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Tr,平居の月曜プリント

2016-07-25

湊水産という会社

 4月以降の「半空白期間」にあったことについて、いくつか思い出すままに書いておこうと思う。正に「思い出すまま」。時間の配列は、たぶん無茶苦茶になる。

 7月19日の午後、生徒の見学に便乗して、石巻市内湊地区にある「湊水産」という会社に行った。震災後、いや、特にこの2年ほど、非常に有名になった会社である。たらこメーカーなのだが、他の水産加工会社と違って、生徒を連れて行くとたらこ作りの実習をさせてくれると聞いていたし、会社内に託児所を作る、社長がたいへん前向きで明るく、周囲の人を活性化させる力を持っているなどなど、いろいろといい噂に事欠かない。前々から一度訪ねてみたいと思っていた。

 「たらこ」など、大好物ではあるが、どのようにして作られているか知らない私は、しょせん生ものなのだから、せいぜい塩をすり込むくらいだろう、どうしてわざわざ「作る」なんて言うのだろう?と思いつつ、石巻でも30度を超えたという暑い日、学校から15分あまり自転車をこいで、他の実習場所からバスでやって来る生徒を待ち受けた。

 直売所の所にいた初老の男性を、社長か、番頭さん的人物だろうと思って、名刺を差し出しつつ来意を告げると、近くにいた中年女性に紹介された。直売所の売り子さんかと思っていたら、社長夫人で、この方が私たちの案内をして下さるらしい。

 間もなく、生徒たちがやって来た。直売所の横のスペースで、大きなガラス越しに見えている工場についての説明を聞く。2階から幼い子どもが見下ろしていて、手を振っている。水産加工場のイメージを変えるために、働いている人の制服を、白に赤とピンクを交えたパティシエ風のものにし、白長靴を止めて、ピンクの運動靴風のものに変えたそうだ。

 続いて、靴を脱いで2階に上がる。2階は屋根(天井)を支える松材がむき出しで、木の香りが漂う。フロアには絨毯が敷いてあって、スリッパは履かない。階段を上がった所が事務所で、すぐ左側が保育スペースになっている。壁なんてない。ガランとしたオープンスペースだ。社長室もなく、社長は事務員と机を並べている。

 保育施設は専門の保育士を雇っていて、女性でも、採用の際には、生涯勤めることを前提とするように求めるそうだ。なるほどこれはすばらしい。事務員たちが仕事をする真横で、子供たちがキャアキャアと騒いでいる。それで心が癒やされ、職場の雰囲気が良くなる、という。これは、子供の声がうるさいからと言って、保育所の建設に反対する、などという最近よく聞く話の正反対だ。また、育児環境は保障するから長く働いて下さいよ、という姿勢は、仕事の熟練を促し、質のいい物を作るための最高の方法でもある。

 広間に入ると、まずDVDを見る。震災で大きな被害を受けた会社を再建する過程や、たらこの製造工程についてのものである。ここで社長が登場し、奥様とともにいろいろと説明して下さる。次が、いよいよたらこ作りだ。クラスを6班に分け、各班にお世話係の職員が付く。

 簡単に言えば、水に塩やグルタミン酸、「M」と書かれた企業秘密の白い粉などを溶かし、それに筋を取り、水で洗ったきれいなたらこを漬ける、というだけの作業である。更に簡単に言えば、たらこを調味液に漬けるわけだ。調味液の配合と、真心を込めて優しく作業することが、おいしいたらこを作る秘訣、というようだった。この日漬けたたらこは、2日後の夜から食べられるようになる。作業が終わると、今度は、工場で作られたたらこの試食だ。おにぎり用のご飯と、完成したばかりの普通のたらこ、焼きたらこ、煮たらこをたくさん出してくれた。「試食」どころか、お腹がいっぱいだ。

 これは大変だな、と思う。1年生の水産基礎実技という授業で、4クラスを2日に分け、午前か午後のどちらかに湊水産、どちらかに宮城丸のショートクルーズ(体験航海)という予定が組んである。つまり、湊水産には、2日間午前午後に35人ずつ、計140人の生徒と、各組3〜4人の引率教員がやって来る。毎回1時間半あまり、社員全体の約5分の1に当たる7〜8人の職員が付きっきりで、各自に120グラム(3本)のたらこを作らせ、お腹いっぱい試食させるのである。それが、極めて爽やかに、温かく行われていることに感心した。職員一人ひとりの笑顔が素敵だ。私たちがたらこ作りに興じている間にも、別の小グループが見学にやって来た。

 う〜ん、なるほど。確かにたいしたものだな、と思った。これでいて業績極めて好調なのだから、本当に文句がない。

 そうこうしていたら、7月22日の河北新報「焦点 東日本大震災」欄に、湊水産が取り上げられた。2面にわたる大きな記事である。見出し風の部分を羅列すると、「社内に保育施設、求職増 女性のニーズに対応」「認可外 運営費の負担課題」「求人難の水産加工業界 イメージ一新へ努力」「・工場ガラス張り・パティシエ風作業着「きつい」「臭い」改善」とある。そして、私が今日書いてきたのと同じようなことが書かれているが、さすがはプロの新聞記者。私が、お金のことばかり気にしているようで、卑しい感じがするから聞きにくいなぁ、と思って、聞かずに帰って来たことまで聞い書いている。

 それによれば、社内保育所の保育士は5人もいる。従業員だけではなく、地域の子どもも含めて、約20人が登録しているらしい。が、当然、非認可で公的援助はゼロなので、たらこの収益で赤字を補填している。それでも、おかげで、3人のパートを募集した時には、1ヶ月で20人の応募があった。記事にも書かれているとおり、私の感覚でも、これは「あり得ない」ことだ。身近な所で見ていると、石巻の水産加工業界が人手不足を極めていることは、歴然としているからである。

 湊水産がこれだけ上手くいっているのだから、他の水産加工業者も真似をすればいい、という話が出るのは当然だ。確かにそうなのだ。だが、私は、真似をして上手くいく会社は少ないだろうと思う。「二匹目のドジョウ」というだけではない。何をする時にも、物事には「精神」というものが大切で、それがなければ全ては形式的となり、形骸化するからだ。おそらく、湊水産は、社員とともに幸せになりたい、更にはお客さんとともに幸せになりたいという社長の真心の上に成り立っている。保育施設を作れば、働き手が確保出来て、じゃんじゃんもうかる、などと打算に走ったのでは決して上手くいかない。そういうものなのである。