらいの断裂を産んでしまう。


人の気持ちになるのは不可能で、それでも分かり合いたい人がいて、上手くいかないことが多いから、生きていても仕方がないだとか、自分はここにいないほうがいいんだとかうそぶいたりする。でもホントは、ストレスなく誰とも分かり合えたらいいはずで。昨日より少しはましになってる自分とその世界を手に入れるために、つらく長い夜を何度も越えてゆく。朝とともにやってくる現実になんとか立ち向かおうとする。それによって保証されるいい結果なんて何一つないし、場合によっては悪化しちゃうかもだけど、自分が期待するだけの価値に費やした時間に、自分の寂しさが忙殺されるぐらいの毎日で丁度いいんだと思う。

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2010-04-17

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2010-04-16

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立ち直る

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「人生はアップで見ると悲劇だが、ロングショットではコメディだ」ってチャップリンがゆってた。前回の話はこの1行で終わる。


あともうひとつ。人は挫折すると、反省するどころか、そのことに対してより暴力的になる。開き直る。悪く聞こえるかもしれないけど、開き直ることでしか人は立ち直れないんだと思う。


穴があってそこに落ちて、自己責任と事故が半々ぐらいの出来事だと、穴のせいにも、自分のせいにもしないで怒り出す。そして息が落ち着く頃には「穴が空いていることもあるってことを知っただけでもいい経験になった!」と意味なく大声になったりする。別に落ちる経験なんか必要ないのに。でもそう言えちゃう人は、次から「また穴が空いてるかも‥」と慎重に歩くようなことはしない。穴に落ちても這い上がる時間を含めて目的地に間に合うようにスピードアップしたりする。窃盗や食い逃げ犯、ギャンブルに傾倒した人が何度も同じ過ちを繰り返しちゃうのってそれに似た感覚なんだろうな。これはネガティブな例えだけど。


そう思うと「立ち直る」ってポジティブな意味より、感覚麻痺に近い意味が多そう。失敗を恐れて何も行動しないのは論外だけど、失敗をしたから経験値が上がって成功率も上がるかって言うと、それもどうかな、ってとこ。落ちたのと同じタイプの穴には多少敏感になったかもしれないけど。うまくなったって勘違いしちゃう。


恋愛に置き換えたらわかりやすいかも。初恋の相手と結婚して死に別れるまで幸せだった人の意見を聞いても、自分が幸せな結婚ができるわけじゃない。失恋経験が多い人の意見を聞いても、長く深い恋愛ができるとは言えない。また失恋経験を積むこと自体が幸せを呼ぶわけでもない。かと言って失恋を恐れて行動しないことは、そもそも恋愛の幸せに結びつかない。


どんな風に生きようと、失敗はいつだってしてしまう。そういうもんなんだから、立ち直るときに自分を正当化しないで、また、自分を責めないでもいられるような、そんな真っ当な感覚を持てたらいいなと思う。でもウィルスを排除した体と一緒で、抗体みたいなものが残るんだろうね。

iPad がやってきた!

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http://d.hatena.ne.jp/propella/20100415/p1

iPad のような機械は今のパソコンの延長線上では無く、もっと受け身に徹して、将来進化した一枚 100 グラムくらいの iPad が沢山机に重ねてあってそれぞれで別の文章やビデオを見るという使い方が正しいのかもしれません。

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2010-04-15

takanabe2010-04-15
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2010-04-14

takanabe2010-04-14
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2010-04-13

takanabe2010-04-13

ドラマチック

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ビデオテープからDVDに媒体が移った時、大容量を活かして映像特典をつける作品が多かった。大好きな映画やアニメDVDを買って、作品だけじゃなくて、その背景や舞台裏も知れるなんて素敵じゃん! 奇跡が生まれた現場に立ち会ったみたいじゃんって興奮してたんだけども、それだけじゃないなぁと今は思ってる。


それは「ドラマチックなことが起きてない現場なんてない」ってことだ。例えば友達から、大して興味のない映画のDVDを借りる。実際見てみて65点ぐらいの微妙な感想を持つ。で、見る必要のない映像特典で舞台裏を見る。すると本編がどうしてそうなっているかを違う視点で見ることになり、作品の理解が立体的に深まる。こうなるともうお客さんの立場ではいられなくなって、現場に同情してしまう。身内だ。


これって、人と会って、その人の生き様みたいなのをじっくり聞いたときの感覚に似てる。どんなに薄っぺらくいい加減に見える人にも、そこに至るまでの必然性やプロセスを知れば知るほど、もう他人じゃいられなくなる。正論や一般論はどんどん意味を失って、その人のトラウマや届かない夢や抱えている責任と摩り替わる。世界に「客観視点」なんて存在しないことを突きつけられる。世界平和なんてたぶん永遠に実現できないんだろうなーとか思ったりする。


だからこそ、日々一緒に生活や仕事を共にしている範囲の人たちには責任を持って向かい合わないといけないし、その傍らで困っている人たちに安易に手を差し伸べてはいけないのだとも思う。野良猫にえさをあげて癒されたりしてる場合じゃない。


それぞれの行動やその結果には、それぞれに理由があって、それぞれにドラマがあって、同情すべき意味がないものなんてない。そのすべてを追っかけて責任を負うのは不可能だから、自分にしかできない、やるべきことに、正しい順番でちゃんと手を差し伸べないといけない。「やさしさ」って結局のところ「自立」の一言ですべてまとまる気がしてる。

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2010-04-12

CD「Complete Best」Perfume

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今でこそ有名な彼女達ですが、初期の詞にスポットを当ててみたいと思います。売れないアイドルユニットとして、下積みを続けている間、詞を書いていたのは木の子と呼ばれる女性です。


キラキラとポップでポジティブな楽曲とそのタイトルの印象に「え?これがアイドル向けの詞?」って言うような、女性的な不安定さやネガティブさをねじ込んでくる感じが、表現の化学反応を生んでいます。「病んでる」と短くまとめることもできなくはないのですが、切実さとリアルさだけじゃない、自分を俯瞰するような冷静さが群を抜いている気がします。


レトロフューチャー的な手軽な便利さであるモチーフ、例えば「リニアモーターカー」「電子レンジ」「ビタミン」に対して、ウィルスに犯されて恋に落ちていく女の子の胸の鼓動をリニアモーターカーの超スピードに掛けていたり、電子レンジで温めなおせるかな?と思っているのは、もう修復不可能なほどにぶっ壊れてしまった二人の距離。DVっぽい彼氏から受けた心の傷を心のサプリメントとして、ビタミンで癒そうとします。でも実際に頼りにできるのは自分の「自然治癒」だけだともわかっている、そんな娘です。


便利で明るいモチーフに対して、微妙で複雑でしかも劣勢な恋心を「そんな風にすべての問題が簡単だったらいいのにな」って笑って→でも現実はそうじゃない、実現度もかなり低いっていうネガティブループを、アップテンポな楽曲で明るく唄います。それが弱者の声にならない心の叫びのようにも聞こえます。「自分にもドラえもんがいたらいいのにな」って思う弱い気持ちを、他のモチーフで言い換えてるのだとも言えます。文科系女子のテキストサイトやポエム日記を読んでるようなパーソナル感。それが、まだ売れてないアイドルユニットの下積みの不憫さとオーバーラップして、えも言われぬ切なさを生んでいます。オタクなおっさん達の胸もきゅんきゅんしちゃうわけです。


メジャーデビュー後は、楽曲の中田ヤスタカが詞も担当するようになり、それはそれで引き続き女の子らしい機微を感じさせるいい表現やシチュエーションが満載なんですが、青春の、光が当たり切らない、でも、ひたむきな、そういう長い長い時間を思うとき、初期の詞のすばらしさは他のどのアイドルにも負けてない、そんな輝きを秘めていたのだと思います。


青春は、じめじめと暗いままでいられる時間だからこそ、懐かしくて甘くて切ないのかもな、とも思います。モラトリアムってそもそも支払い猶予時間って意味ですしね。大人になると「悩みに迷っていられる時間」自体がものすごく贅沢なものなんだなってわかりますね。

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2010-04-11

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2010-04-10

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2010-04-09

takanabe2010-04-09

神聖かまってちゃんゲリラライブで警察に連行

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http://natalie.mu/music/news/30283

警官の尋問に対して「おれは踊り子なんだよ。マーニャなんだよ!」と「ドラゴンクエストIV」のキャラクター名を出して抗弁。だが続けて「ミネアなんだよ!」と叫ぶと警官が間髪入れずに「ミネアは踊り子じゃないだろう」と反論し、の子が納得する場面も見られた。

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2010-04-08

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2010-04-07

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2010-04-06

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2010-04-05

映画「天然コケッコー」

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天然コケッコー [DVD]
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一言で言うと夏帆が、三つ編みとセーラー服で、方言をしゃべる映画です。自分のことを「わし」とかゆっちゃう。もうこれだけで価値があると言わざるを得ないので、ここでレビューを終えたいぐらいです。


地方の人にとって、東京暮らしがある種のファンタジーであるように僕にとっての田舎暮らしは、ある種のファンタジーです。


どこまで行っても田園風景で、コンビニTSUTAYA吉野家もゲームショップもカラオケもなくて、都会で売っているような洋服や美容院は、雑誌でしか見たことがないか、ものすごい劣化したニセモノしか手に入らない。同じ村の人たちは、お互いのことを何から何まで知っていて、まるで詮索されてるようにも思うし、無視したところで逃げ場もない。とても苦しい場所のように思えます。


サントラエレクトロニカで有名なレイハラカミが担当していて、その空間的にはオープンでありながらも精神的にはどこまでも閉鎖的であるという、不安定な空気をうまく表現しています。


そんな狭い狭いどこかの田舎に、誰が見てもすれてないまぶしい美少女夏帆がいて、東京からやって来たすれたイケメン転校生の男の子にどきどきします。それをただ2時間見ているだけの映画です。何にも事件は起きないけど、夏帆が緊張したり、汗ばんだり、泣きそうな声や顔になったり、方言でなんとか気持ちを紡ごうとする姿を見ているだけで、たぶんギャルゲーとか、アニメとかライトノベルにはまる人の感覚ってこういうものなんだろうなってのがわかります。ありもしなかった青春、あって欲しかった青春に自分を投影して、言葉を失います。


こんなかわいい同級生がいる田舎だったら、東京の便利さを捨ててでも今すぐ暮らしてみたい! すれないままの夏帆と永遠の夏休みに閉じ込めて欲しい! そんな同級生心と父親心の両方に引き裂かれつつ、現実には、東京のすれた暮らしとすれた自分で、隣の席に当然夏帆もいないので、コンビニ弁当と共にしょんぼりしたりします。劇中には、夏帆のことを好きで、子供のころから異常に面倒を見ているおっさんが出てくるんだけど、夏帆がその締め付けるようなおっさんの親切(下心?)が嫌で、声もなく涙ぐむシーンとかあって、さっきと違う意味で言葉を失います。さっきまで自分をどこかイケメン同級生の立ち位置っぽい気分でいたのに「は? お前はおっさんの方だろ?」って襟首つかまれて店外に出されていく感覚。入道雲の下で繰り広げられるファンタジーとの距離は、実際はラピュタなんかよりもずっと遠いのかもしれません。


現実は残酷、青春は永遠。触れられないからこそ、美しく見えるものも世の中には少なくないわけで、それをきもいおっさん側から自覚できる、そんな映画です。(半泣き)

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2010-04-04

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2010-04-03

takanabe2010-04-03

レッテルと引き出し

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悩み事の相談をすることが僕は昔から本当に苦手で、それなのに相談されることは少なくなくて、聞いて自分なりの解釈を返したところで、別に何の解決にも参考にもならないだろうなっていつも思ってる。「正しさ」なんて人の数だけあるし、自分の拙い人生経験の中の、わずかな成功体験を他人になぞらせたところで、出る答えは絶対に同じじゃないし。


だから「相談を聞く」というより、鏡になって、あなたが話したいことは本当にそんなことなの? 自分を正当化して自分にそう思わせたくて暗示をかけてるだけじゃないの?ってことを何度も繰り返し言う羽目になる。悩み事を他人に相談できるぐらいの整理がついたタイミングには、すでにその人の答えはあって、それに賛同しやすい人に背中を押してもらいたいだけなんだと思ってる。


混乱してどうしていいかわからなくなって、何も手につかない時、大事なことから片付けていきたいんだけども、その大事がどれも違った種類の大事をそれぞれ持っていて、余計パニックになったりする。でも怖がらずに、その大事をひとつずつ手に取って、それは本当に他の誰でもなく自分にしか手をつけられない大事なのか?と問いかけると、大抵は、かなりすっぱりと優劣がつく。


どんな混乱も、自分が貼ったレッテルとともに、それは納得という形に置き換わり引き出しに収まる。でもそれは理解とは別のもので、本当の理解は、その引き出しから取り出したそれらのものが、レッテルの意味合いと合致した活躍をしたときに初めて起こる。覚えたての難しい言葉を、なんとか会話に盛り込みたくなるのは、そのせい。使ってみて、さらに最適化された精度の高い引き出しに繰り返し移動、格納していくことで、知識は経験になり、そのうち頼りにできる武器になったりする。そんなの口伝できないし、それぞれの引き出しにそれぞれの人が貼った違うレッテルがあって当然だし、そこに正しいも間違いもない。


だとしたら、躾だとか教育は、それぞれに対して知識や、先生の経験を授けることじゃなくて、生徒自身が得たもののの引き出しから引き出しへの移動を手助けすることだろう。同情でもないし、お手本の実践でもない。レッテルと移動のプロセスを疑ってあげることと、信じてあげることの2つの相反する気持ちが同時にそこにはあって、だからこその愛情なんだろうな、と想像する。

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2010-04-02

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