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アスペ日記

2013-12-01

「間髪をいれず」が殺された日

最近、マイナビウーマンが「日本語を貧しくしようキャンペーン」を展開しているようです。


じつは読み間違ったことのある漢字1位「貼付」

間違っている読み方が定着していると知らずに使っていた日本語1位「輸入(ゆにゅう)【正】しゅにゅう」


「正しい日本語」ネタはPVが稼げるのでしかたないのでしょうが、日本語が金儲けのネタにされるのを見ると悲しくてなりません。


この中で、見逃せないのは次の部分です。


■番外編:これは明らかな間違いです

・間髪を容れず(かんぱつをいれず)【正】かん、はつをいれず「これだけは知っていた」(26歳男性/学校・教育関連/事務系専門職)

■間髪をいれず(×かんぱつをいれず→○かんはつをいれず)


こういうのは、いい大人が見たらあきれてしまうところです。

「何をバカなことを言っているんだ、『かん、はつをいれず』なんて聞いたことないよ」と。


もちろん、中国語漢文をやっている人であれば、この言い方は中国語の「間不容髮」、すなわち「あいだに髪の毛を入れるすきまもない」というものから来ているので、日本語でも昔は「かん、はつをいれず」だったという知識はあるかもしれません。

でも、実際にそう発音する人はとっくの昔に死に絶えていて、今は誰でも「かんぱつをいれず」と言っているということも、いい大人ならみんな知っているところです。

記事を書いた人間のゴミどもも、そのことを知らないわけはないと思うんですけどね。


どのくらい昔から「かんぱつをいれず」が使われていたかというと、もう100年も前の本にも出てくるほどです。


f:id:takeda25:20131130221722p:image

Google Books「秋田戊辰勤王史談」


非常に見にくいですが、拡大して、右上の「廢刀(はいたう)」や右下の「傍(かたは)ら」と比べると、違うのがわかると思います。


さらに、そのころにはこの「間髪」は一語として認識されていて、「此の間髪の機に乘じ」などのようなものも見られます。


f:id:takeda25:20131130221723p:image

Google Books「世界大戦史: 一九一四年. 後篇」


そういうわけで、100年前にはすでに一語となっていた「間髪」ですが、その後単独での用法はすたれたものの、「すかさず」という意味での「カンパツをいれず」は残りました。

国語辞典などは保守的なものが多いので、「『カン、ハツをいれず』が正しい」と書かれていたりしたのですが、もちろん人は国語辞典を読みながら話すわけではないので、国語辞典と話し言葉の間にずれがあるまま、共存状態が続いていたわけです。


しかしそれは、薄っぺらい知識で「正しい日本語オナニー」を始める輩が出てくるまでのことでした。

上に挙げたマイナビウーマンの二つの記事は、それだけでは影響力は限られていますが、すでに2chまとめサイトに波及して、手がつけられないほど拡散しています。

こうやって「『カン、ハツをいれず』が正しい」というミームが広がってしまうと、もうどうしようもありません。


「『カン、ハツをいれず』が正しい」というミームが広がると、何が問題なのか。

それは、「間髪をいれず」という言い回し自体が死んでしまうからです。


人は、聞いたことのない言葉を書くことはできても、話すことはなかなかできません。

頭の弱い人が「そうか、『カン、ハツをいれず』が正しいんだ」と思ったとしても、明日から「そこで、カン、ハツをいれずこう言ってやったんだよ」のように言うということはなかなかできません。

そんな風にしゃべると、そもそも通じないですから。

聞く側に「昔は『カン、ハツをいれず』だった」という知識があれば、3 秒ぐらいたってから理解できるかもしれないですが、私なら「え、今の何? カン、ハツをいれずって言った? ごめん、面白いからもう一回言ってみて(笑)」と返してしまいそうです。


こうなると、「カンパツをいれず」が間違っていると言われる一方で「カン、ハツをいれず」と言うこともできないので、話し言葉からだんだんと消えていくことになります。

文章の上では、上の記事を書いたような輩が「間髪(かんはつ)をいれず」なんて書きながら「正しい日本語書くのギンモヂイイイイイィィィィィィ」とオナニーにふけるのがしばらく続くかもしれないですが、話し言葉から消えてしまえば、見せつける相手もいなくなるのでオナニーもおしまいです。

言語純粋主義者からしたら、「間違った日本語なんて消えてもかまわない」というところかもしれないですが、これまで実際に話されてきた生きた日本語を愛してきた自分としては、とてもそういうふうには思えません。

今後「『カンパツをいれず』は間違っている」ミームが増えるようなら別の言い方をせざるを得なくなりますが、「間髪をいれず」が殺されたという恨みはずっと持ち続けると思います。


しかし、こういうことはこれが初めてではありません。

ネット以前の時代ですが、「的を得」が血祭りに上げられたときのことをよく覚えています。


そのころ、話し言葉ではみんな「マトオエタことを言う」というように言っていた*1のに、どこかのバカが「『的を得る』というのは理屈に合わない」とか「伝統的ではない」とか言い出して、実質的に「的を得る」が禁止されてしまいました*2

まあ、今となっては「みんな『マトオエタ』と言っていた」という証拠なんてない*3ですが、少なくとも私の実感としては「マトオエタ」「マトオイタ」のどちらが正しいのか迷ったということはなく、「マトオエタ」が一方的に禁止されたというものです。

それ以来、私は「マトオエタ」とも「マトオイタ」とも言っていません。前者を言えば、知ったかぶりのバカにくだらないことを言われるのが目に見えてますし、かといって誰からも聞いたことのない後者を使う気にもなれません。

そういうときには適当に言い換えていますが、語彙からひとつの単語が「消された」恨みは今でも残っています。


こうした「言語純化」みたいなものは、多くの場合は失敗して単純に言語が貧しくなるだけで終わりますが、「重複」は最近純化が成功して、チョウフクが主流になりつつあるようです*4

この場合は、ジュウフクが一般的だったものの、チョウフク派も少し生き残っていたからですね。

ちなみに、平成15年文化庁の調査では「じゅうふく」が76%だったので、この10年で「じゅうふく」の言葉狩りが進んだということのようです。


しかし、成功したからといって、良くなったことは何一つありません。

中国語では「重い」という意味と「重なる」という意味で発音が違うのですが、日本語のジュウ・チョウはただの呉音と漢音の違いなので、「重箱」「五重塔」は重ねるのにジュウだったり、「貴重」「尊重」は「重要」という意味なのにチョウだったりと、法則がありません。

法則がない中で、「重複」という一語をジュウフクと読もうがチョウフクと読もうが、どうでもいい話です。

ちなみに今後は、「依存」「既存」「共存」などのイゾンキゾンキョウゾンという読みに対する言葉狩りが進むんじゃないかと思っています。

私は今はまだそれらを使っているのですが、これもいつ知ったかぶり野郎どもに「間違った読み」扱いされるかと不安です。


ところで、「間髪を『いれず』」の漢字ですが、「容れず」と書くこともできますし、「入れず」と書くこともできます。

前者は中国語的な書き方で、後者は日本語的な書き方というだけのことで、昔からどちらもあります。


日本語が中国語と肩を並べるれっきとしたひとつの言語だという考え方は、今でこそ当たり前ですが、120年ほど前に日本初の近代的国語辞典といわれる「言海」ができた時代にも、そうした考え方はまったく一般的ではありませんでした。

「言海」の序文漢文で書かれていますが、これは「俗な言葉」である日本語の辞書を出版するにあたって、「正しい言葉」である漢文による権威付けが必要だったからですね。


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その後、日本語がまともな言語であるという考え方はだんだんと受け入れられるようになったものの、漢文の呪縛から脱するようなはっきりしたイベントがあったわけではないので、「間髪をいれず」のように、「漢文の理屈では…」のようなことを言う輩が絶えないわけです。

そんなに中国様が好きなら、中国帰化したらいいと思うんですけどね。中国語ではちゃんと「間不容髮」と言っていて、(彼らの目には)愚かな夷狄の国である日本みたいに、たとえば「不容間髮」とか「間不髮」とか間違った言い方はしないので、オナニー野郎が身につけてひけらかすにはぴったりだと思います。


ところで、最近「アスペ日記」というタイトルに絡めたコメントをされることが時々あります。

そういうのを見ると、「アスペ*5」というものに変なイメージを持った人が多い気がします。

辞書を暗記したり、現実から離れた言語を使っていたりとかしているように思われていそうです。


でも、実際のところは、アスペというのは「権威に従う」「雰囲気を読む」といった人間的な能力が欠けているだけです。

「間髪をいれず」の例のように、国語辞典といった権威にへつらって、自分や父母や祖父母が使ってきた言葉を否定したり、「重複」の例のように、「みんなこっちが正しいって言ってる」という雰囲気を読んで、それまで多くの人が使ってきた読み方を間違っていると言ったり、そういう人間的な、あまりに人間的な営みを見るにつけ、とてもアスペにはついていけない*6と思わざるを得ません。


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*1:書き言葉では両方ありました。

*2:今でも、国語に関する調査とか称して、「的を得る」狩りは続いているようです。

*3:「間髪をいれず」も、誰かがデータを取っておかないと、みんな「カンパツをいれず」と言っていたということも忘れ去られそうです。

*4:私も、昔はみんなと同じようにジュウフクと読んでいたのですが、時流に乗ってチョウフクに乗り換えました。

*5アスペルガー症候群という診断名はなくなるという話ですが、実態が変わるわけではないので、気に入らなければ適当な新しい名前に読み替えてください。

*6:といっても、「重複」のように仕方なく追随したりするのですが。

k25ok25o 2013/12/01 15:26 「地元では有名」くらいの"自称進学校"に行くと辞書至上主義者ばっかりだよ。高校の時周りにこういうのがいっぱいいて嫌になった

jesusisinusjesusisinus 2013/12/01 16:28 ↑試験絡みだと仕方ないだろうなw
面白く読ませてもらったが、しかし数十年後には「○○円からお預かりします」みたいなのも、正しい日本語になってしまう可能性があると思うと怖いね(苦笑)

13858636611385863661 2013/12/01 17:55 その理屈で行くと、そもそも「かん、はつ」が「かんぱつ」になって普及する事は無かったんじゃないのか?

sensuisensui 2013/12/01 18:25 マトヲイルは普通に使うけどなぁ
間髪に関しては同意

通りすがり通りすがり 2013/12/01 19:26 こんな言葉の歴史や定義でグダグダ言っている間にも
新しい日本語がまたどこかで生まれているでしょう
言語って面白いですね

kikutankikutan 2013/12/01 19:53 日本語の発音の規則に則れば「かんぱつ」になるんですけどね。
それは正しくないのかね。

kikutankikutan 2013/12/01 19:53 日本語の発音の規則に則れば「かんぱつ」になるんですけどね。
それは正しくないのかね。

あsdあsd 2013/12/01 23:11 >私は今はまだそれらを使っているのですが、これもいつ知ったかぶり野郎どもに「間違った読み」扱いされるかと不安です。

人からどう思われるかに主な関心を持っている時点でそれまでだと思います。
「生きた日本語が好き」なら自信を持って、百姓読みでもすればいいじゃないですか。
こんなところで「オナニーだ!」なんて指弾しても、あなたの見ている世界は来ませんよ。

sachiyohohosachiyohoho 2013/12/02 01:17 長い。
依存心=いそんしん
についても、明快に言ってくだされば共感します。
長い文章は無理です。ごめんなさい。

SijiSiji 2013/12/02 06:02 ( ・∀・)つ〃∩ ヘェーヘェーヘェーヘェーヘェーなるほど。

ハタハタ 2013/12/02 07:28 ら抜き言葉を糾弾する人たちも気になる
方言では昔から使われているけど、標準語じゃないから仕方ないのか

あ 2013/12/02 09:18 「アスペ」という語を、正確な知識もない状態で罵倒、嘲笑するために用いている人びとは、
明らかな間違いを指摘することでさえ「正しい精神医学オナニー」と感じる場合があるようですよ。

メンヘル、キチガイ、サイコパスなんかも似たようなものだと思いますが。

小野真都屁小野真都屁 2013/12/02 09:46 どこの言語もそうだけど、その国の人のその時代の使い勝手だけで判断したらまずいだろ。
外国人も使うし、当然今使っている人が書物を残したら後世の人も読む。同じ単語なのに意味が変遷してたら書き手&話し手の真意は伝わらないし、会話や本としての役割を損なう可能性が出てくる。そもそも言語の役割は何かを伝えあうこと。
定義が一定だからこそ齟齬もなく正確に理解できるのに、かたやA、かたやBと解釈したりしてたら話しにならんよね。だから辞書を拠り所にするのは当たり前。サイト主のように話し手個人を拠り所にするのは危うすぎる。
昔の文章の画像あるけど、それって書き手の知識程度が反映されてるだけで、その時代の一般的な読み方かどうかなんて未来の自分らには判断しようがないんじゃないかな?
それこそ、その時代の捉え方(読み方・扱われ方など)はその時代の辞書に編纂されてるだろうからそれを基準に考えるといいと思う。

nanashinanashi 2013/12/02 09:49 25年ぐらいまえは「重複」→「ちょうふく」が主流でその5年後ぐらいから「ジュウフクも可」と言う風潮を耳にした記憶 個人としては「かさなり」に意味を持つのは「ちょう」音で「重さ・加重」に意味を持つ物には「じゅう」を意識したりする

u-mu-m 2013/12/02 11:06 明らかに間違った使い方が目立ってきたら改めさせる働きかけというのは必要でしょうね。それでも尚留まらずに置き換わってしまったら時代とともに変わるのだと結果を受け入れれば良い。「治具(じぐ)」ではなく「冶具(やぐ)」だなんて言ってもそんなの使っている人はもう居ません。英語のjigkitと迎合して落ち着いたという面もあるのでしょう。使っている人がほぼ99%以上なものを無理に改めさせる必要は無いと思います。

しかしながら、携帯電話などの電池残量低下を「充電がなくなった」「充電が切れた」という言い回しをする若者が増えていますが充電回路を設計する側からすると「充電が切れる」というのは補充電動作が満充電になったため過充電破壊させないために回路を遮断して充電動作を停止させた(充電完了した)ことを指します。一緒にされると全く反対の意味ですから非常に困ります。充電と放電は意味が逆ですから。こういうものこそ指摘をするべき。

明らかに従来の用法と間違ったものが目立ってきたら年寄りが直させる働きをする。そんなものは知るかと若者が新しい言い回しを主流にする。せめぎあいが途中に必要なのです。右派と左派によるバランス取りのプロセスを飛ばして片方に無理矢理着地させようとするのは良くない。

aaaa 2013/12/02 13:24 正しい言い方しても間違った言い方しても人様に「ん?」って思わせ得る単語になるわけだし
ドラマや舞台演劇や講演や会議や
様々な所で使いにくくなるだろうな

K2K2 2013/12/02 17:51 辞書が言葉を規定するわけではなく、話者間の緩やかな規定を明文化したのが辞書ですよね。
ユーザーにつれて言葉が変化するのは時代の常なので変化そのものは仕方ないにしても、由来の原理主義者が少なくなることを願っています。
ところで、「全然+否定語」と言う用法は今は主流ですが、古語までさかのぼると「全然+肯定表現」が普通だった時代もあるようです。メディアや若者の口語で「全然大丈夫」などと言われると私は違和感を覚えます。真鍋さんはどうお考えでしょうか。もしすでにふれていたら申し訳ありません。

the_alias_menthe_alias_men 2013/12/02 21:14 『あたら-しい(新しい)』を『あらた-しい』って言うのが正しい日本語だよな(by平安時代初期の日本人)。
まあ正しい日本語を使うにしても『意味を間違えて使う』のと『発音しやすく変化させる』のとは全く意味が違うけどな。

takeda25takeda25 2013/12/02 22:08 >K2さん
私も「全然大丈夫」のようなものは口語だという感覚があります。
話し言葉では使いますが、書き言葉では使わないですね。
その感覚は、現代の日本語話者にとってはかなり普遍的なものではないでしょうか。

私が嫌いなのは、自分の持っている言語感覚を否定して、辞書やら古語やらに従うような態度です。
「自分がこう感じる」というのに、外部の権威を持ち出す必要はないですよね。

あ 2013/12/02 23:11 辞書より自分の言語的直感みたいなのを優先できるってのは、言語的知能みたいなのが優れていて、言語について場合によっては辞書の著者以上の知識があるひとに許された特権なんじゃ。
自分は母語である日本語ですら十分に適切に使える自信がないのもあって、とりあえずは辞書に従う。
今回の間髪を入れずみたいなのについては考えの対立があるってのをぼんやりとでも覚えておくようにするくらいしかない。

はじめまして。はじめまして。 2013/12/03 14:43 記事の内容は私も似たようなことを考えたことはありますが、自分の主張の際に相手のことをバカなどと表記するのは賢くないと思いますよ。
勿体無いです。


>「正しい日本語」ネタはPVが稼げるのでしかたないのでしょうが、日本語が金儲けのネタにされるのを見ると悲しくてなりません。

私もこの記事を読んで同じことを感じました。

tottot 2013/12/04 22:17 じゅうふくなんて、私の周りではこの40年聞いたこと無いんだよな

まーまー 2013/12/06 05:09 30年以上「じゅうふく」派ですね私は。

確信犯確信犯 2014/06/05 01:31 「かんぱついれず」は誤りだ!という記事を見て
そうだったんだ!今度からちゃんと「かん、はつを容れず」と言うことにしよう!
なんて人が多いと思ってんのかな?
大半の人はあなたがこんな“オナニー記事”を書かなくても、そこんところちゃんと分かってるよ

んままんまま 2016/05/23 18:04 文意全体には賛同しますが、「的を得る」はそもそも存在しない言葉であり、明らかな誤用ですよ。
もう少し冷静になってほしいと思いました。

んままんまま 2016/05/23 18:05 辞書引いてね

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