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あれぐろ・こん・ぶりお

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September 09(Sat), 2006

東征伝κ刃造悗了廚ぁ訴刃袖念公園篇


 はてなキーワードによっては語句説明を兼ねるのでこの単語は当然の事ながら登録されていますが、あえて書きます。

 「ヒロシマ」という表現をした場合、それは単に中国地方の中核都市・広島のことを指すのではなく、人類最初の原子爆弾の投下された都市という特別な意味合いを持ってきます。広島に来るときはいつもこの「ヒロシマ」を考えざるを得ない。それが後世の人間のに求められることなのかなぁ…とおもいます。

 この日は広島市内観光。まず平和記念公園にいく前に広電に乗って縮景園へ。

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 いわゆる江戸時代の庭園ですね。日本三庭園といえば、金沢兼六園水戸偕楽園岡山後楽園ですし、都内でも新宿御苑だったり浜離宮なんかが当時の名残を残す庭園ですね。広島の場合は縮景園。となりは美術館になっています。

 結構広島の街中にあって、周りはビルばっかりという、いささか情緒にかけるところがありますが、それでも中はそこそこ広く、楽しめます。美術館との共通券なんかもあって庭園をみた後はそのまま美術鑑賞もできたり。広島の画家の作品が多数展示されてます。

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 その後、友人と待ち合わせて広島城へ。

 今回の旅行、城ばっか見ているような気がしますね(笑)。広島城は毛利氏が本拠にしようとしたところですが、ご存じの通り、関ヶ原の合戦で西軍についたため広島城城主福島政則へ。その後、改易になったので広島城主は浅野氏へ。まぁ、この辺は戦国時代が好きな方にお任せするとして、そういう城なワケです。

 今回の旅行で見てきた唐津城や岩国城みたいにそもそも存在しなかったorわずかな期間しか存在してない城とは違って、江戸時代ずーっと建ってた城ですが原爆により消失。現在の広島城は再建されたものです。再建するときにどーして冷房つけてくれなかったのかなぁ…。この暑さの中広島城扇風機が置いてありました。広島暑いんだから冷房つけてくれても良いのにさ。どのみち再建で鉄筋コンクリート製なんだし。

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 広島城を後にして、平和記念公園に。戦後の建物としては始めて重要文化財に認定された平和記念資料館へ。実のところ、この資料館に来るのはこれで多分4回目じゃないでしょうか。来るたびごとに展示がリニューアルされているような感じを受けますね。昔は放射能や原爆の凄まじさを一方的に語るだけだった(ある意味それも悪くはないんですけど)この資料館、前半部分は国外からの見学者に対応するために非常に客観的に分かりやすい展示へと変わっています。

 そもそも広島の歴史を追いながら、アジア太平洋戦争に至るまでの広島の位置づけなどを説明し、なぜ広島に原爆が落とされたのか、というのを順を追って分かりやすく展示していました。もちろん、上段に日本語、下段には英語で解説したパネルもあります。

 もっとも、この資料館に来て毎回考えさせられるのは後半部分の、遺品を展示してあるところです。

 ここでは原爆によって命を落としたヒトの遺品や原爆の凄まじさを物語る建物の破壊された跡と正面から向かい合うことになります。遺品には、その遺品を持っていた物故者の被爆直前から亡くなった様子までが丹念に記載され、見学者は思いをめぐらせることになります。今回見学したのは土曜日だったため、ちょっと見学者が多くてざわついた感じでしたが、平日に来た以前はしんと静まりかえった、静謐さが全体を支配しているようでした。

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 原爆ドームまで一直線に見えるように出来た。慰霊碑。実は記念館から慰霊碑、原爆ドームまでが一直線になるようです。もともと繁華街だった、この平和記念公園周辺も原爆により灰燼に帰し、その街並みは消滅しました。今ではこうした資料館や慰霊碑、原爆ドームなどがある、広大な公園へとなりこれだけ市街地があるにもかかわらず、こうした空間があることがある意味では特異な感じさえも受けます。言い換えるならば原爆の破壊力のすごさを改めて思うわけです。

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 実は、前日の夜に原爆ドームは見ていました。恒久平和と核廃絶のシンボルとも言える原爆ドームですが、夜になればこのあたりでギターを弾いたヒトもいたりして、逆説的に平和を意識するとも言えました。


 ともかく、広島に来た以上は、やはりこのことを意識せざるを得ないし、また意識するのは当然だとも言えるでしょう。この地に住むヒトがヒロシマをどう捉え、日常を送っているかということも含めてですが、廃墟の中から再生したこの街に人々の生きる力強さを見つけることも出来ますね。 

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