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余談で話す

今年度は,前期の講義でも後期の講義でも,90分の授業の中で,開始30分後ごろと60分後ごろに,1回につき3〜5分程度の余談を話しています.余談といっても,スライドを作り,話す内容を入念に準備した上でのことです.言わば「気合いを入れて用意した余談」です.
昨日の授業で,例の問いを取り上げました.以下はそのスライドとスピーチ案です.
「それではいつもの余談です.

先月,ネット上でちょっと賑わった,小学校の算数の問題があります.
問題文としては,「さらが 5まい あります.1さらに りんごが 3こずつ のって います.りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう.」と書かれています.文章題ですね.「何」だけ漢字というところからすると,小学校2年生の問題のようです.
「しき」と「こたえ」を書く欄があって,ある子が,式に「5×3=15」,答えに「15こ」と書いたのでしょう.答えのほうはマルなのですが,式のほうは大きくバツがついていて,「3×5=15」と添えられています.
ネットではこの画像,「マルにせよ」の声が多数です.さてどうしましょう.

出題意図はですね,“「1つ分の大きさ」×「いくつ分」=「全体の大きさ」”というのを使って,式を立てる問題だということです.そして「5×3=15」と書いたらバツにするという意図も見えます.図にしてみました.
まずオレンジ色の丸は,“「1つ分の大きさ」が(1皿あたり)3個,「いくつ分」が5枚なので,「しき」は「3×5=15」”ということです.
次に青緑の丸はですね,“かけ算で求められるので,問題文から「5」と「3」を順に取り出し,「しき」は「5×3=15」”とみなされます.なるほどこれは,式にして式にあらずですね.
あとまあ灰色として,他の誤答や白紙答案も書いておきます.ここはそんなに重要じゃありません.
というそんな状況に対して,別解が現れます.

この水色の丸のような考え方です.この段階では,線で結んではいません.
どういうことかというと,“皿に順にりんごを配るのをイメージすると”…分かりにくいですか.まずお皿を5枚,用意します(手で大きな丸を5つ描く).次にですね,りんごを,まず1個ずつ,それぞれのお皿に乗せます(描いた「皿」それぞれの上に,小さな丸を描く).2回目(同),3回目(同)と配っていけば.「さらが 5まい」で「1さらに りんごが 3こずつ」という状態になります.ちなみにこれは,皿にりんごを乗せていくと言うより,トランプで,カードを参加者に順に配っていくのを想像するのがいいでしょう.「トランプ配り」と呼ぶ人もいます.
吹き出しに戻ると,これで,“「1つ分の大きさ」が(1回で配る)5個,「いくつ分」が3回なので,「しき」は「5×3=15」”ということです.なるほど,うまい考え方です.
とはいうものの,この水色の答案を,マルにするかバツにするかは,ちょっと考えないといけません.

正解・不正解の線引きの仕方のひとつは,こうです.
水色の求め方といっても,青緑の誤答と,「式」として書くのはまったく同じです.限られた回答欄,そして先生の採点なんて一瞬でしますのでね,そういう意図が伝わらず,バツになってしまう.これが線引きのしかたの一つです.

また別の線引きができます.水色の考え方は,“「1つ分の大きさ」×「いくつ分」=「全体の大きさ」”という式の立て方として合っているのだから,正解とすべきだ,そしてだから,青緑のも同様に正解とすべきだ,という主張です*1

それでどう線引きをすべきかなのですが,ちょっと大人の論理を入れて,もう一つの別解を与えることにします.この赤丸です.
吹き出しに書いたとおりです.オレンジの丸も青色の丸も,式の立て方としては正しいのですが,2つを比較してみると,青丸のほうは青緑の丸と誤解される可能性がある,それに対してオレンジ色の丸は,そういう勘違いをされる余地がない*2,というところまで考えて,オレンジ色のほうを選んで,式は「3×5=15」とします.
この丸と線の構造は,離散数学の授業で学びましたか? ハッセ図ですね.そして,ちゃんと順序関係を入れれば,束となります.オレンジ色と水色の丸の間には,どちらが上位かという関係はありませんので,半順序集合とも言えます.

この別解に基づいて,線を引くと,こうなります.ここで1点,重要な限定が必要です.あなたは採点する側ではなく,解く側であるということ,言い換えると,答案を先生に差し出す側と仮定して,どう書けばマルになり,どう書けばバツになるかを,イメージするのです.
そうすると,さっきの線引き1,線引き2の2種類が考えられますが,マルをもらう可能性を少しでも高めるなら,オレンジか赤の丸の解法をとればよいとなります.
より厳密には,コスト最小で正解にたどり着くならオレンジ,きちっと考え抜いた上で正解を求めるのなら赤です.
しかしそれにしても,赤で答えた場合,水色や青緑のような考え方をいちいちしないといけないのか,答えに現れないのだから面倒なだけじゃないか…と思ったとしたら,2つアドバイスができます.低コストで正解が出てくる,オレンジ色の解き方に習熟すればいいのです.もう一つは,これまた大人の論理ですが,大学生活というのは,試験もそうだし,研究もそうだし,そもそも受験のころから,たくさんある正解の可能性の中で,いろいろな制約をもとに一つに絞って答案やレポート,論文*3として,形にするというのが日常当たり前なのです.
小学校の算数の問題でも,こういう視点で考えると,我々の問題解決に役立つなあと考えまして,本日の余談とした次第です.

まとめです.この問いに対して,正解とすべきだとする主張の何割かが,「かけ算には交換法則がある」というのを根拠にしています.積の可換性とか可換律とも言います.算数・数学の重要な性質ですが,この問題は,交換法則を一切考えずに議論できます.青丸のいわゆるトランプ配りも,交換法則に由来していないのです.「5×3と3×5は一緒じゃないか」という見方は,表面的な見方でしかありません.「本質」をつかみましょう.
と言いたいのですが,世の中の問題に対して「本質」は,解こうとする人それぞれだというのも,よくあることです.私なりに思う,この問題の本質は,あるセッティング*4と限られたスペースの中でどうやって,正解と認めてもらえる答案を書けばよいかということになります.強調しておきますが,この考え方は,算数とか授業とかいうよりも,研究者として論文を書いているときにしょっちゅう発生する,問題意識なのです.
プログラミングとしては,こういうアドバイスもできそうです.正解だけでなく,間違いにも目を向けてみましょう.正解になる振る舞いは正常系と言います.間違いになる振る舞いは異常系と言います.正解のものは正解として扱い,正解でないものが来たときには…例えば不正な入力なんかがあったときに…きちっと「おかしい」と検出して,正解とは別の処理にすること.そういうのの確認作業は,ソフトウェアテストという開発工程の一つと,密接な関係があります.
現実世界では,青色の丸の解き方のように,これは正常系なのかそれとも異常系とすべきか,判断の難しいところがあります.しかしきちっと方針を定めて,毅然とした対応ができるよう,あらかじめ設計をすることで,「システム」は万全になるのです.

補足

ベースは正解・不正解の線引きです.まったく新しい情報がないのかというとそうでもなく,この問題に対する積の可換性の貢献(この点の初出は多次元配列の要素数・再考の「脱線して」から始まる段落です)を,取り入れています.
実際の授業では,「もう一つの別解」のスライドを出す前に,「続きは2回目の余談でお話ししましょう」と言いました.室内から,ちょっと,どよめきの声がありました.
最後の段落は,教育の言葉にすると「学ぶ側は教える側のことを考え,教える側は学ぶ側のことを考えよ」です.といっても特に有名な格言というわけではなく,今思いついたのでした.高校の柔道部でだったか,「稽古は試合のように,試合は稽古のように」と教わったのを,思い出します.
あと当雑記の発言録ではいつものことですが,上記の通りにしゃべったというわけではなく,こういうスピーチ案を作った上で授業でしゃべったというのでもなく,それなりに準備して聞き手の前でしゃべり,あとで復元しながら,言うべきだったことを付け加えています.

*1:余談の上の余談ですが,灰色の丸は,このスライドで,正解・不正解の線引きを示すために,必要となっています.

*2:気になった方は,「×」から学んだことの「Q: 問題の画像から,あなたは何を読み取りましたか?」に対する答えをご確認ください.

*3:小学校教育を専門とせず,「丸にせよ」と主張する研究者の方へ:自分はこれがベストの表現・構成と思っても,校閲者(指導者)や査読者の指示に従って書き直した経験はありませんか? 査読に通ることや,出版後により多くの読者に理解してもらえることを念頭に置いて,表現・構成を,ふだんから考えているのではありませんか?

*4:「暗黙の了解事項」と書く方がいいのかな.もちろん,これが違う(統一・明確化されていない)点が,論争となった原因の一つなのですが.