「2012年人類滅亡説の序盤」と言われている東日本大震災。震災ショックは未だに消えそうで消えない状態が続いている人は多いはず。
「こんな震災ショックを受けた人の作品は同情しそうで恐ろしい話」を挙げてみたい。
- 子供が書きそうで書かない予言? タイトル「震災の次は惑星損壊?」
- 子供はすぐに富士山大噴火・建物爆発を書きます。大火災を書いた人は?
- 石ころを書く子供もいる。「亡骸をリサイクルする被災遺族と自治体」
- 生き返りという願いがかなったけど震災以上に大変な事態へと発展した話。内容は和製バイオハザードと言ってもいいほど刺激的なホラー+バトル映画。ある意味、大人の震災ショックの表れ
次は子供でも分かりやすい設定とプロ意識、リアリティーが高い事を書いた児童の日記。この事は記事に紹介されており、共感したくなる内容です。(毎日新聞より引用)
- 3月11日
- 3月18日
- 津波から1週間。お母さんは、もうこんなに日がたっているのに、まだお父さんが見えないとあきらめていました。じいやんは泣いて「家も頑張って建てるし、おまえたちだってしっかり学校にいかせられるように頑張るから、お父さんがもしだめだとしても頑張るからな」と言っていました。
- 3月23日
- 卒業式でした。「ありがとう」の歌を歌っている時、お父さんに「お父さん、お父さんのおかげで卒業できたよ。ありがとう」と頭の中で言いました。そしたらなぜか、声がふるえて涙が少し出てきました。その夜、こんな夢を見ました。お母さんとお父さんが宮古のスーパーマーケットから帰ってきた夢でした。
- 3月25日
- 親せきの人の携帯に電話がかかってきました。内容は、お父さんらしき人が消防署の方で見つかったということでした。急いで行ってみると、口を開けて横たわっていたお父さんの姿でした。ねえちゃんは泣き叫び、お母さんは声も出ず、弟は親せきの人にくっついていました。顔をさわってみると、水より冷たくなっていました。ぼくは「何でもどったんだよ」と何度も何度も頭の中で言いました。「おれがくよくよしてどうすんだ」と自分に言いました。でも、言えば言うほど目がうるんでくるばかりです。お父さんの身に付けていたチタン、東京で買った足のお守りや結婚指輪、携帯。そして驚いたのが時計が動いていたことです。お父さんの息が絶えた時も、津波に飲み込まれている時も、ずっと。お父さんの時計は今はぼくのものになっている。ぼくがその時計をなくしたりすることは一生ないだろう。
- 3月26〜27日
- 見つかった時のお父さんの顔。まだ頭のどこかで見なきゃよかったと。でも見つかったおかげで火葬もできるし、お父さんをさわることができた。お父さんの体は水を飲んだのか胸がふくらんでいるだけだ。やっぱり見つかってよかった。
- 3月28日
- きょうは火葬の日。ぼくとねえちゃんとお母さんとけいじろうは、手紙を書いて、お父さんと一緒に入れてやりました。拝んでいる時ぼくは「箱石家は頑張って継ぐからまかせて」と言いました。お墓に骨を埋めるまで、ぼくに骨を持たせてくれました。骨をうめてホッとしました。
- 4月7日
震災ショックは付き物になってしまったが、国民に伝えるべきリアリティーな表現と独自的な視点がハッキリしないといい作品が出来ないと思います。