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Tr,平居の月曜プリント

2017-03-21

起工式とまちびらき

 3連休の中日、19日に我が家の梅が開花した。通勤の途上で見る梅の木には、ほとんど満開と言ってよいほどのものもあるから、日当たりがいいにもかかわらず、我が家の梅は遅い。遅いといえば、ウグイスもまだ鳴かない。

 昨年は、初鳴きがいつだったかも分からないほど遅かった。我が家のウグイスは、バカな震災復興土木工事の影響で絶滅したのだ、とすっかり悲嘆していたところ、例年より1ヶ月以上遅れて鳴いてくれた。が、その後も声を聴く機会は少なかった。2015年は3月9日、14年は3月28日、13年は3月13日、12年は3月6日だった。11年、すなわち震災の年は、3月13日に鳴いていたことだけがはっきりしていて、初鳴きがいつかは定かでない。震災2日後に我が家にたどり着いた時に鳴いていたウグイスの声が、あまりにも美しかったものだから(→その時の記事)、それ以降、3月11日より早いか遅いかという基準で気にしながら、初鳴きを心待ちにするようになった。

 今年は、例年になく暖かい冬だった。1月でも2月でも、雪がほとんど降らず、雨の記憶しかないのだから異常だ。これなら2月中にウグイスが鳴いても不思議でない、と思っていたものだから、今年も去年のように、なかなか来てくれないのではないか、と不安になってきた。

 我が家の敷地の南西の角には、巨大な松の木が生えている。視界を多少遮りはするものの、風よけとしては役に立っているし、松そのものにはさほど風情が無くても、藤の蔓がたくさん絡んでいて、それが満開になるとなかなか贅沢な光景が出現する。その松の木がすっかり枯れていることに気付いたのは、昨年の秋である。「梅にウグイス」とよく言うが、梅の木に来るのはメジロばかりで、ウグイスはこの松の木界隈の茂みの中で鳴いていた。昨春からウグイスが来なくなったのは、松が枯れたことと関係するのかも知れない。

 同じく19日、我が家の下では「門脇まちびらき」「復興祈念公園起工式」という二つのイベントが開かれ、多くの人が集まっていた。スピーカーでがなり立てる野蛮な音声が響いてくるのを心配していたが、そんなこともなく、9:20、オープニングで演奏された「日高見太鼓」の音が多少聞こえたくらいで、あとはテントの中で静かに何かが行われていた。もちろん、見に行っていない。

 我が家の下は、高盛り化された県道240号線(通称:八間道路)を境に、南が復興祈念公園、北が住宅地である。面積は前者が38.8ヘクタール、後者が23.7ヘクタール。事業費は前者が約60億円で、後者が約85億円とのことだ。住宅地には250戸分の宅地と、151戸分の災害公営住宅が整備された。災害公営住宅の建設費が、85億円には含まれるかどうかは知らない。宅地と公営住宅を合わせて400戸。1戸あたりの整備費は2100万円である。新たに造成された宅地に建った家はまだ数戸で、今後続々と建設されるという雰囲気は微塵もない。

 私が以前、復興祈念公園の協議会に参加していた時(→こちら)、公園の予算額は聞いても聞いても教えてもらえなかった。約60億円というのは、ようやく今日の「石巻かほく」という新聞で知ったのである。なにしろ広大な公園なので、1屬△燭蠅砲垢襪硲隠僑娃娃葦濕紊砲靴ならないが、支出は屬任垢襪里任呂覆、全体でするものである。60億円は巨額だ。しかも、最近の公共事業を見ていると、当初の予算額で工事が終わることはまれだろう。

 17日の朝日新聞宮城版「独眼竜」というコーナーに、加藤裕則という記者による「復興費のあり方考え直す時」という小さな記事が載った。震災後の土木工事に費やされている工事費がいかに巨額か、それを1戸あたりにすると・・・と書いた上で、被災者が日本の財政状況も考えて、復興工事に抑制的な反応を示すのに対し、鈍感なのは行政当局だ、と指摘する。全くその通りなのだが、別に目新しい話でも何でもない。今更気付くような問題でもなく、「考え直す」タイミングは既に逸している。お金を使えば使うほど実力があると評価される役所の論理、今この瞬間、自分たちだけよければそれでいいという、正に「みんな」の総意として現状はある。

 19日のイベントのために、大きな仮設駐車場が作られた。また多くのヒバリが命と巣とを失ったことであろう。