書評:『貧困の終焉 2025年までに世界を変える』ジェフリー・サックス/早川書房2006

貧困の終焉―2025年までに世界を変える
ジェフリー サックス Jeffrey D. Sachs 鈴木 主税 野中 邦子
早川書房 (2006/04)
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この本に寄せた序文でU2のボノは言う。「偉大な思想には偉大なメロディとの共通点がある。わかりやすく、身近で、記憶に残ることー一度聴いたら頭から離れず、いつまでもつきまとう。この本が訴える思想は長ったらしいものではない。だが、けっして忘れられないものになるだろう。」たしかにそのとおりだと読み終えて思う。この本の著者、ジェフリー・サックスは経済学者であるが、実際に世界の現場で(特に危機的な状況を迎えている国において)実際にその国の政府に対して助言を行い、経済的に非常に困難な状況に立ち向かってきた。この本では、現場を経験した人間だからこそ書くことができる非常に明確で単純な貧困に対する解決策が丁寧に説明されている。今、貧困は現実的に解決できる問題なのだ、と。
1800年代、最も貧しい場所と富んだ場所の1人当たりGDPの格差は4倍程度だった。それが現在では20倍以上に拡大している。ただし、富はゼロサムゲームではない。だれかがより大きな富を得たからといって、貧しい者がより貧しくなるわけではない。著者は地球上の全人口63億人の内、50億人は少なくとも経済開発の梯子の一番下の段より上にいるとし、これだけ地球上の人口が増えているにもかかわらず極度の貧困状態にある人口の割合は縮小してきていることを挙げて、2025年までに極度の貧困をなくすことは絵空事ではない、と訴えている。
なぜ貧困から脱することのできない地域があるのか、貧しいながらも成長の階段に足をかけることができる国とそうではない国があるのはなぜか、著者は経済的に危機に瀕している国における現実的な経済学の手法として「臨床経済学」を掲げ、貧困をなくすために必要な具体的な施策を本書を通じてとてもわかりやすく説明している。ボリビアポーランド、ロシア、中国、インドなどにおける著者の実際の現場での体験や成果を含め、現場の経済学を通じて紹介されているので現場における実践が描かれているので強いリアリティもある。
そうした上で、本書はアフリカにおいて貧困が絶えない様々な理由を考察し、それでも貧困はなくすことができるとして具体的な解決策を提示している(→国連ミレニアムプロジェクト:農業への投資、基本的な健康への投資、教育への投資、電力・輸送・コミュニケーションサービス、安全な飲料水と衛生設備)。貧困をなくすために先進国が行う必要がある援助は小さくはない。しかし必要な量の援助を一定の期間継続的に供給し続けることが貧困が貧困を生む「貧困の罠」から抜け出させるのである。貧困をなくすために必要なコストを産出することは難しいとしながらも、2006年〜2015年までの必要な援助の総額として1340億ドル〜1950億ドルであるのに対して、先進国が約束していたGNPの0.7%をODAに実際にまわしていたのであればその額はすでに2350億ドルとなっていることを示し、先進国が約束を果たすことを訴えている。
2002年、サハラ以南に住むアフリカ人に対して世界からの援助は1人当たり$30。そのうち、$5はコンサルタントに、$3は食糧援助などの緊急援助に、$4は債務利息の支払いに、$5が債務の救済に当てられ、残りの$12が実際に残された援助となる。現実には援助が少なすぎるために成果が出ないのであって、「莫大な援助をしたにもかかわらず成果がない」わけではないのである。
この200年においてこれだけ爆発的に人口を増やしながらも、様々な技術の進歩によってニーズを超えた余力を人類は初めて手にしている。貧困をなくすことは夢ではない。本書は500pを超えるハードカバー本で持ち歩くには少々重いのだが、読み始めれば一気に読みきることができるようにまとめられている。この本が持つ影響力は、この本を手に取った人が1人増えるたびに増していく。貧困問題に対して直接取り組むことがない私たちにとってもこの本の価値は本の値段(2,300円)以上にあると思う。