修学旅行(2)・・・充実の自主研修

 2日目は自主研修だった。生徒が班ごとに京都市内をうろうろしている間、教員は何をしているのかなぁ、と思い、夏休みが終わった頃に、某教員にこっそり尋ねてみると、「たぶんフリーになると思うよ」と言われた。私は大喜びしたのだが、まだまだ勝手の分からない学校である。公式見解でもないし、期待過剰は禁物と、表面上ははしゃがないことにしつつ、9月早々、ダメなら行かないだけのことだと、仙洞御所(せんとうごしょ)の見学予約をした。宮内庁の管理施設に申し込みをしたのは初めてである。
 昨年末、家族で京都を訪ねた直後、京都御所の見学に予約が不要になったことを知った。それ以前は、年に何日かの一般公開の時以外は予約が必要だったのだ。御所の他、予約が必要なのは桂離宮修学院離宮、仙洞御所であるが、予約制度が撤廃されたのは御所だけである。ただし、他の3箇所も、限られた数の当日枠というのが設定されたようだった。
 特に桂離宮には一度行ってみたいと思いつつ、3ヶ月以上前から(受け付けは訪問3ヶ月前の月の1日から始まる)訪問の日時を決めて予約をするというのはなかなか困難で、実行できないままに40年近くが過ぎた、ということになる。今回は修学旅行だ。12月8日が自主研修というのは、絶対に動かない予定として私が塩釜高校に赴任する前から決まっている。チャンスだ、と思った。往復葉書ではなく、インターネットによる予約ができるようになったおかげで、心理的なハードルも大きく下がった。にもかかわらず、憧れの桂離宮ではなく、最も知名度で劣る仙洞御所を予約したのは、御所とセットで回りたかったからである。予約したのは、この時間ならフリーになれる可能性が高いと勝手に信じた15:30。
 私が恐れていたのは、第1に、「平居先生は携帯電話を持っていないので、ホテル待機でお願いします」と言われること(笑)、第2に、受け持ちのクラスから病人が出ることだった。幸いにして、どちらの問題も発生せず、私もホテルを離れて市内を歩き回れることになった。午前中に行ってみようかな、と思っていた所に一緒に行ってもいい、と言ってくれた教員が2人いたので、巡回用の貸し切りタクシーでホテルを出た。
 最初に目指したのは、八瀬の瑠璃光院である。春と秋の2回、新緑と紅葉の盛期に1ヶ月ずつだけ拝観を受け付けるというお寺だ。今年の秋の拝観は12月10日まで、と事前に知っていたのである。これも修学旅行でなければ、絶対に訪ねるチャンスがない。拝観料は驚きの2000円。
 瑠璃光院が終わったら、曼殊院、狸谷不動院と歩いて南下するつもりでいたが、タクシーの運転手さんの薦めによって、やはり八瀬の蓮華寺というお寺に寄り道をしたら、それだけで午前中が終わってしまった。
 紅葉の季節はもう終わりだった。葉は2割くらい残っているが、色の鮮やかさが盛期のそれではない。それでも、おかげで、今年「インスタ映え」がすると話題になり、例年になく多くの観光客が訪れたという瑠璃光院も、さほど混雑はしていなかったし、蓮華寺に至っては、ほとんど貸し切り状態で、晩秋の山間風情を楽しむにはよかった。
 曼殊院以下を諦め、錦市場に出る。ここでタクシーを降り、他の2人の教員ともお別れ。
 私が授業に出入りしているクラスについては、「錦市場に行って京野菜なるものを観察し、魚力でハモの天ぷらを食べてこい」とざんざん宣伝した甲斐あって、錦小路を往復しただけで5つのグループに会うことができた。巡回指導の「大義」は果たせたことにしよう。
 京都御所とは、言うまでもなく、明治に東京遷都が行われる前の皇居である。しかし、残念ながら、現在の建物は平安時代から続くものではなく、江戸時代末期に新築されたものである。それでも、皇居としての様式は保存されているだろうし、古典の中に登場する昼御座(ひのおまし)、清涼殿(せいりょうでん)、殿上間(てんじょうのま)といった場所が実際にどのような場所であったのかは、古典を講ずる国語科教員として一度見ておきたい、と思っていた。
 本物の皇居を見たという実感はあったけれども、残念ながら建物に入れる場所は1箇所もなく、殿上間や女御(にょうご)の住んでいた局(つぼね=部屋)は見ることさえできない。現役の建物として日常的に使われているものでもないのだから、もったいぶらないでもっと自由に見せてくれたらいいのに、と思った。
 御所で、隣接する迎賓館が一般公開されていることを知って驚いた。賓客の宿泊に差し支えない所定の日は、受け付けで1000円を払って整理券を買うと入れるという。自由参観の日とガイドツアー方式の日がある。どちらにしても、仙洞御所と同様、事前予約が必要だが、当日用の整理券もあるらしい。12月8日は自由参観による公開日で、私が行った時、まだ整理券は残っていたが、時間の都合が付かなかった。数少ない自由参観の日でもあったので残念だったが、事前に情報を得ていなかった以上は仕方がない。また改めて挑戦しよう。それにしても、仙洞御所のような宮内庁管理の施設は無料で、迎賓館という内閣府管理の施設は有料というのは不思議でもあり、面白くもある。
 仙洞御所は、指定された時間に行くと、最初に10分ほどの解説ビデオを見せられ、その後、案内嬢に導かれての見学ツアーである。自由には歩けない。
 私はうかつにも、後白河院が住んでいた場所だと思っていたのだが、解説によれば、江戸時代初期に作られたものである。あれれ?と思って案内嬢に尋ねてみると、後白河院の仙洞御所は別の場所にあったはずだ、と言う。御所(内裏)だって場所が変わっているのだから、仕方がないかも知れない。その上、江戸時代の仙洞御所も、建物は残っておらず、小堀遠州作の庭だけがある。壁に囲まれた敷地の一角に江戸時代末期に建てられた大宮御所が建っている。
 大宮御所の本殿とも言うべき御常御殿は、形こそ紫宸殿もどきの古風なものだが、障子ではなくガラス張りで、内側にはレースのカーテンが透けて見えている。さほど不自然という感じはしない。大正時代、イギリスの何とか王子(だったか皇太子だったか?)が来日した時、迎賓館として使うために内部を洋式に改装した。以来、12年前に京都迎賓館が完成するまでの間、外国からの賓客の宿泊所として機能していた。現在でも、京都における天皇や皇太子の宿泊所として利用されているらしい。
 折悪しく、ガイドツアーに出発した瞬間から冷たい雨が降り始めた。一気に吹き降りとなり、寒いことこの上ない。みぞれに変わるのではないか?と思ったほどである。通路は狭く、案内嬢の説明を50人で聞くのにも無理があった。のんびりとすれば、さぞかし趣深い名園であろうとは思ったが、寒さとあわただしさとで、それを実感し、感動することはできなかった。駆け足のガイドツアーでしか見学できないとしたら、3ヶ月以上前から予約をして見に行くほどの場所でもないと思ったが、それを知ったことも含めて、いい研修にはなったと思う。生徒もいい研修できたのかな?