新青丸を訪ねる

 10日ほど前に、日本海洋事業という会社の課長Hさんから、3月22日〜25日、最新の海洋調査船「新青丸」が仙台港に入る、自分(日頃は横須賀の本社に勤務)もそのタイミングで訪船するので、よかったらどうぞ、という案内のメールをいただいた。日本海洋事業(通常は「日海事(にっかいじ)と略して呼ぶ」)というのは、日本水産という民間会社の子会社(日本水産100%出資の株式会社)なのだが、国立研究開発法人・海洋研究開発機構(JAMSTEC)という学術機関の船舶部門といった存在なので、実質的には「公」である。有名なところでは、世界最高水準の有人潜水調査船「しんかい6500」とその母船「よこすか」も、この会社によって運行されている。従業員約340人(うち海上職250人)というなかなか大きな会社で、宮水からも1年おきくらいに生徒を採用していただいている。そんな縁で、声を掛けて下さったのである。私は大喜びで、宮水の教員全体に呼び掛けをしつつ、日程の調整を始めた。
 ところが、これが至って難しい。なぜなら、定員割れをしている高校は、23日が2次入試(当然、前日の午後が会場準備等)、24日が修業式と合格発表で、25日午前が異動による転入者の事務引き継ぎ、という過密でサボりにくいスケジュールが組まれていたからである。新青丸が22日の午後から25日の昼過ぎまでしか停泊していないとなると、基本的に訪問は不可能だ。幸い、私は、自分が異動しないだけでなく、入試事務の中枢にもおらず、どうしても3月中に会っておかなければならない転入者もいない上、25日の午後に県庁に行かなければならない仕事があって、学校を抜け出しやすい状況があったので、25日の午前に一人で新青丸を訪ねることが出来た。偶然の産物である。
 新青丸は約1500トンの比較的小さな調査船だ。仙台港の指定された埠頭の近くまで行っても、どこに泊まっているかよく分からなかったほどだ。気付いてみると、新青丸のすぐ東側に15000トンの大型フェリー、すぐ西側に10000トンくらいはありそうな自動車運搬船が停泊していたので、なおさら見えにくかったのだ。東日本大震災地震津波によって劇的に変化した東北沿岸の海洋生態系を調査・研究し、沿岸漁業の復興をも支援するという目的で、3年ほど前に建造された。岩手県の大槌港を母港とする。
 最初、食堂で45分にわたって、会社のことや就職した卒業生の勤務状況、新青丸についての説明などを聞く。この時、私がなんといっても驚いたのは、信じられないほどの静かさだ。船というのは、船内生活を維持するために、24時間発電エンジンを動かしている。航行している時にはさほど気にならなくても、停泊中にはその音と振動が殊更に意識される。新青丸ももちろん同様で、車を船に横付けし、タラップで乗り込んだ時には、その音がよく聞こえていた。ところが、食堂にいると、昼食の準備が始まっている厨房の換気扇や、油で何かを揚げる音ばかりが聞こえ、エンジン音は聞こえない。微振動もゼロだ。会社の事務所で話を聞くのと何も変わりがないのである。
 私がそのことについて尋ねると、Hさんは、「よく気が付きましたね」みたいな顔をして説明してくれた。この船は調査船で、船内には研究室もある。音波を使った調査も多い。だから、エンジンルームは分厚い吸音材で囲まれ、その音や振動が船内に漏れないようになっているのだという。だったら、船の外でもエンジン音は聞こえないはずだが、それは主に煙突から漏れてくるものらしい。
 調査船としての機能は独特だ。洋上の一点で静止できるように、2機のアジマス・スラスターを装備している。360度どちらの方向にも向けられる電動のプロペラで、GPSと連動し、潮の流れや気まぐれな風に全自動で敏感に反応しながら、船の位置を制御するのである。その誤差わずかと数十センチいうから驚異である。当然、推進も全て電力だ。エンジンルームには、大きな4機の発電エンジンがあって、それによって作った電気でプロペラを回す。台風が接近した時など、多くの船が東京湾に避難して、アンカー(錨)を打つ場所の取り合いになることがある。そんな時、アンカー不要の新青丸は、パイプラインの上など、アンカーを打てないために他船が避けざるを得ない海域に悠々と場所を確保することが出来る、それが快感だ、とHさんは本当に楽しそうに話してくれた。
 そんな特殊な推進装置を管理するブリッジ(操舵室)も、宮城丸など、漁船のブリッジとはまったく違う。モニターの画面がずらりと並び、タッチパネル操作で処理する作業も多いらしい。その裏、通常は通信室のあるスペースには、電子部という特別な部門の作業スペースがある。これは、研究者ではなく、船員さんが様々な観測機器の管理(モニター)をしたり、データの一次処理をする部門だ。
 特殊装置と言えば、大きなクレーンやら、32本ものパイプを取り付けられる大型CTD装置(指定した深度で採水したり、海水の塩分・温度などを観測する)が入った格納庫、それらを動かすための制御室などもある。建造費約110億円。これは、隣に泊まっていた16000トンのフェリーとほぼ同額なので、トンあたりの値段は10倍以上ということになる。驚きはするが、当然だとも思う。
 それらの他、研究者が使う研究スペース(船の大きさの割に広い!)や、船員・研究者それぞれの居室など、おそらく新青丸の隅から隅までを1時間あまりで見せてもらった。新造船だというだけでなく、船員さん達の努力もあって、狭いということを別にすればまるでホテルのような美しい船内も印象的だった。
 少なくとも船についても学術についても門外漢で、興味関心だけは並々でない私にとって、それはほとんど「おとぎの国」だ。一度、研究者にレクチャーを受けながら、航海に付いて行ってみたいものだな。
 実は、前々からお願いをして、今月31日に、横須賀で「しんかい6500」と「よこすか」を見せてもらえることになっている。期待は猛烈に高まってきた。