桜草(1)



 ユキワリコザクラを見せてもらった。10年間も暮らした椴法華に連れて行ってもらってである。私が椴法華に赴任した時にはトンネルが穿たれ、それまで使われていた波に洗われる銚子岬を巡る道路は封鎖されていた。まだ使えるように思えたからバリケードを超えようと思ったことはあるけれど、立場上立ち入り禁止区域には入ることはできなかった。その銚子岬にひっそりと咲く桜草があるというのである。
 30年前よりはずいぶん堅固な進入禁止柵になっていたが、なんとか潜りこんだ。道路は太平洋の波にズタズタに壊されコンクリートの大破片がのたうっていた。200Mも歩かない内に左手の急崖に赤紫の点が数点見えた。
 ユキワリコザクラというそうだ。近寄ってみると崖の上の方から滲みだしている水に濡れている岩肌にしがみつくように可憐な花を咲かせていた。
  桜草の岬急崖に咲く決意  未曉 
ユキワリコザクラが見下ろす銚子の砂浜は私がいたころには考えられなかったサーフィンの若者が数人波と闘っている。30年前は私の同僚が鰈釣りの竿を立てた傍らで子どもたちと相撲を取っていた浜である。この学校で初めて受け持った一年生のK君がその夏休みに遊泳中に亡くなった浜である。
 そのころも咲いていただろうし、今日岬の強風に激しく震え咲く花が愛おしい。