高世仁の「諸悪莫作」日記

2018-12-15 吉永春子さんの墓参り

f:id:takase22:20181215124440j:image:w200:right いつも通るニコライ聖堂の側の道。銀杏もだいぶ葉が落ちて、師走の風景だ。

 テレビのドキュメンタリー制作の大御所、吉永春子さんのお墓詣りをした。

 TBSの「JNN報道特集」でディレクターをしたあと報道局長になり、60歳で退職した後は「現代センター」という制作会社を主宰していたが、一昨年の11月に85歳で亡くなった。

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 吉永さんは仕事の上ではとても怖かったようだが(私も怒鳴られたことがある)、仕事が終わるととても親切で面倒見のよい人だった。私は一度しか一緒に仕事をしていないのだが、うちの会社が潰れそうになっていたころ、恥も外聞もなく相談に行った。すると某局のえらいさんを紹介してくれ、別れ際に「コーヒーでも飲みなさい!」と大金をポケットにねじ込まれた。この話を書いたら、彼女を知る人たちから「吉永さんらしい」と喜ばれた。歯に衣着せぬ物言いでありながら、右にも左にも彼女を慕う人がいたというのは、慈悲の心だろう。

http://d.hatena.ne.jp/takase22/20180212

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 初めて経験するお墓詣りだった。行ったのは、赤坂見附の「赤坂浄苑」。受付でお詣りしたい故人の名前を告げると、カードを1枚渡される。ずらりと並ぶエレベーターの扉のようなところでカードをかざすと、しばらくして扉が開く。そこには、故人の遺骨が納められたお墓が運ばれてきていた。春子さんと夫の名前が書かれている。清水がちょろちょろ流れる香炉でお香をあげてお詣りした。亡くなって初めて、生前のご親切に感謝して手を合わせることができた。

 吉永春子さんはお子さんがいないこともあり、ご夫妻だけのお墓で永代供養にしたのだろう。駅から2分、都市型納骨堂というものらしい。気軽にお詣りできる点は便利だ。

 また、窮地になったらエネルギーをもらいにお詣りにこよう。

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 このあいだ、技術実習生の話で、実習生と受け入れ企業の間に監理団体というものがあって、日本の受け入れ企業はそこに毎月数万円の管理費をおさめ、これは企業にとっては余計なコストになっていることを指摘した。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20181209

 ところがその監理団体からさらにお金をとる団体がある。例えばミャンマーの場合なら「日本ミャンマー協会

 「弊協会ミャンマー国労働省およびミャンマー海外人材派遣企業協会(MOEAF)の依頼を受けて求人票および監理団体様、実習実施機関の事前確認等を行う」という。「当協会が委託されている事前審査業務は、ミャンマー政府が労働者を海外に派遣する際に行っている「出国許可」審査プロセス(最終的には実習生への「スマートカード(海外労働許可証)」の発給)の一部」だという。

 この日本ミャンマー協会は、「ミャンマー技能実習生育成会」というのに監理団体を入会させて、入会金と会費を取るほか、「事前確認」の確認手数料を徴収する。

http://japanmyanmar.or.jp/shr/pdf/_ginou/a_7.pdf

http://japanmyanmar.or.jp/shr/pdf/_ginou/160131_j1.pdf

http://japanmyanmar.or.jp/shr/pdf/_ginou/150724_D.pdf

 この協会とは何か、とHPを見ると、役員には、中曽根康弘氏(名誉会長)、麻生太郎氏(最高顧問)はじめ政治家がずらり。http://japanmyanmar.or.jp/yakuin.html

 この全体が、どこかで見たような日本型ピンハネスキームになっているのではないか。

(つづく)

2018-10-30 香港の記者がみた日本の「報道の自由」

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 青空に柿。秋深し。

 思うようにいかずにいるときに、トラブルが降ってわき、そこに安田純平さんが帰国したりと、落ち着かない日々だった。気が急いていると周りの景色や、月や星なども目に入らなくなる。意識的に自然に目を向けよう。

 もう月末、資金繰りがきびしいな。

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 日本が世界報道自由度ランキングで低く評価されるのはなぜか。

 小熊英二氏が、香港フェニックステレビ東京支局長の李苕(リミャオ)氏(女性)の体験談(『Journalism』誌10月号)を紹介しながら論じている。的を射た指摘である。どこから変えていったらいいのか、考えさせられる。

 《李が東京に着任したのは07年、ベテラン外国人記者に「日本で取材するのはとても大変だよ」と言われる。官邸取材したいと官邸記者クラブの幹事社キャップに面会すると、「あなたみたいな外国メディアが、簡単に取材できると思っているのか」とあしらわれた。

 私も外国や日本のフリー記者から類似の話を聞いた。民主党政権下で官邸官庁の会見が記者クラブ外のメディアや記者にも開放されたが、現政権では事実上の制限がなされているという。

 李は何とか官邸記者クラブに加入できたが、日本の官邸クラブの風習に違和感を持つ。「質問できるのにしない日本の記者が多いことを、いつも不思議に感じている。私が質問すると、びっくりしたような表情をする記者も時々いる」。大臣の取材に行くと、官庁の広報から「質問はできません」「あなたには場慣れする必要がある」と告げられる。麻生太郎財務相に経済問題を質問すると「(日本は)中国と違って何でも言える国ですから、いい国なんです」と無関係な返答をされる。それでも李は、「馬鹿にされようと、まともな答えが返ってくるまで私は繰り返し質問した」という。

 李はいわゆる「反日的」な記者ではない。中国で「日本が宮古島ミサイル配備」という誤報が出た時は、誤りを指摘し、中国ネット右翼から「売国奴」「死ね」などと罵倒された。それでも、「自国の誤った報道を知りながら放置することも、事実を伝える仕事を半分放棄したのと同じ」というのが信条だ。

 李の体験は、日本の「報道の自由」の性格を教えてくれる。大手メディア正社員になり、記者クラブに所属し、外国人や女性ではなく、大臣や官庁が嫌がる質問をしなければ、「報道の自由」を享受しやすいのだ。だがこうした「自由」は、国際的には高く評価されない。

 またこうした大手報道機関排他的な「特権」は、メディア不信の温床になりやすい。報道に限らず、技能や専門知識のある者が他と違った地位に就くのは、役割分担として正当化できる。しかし責務を果たさずに地位に安住していたら、既得権にしか映らないだろう。

 李はいう。「私はこの平和な国・日本で質問し、取材できるありがたみを感じている。だが、日本の記者はどれだけ感じているだろうか。もっと質問すべきだと思う」。日本の報道機関が国内外で評価されるには、報道する側が自分の地位を自覚するとともに、その地位にみあう責務を果たすしかない。朝日新聞10月26日論壇時評より)

2018-04-23 「もっと大事なこと」はない

 夜、帰宅の途中、霧雨に降られる。

 もう4月(卯月)の後半、「穀雨」(こくう)だ。降る雨は百穀を潤す。種まきの時期、雨は天からの贈り物。大事な雨である。

 20日からが初候「葭始生」(あし、はじめてしょうず)。25日から次候「霜止出苗」(しもやみてなえいずる)。30日からが末候の「牡丹華」(ぼたん、はなさく)となる。

 穀雨の次はいよいよ「立夏」だ。はやいな。

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 ヒメジョオンの花が咲き始めた。

 幕末にアメリカから観葉植物として入ってきたものだという。「柳葉姫菊(やなぎばひめぎく)」と呼ばれたそうで、舶来のハイカラな植物だったのだろう。

 雑草とみなされて、かわいそうだなと思っていたら、このヒメジョオン、「日本の侵略的外来種ワースト100」に選ばれていた。ものすごい繁殖力をもち、日本に上陸して150年ほどで、今や亜高山帯にも進出しているそうだ。かみさんはヒメジョオンを見かけたら引っこ抜くという。

 こういう情報を知ってから見ると、単純に可憐だな、などと思えなくなる。やはり、これも引っこ抜くべきか。

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 安倍内閣の支持率は、ANNなどメディアによっては20%台のところも出てきた。ところが、連続する不祥事を問題視すると、もっと大きな、もっと大事な問題があるだろうとの声が出て来る。これに関して、そのとおり!と声をかけたくなるコラムをきょうは紹介したい。

 「もっと大事なこと」はない

  森友学園、加計(かけ)学園を巡る新事実が次々と発覚し、国会では安倍晋三政権に対する野党の追及が続いている。安倍政権の復活以降、最も深刻な危機といえる。

 そうした中で、一部メディアからは「いつまで森友、加計ばかりやっている。北朝鮮の脅威を議論しなくていいのか」という声が上がり始めた。麻生太郎財務相も、報道が疑惑追及に偏り、環太平洋連携協定(TPP)に関する記事が少ないと新聞批判を展開した。

 「もっと大事なことがあるだろう」という論法は一見、説得力がありそうだ。北朝鮮など持ち出されると、何となくうなずいてしまいそうになる。しかし本当にそれは「もっと大事なこと」なのだろうか。

 今日はそこを考えたい。

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 論語に「信なくば立たず」という言葉がある。

 「為政者に対する信頼が失われれば、政治は成り立たない」と解釈するのが一般的だ。日本の政治家が好んで引用する言葉で、安倍首相自身も記者会見などで連発している。

 実はこの言葉には前段がある。現代語訳で簡単に紹介する。

 孔子の弟子の子貢(しこう)が政治で大事なことを聞いた。孔子は答えた。「食を十分にして兵を十分にして、民衆に為政者を信頼させることだ」。子貢が問う。「その三つのうち、一つ捨てるならどれを捨てますか」。孔子は言う。「兵を捨てる」

 子貢はさらに問う。「残る二つのうち、どうしても一つ捨てなければならないなら、どちらを捨てますか」。孔子はこう答える。「食を捨てる。昔から誰にでも死はある。為政者が信頼を失えば民衆はやっていけない(信なくば立たず)」

 孔子は偉大な思想家だが、乱世で小国の運営に携わった政治家でもあった。リアリストの顔を持つ孔子が、明確に「兵より食より、信が一番大事だ」と言っている点に注目したい。

 「兵」は今で言えば安全保障だろう。まさに北朝鮮問題である。「食」は経済政策に当たるかもしれない。TPPもその一つだ。

 「論語が全て正しいわけではない」との反論もあるだろう。もっともだ。しかし安倍首相が「信なくば立たず」を引用する以上は、本来の意味を踏まえ、兵より食より「信」の論議を最優先してほしいものだ。

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 ここからは私なりに考えを巡らせてみる。

 政治家は時として、国民の痛みを伴う政治決断をする局面に立たされる。例えば増税。例えば福祉の削減。そして最大の痛みは、最悪で武力衝突を伴う「兵」だろう。将来のために今の痛みを我慢してください、と為政者は国民に呼び掛けなければならない。

 しかし、もし為政者が「自分やその仲間が得をするため『ズル』をする人だ」と思われていたら、国民はその呼び掛けに耳を傾けるだろうか。政治家は国民に痛みを求める一瞬のために「信頼に足る人間であること」を求められるのだ。

 国会で論議されている森友、加計問題の本質は「為政者やその仲間がズルをしたか、しなかったか」である。そこをはっきりさせないまま「北朝鮮の脅威」を論じてもむなしい。

 「もっと大事なこと」などないのだ。

 今回は、少し熱くなりました。

 (論説副委員長)

=2018/04/22付 西日本新聞朝刊=

https://www.nishinippon.co.jp/nnp/reading_oblique/article/410536/

2018-04-20 マスコミからもっと「#MeToo」を

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 下を向いて歩いていてふと目を挙げるとめくるめく色彩の塊が・・・

 サツキだ。ここは、植木なども育てているうちの近所の農園。

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 ゴージャス!!と英語圏の人なら言うだろうな。きょうは気温が25度くらいまで上がった。30度を超えた地方もあったという。春爛漫である。

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 週刊新潮が火をつけた、福田淳一財務次官のセクハラ疑惑が急展開。

 麻生太郎財務大臣は4月17日、被害にあったという女性が名乗り出てこなければ、事実の認定はできない、という見解を示し、福田次官を守ろうとしたが、自民党からも圧力があって18日に福田氏が辞任。19日未明には、テレ朝が緊急の記者会見をして、自社の女性記者が週刊誌に情報を提供したセクハラの被害者だと発表し、財務省に抗議した。

 福田氏はまだ「訴える」などと非を認めず、麻生財務相も謝罪の言葉がない。しかし財務省以外の世界では、事件の事実関係については決着した。安倍信奉者が、「あの録音は編集されている」、「謀略の可能性が」、「ハニートラップでは」などといちゃもんをつけていたが、もう黙ってね。

 こんなツイートがあった。

 《セクハラ加害者は自分の権力に無自覚と言いましたが、正確には「自覚的に無自覚」です。たとえ若くて美人の女性が相手でもその人が記者でなく財務大臣や米国政府要職なら、おっぱい触らせてと言うでしょうか?権力格差があることを分かった上で都合良く無自覚になる。卑劣極まりない加害者の特性です》(勝部元気 Genki Katsube)

 そのとおりだな。

 テレビニュースに映ったテレ朝の取締役報道局長を見ると、おお、篠塚浩さんじゃないか。

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 あれはもう30年も前の1988年、私が日本電波ニュース社のマニラ支局にいたころ。報道部の記者だった篠塚さんが東京からやってきて、ニュースステーション(今の報道ステーションの前身)の特集を一緒に作った。取材したのは、無期・長期囚が集められたモンテンルパ刑務所での腎臓売買疑惑。このネタは、当時刑務所にカメラを持ち込めた私の「キラーコンテンツ」で、三つの局で番組を作った。その結果、腎臓移植が政治問題化し、利権の温床を破壊したタカセに落とし前をつけさせようと、4人のガンマンが私を狙うようになり、フィリピンから命からがら逃げだすというドラマのような展開があった。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20071013

 TBSの名物ディレクター、吉永春子さんと初めて会った、この腎臓移植の取材でだった。ネタがネタだけに、吉永さんの印象に残ったのだろう。その後、一つも一緒に仕事をしないのに気にかけてくれ、私の会社が危なくなり追い詰められたとき、「コーヒーでも飲みなさい」と30万円を私のポケットにねじ込んだエピソードは以前書いた。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20120107

 テレ朝の篠塚さんはあのとき、25歳か26歳の駆け出しだった。素直でよくがんばる記者だったという印象がある。その後は局内でときどき顔を見かけて挨拶する程度だったが、「取締役報道局長」とは出世したなあ。えらいさんになっても堕落しちゃだめだよ。

 テレ朝報道局として財務省に抗議したのはいいが、「当社社員が取材活動で得た情報を第三者に渡したことは、報道機関として不適切な行動であり、当社として、遺憾に思っている」とのコメントは納得できない。この問題に、いわゆる「報道倫理」を持ち込むのは筋違いだ。犯罪から身を守り、上司に説明するために必要だったと記者は語っている。

 《専修大学の山田健太教授(言論法)は、今回の女性の行動について「人権侵害を防ぐための公益通報のようなもので問題ない」と指摘。取材内容を第三者に渡してはならないという原則は「取材先との信頼関係を保つための記者倫理であり、加害被害の構図といえる今回の関係においては当てはまらない」と話す。》朝日新聞20日)

 テレビやネットをみると、テレビ朝日を批判、揶揄する声がとても大きい。テレ朝を叩くのはいいが、主要な批判は、政府、財務省へと向かわせなければバランスを失する。そもそも、だれがセクハラしたんだっけ?

 ところで、篠塚浩さん、報道局長のポストに就いたのが2014年。そして翌年はじめ、「報道ステーション」のコメンテーター、古賀茂明氏がスタジオで「I am not ABE」のボードを掲げるという「反乱」事件が起きた。そして古賀氏は番組から「降ろされ」てしまう。

 これについて、古賀氏は外国特派員協会での会見で報道局長(篠塚さん)が自分を追い出したと語る。

 《明確に今のところ、去年から報道局長は私の出演を嫌がっているという話があったということは聞いておりましたけれども、この間の1月23日の発言以降は「4月以降は絶対に出すな」という厳命が下っているというふうに。私は報道局長に直接言われていないので、直接聞いてみたいなとは思いますけれども、そういうふうになってます。》

 篠塚さんが「やった」のか、聞いてみたいが、彼は正直に答えるだろうか。

2018-04-17 「なっちゃん」「さっちゃん」の感動トーク

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 フォトジャーナリストの安田奈津紀さんの写真展「The Voice of Life 死と、生と」を観にオリンパスギャラリー東京に出かけた。きょうは、タレントのサヘル・ローズさんをゲストにギャラリートークがあった。

 会場には安田さんのいくつものフィールドから、死と生にまつわる写真が展示され、見ごたえがあった。安田奈津紀といえば、日曜朝のTBSの情報番組「サンデーモーニング」のコメンテーターとして知られている、若手フォトジャーナリストの代表格だ。早くから海外での取材が注目され、2012年に25歳の若さで「HIVと共に生まれる -ウガンダのエイズ孤児たち-」で名取洋之助写真賞を受賞している。世界各地の紛争地や3.11の被災地のほか、末期がんの人の死のドキュメントなど多くのフィールドで活躍する、すごい人である。

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 これはイラクで「イスラム国」が絶滅をはかったヤジディ教徒の避難民の子どもたち。どんなに厳しい環境でも子どもの笑顔で風景もぱあっと明るくなる。

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 東京のある夫婦が死別する瞬間。二人は初めて会ったときの服を着て最期を迎えたという。後日、写真展に二人の最後の日々を展示したさい、夫がやってきて「ぼくは写真を観に来たのではなく、彼女に会いにきたんです」と言ったそうだ。写真の力、存在意義を考えさせるエピソードだ。

 ギャラリートークは大盛況で、会場からあふれた人たちにパブリックビューイングスペースも用意された。

 安田さんとサヘルさんはほぼ同年、たがいに「なっちゃん」「さっちゃん」と呼び合う親友だ。安田さんの話はいつもながら聞かせたが、サヘルさんがまたすばらしかった。

 私は9年前からサヘルさんのファンで、このブログで何度も紹介してきたが、きょうのような彼女のトークをじっくり聴くのは初めてだ。

 イラン・イラク戦争によって3歳で孤児になったサヘルさんがいかに苛酷な運命をたどったかは、私の過去のブログに書いた。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20090609

 8歳で養母と日本へ。ホームレス生活も経験し、中学ではひどいいじめにもあって中3で自殺しようと思った。ところが、養母をハグした瞬間、自分のために苦労して衰えた体を感じ、「この母のために生きよう」という思いがこみあげた。誰かのために生きるという思いからエネルギーがわいてくる。自分は演劇やエンターテインメントなど表現する仕事をしているが、母からも「誰のために表現の仕事をするのかの原点」を忘れるなと言われている。

 親戚のいない私には養母しかいない。養母が死んだら自分は「ゼロ」になるのだろうか。いや、私は次の世代に思いをはせたい。日本には4万6千人の家族のない子どもたちが「施設」にいる。私の「夢」は、「サヘルの家」をつくること。それは「施設」ではなくて「家」。「生まれてきてよかった」と思う子どもを一人でも増やしたい。

 サヘルさんが、「日本の報道にシリア問題の少ないことに驚きます」と話題をシリア問題に振って、「私たちにいったい何ができるのか」も語られた。

 安田さんはあるイラク人の言葉に勇気づけられたという。人間というのは戦争をやめない、そんなもんだよ、となげてはいけない。「あきらめる心」が戦争を続けさせる。人の手で起こされたものなら、人の手でとめられるはずだ。

 サヘルさん。今、私たちに何ができるか。一人ひとりが考えを発言し、アクションを起こしていく、発信していくことが大事だと思う。君は音楽だけ、君はタレントだけやっていればいい、というのではなく、一人の人間として(政治もふくめ)自由に発言していきたい。

 すると安田さんが、日曜のテレビ番組のスタジオでコメントしているが、写真家がどうしてあんなことを言うのかと言われる、でも、(自主規制せずに)自由に言葉を発する空間を作っていかなくては、とフォローする。

 サヘルさんが子どものころのつらい体験を語って涙を流すと、安田さんがすっと手を伸ばしてサヘルさんの手を握る。ときどき互いにちゃちゃを入れて、会場をわかせる。仲良し同士の、ぴったり息の合う、笑いあり涙ありの内容が濃いトークになった。

 サヘルさんは会場に向かってこう言った。ここ東京はほんとうに平和ですよ。みなさんには明日という日があるでしょう。食べるものも、服も靴もあるでしょう。でも、この生活ってあたりまえじゃないんです。地球の裏側ではそうなっていない。日本がどれほど平和なのか、子どもたちに知ってもらいたい。

 

 実際の二人の言葉は、私の紹介よりはるかに豊かな表現であったことをおことわりしておきたい。たった1時間のトークだったが、聞き終わって心に栄養をもらった気分になった。

 安田さん31歳、サヘルさん32歳。若くしてすばらしい信念と才能をもつ二人のこれからが楽しみだ。元気で活躍してほしい。

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 一方、夜のニュースをみると、日本の政治家どものていたらくにあきれる。

 財務省の福田淳一事務次官によるセクハラ疑惑に対する麻生太郎財務相の反応。連日の「自爆」ともいえるコメントと物言いは、まさにミゾウユウ。まさか、安倍政権をつぶすためにわざとやっているんじゃないよね・・・