わさっきhb

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学習指導要領で,かけ算をどのように意味づけているか

(2013-11-23 追記)

このエントリが,学習指導要領ではかけ算の順序を規定していないという趣旨の根拠として参照されているらしいことに,困惑を覚えます.小学校学習指導要領および同解説では,被乗数と乗数の区別を図った学習内容の組み立てが要請されています.2013年10月にWikipedia:かけ算の順序問題の編集に携わり,「学習指導要領・学習指導要領解説の記述」の節を書き換えましたので,ご確認ください.編集のいきさつは,初めてのWikipedia編集―かけ算の順序問題にまとめています.

*2:言い訳:時間が足りませんでした.そのうち本エントリに追加するか,別の日に取り上げます.分かっていることを手短に書いておくと,×0の計算については第3学年で,分数や小数の乗算については第4学年と第5学年に分けて取り上げられており,引用で書かれている疑念については解消されています.

かけ算をどのように意味づけるか

別エントリにしました.
学習指導要領を読むには,学習指導要領「生きる力」:文部科学省を起点とします.「小学校:平成23年4月〜」とあります*1.そこから,

  1. 新学習指導要領(本文、解説、資料等)
  2. 小学校学習指導要領(ポイント、本文、解説等)
  3. 小学校学習指導要領解説
  4. 算数(2)第3章〜第4章 (PDF:502KB)

の順にリンクを選ぶと,これまで参照してきたPDFファイルに行き着きます.ハッシュ値で比較したところでは,最初に取り上げたときから,ファイル内容に変更はなさそうです.
この文書で,かけ算(乗算,乗法)の指導が現れる箇所を列挙します.なお,ページ番号は,先頭がp.1ではなく,ファイルの各ページ下段に書かれているノンブルから記載しています.また,箱囲み部分は,小学校学習指導要領(「解説」のつかない文書)からの引用ですので無視します.

  • 第2学年
    • p.81: 一つの数をほかの数の積としてみること
      • アレイ図,『2×6または6×2』『3×4または4×3』
    • p.87: 乗法が用いられる場合とその意味
      • 『一つ分の大きさが決まっているときに,その幾つ分かに当たる大きさを求める』
      • 『累加の簡潔な表現』
      • 『一つの大きさの何倍かに当たる大きさを求める』
    • p.87: 乗法に関して成り立つ性質
      • 『乗数が1増えれば積は被乗数分だけ増える』
      • 『乗法についての交換法則』
    • p.87: 乗法九九
    • p.88: 簡単な場合の2位数と1位数との乗法
      • 『12程度までの2位数と1位数との乗法』
    • p.88: 乗法九九の表を構成したり観察したりして,計算の性質やきまりを見付ける活動
    • p.98: 乗法の式
      • 『乗法が用いられる具体的な場面を,×の記号を用いた式に表したり,その式を具体的な場面に即して読み取ったり,式を読み取って図や具体物を用いて表したりする』
      • 『乗法の式から場面や問題をつくる』
  • 第3学年
    • p.102: 数の相対的な大きさ
      • 『800は百を単位にすると8とみられることから,800×5は百を単位にすると8×5』
    • p.106: 乗法の計算の仕方
      • 『2位数や3位数に1位数や2位数をかける乗法の計算』
    • p.107: 乗法の計算が確実にでき,用いること
      • 『乗数や被乗数が人数や個数などの簡単な場合』
      • 『除法の逆としての乗法の問題』
      • 『乗数又は被乗数が0の場合の計算』
      • 『簡単な計算は暗算でできるよう配慮』
    • p.108: 乗法に関して成り立つ性質
      • 『乗法の交換法則や結合法則
      • 『a×(b±1)=a×b±a』
      • 『a×(b±c)=a×b±a×cという分配法則の式』
    • p.108: 言葉,数,式,図を用いたりして考え,説明する活動
      • 『23×4』
    • p.110: 除法と乗法,減法の関係
      • 『包含除は3×□=12の□を求める場合であり,等分除は,□×3=12の□を求める場合』
      • 『13÷4は4×□や□×4が13以下で13に近くなるときの整数□とそのときの余りを求めること』
    • p.128: 式と図の関連付け
      • 3×4とアレイ図
  • 第4学年
    • p.135: 四則計算の結果の見積り
      • 『和,差,積,商を概数で見積もる』
      • 『積,商の見積りは,除数が2位数の除法における商の見当を付ける場面において重要な役割を担う』
    • p.135: 目的に応じて計算の結果の見積りをし,計算の仕方や結果について適切に判断する活動
      • 『遠足の費用一人分が198円のとき,97人分で何円になるか…200の100倍から,およそ20000円』
    • p.137: 除法の計算を用いること
      • 『「もとにする量」,「比べる量」から「倍」を求める』
      • 『「比べる量」,「倍」から「もとにする量」を求める』
    • p.138: 被除数,除数,商及び余りの間の関係
      • 『(被除数)=(除数)×(商)+(余り)』
    • p.138: 除法について成り立つ性質
      • 『(a×m)÷(b×m)=c』
      • 『(a÷m)÷(b÷m)=c』
    • p.142: 乗数や除数が整数の場合の小数の乗法,除法
      • 『0.1×3ならば,0.1+0.1+0.1の意味』
      • 『1.2×4』
      • 『31.6÷4』
    • p.147: 正方形,長方形の面積の求め方
      • 『(長方形の面積)=(縦)×(横)(もしくは(横)×(縦))』
      • 『長方形の辺の長さが2倍や3倍になるときの面積の変化』
    • p.158: 四則の混合した式や( )を用いた式
      • 『乗法,除法を加法,減法より先に計算』
    • p.158: 公式
      • 『(長方形の面積)=(縦)×(横)の公式を導いていくような一般化の考え』
    • p.159: □,△などを用いた式
      • 『正方形の一辺の長さと周の長さの間の関係を□×4=△と一般的に表す』
    • p.160: 交換法則,結合法則,分配法則
  • 第5学年
    • p.164: 約数,倍数
    • p.165: 10 倍,100倍,\frac{1}{10}\frac{1}{100}などの大きさ
    • p.166: 小数の乗法,除法の意味
      • 『80×2.5』
      • 『数直線を用いることによって乗数Pが1より小さい場合,積は被乗数Bより小さくなることも説明できる』
    • p.167: 小数の乗法,除法の計算
      • 『12×4.3の計算』
      • 『12×0.43の計算』
    • p.168: 小数の乗法,除法に関して成り立つ性質
      • 『整数の乗法及び除法に関して成り立つ関係や法則が,小数の場合でも成り立つことを確かめる』
    • p.169: 小数についての計算の意味や計算の仕方を,言葉,数,式,図,数直線を用いて考え,説明する活動
      • 『120×2.5』
    • p.171: 同じ大きさを表す分数
      • \frac{2}{3}\frac{2\times 2}{3\times 2}\frac{4}{6}
    • p.172: 分数の相等と大小
      • 『通分』
    • p.172: 異分母の分数の加法,減法
      • \frac{1}{2}+\frac{1}{3}
    • p.172: 分数の乗法,除法
      • 『(分数)×(整数)』
    • p.173: 三角形,平行四辺形,ひし形及び台形の面積の求め方
      • 『高さを固定した平行四辺形や三角形について,底辺の長さが2倍や3倍になるときの面積の変化』
      • 『長さが小数の場合の面積』
    • p.177: 立方体及び直方体の体積の求め方
      • 『(直方体の体積)=(縦)×(横)×(高さ)』
      • 『縦と横の長さを固定した直方体について,高さが2倍,3倍,4倍,…になるときの体積の変化を考えさせる』
    • p.179: 異種の二つの量の割合
      • 『人口を2倍,3倍,4倍,…にしたとき面積も2倍,3倍,4倍,…すれば混み具合が変わらない』
    • p.184: 三角形の三つの角の大きさの和が180°になることを帰納的に考え,説明する活動。四角形の四つの角の大きさの和が360°になることを演繹的に考え,説明する活動
      • 『四角形の四つの角の大きさの和…180°の2倍から360°』
    • p.187: 簡単な場合の比例の関係
      • 『表を用いて,一方が2倍,3倍,4倍,…になれば,それに伴って他方も2倍,3倍,4倍,…になる二つの数量の関係』
      • 『横の長さが2倍,3倍,4倍,…になれば,面積も2倍,3倍,4倍,…になる』
    • p.188: 数量の関係を表す式
      • 『□=2×△』
      • 『□=3×△+1』
      • 『公式などの表している関係が,整数のみならず小数も含めて用いられる』
  • 第6学年
    • p.193: 乗数や除数が分数の場合の乗法,除法の意味
    • p.193: 分数の乗法及び除法の計算
      • \frac{2}{5}÷\frac{3}{4}\frac{2}{5}×\frac{4}{3}
      • 『整数や小数の乗法や除法を分数の場合の計算にまとめる』
    • p.194: 分数の乗法及び除法の計算の性質
    • p.194: 分数についての計算の意味や計算の仕方を,言葉,数,式,図,数直線を用いて考え,説明する活動
      • 『1mの重さ×棒の長さ=棒の重さ』
      • \frac{3}{4}÷2×3』
      • 『具体的な棒を見ながら,\frac{2}{3}mに当たる重さの求め方を説明』
    • p.196: 円の面積
      • 『(円の面積)=(平行四辺形の面積)=(円周)÷2×(半径)』
      • 『(円周)=(直径)×(円周率)』
      • 『(円の面積)=(直径)×(円周率)÷2×(半径)=(半径)×(半径)×(円周率)』
    • p.198: 角柱及び円柱の体積の求め方
      • 『(角柱や円柱の体積)=(底面積)×(高さ)』
    • p.199: 速さ
      • 『速さと時間から長さを求めることもできる』
    • p.206: 比例の式,表,グラフ
      • 『二つの数量の一方がm倍になれば,それと対応する他方の数量はm倍というようになる』
      • 『y=k×x』
    • p.208: 反比例
      • 『一方の量が2倍,3倍,4倍,…と変化するのに伴って,他方の数量は,\frac{1}{2}\frac{1}{3}\frac{1}{4},…と変化し,一方が,\frac{1}{2}\frac{1}{3}\frac{1}{4},…と変化するのに伴って,他方は,2倍,3倍,4倍,…と変化する』
      • 『二つの数量の一方がm倍になれば,それと対応する他方の数量は\frac{1}{m}倍になる』
      • 『二つの数量の対応している値の積に着目すると,それがどこも一定になっている』
    • p.208: 身の回りから,比例の関係にある二つの数量を見付けたり,比例の関係を用いて問題を解決したりする活動
      • 『たくさんの紙の枚数を調べる場面』
      • 『巻いてある針金の長さを調べる場面』

通して読んで,気になったことを.

  • そろばんは第3学年と第4学年で現れるが,その中ではかけ算の指導はない.
  • 『また,整数において成り立つ性質が,これまでに指導した小数の計算に関しても成り立つことを確かめられるようにする。』(p.160) *2
  • 百分率と歩合(割など)は第5学年(p.188).
  • 10cmは1dmと表記しない(p.200).

1972年に遠山氏が問題提起した件を,チェックしてみます.

  • 『“かけ算はたし算のくりかえしだ”という定義』…上記の「p.87: 乗法が用いられる場合とその意味」で抜き出した3項目について,解説内では,「つまり」「また」という接続詞で結ばれており,いずれもかけ算の意味であると解釈できます.それと,「定義」という言葉を使わないようにしているようです*3
  • 『4×1とか4×0とかいうかけ算がでてくると,どまどってしまう』…0を乗数とする積については,p.107に現れます.1を乗数とする積への配慮は見られませんでしたが,図で考えることにより,4×1=4であって4×1=4+4ではないとなるのでしょう.
  • 『×分数,×小数がでてくるとき』…次のように,学年で分けて扱っています.
    • 小数×整数: 第4学年 p.142*4
    • 整数×小数,小数×小数: 第5学年 p.167
    • 分数×整数: 第5学年 p.172
    • 整数×分数,分数×分数: 第6学年 p.193
  • 『2×3の答えはいくつか』…2+2+2=6のみとするようです.具体物を使った式で被乗数と乗数が交換可能とするのは,アレイ図(p.81)だけです.小数や分数がからんだ乗算や交換法則の出現箇所に注意すると,交換法則の適用は抑制的であるようです.
  • 布地の問題…線密度を使った乗算と同型です.p.195に類題が見られます.
  • 『質量=密度×体積』…この意味の密度が,小学校の算数・理科で出現しないのは,式に単位を書かせるべきか(1)を書くにあたり調査済です.『(速さ)=(長さ)÷(時間)』はp.199に記載がありますが,それを変形した「長さ=速さ×時間」「時間=速さ÷速さ」については明記されておらず,公式扱いにはしていないようです.

 ○ ○ ○
遠山氏の記事と,学習指導要領解説をつき合わせると,かけ算の順序は「注意を払うべきだ」と言っていいでしょう.「明確に,ある」ではありません.あとは個別の問題,言い換えると文章題において,式も答えとして要求されるときに,子どもが,どのように考えて答えを導き,マルをもらえる(子ども本人と,その外の者から見て,「理解した」「習得した」と判断できる)ようにすべきかが課題となります.小学校の教師(指導者 兼 評価者)は自身の指導経験や学校内外のネットワークに基づき行動しているわけですし,そうでない者も自分の範囲内で,子どもに関わるということになります.
それらの知識や経験は流動的であり*5,したがって,かけ算の順序をめぐる論争はまだまだ続くことになりそうです.
当エントリをご覧いただきました皆様方におかれましては,違和感のある情報に出会ったとき,ご自身の知識や直感のみで憤ることなく,関連情報の調査や,過去・未来に思いをはせること,また対象やそれを少し変えてみたものを文字・数式・図表・プログラムコードなどで表現し比較してみることを,ご提案させていただきたいと思います.

*1:なのですが,http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/1304385.htmにある新学習指導要領実施スケジュール(概要)によると,算数と理科は平成21年度から先行実施されています.

*2:1.2×4に対して交換法則を適用してみると,4×1.2となり,これを計算する方法については指導されていません.一方,4×1.2が与えられたときには,『これまでに指導した小数の計算』ではないので交換法則が適用できません.縦4cm,横1.2cmの長方形の面積を考えれば,交換法則が言えそうに思えますが,その考えを採るなら,学習指導要領に基づく「乗数が整数の場合の小数の乗法」の指導方法と,「被乗数または乗数の一方が小数の場合の乗法」の指導方法とで,どちらがよいか検討する必要がありそうです.

*3:この文書内で検索をかけると,1箇所だけ出現します.

*4:http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/information/0902252.htmからリンクされている新学習指導要領の先行実施についての保護者向けビラ(小学校編)に,記載があります.また一つ前の学習指導要領の算数では,この項目は第5学年であることが確認できます.

*5:バツとした理由を教師が言ったとき,大人がそれに納得できないのは,先生は背景にあることの一部しか伝えていない一方で,知りたいという学外者も,そのニーズの一部しか表現していないことが,原因として挙げられそうです.