高世仁の「諸悪莫作」日記

2018-08-08 津川雅彦さんの思い出

 翁長雄志沖縄知事が亡くなった。67歳だった。

 彼の政治家としての思いや業績はマスコミに譲るとして、信念が顔に現れ出た人だったと思う。国政の中枢にいる人たちとは面構えが違っていた。

 また、「拉致問題解決を最重要課題として全力で取り組んでまいります」といい、安田純平氏については「政府として邦人の安全確保は最大の責務だ。さまざまな情報網を駆使して全力で対応に努めている」と実行の伴わない決まり文句しか発しない安倍内閣の面々とは違って、翁長氏は言行一致の人だった。

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 これは、2017年6月23日、本島南部の「平和祈念公園」で開かれた沖縄戦没者追悼式での一枚で、東京写真記者協会の2017年度優秀賞をとった東京新聞の写真だが、この怒りの眼の迫力はすごい。安倍首相はとてもまともに翁長知事の方を見られなかっただろう。

 最後まで公約を果たそうと、亡くなる直前まで、米軍普天間飛行場宜野湾市)の名護市辺野古移設にからむ埋め立て承認の撤回に意欲を燃やしていたという。前のめりに死ぬというのはこういうことだろう。ご立派でしたと言いたい。

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 津川雅彦氏が4日、78歳で亡くなった。妻で俳優の朝丘雪路さんを今年4月に亡くしたばかりだった。74年、赤ん坊だった娘(真由子さん)が誘拐され、無事保護されたという体験を持ち、北朝鮮による拉致問題にも関心を寄せていた。拉致問題啓発の政府のポスターのモデルにもなった。

実は、津川さんとはちょっとした縁があり、彼の番組を制作したことがある。

 津川さんはグランパパという子どものおもちゃの店の経営者でもあった。《グランパパは、俳優の津川雅彦が我が子の誕生でもたらされた大きな感動に対し、父親として我が子のために精一杯に出来ることは一緒に遊ぶことと、そのために良い玩具を与えたいとの思いから始まったおもちゃ屋です》グランパパ39年のあゆみより)

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 2007年のこと、ある人に誘われて津川さんと会う機会があった。そこで津川さんから、グランパパが赤字続きで立ちいかなくなっていることを打ち明けられた。支援を申し出る人が出てきたが、支援の条件は今の負債をきれいになくすことだという。負債を返済するため、津川さんは昔から愛蔵していたノーマン・ロックウェルの絵「サンタクロースの旅行計画」を、クリスティーズオークションにかけようと考えていた。クリスティーズサザビーズと並ぶオークション最大手である。

 それを取材させてもらえませんかと申し出てOKがでた。当時の津川さんはグランパパの経営を何とかしようと必死で、俳優業には身が入っていないように見えるほどだった.。財務状況もすべてさらけ出してもらい、雪路さん所有の自宅にも初めてカメラを入れた。その自宅も低当に入っており、のちに明け渡すことになる。

 山場はオークションだ。津川さんが返済すべき負債は6億円。そこで希望落札価格を6億7千万円に設定した。津川さんは自宅で、ニューヨークオークションハウスから携帯に連絡が入るのを待つ。結果は・・・落札価格2億円。目標に遠く及ばず、落胆する津川さん。

 一連の出来事を200日密着取材し、フジテレビ報道プレミアA」という番組で、その年の年末に放送された。かなり生々しい内容で反響も大きかった覚えがある。

 その後、幸運にもグランパパを買い取ってくれる会社が現れ、津川さんはそこと共同経営することになって、最悪の事態は免れた。

 いま振り返ると、津川さんは実にドラマチックな人生を送ったものである。ご冥福をお祈りします。

2018-08-06 楽しいクルド人の結婚パーティ

全試合安倍判定の宮仕え (埼玉県 佐伯慎一)

ボクシングならば叩けるマスメディア (北海道 山本省三)(ともに朝日川柳

 報道ステーション」で厳しい政治批判が影をひそめているのは、局上層部の政治的配慮でチーフプロデューサーが交代させられたからだとSNSでもっぱらの話題だ。ニュース、報道系番組は、日本ボクシング連盟の騒動を朝から晩まで伝える。フジTVの「報道プライムサンデー」が山根会長が兄貴と呼んでいたという暴力団(森田組)の元組長のインタビューを流してからは、反社勢力との関係というより深刻な問題へと力点が移っている。政権中枢に対してもこうしたスクープ合戦を期待したいが・・

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 あすからは立秋だ。秋の語源は「収穫が飽き(あき)満ちる」、「空が清明(あきらか)」、「草木が紅く(あかく)なる」などと言われるそうだ。きょうも暑くて秋の気配は感じないのだが、そろそろ残暑という表現になる。

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 きのう5日(日曜)の夜、都内で開かれたクルド人同士の結婚パーティに出かけた。少し早めに披露宴会場に着くと、音楽が鳴り響いている。もう女性たちの踊りが始まっていた。手に手をとって輪になって踊る。宴もたけなわになって、新郎新婦が踊り出し、周りを二重三重に参加者が取り巻いてステップを踏む。楽しい光景だ。

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 会場に200人はいただろう。たくさんの子どもたちが周りではしゃぎまわっている。クルド人コミュニティが日本に根付いているのを感じる。

踊りを見ていると、近くにいた若い男が「飲みますか」と缶ビールをくれた。クルド人はほとんどイスラム教徒だが、戒律はゆるいようだ。ふるまわれたクルド料理の弁当と一緒にビールを飲んだ。

 ここにいるクルド人の多くは「仮放免」という不安定な身分だ。パーティ会場で、50歳の男性に会ったが、彼と家族(子どもが5人いる)はもう十数年「仮放免」中だという。難民申請が認められずに不法滞在とされ、仕事ができない、県外に出られない、健康保険にも入れないし、子どもは高校より上には進めない。こうした非人間的な扱いは早く何とかしなければ。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20180801

 しかし、厳しい状況にあっても、人々の表情は明るく、たくましい。

2018-08-03 気になる安田純平さんの動画

官邸を見習いましたと奈良判定 (静岡県 勝田敏勝)朝日川柳より

 女子レスリング、アメフトにつづきボクシングと、独裁、特権、えこひいき、忖度いじめがはびこる「体制」が暴かれている。それもこれも国のトップがそうなっているから、と考えたくなるご時世である。

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 また酷暑が戻ってきた。きのうは都心で37度を超えたという。

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 たしか20年ほど前まで、日本の最高気温の1位と3位はわが故郷の山形県だった。庄内地方で40度を超えたとき、「あまりの暑さに電線からスズメが落ちてきた」というニュースが流れた記憶があるが、あれは事実だったのだろうか。昔は40度といえば大変なものだったが、いまは、連日どこかで40度を記録していて、気温についての感覚がおかしくなりそうだ。オフィスの前の小川町交差点では、恒例の風鈴の音が響くが、とても涼をもたらすまでにはいかない。

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 安田純平さんの動画がまたメディアで流れた。

 本来、身代金目的の身柄拘束となれば、国内の誘拐事件に準じる扱いになり、マスコミは自粛するはずだが、日本政府が犯人グループと接触、交渉している気配がないこともあって、報道は野放しになっている。日本的現象である。

 公開された映像はこれまでのモノとは異なっていて、いくつか気になる点がある。これまでは一人でカメラに向かって英語でメッセージを読みあげていたが、今回はISの映像に見習ったかのように、銃を構えた黒づくめの男たちの前で、オレンジ色の服を着せられた安田さんが日本語で訴えている。

 まず、安田さんが冒頭で「私の名前はウマルです。韓国人です」と言っているのが不可解である。

 安田さんは日本国籍者で日本旅券保持者だから、韓国人というのは明らかに事実に反する。安田さんがなぜそんなことを言うのか。私のところにも複数のテレビ局から問い合わせが入り、どこも面食らっているようだった。テレビ局によっては、この部分を放送せず、後半の「きょうの日付は2018年7月25日。とてもひどい環境にいます。今すぐ助けてください」だけを流している。

 どう理解すればいいのか。

 香山エリ氏は、「身じろぎをせずに、表情が硬いまま口だけを動かしていることから、相当切迫した状態にあることがわかります。自分を韓国人といった理由は、拘禁症状が出ていて、自分自身が何者か分からずに混乱している可能性はあります」と分析している。https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/newsx/234582/2

 6月で拘束されてまる3年がたった。たった一人でこの長期拘束はきつい。普通の精神状態でなくなっている可能性は否定できない。

 だがそうではなく、安田さんが正常な判断力を維持しているのであれば、二つの可能性があると思う。

 一つは、安田さんが助けを請う映像を出すという犯人グループの意図に背き、あえて「韓国人です」などと間違った情報を入れることで「自分は命乞いをしていないので、この映像をまじめにとらないように」とアピールした可能性だ。つまり、映像全体を「フェイク」にしようとした。

 かつて安田さんはこう書いている。

 「自分自身に関しては、『自己責任』を問われれば『覚悟している』と答え、それを説明する『社会的責任』として、せめて事前に『何かあっても動かないように』とする文書を家族か第三者に渡しておこうと思う」。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20160606

 奥さんに聞いたら、やはり、安田さんは、自分の身に何か起きても助けを請うなと言い残していたという。

 もう一つの可能性は、「私の名前はウマル。韓国人です」という発言が、犯人グループの要求通りにしゃべらされている場合だ。こうなると、犯人グループの意図は何かということになり、そこからまた、いくつかの可能性が考えられる。

 もし、それに「暗号」としての意味を持たせたとすれば、うらで何かの動きがはじまっているのかもしれない。

(つづく)

2018-06-22 国際報道写真展を観にいく

 今週あたま、山形の友人から桜桃(さくらんぼ)が届いた。ありがたい。故郷からの初夏の便りである。

 暦はもう夏至。陽射しが強い。

 21日から初候「乃東枯」(なつかれくさ、かるる)、27日からが次候「菖蒲華」(あやめ、はなさく)。末候の「半夏生」(はんげ、しょうず)が7月2日からだ。

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 なつかれくさとはウツボグサのことで、この時期花が咲いて枯れ、それを干したのが夏枯草(かごそう)という生薬になるそうだ。そういえばこの花、よく見ているような気がする。

 それから末候の「半夏」とはカラスビシャクという植物で、これが生えると田植えを終える目安だという。

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 夏至が1年で一番日が長いのは知っていたが、どのくらい違うかというと、冬至と比べて5時間も昼が長いのだそうだ。恵比寿の東京都写真美術館を7時半ごろ出たら、まだ空は明るくて、きれいに赤く染まった雲が浮かんでいた。

 写真美術館に行ったのは、開催中の「国際報道写真展2018」を観るため。125の国と地域から4,548人のフォトグラファーが参加し、約7万点の応募があったなかから、22カ国42人の受賞作が展示されている。

 2018年の大賞は、ベネズエラでのデモを描いたロナルド・シュミット(ベネズエラ、AFP通信)の作品。題材にはロヒンギャの難民、イラクのモスル奪還作戦、南米の麻薬密売の抗争、米国の銃乱射事件など、世界は多種多様な苦しみ、悲しみでいっぱいだとあらためて思う。

 印象に残ったのは、ナイジェリアで過激派組織ボコハラムに村が襲われ、誘拐された少女の写真。

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 ボコハラムは少女たちを自爆テロ要員にした。《「人を殺すならば、自分が死んだ方がいい」。その一心で、アイシャ(14)は「標的」とされた兵士たちに近づくと、素早くガウンをまくった。現れたのは、爆弾がついたベルト。兵士たちは銃の引き金を引くかわりにベルトを取り外し、アイシャは生き延びた。おそらく家族でただ一人。》

 報復の危険があるなか、アイシャは勇敢にも被写体になることを承諾した。撮影したオーストラリア人の写真家アダム・ファーガソン(39)は《「あれだけの体験をしながらまっすぐカメラの前に立つ、並外れた気丈さと勇気に圧倒された」。写真とは、撮る人のまなざしを通して物語を伝える方法だと思う。だからこそ、「被害者という既視感のある姿ではなく、肖像写真でその力強さと美しさを表し、彼女をたたえたかった」。》

 顔を出さずに、こういう表現ができるのか・・・。

 どの写真にも、取材者の志を感じる。残念なのは、世界各国の写真家が競作するなかで、日本人の作品が一つも入賞していないことだ。日本のジャーナリストにも、ぜひがんばってほしいものだが。

 フリーランスの安田純平さんが、シリアで行方不明になって明日23日でまる3年である。

2018-06-06 谷川俊太郎氏が劉霞氏へ連帯の詩

 再発の防止は簡単安倍辞任 (東京都 鈴木了一 朝日川柳より)

 首相が辞任となれば、大変なことだと誰もが分かり、これからは絶対やっちゃいけないな、とみんな気をつけるようになります。

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 関東地方もきょうから梅雨入り。一日雨だった。

 月は水無月、節気は芒種(ぼうしゅ)。芒(のぎ)とは稲などの先にある突起の部分で、芒種とはそうした穀物の種を蒔くころのことだそうだ。麦の刈りいれが終わって田植えをして、梅干しづくりがはじまって、と農家は大忙し。

 きょう6日から初候の「螳螂生」(かまきり、しょうず)、11日からが次候「腐草為蛍」(くされたるくさ、ほたるとなる)、16日からが末候「梅子黄」(うめのみ、きばむ)となる。去年はかみさんが梅シロップを作ったが、今年は梅酒にしてもらおうか。

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 東京新聞の夕刊一面に「軟禁の君に 友情の詩」の大見出し。

 《ノーベル平和賞を受賞した中国の民主活動家・故劉暁波(りゅうぎょうは)さんの妻で、中国当局に軟禁されている劉霞(りゅうか)さん(57)の詩集に、詩人の谷川俊太郎さん(86)が一編の詩で応えた。》という記事だ。

《劉霞さんの詩集「毒薬」は三月、書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)(福岡市)から翻訳出版された。中には、軟禁中の悲痛な心境を表現した詩がある。

 <もううんざり 見えるだけで歩けない道/もううんざり 汚れた青空/もううんざり 涙を流すこと>(「無題−谷川俊太郎にならい−」)

末尾には二〇一六年九月の日付。ドイツ在住の作家、廖亦武(りょうえきぶ)さんの元に知人を介して届いたもので、学習ノートを切り取った紙に手書きで記されていた。

 谷川さんの詩「無題」を踏まえて作られた作品だ。谷川さんの詩は中国でも評価が高く、一一年に詩歌の民間最高賞「中坤(ちゅうこん)国際詩歌賞」を受賞している。劉霞さんも作品に親しんでいたとみられる。

 出版元が谷川さんに詩集を贈ると、お礼の言葉と共に「劉霞に」と題する詩がファクスで届いた。

 谷川さんの詩は、劉霞さんの詩を翻訳した在日中国人作家の劉燕子(りゅうえんし)さんが中国語に訳し、自身のフェイスブックで公開しているが、劉霞さんが目にしているかどうかは分からない。

 谷川さんは「(劉霞さんの詩からは)緊張感が伝わってきました。僕も詩を書いたのは、詩人の友情から。自分の詩が中国で伝わっていることへの感謝の思いもありました」。劉霞さんのことは報道で知っていたが、軟禁されている苦境は「詩集を読んで具体的に知りました」と語っている。》


 二人を結ぶことになった出版元、侃侃房の田島安江さんがブログ「つれづれkankanbou」でこの事情を語っている。http://kankanbou.hatenablog.com/entry/2018/03/28/180358

 以下はそのブログより引用。

 谷川俊太郎さんに劉暁波詩集『独り大海原に向かって』と劉霞詩集『毒薬』をお送りした。『毒薬』に「無題―谷川俊太郎にならって―」という作品があったからだ。

 そうしたら、思いがけなく、谷川さんから「劉霞に」という素晴らしい詩が届いた。

 この詩集を読んですぐ書いてくださったのだ。

 劉霞さんがこの詩を読まれたら、きっと涙を流して喜ばれるだろう。

 いつか、そんな日が来ることを心から願っている。

 春霞を眺めながら、しみじみと、二人の詩を読んだ。

「無題―谷川俊太郎にならって―」(劉霞)

うんざり

もううんざり 見えるだけで歩けない道

もううんざり 汚れた青空

もううんざり 涙を流すこと

もううんざり いわゆるちり一つない生活

もううんざり 偽りのディスクールも

もううんざり 植物が萎むのも

もううんざり 眠れぬ夜も

もううんざり 空っぽのレターボックスも

もううんざり すべての非難も

もううんざり 言葉の失われた歳月も

もううんざり 鳥かごも

もううんざり 私の愛も

もううんざり 身についた「緋文字」も もう

もううんざり

            (2016年9月)

「劉霞に」(谷川俊太郎)

言葉で慰めることも

励ますこともできないから

私は君を音楽でくるんでやりたい

どこからか飛んで来た小鳥の君は

大笑いしながら怒りを囀り

大泣きしながら世界に酔って

自分にひそむ美辞麗句を嘲笑い

見も知らぬ私の「無題」に

君の「無題」で返信してくれた

そうさ詩には題名なんてなくていい

生きることがいつもどこでも詩の題名

一度も行ったことのないところ

これからも行くことはないところ

国でもなければ社会でもない

そんな何処かがいつまでも懐かしい

茶碗や箸や布団や下着

言い訳やら噓やら決まり文句

そんなものにも詩は泡立っている

君のまだ死なない場所と

私のまだ死んでいない場所は

沈黙の音楽に満ちて

同じ一つの宇宙の中にある

              (2018年3月)

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 われわれはみな、「同じ一つの宇宙の中にある」ことを気づかされ、連帯の気持ちがわいてくる。

 ところで、この侃侃房(かんかんぼう)という福岡の書店、おもしろそうだ。同じ福岡には渡辺京二の本を出している葦書房があり、山口県の周防大島には宮本常一の本を手掛けるみずのわ出版がある。地方のユニークながんばっている出版社を応援したい。