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研究者が授業者に向かって述べることは

数学教育学の成立と展望

数学教育学の成立と展望

昨日入手して,読み始めています.第1章(数学教育の学的展開)・第3節(わが国の場合)は整理されていて読みやすいです.他の章を見ると,「Vergnaud (1983)」「乗法構造」がp.157以降に出てきます.なお,「かけ算の順序」に関しては,pp.67-68に見られる式から,日本の算数教育と同等のこだわりは,持っていないと読み取れます.かけ算についてはここまでにしまして…
教育について,読み直そうと思った記述がありました.それは第1章の章末にある【註】(p.44)です.

(2) StiglerとHiebertはThe Teaching Gap(邦題『日本の算数・数学に学べ』)第7章「改革を超えて:授業改善への日本的方式」*1の中で,米国における理論と実践の非相互浸透を次のように述べている。
《研究者が授業者に向かって述べることは,実際の授業ではほとんど無意味である。研究者は非常に賢明かもしれないが,教師が真の学習目標に向かう実際の授業で,本物の児童・生徒に向き合って得るような,授業改善に不可欠の情報を持っているわけではない。研究者が本気で授業を改善しようとすれば,教師の知っている多くの事柄を推測しなければならないが,その推測はほとんどの場合まちがっているのがオチである。》(1999, p.126)

挙げられている本は,どちらも本棚にありました.照合してみました.

しかし,別の可能性もあります。研究者が教師に語ることは,現実の授業という場においてはおそらくほとんど意味がないことなのです。研究者は賢明に見えるでしょうが,研究者は,本物の学習目標を持つ本物の授業の場において本物の児童・生徒と向き合っている教師が手にしているのと同じ情報を手にしていません。研究者が学習指導を改善するには,教師にとっては先刻ご存じのたくさんの事柄を推測しなければなりません。しかも,研究者はほとんどいつも間違って推量しているのです。
(『日本の算数・数学教育に学べ―米国が注目するjugyou kenkyuu』p.118)

But there is another possibility: Perhaps what teachers are told by researchers to do makes little sense in the context of an actual classroom. Researchers might be very smart. But they do not have access to the same information that teachers have as they confront real students in the context of real lessons with real learning goals. For researchers to improve teaching, they must guess at many of the things that are readily perceivable by teachers. And they probably guess wrong a good deal of the time.
(The Teaching Gap: Best Ideas from the World's Teachers for Improving Education in the Classroom, p.126)

《…》の箇所は,日本語版をある程度は見つつも,基本的には英語版をもとに著者が訳したと思われます.
3冊を読んで気になったことを少し,書いておきます.最初の本には記載がなく,他の2冊にある「しかし,別の可能性もあります。」「But there is another possibility:」について,これはどういうことかというと,その前の段落で,「米国における理論と実践の非相互浸透」のことが書かれていて,そうじゃないんじゃないのと言っているわけです.非相互浸透をかいつまんで記すと,米国では,研究者が新しい指導法を発見・勧告し,教師はそれを実践するという,一方向の流れがあるとしています.しかし教師は,研究者が期待するとおりに実践できていないというのです.
そこで見られる不協和音のほか,日本で言われる,教師が教室そして授業を「囲い込む」ような事態を,どのようにして避けるべきか---『日本の算数・数学教育に学べ』の内容をもとに自分なりに書くなら,教師は授業研究を継続して実施し,そこで教師どうしの交流を図ること,となります.
“教師は研究者の期待する授業ができない”“教師の独断によって外から見ればおかしな授業内容・学級運営になっている”という一見異なる状況が,同じ方法で解決できそうというのは,興味深いところです.実はそれらの状況には共通点がありまして,それは「孤立化(isolation)」です.この言葉は,The Teaching Gapではp.123,『日本の算数・数学教育に学べ』だとp.116に見ることができます.
本物の学習目標も,本物の授業の場を持たず,したがって本物の児童・生徒と向き合っておらず,本やWeb上で目にする出題や授業の事例から,間違って推量している「研究者」が,いたりしませんでしょうか.

(最終更新:2014-04-24 深夜.[http://megalodon.jp/2014-0424-2312-01/d.hatena.ne.jp/takehikom/20140424:title=最初のバージョン])

*1:邦題・章題ともに原文ママ