高世仁の「諸悪莫作」日記

2018-05-17 ガザの絶望

 パレスチナのガザで、イスラエル軍の銃撃により殺された人の数は62人、負傷者は3000人にもなるという。

 15日、国連安保理は緊急会合を開いたが、《米国ヘイリー国連大使は「米国民を代表し、安全保障理事会で、建国70年の偉業を達成したイスラエルの友人たちをたたえたい」と述べ、演説を締めくくった。(略)会合冒頭の犠牲者への黙とうに参加せず、終盤のパレスチナ自治政府国連大使演説にあわせて議場を立ち去った》という。(毎日新聞)

 米国孤立が進む一方、パレスチナではいっそう無法がまかり通ることになる。

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 きのうの朝日新聞天声人語」で、フリージャーナリストの藤原亮司さんの『ガザの空の下』が引用されていた。この本は、藤原さんが2002年から15年まで地道に取材を重ねてまとめたものだ。

 藤原さんは、シリアで拘束されて来月3年になる安田純平さんと親しく、安田さん解放のための努力を続ける一人である。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20160608

 パレスチナの置かれた状況は、報道が少ないこともあって見えにくくなっているが、それがどれほど絶望的なものかを、藤原さんの本に登場する人々から紹介してみたい。

 藤原さんは02年にガザに行ったとき、宿泊した「アダムホテル」の従業員のサミールと友人になる。

 《サミールは2001年に結婚し、妻のお腹の中に8カ月の子どもがいるという。仕事は月に十日ほど働けるこのホテルだけで、生活は苦しいと言った。1987年第一インティファーダが始まって以来、イスラエルによるガザ封鎖が徐々にきつくなり、2000年9月に第二次インティファーダが勃発すると、ガザとイスラエルの間の人や物資の出入りは極端に制限されるようになった。

 それまでイスラエルへの出稼ぎで収入を得ていた多くの人が仕事を失い、またイスラエルの下請けをしていた工場は稼働停止、農作物の出荷もできない。町には失業者が溢れていた。仕事の少ないガザでは数人で一つの仕事を分け合うしかないため、サミールも毎日働くことができないのだ。》(P39)

 2005年2月のパレスチナ自治政府アッバス議長とイスラエルシャロン首相の間で停戦協定が結ばれたが、これは圧倒的なイスラエルの力にインティファーダが制圧されたことを意味した。パレスチナイスラエルとの経済的結びつきは切り離され、ガザへのモノの出入りはもちろん電気やガスもイスラエルのさじ加減ひとつで決まる状況が強まった。

 サミールが藤原さんに言う。

 《結局、前よりもパレスチナが小さくなっただけだ、とサミールは言う。

 オスロ合意でもインティファーダでも、結局何も良くならなかった。4年半も戦争をして変わったことといえば、ガザは前よりも封鎖が徹底され、西岸地区では入植地が広がったことだ。前にも言ったとおり、誰もイスラエルにはかなわないんだよ」

 8月から9月にかけて、ガザにあるすべてのユダヤ人入植地とイスラエル軍駐屯地撤収が予定されていた。取材を終えた私がガザを去るとき、サミールと入植地撤収について話した。

 「これからは入植地からの攻撃もなくなるし、占拠されていた土地も戻る。少しは平和に暮らせるかな」

 私の言葉に、サミールが首を振った。

 「フジ、お前本気でそう思ってんのか?入植者と軍がいなくなっても、ここが占領され、閉じ込められている状況が変わるわけじゃない。“危険な監獄”が“安全な監獄”に変わるだけだ。パレスチナ人が殺されるから世界のメディアが取り上げてくれ、おれたちがどんな状況にいるかを知ってもらえる。まあ、だからお前も取材に来てるんだし、分かるだろ」

 ガザはいつの頃からか、「空の見える監獄」と呼ばれていた。命を奪われる危険が少なくなったところで、そこから出ていく自由もないままに暮らし続けることに変わりはない。

 「おれたちは、人が殺されなくなっただけの“安全な監獄”に閉じ込められ、誰にも関心を持たれないまま、家畜のような暮らしを続けるだけのことだ。フジ、ガザのことがニュースに取り上げられなくなって世界から忘れられても、お前はそれでもガザを気にかけてくれるか?」》(P103-104)

 サミールの「予言」は当たったようだ。日常的な流血がなくなったパレスチナには国際社会の関心が薄れ、真綿で首を絞められるような見えない抑圧が構造化した。

 2008年夏。

 《以前は海外に出て自分の能力を試したいと話していた彼も、三人の父親になっていた。今も海外に出たいという思いは捨てきれないが、「現実的には無理だ」。彼はもうすぐアダムホテルを辞め、これまで貯めた金で海岸沿いに小さなカフェをオープンさせるのだと話した。

 「海外でレストランを経営する夢があったが、今の暮らしではこれが限界だ。それでもおれには、子どもたちとの幸せな暮らしがある。収入は少ないが、これで十分じゃないか、と思うこともあるよ」

 サミールは個人の生き方すら占領下にあるのだと言う。

 「お前の国では親は子どもに夢を持てと教えるだろう。おれだってそう言ってやりたい。でも、ガザで夢が叶うことは絶対にない。自分の将来を選ぶ権利はパレスチナ人には与えられていないんだ」(略)

 「ここでは何かに期待するだけ無駄だ」。彼も多くのガザの人たちと同様に、乾ききった諦観の中で日々を過ごしていた。》(P218-221)

(つづく)

2018-05-16 不誠実な政権を容認した先には・・

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 加計学園問題。柳瀬唯夫元首相秘書官は、愛媛県今治市の関係者と面会した覚えがないと言いながら、2015年に3度、加計学園関係者と面会したことを認めた。加計学園関係者との面会は聞かれなかったから言わなかった、面会については「一度も総理に報告したことはない」。よくまあ、こんなウソがつけるものだなあ。

 一方、「森友学園」に関する改ざん前の決裁文書について、財務省は、当初予定していた18日には国会に提出できないとし、提出は23日までずれ込むことに。ないと嘘ついて、あったのが分かると改ざんして、こんどは引き延ばしか。

 江川紹子氏が「ここまで不正直で不誠実な対応を続ける政権が、かつてあっただろうか」と問う。そして、こんな安倍内閣支持率が落ちないこと、海の向こうではトランプ大統領の支持が底堅いことを指摘した後、「ほかに適当な人がいないといった消去法や、この人なら自分の生活がよくなるかもしれない、とか外交で成果を上げそうだなどの期待から、真実への謙虚さや国民に対する誠実さが置き去りにされても大目に見るという風潮は、国や社会をどのように変えていくのだろうか。アメリカも、そして日本も−−」と結ぶ。

 今の風潮に得体のしれない気味悪さを感じる。

(【柳瀬氏参考人招致】地に堕ちた公務員倫理――それでも支持率が下がらないのはなぜなのか)http://biz-journal.jp/2018/05/post_23334.html

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 そのトランプだが、米朝首脳会談の見通しが危うくなったとの報道。突然の北朝鮮の「ゆさぶり」である。

 北朝鮮朝鮮中央通信は16日、米韓両軍の定例の共同訓練を非難し、同日開催予定だった南北閣僚級会談を中止すると表明した。また北朝鮮の金桂冠第1外務次官は、米国が一方的な核放棄を強要するなら6月12日に予定される米朝首脳会談に応じるか「再考慮せざるを得ない」との談話を発表、首脳会談中止の可能性をちらつかせてけん制した。」(共同)

 気まぐれなトランプのことだから不確定要素はあるが、おそらく首脳会談は開かれ、なんらかの合意がなされるだろうと思う。トランプは、深い戦略的な考えからではなく、国内の支持層向けの人気取りで動いている。彼としては、金正恩を押さえ込んで米朝関係をまとめたという形に持っていきたいはずだ。

 外交政策では、「パリ協定」からの離脱、ITTからの撤退、イラン合意からの離脱、エルサレムへの大使館移転など、これまでの米国外交的達成を無視して、大統領選での公約をそのまま実行している。とくにオバマレガシーだったイラン合意を無にし、オバマが手つかずだった北朝鮮核ミサイル開発に歯止めをかけることで前政権との違いを際立たせ、自分の人気を高めようとしているように見える。

 韓国や日本との軍事同盟の縮小を示唆していたことでわかるように、トランプはもともと極東の戦略的意味を認めていない。親イスラエル福音派キリスト教徒を中心とした彼の強固な支持層も、極東には関心がない。米国に届く長距離ミサイルの開発をやめさせる程度の成果で十分と見ているのではないか。

 今の動きが、日本を射程に置く中距離核ミサイルだけが手つかずのまま、北朝鮮が事実上「核保有国」として認められるという、危ない結果に向かっているように思えてならない。

http://d.hatena.ne.jp/takase22/20170906

日本政府は、この流れの中に、「ついでに」拉致問題を潜り込ませようとしている。こういう対応しかできないことが情けない。

2018-05-03 欧州が北朝鮮より懸念するイラン問題

f:id:takase22:20180504012207j:image:w200:left 29日(日)の午後、立川市で「サヘル・ローズとEnjoyイラン」というイベントがあり、私もゲストで招かれた。9年前からサヘルさんのファンで、会えて光栄だった。

 彼女は1時間ほどイランの歴史や文化について語ったが、その内容がよく準備されているうえ語り口がとてもおもしろく、聴衆を笑わせながらぐいぐいひきこんでいた。また、スタッフなど周りの人への繊細な気配りにも感心させられた。

 私はかつてイラン取材したときのエピソードなどを語った。テヘラン市議会選挙では定数15に候補者が1200人立つなど政治意識が高いこと、1963年から完全な普通選挙で女性の国会議員も選出されていたこと、大学では女子学生が6割を占め、医学部では8割に上るなど女性の向学心、社会的活躍がイスラム圏では突出していることなどを紹介して「イラン北朝鮮ではない」という私の感想を述べた。

http://d.hatena.ne.jp/takase22/20090608

 さらに、いま日本では北朝鮮問題だけが大きな関心を引いているが、同時にイランをめぐる情勢が正念場を迎えていて、ヨーロッパではむしろこちらが懸念されているという話をした。先週、フランスマクロン大統領ドイツメルケル首相が相次いで訪米し、トランプ大統領と会ったのは、長い時間をかけてやっとつくりあげたイラン合意を離脱するというトランプを説得するためだった。

 2002年、ブッシュ米大統領は「悪の枢軸」として世界で潰すべき4つの国を挙げた。イラクリビア北朝鮮イランだが、うちイラクリビアは潰れた。残るは北朝鮮イランで、アメリカ北朝鮮よりイランの方により厳しい政策を採ってきた。いま北朝鮮とは「合意」に向かう一方で、イランには対照的な「合意」離脱の姿勢を示している。イラン情勢の方がよほどきな臭いのである、

 「きょうは、サヘルさんの話で、イランという国が身近になったついでに、イランをめぐる国際情勢にも関心を持ってください」と私の話をしめた。

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 イベント会場は、友人の家具デザイナー山上一郎さん(東京農大探検部、以前テレビ番組「サンデープロジェクト」スタッフをしているとき私と知り合った)の会社kitoriで、終了後、屋上で懇親会があった。気持ちのいい風が吹くなか、サヘルさんとも親しく話せて楽しい一日だった。サヘルさんはテレビ、ラジオレギュラー8本を持つ売れっ子だが、本格女優として成功することを目指している。それは、彼女の夢である孤児たちのための活動をより影響力を持って進めるためだ。最近、演劇や映画での活躍が増えている。応援したい。

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 報道によれば、学校法人加計学園』の獣医学部新設をめぐり、柳瀬元総理秘書官が学園関係者との面会を「認める方向で調整」しているという。「認める方向で調整」するとは、実に不思議な日本語だ。有るものを無いとし、無いものを有るとすることを安倍内閣は続けてきたが、「調整」とはこういうことをいうのか。

 加計問題では、前川喜平氏がずばり核心をついている。

 「前川喜平・前文科事務次官が語る「加計問題に安倍総理が積極的関与」の“動かぬ証拠”」https://hbol.jp/164770

 これまで出てきた材料を素直に見ていけば、真相はおのずと明らかだ。

 加計学園については安倍首相本人が、また森友学園の問題では安倍昭恵氏が、よろしく頼むと言ったことが発端となり、中央の政府官僚地方自治体職員への巨大な圧力を作りだし、その結果今に至っていることが透けて見える。

 もう一つ、言い足せば、森友学園問題に昭恵氏が発端を作ったその動機は、中国人朝鮮人へを蔑視教育勅語を暗唱させるなど森友学園排他的復古主義教育への共感・応援である。それは、現憲法がかかげる人権尊重の理念に反する。きょうは憲法記念日だ。

2018-04-28 首脳会談に期待するのはコメくらい

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 花が散ったドウダンツツジの葉。

 葉脈を陽にすかしてながめると、命というのは精妙なものだなと思う。葉っぱまで根から水を吸い上げ、太陽エネルギーで水と二酸化炭素を化学反応させて炭水化物を作り、酸素を外に出す。この光合成の仕組みを編み出したことが地球に生命があふれるもとになった。生命の奇跡とつながりを思うと、我々は何かに導かれているという感覚になる。

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 南北首脳会談がライブで中継され、大きな注目を浴びている。テレビを観て涙ぐむ人も多かったという。

 これを機に、北朝鮮が南北の武力的緊張を緩和する方向に進むとすれば、それは歓迎したいし応援したい。予想通り、「板門店宣言」は南北関係に集中し、核は米朝へ持ちこされた。「朝鮮半島の非核化」自体は、「金日成主席、金正日総書記の遺訓」でもあり、過去の南北首脳会談でも合意した長期目標だから、宣言に記されて当然である。

 それにしても二人の親密ぶりはどうだ。手を繋ぎ、ハグしあい、夫人同士がにこやかに乾杯する。金正恩、役者だな。こないだまで口を極めて罵っていたトランプとの会談では、どこまで仲良しぶりを見せるのか。

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〈12人のスーツ姿の護衛に守られて板門店に向かう金正恩

 アジアプレスの石丸次郎さんが首脳会談直前に、北朝鮮の住民に中国の回線の携帯電話で話したやり取りがネットニュースに載っている。話したのは、咸鏡北道の都市部に住む李スンヒさん(仮名、30代の既婚女性)と、両江道の都市部に住む朴チョルミンさん(仮名、40代の男性労働者で労働党員)。

https://news.yahoo.co.jp/byline/ishimarujiro/20180426-00084483/

Q:朝鮮戦争はまだ停戦状態ですが、27日の南北会談で終戦、平和体制に変えることが協議されるようです。あなたが韓国に期待することは何ですか? 会談を通じて、こうなったらいいなと思うことがあれば教えてください。

李:そうですね…。韓国は豊かだから経済的な支援を得られたらいいですね。以前のようにコメが入ってきたら、住民に配られなくても市場にコメが入ると値段が少しでも下がって暮らしが楽になります。

Q:あまり多くを望まないのですね。コメだけですか?

李:コメの事情がよくなれば、他のこともよくなるから。

(石丸氏注)金大中政権は2000年の首脳会談後にコメ支援を行った。北朝鮮国民はこぞって歓迎し、韓国に対する敵対意識が溶解する大きな原因になった。

Q:南北関係が改善されることで、現在の政治体制がどう変化すればいいでしょうか? 平和体制に移行することで、今より政治がよくなるとは考えられませんか?

李:まあ、多くは望めないでしょうが、なんとか中国のようになってほしいですね。中国は特色ある社会主義だと言っています。我われ朝鮮も、思い通りに経済活動ができるようになれば。でも、そうなればこの国は滅びますよ。今の人民は賢くなって、(かつてのように)愚かではないのです。(金正恩政権)は人民が覚醒するのが怖いはずですよ。(以下略)

次に労働党員である朴チョルミンさんに首脳会談への期待を聞く。

朴:大きな期待はしません。率直に言って首脳会談はこれが初めてではないし、またコメなんかを少し受け取って終わるのではないですか。

Q:それでも今回は、金正恩氏が板門店を越えて来て会談します。世界的に関心・期待が大きいようです。

朴:南北会談をして良い目を見る人々はいるでしょうが、私たちのような庶民に何かいいことがあるでしょうか。(成果は)上の連中だけですべて取り上げて、下々の者たちは牛のように引かれて仕事させられるだけです。会談をしてもしなくても、統制の中で生きるのですから平民の暮らしは変わりませんよ。

 北朝鮮の住民の関心は、自分たちの暮らしと自由だ。

 今後、米朝首脳会談が近づくと、非核化の見返りに北朝鮮の「体制の保証」をというフレーズがひんぱんに出て来るだろうが、「体制の保証」が今の全体主義体制の延命を意味するとすれば、北朝鮮の住民は救われない。

 この点は、いくら報道や政治家がはしゃいでも、いつも頭に置いておきたい。

2018-04-23 「もっと大事なこと」はない

 夜、帰宅の途中、霧雨に降られる。

 もう4月(卯月)の後半、「穀雨」(こくう)だ。降る雨は百穀を潤す。種まきの時期、雨は天からの贈り物。大事な雨である。

 20日からが初候「葭始生」(あし、はじめてしょうず)。25日から次候「霜止出苗」(しもやみてなえいずる)。30日からが末候の「牡丹華」(ぼたん、はなさく)となる。

 穀雨の次はいよいよ「立夏」だ。はやいな。

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 ヒメジョオンの花が咲き始めた。

 幕末にアメリカから観葉植物として入ってきたものだという。「柳葉姫菊(やなぎばひめぎく)」と呼ばれたそうで、舶来のハイカラな植物だったのだろう。

 雑草とみなされて、かわいそうだなと思っていたら、このヒメジョオン、「日本の侵略的外来種ワースト100」に選ばれていた。ものすごい繁殖力をもち、日本に上陸して150年ほどで、今や亜高山帯にも進出しているそうだ。かみさんはヒメジョオンを見かけたら引っこ抜くという。

 こういう情報を知ってから見ると、単純に可憐だな、などと思えなくなる。やはり、これも引っこ抜くべきか。

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 安倍内閣支持率は、ANNなどメディアによっては20%台のところも出てきた。ところが、連続する不祥事を問題視すると、もっと大きな、もっと大事な問題があるだろうとの声が出て来る。これに関して、そのとおり!と声をかけたくなるコラムをきょうは紹介したい。

 「もっと大事なこと」はない

  森友学園加計(かけ)学園を巡る新事実が次々と発覚し、国会では安倍晋三政権に対する野党の追及が続いている。安倍政権の復活以降、最も深刻な危機といえる。

 そうした中で、一部メディアからは「いつまで森友、加計ばかりやっている。北朝鮮の脅威を議論しなくていいのか」という声が上がり始めた。麻生太郎財務相も、報道が疑惑追及に偏り、環太平洋連携協定(TPP)に関する記事が少ないと新聞批判を展開した。

 「もっと大事なことがあるだろう」という論法は一見、説得力がありそうだ。北朝鮮など持ち出されると、何となくうなずいてしまいそうになる。しかし本当にそれは「もっと大事なこと」なのだろうか。

 今日はそこを考えたい。

   ◇    ◇

 論語に「信なくば立たず」という言葉がある。

 「為政者に対する信頼が失われれば、政治は成り立たない」と解釈するのが一般的だ。日本の政治家が好んで引用する言葉で、安倍首相自身も記者会見などで連発している。

 実はこの言葉には前段がある。現代語訳で簡単に紹介する。

 孔子の弟子の子貢(しこう)が政治で大事なことを聞いた。孔子は答えた。「食を十分にして兵を十分にして、民衆に為政者を信頼させることだ」。子貢が問う。「その三つのうち、一つ捨てるならどれを捨てますか」。孔子は言う。「兵を捨てる」

 子貢はさらに問う。「残る二つのうち、どうしても一つ捨てなければならないなら、どちらを捨てますか」。孔子はこう答える。「食を捨てる。昔から誰にでも死はある。為政者が信頼を失えば民衆はやっていけない(信なくば立たず)」

 孔子は偉大な思想家だが、乱世で小国の運営に携わった政治家でもあった。リアリストの顔を持つ孔子が、明確に「兵より食より、信が一番大事だ」と言っている点に注目したい。

 「兵」は今で言えば安全保障だろう。まさに北朝鮮問題である。「食」は経済政策に当たるかもしれない。TPPもその一つだ。

 「論語が全て正しいわけではない」との反論もあるだろう。もっともだ。しかし安倍首相が「信なくば立たず」を引用する以上は、本来の意味を踏まえ、兵より食より「信」の論議を最優先してほしいものだ。

   ◇    ◇

 ここからは私なりに考えを巡らせてみる。

 政治家は時として、国民の痛みを伴う政治決断をする局面に立たされる。例えば増税。例えば福祉の削減。そして最大の痛みは、最悪で武力衝突を伴う「兵」だろう。将来のために今の痛みを我慢してください、と為政者は国民に呼び掛けなければならない。

 しかし、もし為政者が「自分やその仲間が得をするため『ズル』をする人だ」と思われていたら、国民はその呼び掛けに耳を傾けるだろうか。政治家は国民に痛みを求める一瞬のために「信頼に足る人間であること」を求められるのだ。

 国会で論議されている森友、加計問題の本質は「為政者やその仲間がズルをしたか、しなかったか」である。そこをはっきりさせないまま「北朝鮮の脅威」を論じてもむなしい。

 「もっと大事なこと」などないのだ。

 今回は、少し熱くなりました。

 (論説副委員長)

=2018/04/22付 西日本新聞朝刊=

https://www.nishinippon.co.jp/nnp/reading_oblique/article/410536/