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Tr,平居の月曜プリント

2016-05-25

怖くて出来ない仕事

 今では、海外に行くということが、あまりにも平凡な日常になってしまった。それは、日本から外国に行くというだけではなく、それを受け入れる外国の側でもだ。

 例えば、昔、中国インドといった発展途上国で飛行機を降りると、到着ゲートの所に人がたくさん待ち構えていて、タクシーはどうだ?とか、泊まるところは決まっているのか?とか言い寄ってきたものだ。もちろん、それらは非常に怪しい男たちであって、うっかりついて行こうものなら、どれほどぼったくられるか分かったものではない。

 街中を歩いていても、よく声をかけられた。物売りは怪しいから相手にしないのだが、日本人と話がしたい、日本語を教えて欲しい、みたいな相手だと、100%怪しいとは言えない。善意で親切にしてくれる人もいるが、親切な人だと感動していたら、「金を寄越せ」と始まる時もある。リスクを最少限にするためには、現地の人は全て悪人と観念して一切相手にしないに限るのだが、そんなことをすれば、その国の人と接するチャンスを全て放棄してしまうことになり、何のために旅行をしているのかよく分からん、ということになる。街で声をかけられたというだけでなく、旅行先で人と関わり合った時には、安全を優先して全ての人をシャットアウトするのではなく、相手の人相を見ながら、自分の直感を信じ、信頼できると思った人は受け入れ、うまく付き合っていくことが大切だと思う。

 安全をとことん優先すれば、自宅に閉じこもってじっとしているのが一番いい。それはつまらないというなら、多少のリスクは引き受けなければならない。人間は、意識するとしないとに関係なく、常にその辺のバランスを考えながら、自分の生活や交流の範囲を決め、生きているのである。

 と、こんなことを考えるのも、「アイドル」が刺された、という報道に接したからである。

 私の興味関心の対象ではないが、「アイドル」というのを、私は不思議な存在として日頃から見ていた。英語で「アイドル(idol)」というのは、「偶像」のことである。相手が生身の人間とあれば、崇拝、憧れの対象といったところだろう。私が、例えばAという女性について、「Aさんは私にとってのアイドルだ」と言うのはいい。だが、最近は、その女性の側が「私はアイドルやってます」などと言う。私には違和感が強い。だが、そんな日本語表現が生まれたのは、人の目を引きつける一種の職業として「アイドル」が成立してしまったこと、を意味するのだろう。

 これが非常に危険な職業(立場)だというのは、容易に想像が付きそうなものである。そもそも、露出度が非常に高い。人目につくことが仕事なのである。付きまとわれると困るくらいのことは分かっているから、距離を近くしすぎないように注意はするだろうが、離れすぎるとファンの不興を買って、「アイドル」として不合格になってしまう。

 しかも、「アイドル」の多くは女性で、取り巻きは男だ。アイドルが男であってもかまわないが、その場合、取り巻きは女、つまり異性である。当然、中にはいい人も悪い人もいる。まともな人は、そんな偶像を追いかけ回したりしないはずだから、むしろ悪い、いや、変な人と出会う確率が非常に高いはずだ。加えて、女と男なので、恋愛感情や、性的な欲求が絡んでくる。人が心を狂わせる典型パターンである。

 わざわざそんな立場に身を置こうとするのはなぜかと言うと、お金になるとか、ちやほやされるのがいい気分だ、といったことだと想像する。しかし、メリットだけを享受しようというのは虫が良すぎる。陸上と生活条件が違う船に乗るほど高収入、というのと同じで、メリットが大きいと、それに比例してデメリットも大きいのである。

 刺された女性を、自業自得だ、などと言うつもりは毛頭ない。人の家に鍵がかかっていなかったからといって、泥棒に入ってもかまわないということにはならないのと同じである。だが、自分がしていることにどの程度のリスクがあるのか、というのは、常によくわきまえて行動する必要があるのではないか。被害者が、「アイドル」という立場の危うさをどの程度自覚していただろうか?私なら、恐ろしくて絶対に出来ない仕事(?)だ。

 そんなことを言えば、私だって、こんな所に変な文章など書かないに限る。が、今のところ、この程度なら社会生活の中に否応なく存在し、観念して引き受けざるを得ないレベルのリスク、という判断がある。リスクがあることを自覚し、自分なりに慎重に考えての判断である。本当にそれが妥当な判断か? それは結果でしか分からない。あくまでも、今のところ大事には至っていない、というだけだ。こわこわ。